2007年01月19日

ペシミスティックな断片

 削除した記事を復元していると、梶井厚志『故事成語でわかる経済学のキーワード』(中央公論新社2006年)の第1章「覆水盆に返らず――サンク・コスト」が身に沁みます。あんな「寝言」を書いた人間が申し上げても説得力が薄いのですが、良書だと思います。コアの極限定理を故事成語で読み解くというのはさすがにないものねだりでしょうか。あれほど分権的な社会のおどろくべき作用を示した話はちょっと他に類例がないように思います。経済学的にはホットな話題ではないのかもしれませんが、コアを最初に勉強したときに驚いてしまいました。「学問」なるものの「原点」は、「驚き」にあるなどと気どってみるテスト。

 それにしても、一日(2007年1月18日)で訪問者が442、ページビューが1610の過疎ブログの記事にあっという間に4つも関連がわからないトラックバックがくるというのは理解しがたいです。もっと理解し難いのは、訳のわからないトラックバックを削除するはずなのに、記事を削除してしまう私自身ではあるのですが。気が乗っているときに書いた記事とそうでない記事とで、どちらも「寝言」でしかないのですが、あまり勢いがなくなってしまいます。どうでもよいのですが、「さくらのブログ」の訪問者数にはrdfをダウンロードした分が上乗せされている分、アクセスカウンターより訪問者数が上乗せされる傾向があるようです。そこからブログへアクセスした分は訪問者としてダブルカウントしない仕様のようです。なお、トラックバックに関しては、受付後、管理者が承認した分についてのみ、公開することとします。

 松尾文夫さんの「アメリカ・ウォッチ」を拝読しながら、複雑な気分になります。核廃絶に向けてアメリカ自身にどのようにインセンティブを維持するのか、アメリカの外交スタンスが定まったとして、アメリカ主導での核廃絶に核保有国へ刀狩ならぬ「核狩」を行うインセンティブをどのように与えるのかがわかりませんでした。核不拡散、そこらかさらに核廃絶という議論は賛同するのですが、レイキャビック「精神」を広げるimplementationが見えない。核拡散への脅威の感応度は国によってばらつきがあるでしょう。また、アメリカと他の核保有国との共通の利害が曖昧な印象があります。仮に核不拡散に関して利害の一致を見たとしても、アメリカと他の核保有国で利害の不一致がより重大であれば、コンセンサス形成は困難になります。

 たしかに、テロリストの「核」や新たに「核保有国」たらんとする国には核抑止は機能しないのでしょう。他方で、既存の核保有国でも核不拡散はともかく、核廃絶という大戦略はビジョンとしての価値は高いでしょう。しかしながら、アメリカ一人勝ちの状況で強制力をともない限り、実現可能性という点で疑問が残ります。
posted by Hache at 03:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言