2006年11月10日

極悪が止まらない

 あ〜あ、『溜池通信』、「かんべえの不規則発言」などというものを読み始めてから、静岡の、爽やかな味の山葵が育つ、清らかな水のような心が、穢れてゆくのを感じます。中間選挙の結果自体は、意外感がありませんでした。問題は、やっかいな議会にどう手を打つか。上院でリーバーマンを抱きこむあたりまでは思いつく。ふとネットでラムズフェルドの首がとんだとの情報。これでイラク情勢が変わるわけではないが、なにかが変わったと思いつつも、ブッシュ大統領の意図が読めない。私は、投票直前あたりで首を差し出すと思っておりましたので、選挙後も首はつながると思い込んでおりました。しかるに、このタイミングで"survivor"と2年ぐらい前に嘯いていた方の首がとぶ。これは私には難しすぎる。

 というわけで「不規則発言」を読むと、かんべえ節が炸裂していて読み耽ってしまいました。嗚呼、極悪哉。これじゃあ、まるで、あのブッシュ大統領が極悪に見えてしまう。安部総理まで「後はブッシュのような非情さを真似られるかどうか、ですな」と言われてしまう。ますます、心が穢れてゆきます。まあ、あれだ。自分が坊やだということを思い知らされましたね。

 「魑魅魍魎」といえば、そうなのですが、ブッシュ大統領の決断力と指導力には驚きです。ラムズフェルドの首を飛ばすのは、諸刃の剣で、攻撃の対象がもろに大統領に移るリスクがある。既に、イラクの戦後処理への批判はラムズフェルドに留まらなくなっている。単なる議会対策ならば、長くはもたない。すぐには情勢を好転させることは難しいけれども、変化を演出することが不可欠になる。他方で、「レイムダック」は、弾劾以外にはこれ以上悪くなりようがないので、仕事をするには意外と悪くないとも思ったりします。

 安倍総理は、はるかに余裕がある。ちと足らない野党が外相の首で騒いでいる間に、仕事をしてしまえば、楽な話でしょう。教育基本法改正程度ではもったいないが、集団的自衛権や憲法改正(民主党の党首が変わらないと、コンセンサスをつくるのは難しそうですが)と引き換えに差し出すには、政調会長、外相の首はそれ相応ではあります。この問題ならば、彼らも、「死処」とするか、一回死んで復活するチャンスとするかは、選択の余地が残るでしょう。とくに政調会長は、核議論で発言すればするほど、首の値打ちがあがる。「議論は自由」というのは、現段階ではやや苦しい感じがしますが、いざというときに差し出す首の値打ちを挙げる効果がある。

 別に、お二人に恨みはないのですが、問題の程度によって取引の材料は変わってくる。私が少しだけ危惧しているのは、安倍総理自身が首を差し出してしまうことです。出処進退の潔さでは、安倍総理のpoliticianとしての能力にはまだ信頼できない。60年安保での岸総理(当時)は文句なく、国益を守ったと思いますが、自らの首を差し出す形になったのはまずかった。今は、そんな切迫した状況ではありませんが、出処進退の潔さが評価される土壌では、中長期的には懸念材料だと考えております。