2006年10月13日

尾張気質

 木曜日は、上海馬券王先生にまでお越し頂き、嬉しい反面、驚きました。ブログというのは、「時の最果て」のように過疎地ではあっても、世界中に公開されているわけでありまして、「寝言」とはいえ、書き手の人格がそのままでてしまうので、書けば書くほど、世界中に恥をさらしているようなものだなあと思ったりいたします。

 北朝鮮という爆弾を抱えながら、2008年、そして2009年のアメリカ新大統領の就任を迎えるというのは、台湾海峡問題を考えると、嫌な気分になります。これに関してまとまったことを書いてみたいのですが、ちと疲れております。昨日、祖父の思い出を書きながら、長くなるので端折ったことを書きます。

 司馬遼太郎さんは、戦国期を描くときに、尾張の商人気質と三河の農民気質を対比させて描くことが多いです。その傾向は、『功名が辻』や『新史太閤記』、『覇王の家』などに顕著にでています。あくまで小説ですから、人物を描く際にはなんらかの類型化は避けられないので、これを批判するような無粋なことは致しませんが、尾張・三河が極端に異なるのかといえば、私の感覚ではちょっと違います。もちろん、戦国期と現代で気質が同じ地域などあまりないでしょうし、地域内部でも人それぞれです。尾張と三河も一言で論じることはできませんが、私のように、名古屋にいた期間が短い出身者からすると、どちらも現実的であるという点はさほど変わらないように思います。当たり前すぎるので、書くこと自体が気恥ずかしいのですが、織田信長や徳川家康は、尾張や三河では途方もなく突出した個性の持ち主で両者でそれぞれの地域を代表させるのは無理があります。

 「現実的」と書きましたが、国際関係論における現実主義のように洗練されたものではなく、生活のスタイルという感覚です。名古屋の結婚式の派手さが昔からテレビなどでおもしろおかしく報道されますが、あれは、今はどうかわかりませんが、昔は他にお金を使う機会がなく、嫁に出すときに両親が思い切った出費ができるという感じでしょうか。母上も、嫁入りの際に箪笥3箱分の着物を持参金代わりに祖父からもらったそうですが、しまう場所に困るありさまです。他方で、昔の感覚でいえば、資産を分け与える意味があって、家によっても感覚が異なるかもしれませんが、基本的には遺産相続では男子に遺産がゆくので(母方の場合、叔父)、嫁入りに際して生前贈与するような意味があります。この辺りは、名古屋でも家によって異なるので、一般的にいえるのかどうかは自信がないのですが。

 もう少し、個人的な話にまいります。木曜日にも書いたように、祖父はほとんど余計なことを口にしない性格で、他人をほめることが少なかった人です。無作法に怒っている姿は印象によく残っているのですが。母上によると、私は祖父に怒られることが驚くほど少なかったそうです。父上によると、おとなしい性格だからではないのかと。小学生の時には担任の先生に「石橋を叩いて壊す」とからかわれたぐらい、慎重な性格だったようです。言われてみると、必ずなにか行動を起こしたときにいつも最悪の事態を考えて、そうなったときにどうするかとか考えていたように思います。祖父は、そこまでひどくはなかったようですが、気質的には祖父−母上−私とつながっているようです。母上ですら、「いい人なんだけど、一緒に長い時間いると疲れる」とこぼすほどですから。とくに物を大切にするということに関しては、祖父は大変、厳しい人でした。

 祖父が幼稚園に入ったときに幼稚園児にはちょっと大き目の傘を買ってくれました。柄は、濃紺で装飾性は全くないのですが、とても頑丈なつくりだった記憶があります。祖母が亡くなってから、毎週のように週末になると母方の実家に行っていたのですが、ある日、雨でふだん使っている傘を差してゆきました。祖父が、その傘を見て「○○ちゃん、今でもその傘を使ってくれているんだなあ」と嬉しそうに呟いたので、ちょっと驚きました。祖父が嬉しそうな顔をしていることは、木曜日に書いたことと、この一件ぐらいだからです。祖父はめったなことでは誉めないので、とても嬉しくてこの傘は中学生のときに台風で吹き飛ばされるまで、私のお気に入りでした。あの傘が亡くなったときは、祖父の形見(別に時計を残してくれましたが)が失った気分になって、数日間、気分が重くなったことを思い出します(獅子咆哮弾はでないので御安心を)。

 それにしても、わが家の物持ちのいいのは、母方の影響が大でありまして、実家に帰って本当に風景が変わらないので安心するとともに、驚きます。もっとも、物持ちのよさは、実は私の方が上なのですが。大学進学時にひとり暮らしを始めるにあたって買ってもらった電化製品の多くは10年近くもちました。炊飯器はいまだに現役ですし(これにはさすがの母上にも「負けた」と言わしめた強烈な寿命です)、トースターも電子レンジに交代しましたが、いまだに使える状態です。卓上の照明器具も現役ですね。テレビ(パソコンのディスプレイ兼用)は、さすがに10年目で壊れましたが、2代目は未だに現役です。

 なにが書きたいのかって?

 要は、貧乏性なんですね。名古屋に限らないと思いますが、上流の人は、ふだんの生活で使う物自体がよいものなので、古くても、むしろ古いほど美しく見えます。私の狭い体験の範囲では名古屋では中流の家庭でも上流のような意識が残っていて、物を粗末にするということをとても嫌います。物持ちがよいこと自体が、母上の世代までは美徳だったようです。昔、母上に「名古屋嬢」なるものを尋ねたら「?」な顔をしていて、説明すると、露骨に嫌悪感をだしていました。水と油のような両者が共存しながら、無関係でいるのが名古屋の特徴かなと思ったりします。もっとも、名古屋の地下鉄に乗っていると、相変わらず、高齢の方も若い方も、女性に「○○」が多いので、なんとなくホッとします。

 「○○」に何をいれるかであなたの性格を診断させて頂きます。5万人目の御訪問(ページビュー数ではありません)が近いことも記念いたしまして、今回に限り、無料とさせて頂きます。皆様の御相談をお待ちしております。

寝言診断士 Hache(@時の最果て)
posted by Hache at 01:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言