2006年11月23日

対中不信

 「日中安全保障対話」そのものについては、当事者である佐藤空将かんべえ師匠が書かれているので、あまり書くべきことが見当たらないです。と言い訳をした上で、視聴者としての感想をランダムに書いてみます。

 まず、日本側は、失礼ながら参加した方が好き放題言っていて、あの面々では、自己顕示欲が強いと自ら告白されるかんべえ師匠ですら、いくら底意地の悪い質問をされようと、「貞女」のように見えてしまいます。他方で、日米同盟を重視するというコンセンサスは、表現は様々ですが、一貫しているので、中国側には日本人は戦略的であるかのような印象を与えてしまう可能性もあるかなと思いました。ただ、同盟を弱体化させる主張は、ほとんど説得力を失っている印象があります。周囲で親中的な方でも、日米同盟が主で日中関係の比重は小さいことを認めざるをえない。中国側の主張ほど日本人は戦略的ではないけれども、冷戦期に行われたイデオロギー色のギラギラした議論から卒業しつつあるのだと思います。問題となるのは、同盟の双務性の程度であると思います。これが中国側に伝わっているのかどうかが、ちょっとわかりませんでした。

 反中感情が強い方にはこのようなセカンド・トラック外交に批判的な意見もあるようですが、政府レベルでここまで言いたい放題言えないでしょうから、いろいろな意義があると思います。中国側のメリットを考えると、「王様の耳はロバの耳」の状態に陥るリスクを避けることが可能になるでしょう。ファースト・トラックで「率直な議論」をといっても、お題目に終わる可能性が高いでしょう。通常の外交でも、煩雑なプロトコルによって意思疎通が(プロトコル自体は本来、コミュニケーションを円滑にする機能があるにしても)不十分になる危険があります。また、儀礼にも多くの労力を傾けざるをえないでしょう。対中外交となると、さらに面倒な印象があります。安倍総理の「靖国に行ったか行かなかったか」を明言しないというのは、中国政府の立場を熟慮した戦術だと思いますが、普通の人にはわかりにくいこともやらざるをえない。余談ですが、このような会議を公開していただくと、いかに日本の「クオリティ・ペーパー」である『毎日』や『朝日』が中国に判断を誤らせかねない情報を流しているのかを気がつかされます。日本側にとっても同じでありまして、このような会議が公開されると、台湾は「核心的利益」と言われれば、なるほど、これはやばいわねということがしみじみ実感できます。

 中国側の発言を聞いていて、ちょっと不安になったのは、日中間の体制の相違に鈍感なのではないのかということでした。様々な団体と交流されているようなので、わかった上での確信犯的な発言なのかもしれませんが、どこか民主主義国の世論や個人の気分に鈍感なのではないのかと。反日デモがどのぐらい日本人の中国への心象を悪化させたのかはわかっているとは思うのですが、やはり実感できないのかもしれません。周囲では安倍総理の訪中を肯定的に評価する人が多数なのですが、「中国は本気で関係改善をしようとしているのか?」と尋ねられて、私自身が困ることが少なくありません。冷静に見て、首脳会談をより欲していたのは中国側だと考えておりますが、これを説明すると結構、面倒ではあります。結果的に見て、安倍総理の「曖昧戦術」でも譲歩とみなせる程度に、中国側は首脳会談を欲していた。中国側としては小泉前総理を「極悪人」と決め付けて政府レベルの関係悪化に底を打ちたいというのが本音であろうと。まあ、この程度の説明で済ませるしかないのですが。

 それにしても、美しい笑顔で中国が北の核施設を攻撃して日本がODAでサポートし、アメリカがお墨付きをつけるという発言を爽やかにされる鈴木邦子先生をネットで拝見しながら、この国も大変な時代に入ったなあと思いました。「ジェンダーフリー」なんてややこしいことをしなくても、性差という「参入障壁」はどんどん消滅しているのを実感しました。そこでふと思ったのが、中国人の頭脳を日本に定着させるということです。アメリカには到底、及ばないでしょうが、「アファーマティブ・アクション」のような古色蒼然とした人為的な手段に頼らずに、彼らが才能を発揮する場が広がってくれば、知識に関する市場はさらに活性化するだろうと。別に中国人にこだわる必要はなく、世界各国からアメリカではちょっときついけれども、日本でならという環境を整備できないものかなあと思います。

 うーん、思ったより作業が進まず、週末も仕事ばかりで頭が痛い日々が続きそうです。参ったなあ。
posted by Hache at 22:03| Comment(2) | TrackBack(1) | まじめな?寝言