2007年01月10日

自壊する教育制度

 火・水と20人近くの相談に乗ってくたくたになりました。○○○子先生のように、「鑑定料」が入るわけでもなく、ただ疲労するだけですが、ちゃっちゃと済ませておかないと、仕事がさらに増えてしまうので、各4時間計8時間を費やしました。もう、「寝言」も頭に浮かばないぐらい、ふらふらに。新聞その他に目を通すと、なんだかきな臭い感じですが、偉い方がなんとかするでしょと投げやりになってしまいます。うまく表現できないのですが、できものがあるレベルまで膿んでしまうと、自然とはじけて、その瞬間は痛いけれども(大きいと一週間ぐらいは痛みますが)、数日もすれば、きれいさっぱりするするようなものじゃないのと思ったりします(無責任)。

 ふとわが身を振り返ると、バタバタしているせいもありますが、相談事をされたときにまるで一貫性がないことに気がつきます。よく言えば臨機応変、悪く言うと無原則。もともと、すちゃらかな性格(だということに気がつくまでに30年以上もかかってしまいましたが)なので原理原則など無縁でありまして、まさに「縁なき衆生は度し難し」。だいたい、人の数だけ個性があるのに、同じ方法が通用すると考えること自体が理解できなかったりします。基本的に「受注生産」なので、世代論とかまるで信じることができないです。同じ世代、同じような環境でも、タイプや能力はバラバラ。こと対人関係になると、個人単位でしか見ることができない癖(へき)のせいか、どうも世代論は説得力を感じないです。若い世代の「悪口」を言うのは老いた世代の特権じゃないのと冷やかしたくなったりします。

 ただ、最近、気にかかるのが、いわゆるエリート大学とみなされてきた大学の質の低下です。よく日本人の特徴として、「兵隊」は優秀だけれども、「将官」が弱いと自己卑下する傾向があるようです。もし、本当に「将官」がダメなら、優秀な「兵隊」も育たないわけでして、それなりに怜悧な方が「将官」であったのが実情だと思います。「兵隊」が優秀なほど、「将官」への要求水準も高くなるわけで、この種の自己卑下はある程度まではしかたがないのかなと思います。ただ、「将官」が本当にやばいと国が滅ぶ可能性もあるわけで、これはしゃれにならないです。露骨に言ってしまうと、今の大学の序列が学力差だけを反映するようになって(言いにくいのですが、偏差値の高い大学の先生ほど大変らしい。トップ校の「学力低下」ほど教える側からすると、つらいものはないでしょう)、戦後教育の「終着点」がここかなと思うようになりつつあります。

 「制度」というものは、完成すると自壊するという性質をもっているらしいというのが、今日の「寝言」です。もうちょっと考えを整理したいのですが、時間がきつきつなので、ここまでです。おやすみなさい。
posted by Hache at 23:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言