2006年07月31日

ピラティスと少子化

 まず、軽く自慢から入りまするが、15年前まで体脂肪率などというものには関心がありませんでした。10%を超えることなどまったくありませんでした。18のときには5%もあったかどうか(当時は体脂肪率なる言葉すら知らなかったので、正確な数値はわかりません)。ジムに通い始めたのは、昨年の11月頃に血流をよくして血栓を流してしまえという無謀極まりない動機がきっかけでしたが、ジムの体脂肪計で体脂肪率が30%という屈辱的な数字(ただし筋肉の比率も当初から35%程度で平均よりも高いようです)を記録し、せっせとジム通いをしておりました。5??6月にさぼったために、体重こそリバウンドはほとんどありませんでしたが、体脂肪率が急上昇。19%台で落ちついていたのが、24%台にまで上昇したため、慌ててジム通いを7月から続けております。



 運動関係では筋トレの話ばかりしておりますが、グループエクササイズのお気に入りはヨガ。エアロビ系は音楽がうるさくて苦手なんです。子供のころに本(「オ○ム」系とは無縁ですよ)を読みながら、ヨガをやっていたのでなんとなくはできるのですが、1時間みっちりやると意外ときついものです。それでいて気持ちいい。最初は、ふらふらしていることが多かったのですが、最近はポーズを決めることができるようになりました。



 迂闊にも、昨日、初体験したのがピラティス。名前からして女性の参加者が多そうなので敬遠していましたが、ものは試しと、おばさん、もとい女性に混じって隅っこでこっそり参加させてもらいました。インストラクター(♀)がいろいろ説明していて「恥骨」などという言葉がでてきて、どこの骨だっけとなってしまいました。まあ、よくわからないけれど、動作自体は簡単そうなので、「フフン」と楽勝ムード。



 …。不覚でした。30分後には腹筋の奥底がつりそうになって変な笑い声が出てしまう始末。性格がとってもよい方がインストラクターで私に目をつけて「男性の方は膝をつかないでください」という一言で一番きついポーズをとらされて、もうふらふら(普通、初心者にやらせるか?)。みんな帰り際にホームランを打ったときのように片手をパンと打ってでてゆくのですが、私一人がよれよれで、思わずスタジオからでたときにバタッと倒れたら、ニコニコしながら、「お大事に!」と背後から大声で襲われました(やっぱり、狙い撃ちされたのね)。



 …。今に見ていろ!鍛えまくって今度はあんたをガクブルさせてやるぞ!!



 と、まあ負け犬の遠吠えであります。しかも、朝起きると、心地よい筋肉痛。ピラティス・マスターを目指します。また、変なものにはまってしまった…。



 少子化はどうなったのって?ここまで読んで理解できない、あなた。私より鈍いですね。○より気もちいいことが増えている時代にカネはかかるし、思い通りに育たないし、出来が悪いと子供に金槌で殴られるなんてこともあるわけですから、そうそう産むはずがない。とくに大学なんぞ碌でもないところにいって碌でもないことばかりして4年間も過ごすと、余計なことばかり覚えるわけです。女性の出産の機会費用が上昇しているとか、わかったようなわからいような寝言ことを言っていては、問題の本質がつかめない(だいたい、少子化対策に大学関係者をいれてはいかんのです。大学進学率をもっと下げないとどうにもならないですから。1割で十分でしょ。先進国でも大学進学率が40%を超えるなんてありえないですよ、普通。というのは命の賢者様の御意見であって、私の意見ではないことをお断りいたします)。



 ○よりも気もちのいいことが増えている現実を踏まえないとどうにもならんでしょう(大きな声では言えませんが、甲斐性のある方に頑張っていただくぐらいしか思い浮かばないです)。まあ、子供ができないことを前提でいろんなヴァリエーションで楽しむという問題も無視はできないのでしょうが(なにかが思い浮かびましたが、忘れてしまいましたあ)。



 長々と負け犬の遠吠えに付き合って下さった方にお礼を申し上げます。でも、冗談抜きでピラティスは気もちいいですよ。筋トレをさんざんやったあとでやると、本当にハァハァします。それにしても、余計なことばかり覚えていよいよ斬首が近づいてまいりました…。「刑は宮」だったら…。死ぬよりつらい…。すんません、かんべえ師匠のような(ちょい)ブルジョアと違って貧乏暇なしなんで、お仕事!お仕事!!



【注記】



 ピラティスに関心をもたれた方は、適当にググっておくんなまし。でも、実際にジムでやってみないと、わからないですよ。あのハァハァ感だけは。とっても性格のよいインストラクターに恵まれたので、事実上、(ウー)マンツーマンで指導していただきました。ふう、今でも、お腹の底がぴくっとします。

posted by Hache at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康な?寝言

2006年07月30日

時の終わり

(@時の最果て)



ハッシュ:zzz
ボッシュ:…。あのデブめもここに一週間もいたら、睡眠不足なんぞ解消するだろうに。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、またおぬしか。
ボッシュ:…。お約束とはいえ、おぬしも暇じゃのお。
ハッシュ:うーむ、最近は客人が多いゆえ、そうでもないんじゃ。
ボッシュ:そんなもんかのお。ところで、今日はあのデブを励ましにきた。
ハッシュ:ほお。
ボッシュ:ワシが倒れたときに、あんなくだらないとはいえ、長い記事を書くとは殊勝な心がけじゃ。
ハッシュ:それで?
ボッシュ:おぬしも冷たいのお。あのデブ、ふられるどころか、相手にすらされなかったそうじゃないか。「事実上の敗北宣言」とか言いながら、あれは敗北以前にお話にならなかったということじゃ。あのデブに狙われたら、防御もがちがちになるのは当然じゃ。落ち込んでいるだろうから、おぬしと二人で励ましてやろうと思ってな。
ハッシュ:…。おお、あの方のことじゃな。この前も、なにやらメールとかいうものをやりとりしておったな。
ボッシュ:……………。よもや、死んだふりか?あのデブ、頭が悪いとは思っておったが、おまけに嘘つきか?
ハッシュ:うーむ。よくはわからんが、「攻めるなら搦め手」とかぶつぶつ言いながら、本人と周辺を固めようとしておるようじゃ。
ボッシュ:……………。じゃあ、あの記事は?
ハッシュ:ワシに聞かれても困るんのお。あのデブばかり気に留めているわけではないし、所詮はあのデブの「寝言」じゃ。おぬしだからサービスするが、たぶん失敗したときに落ち込まないよう、自分のために書いているんじゃないかな。想定の範囲内ということにしておくためにな。どの道、手が届かんよ。ちなみに、あのデブ、読者のことなんてなーんも考えておらんじゃろ。
ボッシュ:……………。おぬし、「ノー・プロブレム」とか「想定の範囲内」とか変な言葉ばかり知っておるのお。それにしても、心配したワシがバカだった。入院中に「死にそうです」などと不届きなメールを送る輩が、簡単にくたばるわけがないな。
ハッシュ:それと、あのぶろぐなるものに書いてあることは、すべて「寝言」じゃ。まともに読んではならぬ。
ボッシュ:……………。
ハッシュ:ところでおぬしに聞きたいのじゃが、おぬし、量子力学はわかるのかのお?
ボッシュ:うーむ、あのデブの時代の科学はワシもお手上げじゃ。
ハッシュ:そうか。あのデブが訳しておった論文が気になるんじゃ。
ボッシュ:あのデブに聞いた方が早いんじゃないか?
ハッシュ:だから、「寝言」など書いておる暇人に聞いても時間の無駄じゃ。量子力学がダメでも、相対性理論はなんとかなるじゃろ?
ボッシュ:…。すまぬ、無理じゃ。ジパングの大学に喩えるとじゃな、おぬしが理学部でワシが工学部出身じゃ。で、ワシは約14,000年前からそちらの知識は進んでおらぬ。ワシの店の客人の話でも目が点になるような話ばかりじゃ。それにしても、量子力学とか相対性理論とか、なにかおぬしに関係するのか?
ハッシュ:問題は、ココのことなんじゃ。時の最果ての存在じゃ。間違っても、あのデブの「時の最果て」ではないぞ。ワシも自信がないんじゃが、量子力学では力は量子間の相互作用じゃ。しかも、物理的な実在は、非局所的という直感的にはわかりにくい「なにか」になる。他方で、相対性理論では力は重力場の歪みじゃ。力という一番、基本的な概念で捉え方が全く異なる。時の最果ての存在は、相対性理論とは相性がよさそうだというのが、ワシの見立てじゃ。時空の歪みとして時の最果てが存在する。ただ、相対性理論にしたがえば、おぬしのように古代から1万年以上も先にいったり、気軽にココに足を運んだりできないはずじゃ。量子力学を導入しても、この問題は解決しないだろうけどな。まあ、この問題はおいて、量子レベルの奇妙なまでの決定論的関係は気になる。不確定性原理というのを知った人は、量子レベルでは因果律が崩壊したと感じたようじゃ。アインシュタインもそれに反発したようじゃ。他方でEPRパラドックスとかパウリの排他律などは、量子レベルでの相関は、古典力学よりもより強い相関じゃ。どうも、このあたりが気になってしょうがないんじゃ。
ボッシュ:…悪いんじゃが、おぬしの話はなにやら呪文のようにしか聞こえんのじゃが。
ハッシュ:これは失礼。ワシの寝言と思ってもらえばいいんじゃ。
ボッシュ:寝言に「寝言」、時の最果てに「時の最果て」。ややこしいのお。頭が痛くなってきた。すまんが、帰るね。
ハッシュ:おやおや。またおいで。



 うーむ、命の賢者様には御心配をかけた御様子で恐縮でございます。時の賢者様には参りますねえ。ダメモトなのは賢者様たちに言われなくてもわかりますが、手口ばらさないで下さいよ。基本は「泣かぬなら 別をあたろう ほととぎす」ですから。お友達で十分でございます。でもね、どこかで人生をシェアするパートナーがいないというのは一抹の寂しさがあるものです。



 時の賢者様の考えは私にはわかりかねますが、クロノ・トリガーでは時の最果ての英語表記は"The End of Time"なんですね。「時の終わり」などというのは、想像力の貧しい私にはイメージすらつきませんが、時の最果てにいらっしゃる方からすれば、深刻な問題。ちなみ、クロノ・トリガーでは時代ごとに年代がふってありますが、時の最果ての年代は∞になっています。宇宙に終わりがあるのか、ないのか。地べたで政治がどうたらとか外交・安全保障ががどうたらとか(もちろん、大切な問題だと思いますよ)ああでもない、こうでもないと屁理屈をこねている人間からすると、自分の考えがちっぽけなものだなあという清々しい気分になれます。



 それにしても、先週の記事はわれながらひどいなあ。時の賢者様のおっしゃるとおり、読者無視ではありますが、あれはひどい。おかげでアクセス数のインフレファイターとしては結果的に完璧なオペになりました。ようやく任務完了です。



 今週は、打ち首獄門を避ける仕事と同時に、自分の好きなことができそうです。勘が鈍っているので、どんな記事を書くかは何も考えておりませんが、ちょっとゆとりができますので、長い目で見た話をまったり考えてゆきたいところです。



【読者の一部の方へ御礼】



 今週も「かんべえ 極悪」で20件もクリックして頂き、ありがとうございました。「霞ヶ関へのエール?」にて引用した極悪の極みをもちまして、「かんべえ 極悪」キャンペーンは終了でございます。ご協力頂き、誠にありがとうございまいした。それにしても23日のサンプロは惜しかったなあ。富田メモの議論の後で、「そんなどうでもいいメモより霞ヶ関名物、財務省御用達腹話術人形の谷垣さだかず君はどうよ?」と発言されていたら、まおう、もとい神の領域だったのに…。誠に惜しまれます。今後も極悪かんべえ師匠の『溜池通信』での記事(最近、上品になられましたなあ)、他のブログ等でのコメント(他所では平気で爆弾(控え目だけど)を投げちゃうんですね)を違う視点で味わう同好の方が増えますることを心より願っております。

2006年07月29日

霞ヶ関へのエール?

 ふう。執行猶予が2ヶ月ほど伸びました。イエローカードもなく、ましてレッドなんてとても出せないのが実情であることもわかりました。気乗りがしないなんて失礼な話でありまして、刺激をいただいたり、ほめられるとすぐに調子に乗ってやる気がでてしまいます。ただし、やはり自分には重い。あと2ヶ月で結果がでますかどうか。



 こぼれ話で経済産業省の話題に。産業政策といえば、「(旧)通産省の政策である」というのが、既に古典になりつつある小宮隆太郎他編『日本の産業政策』で定着しています。今では、この種の政策は日本では評判がよろしくありません。というわけで、産業政策は競争政策と言い換えられ、「国際競争力」の強化という政策目的は変わらない。他方で、経産省のやれることは限られています。海外で持ち上げる向きもありますが、多くは途上国でこの国の現状にあうのかは疑問です。というわけで経産省にはなんとなく閉塞感がある。



 ただし大臣はやり手で、「霞ヶ関名物、財務省御用達腹話術人形の谷垣さだかず君」(copyright かんべえ@さくらの永田町通信)とはちょっと違い、豪腕で役所の仕事をつくってくれるありがたい方であります。個人的には通信のラストワンマイルで経産省vs総務省という対決が見てみたいなどと不謹慎なことを考えてしまいます。



 「総務省はどうよ?」などと特別、総務省と深い関係にない私にふられて、ちと困りましたが、通信行政で「競争政策」という場合、競争(促進)政策を意味するんだろうなあと思いました。最近は、格差論とからめて競争政策を批判する向きもあるようですが、私は的外れだと考えております。個々の市場レベルでの経済政策は、特定の方向に企業が向かうようインセンティブを与える方向からディスインセンティブを取り除いて消費者の状態を改善してゆく方向へと転換してきて、これを逆転するべき理由があまりない。



 離島や山間部などインフラ整備が不十分な地域ではもともと、市場として成立することが困難であれば、一義的には自治体が、財政的な面では国がなんらかの対処をする場合もあるのでしょうが、競争政策の範疇にはもともと入っていない。これが抜けているからといって、競争政策自体を批判するのは論点がずれてしまうと思います。独占禁止政策や反トラスト政策は、経済のレベルでいえば、効率や厚生が問題であって、分配の話とは相性が悪い。私みたいな粗雑な頭の人間は、分配の話は税制と社会保障で処理してよと不届きなことしか思い浮かびません。「格差論は半年で消える」という大胆不敵なかんべえ師匠の見解を支持しましたが、こんなところで格差論がでてくるのは意外でびっくりいたしました。



 こぼれ話をさらに続けると、霞ヶ関所属の方がいないところでは役所も大変だねえとなります。人事院の国家公務員採用試験情報を見ると、行政・法律・経済の申込者数は平成16年度の19,290人から平成18年度の16,143人へ3,147人(約6.1%)ほど減少しています。新卒者の減少と景気循環が効いているのでしょうか。お役所の方に言わせると、数の減少もさることながら、志願者の質の低下に頭が痛いとか。中身は書けませんが、さすがの私もそれでいいのだろうかと思います。『国家の品格』は売れても、国家のために薄給で労働基準法はあってなきがごとく働いて年金も期待できず、なにか悪いことがあると「責任者出て来い!」となる職業を選ばないのは「合理的」ではあります。



 そういえば、私の1年上の先輩が外務??種に通って研修中に「俺はマ○じゃない!」って叫んで某邦銀に鞍替えしてものの、「不良債権」の取立てでこわーいところに行かされて一晩中、愚痴を聞かされたことを思い出します。人間万事塞翁が馬。不遇のときもあれば、怖いぐらいに上昇機運のときもあるものです。エールとしては、まるで迫力がありませんが、体を壊さないように頑張ってくらはい。



 …「脳死」状態に限りなく近い状態でよれよれでございます。申し訳ありませんが、さすがに今週の疲れはきついものがありますので、ちと早いですが、おやすみなさい。

2006年07月28日

手が届かぬ「高嶺の花」

 不規則更新ならぬ不定期更新になるはずが、意地で更新しております。誰かに読んでいただきたいというよりは、仕事以外のことを考えて頭を空っぽにするには精神衛生によいという程度でしょうか。そういえば、別の年下に、「○○さんは戦略も何も考えてないのに、なぜかうまくゆきますね」と言われて、はたと膝を打ちました。彼に説教すること曰く「ワシは、アメーバ人間でおもしろいと思うと瞬時に変身し、どうでもいいと思うとさっさと、とんずらする」と言ったら、バカ受けされて、受けすぎじゃと思いましたが。



 昨晩は、「伊藤洋一のビジネストレンド」を聴きながら、眠ってしまう始末。イノベーションの話でおもしろいのですが、不覚。この番組は、初回から全て聴いておりますが、居眠りなどしたことがない。知能指数の低下に加えて体力まで限界にきているのを実感いたします。先週の土日にジムに岩盤浴と欲張ったせいでボロボロです。火曜に懲りずに岩盤浴をやって死にかけました。今週の平均睡眠時間が3時間で、知能指数の低下を通り越して「脳死」の水準に近づきつつあります。



 そういえば「高嶺の花」なんて話もありましたが、本業の惨状を見るに、それどころではありません。でも、あの反応はたぶん事実上の「ノー」だろうなあ。反応を見ていて、一緒に話をするのは楽しいけれど、それ以上はねえという感じ。まあ、事実上、敗北宣言ですね。会話してみると、ざっくばらんなようで防御ががちがち。話している間は全く気がつかないのですが、あとで冷静になってみると、相手が不快に思わないように上手に深入りを避けていらっしゃる。このタイプは、あまり経験がないのですが、本能的に無理だと感じますね。○とか七面倒なことはどうでもいいかなという年齢になったとはいえ、コンサートぐらい付き合ってくれる方はやはりいて頂きたいものです。もっとも、それも無理でしょうね。10年前なら玉砕覚悟でゆく勢いがありましたが、だんだん玉砕するのも面倒になってきます。私の拙い人生経験では100%の確率で玉砕覚悟でいった方が成功するですが、頭ではわかったつもりが体がついてこない。それにしても、ここまで隙がないタイプは珍しいです。防御が固いタイプは、つい鎧が見えてしまうものですが、鎧があることすら感じさせない。ちと、お手上げ。



 かくして問題は先送りされるのです。「高齢化」の話はできても、「少子化」の話は私にはできません。「お前みたいなのが元凶だ」と言われれば、反論ができない。「ヘタレ」と言われれば、あっさり認めてしまう。取り柄といえば、浮気しないことぐらいでしょうか。女性の読者がいらっしゃったら、「嘘つき」と言われてしまいそうですが、この点に関してだけは伊右衛門殿よりも操が堅いです。なんなら、無料お試しコース(な、なんと期間限定(死ぬまで)Hacheのまごころ40年分がおまけのプレミアムサービス)がありますよん。他人に突っ込まれる前に…。



…いらねえよ、そんなもの。



 雪斎先生が、「知識人の『型』」としてケインズ卿に憧れると書かれていてコメントをしようかどうしようかと迷ってしまいます。というのは、ケインズ卿の道を歩むには、私にはどうしても捨てられない操がありまして、その道だけは勘弁してほしいという厳しい試練があるのです。これ以上考えることだけで鳥肌が立つので止めますが、ケインズ卿の知識人としての「型」というより嗜好は、私みたいな凡夫にはついてゆけないのであります。やっぱり、女性の方がいい(ぼそっ)。



 やじゅんさんの更新がパタッと止まっていてひょっとしてと思ったりします。ちゃらんぽらん路線を歩もうなどと堅気かつ頭脳明晰な方が、おバカな記事を書いたところで真性のおバカちゃんには勝てるわけがない。おバカを「養殖」したところで「天然」には勝てないのであります。これは、頭脳明晰な方には決してわからない。もてない悩みはもてる人には決してわからない。病気の苦しみは、健康な人には決してわからない。人生いろいろであります(たぶん、ご多忙なだけでしょう)。



 うーん、朝っぱらからいったい何を書いているのでしょう。なんとか一つはやっつけた(やっつけ仕事そのものですが)ものの、もう一つがどうにもつらい。しかも、責任が私にあるのは明々白々でして、言い訳のしようもない。明日は「斬首」の日。更新が止まったら、お線香の一本ぐらいはと申しませんが、ああ、なんか変な「寝言」を書いている人がいたなあと思い出していただければ幸いです。夏休みの宿題なんて最初の1週間で片付けていたのに、年ともにどんどん先送りしてしまう。ふう、高嶺の花への諦めがついた眠気がとれてきましたので、さっそく、お仕事、お仕事!!



…。待っているのは、市中引き廻しの上、打ち首獄門?

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2006年07月27日

続・ずれた人

 ブログを更新している場合ではない気が自分でもいたしますが。一つ、仕事を片付けたものの、自分でも誠意を感じないです。仕事をしているというより、させられている感覚。これが私にとってもっともつらい状況です。任された仕事は、ありがたい仕事ですし、本業では自分のステップアップには好機だということもわかっているのです。ただ、なんだか自分らしくないことをしなくてはならず、なかなか厳しいものがあります。まあ、中年の愚痴ですね。



 「君は自分をステップアップしてゆく『戦略』がないね」と言われて、ああ、そういえばそうだなと思ったことがあります。国際情勢やら安全保障で戦略の話をしている御本人が、自分のこととなると、ほんとダメなんですね。だから、私の「寝言」などまともに読んではいけません。自分のことも戦略的に考える能力のない人間の言うことなど、信用してはダメです。私の場合には、自分の頭の悪さがわかっているので、なるようになるし、また、それで長期的にはなんとかなるだろうと変なところで楽観的な部分があります。身も蓋もない表現をすれば、下手の考え休むに似たり。欲がないわけではないのですが、自分はこんなもんだろうという部分が見えてしまっている。



 ただ、最近、思うのですが、どんな仕事にも愛着をもって取り組んでいる方々に心から尊敬の念をもたざるをえません。戯言になってしまいましたが、仕事の結果がどう評価されるのかは別として、ベストを尽くすことが大切だと痛感する日々が続きます。情熱をもつことは簡単ですが、それを意識的に持続し、高めることはその分野で名前を残すかどうかとは別に、やはり難しいことなんだと自覚します。次の厳しい試練が待っておりますので、「寝言」もそろそろうちきりでしょうか。



 我を通すためには、我を殺さねばならぬ。こんな平凡なことに36歳にして気がつくというのは、われながら、「ずれた人」だなあと思わずにいられません。「第一次世界大戦と日本海軍」の更新が止まっていますが、終わったわけではなく、試練が終わったら、あらためてエントリーいたします。



 それにしても、大空を思いっきり飛び回ってみたい。そう思えば、気乗りのしない仕事もきっとどこかで生きてくるのでしょう。どこか、夢を捨てきれない私は、根本的にこどもじみているのでしょうが、良くも悪くもそういう人間なんだと体に悪い冷房を浴びながら、ふと思ったりします。

posted by Hache at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2006年07月26日

客観性と生死

 美しいコメントを頂くと、こちらまで心が洗われます(自分が穢れているという自覚ぐらいはあったりします)。mitsuさんの「超人的な業績を残した巨人たちそのものよりも、巨人たちも無名の人間も飲み込んで進んでいく知の体系そのものに畏怖を感じることが多くなりました」というコメントは、知の体系が築かれてゆく現場にいる方のコメントそのもので、非常に刺激的でした。これで終わって幸せな気分で仕事をするのがベストだと思いますが、無粋を覚悟して続きを書いてみます。



 私がとり上げている物理学者というのは、多少とも物理学に興味をもった人間であれば、たいていは知っている方ばかりです。適切な喩えではないかもしれませんが、素人には山の頂上しか見えない。高校時代、毎日、富士山を見ていた私には、その頂上から視点を写すと、はるかに広大な裾野が広がっていることが脳裏に焼きついています。この分厚い裾野がなければ、少し凹んだ富士山の頂上はありえない。いってみれば、現代科学は、山が巨大になりすぎて素人目にはどこが頂上なのかすら、わからないぐらい、複雑になり、その作業にかかわる人たちも、量子力学が誕生した頃からは比較にならないほど、数が増えています。



 もちろん、現代でも優れた洞察力と地道な研究で個々の専門分野でとびぬけた方がいらっしゃるのでしょう。ただ、その方たちも、意図的にこの作業を設計しているわけではなく、やはり、自分ではこうだという作業仮説をもちながらも、暗中模索の旅をされているのだろうと思います。そこには、巨人と無名の方の差などはないのでしょう。客観性というのは、これら多くの方々の営為の総体そのものによって示されるものなのだと実感いたします。



 私が個人レベルで客観性を保とうとするときには、死にます。どうでもよい事柄を忘れ、小賢しい自分の意見を捨て、底なし沼に入ってもうこれだけは、捨てきれないものを見つける。人間、我や偏見から自由ではありえない。もちろん、死んでしまっては元も子もないのですが、個人レベルで客観性というものを考えるときに、自分を殺すということが肝要だと考えております。そして、これだけは譲れないというものが見えたときに、客観性という特定の個人の占有物ではない世界に少しでも貢献することを願っております。死ぬることによって、はじめて自分の自我がわかり、他人の自我にも理解ができます。なによりも、考えるという作業に対象だけでなく、自分にも他人にも愛が必要であることを、最近になってあらためて自覚しました。



(追記)下線部を修正いたしました(2006年7月27日)。

posted by Hache at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

2006年07月25日

日曜の討論番組の再検討

 日曜日のテレビ番組を見ながら、菅氏が「客観的にみれば」と仰せでのけぞってしまいました。まあ、議論の内容そのものに突っ込むつもりはないのですが、「客観的」なんておっかない言葉を安直に使えるというのはちと私にはない感性です。もっとも、これは、いかれた「外道」かつ「ずれた人」の感性の問題かもしれません。



 「客観性」が重視される分野の代表は自然科学でしょう。その自然科学ですら、最も基礎的な部分では、主観と主観がぶつかりあいます。ネタ元は、並木美喜雄『量子力学入門』(岩波新書 1992年)です。アインシュタインによるボーアを代表とするコペンハーゲン学派の批判は熾烈でしたが、とりわけ重要な批判は、次の論文です(と書きましたが、理工系のトレーニングを受けたことがない私にはこの原著論文を読んで理解する能力がないことをお断りしておきます)。Einstein, A., B. Podolsky and N. Rosen, 1935, "Can quantum-mechanical description of physical reality be considered complete?", Physical Review 37, 777-780. "Abstract"を訳すと、以下のようになります。

 完全な理論においてはある要素は実在の各々の要素に対応している。物理量が実在することの十分条件は、物理量を、力学系を乱すことなく、確実に予測することができうることである。 量子力学では、2つの物理量を互いに代替できない観測者が描写する場合において一方の観測者の知識が他方の知識を排除してしまう。したがって、(1)量子力学における波動関数による実在の描写は完全ではない、または(2)上記の2つの物理量は同時に実在することができない。観測値にもとづくある物理系に関する予測を他の物理系に既に相互作用していた他の物理系にもとづいて予測を行うという問題を考えると、(1)が偽であれば、(2)も偽である。以上から、波動関数による実在の描写は完全ではないという結論をえる。

 ありゃま、最初のつかみはどこへいったのというと、申し訳ありませんが、ひっかけでございます。だって、こうした方が、アクセスしてみたくなるでしょ?サ○プロのバトルの話から入らないと、過疎地が、「そして誰もいなくなった」ってなりかねませんから。ここまで読んじゃったんだから、最後まで読んじゃいましょ。上司も部下も覗いていませんし、○なことはでてきませんから覗かれたとしても、ご安心を。



 アインシュタインたちの考えた思考実験は、ざっくり前掲書にもとづいて私みたいなザルのような頭でも理解できるようにしてまうと、2つの粒子が相互作用している状態をまず考えましょう。次に、2つの粒子を引き離して光の速度で情報を伝達したとしても、何時間もかかる距離に置きます。このとき、それぞれの粒子は、2つの状態(物理量)しかありえず、ある粒子がAという状態であれば、他の粒子はBという状態であるということが波動関数から導かれたとします(排他性)。ちと、面倒ですが、排他性というのは、先の例とは逆にある粒子がBという状態の時には他の粒子はAという状態以外はありえないということです。このとき、一方の粒子の状態を観測することによって他方の粒子の状態が瞬時に(すなわち光速をはるかに超える速度で)知ることができます。んなわけねーだろーというのが(もちろん私の表現すよ)、EPR(原著者たちのイニシャル)パラドックスというわけです。



 ボーアの反論というのが笑えるといっては失礼なのですが、量子を遠く隔てたとしても、相互作用している限りは、別の物理系としては扱えないという「分離不可能性」という気もちわるーい原理です。これは、「ベルの不等式」(数式を見てもさっぱり意味不明ですが)の検証としてアスペが実験を行った結果、ボーアの反論に軍配が上がって、それを否定する実験結果はないとのことです。前掲書では「非局所長距離相関」という難しい表現が使われています。気もち悪いといえば、パウリの排他律も相当なものです。なんで不確定性原理をハイゼンベルグが考え出したときに、パウリは気もち悪いと思ったのか、ちょっと素人には窺い知れない深い問題がありますが。



 あんた、いつまで「寝言」をこいてんのって?実は、「客観的」という表現は、互いに異なる主観を互いに訳してゆく面倒な手続きをへないと、間違っても使えないなあと思っているということが言いたかっただけです。極論してしまうと、「厳密に」というのは、同じ手続きを踏めば、誰でも納得するということなのでしょうね。アインシュタインは、なかなか漢でありまして、死ぬまで量子力学的自然像を認めようとはしませんでした。対するボーアも、たいした漢でありまして、これまた相手(シュレディンガー)が熱を出して寝ている最中にも、量子ジャンプを認めさせようと説教していた(はた迷惑な)頑固親父でございます。



 どうです、「客観的」という一言でこんな壮大な寝言になってしまうんですよ?もう、メモとかどうでもいい?いいですねえ。そのノリでゆきましょう。



 さてっと。漢と菅で音読みは同じでも、えらい違いというオチが着いたので、今日はここまで。



「続きを読む」は、かんべえ師匠への私信です。誠に申し訳ありませんが、それ以外の方は決してクリックなさらないで下さい。

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2006年07月24日

岩盤浴

 土日は、ジムと岩盤浴三昧でした。岩盤浴は初体験でして、びっくりするぐらい汗がでました。それでいて、非常に心地よく、途中でうたた寝をしてしまいました。岩盤浴が、説明に書いてあるほどの効果があるのかは、ちょっとわからなかったのですが、明らかに運動をして流す汗と種類が異なっていて、終わった後でお肌もつるつる。やはり冷房を浴びていると、肩こりなどがひどいのですが、だいぶ楽になりました。



 岩盤浴を体験する前に「デトックス」という耳慣れない言葉を説明されました。体内に取り込まれた重金属やその他の有害物質は、脂肪、とくに皮下脂肪と結びつきやすく、通常のトレーニングでは内臓脂肪は比較的、燃焼しやすいそうですが、皮下脂肪はなかなか燃焼しにくいとのこと。一時期を思うと、体脂肪率が20%を切るところまできたので安心しておりましたが、これは主として内臓脂肪が燃えているんだそうです。皮下脂肪は、通常のトレーニングではなかなか燃えにくいとのこと。岩盤浴によって、内臓脂肪だけではなく、皮下脂肪も燃えて、汗とともに皮下脂肪に蓄えられている有害物質が排出されるという説明を受けました。



 うーん、正直なところ、私には高度すぎて理解できておりませんが、岩盤浴は非常に心地よいです。筋トレや有酸素運動を行うと、発汗や血行も刺激されますが、10??20分程度で体温が平常に戻ります。岩盤浴の後、1時間程度は、体の内部が発熱していて血行が非常によく、肩こりもだいぶ改善しました。ここ暫く、岩盤浴にはまってしまいそうです。



 ジムで汗を流していると、ダイエットとか以前に、頭の中が空っぽになって精神衛生に極めてよいです。天気がぐついているので、外で走れないのがちょっと辛いのですが。岩盤浴は贅沢ですが、幸せな気分になります。ちょっとした幸せですが、これから冷房の下でうんうん唸りながら仕事を進める厳しい夏を迎えるので、よいストレス解消を覚えて幸福です。



【業務連絡】



 今週から来週にかけては、私の怠惰もあって仕事が山積しております。不定期更新となりますので、御理解ください。

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2006年07月23日

「闇の組織」との最終決戦 編集後記

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:(ゴクリ)あのお?
ハッシュ:zzz
ボッシュ:…。
ハッシュ:…。…。…。かっ!!
ボッシュ:ひ、ひええ!!
ハッシュ:ふわあ。おお、おぬしか。ちょうどよいところに来た。
ボッシュ:せ、先週は…。
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:ワシが悪かった。この通りじゃ。
ハッシュ:なんのことだかわからないが、おぬしに念を送るぞ。

[ハッシュ] 攻撃:94 素早さ:54 防御:82 命中:94 運:22 HP:291
[ボッシュ] 攻撃:99 素早さ:96 防御:17 命中:57 運:28 HP:190


ハッシュ vs ボッシュ 戦闘開始!!
[ボッシュ]の攻撃 HIT [ハッシュ]は95のダメージを受けた。
[ハッシュ]の攻撃 HIT [ボッシュ]は142のダメージを受けた。
[ボッシュ]の攻撃 HIT [ハッシュ]は1のダメージを受けた。
[ハッシュ]の攻撃 HIT [ボッシュ]は172のダメージを受けた。
[ハッシュ]が[ボッシュ]を倒しました(ラウンド数:2)。

ハッシュ:…という事じゃ。
ボッシュ:…。じゃあ、さっきの雄たけびは?
ハッシュ:あのデブが碌でもない遊びをしているところを見ているうちにワシもつい気合が入ってのお。思わず、大声が出てしもうた。
ボッシュ:…。
ハッシュ:まさか。おぬし、ワシに負けて悔しいのか?
ボッシュ:…。ったく、あのデブめ。もうココにはこれんと思ったわい。
ハッシュ:そういえば、おぬし、ジパングに住んで半年近いのお。おぬしならわかるじゃろ。
ボッシュ:ほぉ?
ハッシュ:あのデブがじゃな、珍しくおぬしの心配をしておった頃の話じゃが。
ボッシュ:あのデブが!?…信じられん。
ハッシュ:それでな、おぬしを心配する記事を書くとか言って、なにやら物置からとりだしておったんじゃ。こんな感じのものじゃ。
ボッシュ:…。たぶんじゃが、スーパーファミコンとかいうものじゃ。
ハッシュ:そのすーぱーなんとかで画面に写してはしきりにキーボードとかいうものをしきりに打っておった。
ボッシュ:…。暇じゃな。
ハッシュ:それでじゃな、なにか読みとれないらしくて別の機械をとりだして光を放っておったわい。それからその機械をパソコンにつないで全く同じ画像を見ておった。
ボッシュ:…。まさかと思うが、デジカメでゲームの画面を写しておったのか…。オタクというより、単なるバカじゃな。
ハッシュ:それでワシを主人公にした物語ができたというわけじゃ。
ボッシュ:…。おぬし、魔力はすさまじいときがあるが、腕力はあるまい?
ハッシュ:そうなんじゃ。魔力とて、サラとジャキにはかなわぬがな。
ボッシュ:そういえば、あの記事じゃな。人をたぶらかしておいて、あのデブはまったく。
ハッシュ:まあ、「寝言@時の最果て」なんて碌でもないものを読みすぎないことじゃ。
ボッシュ:…。しかし、おぬしの名代じゃろ?いいのか、あのデブを放置しておいて。
ハッシュ:時の最果てとは無関係ゆえ、ノー・プロブレム。
ボッシュ:…。おぬし、変な言葉は知っておるのお。なんだか、あのデブと重なって見えてきたわい。なんだか疲れてしもうた。すまんが、帰るね。
ハッシュ:おやまあ。また、おいで。



 ありゃま、あっという間に仲直りですか。仲がよいのか、悪いのか。しかも、私をだしにして…。それにしても、時の賢者様はボケが始まっているのに余計なことばかり覚えていらっしゃって参ります。けっきょく、罰ゲームなんだよなあ…。

 私がデジカメでとったのは、ゾー○と戦闘開始直後に主人公がひかりのたまを使うシーンです。最初は、画面から直接、読み取って打ち込もうとしましたが、意外と早いんですね。ナレーションが読みとりにくいので、デジカメで写しました。ナレーションとゾー○のセリフをしっかり写してパソコンで再現しながらこの記事にばっちり入力しました。さくらさん「永田町の『メカビ』(男子も女子も皆、オタク)」こと「さくらの永田町通信」主宰)が時の賢者様ハッシュ((さくらvsHacheではありませんよ)と対決するシーンです。セリフ集にもなく、ネットにも存在しないので意外と貴重な資料かもしれません。

 …。よく考えたら、メッセージの表示スピードを落とせば済む話でした。写すのになんと57分29秒もかかってしまいました。

…。

やっぱり、豆腐の角に…。

【みなさまへのお願い】

 「かんべえ 極悪」から週間「フレーズランキング」が83に上っております。お願いですので、3件目のかんべえ師匠のコメントをクリックしてください(なんであちらが3件目に落ちてんだろ)。それにしても、「スーパーの駐車場」(「不規則発言」2006年7月21日)は、防御ががちがちで参りました。『日経』に釣られた私がいかにバカであるかを暗に示されているようで、悔しい限りです(昔から『日経』の一面はまともに読んではいけないとわかっていたのに…。死んでも死に切れませぬ)。しかも、総アクセス数がインフレファイターを宣言してから今週で5.25テロの週を上回るという惨状。無念です。すべてを失いました。あらためて再起を期します。その前に…。

やっぱり、豆腐の角に…。

【ある番組を見て】

 富田メモの議論の後で、突然、かんべえ師匠に話がふられて、珍しいものを見てしまいました。他人のところは「テロ」し放題だけれども、自分が「テロ」されたときにはああいう表情になるんだなあと思いました。私があの表情を見たのは二度目ぐらいでしょうか。仮死状態の表情(顔がひきつっている)。やはり、極悪です。一度目は、仮死状態の表情(死んだふり)になった後、計算しつくした上で私に振ってこられて私は平々凡々と真情を申し上げましたが。「ああ、かんべえ師匠は『極悪』だなあ」と実感したのは、この数年前の出来事でした。

 岡崎先生のお話は、ある公理に貫かれていて、櫻井さんは理解しているものの、司会者から見て左側に座っているお二人は、公理の重大性がまるで理解できていない様子。幣原総理(当時)の勧進帳、東条英機元総理の極東軍事裁判への侮蔑と従容と刑を受けたことを考えれば、自明の公理なんですが、おっかないことに、政治家でもこの公理が理解できない方がいらっしゃるという現実。最後の方で加藤氏は、ぎりぎり空気は読めたようですが、たぶんわかってはいないだろうなあ。菅氏は、まったく意味がわからない御様子。こんな心臓に悪い番組を朝から見なくてよかったと思いました。私は、CSで再放送を見ました。

 「ある敗戦国の幸福な衰退史」というテーマと密接に絡んでくるのですが、皇室そのものを論じることは、私には荷が重すぎますね。ただし、直接、論じなくても、勉強をしておく必要はあるわけでして、岡崎先生のお話が伺うことができたという点では、よい番組だったと思います。武部幹事長もやはり「忠臣」であることがよくわかって、やはり結果的にはよかったと思います(2006年7月23日午後11時頃に加筆いたしました)。

2006年07月22日

ずれた人

「律義者の三河殿」
といえば家康のことであった。



(中略)



 のち、秀吉危篤前後から人変わりしたほどに、この男はたけだけしい権謀術数家になって豊臣の天下を奪ってしまうのだが、この人格変化はどういうことであろう。
 とにかく信長という天才の強勢なときはいちずに信長に随順し、秀吉の強盛なときは針金ほどのむほんのうわさも怖れる男であった。
 奸悪。
 と後世印象される家康の奇怪な性格はここにある。かなわぬ、とみれば貞女のような淑徳を発揮するのである。
 いまだ、と時機を見ぬくと、老婆のような入りくんだ知恵、底意地のわるさを発揮するのだ。一種の人間妖怪といったほうが、家康にはあたっている。



(司馬遼太郎『功名が辻』第2巻 文春文庫新装版 2005年)

 あまり文庫本とか新書の類を読まないのですが、最近になって気がつきました。電車の中で読むには非常に便利です(迂闊すぎますが)。いままでハードカバーの、ひどいときは500頁前後の本を開いていましたが、周囲が好奇の目で見るのが不思議でした。よく見ると、本を読んでいる方のほとんどは、文庫か新書で「変な人」と見られていることがよくわかりました。いつ頃からかは忘れてしまいましたが、「ハードカバー派」から「ソフトカバー派」へ、さらに「文庫・新書派」へ転向しておりました。



 『功名が辻』は、これという本がないときに読むには便利です。あまり人物描写の冴がなく、千代の描写は逆に筆が走りすぎている印象があります。上記で引用した家康の描写などは、あまりに通俗的なのですが、あまり読む本がないときに読んでいると、なかなかおもしろい。「通俗的」という表現は、作家の方に失礼かもしれませんが、私みたいに「ずれた人」(間違っても「すれた(sophistcated)人」ではありませんよ)からすると、新鮮だったりします。私が尾張出身で三河の親戚を見ているかもしれませんが、基本的に尾張よりも三河の人の方が自己制御という点でははるかにすぐれています。徳川家康は、三河の人の美点を典型的に表わしていると感じます。



 「老婆のような入りくんだ知恵」、「底意地のわるさ」とくると、職場では見当たりませんが、別の職場でなんとなく「あの方は」という方が約一名ほどお名前が思い浮かびました。



 突然、話は変わりますが、「かんべえ 極悪」が、今週の「週間検索フレーズランキング」でぶっちぎりの1位の座を獲得しただけでなく、過去にない数字を記録(週間で52)いたしました。くどいようですが、読んでいただきたいのは、私の記事ではなくて2件目のぐっちーさんのコメント欄です。この点に関してご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。



 本題から外れますが、『溜池通信』327号(2006年7月21日)に次のような記述があってのけぞりました。



 「現時点における日本外交の力量は、先のW杯ドイツ大会におけるジーコ・ジャパン程度と自覚しておく必要があるだろう。さらにいえば、自己評価が揺れやすいという欠点も両方に共通している。当初はすぐにでも制裁決議が通るという楽観的な予想が飛び交い、最終的に非難決議に落ち着くと、今度は急に自虐的な評価が増えるのは、筆者には一連のサッカー報道と重なって見えて仕方がない」。



 うーん、まったくミサイル発射直後はまったく逆の懸念を抱き、非難決議に落ち着いたときはよい意味で驚きました。世間様からずれていることをあらためて自覚させられました。「ポスト小泉政権の重要日程」は、非常に便利です。私の最大の関心事は、2008年3月の台湾総統選挙とその後の中国の動きです。2008年11月のアメリカ大統領選挙までにイラクに米軍がどの程度まで駐留しているのかは予測できませんが、外交だけでは解決できない問題が多すぎるので、細心の注意をもって観察しておきます。それにしても、2008年はおっかないです。



 過去の記事に触れるのは、無粋というものですが、私は「瞬間湯沸かし器」でありまして、自分でもそのことを自覚しているので、家康の、おそらくは信長、秀吉との関係の中で自覚的に自己抑制を覚えたプロセスに感心します。昨日の記事をお読み頂いてご不快になられた方も多いと思いますが、未熟な者を見守って頂き、ときどきお叱り頂ければ、幸いです。この歳になると、周囲からお叱りを受けることが減ってまいります。読者の方々には、勝手なお願いで恐縮ですが、「ずれた人」である私の至らぬところを御指摘賜りますよう、お願い申し上げます。

posted by Hache at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言