2006年10月05日

ふまじめな断片

 経済学をやっている方がいろいろ心配をしていて、聞いていると面白いです。一方で経済学が理解されないと嘆く方もいれば、他方で経済学が政策を正当化するために適切に応用されていないと嘆く方もいます。まあ、わからないことをバカにするというのは、老若男女を問わず、やむをえない習性なので、唾の一つでもかけて下さる方は危篤もとい奇特な方でお大事にしてあげればいいのになあと思います。いいにくいのですが、経済学のように面倒なものを理解して実地に応用しようなどという方も、これまた奇特な方なのだから、煩くならない程度に助言してあげれば、いいんじゃないかなと無責任なことを考えてしまいます。

 安倍政権にさっそく「保守派」がかみつきだした。お約束といいますか、笑えますね。相変わらず、せっかちなこと。『美しい国へ』で"statesman"としての理念と政策を披露されていますが、総理となれば、泥まみれになるしかない。安倍総理が"politician"としての能力をどの程度お持ちなのかは、現時点では私にはわからないです。泥まみれになる御覚悟がないのなら、言論の世界で政治ごっこでもしていればいい。自分の意見に賛同する人だけを集めて「軍勢」でもつくって異なる意見を「攻撃」していれば気楽なものです。あちらの政治あるいは戦争ごっこはもっと見苦しい印象がありますが。

 自由な社会、民主主義的な社会(他の社会ではもっとひどいのでしょうが)では自分の思い通りになることよりも、思い通りにゆかないことの方が多いことがわからない「エリート」が多すぎる。国家と個人の自由の関係以前の問題です。エリートからすれば幼稚すぎる話なのでつい見落とすのでしょうが、のほほんと市井で暮らしていると、御高説を述べられている人がなんと簡単なこともわからないのに笑いが止まらない。思い通りにゆかないときには自制するか、妥協するか、放っておくしかないのだけれど、社会的地位が上がるほど、当たり前のことがわからなくなるらしい。私自身も無名の者ですが、失礼ながら「無名」の方と話をする方が、よほどためになります。社会的地位の高い方をバカにしているわけではありませんが、地位が上がるほど、人間のやることなどたかがしれていることを忘れてしまう人が多いという昔ながらの話がわからない方が多いのにあらためて驚かされます。思い通りにゆかないことが嫌なら、自由も民主主義も捨ててしまえばよい。日本は民度が高いがエリートは今ひとつという通説は、かならずしも正しくないと思いますが、もし日本の「知的」エリートのレベルが低いとしたら、市井の人がふだんは意識しないけれど、ふっと口にだすことを自覚できていないからかなと思ったりします。

 あくまで「時の最果て」という鄙びたところでの頭のいかれた「外道」の「寝言」なのでまじめに読まないで下さいね。

(追記)下線部を追加・修正いたしました(2006年10月5日 by Hacheこと頭のいかれた「外道」)。
posted by Hache at 05:34| Comment(2) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言