2006年10月16日

「政治と経済の間」への寄り道

 「時の最果て」らしく、ずれた話をしたいところですが、ちょっとだけ北朝鮮がらみの話。北朝鮮相手の抑止力としては、日米同盟が実質的に双務的な同盟になることが前提ですが、通常戦力による抑止で十分であって、核抑止は過剰防衛であると素人的には見えます。まあ、議論だけだそうですので、政府の要職にある方の発言でなければ、大した問題ではないのですが。議論だから、核武装をしないほうが費用対効果からしないという結論になるといえばそうかもしれないのですが。党三役がこのような発言をすることは、現状で最低限、やるべきことに関する議論を紛れさせかねないという意味で批判的です。

 さて、本題ですが、「政治と経済の間」。「政治と経済の関係、あるいは無関係」が本題とはなれた記事ばかりになってきたので、本筋に戻します。今回は、基本的なことを確認するにとどめます。経済学者というのは、いかれた「外道」の目から見ても、変わった方たちであります。「市場経済では経済主体間の関係は、基本的に互恵的である」ということを示すのに、ああも面倒な議論をするというのは、なんと粘着質であることか。例外も少なくないわけでありまして、こちらは「市場の失敗」。しかしながら、長期ではやはり互恵的な関係が支配的です。

 他方で、市場経済が成立するためには、強制力をもった主体が財産権を適切に設定することが不可欠になります。知的財産権などという、法学畑の方も頭が痛くなる(まともな方ほど歯切れが悪い印象があります。スパッとこうだと言い切る方も必要なのでしょうが、複雑な問題ではそうはゆかないのはまともだと思います)話を考えなくても、泥棒を取り締まる国家権力がなければ、市場は崩壊します。市場が機能しない外部性の場合にも、政府が規制を行う、あるいは市場を適切なルールによって整備することで、問題を解決するまでに行かないにしても、問題を緩和することはできます。排出権取引の問題は、まだまだ未解決の問題が多いと思いますが、国家間の協調で市場をつくりだすことによって、問題を解決しようとする野心的な試みでしょう。

 さらに、小難しい前提が必要ですが、市場では誰かが意識的に調節しなくても、モノやサービス、カネ、そして情報までもが参加者がそれなりに満足する状態を実現してしまいます。古典的には「見えざる手」ということになりますが、平たくいえば、全体のことなど考慮しない「個人の利益」の追求が「社会全体の利益」につながるというわけで、ちょっときれいすぎる印象もありますが、言われてみれば、そんなものかもしれないとも思います。証明はアホみたいに面倒ですが、実験で検証が進んでいるので、自然科学でいう法則ほど厳密ではないかもしれませんが、人間相手の話としてはかなりよい精度で確からしいようです。

 このような発想で政治が議論できるのかといえば、さすがに強気にはなれません。以前、別の記事で書いたかもしれませんが、いかれた「外道」には民主主義というのは、「独裁者」を決定する、既存、あるいは過去に存在したものも含めて、よりマシな政治制度だと映ります。いわゆる「絶対王政」ですら、トクヴィルが洞察したように、民衆の存在を無視するわけにはゆかず、一見、集権的に見える政治体制も分権的な要素をもたざるをえない。アホみたいですが、統治する以上、被統治者がいるわけでして、統治される側の方が数が多い以上、当たり前といえば、当たり前。素人の「寝言」ですが、政治体制における分権的な要素と集権的な要素を切り離すことは不可能であり、より分権的な政治体制、より集権的な政治体制という以上の強い結論が導くことができるのかどうか、疑問に思います。

 これも素人的な見方ですが、現代の政治学では、個々の政策に関しては批判をしても、より分権的な社会、あるいは民主主義体制を肯定する方が支配的であるように見えます。私もこれには共感します。他方で、分権と集権のバランスの問題は難しく、私自身が勉強不足なだけかもしれませんが、この問題にこれという解がみられない気もいたします。あくまで民主主義を前提とした話ですが。はっきりと解がないという証明、あるいは説明も、見当たらないですし、緩やかな形で証明することすら難しいように思います。経済の世界も多次元ではありますが、最後は、えいやと金銭単位で一次元の問題に還元してしまうことができます。政治の世界で、そこまで乱暴なことができるのかどうか。さすがに、いかれた「外道」でも、これはどっちなんでしょうねえというのが正直なところであります。

 ただ、分権的な社会もゆきすぎれば、失敗します。古代のアテネでトゥキュディデスは、失敗に悩むことを止めて、プロセスを記述することに徹したのではないかと感じることがあります。分権的な社会は、ひとつ間違えると、なにも意思決定ができないというあやうさを秘めています。戦前のこの国の「失敗」は民主主義の失敗の一類型に過ぎないという「仮説」(あるいは「寝言」)が、このブログ、あるいは騒ぎの元です。この問題をゆっくり考える時間がとれない日々が続きそうなのですが、どこかで、いつもこの問題が頭の片隅にあります。

 そうそう、「歴史解釈」の見直しとか、喧しい、野心的なことをする気はまるでありませんよ。「民主主義の失敗」として戦前を見たら、どんな風景になるんだろうという素人、もとい「外道」の寝言です。