2006年05月31日

『第一次世界大戦と日本海軍』メモ2

 今回は『第一次世界大戦と日本海軍』の第一章冒頭部分に関するメモです。平間先生の分析は非常に精緻であります。第一節「参戦と日本海軍」では第一次大戦への参戦にあたって海軍の対応が消極的であったことが描写されています。また、そのような海軍の対応がかならずしも統一的な意図に基づくものではなく、シーメンス事件における海軍の政治的発言力の低下と内閣主導による参戦の決定、その結果と生じる海軍省と軍令部の不一致の描写などリアリティに富んでいる点に特徴があると思います。



 しょっちゅう脱線して恐縮なのですが、戦前の「海軍=善玉、陸軍=悪玉」という図式にどう思いますかと尋ねられて困った覚えがあります。軍の行動は、古来、略奪や暴行など逸脱行為に関していえば、善悪是非の評価の対象になるのでしょう。しかし、軍の行動の評価は、善悪という基準にはあまりなじまないと思います。極論すれば、戦時においては上手に戦ったのか、そうでないのか。すなわち、軍事の巧拙という評価は可能だと思います。また、戦前の軍を善悪の観点から評価したがる傾向には、政治的判断が含まれている場合が少なくないでしょう。これも、私は違和感があります。戦前は、二軍は政治的発言力をもっていましたし、その意味では政治的意思決定におよぼす力があったでしょう。1939年以降は、とくに軍部の政治への影響力は特異なほど高かったかもしれません。これはさらに極論でしょうが、その際、軍部が政治へ影響をもつことが日本にとって利益であったのかどうか、そして、軍の及ぼした影響はやはり巧拙という観点から評価すべきものであって善悪の評価にはなじまないと考えます。脱線が長くなりましたが、戦後史観の偏向は問題だと思いますが、それは、つい歴史や政治的意思決定の評価に巧拙よりも善悪の判断を先においてしまうという人が犯しがちな(私も同様の偏見からけっして自由ではないでしょう)手順前後の一つに過ぎないのではないかと考えております。



 平間先生の叙述に話を戻します。第一次世界大戦は1914年6月28日のサラエヴォ事件にに端を発し、同年8月3日ドイツがフランスに宣戦布告しベルギーの中立を侵すと、8月5日にはイギリスがドイツに宣戦を布告しました。その際、8月3日にイギリスから日英同盟を適用しないという申し出があり、当時の大隈内閣は、4日に中立を宣言しました。この点について「当時の日英同盟は攻守同盟ではあったが、自動的に参戦を義務づけるものでなく、さらに軍事行動の適用範囲がインドを含むアジアに限定されており、日本に参戦の義務はなかった」(17頁)と簡潔に記されています。大戦に参戦するか否かの意思決定は、条約に直接にもとづくものではなく、日本側の自発性の部分が多分に大きいことを確認しておきます。



 また、当時の海軍は、駐日アメリカ海軍武官コッテン少佐の報告から南洋諸島への進出を強く望んでいたことが論じられています。他方で、当時の海軍の実力はトン数では世界第5位ではあったものの、総トン数56万3,000のうち、日露戦争による戦利艦21隻、23万8,000トンを含んだ数字であることが指摘されています。さらに、「…ドレッドノート(Dreadnought)型戦艦の出現により保有艦艇の大半が時代遅れもとなっていた」(19頁)と指摘されています。艦艇を新造することは急務でありました。しかし、いわゆる八八艦隊の構想は、主としてアメリカの脅威から生じたものでした。『国防の研究』では「侮リ難キ武力(特ニ海上武力)ヲ有スル必要」があるという一節が引用されています。



 これは正統かつ簡潔な叙述ですが、不吉なものを感じます。アメリカと敵対関係に入った場合、天文学的ともいえる支出を要する軍備を考えざるをえなくなるということを図らずも示していると思います。現代ならば、核武装も当然、必要になります。戦前の技術水準でも、アメリカとの敵対関係を前提としたときに、途方もない軍備が必要でした。八八艦隊構想を当時の国力から夢想的であると嘲笑うことは容易なことです。しかし、アメリカとの敵対関係の下で自国の安全を図ろうとすれば、八八艦隊が適切な水準であったかどうかは別として、やはり軍事に多くの資源を割かなければならなかったでしょう。適切な水準がどの程度であるのかは、素人の私には見当がつかないのですが、当時の軍の錯誤を嘲笑する前に、その前提となる利害関係を正確に見極める必要があります。翻ってみるに、アメリカとの同盟によって、敗戦というあまりに大きい犠牲を払ったとはいえ、自国の安全が確保されている現状にあらためて幸運を感じずにいられません。



 ついつい脱線が多くなってしまいますが、次回以降は脱線を控えて平間先生の叙述を順を追って考えてまいります。

2006年05月30日

対中「封じ込め」再論

 私の悪い癖でコメントを拝見すると、慣れていないこともあって、つい慌ててしまいます。先週は、コメントが多く、運営している者としては非常に楽しいと同時に「闇の組織」から総力戦を挑まれたために(元帥の戦闘力は怖すぎです。やむをえず、「核保有」に踏み切りました。ちなみに次帥は不参加)慌しい日々でした。コメントをお寄せ頂いた皆様に感謝いたします。なかでも、やじゅんさんのコメントは、私自身、ずっと気になっているところで長いリプライを書きましたが、論点がずれてしまい、恐縮です。また、トラックバックを送って頂いたのですが、あらためて拝読すると、私が論じていることの多くは、やじゅんさんが既により的確に分析されておられるので、あたらめて先見の明、洞察力に感服いたしました。この記事を読む前にやじゅんさんの記事「対中『封じ込め』と外交政策の考え方についての雑感」をお読みください。



 雪斎先生の「今こそ対中デタントに舵を切れ」では、あまり詳らかに論じなかったのですが、雪斎先生は、ケナンの論文を引用された後に、米中が「冷戦」とも呼ぶべき状態ではないことを指摘されています。日本の対中政策を考える上で日中関係が基本ですが、米中関係を見ないと、現実的な分析はできません。もう一つ大切な点は、仮に日中が衝突路線に進んでしまった場合、日本が「悪玉」としてアメリカの世論に移らないようにするために対中外交の基本を分析されているとも読めるということです。あるいは現状のまま「日中衝突」となる場合、日本側にも非があるかのような言い逃れの余地を中国側にできるだけ与えないための方策として読むことができます。



 先の米中首脳会談は日本人として安堵を覚えますが、日中が対立した際にアメリカが常に日本側に組してくれると考えるのは、あまりにナイーブなことだと思います。同様の認識は、やじゅんさんの最新の記事「日米同盟について」でも読み取ることができます。米中関係は、基本的に対立と協調という両方の側面があって、どちらが基調であるかということについてまだ明確なコンセンサスはないと考えたほうがよいと思います。ただし、国防総省など軍事関係者は最悪の状態を想定するのが基本ですから、米中対立に陥った場合、どうなるかという発想は強いでしょう。あるいは国務省でもイランへの対応や北朝鮮をめぐる六ヶ国協議、財務省などでは人民元の問題など両国の利害の不一致が目立つことは事実です。ただし、以上の不一致を重視するにしても、現時点では米中が「冷戦」にいたってはいないという冷静な認識を保つ必要があります(力を獲得する以上に、持てる力の使い方をわきまえることは難しいという古典的な問題に中国共産党がどのような解をだすのかはお手並み拝見という底意地の悪い観察者の立場ですが)。



 やじゅんさんの「対中『封じ込め』と外交政策の考え方についての雑感(その1)」に次のような文章があります。「対中『封じ込め』に関して言えば、大事なのは『封じ込め』という言葉が与える、あるパワーへの『対抗』という抽象的なニュアンスではなく、それが具体的に何を指すのかであって、『中国の「パワー」の増大を恐れるから日本が対抗する』と原理的に考えるのではなく、中国の何が脅威であって、それは日本に対していかなる実害があるのか、だからそのためにするべきことは具体的に何なのか、そういった微視的な思考から得られる結論なのではないかと思います」。



 あまりにも常識的すぎるのでつい読み流してしまう部分ですが、現実的かつ実務的なアプローチだと思います。やじゅんさんは、バランス・オブ・パワーなど国際政治におけるいわゆる「現実主義的アプローチ」を否定しているわけではありません。私自身は、日本人はどちらかといえば"conceptual thinking"が苦手な傾向があるので、安全保障でも勢力均衡など欧米では常識になっていることをもっと議論する必要があると考えております。ただし、その場合にも、当然の前提として各国の国内情勢や対象となる国々の複雑な利害関係を面倒なようでも正確な事実にもとづいて分析するという基礎作業が不可欠です。私の印象では、国際関係で戦略論を議論する際に、この国では基礎作業を軽視してしまう傾向があるようです。これは、「耐震偽造」よりも危険な「しゃぶコン」を使った土台の上に国策を議論するようなものでちょっとした揺れでも崩壊しかねないもろい議論になりがちです。私自身、そのような傾向があるので、要注意だと感じました。



 というわけで、自戒の念を込めて記事を終わります。えっ、もう終わり?いつもより短いじゃない。かんべえ師匠のコメントがよほどこたえたの?それとも、記事を短くしてまでアクセス数を増やしたくなったの?などと不届き千万なことを考えたあなた。



…残念!!



 こういうときもあるんです。「これでは物足りない」と感じる方は、私とご同病の可能性がありますので、くれぐれもお大事になさってください。「寝言」も休み休みに。



(蛇足)岡崎研究所ではアジアの国の小さな研究会というプロジェクトを実行されていたそうです。リンク先では個々の項目が読めない状態ですが、岡崎先生の戦略論というのは現状分析を徹底的に行うことそのものであることを蛇足ではありますが、付記しておきます。

2006年05月28日

はらすめんと

(@時の最果て)



ハッシュ:おお、ボッシュか。
ボッシュ:おや?珍しいな。おぬしが起きているとは。
ハッシュ:あのデブから「ハラスメント」について語ってほしいと伝言があった。
ボッシュ:「ハラスメント」?
ハッシュ:なんでも、あのデブのブログにアクセスする人が増えて困っているらしい。
ボッシュ:言いにくいんじゃが、おぬし、「ハラスメント」の意味がわかっておるかな?
ハッシュ:(あっさり)知らん。
ボッシュ:あのデブも、つくづく抜けているというか…。普通はだな。「ハラスメント」というのは迷惑行為を指すんじゃ。「セクシャル・ハラスメント」を略して「セクハラ」で、これは性的嫌がらせじゃ。ブログのアクセス数が増えるのがどうして迷惑なんじゃ?
ハッシュ:なんでも、あのデブの言い分では一日に二千近いアクセスがあるというのは「時の最果て」の名に値しないそうじゃ。200人も読者がいれば十分だと。実は、これにはワシも賛成じゃ。
ボッシュ:…。やはり名乗りを許すだけに二人とも変じゃ。あんな長くてつまらない「寝言」を読んでもらえるだけでありがたいとは思えんのかのお。それにしても、急に客人が増えるのには訳があるだろう?どうしてじゃ?
ハッシュ:なんでも『溜池通信』とかいうサイトにリンクがはられて異常にアクセスが増えたそうじゃ。
ボッシュ:それって好意じゃないのかな。好意はありがたく受け止めることじゃな。もっとも、ハラスメントと感じるかどうかは、された側に決める権利があるようじゃが。
ハッシュ:さらに、「寝言さん」と呼ばれて困っているらしい。人の呼び名を勝手に変えないでほしいとな。
ボッシュ:うーむ。あのデブにHacheは上品すぎるが、寝言さんはかわいいが、やはり似合わんな。難しいところじゃ。
ハッシュ:最悪の場合、次の文書を公開するそうじゃ。
ボッシュ:どれどれ。…。…。…。これはやめたほうがええ。間違っても、公開してはならぬぞ。こっそりワシのところにメールで添付して送るように。
ハッシュ:…。なんだか話が違うようじゃが。
ボッシュ:この文書、公開されることを前提にしておらんじゃろ。江畑さんとアナウンサーがこんな掛け合いをするとは思えぬから、書き手の創作だろうが、著作権は書き手にある。信用の問題じゃ。公開してはならぬ。ただし、ワシにはこっそり送るように。きっとワシの店の客人には受けそうじゃわい。
ハッシュ:なんだか、おぬしだけが得をしたようなような気がするが。
ボッシュ:気のせいじゃ。あと、アクセス数じゃが、悩まんことじゃ。あんな長くてつまらない「寝言」を継続して読んで下さる方など、そうおらぬから、一時的に増えても放っておけば、減る。何度でも繰り返すが、とにかくその文書は公開してはならぬぞ。ワシにだけこっそり送るように。かんべえ殿とやらも、ワルよのお。それでは。
ハッシュ:なんだか嬉しそうだったのお。という訳であまり役に立てなかったようじゃ。ところでこんな文書、どこがそんなにおもしろいんじゃ?おや、風に吹かれてどこかに行ってしもうた。



…。本当に賢者様たちは役に立つ方ばかりで困りますねえ。命の賢者様におかれては、私の「報復手段」も、商売道具にされてしまうそうで。もっとも、時の賢者様に送った「文書」が最後なので困ったなあ(あれえ、ハードディスクに(以下略))。まあ、一寸の虫にも五分の魂というところでしょうか。



 それにしても、あっという間に一週間が過ぎてしまいました。今週は、まったりとした記事を発信させていただければと存じます。

2006年05月27日

日中軍事バランス補論 開明的な国防政策への試論

 まず、昨日の記事の補足について述べます。昨日の江畑さんのお話は私が直接、「取材」したことで、岡崎先生の見解はフォーラム全体でお話しされた内容です(内容の正確さは、私の記憶力しだいですので、私の責任です)。さくらさんが触れてられている「岡崎・江畑ゼミ」というのは、フォーラムが終わってから岡崎先生が江畑さんを呼び止められて「さっきの話(岡崎先生の情勢判断)なんだけど」ということで切り出されました。素人からみて、すごいなあと思ったのは、二言、三言でコンセンサスができてしまうことでした。別々にお話を伺っても、ほとんど事実認識が一致しているのは明らかなのですが、直接、「対決」されても、すぐに合意ができてしまう。あとは、ギャラリーが「中国にはAWACSがないでしょう」という突っ込みを入れると、「既に配備済みで、さらに性能向上に取り組んでいます」とか、「ロシアが粗悪品を輸出しているという話もありますが」という突込みには、「ライセンス生産が主で自国でも量産が可能なレベルにきています」という反応が返ってきました。私が思うに肝は、10年程度前であれば、2010年頃の台湾海峡の軍事バランスが懸念されていたのが、現時点では2010年頃の日中の航空戦力が均衡ないし中国が優勢になる可能性があるということです。


 これは、安保環境の劇的な変化をもたらす可能性があります。岡崎先生の情勢判断では、時間とともに台湾海峡の軍事バランスが中国に有利に変化する。1996年の台湾海峡危機ではアメリカは空母機動部隊を派遣して事態を収拾しましたが、中台の軍事バランスが中国に有利になる一方では空母の派遣にも限界がある。一歩一歩、アメリカが台湾海峡の軍事バランスを保つためのハードルが高くなる。日本が集団的自衛権の行使に関する保留をしている限り、日本の防衛力は極東の軍事バランスではゼロとカウントせざるをえない。法解釈上、保留をやめた場合でも、日本が権利を行使する可能性が生じるだけであり、確率がゼロであったのが、ゼロでなくなるだけで、実際には行使しないかもしれない。しかし、行使する可能性があるというだけで極東の軍事バランスを計算する際に日本の防衛力は考慮されていなかったのが、考慮されるようになる。アメリカにとっても、軍事的にはもちろん、心理的にもハードルが低くなる。日本が余計な保留をやめることが、台湾海峡の安定につながり、結果的に日本の安全を高める。


 この議論には暗黙の前提があります。それは、日中間の軍事バランスでは日本が優位にあることです。ところが、中台だけでなく日中間でも軍事バランスが中国に有利になると、話が変わってきます。集団的自衛権の行使に関する保留を続けると、問題は基本的に以前と変わらないと思います。ただし、中国が抑止を破ってしまった場合(私自身は直接の戦争にいたる可能性は低いと思いますが)、日本の安全も脅かされるリスクは以前よりも相当高まるでしょう。場合によっては、中国が圧倒的な武力の下に台湾を呑み込んでしまうと、中国の航空・海上での優勢による圧力を、米軍の支援があるとはいえ、一手に引き受けなければならない状況が生じかねません。


 それでは集団的自衛権の行使を認めるとどうなるか。これは中国側からすると、仮に日中の軍事バランスが中国に有利に働いたとしても、軍事的行動にでることを躊躇わせるでしょう。他方で、日中間で中国の優勢が明白なると、露骨に日本を牽制しようとするでしょう。靖国問題をもちだしているのは、中国内部の権力闘争などいろいろな憶測が可能でしょうが、現時点では露骨なハードパワーを前面に出さないのは、日中の軍事バランスが日本に有利であるという現実を反映していると思います。簡単に言えば、中国は日本に対して手をだすという選択肢が事実上ないということでしょう。


 これが崩れた場合、仮に集団的自衛権の行使に関する保留を止めたとしても、中国は露骨に日本の安全に圧力をかけるインセンティブを高める可能性が高くなります。これは、直接的には日本の防衛に影響をもたらすのですが、むしろ、台湾海峡の危機を高めることが中期的には危険だと思います。なぜなら、中国の軍拡の下で日米台が台湾の安全が三ヶ国の共通の利害であるという非常に強いコンセンサスを形成し、中国側に誤解のないよう、メッセージを送る必要があります。しかし、日中の軍事バランスが崩れてしまうと、日本側がこの三ヶ国のコンセンサスに参加し、それが文言上のものだけでなく、実効性のあるコミットメントを与えるハードルが高くなってしまいます。これは、アメリカが台湾海峡で抑止を確実にするためには、大きな制約となる可能性が高いでしょう。一番の問題は、台湾が中国の軍事的圧力の下に中台統一、露骨な表現をすると、中国に屈服する誘惑にかられるでしょう。台湾海峡で現状を変革しようという意図と能力をもっているのは中国です。しかし、日本側が防衛力を高める努力を怠る、あるいは不十分なレベルに留まれば、台湾海峡の安定を脅かす一因となるリスクがあることをを日本人自身が認識する必要があるでしょう。


 「日英同盟の形成にみる偶然と必然(6)」で引用したニコルソンの文章を再度、引用いたします。

「エア・クロウ卿は、もしこの海上の覇権が強引に推し進められるならば、それは全世界に憤怒と猜疑の念を惹き起こすことになるだろうと論じている。したがってそれは、できるだけ他国に恩恵を与えるように、そしてできるだけ他国を挑発しないように行使されなければならない。それは『他の大多数の諸国の基本的死活的利益と一致せしめられ』なければならない。
  では、これらの基本的利益とは何であろうか。第一には独立であり、第二は貿易であった。したがって、イギリスの政策は門戸開放を維持し、同時に、『小国の独立に直接的積極的関心』を示すものでなければならない。かくして、イギリスは、自らを、『小国の独立を脅かすすべての国にたいしてはおのずからなる敵国』とみなさなければならない」。

 イギリスと異なり、日本が極東における、覇権国やバランサーの立場を占めることは非常に困難です。まして「光栄ある孤立」などは、経済的相互依存関係だけではなく、同盟を代表とする政治的な依存関係が支配的な傾向にある現代では日本外交の基本方針とはなりえないでしょう。他方で、自国の防衛力を高めるとともに、アメリカとともに極東を安定させることは、第1に、自国の利益にかないます。そして、「他の大多数の諸国の基本的死活的利益」と一致させることは、それがあくまで利己的なものであっても、けっきょくは互恵的なものです。日本の防衛力強化は、中韓との海洋権益をめぐる諍いという無視でできない局所的な利益だけではなく、極東の平和に貢献することが、長期的には日本の利益にかなうという開明的な大局観に基盤をおくことを願ってやみません。



(追記)下線部を修正いたしました(2006年5月29日)。

2006年05月26日

5.25同時二発テロ

 とうとうテロ攻撃を受けてしまいました。軽くうたた寝をして目を覚ましたら、アクセス数が異常値を記録。「まさか?」と思ったら、やはり『溜池通信』経由でした。かんべえ師匠が楽しそうに「ブログ炎上」を語っていて「君のところはどう?」という話になったので、「平穏そのものでございます」と答えておりました。「あはは、そりゃそうだよな。あんな長い記事、読む人いないだろうな。反論すると、倍ぐらい再反論がきてコメントするのもおっかないだろうし」。うちは平和だねえなんて内心のんきなことを考えていたら、相手が「極悪」であることを忘れておりました。この「攻撃」を受けた際に反撃の手段がないことに気がついたしだいです。真珠湾攻撃を受けたときの、ルーズベルトのように冷笑がこみ上げてくる状態だったらとつくづく思います。「極悪」はやはり怖い。それにしても、えらそうにご高説を書いているご本人がこういう「攻撃」を受けた際にどう対処するのか、何も考えておりませんでした。もっとも、「寝言」スタンスは変わらないのでしょうが。さくらさんは二度目の被害に遭われたわけでありまして、お悔やみ申し上げます。当方は、被害担当艦に徹します。


 さくらさんには「申し訳ありません。記事を全部、読む暇が…」とお詫びを頂き、恐縮してしまいました。自分でも、「病気かな」と思うほど記事が長く、読者無視のスタンスそのものですので。見目麗しい方でなくても、同じように恐縮いたします。


 かんべえ師匠のおかげで開き直って書けるのですが、江畑謙介さんがお見えになっていたので早速、ミーハーな私はお話を伺いました。こちらが的外れなことを質問しても、ちゃんと返していただいて恐縮してしまいます。江畑さんが話の「制空権」を握られてから、論点は中国の軍拡の問題に。江畑さんのお話ではスホーイ27やスホーイ30をもつこと自体も潜在的に問題はあるのですが、話題の中心は、むしろ文革以後の世代が軍を握り始め、パイロットなど人材育成に重点が置かれていることにありました。文革以後の世代は合理的であり、正面装備を近代化するだけでなく、それを使える人材を育てることが肝要であることを理解している。日本側が現状維持でゆくと、あと数年で日本は制空権を失う危険がある。もちろん、もっと緻密なお話をされておられました。冷静に素人にも話されるので、伺いながら凍りつきました。中国の軍の近代化が、日本の脅威になりつつあることがあらためて実感できました。


 岡崎先生の情勢判断も、私の関心は主にこの問題に集中しました。今は、日本のF15が180機あって中国を抑えているけれども、スホーイが300機配備され、そこそこ稼動するまでに5年程度で十分であろうと。そのとき、日本の制空権が脅かされる可能性が高い。誠に申し訳ありませんが、他の話題はすべてオミットさせて頂きます。お二人のお話を総合すると、日中の軍事バランスはあと数年で中国に有利になってしまうことがわかります。


 ここからは私の「寝言」です。以下は、ひそひそ話ではなく、私の考えにすぎません。まあ、議論としてはあまりに素人臭いので、お二人に「こんなレベルが低いやつと話をしているのか」と別の意味で迷惑な話かもしれませんが。お二人の話から、まず言えることは、あと数年で「専守防衛」すらできない状況が生じる可能性が高いということです。日米同盟でよく用いられる比喩に、「米軍は矛、日本は楯」というのがありますが、日本は「楯」としての役割すら果たせなくなってしまう可能性があります。まず、自国の防衛が危ない。仮にこれから正面装備を整えたとしても、中国からみて有利だと見える状況が数年後に生じ、その状況を変えるにはさらに数年を要するかもしれません。


 第2に、「楯」としての機能が弱くなった日本がアメリカ側からどう映るのかという問題です。「お前の性格が悪いからだ」というご批判には沈黙いたしますが、私だったら、集団的自衛権の行使を保留している上に日本が本気で防衛力を高める努力をしなければ、惜しみながらも見捨てます。アメリカの軍事力は、卓越していますが、オールマイティではないでしょう。日本の安全のために血を流すといっても、どの程度、血が流れるのか。さらに、日本が自国周辺で制空権を握れない上に、さらに不作為を重ねるとなると、同盟の価値は著しく低下するでしょう。同盟を続けるのか、アメリカ単独で中国を抑止するのか、中国と妥協するのか、アメリカは真剣に検討せざるをえない状況になると思います。


 第3に、日本が集団的自衛権を行使する権利を保留することをやめた場合にも、中国の軍拡に独自の努力をしなければ、日本の戦略的価値は低下します。同盟が自国の防衛を代替するという考えは甘いと思います。そのような関係は、基本的に占領期や日本の経済力が微弱であった時期の発想でしかないと思います。アメリカは、地球的規模で戦略を考え、日本もそれを共有してほしいけれども、最低限、極東では抑止力を持ってくれというのが本音だと思います。しかるに、極東の軍事バランスが変化しようとしているのに、政治レベルでそれに対応しようとするメッセージが非常に少ない。自国の安全を守る意図と能力をもつことが第一で、同盟はそれを補完するという関係が基本だと考えます。日米同盟の場合、アメリカによる日本の非軍事化が戦後の出発点になっているため、日本が復興した場合に本来の同盟関係に発展するということがわかりにくいのかもしれません。


 いずれにせよ、現状では既に自国の防衛と同盟が補完関係にあるにもかかわらず、それが自覚できていないように見えることはあまりに危険に見えます。ここから、真の「寝言」ですが、北京五輪後、怖い状況が生じる可能性が相当高いということが結論です。台湾海峡の軍事バランスは、この時期に微妙な状況になることが指摘されています。台湾を制圧してしまえば、日本を恫喝することは容易になるでしょう。2010年前後が危険が高いことは素人にもわかるので、その前後10年間を凌ぐことにもっと真剣に知恵を使い、それに応じた備えを行うことが不可欠だと思います。防衛力強化を真剣に始めても、2010年頃に間に合わないかもしれません。したがって、10年ぐらいかけて自国の安全を高める明確なコミットメントを行うと同時にアメリカとの関係においては集団的自衛権に関するいらざる保留をやめてしまうこと。言いにくいのですが、20年前と相手がソ連だったことを除くと、問題の本質が変わらないことに困惑を覚えます。


 気がついたら、私の「寝言」はやはり長いです。こんな長くて退屈な記事を最後まで読んでくださる方が、たくさんいるとは到底思えないのですが。間違っても、「テロ」に対する事後的な対策というわけではないのですが(かんべえ師匠がまさか裏切るとは…。想定外でした。「報復」ができない弱小勢力の悲哀を実感いたします)。遅まきながら、『溜池通信』400万ヒットおめでとうございます。


どうせ読者を定着させないためにこんな内容の薄いわりにやたらと長い記事を書いているんでしょ。もっと言うと、「エヘヘ、わざとだぴょーん」でしょなどと不届きなことを考えた、そこのあなた。



…。



…。



…。



正解!(あああ、本当のことを言っちゃった…)



 初めてこんなへんてこりんなブログに迷い込まされた方もいらっしゃると存じますので、久々にお約束を捧げます。



ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。



おやすみなさい。

posted by Hache at 04:02| Comment(8) | TrackBack(1) | まじめな?寝言

2006年05月25日

アメリカと戦争をするためには

『第1次世界大戦と日本海軍』を読んで不吉だと思うのは、日露戦争後、日米間の緊張が様々なレベルで高まったり、鎮まったしていることです。移民排斥問題などは無視できない要因でしょうが、けっきょくはアメリカの世論が落ち着くと、誤りは正されています。日本の側からゆけば、アメリカを仮想敵としたというのは非常に危険な感じがしますが、アメリカもレインボー計画などで日本だけでなくイギリスも敵とする場合も含む、様々なケースを検討していて、軍事というのは最悪の状況を想定してふだんの備えを怠らないのが基本でしょうから、ある程度まではお互い様なのでしょう。



 第一次大戦へ日本が参戦する際に、アメリカの世論に反日的な機運が高まりますが、大戦の終結とともに孤立主義が優勢になります。キッシンジャーの描写は淡々としていますが、真珠湾に至る外交プロセスを理解するには、これで十分ではないかと思います。 



「同時に、ルーズベルトは日本の挑戦を受けて立つことにした。一九四一年七月の日本のインドシナ占領に応じて、彼は日本との通商条約を廃棄し、屑鉄の日本への売却を禁じ、オランダ領東インド(現インドネシア)から日本への石油輸出を停止するようオランダ亡命政府に働きかけた。こうした圧力は、日本との交渉を招き、一九四一年一〇月に交渉が始まった。ルーズベルトはアメリカ交渉者に、日本の満州(現中国東北部)占領以降の行動を承認することをかつてアメリカが拒否したことにふれて、満州を含む全占領地からの日本の撤退を要求するよう指示した。
 ルーズベルトは、日本がこれを受諾する可能性はないと知っていたに違いない。一九四一年十二月七日、日露戦争の例にならって、日本は真珠湾に奇襲攻撃を行い、米太平洋艦隊の相当数を破壊した」(キッシンジャー『外交』、邦訳書上巻、530??531頁)。



 ルーズベルトの陰謀という議論は、日本では絶えないようですが、陰謀もなにも、ルーズベルトのメッセージは、日本が戦争を仕掛けようが勝手にどうぞというのに近いと思います。日本側の意思決定の錯誤も問題になりますが、アメリカの首脳の態度がここまで硬直化してしまうと、ほとんど選択肢はないといってよいでしょう。ここまで頑なになる前に手を打つしかないのでしょうが、日英同盟を失った後の日本にはそのような外交的手段がありませんでした。



「国民にとって参戦が突然に思えたことは、三つの要素による。アメリカ人は南北アメリカの外での安全保障のために戦争に突入した経験がなかった。多くの人々はヨーロッパ民主主義国は自力で勝てると信じていた。そして、日本の真珠湾攻撃あるいはヒトラーの対米宣戦布告に先立つ外交の経緯について知っている人がほとんどいなかった」(前掲書、531頁)。



 せめてハル・ノートを公開していたらという議論は、やはり成り立つのでしょう。当時のアメリカ世論における孤立主義の強さは現代からは想像がつかないくらいです。日英同盟が廃棄に至る過程では、日英関係以上に日米関係が重要になるという判断が基礎にあったと思いますが、その際にアメリカの世論を常に観察し、分析するという作業が同時に政府部内で確立されなかったことが惜しまれます。



 話がそれますが、現在でいえば、アメリカの世論でイラクから撤退すべしという意見が強まり、議会も同調し、ブッシュ大統領が説得できない状態になれば、中東は大混乱に陥るでしょう。アメリカの世論というこの世で最も読めないものを絶えず観察することは、世論というものの本質でもある不確実性そのものをコントロールすることはできないでしょうが、世論がブレたときの対応を誤らない、控えめにいっても、誤ったとしても最小限に食い止めることができるでしょう。屁理屈をこねると、最も確実なことはアメリカの世論が不確実であるということだとなります。だからといって、これを無視するのは非常に危険です。『第一次世界大戦と日本海軍』では海軍が参戦に際してアメリカの世論の動向に注視していた記述があり、戦略的思考というものが当時の海軍にはまだ存在していたことを感じます。日本での議論は戦争を避ける努力をしなかった不作為に関心が集まりがちですが、アメリカとの戦争を避けるのが難しい場合にも、ダメージをできるだけ抑えるという発想は不可欠だと思います。



 現在は、マスコミやインターネットを通してアメリカの世論の動向などは瞬時に伝わるようになっています。また、注目する人も増えてきました。現代の課題は、溢れるほどある情報の中から軽重や無視すべきものを判断するのかということでしょう。なんだか岡崎研究所の応援になってしまいましたが、やっぱり、この国は情報を軽視する傾向から抜け切れない部分を感じます。戦前を批判するのは容易ですが、はるかによい環境でミスをするのは先人に顔向けできないと思います。これは文字通り冗談として読んで頂きたいのですが、アメリカと再度、戦争しなければならなくなるとすればどの程度のミスが必要か、アメリカと戦争をするにはどんな準備が必要かということをアメリカと共同でシミュレーションしてみると、軍事以外にもお寒い状況であることがわかるでしょう。もっとも、こんなシミュレーションをしなくても気がつかなければならないことが多すぎる気がいたしますが。



(追記)下線部を修正いたしました(2006年5月26日)。

posted by Hache at 05:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2006年05月24日

小泉改革の正体

 ふう。ない知恵を絞って難しい本ばかり読んでいたせいか、この湿気の多い中、脳みそが干物状態になってしまいました。今回は、小休止です。小泉改革の「正体」というライトな話題をとりあげてみます。



 小泉改革というと、議論の多くは広い意味での経済政策に集中するようです。たしかに小泉総理が改革として掲げ、実行したことの多くは道路公団の民営化や郵政三事業の公社化、さらに民営化など「官から民へ」というスローガンに象徴されるように広い意味での経済政策に属することが多い。これは事実ではありましょう。「小さな政府」というスローガンも、賛否は分かれるでしょうが、改革の性格を如実に示しているように見えます。三位一体改革が果たして結果として「小さな政府」を実現するのかどうか、現時点でも疑問は残ります。ただし、これらの経済や財政に関連する改革に目を奪われると、小泉改革の正体は見えないでしょう。



 2001年の総裁選で「改革」というスローガンを公式に掲げなかったのは麻生候補ぐらいです(政治への信頼回復というより穏健な表現は用いられましたが)。橋本、亀井両候補は、ニュアンスの隔たりは大きいものの、改革を真っ先に掲げています。小泉候補が掲げた改革は、「自民党を変える。日本を変える」という、大きな目標からブレが非常に少なかったという点で、個々の政策の評価はさておき、一貫したものであったことは間違いがないでしょう。



「今、自民党の政治が国民から完全に見放されるか、あるいは国民の信頼を取り戻すことができるのか、土壇場の時を迎えています。 自民党を変えるため、そして、日本を変えるため、私は三たび総裁選挙に立候補することを決意しました。私は、自民党がきたる参議院選挙において広く日本国民の信頼を回復できるよう、全力をあげてまいります」(自民党HP 総裁選情報 候補者情報)。



 この文章を現時点で読むと、非常に抽象的です。他方で、当時の小泉候補の現状認識が端的に示されているとも読めるでしょう。国民の意識は、抽象的な政治不信ではなく、「自民党の政治」への不信であった。彼の改革の焦点は、まず自民党を変えることでした。それでは、自民党を変えるという具体的な方策は何か。「自民党の挑むべき『5つの基本方針』」に最初に掲げられているのが、「自民党の改革と新しい政治システム」です。4番目に掲げられている首相公選制の導入は、他の項目と比較して非常にねらいが明確です。総裁選当時の小泉候補が目指したのは、民意の支持を基盤としたトップダウン型の意思決定であり、それは従来の派閥間の敵対的な関係を含んだある種の派閥による合議制を打ち破ろうとする野心に満ちたものでした。



 亀井候補も「より強力な本格政権樹立へ」を掲げましたが、小泉候補と根本的なところで発想が異なっていました。「国民が政治に求めているのは国家・国民のためになすべきことを成し遂げる確固たる信念に裏付けられた強力な実行力であり、大衆迎合のご都合主義や理想論ではありません」。ここでは、「国民が政治に求めていること」と「大衆迎合のご都合主義や理想論」は相容れないものとして理解されています。彼の政権構想が「挙党一致の本格政権」となるのは、自民党が「国家・国民のためになすべきこと」を国民よりも理解していることが前提になっていました。当時の世論の大勢は、亀井候補の逆でした。もし、仮に彼の主張が現実を正確に理解していたとしても、このような政治姿勢は国民から支持されることはまずなかったと思います。



 結果からすれば、2001年の総裁選挙で勝利したのは、小泉候補の主張でした。しかし、総理就任後、この主張は様々な挫折を味わいました。郵政選挙は、小泉総理の改革の文字通り「本丸」でした。まさに総理によるトップダウン型の意思決定を確立するための「洗礼」だったと思います。他方で、現状では小泉政権は5年を越える任期をへても、政治的意思決定のプロセスの改革という点ではいまだに過渡期にあります。小泉後の政治の動きには、政治的意思決定の改革としての小泉改革を継承するのか、しないのかが、表面にはでない最大の焦点の一つだろうと思います。



 なぜなら、小泉政権発足当時、解決しなければならない問題はあまりに多かった。政権の課題は、いくつもの政策案件のなかから適切な優先順位を決定することでした。トップダウン型の政治の長所は、ボトムアップ型では優先順位が各勢力によって常に曖昧になってしまう弊害を押さえ込むことにあるのでしょう。しかるに、初期の小泉政権は、遺憾ながら、日米同盟を除くと、この優先順位の設定に道路公団民営化や道路特定財源の一般財源化など優先順位を明確にする作業を曇らせてしまいました。さらに、官邸で決定すべきことと下部組織に権限を委譲すべき問題も常に場当たり的でした。さらにいえば、郵政選挙は小泉政権の説得力を強化しましたが、他面で日米同盟強化という日本の安全の根幹にかかわる問題にコンセンサスを形成するプロセスを背後に追いやってしまいました。したがって、小泉改革は、個々の諸案件の解決をみていないということではなく、トップダウン型の政治的意思決定プロセスを定着させることに十分に成功していないという点で、現時点では過渡期、あるいは不完全であると評価いたします。



 もう一つの問題は、郵政選挙を除くと、トップダウン型の意思決定はけっして世論の万全の支持を受けたわけではないという点です。小泉内閣の支持率が、ある程度の変動はあったとはいえ、一貫して高い水準をえたことは、小泉総理の特異なパーソナリティによるところが大きいと思います。他方で、小泉政権の政策課題の順序付けにはかならずしも広範な支持をえなかったと思います。ただし、「変わることが必要であるし、実際に変わらなければならない」という非常に抽象的な、しかし大局的な方向性は広範な共感をえるのに成功したと考えます。



 小泉後の最大の問題は、政治的意思決定における改革を一時的な「反乱」に終わらせるのか、改革の始まりとするのかということだと考えます。外政・内政ともに小泉政権誕生以前とは異なった状況が生じています。政治的・経済的危機から脱した現状では、政策課題の軽重がかえって曖昧になりやすいでしょう。官邸が政策課題の軽重を明確にし、国民に共感をえる努力は小泉政権以上に困難になるかもしれません。小泉改革が、戦後自民党政治への「反乱」に終わった場合、再び政治的混迷が訪れる可能性が高いでしょう。自民党政治はたしかに変化した。しかし、その変化が安定的であるとは到底いえない。次の政権に必要なことは、自民党政治の変化を継続的かつ不可逆的なものにする地味な作業であると考えます。

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2006年05月23日

『第一次世界大戦と日本海軍』メモ1

  平間洋一『第一次世界大戦と日本海軍――外交と軍事の連接』(慶應義塾大学出版会、1998年)は、博士論文です。構成、内容ともに学術的であり、一つの章に150前後の注がついた緻密なものです。これを私が一つ一つ検証をし、確認をするのは煩雑であるだけでなく、専門的なトレーニングを受けていないがためにかえって混乱することになりまねません。瑣末なことで恐縮ですが、このメモで引用した頁以外のことを記さない場合、平間[1998]からの引用であることといたします。他の著書からの引用の場合、著者名、署名、出版社、出版年、引用頁などを記すことといたします。以下では、まず、序章からこの著作の特徴と構成について簡単に整理します。



 まず、この著作の特徴の第1は、海軍の作戦行動に重点がおかれているということです。大戦期の日英関係に関する従来の研究では、軍事的関心が薄く、あっても地理的にも時期的にも限定されたものでした。また、軍事的関心に重点を置いている研究でも主として陸軍に限定されていることがほとんどでした。この著作では、第一次大戦への日本の参戦から大戦後の海軍意思決定や作戦行動に叙述の多くが割かれています。



 第2の特徴は、海軍の作戦行動と外交の関連です。海軍は、開戦直後にドイツの極東拠点である膠州湾を封鎖し、陸軍の青島攻略作戦を支援するなど、陸海共同作戦を展開しました。同時に海軍独自の作戦も実施しました。まず、大戦の前期にはシュペー(中将)艦隊(ドイツ極東艦隊と巡洋艦エムデンを捜索・撃滅させるために戦艦や巡洋艦など十数隻を南米沖のガラパゴス諸島や南太平洋のフィジー諸島からインド洋へ派遣しています。また、戦争中期から後期にはオーストラリアやニュージーランド、ケープタウンへ巡洋艦、地中海に駆逐艦隊を派遣しました。さらに、反日感情の強かったアメリカも日本にハワイに艦船を派遣するよう、要請し、日本海軍はこれに応えて巡洋艦を1隻ですが、派遣しています。これが、外交上の懸案事項を次々に解決する大きな後ろ盾となりました。代表的な事例としてマレー半島における日本人医師の医療活動制限撤廃や、オーストラリア・ニュージーランドの日英通商航海条約への加入、山東半島のドイツ利権の譲渡・南洋群島の領有などが海軍の作戦行動と関連付けられます。



 第3の特徴は、日本の動向が他国に与えた影響を多角的に分析していることです。まず、同盟国イギリスへの影響という点では、陸軍の派兵が実現しなかったこともあり、大戦中の軍事的支援が限定的なものに止まりましたが、それが戦争終結とともにイギリスから高い評価を受けたことが分析されます。また、参戦の前後は、日米関係が極度に緊張し、反日世論が高まったことが描写されています。とくに、開戦直後に海軍は、ドイツ東洋艦隊の撃滅のために遣米支隊をアメリカ西岸に派出しました。この作戦中に巡洋艦浅間が座礁してしまいます。この浅間の座礁事故がアメリカ、メキシコ、ドイツによって利用されてしまいました。「浅間の座礁はメキシコによって対米牽制に利用され、ドイツには日本とメキシコが同盟してアメリカを攻撃するとのツィンメルマン事件を引き起こす遠因を与え、さらに大戦後にはアメリカの軍備拡張主義者に対日脅威を煽りたて、恐日・反日世論を高め海軍力増強の道具として利用されたのであった」(4頁)。



 次回は、大戦への参戦における海軍の対応についてとりあげます。

2006年05月22日

日英同盟の形成にみる偶然と必然 まとめ

 ない頭を使いすぎたせいか、湿気にまいったのか、いきなり「夏バテ」状態になってしまいました。まだ、よれよれですが、とりあえず、まとめに入ります。



 ずいぶんと長い寄り道をしましたが、日英同盟の「不思議」にまつわる周辺をさまよってみました。書きながら、疑問が氷解するというより、あれこれの書物を読みながら、自分の疑問がある程度、整理できました。本当は、ビスマルクによる「外交の革命」まで触れる予定でしたが、話が広がりすぎますし、「日英同盟の形成にみる偶然と必然(2)」で触れたビスマルクの後継者たちの失敗の方が今回の問題に強く結びついているので割愛いたします。プロイセン主導のドイツ統一のプロセスは、私も感情抜きで読めないほど、近代国家の成立過程として見事な部分があります。他方で、ビスマルク亡き後のドイツが、アジアにおける日本ではなく中国であるという構図を外交上、明確にすることが今日では肝要であると思います。まとめとしては不十分ですが、7回のシリーズを書いてみて、中間的なまとめというよりも、感想です。ほとんど常識に属することばかりですが、当たり前のことを自明とせずに意識しておかないと、勘違いをしてしまう非常識な者の戯言と読み流していただければ幸いです。



(1)ロシアの脅威から日本は、英国との同盟を求めていた。同盟締結当時、英国も、極東でロシアの脅威に苦慮していた。日英同盟は、ロシアの脅威という点で利害の一致があったことが大前提であった。さらに、日本が英国からみて同盟国とするにたるだけの自助努力を行っていた。他方で、「我々には永久の同盟も永久の敵もない」というパーマストンの言葉は、英国外交だけでなく、今日の国際関係でもあてはまる。それにもかかわらず、日英同盟は1902年に締結され、1923年の失効まで20年の長きにわたって日英を結びつけた。海洋国家どうしの絆は当面の脅威が去っても、持続する利害の一致がある。



(2)国際秩序の安定性は、第1に、秩序の構成者の利害が一致する、あるいは不一致があっても秩序を破壊しないレベルに至らないことである。第2に、その現実を秩序の構成者が理解しているということを互いに共有しているという「信念」が成立することである。第3に、価値の共有は、秩序を安定させると同時に秩序そのものから生じてくる側面をもつ。



(3)同盟は、国際秩序を形成する最も有効な手段である。ただし、独立した国家どうしに恒常的な利害の一致はありえない。メッテルニヒが弱者の立場から、ビスマルクが強者の立場から理解したように、利害の一致とは、利害を異にする側面をもつ国家間の妥協の産物でしかない。



(4)ニコルソンにしたがうと、英国の優れた外交官は、「そしてすぐれた外交の基礎はすぐれた商売の基礎と同じであること――すなわち、信用、信頼、熟慮、妥協であることを知っている」。このような英国外交の常識は、クロー覚書で示された英国の島国という地理的な条件、通商の利益の必要性という基礎条件から生まれてきた。キッシンジャーは、さらに英国の政体の先進性にその基礎を求めている。気長な話ではあるが、19世紀の英国外交のように成熟した外交を行うには、百年単位で形成される民主的なコンセンサスが必要である。他方で、英国のおかげで勢力均衡がコンセンサスの主たる内容であることも自明である。



 ふと思うのは、日英同盟を失ったことは、日本にとって打撃であっただけでなく、英米にとっても不幸なことであったということです。日本が対中戦争にのめりこんでいった過程は、軍国主義などという、お世辞にも一貫した戦略的な意思決定のプロセスによるものではなく、民主主義の失敗という日本独自の問題であったと思います。他方で、日本の軍事力は、英米を屈服させるにはあまりに貧弱でしたが、アジアから「英米本位の平和主義を排す」には十分すぎるぐらいでした。詳しくは、『第一次世界大戦と日本海軍』に関するメモで触れてゆきますが、日英同盟が廃棄に至る過程は非常に複雑です。もちろん、日露戦争に日本が勝利し、英露協商の成立によって同盟の本来の意義が希薄になったことは事実でしょう。他方で、地中海に派遣された第二特務艦隊の活躍は目覚しく、中国や南洋諸島情勢とあいまって、かえってアメリカの世論の猜疑を招いたという点は皮肉としかいいようがありません。民主国の国内世論というのが、判官贔屓であるというのはアメリカに限ったことではないと思いますが、当時のアメリカの世論は、あまりにナイーブでした。



 日本人としては遺憾なのですが、それ以上に日本はナイーブでした。現在で言えば、第一次大戦での海軍の活躍は集団的自衛権の行使にあたるものでしたが、それが短期で認められないと、アジア主義の高揚、英米への対決という方向に向かったのは、稚拙な表現ですが、本当に惜しいと思います。幣原外交の破綻の背景には、英米への怨恨感情が少なくないだろうと思います。



 話が飛躍しますが、露悪的に言ってしまえば、世界を方向付けるだけの力をもった英米と同盟関係にあることは、日本の安全に直接、寄与するだけでなく、英米の選択肢を、ある程度までとはいえ、限定してしまうという点でも日本の安全に寄与するでしょう。同盟というのは失ってから、その価値がわかるとはいえ、同じ失敗を繰り返せば愚かというものです。第一次大戦における対英協力は、けっして利他的な動機に基づくものではありませんが、やはり私たち自身が記憶しておくべきことだと思います。『第一次世界大戦と日本海軍』に関するメモは、私自身の戦前史の理解が浅いために雑駁なものとなりますが、お読みいただければ幸いです。

2006年05月20日

たわけの使い道

 頭が悪いというのは、一般的には好ましくないことです。私も、おかげで苦労が絶えません。この一週間ぐらいの記事を読み返すと、頭が悪いということはつらいのおと慰めたい気分になります。自分のことを他人事のように見る癖が子供のときからあって、これは非常に辛い癖です。「自分を客観視する」と書くと、とてもカッコいいのですが、お世辞にもそんなよい話ではありません。そんな私でも、自分の癖について他人から的外れなことを言われると、ひどく腹を立てることがあります。



 ときどき自分のことを他人事のように話してしまうことがあるのですが、無責任な人間であるかのように言われたことがあります。これは、私の人生で唯一といってよい、相手を生理的に受けつけなくさせた一言でした。自慢じゃありませんが、私だって人並みに責任感はあります。自分のことを他人のように見ておかないと、どんな失敗をするやもしれぬ。こういう問題が起きたときに、ああ、このあたりでこいつはこんな風に失敗するだろうなあと自分を見ておかないと、自分はもちろんですが、周囲にも迷惑をかけてしまう。その程度には責任感があるわけで、頭のよい人にはわからない悩みでしょうが、頭の悪い人間としては常日頃からそういう習慣をもっていないと、大変であります。これを否定されるというのは、はなはだ不愉快極まりないですね。



 昨日のイギリス外交漫談で常識が「きも」ということを書きましたが、読み返してみると、私の個性に由来する部分が多いなあと思いました。基本的に常識に欠けたところがあるので、常識を常識として意識しないと、日々の生活に支障をきたしてしまいます。まさに、非常識な人間の典型です。なんとまあ、イギリス紳士の精神の安定していることよとニコルソンの『外交』を読んでいると、自分の非常識さにあらためて恥じ入ります。もし、一連の記事でなにか読者の方に伝えることができたとすれば、「たわけ」にも使い道があるということでしょうか。



 あとギャグのセンスも今一つでありまして、若い人からは「もう自虐ギャグはやめてください」と心から叫ばれてしまったことがあります。自分で自分のことを笑うのが大好きで、なかには謙虚な人だと変な勘違いをする方もいて、こちらが動揺することもあります。私の場合、他人から突っ込まれる前に心のダメージを最小限とどめるべく、自分からお笑いにしているだけなのですが、感心されると困ってしまう。ただ、ときどき腹黒いところもあって、これから喧嘩をしようという相手に対して思い上がらせるために自分にとって不利な情報ばかりをギャグとして流してひどい目にあわせたなんてこともありますが。これはちと反省。もちろん、相手に向かって「エヘヘ、わざとだぴょーん」などと間違っても言いませんが(『溜池通信』のおかげで純粋な魂が穢れてゆく気がいたします。ああ、神よ、哀れな子羊をお救い下さい。ま、「中年デビュー」ってなところでしょうか)。



 なんでこんなことを書いているのでしょう。そうそう、ジャファリーさんの真摯なコメントを除くと、かんべえ師匠の本筋以外でのコメントしかなく(かんべえ師匠のお名前がコメント欄のトップにあるだけでみんなくりっくしそうなので放置)、自分で自分の記事にコメントをしようとしたのですが、気がついたら、関係のない話になってしまいました。ちょっと思いつめた状態で記事を書きすぎましたので、夜中に小休止しました。コメントを催促しているわけではありませんので(文字通り読んでくださいね)、読み流してください。気がついたら、本業が手抜き状態で知人から「生きてますかあ」と電話がかかってくる始末。他にも書きたいことはあるのですが、このシリーズを次回で中間的にまとめて、平間先生の著作のメモに移ります。

posted by Hache at 04:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言