2006年10月18日

「時の最果て」の彼方からの「寝言」

 中川発言に便乗してか、核武装してアメリカにもの申すべきかのごとき、コラムをこの事態の下で平気で掲載している新聞がある。読むだけで不快になる。核武装してアメリカにもの申すならば、アメリカの核は中露だけでなく、日本にも向かう可能性があることをどう考えるのか。人間ならば、誰でも同じような失敗を繰り返す。国も失敗する。しかし、このレベルの失敗を二度、繰り返せば、日本という国は歴史上、存在したということになることを忘れていただきたくない。現に今、目の前でアメリカに楯突いて、収拾が付かなくなりつつある国を見ているのにもかかわらず、このような言論が堂々と新聞の一面に出ること自体が、言論が「封殺」されているどころか、言論の自由が最大限、保障されているがために、たるんでいるようにしか見えない。

 「核の傘」の信頼性をまさに政府レベルで確認しあったところに、このような議論が生じること自体が「平和ボケ」の象徴としか言いようがない。日米同盟の双務性を高めることが、この国の安全と繁栄を確実にする。「右」が攻撃する「左」は、極論すれば、自国を裸の状態にすることが安全であるかのような主張をしてきた。このような議論は、顧みるに値しない。しかるに、その「左」を攻撃する「右」の議論も、チンピラ並みの議論でしかない。「平和ボケ」をしているのは「左」だけでなく、「右」の方がひどいのかもしれない。「警官」に唾を吐きかける程度の「勇気」が男らしいというのは笑止千万である。今、騒ぎの元になっている国と大して変わらない。人並み程度に愛国心はあるが、チンピラレベルの「勇気」がもてはやされる国になれば、この国を去るまで。二度と人が住めない島が点々となったところでなんの感傷も抱かないだろう。

 日米同盟は成功しすぎた。この国の安全が同盟、露骨にいえば、米軍の抑止力に依存していることを忘れさせてしまうぐらいに。歴代の政権(小泉政権も含めて)は、不作為を重ねきた。他方で、肝心の同盟を脅かすような行為も、不作為の結果としては問題があったかもしれないが、積極的に起こしたことはない。安倍総理には期待しているが、すべては期待していない。現行の事態の下で最大限、動かせる変数を政権は動かそうと必死に努力しているように見える。最悪の事態を想定して、個別・集団の区別なく自衛権を最大限、行使できる環境を整えることが望ましい。しかし、政治に限らず、人の世では6割も話が実現すれば十分で、実際には思い通りにならないことが多い。論は易く、行うは難し。最近は、安倍総理に左右の「幻想」を打ち砕いていただきたいと思う。それでも、「右」は「変節」、「左」は「相変わらずタカ」と攻撃をやめないだろうが。

 どこからか、「寝言」が聞こえてまいりました。なんなんでしょう。気温が上昇すると、体調を崩すようで、どうも調子がよろしくないようです。なんだか、疲れがたまっているようですね。ちょっと早いですが、おやすみなさい。