2006年11月08日

『少女A』が流行した時代(続き)

 実を申しますと、月曜日の段階で記事を書き終えていましたが、気がついたら、結構、長いので2日に分けたしだいです。なぜか、仕事の片手間に書いていた文章ほど、コメントをいただけるので不思議なものです。出来心と懐古趣味だけで書いていたのですが、意外な反響です。コメント欄での「高い」評価は的外れでありまして、汗顔の至りであります。基本的には行き当たりばったりのことをやっているだけであります。「裏番」などという、おっかない、もとい「かっこよい」存在だったわけではありませんので、コメントへのリプライの前にお断り申し上げます。さて、続き。

 不良グループのメンバーが一番、役に立ったのは、中二の生徒会選挙のときでした。候補はクラス単位ででてくるのですが、自薦が多い。私は、クラスの総意で推されてやむなく立候補しましたが、やる気はゼロ。当然、落選をするための運動を展開しました。立会演説会では、プラトンを引用して小難しいことばかり言って(自分でも意味不明)、最後に「私は、物質的な豊かさよりも、精神的に豊かな『やせたソクラテス』でいたい」(当時は本当にガリガリでした。現在の体重は機密事項に属しますが、当社比約40%増)とか、わけのかわらない決め台詞で、場を白けさせて、前にいる生徒の反応を見ながら、「しめしめ」。しかるに、不良グループの情報では、当初は、会長に選ばれそうな勢いだったのが、せいぜい副会長になる程度という「票読み」だったので、焦りました。すかさず、ありとあらゆる私に関する悪評(デマ)を流すよう頼んで、投票直前には彼らの読みでは最下位で役員になる確率がほぼゼロになりました。ただし、私の所属していたクラスの票は、○価学○を超える「岩盤」でこれはどうにもなりませんとも。しょうがないわねと思い、選挙の結果が出ると、見事に「ブービー賞」でクラスの票+20票ぐらいが入っていました(まあ、○内閣だって末期でも支持率はゼロになることはなかったですからね)。

 落選してホッとしていたところに、生徒会担当の先生に職員室に呼び出されて、開口一番、「お前、わざとだろ?」と言われて、とぼけ通そうとしましたが、参りました。「(科学部の)実験も楽しいかもしれないけれど、生徒会はもっと楽しいぞ」と半ば「脅迫」されながら、「無任所」の役員に任命されてしまいました。この先生が中3の担任で、3年連続で学級委員長をやらされた上に、学年委員長までやらされました。昨年、同窓会をやったときに、「あの頃が一番、楽しかった」とおっしゃっていて、時代の流れを感じました。

 学年委員長といっても、大したことをした覚えはありません。余計な仕事をばんばん減らしたぐらいかなあ。一つだけ、新企画をやったことがあります。例年、3年生の学年委員長は、一週間ほど始業30分前ぐらいから「あいさつ運動」なるものを先頭に立ってやらなくてはならないのですが、ちょっとだけ工夫しました。私の両脇をそりが入った番長とサブで固めて登校してくる生徒に挨拶をするというもので、肝っ玉が据わった担任も最初はびっくりしていましたが、私よりずっと背が高い二人が私が黙礼をした後に、背筋をまっすぐ伸ばした状態から「おはようございます!」と叫びながら、腰を折って挨拶すると、たいていの生徒は顔を引きつらせながら、小さな声で「おはようございます」と言って逃げ去るように学校に入ってゆきました。最初は、こいつ何を考えているんだという表情をしていた担任も、これには苦笑していたな。ちょっとした工夫ですけど、遅刻が激減、最初は震え上がっていた生徒もきりっと(顔を引きつらせながらも)挨拶するのが当たり前になり、新入生の悪ガキどもも、一発で抑えこんでしまいました。あの頃は、やりたい放題で、楽しかったなあ。

 笑っちゃいけないけど、笑ったのが、中3のマラソン大会。ふだんは、実験ばかりしていたのですが、家に帰ってから、軽くランニングをしていたので中学校のマラソン程度だったら、トップは無理ですが、20番ぐらいには入っていました。「競走」という意識もなく、マイペースで走っていただけでした。ゴールをしてから、グループのサブ(この時期にはこのグループが周辺の中学校までしめていて、浜松市内限定ですが、広域ほにゃらら団みたいな存在になっていたようです)のU君が、「○○さんの精神力には負けました」と一礼して去ってゆきました。正直なところ、どう反応していいのかわからないまま、彼は爽やかに去ってゆきました。

 ふだんは、悪さばかりしている連中ですが、彼らから教えてもらったことも多いです。最近は通じない相手が老若男女を問わず、増える一方ですが、やはり誠実さに勝るものはないのだと。小賢しい知恵や理屈は二の次で、自分の精神をまともに保つことが肝心であることを、教えてもらったように思います(本当か?)。これを書くと、自分がオヤジになったことを実感せざるをえませんが、電車の中でみんな髪を染めて顔の区別のつかない中高生を見ていると、「不良」という言葉自体が死語になったことを実感します。善悪はわかりませんが、廊下が「図書室」になるような暑苦しい時代は過ぎて、さらさらした社会に入りつつあることを実感せざるをえません。U君のように、目標を夢見ながら、負けたときには素直に認めるという中学生が今でもいるのかなあ。そんな時代に適合したふりをしつつも、過ぎた時代に哀愁を感じてしまいます。

 

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posted by Hache at 02:44| Comment(8) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言