2006年10月13日

尾張気質

 木曜日は、上海馬券王先生にまでお越し頂き、嬉しい反面、驚きました。ブログというのは、「時の最果て」のように過疎地ではあっても、世界中に公開されているわけでありまして、「寝言」とはいえ、書き手の人格がそのままでてしまうので、書けば書くほど、世界中に恥をさらしているようなものだなあと思ったりいたします。

 北朝鮮という爆弾を抱えながら、2008年、そして2009年のアメリカ新大統領の就任を迎えるというのは、台湾海峡問題を考えると、嫌な気分になります。これに関してまとまったことを書いてみたいのですが、ちと疲れております。昨日、祖父の思い出を書きながら、長くなるので端折ったことを書きます。

 司馬遼太郎さんは、戦国期を描くときに、尾張の商人気質と三河の農民気質を対比させて描くことが多いです。その傾向は、『功名が辻』や『新史太閤記』、『覇王の家』などに顕著にでています。あくまで小説ですから、人物を描く際にはなんらかの類型化は避けられないので、これを批判するような無粋なことは致しませんが、尾張・三河が極端に異なるのかといえば、私の感覚ではちょっと違います。もちろん、戦国期と現代で気質が同じ地域などあまりないでしょうし、地域内部でも人それぞれです。尾張と三河も一言で論じることはできませんが、私のように、名古屋にいた期間が短い出身者からすると、どちらも現実的であるという点はさほど変わらないように思います。当たり前すぎるので、書くこと自体が気恥ずかしいのですが、織田信長や徳川家康は、尾張や三河では途方もなく突出した個性の持ち主で両者でそれぞれの地域を代表させるのは無理があります。

 「現実的」と書きましたが、国際関係論における現実主義のように洗練されたものではなく、生活のスタイルという感覚です。名古屋の結婚式の派手さが昔からテレビなどでおもしろおかしく報道されますが、あれは、今はどうかわかりませんが、昔は他にお金を使う機会がなく、嫁に出すときに両親が思い切った出費ができるという感じでしょうか。母上も、嫁入りの際に箪笥3箱分の着物を持参金代わりに祖父からもらったそうですが、しまう場所に困るありさまです。他方で、昔の感覚でいえば、資産を分け与える意味があって、家によっても感覚が異なるかもしれませんが、基本的には遺産相続では男子に遺産がゆくので(母方の場合、叔父)、嫁入りに際して生前贈与するような意味があります。この辺りは、名古屋でも家によって異なるので、一般的にいえるのかどうかは自信がないのですが。

 もう少し、個人的な話にまいります。木曜日にも書いたように、祖父はほとんど余計なことを口にしない性格で、他人をほめることが少なかった人です。無作法に怒っている姿は印象によく残っているのですが。母上によると、私は祖父に怒られることが驚くほど少なかったそうです。父上によると、おとなしい性格だからではないのかと。小学生の時には担任の先生に「石橋を叩いて壊す」とからかわれたぐらい、慎重な性格だったようです。言われてみると、必ずなにか行動を起こしたときにいつも最悪の事態を考えて、そうなったときにどうするかとか考えていたように思います。祖父は、そこまでひどくはなかったようですが、気質的には祖父−母上−私とつながっているようです。母上ですら、「いい人なんだけど、一緒に長い時間いると疲れる」とこぼすほどですから。とくに物を大切にするということに関しては、祖父は大変、厳しい人でした。

 祖父が幼稚園に入ったときに幼稚園児にはちょっと大き目の傘を買ってくれました。柄は、濃紺で装飾性は全くないのですが、とても頑丈なつくりだった記憶があります。祖母が亡くなってから、毎週のように週末になると母方の実家に行っていたのですが、ある日、雨でふだん使っている傘を差してゆきました。祖父が、その傘を見て「○○ちゃん、今でもその傘を使ってくれているんだなあ」と嬉しそうに呟いたので、ちょっと驚きました。祖父が嬉しそうな顔をしていることは、木曜日に書いたことと、この一件ぐらいだからです。祖父はめったなことでは誉めないので、とても嬉しくてこの傘は中学生のときに台風で吹き飛ばされるまで、私のお気に入りでした。あの傘が亡くなったときは、祖父の形見(別に時計を残してくれましたが)が失った気分になって、数日間、気分が重くなったことを思い出します(獅子咆哮弾はでないので御安心を)。

 それにしても、わが家の物持ちのいいのは、母方の影響が大でありまして、実家に帰って本当に風景が変わらないので安心するとともに、驚きます。もっとも、物持ちのよさは、実は私の方が上なのですが。大学進学時にひとり暮らしを始めるにあたって買ってもらった電化製品の多くは10年近くもちました。炊飯器はいまだに現役ですし(これにはさすがの母上にも「負けた」と言わしめた強烈な寿命です)、トースターも電子レンジに交代しましたが、いまだに使える状態です。卓上の照明器具も現役ですね。テレビ(パソコンのディスプレイ兼用)は、さすがに10年目で壊れましたが、2代目は未だに現役です。

 なにが書きたいのかって?

 要は、貧乏性なんですね。名古屋に限らないと思いますが、上流の人は、ふだんの生活で使う物自体がよいものなので、古くても、むしろ古いほど美しく見えます。私の狭い体験の範囲では名古屋では中流の家庭でも上流のような意識が残っていて、物を粗末にするということをとても嫌います。物持ちがよいこと自体が、母上の世代までは美徳だったようです。昔、母上に「名古屋嬢」なるものを尋ねたら「?」な顔をしていて、説明すると、露骨に嫌悪感をだしていました。水と油のような両者が共存しながら、無関係でいるのが名古屋の特徴かなと思ったりします。もっとも、名古屋の地下鉄に乗っていると、相変わらず、高齢の方も若い方も、女性に「○○」が多いので、なんとなくホッとします。

 「○○」に何をいれるかであなたの性格を診断させて頂きます。5万人目の御訪問(ページビュー数ではありません)が近いことも記念いたしまして、今回に限り、無料とさせて頂きます。皆様の御相談をお待ちしております。

寝言診断士 Hache(@時の最果て)
posted by Hache at 01:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

2006年10月12日

祝! 中日ドラゴンズ優勝

 あの「チ○、○ブ、○○」(最後の部分は、江畑さんが民放にでない理由を知ってから、いっさい口にださないことにいたしました。数年前、さる方からこころないメールを頂いたときに、心が痛みました。空耳でしょうか、「こんな風に、この問題を考えているとどんどん性格が悪くなりますね」との御託宣が聞こえたような気がいたしまするが、核開発のせいではないんじゃないかなと。これは本物の「寝言」)の三拍子が揃った人物に振り回されるのも、面倒になってきたので、芸能スポーツ欄をネットで見ていたら、10日に中日が優勝したとのこと。さらに、ウィキペディアで球団の説明を読んでいたら、優勝した試合が対巨人戦で視聴率が取れないために優勝決定試合が地上波で放送されないという前代未聞の事態。

 どうせ、あのおっさんのせいでしょう。ますます、腹が立ちます。浜松に遊びに行ったときに、旧友のおかげで元ファンの血が騒ぎましたが、野球中継を見るほどこらえしょうがなく、下柳に完封された試合を後半だけ見たのが唯一なので、えらそうなことは言えないのですが。薄情なかんべえ師匠は、間違っても「祝! 中日ドラゴンズ優勝!!」などと書かれないでしょうから、勝手ながら私めが、ドラゴンズ優勝をお祝いいたします。

 といっても、このような鄙びたブログをかの高名な上海馬券王先生が御覧になるはずもなく、空しい気はいたしますが。私は競馬はさっぱりわからないのですが、昨年の菊花賞における大作(PDFファイルですので、クリックする際には御注意を)を競馬のわかる若い衆に見せたら、「これは限りなく神の領域ですよ」と感嘆していました。なおかつ、2005年10月30日の「三連単神社の祟り」を見せたら、即座に神認定。最近、『溜池通信』に降臨されないのが寂しい限りでございますが、現役ドラゴンズファンの偉大な上海馬券王先生に捧げる「祝! 中日ドラゴンズ優勝」の散文詩と参りましょう。

 強引ですが、「兇悪」シリーズ第5作です。つーか、あのドラマと何の関係があるんだろう(遠い目)。

【兇悪の野球帽】

(@母上の実家の玄関(名古屋市内某所))

私:おじいちゃん、こんにちは。
祖父:…。

(祖父が私の頭部を見ながら徐々に怒っているのを察する)

私:お、おじいちゃん。な、なにか?
祖父:け、けしからん!
私:(事態が飲み込めず)…。
母上:…。
祖父:けしからん!!この子は碌な大人にならんぞ。
私:へ?
母上:(茫然)…。
祖父:○子、お前がそうしたのか?
母上:い、いきなり、な、なんですか?
祖父:この子に人としてやってはならないことをお前はした。
私:…。
母上:…。
祖父:なんだ、その帽子は。
私・母上:(まさに目が点になって)はぁ!?
祖父:巨人の帽子などかぶっていては、碌でもない人間にしかならんぞ!!
私・母上:…。…。…。
祖父:いいか、お前たち。すぐに準備をしなさい。

@松○屋)

祖父:うーむ、この子は思ったより、頭周りが大きいなあ。
私:これ、きついよお。
祖父:これでどうだ?
私:ああ、これなら、ぴったり。
祖父:そうか、そうか。よい子じゃ。
父上・母上:(呆れている)…。
祖父:ほら、鏡を御覧。
私:はい。
祖父:よく似合う。男前だ。
私:(「男前」の意味がわからないまま)はい。
祖父:この帽子を被って、立派な男に育つんだぞ。
父上・母上:…。
私:はい。
祖父:(目を細めて)いい子じゃ、いい子じゃ。いいか、お前は、ドラゴンズファンとして名古屋の男に育つのだ。二度と、あのような帽子をかぶってはだめだぞ。
私:はい。
祖父:本当にいい子じゃ。ほら、お前たちも声をかけないか。
父上・母上:そ、そうですね。よ、よかったわね。
祖父:これで、用件は終わりじゃ。さあ、帰って応援じゃ。

 まずは、言い訳ですが、私の周囲で巨人ファンはよい方ばかりです。名古屋という「偉大な田舎」の話ですので、マジレスはお許しを。阪神ファンは…。いやあ、これまた素晴らしい方ばかりです(な、なによ、その間は。すんません、「食べるか、○なことをするか、どっちかにしなさい!!」と叫びたくなる方が思い浮かんだので…)。

 祖母の話ばかりしていると祖父が寂しがりそうなので、祖父の思い出です。祖父が他界したのは、私が8歳の頃。祖母の死の2年後に後を追うように亡くなりました。祖母の死後は、気が抜けたように別人になってしまい、子供心にも辛い姿しか記憶がありません。祖父は堅物そのもので、母上によると、お世辞を言ってもまったく受け付けず(むしろ、相手を信用しなくなってしまう)、心情を吐露するようなことはまずなく、カネにも細かい典型的な名古屋人だったそうです(父方の実家はあまりに遠方で行ったことすらなく、母方ばかりの話になりますが)。唯一、祖父が感情をあらわにした懐かしい思い出です。

 この話は、記憶に曖昧な部分があるので、脚色が入っていると思いますが、確か、幼稚園に通っていた時期だったはずで4歳前後のときだったと思います。弟が生後6ヶ月ぐらいのはずなのですが、どうしていたのかは記憶がありません。子供時代を思い起こすと、最初の記憶が2歳になるかならないかぐらいに建築中の団地(3歳のときに名古屋市内から引っ越しました)がモノクロで残っている程度なので、記憶力が元々、悪い方なのだろうと思います。妙なものでシンメトリックなものが子供の頃から好きで、三菱のマークがとても好きでした(車の中で窓ガラスが曇っているとすぐに三菱のマークを書いて母上が苦笑していたことを思い出します)。3歳ぐらいのときは、三菱のマークとか、星型とか、線対称かつ点対称な図形ばかりを書いていて、幼稚園の先生から変な子あつかいされていた記憶があります。

 本題に戻りますと、祖父が変な人物だと思われそうですが、大正生まれで戦前の商業高校を卒業後、電力会社に勤務。経理畑一本で定年まで勤め上げたそうです。昔の中流(やや下でしょうか)の家庭そのままです。普段は、寡黙そのもので、祖母とは対照的に躾にとても厳しかったので、私も祖父の前ではおとなしくしておりました。祖父が亡くなる半年ぐらい前でしょうか、弟と一緒に祖父からカステラを頂いて食べていたのですが、私はまったくこぼさずに食べていて怒られず、弟はボロボロこぼして怒られてばかり。弟は、当時、4歳なのでやむをえないのですが、何度、怒られても菓子を祖父の前でボロボロこぼしてしまうので一緒にいて将来、大変かもと思いました。

 父上は、玄関先で私が怒鳴られているのを聞いたのを耳にして、いつの間にか外へ逃げ出していました。10月7日で64歳になりましたが、やばいときの逃げ足の速さは相変わらずです。『らんま1/2』を読むと、早乙女玄馬とついイメージがだぶるのですが、年をとっても、白髪が多いだけで髪はふさふさ。母上もそうなのですが、父上の髪の量は異常でありまして、今でも分け目すら見えないぐらいです。子孫を残すことはもはや無理でしょうが、せめてこの一線だけは、血を分けてもらったものとして守ろうと固い決意をしております。

 それにしても、これがドラゴンズ・ファンとなる始まりとは…。中京地区でも、地上波での放送は巨人戦が多く、当時の私は王さんの大ファンでした。以来、ドラゴンズファンとして生まれ変わった筈なのですが(祖父には内緒で王選手だけは応援しておりました)、最近はプロ野球そのものに興味がなく、ドラゴンズが嫌いになったわけではありませんが、応援が騒がしく、あれを3時間前後も見るのはつらいものがあります。てな訳で、軟弱な元ファンではありますが、遅まきながら、ドラゴンズの優勝を心よりお祝い申し上げまする。

 実を申しますと、北朝鮮ネタを書くと、アクセス数が気持悪いぐらい増えるので、もう勘弁というのが本音ではありますが。ページビューで2,000を超えると、「時の『最果て』」の名が泣きまする。

 …。いま、嘘をつきました。正直に申し上げますると、あのおっさんのことを考えるのに飽きました。休む間もない、政府・与党、関係省庁の方々には心より激励させていただきます。まだ、書きたい人はどうぞ、というのが正直なところ。

 今年は、お墓参りをさぼってしまいました。私事で恐縮ですが、この場で「宿題」を果たします。

 おじいちゃんが愛したドラゴンズがまた優勝したよ。阪神も強くなったんだ。おじいちゃんの頃には想像できなかったかもしれないけれど。阪神が頑張ったおかげでドラゴンズはさらに強くなって優勝できたんだ。巨人が弱くなっちゃったのは寂しかったけど。おじいちゃんから、天知監督や杉下茂、権藤博のことを聞きたかったなあ。いますぐは無理だけど、いつかそんな話を聞かせてね。お母さんもお墓に毎年来ているから、寂しくないかもしれないけれど、今年は本当にごめんなさい。来年は必ずお盆にゆくから、ドラゴンズの活躍を教えてあげるね。

 今、変な国がおかしなことばかりやってるんだ。でも、心配しないで。お墓は絶対に守るから。国を守るというのは、市井にいると、実感が沸かないけれど、お墓を守ることは絶対に譲らない。それが国を守ると言うことに繋がるのかもしれないけれど。おじいちゃんが、子供の頃に話していた空襲の話を今でも覚えているよ。あんなことは、絶対にさせない。おばあちゃんが、期待してくれていたほど、立派な大人ににはなれなかった。ごめんね。大したことはできないけれど、おじいちゃんとおばあちゃんが安心して眠れるように、やるべきことはやるから。頼りないかもしれないけれど、見守っていてね。
posted by Hache at 01:55| Comment(9) | TrackBack(5) | ふまじめな寝言

2006年10月11日

北朝鮮情勢 誰も書かないシナリオ

 珈琲様トラックバックや木星人様のコメントを拝見しながら、いろいろ考えてしまいました。木星人様のコメントへのリプライにはなっていないかもしれませんが、起きうる事態のうち、最悪のことを考えてみました。以下で書くことは、頭のいかれた「外道」の書くことなので、まじめに読まないで下さいね。起きうる確率は、1万分の1程度でしょう。「識者」のほとんどが、自らが蓋然性が高いと考えている事態ばかりメディアなどで披露されるので、性格がひねくれた私はもっともありえそうにないシナリオを考えたくなります。簡単に言えば、金正日の言い分がほぼ100%通ってしまうシナリオです。

(1)国連安保理で憲章第7章にもとづく決議が採択され、経済制裁が実施される。

(2)アメリカは、経済制裁の実効性を高めることに全力を集中する。軍事的オプションは控えるものの、海上封鎖に近い水準まで北朝鮮を締め上げる。日韓も同盟関係の強化とともに、対北朝鮮でアメリカとぴったりと歩調をあわせる。

(3)中露も少なくとも表面的には日米にしたがうように振舞う。他方で、水面下で両国の利害が両国の強い影響下での半島の現状維持で一致する。

(4)経済制裁の強化にもかかわらず、北朝鮮の核開発は着実に進行し、韓国はもとより日本全土を標的としたミサイルの生産をさらに進める。

(5)北朝鮮が核を事実上、保有したまま、10年の歳月が流れ、新しい指導者が同じ路線を引き継ぐ。「統一」という目標は堅持したまま、体制の維持に腐心する。日米韓中露の包囲に対抗するという「目標」が、北の体制を維持する。

(6)日米韓は、安保理決議が採択された当初は堅く結束する。しかし、歳月とともに北朝鮮の核武装が着実に進み、日韓の世論でアメリカの「抑止力」に対する疑念が強まる。なぜなら、アメリカと共同歩調を歩んだもののえた成果が、北朝鮮の核武装に終わったからである。北朝鮮は既成事実を重ねながら、アメリカの「核の傘」への日韓の信頼を失わせるよう、挑発しながら、足並みを崩す。

(7)10年後、アメリカが北朝鮮の核武装に有効な手段がなかったことで、日米同盟への日本の国内世論の失望が多数とまではゆかないにしても、広がる。日米同盟は、目先の北朝鮮の核武装という日本人からすれば、アメリカならば解決が可能であると期待できる問題で成果を挙げられないからである。日本国内で独自の核武装を求める声が強まり、アメリカの猜疑とアジアの不安定要因であるかのようなイメージが欧米で広がる。日米同盟は空洞化する。10年の歳月とともに、韓国では再び、アメリカの不信、日本への反発などナショナリズムが高まり、北朝鮮との統一を求める機運が高まり、事実上、北朝鮮に屈服する。

(8)北の核武装が成功すれば、NPT体制は崩壊する。核武装を望む国が増加すれば、北の核武装は"one of them"になる。アメリカの朝鮮半島への影響力の排除だけでなく、国際秩序の最終的な担保であるアメリカの抑止力は決定的に低下する。

 これは、朝鮮半島からアメリカの影響力を排除し、北主導の半島統一という北朝鮮の意図がほぼ彼らの言い分が通ってしまった場合を想定しています。現状の北朝鮮の国力、外交・安保環境から考えると、ネグリジブルな話だと思います。ただし、メディアでも、ネットでも、「蓋然性が高い」とされる予測や「望ましい」解決が盛んに議論されているのを見ると、一抹の不安があります。「望ましい」解決は、しばしば、主張する方の願望を反映します。この記事で述べたことは、米中関係や中露関係、中朝関係や北とロシアの関係など、正確な情報にもとづいたものではありません。あくまで、自分の願望や「あるべき」政策論を排して、金正日の言い分が通ってしまった場合のプロセスと状況を述べたものにすぎません。おそらく、今後の事態の推移で金正日の言い分が通ってしまうことは、ほとんど生じないでしょう。私自身も、このような事態が生じる確率は多めに見積もって1万分の1でしかないと思います。事態の進展とともにこのようなシナリオが忘れられてしまう確率は、ほぼ1に近いでしょう。しかし、メディアやネットでは、金正日の言い分が通らないことが暗黙の前提となっているように思います。もちろん、この前提の蓋然性はきわめて高いと思います。ただ、金正日の主張が通ってしまう事態を想定しないことは、それが現状では蓋然性の極めて低い前提に基づかない点があるにしても、危ういものを感じざるをえません。願望と現実を区別しないことは、非常に危険だと感じます。

 この記事では、北朝鮮以外の立場からの願望や北の行動に関する善悪是非、北に対する適切な外交オプションの検討、北の「真意」などは極力排除しました。「タカ」、「ハト」、「フクロウ」というのは、外交官が上司に進言する際に自分が最も適切だと考える案を通すためのレトリックにすぎません。これも、一切、排除しました。ただ単に、北朝鮮の国益が一方的に実現した場合(くどいようですが、確率はきわめて低いと私自身が考えております)、どんな事態が生じうるのかを、描いたにすぎません。繰り返しますが、特定の政策を正当化することが目的ではありません。この点は、決して誤解していただかないよう、お願い申し上げます。

2006年10月09日

手荒い祝砲

 うーむ、命の賢者様(ボッシュ)のおっしゃるように私が体調を崩したというのは、なにかの前触れだったのでしょうか。9月の中頃に『産経』が安倍政権誕生後、中国を訪問する話が浮上していて韓国が焦っている旨の記事があったので、中韓訪問はサプライズではなかったのですが、こんな手荒い「祝砲」が待っているとは…。北の意図はわからないのですが、安倍総理の「標的」が北朝鮮だとすると、中韓を歴訪するというのは「真綿で首を絞める」ような迫力があります。小泉総理のような痛快さは全くないのですが、真綿で相手の首を絞める手法は私自身が好きなので、思わず歓迎したくなります。これに北朝鮮が反応したとは思わないのですが、金正日の意図がどうであれ、自らどんどん選択肢を狭めている印象があります。ミサイル発射への「見返り」が罰であったことで、瀬戸際外交は破綻しました。核実験に関しては報道での情報しかわからないのですが、朝鮮半島をめぐるゲームの構造が変わったことを北朝鮮が認識しているのかは別としても、戦争への道を急いでいるようにも見えます。

 現段階で記事にするには早すぎる感がありますが、今回の「核実験」でえた北朝鮮の「見返り」を考えてみました。

(1)安倍総理の訪中、訪韓とあいまって中韓が真意はともかく日米、とくにアメリカへ近づく機会を与えた。とくに韓国には米韓同盟に再び戻る最後の機会になるかもしれない。「統一」という野心を臆病さで抑えられるかどうか。私は、臆病は恥ずべきではないと考えるが。この機会を逃した場合、韓国の運命はまるでわからなくなる。中国は、事前にアメリカに情報を通告することで、この件に関してはアメリカに「恭順」の意を示している。胡錦濤は仕事がやりやすくなった。

(2)アメリカ側の選択肢を増やした。元々、アメリカの方がはるかに選択肢が広いのだが、今回の一件は、核実験が成功したか否かにかからず、外交上だけでなく、道義上の前提を踏みにじった。以前から軍事的オプションをブッシュ政権は考えていたかもしれないが、行使する蓋然性はほぼゼロだったのがこれで無視できなくなった。

(3)イランと同等、あるいはそれ以上の悪評を欧米のメディアからえることに北朝鮮は成功した。国連でのアメリカの仕事はやりやすくなった。また、日本がアジアの不安定要因であるかのような表現は、少なくとも、当面はひそめる。

(4)北朝鮮がえたのは国威の発揚ぐらいである。どこまで国内的要因によって体制の維持可能性が危うくなっているのかはわからないが、ミサイル発射からほぼ3ヶ月であり、自転車操業状態になっている可能性がある。

 当面の舞台は国連安保理でしょうが、最悪の場合、周辺事態法が想定している事態が生じる可能性が無視できないでしょう。制裁などの措置は、もちろん強いメッセージでしょうが、周辺事態法で訳のわからん憲法解釈で禁じられている行為を見直すのも、それ以上に強いメッセージとなるでしょう。2条2項を削ってしまえというのは、乱暴でしょうが、変な条文が多い法律だなあと思います。直ぐそばで米軍が戦っているところに支援したら憲法違反というのはなんだか情けない話だなあと思います。他人事ではない「事態」なのに、まるで他人事のようにしか扱っていないかのように読めてしまうのは、やっぱり私の頭が悪いからかしら。

 江畑謙介さんがNHKに出演されていたので、満足してしまいました。でも、江畑さんがNHKに呼ばれるときは…。

黒い風が泣いてる…。

よくかぜをひくデブ

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:相変わらずかあ…。それにしても、よくこれだけ眠れるのお。
ハッシュ:ふわあ、なんじゃ、おぬしか。
ボッシュ:…。なんとも平和な光景じゃな。
ハッシュ:気のせいか、最近、客人が多いのじゃが…。あまり、喜べぬことじゃが。
ボッシュ:こんなトコにも、ワシ以外に客人が来るのか?
ハッシュ:客人といっても、物やサービスを売るわけではないがな。おぬしやあのデブがくたばった後ぐらいからが異様に多い。
ボッシュ:…。いきなり、おっかないのお。おぬしはワシやあのデブの死期までお見通しか?
ハッシュ:あくまで喩えじゃ。正確な年代は特定できぬが、まあ、あの様子では大きな異変があったんじゃないのかな。ジールが、火山の爆発で吹き飛んだ後の状態のようじゃ。口を利けぬものばかりがくるし、記憶がとんでおる。ワシもお手上げじゃ。
ボッシュ:…。なんだか、「ノストラダムスの大予言」みないな話じゃ。まあ、おぬしの寝言はともかく、ワシはちと驚いたぞ。
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:バカはかぜをひかいそうじゃが、あのデブがかぜをひくというのは、天変地異の前触れかもしれぬ。
ハッシュ:あのデブ、見かけよりも体が弱いからのお。「寝言」で書かないだけでしょっちゅう体調を崩しておるわ。
ボッシュ:ほお。意外よのお。あのデブに殺虫剤をかけても、死なないように見えるんじゃが。
ハッシュ:…。
ボッシュ:…失礼。ところで、おぬしのところの客人が増えているというのは…。
ハッシュ:客人といっても、おぬしと違ってお金をもらうわけではないがな。あのデブは、ちと例外じゃな。あんな平和な国からやってくるというのは、まず他にない。たいていは、戦争とか大災害の時期にここにふらりとやってくる者が多い。つまり、社会が混乱している時期にここにふらりとやってくる。あのデブの場合、頭の中の整理がつかなくなってここにふらりとやってきたようじゃ。
ボッシュ:…。言いにくいんじゃが、おぬしの方が、ひどいことを言っていないか?
ハッシュ:そうかのお。ワシは、眼に映ずるままのことを言っているだけじゃが。
ボッシュ:まあ、あのデブの話はどうでもいいんじゃが、どうもバカはかぜをひかないというのはひっかかる。
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:なんだか、体力と知力は対立するもののように聞こえるんじゃ。
ハッシュ:…。
ボッシュ:逆にな、健全な肉体に健全な精神が宿るという言葉もあるんじゃ。どうも、わからぬ。
ハッシュ:まず、ワシにわからないのは、肉体と精神は別のものかね?
ボッシュ:…。そういえば、ジールの頃にはそのような発想はなかったな。
ハッシュ:ワシは懐古話をしたいのではない。肉体と精神が別だと考えるのは、どういうときじゃ?
ボッシュ:…。なんだか、嫌な雰囲気だな。突っ込まれることを覚悟して言ってしまうと、体が丈夫だが頭は今ひとつとか、逆の場合を見ると、肉体と精神は別のように思える。
ハッシュ:もっと、それを実感するときがあるじゃろ?
ボッシュ:すまん、おぬしの問答にはついてゆけぬ。
ハッシュ:死じゃ。
ボッシュ:…。肉体だけが残って、魂は去ってゆくというわけか。ジールでは逆だったな。肉体は有限だが、魂は無限だった。
ハッシュ:肉体と精神が別だといってもよいし、同じだといってもよい。
ボッシュ:…。ワシの頭ではおぬしが今、言ったことがまるでわからぬが。どちらかしかありえないんじゃないのか?
ハッシュ:ワシの睨むところでは、あのデブの混乱の始まりは、どちらかしかありえぬという発想じゃな。あのデブが考えても、どうにもならぬ問題じゃ。
ボッシュ:ワシにもわからぬが…。
ハッシュ:考えずに生きれば、それが答えになる。考えてわかる現実など、現実ではない。
ボッシュ:済まんが、ワシまで気が触れそうになる。今日は、そろそろ帰るね。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。そうそう、あのデブへの独り言じゃ。ジパングでは連休じゃそうだから、とっととかぜを治すように。

 …。…。…。かぜなのかどうかはわからないのですが。季節の変わり目には必ずといってよいほど、こういう羽目になります。少なからぬ方々に御心配をおかけしました。あらためて感謝いたします。

 それにしても、死についてどこかでいつも考えてしまいます。祖母が亡くなった未明に祖母が私の夢に現れて「さようならを言いに来たの」と言うので、思わず夜中に目が覚めて家中を見渡したら、弟は寝ていたものの、両親が見当たらず、子供心にこれは只事ではないと思いました。祖母が息をひきとる前の出来事でした。神秘体験など、科学に「汚された」私は、一切、受けつけないのですが、これだけは生々しく、昨日のことのように記憶しております。祖母のお通夜の時には、後にも先にもないぐらい泣いてしまいました。翌朝、亡骸を見ていると、涙が止められなくなって、三河の親戚に殴られてようやく収まりました。それ以来、死は常に私とともにあります。子供の頃ほど思いつめた状態ではなくなりましたが。子供の頃は、明日、死ぬかもしれないという感覚から今日やっておくことばかり考えていました。さすがに年とともに、そのような緊張感が薄れ、堕落してきましたが。

 私自身がおっちょこちょいなのでえらそうなことはいえませんが、フランシス・フクヤマという人の「歴史の終焉」や『歴史の終わり』を読んでなんて危なっかしい議論なんだろうと思いました。他方で、こういう議論ができてしまうのもアメリカの強みかなあとも。「寝言」ブログなので書けることですが、世間では生活に支障がでないように「現実主義者」のように振舞っていますが、内面では素朴な現実など信じることができません。もっと言ってしまうと、疑うことも信じられないです。「私は私である」というときの、真偽判断をする「私」はいったいなんなんだということを考えると、さすがにこれは危ない感じがします。

 イギリスの自由主義的な伝統は、現存する、あるいはこの数百年の歴史で存在した文明の中でよりマシなものだとは思いますが、それをなんの衒いもなく肯定することにはどうしてもためらいがあります。危ない人と思われるかもしれませんが、なにもかもを疑いだすと、自我すら疑わざるをえません。主義主張のなんと儚いことよと思います。どんな主義主張も信じられなくなると、生活に困るので比較的マシなものを信じているふりをするしかないのですが、頭の悪い私には、真剣にやるふりでしかないように感じます。

 芸がないのですが、精神的に危ないと思うと「私が私である」こと自体を忘れてしまいます。自我?どうでもいい。他人?どうでもいい。社会?どうでもいい。自然?どうでもいい。すべてを放逐してしまうと、あとは絶句するのみです。言葉にできない「なにか」があって、所詮、知的営みなどそこから断片をもってきては、「これはこうだ」と形にする。絶句するしかないものを表現するには、そうするしかない。そんな感覚で生きています。

 社会や自然について真剣に議論をしている方たちをバカにするつもりはありません。結局、なにかに真剣に取り組むことが答えそのものですから。私の場合、子供のように絶句しながら、とりあえず「こういうことにしておく」という感覚からぬけることができません。祖母が亡くなった6歳のときに、自分が何をしたいのか、哲学や思想など他人の借り物に頼らずに自分で考え続けた時期がありました。答えはありませんでしたが、人間、社会、自然を問わず本当のことが知りたいという欲求しか自分にはないのだということに気がつきました。あれから、30年、時期に濃淡はあれ、あまり変わらないことに気がつきます。本当のことを知ろうとすると、絶句するしかないというどうにもならない事態に困惑を覚えつつも、「思い通りにならない『現実』」と付き合ってゆく術を覚えてきたのかなと思います。それが、進歩なのか退歩なのか、自分でもわからないのですが。まあ、「時の最果て」で「寝言」を書いている人は、そんな程度の人です。

 連休中にこんな訳のわからない「寝言」を最後まで読んでくださった方に感謝いたします。例によって、心から感謝の念をこめてお約束を捧げます。



ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。

おやすみなさい。

2006年10月07日

弔歌 金正日総書記に捧ぐ

 田中真紀子代議士の「毒ガス攻撃」にマスクなしで冷静に対応された安倍総理に心より敬意を表します。『読売』オンライン版に「“真紀子節”で首相批判『パパの靴履き危なっかしい』」とあるのですが、予算委員会をビデオライブラリーで見ると、どうしてこんな記事が書けるのか理解が不能です。田中真紀子氏が粗野な言葉で煽り、安倍総理がときに厳しい口調になりながらも、的確な答弁をされていました。田中氏が熱くなればなるほど、安倍総理が少しずつ大きく見えます。小泉総理とは対照的にじわじわと存在感を浸透させるタイプなのでしょうか。

 さて、本題です。かんべえ師匠の「不規則発言」で北朝鮮ストーカー説が唱えられていて、思わず目が釘づけになりました。うーん、私もそう思うのですが、なかなか頭ではわかっても、感性がついてゆきません。拝読しながら、思わず、あの恥ずかしいメロディが頭をよぎりました。大御所のおかげでなにかに目覚め、「無料お試しコース」でつくった2006年7月11日の駄作です。そして、それが終わると、ふと西城秀樹の「Young Man」が頭の中で響きました。なぜか、"Young"が"Gang"あるいは"Rogue"に変わっておりましたが。田中真紀子氏の毒ガス攻撃にガスマスクなしで戦闘された安倍総理に敬意を表して再び♪撃つわ♪(シンゾウ・バージョン)とともに、「無料お試しコース」第3作をお届けいたします。

 なお、"Gang Man"は英語として意味をなさないことは私自身が理解しております。原曲の語感を味わうためのやむをえざる措置と御理解下さい。なお、北の核実験通告にマジ切れされている方には大変、耳障りな曲と存じますので、精神衛生のためにも、ここでスクロールを止められることをお勧めいたします。事態がしゃれにならいこと、このような替え歌が不謹慎であることは、私自身、承知いたしておりますので、この点に関する苦情は一切、受け付けませんので、悪しからず。

 「ふまじめな寝言」ではありますが、「マジレス」をすると、いよいよ北は"point of no return"に入りつつあるというところでしょうか。用心深く「虫歯」を抜く準備が必要だと思います。知能指数が相変わらずゼロに近い状態なので、北の体制が崩壊した後、大学で政治学の講義として「瀬戸際外交論」で金正日を特任教授で招くのもいいかなあと。あと、「現代核戦略論:(弱小)独裁国家における核武装の費用対効果のケーススタディ(How I learned to stop worrying and love the bomb, finally dictatorship suicided.)」なんていうのも、聞いてみたいですねえ

…。しっ、失礼いたしました。御託はこれぐらいにしてミュージック、スタート!!


♪撃つわ♪(シンゾウ・バージョン)

貧しいふりしてあの子
ワルをやるもんだねと
言われ続けたあのころ
たかるのが楽しかった
撃ったり止めたり すれ違い
ジョージと私の会談 いつかどこかで
相手されるってことは 永遠の夢
青く広いこの空 私のもの以外ではないわ
風にきのこの雲 流して流されて
私撃つわ いつまでも撃つわ
たとえジョージが 二人きりになってくれなくても
撃つわ いつまでも撃つわ
シンゾウに ジョージが裏切られる日まで

悲しいくらいに私
いつもジョージの前では
おどしてみせる独裁者
おなさけなんていらない
わかりきってる強がり
本気で言ってみても 一人ぼっちの時には
そっとおなさけがほしい
誰も私の心 見ぬくことはできない
だけどジョージにだけは わかってほしかった
私撃つわ いつまでも撃つわ
たとえジョージが 二人きりになってくれなくても
撃つわ いつまでも撃つわ
せめてジョージを 釘づけにしていられるのなら

撃つわ いつまでも撃つわ
たとえジョージが 二人きりになってくれなくても
撃つわ いつまでも撃つわ
シンゾウに ジョージが裏切られる日まで



♪Gang Man♪

ギャングマン さあ立ち上がれよ
ギャングマン 今跳びだそうぜ
ギャングマン もう休むことはないんだから
ギャングマン ほら見えるだろう
ギャングマン 君の行き先に
ギャングマン 自爆への道が あるんだから
まがまがしい N.W.M.D.(North Korea's Weapons of Mass Destruction) N.W.M.D.
制裁など吹き飛ばして 君も弱気隠せよ
そうさ N.W.M.D. N.W.M.D
くたばるまではやりたいこと 何でもできるのさ

ギャングマン 聞こえているかい
ギャングマン 俺の言うことが
ギャングマン ためらいを捨てて すぐに実験しようぜ
ギャングマン 核があるなら
ギャングマン とまどうことなど
ギャングマン ないじゃないか
オレから離れろ
まがまがしい N.W.M.D. N.W.M.D.
制裁など吹き飛ばして 君も弱気隠せよ
そうさ N.W.M.D. N.W.M.D
くたばるまではやりたいこと 何でもできるのさ

ギャングマン 開発の日々は
ギャングマン 二度とこないから
ギャングマン 思い出になると 思わないか
ギャングマン ほら扉あけて
ギャングマン 核を炸裂させて
ギャングマン 今思う事をやって ゆこう

まがまがしい N.W.M.D. N.W.M.D.
制裁など吹き飛ばして 君も弱気隠せよ
そうさ N.W.M.D. N.W.M.D
くたばるまではやりたいこと 何でもできるのさ
N.W.M.D. N.W.M.D.
制裁など吹き飛ばして 君も弱気隠せよ
そうさ N.W.M.D. N.W.M.D
くたばるまではやりたいこと 何でもできるのさ
N.W.M.D. N.W.M.D.
制裁など吹き飛ばして 君も弱気隠せよ
そうさ N.W.M.D.N.W.M.D
くたばるまではやりたいこと 何でもできるのさ

(原曲「Young Man」 作詞:J. Morale & V.Willis/あまがいりゅうじ(訳詩) 作曲:J. Morale, H.Belolo & V.Willis 唄:西城秀樹)
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2006年10月06日

三つ子の魂百まで

 木曜日に管理画面で検索ワードに「性格 傲慢」で「寝言@時の最果て」に2件ヒットがありました。思わず「?」ってな感じ。google経由だったので検索してみましたが、全然、ヒットしません。面倒になったら、「性格分析(簡易版)」なるものが見つかったので、面白半分で試してみました。遊び半分で性格判断を試すことがあるのですが、まず、的外れ。それでも今回は、試した中で最も的外れな結果でした。

【性格分析(簡易版)結果】

内向- 直感- 思考 -統制
気質 戦略性
タイプ 参謀役
主文 独創的な戦略家です。
解説  あなたは、独創的な考え方をする最高の思考型です。また、長期的な展望や物事の裏などもよく見えます。創意工夫に富み、どんな物にも改善の余地を見つけます。考えるのはあくまでも自分の楽しみであって、組織のためにではないのですが、結果として組織を改善に導きます。知識を常に追い求め、自分の能力をいっそう向上させたいと願っています。
 複雑な問題をすぐに分析できる戦略家であり、痛烈な批判精神の持ち主でもあります。
 集中力に優れているので、一人、あるいは優秀な数名の同僚と仕事をするのを好みます。口数が少ない上、自分より劣っていると感じた相手には、自分のことや仕事のことを話したがりません。勤勉で、困難にあっても耐え抜き、目標に向かって突き進む傾向があります。

【留意点】

 自分の内面の世界に浸っていると居心地がいいので、他人の感情には鈍感。投げやりな態度をとり、周りのありがたさに気がつきにくい。人に求める水準が高く、相手が期待に応えられないと見下し、傲慢な態度をとります。そして、優秀な人だけを賞賛します。

 また、想像の世界に没頭し、アイデアを懸命に考えているときが幸せなので、日常のささいなことには気づかないので、凡ミスを起こしがち。そんな日常への無関心が、ひいては巨大プロジェクトでコストを無視する傾向につながったりもします。深く自分の世界に入ってしまい、他人とスムーズに意志の疎通を図れない場合があります。

【アドバイス】

 目的に向かって突き進むので、頑固で強情と言われやすい。また、ある仕事から次の仕事に移る際、頭の切り替えをするのが下手です。すばらしい集中力の持ち主ではありますが、もう少し周りの人に気を遣い、柔軟になりましょう。

 うーむ。「参謀役」ですか。たいてい、芸術肌とか学術肌とかでて、「ぷぷぷ」時々「赤面」後「んなわけねーだろー」となるのですが、「参謀役」というのは初めてです。一番、向いてなさそう。まず、戦略など考えるタイプではなく、最初のハードルでいきなり転んでしまいそうです。

 「独創的な考え方をする最高の思考型」ですかあ…。きもちわるーい。「独創的な悪い冗談」ならまかしとけって思いますが、「最高の思考型」って…。なんじゃ、そりゃって感じ。考えること自体は好きですが、頭が悪いから考えるわけで、よければ考えること自体がバカバカしい限りです。「最高の思考型」はありえなーい。

 留意点は、考えさせられますな。「自分の内面の世界に浸っていると居心地がいいので、他人の感情には鈍感」は確かにそうかも。興味がないと、顔にもろにでるらしいのでこれはよろしくないですね。って直す気はまるでないのですが。もっと利巧だったら、「バカは相手にしない主義なの」と平気で言いそうですが、現実には言った瞬間に自分にはねかえってきて「自分を相手にしない」ことになるので、考えもしないです(屁理屈をこねている人に「バカは相手にしない主義なの」と言いたくなる気分になることはありますが。「ガタガタ言うな。世の中、主義主張や理屈で動いていないんじゃ。そんなものは後からついてくる」って言ってしまう衝動に駆られることがあることは、正直に告白いたします)。

 わが性格を振り返るに、自分が「参謀役」を必要とする立場だったら、まず、私のようなタイプを選ばないでしょうね。上がほしい情報でも、自分が興味をもてない話だったら、「そんなの知らねえ」って平気で言いかねないし、他人の話を聞かないから情報収集が不十分で変な戦略を立てそうでおっかないです。それにしても、欠点は当たっている気がして、ちと鬱。神経質極まりない母上(掃除をしたときに、たんすの上のものがミリ単位で元に戻っていないだけで怒る人)にまで子供の頃に「もっとおおらかになりなさいと言われる始末でしたから。

結論:三つ子の魂百まで。

【おまけ】

「あなたが理想と考える『参謀役』とは?」

どこかの国の国防長官がもう少しだけ頭が悪くて、他人の話を聞く人だったら、それほど悪くはないと思いますね。
posted by Hache at 04:10| Comment(3) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2006年10月05日

ふまじめな断片

 経済学をやっている方がいろいろ心配をしていて、聞いていると面白いです。一方で経済学が理解されないと嘆く方もいれば、他方で経済学が政策を正当化するために適切に応用されていないと嘆く方もいます。まあ、わからないことをバカにするというのは、老若男女を問わず、やむをえない習性なので、唾の一つでもかけて下さる方は危篤もとい奇特な方でお大事にしてあげればいいのになあと思います。いいにくいのですが、経済学のように面倒なものを理解して実地に応用しようなどという方も、これまた奇特な方なのだから、煩くならない程度に助言してあげれば、いいんじゃないかなと無責任なことを考えてしまいます。

 安倍政権にさっそく「保守派」がかみつきだした。お約束といいますか、笑えますね。相変わらず、せっかちなこと。『美しい国へ』で"statesman"としての理念と政策を披露されていますが、総理となれば、泥まみれになるしかない。安倍総理が"politician"としての能力をどの程度お持ちなのかは、現時点では私にはわからないです。泥まみれになる御覚悟がないのなら、言論の世界で政治ごっこでもしていればいい。自分の意見に賛同する人だけを集めて「軍勢」でもつくって異なる意見を「攻撃」していれば気楽なものです。あちらの政治あるいは戦争ごっこはもっと見苦しい印象がありますが。

 自由な社会、民主主義的な社会(他の社会ではもっとひどいのでしょうが)では自分の思い通りになることよりも、思い通りにゆかないことの方が多いことがわからない「エリート」が多すぎる。国家と個人の自由の関係以前の問題です。エリートからすれば幼稚すぎる話なのでつい見落とすのでしょうが、のほほんと市井で暮らしていると、御高説を述べられている人がなんと簡単なこともわからないのに笑いが止まらない。思い通りにゆかないときには自制するか、妥協するか、放っておくしかないのだけれど、社会的地位が上がるほど、当たり前のことがわからなくなるらしい。私自身も無名の者ですが、失礼ながら「無名」の方と話をする方が、よほどためになります。社会的地位の高い方をバカにしているわけではありませんが、地位が上がるほど、人間のやることなどたかがしれていることを忘れてしまう人が多いという昔ながらの話がわからない方が多いのにあらためて驚かされます。思い通りにゆかないことが嫌なら、自由も民主主義も捨ててしまえばよい。日本は民度が高いがエリートは今ひとつという通説は、かならずしも正しくないと思いますが、もし日本の「知的」エリートのレベルが低いとしたら、市井の人がふだんは意識しないけれど、ふっと口にだすことを自覚できていないからかなと思ったりします。

 あくまで「時の最果て」という鄙びたところでの頭のいかれた「外道」の「寝言」なのでまじめに読まないで下さいね。

(追記)下線部を追加・修正いたしました(2006年10月5日 by Hacheこと頭のいかれた「外道」)。
posted by Hache at 05:34| Comment(2) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2006年10月03日

安倍政権 静かな船出

 「寝る」、「さぼる」、「手を抜く」という最も安直な療養でだいぶ持ち直しました。早乙女流奥義「敵前大逆走」なみにすちゃらかな「治療法」ではありますが。完全に復調するところまではゆきませんが、だいぶ体が楽になりました。もっとも、ボロボロだったのが、ヨタヨタになった程度ではありますが。副作用で睡眠時間が短くなりましたが、これまで寝すぎたからでしょうか。ご心配をおかけした方々には心よりお詫びいたします。

 寝不足気味なので、やや暴走気味かもしれませんが、2006年10月2日の代表質問をネットのライブラリーで見た感想です。

 国会での代表質問ですが、民主党および支持者の方には誠に申し訳ありませんが、鳩山幹事長の質問は飛ばして、安部総理の答弁だけを聞いていました。失礼ながら、常識的な答弁でした。極東軍事裁判を裁判として受け入れるというあたりは、一部の失望を買いそうですが、総理の発言としてはこれでよいと思います。某テレビ朝日の番組の神学論争で十分、うんざりしたので神学論争はもう政治の場では勘弁。歴史家や歴史好きな方が議論すれば十分でしょう。こんなことは政治問題化することではないと思います。

 さらに「主張する外交」の大枠が見えてきて興味深く思いました。日米同盟を基本としてアジアでの安定をはかる。どっかの番組の司会者なら「優等生」と毒づくのでしょうが、現実政治の場に劣等生は不要。さっさと退場していただくまでです。例によって報道は外交交渉のことばかり論じるのですが、基本政策についてはあまり伝えない。私が知りたいのは、実務に携わったことがない素人にはわからない外交の機微への感性を要する細かな交渉ではなくて、外交の基本政策です。メディアでは肝心の部分がまったくわからず、どうでもいいことばかりが書いてある。メディア不要とは言いませんが、小泉政権以上に安部政権ではトップの発言を直接、聞くことが大切だと思いました。

 「美しい国」や「A級戦犯問題」での答弁を聞きながら、安部総理はやっぱり「常識人」だなあと思う反面、個人と国の関係がまるで復古調ではないので興味深かったです。派手な表現や名言・格言の引用はほとんどなかったのですが、それゆえに自分でしっかりと考えて言葉にされているのが伝わってきます。小泉総理は発足当初の期待値が高かったがゆえに、その後、失望も多く感じましたが、安部総理も世間の期待値が高いけれども、ほどよい湯加減で安部流が貫ければ、期待が信頼に変わるだろうと思います。まだ、出航したばかりで前途はわかりませんが、「変人」政権は楽しみも多かったけれども、疲れることも多かったのに対して、「常識人」政権は疲れず、肩に力が入らず(ふっとした瞬間にど真ん中を投げてくる感覚はありますが)、熱狂を生むこともなく、この感覚を維持していただければ、私みたいな市井でのおのおと暮らしている人間には実に歓迎すべき政権です。ただし、「常識人」内閣というのはあくまで現時点での評価です。「復古」主義(復古主義一般は否定しませんが)の感覚にはついてゆけないので、それを感じたら、共感が薄れてゆくでしょう。

 ただ、集団的自衛権の行使に関する解釈をまともにするためには、野党がしっかりしてもらわないと困ります。安倍総理が右を向けば左を向き、左を向けば右を向くようでは、お話にならない。妥協ができなくては国会などただの討論ごっこになってしまいます。この件に関しては安倍総理が譲歩するのではなく、野党の側が明確なコンセンサス形成に参加していただきたいと思います。外交・安全保障に関して妥協をして社民・共産はともかく、民主党はえるものはあっても、失うものはあまりないでしょう。安倍政権が飽きられれば、政権交代も見えてくる。日米同盟を強化しつつ、アジア諸国の独立を間接的に擁護することが、党派を超えてコンセンサスになることが、最終的な「戦後レジーム」からの脱却だと考えます。

 大正・昭和の言論の暑苦しさと明治の自由闊達さを対比する方も多いのですが、幕末も空理空論がはびこった時代です。明治の前半は、その後片付けに追われたといってもよいぐらい。いつの時代も空理空論絶えず、それでいちいち滅んでいたら、戦後などは何度、滅んでいたかわからないでしょう。さらにいえば、「イデオロギー・フリー」というのは言論人の夢でしょうが、言論界などほとんどご縁のない私には無理でしょうなあと不届き千万なことを考えてしまいます。政治家の党派性と言論人のイデオロギーは、別の問題であってそれに気がつかない言論人は政治家に利用されるだけの話です。政治家が言論人に振り回されるようになっては、尻尾が犬を振るようなもの。言論界の方には失礼ですが、言論のほとんど(すべてではありません。例外も少なくないですが。名指しするのはいやらしいのでしません)は、後付け・後講釈です。そうであることを恐れる言論人は馬鹿げている。理屈は後からついてくる。そうでないと言い張るのは、個人の自由ですけどね。

  あんたはどうなのって?

  「寝言」ですから。理屈も何も面倒なことはありません。

 という訳で、「常識人」内閣にホッとしたところで、復調を期してお休みします。動悸はおさまったのですが、今度は異常に眠いです。仕事という名の借金がたまる一方なので、寝ている場合ではないのですが。デフォルトするぞと脅しながらリスケを計るなどと不届きなことを考えながら、とりあえず、寝ます。

2006年10月01日

療養中

 9月29日の記事にコメントを賜り恐縮です。体温は安定してまいりました。ただ、不摂生と思ったより安静が長引きました。このため、軽い運動でも脈拍が若干、増加する傾向があり(安静時55程度、20分程度の軽い歩行で85程度)、安静時にも、やや脈拍が不安定です。おそらく、あと数日で平常に戻ると思いますが、場合によっては、もうしばらく様子を見て循環器系の病院で検査を受けます(半年前の検査で特に異常がないので、再度、検査を受けても異常がないことを確認する程度だと思います)。現在のところ、冷静に集中して作業できる時間が極めて限られておりますので、当面、記事の更新を停止いたします。

 頂いたコメントに一つ一つ御礼を申し上げるべきところと存じますが、動悸や息切れが周期的にきて思考がまとまらないので御容赦ください。お励まし頂いた方々に感謝いたします。現在、再開する時期は未定です。再開したときにお越し頂ければ、幸いです。

(補足)申し訳ありませんが、コメントにお返事ができない可能性が高いので、この記事へのコメントは受け付けておりません。トラックバックなども管理ができない可能性がありますので、引き続き、受付後/承認とさせていただきます。なお、この記事に関してはトラックバック自体を受け付けない状態になっております。
posted by Hache at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ