2006年10月23日

機嫌がよいとき 悪いとき

 私は、子供のときから性格温厚、品行方正でありまして、あまり機嫌が悪いときがないのですが、それでも、機嫌が悪くなることがあります。

ちょっと待て。

お前、嘘つきだろう?

まあまあ、嘘も方便というじゃありませんか。そういうことにしておいてお読みください。

 「そろそろ身を固めたらどう?」というのが、一番、面倒で煩わしい。おっしゃってくれる相手が善意だけに押し付けがましく、鬱陶しく感じます。好きで独身なわけでもなく、チャンスを逃すと、なかなか機会がないだけな訳です。私のごくわずかな経験では、恋愛はともかく、結婚となると、愛称もさることながら、タイミングと勢いが大半を占める印象があります。それにしても、こういう話になると、女性の決断力というのは凄いと思います。表現は悪いのですが、面倒くさいことをよく決断できるものだと。もっとも、私が優柔不断なだけかもしれないのですが。

 理想が高いんだろうとからかわれると腹が立ったりします。正直なところ、お互いに我慢できる程度であれば、十分だというのが正直なところ。鬱陶しい既婚者に向かって、結婚なんて所詮、妥協でしょと言ったら、絶句して、何事かを考え、目が宙に浮いて二度と私に向かってこの手の話をしなくなりました。

 どんなタイプが好みと言われると、これまた面倒です。主義主張も煩わしいのですが、異性の好みと言うのも煩わしい。年齢を重ねるとともに図々しくなって「容姿は長谷川京子、頭脳は塩野七生、性根は『功名が辻』の千代殿」と言えるようになりまして、まともに答えていないのがまるわかりなので、一発で黙らせることができます。「善意」の人は、自分が相手のためを思っていると確信しているので、本当に相手と共通の基盤に立っているのか、忘れてしまう人が多く、鬱陶しくてかないません。

 うーん、わが性格を顧みるに、きわめて即物的でありまして、相手がいないのに、そのような関係に入るという想像力がありません。相手がいても、できれば面倒な話は先送りしたいというのが本音。ひとり暮らしが長くなると、束縛されるというだけで鳥肌が立ちます。1ヶ月ほど入院したときですら、話し相手がほしいとも思わず、日常のどうでもいいことから離れてふだん読めない本ばかり読んでいましたから、結構、気楽でした。医者にはくたばる可能性が高いよと言われていたのですが、そのときはそのとき。かんべえ師匠に「死にそうです」というタイトルのメールを送ったときには「マジレス」が帰ってくるとは思わず、ありゃま、本当に心配していただいていたんだと驚きました。

 強引な展開ですが、『溜池通信』をちら見したら、4日ぐらい更新していないのに、心配してくれる人が少なくて複雑な御心境の御様子。まあ、言いにくいのですが、『溜池通信』読者は、運営者のレベルが高いので読者の水準も運営者の方には及びませんが、「大丈夫ですか?」メールを送ると、ひょっとしてネット環境が悪いかもしれないところに余計なメールを送ってはかえって迷惑をかけるのではと考える程度に読者の水準は高いのではないでしょうか。私?『溜池通信』が更新されなくても、他のサイトでも情報が入る時代になったので、他のサイトを満喫しながら「ああ、どうせオーストラリアとニュージーランドを堪能してるんでしょ」と思っておりましたが(これがとどめで、二度と口をきいてもらえないだろうなあ(遠い目))。

 今週は何を書くのかまるで考えておりませんが、『功名が辻』を見ながら、ガラシャの最後を見て悲しくなりました。恥ずかしながら、このドラマを見るまで長谷川京子って誰?っていう状態だったのですが。長谷川京子さんを見て、思わず見とれてしまうことが多かったので、ちと寂しい。仲間由紀恵さんもそうですが、演技力以上に表情がなんともよく、いいなあと思います。"Dr. Strangelove"などという濃ゆい映画を見ると、ホッとするドラマが見たくなります。われながら、身勝手な気分しだいの生活ではありますが。先週は「現実」に追われたので、「夢」が見たいなあ。もうちょっとでいよいよ、30代後半半ば。夢がなくなってきたので、夢の一つも見たいものです。これぞ、本来の「寝言」かも。
posted by Hache at 03:22| Comment(3) | TrackBack(1) | ふまじめな寝言