2006年11月04日

「文化の日」の光景

 金曜日は午後6時早々に仕事を切り上げて、ジムへ「潜り込みました」。9月の終わりごろから、ピラティス以外のことはさぼりぎみだったので、アップからストレッチ、筋トレ、クロストレーナーなどを軽めにこなしました。一通り終わると、最初は眠気があったのが、困ったことに目が覚めてしまいます。それにしても、ピラティスのレッスンで汗だくにならなくなったのは、スタジオ内の室温が低かったせいなのか、余計なところに力が入らなくなったおかげなのか。体調を崩したこともあって、おそるおそるやっていますが、幸い、普通に疲れるだけで、まあ、ほぼ復調といってよい状態でしょうか。

 ちょっと気になったのは、祝日なのに、割と空いていたことでした。おかげでマシーンも快適に使えるので、贅沢な話ではありますが。気がつけば、世の中は事実上の三連休中でもっと楽しいことをしている人が多いのかなあと思ったり。紅葉でも見にゆきたいところですが、それどころではなく、体を動かして頭を空っぽにするのが、一番、手軽でカネもあまりかからない、ささやかな楽しみです。

 ピラティスを始めて、ようやくどのあたりを鍛えているのかをなんとなく感じるようになりました。というより、今まで腹筋のトレーニングをやっていたことが、ようやくわかりました。あまり、通常の腹筋運動では使わない部分で、なんか奥のほうとしかいいようがないのですが。内臓脂肪も燃焼してくれるとありがたいのですが、うまくゆきますやら。

 そういえば、父上は、なぜかマラソンや駅伝の中継を見るのが好きで、あれだけは理解しがたい趣味でした。マラソンなんて見るより、走った方が楽しいと思うのですが(駅伝は本当に勘弁)。

 …。と書いてから、私の方が変だということに気がつきました。体調が悪いのに乗じて堕落した生活をしていたために、リバウンドこそしませんでしたが、体重が減らない。秋晴れが美しくて、そろそろ外で意味もなく、ぶらぶらしたい気分になります。…今の状況では、それどころではないのですが。

 そういえば、昨日は何で世間は休みなんだろうと思ったら、「文化の日」。いやあ、わがブログに一番、ふさわしくない名称でございます。私の生活も然り。雪斎先生が魂のこもった文章を書かれているのに、私ときたら…。「鷲鳥は群れず」とかっこよく言い切りたいですが、「寝言@時の最果て」というネーミングに志の低さが象徴されていて、時々、思い出したようにくる人がいらっしゃれば、ありがたいことというのが正直なところです。極悪師匠がおそらくバカにし、かつ嫌悪するNZ路線みたいなものかなあ…。それでも、NZはNZなりに苦労があるでしょうから、北極あたりがふさわしいのかも。

 ああ、私としたことが、想像力が地球なんてせせこましい範囲にとどまっておりました。「時の最果て」などという、宇宙の一部であるかどうかも怪しいところで、「寝言」という名の「夢」を語るというのが、このブログの本来のあり方。これで、まともな読者の方が減ると確信しておりますが、地球というちっぽけな星に「知的存在」なるものが生まれたなんて、悪い冗談みたいなもの。悪い冗談はお前の顔と文章だけにしろと言われそうですが、あえて反論はいたしませんが、「時の最果て」ではすべてが「寝言」。「知的存在」なるものがすべて消え去った状態の宇宙を考えると、たいして変わらないんじゃないかと思ったりします。

 「寝言」ブログならではの一言ですが、「知的存在」なるものの歴史たるや、暗黒の中にぽつぽつと光が存在するような、暗澹たるものです。それらがすべて抹殺されたところで、「宇宙」なるものに意識があったとして、どうでもいいってなりそうな気が。ニヒリズムとか、現代思想とか利巧な話ではありませんよ。無私の私というものを考えると、物狂いになりかねないようですが、旧態依然として、「知的存在」としての「私」から一歩も出ることができない。どうでもいいことで右顧左眄するわが身を振り返るに、「知的存在」なるものは、所詮、自然現象のように映ります。もし、「宇宙」なるものに意識なるものがあるならば、その一部としてそれ相応に愛するかもしれないけれども、他と分け隔てなく、一部として扱うだけでしょう。かくして、知性も低ければ、文化の香りにも縁が遠い私の人生は、自然現象と同じものになってしまいます。要は、同じことの繰り返し。どんな進歩思想も、どんな保守「反動」思想も、「寝言」をぶつぶつ言っている人には無縁で、ピラティスで「はぁはぁ」している快感に劣ってしまうのです。

 どうでもいいことをぐだぐだと書いていたら、本当に眠たくなってしまいました。おやすみなさい。
posted by Hache at 01:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言