2007年02月08日

ずれた人から見た医療の「現場」(後編)

 ふわあ。時の賢者様の癖が移りそうですが、退屈な作業をひたすら続けていると、本当に自分の人生が寝言のように感じます。まあ、冷静に自分を振り返ると、わが歩みこそ、「寝言」、あるいは悪い冗談みたいなものですな。「冗談は顔だけにしろ!」と自分で自分に言い聞かせる毎日です。とあるブログのコメント欄(って既に遅いか)を拝読しながら、ついつい悪乗りしてお医者さんをからかいたくなってしまいました。よく考えると、お医者様には散々、お世話になっているのにひどいことばかりしております。

 前にも書いたような気がするのですが、数日頭痛がひどく、あるとき突然、動悸が激しくなって意識が朦朧とし、そのままぶっ倒れてしまいました。救急車でかつぎこまれて勤務先にも迷惑をかけてしまったのですが、病院によると過労とのこと(その後、パニック症候群という診断を受けましたが、再発はなし)。CTスキャンでは異常なし。ただ、めまいがひどいので念のため、脳のMRIをとって置いたほうがよいといわれて、物珍しさもあって受診してみました。結果は「シロ」。診断して頂いた先生が同じ大学の出身だったこともあって、軽口をいろいろ叩かれて、「意外と医者も暇なんだな」と思いました。めまいの種類についても、詳しく説明して頂いて、勉強になりました。30分もたつと話題もなくなってきて、そろそろ終わりかなというときの会話が以下の通りです。

先生:というわけで、結論として、脳は真っ白、異常なしですよ。
:ありゃま、それって使ってないという意味ですか?
先生:またまた。さてっと、他に悪いところはないですな。
:…。実は、他ならぬ先生にだけ打ち明けたいことがございます。他人には言えない悩みがあるんです。
先生:(さすがに表情が真剣になる)悩みとは?
:…(間をおいて)子供のときから、頭が悪くて悪くて、本当に困るんです。先生!治していただけないでしょうか?
先生:…。(ぽかーん)…申し訳ないですが、こればっかりは…。使っていただくしか…。あのお、そのお、まあ、私もいろいろと。…。それでは、そろそろいいですかな?
:ありがとうございました。

 こうやってお医者様の労働条件の悪化を加速させる最悪の「患者」であります。実は、もっと面白いこと(それまでの話が楽しかっただけに)をおっしゃるかと思いましたが、残念ながら「同類」ではなかったようで、私が「衝撃の告白」をした瞬間に、本当に口をあんぐり開けられて頭が白紙になって、落ち着いたところで「ネタにマジレス」をされてしまい、バツの悪い思いをいたしました。「いっぺん死んで来い!」ぐらいは全然、セーフだったんですが。なんだか、私がとっても悪い人みたいじゃないですか(なんだか日曜日以降、ずいぶん老け込まれた大人らしくなってしまったご様子。あんな国会見てられるかってとかでしょうかね。それとも「中韓でも」発言がヤバイ?ちなみに「テロ」の催促ではないので、文字通り読んでいただければ幸いです。ちと過剰防衛か)。

 え゛っ!自覚が足りない!?

 ワターシ、ニホンゴ、ワカリマセン。

 …。さて本題ですが、この「連載」(?)のスイッチとなるキーワード、「若い『女医』」。正直、入院して以来、女医だけは勘弁と思っていましたが、菩薩のような方がいらっしゃいました。推定年齢、28歳(当時 根拠なし)。勤務先の健康診断を受けられなかったので直接、病院で受診したのですが、最後の「お約束」内科検診。たいてい、男の先生が面倒くさそうに、「はいシャツ上げて」で聴診器を当てて、「なんかありますか。ないですね」で終わりです。作業を終わらせるべく、ドアを開けると…。失礼ながら、絶世の美女ではないのですが、まさに理想の方がそこに。知的だけれども知性をあからさまに顔に出すことを抑え、上品だけれども相手を突き放すような印象を与えない方がにこやかにいすに座っておられました。検診なんておまけみたいなものなんですが、このときは天にも昇る気分。

 「検査の後でお疲れだと思いますが」となんともありがたいお言葉。書類を見ながら、「血栓性静脈炎で怖い思いをなされたでしょうが、予後はいかがですか」。もうこの一言で信頼しました。「(よそでも)診断されているとは思うので、差し出がましいようで申し訳ありませんが、念のため、聴診しますね」。もう、こうなると、シャツを上げるのも嬉しくなってしまいます。一つ一つの所作が医師らしくテキパキしているのですが、どこか温かみを感じます。もうなんだか幸せ。

 「この病気と○○さんの習慣の因果はかならずしも、明確ではないのですが、これをきっかけにお止めになることをお勧めします。習慣を止めると、本当につらいでしょう。失礼ですが、失敗することも多いかと存じます。ただ、止めようという意思をもたないと、なにも始まりません。立ち入ったことを申し上げて恐縮ですが、ご家族ともご相談の上、まず、環境を整えましょうね」。

 あのお、その「ご家族」になって頂けないでしょうかなどと不届きなことで頭が一杯の私は、それから1週間ほど「不潔な習慣」を止めることができました。デブで不細工で柄が悪い、「生まれも悪いが育ちも悪い」くせに、人一倍、プライドが高く、どんな美人をしても、一回あっただけでは「ふーん」としかならない私が、唯一、一目会った瞬間に、…となったのは生涯一度きりです。迂闊なことに、このような場合、どのように対応してよいのかわからず、ひたすら焦っていたような。こういうときについつい「相手はお仕事。当然のことをしているだけ」と自己抑制が働いてしまい、とりとめもない話を15分近くして去ったのでありました。

 脳外科の先生の頭の中を真っ白にできるのに、肝心の、「ここぞ」というところでダメなんですよね。自分でも勝負強さがないと申しますか、なんというべきか。良い方の、想定外の事態でチャンスを逃すことが多いんですね。でも、まあ無理筋かな。まあ、このあたり「ダメモト」の勢いがなくなってくるのが30代後半の悲しさではあります。変に先が読めてしまう。ペシミスティックな分、ピンチでダメージを抑えるのは得意なのですが、「あらま」のチャンスにめちゃくちゃ弱い。10年前だったら、勢いで意外と無理な筋でも通っていたのですが、だんだん、「無理なものは無理」という妙な物分りのよさが身について少々、強引でも言い分を通すという「若さ」がなくなってまいりました。正直なところ、今の野党を見ていると(中継を見る暇はさすがにないのですが)、中年を越えてからの「発作」は見苦しいなあ、怖いなあ、「他山の石」とすべしだなあと思います。それにしても、野党党首の発言のどこを縦読み、斜め読みしろというのか。安部総理が「『寝言』もいいかげんにしろ!」と叫んで解散したら、「『寝言』解散」となってわがブログも「歴史」にも残るかもしれぬ「事件」なのですが。

 …。「寝言」とはいえ、すさまじい展開ですな。話を元に戻しましょう。 

 水曜日の冒頭の耳鼻科の先生と今回の内科の先生は、まったくといってよいほど対照的なタイプです。しかし、重要なところで共通する部分があります。それは、診察や治療を受ける側が「誠意」と「愛」を感じることです。そんなもの主観に属する問題でどうやって評価するのかというのは難しい問題です。これでも苦しいのですが、医師の使命は、「『顧客』を安心させること」だと思います。極論すれば、どんな名医でもミスをする。この医師で命を失ったとしても、やむをえないという気もちにさせるのが本当の名医なのでしょう。これは、ある危うい領域とぎりぎりの部分があります。誠意や愛、安心などというものは主観に属する問題であって、客観的な評価は非常に難しいのでしょう。私の判断もどこまであてになるのか、自分でも懐疑的です。ただ、「プロ」が「対象」に愛着をもてなくなったら、プロではなくなることは間違いないと思います。

 それにしても、あの女医さん、よかったなあ。指輪をしていなかったけど、やっぱり未婚だったのかなあ。頭がいいのに、顔や態度に露骨にでない女性なんてめったにいないよ。は〜あ(未練たらたらの「寝言」)。
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2007年02月07日

ずれた人から見た医療の「現場」(前編)

 雪斎先生が「不愉快な話」を書かれていて、あっという間にコメントが5件(雪斎先生のコメントを除く)がつくのを見て、「時の最果て」はやはり過疎ブログなのだということを実感いたしました(コメントを賜っている方に心より感謝いたします)。ふと記事を拝読していて気になったのが、「若い」女医さん。「先生」と現場で呼ばれる方の多くは、年齢と経験に相関があって年配の方ほど安心感があります。副鼻腔炎でかかった耳鼻科の先生は40代の男性でとても怖い先生(患者に向かって大声で怒鳴りつける)だったのですが、おっしゃることを聞いているとちゃんと筋が通っているので怒鳴られるのを我慢して指示通りに通院して薬を飲んでいたら、1年ほどで完治しました。地元ではけっこう評判がよくて、いつも混んでいました。医療機関に従事している方には申し訳ないのですが、若い先生に当たると、ちょっと怖い。雪斎先生の記事のコメント欄を拝見すると、医療行政の「失政」のおかげで医者からすると、「安かろう、悪かろうの上に多忙なんだから、これぐらい我慢しろ!」ということらしいので、とりわけ都市部ではますます医療機関、医師の選別が進むのだろうなあと思いましたね(遠い目)。

 ただ、「若い」からダメというわけでもなく、医師の良し悪し(「相性」もあるので難しいのですが)は、若いうちでもはっきりでてきます。悪い例は、血栓性静脈炎にかかったときの外科の女医さんでした。推定年齢、20代後半。はっきり言って美人です。ただ、私の好みではない。それはおいておいて、紹介してくれたお医者さん(開業医)が血栓性静脈炎の疑いありとの趣旨の診断書を送っているにもかかわらず、触診をして体温を測って血液検査をやり、それでも首をかしげていて、こちらが不安になってしまいました(体温が37.1℃で微熱気味だったんで迷われた御様子。平熱を尋ねられないので、こちらからいうべきだったのかもしれませんが、起床時を除くと、だいたい36.5−36.8℃程度なので、誤差の範囲じゃないかと思うのですが。自分で触っても右足と左足の温度差がわかるぐらいなので「バ○ひいちゃったな」と思いました。左足が冷え切ってました)。しきりに外科部長と相談して蜂窩織炎だと主張している御様子。言いにくいのですが、開業医の方は触診をした瞬間に顔が蒼ざめてふだん見たことがない表情で緊急事態となったのですが、総合病院はなかなかのん気でありまして、触診を何度も繰り返しても、答えが出ない御様子。けっきょく、部長が直接、診断して血栓性静脈炎と蜂窩織炎を併記した診断となりました(まあ、戦前の国防方針みたいなものですな。要は、内部で面子を立てて両論併記。この場合は、最悪、私がくたばれば済む話ではありますが)。ちなみに開業医の方は、照会先の病院で医師を特定していたのですが、診療時間に間に合わなかったために、この女医さんが担当医になりました。

 さらに一週間ベッド上安静という措置をとったので体臭がどうしてもきつくなります。今でも覚えていますが、この女医さん、汚いものに触るかのように触診をしていて、臭いに耐えられなくなったのか、途中から若い男性の医師を連れてきて自分では触診をしなくなりました。「カノッサの屈辱」なんてかわいいものです。あるスイッチが入ると、雪斎先生のように紳士ではないので女性が相手でも容赦がなくなってしまいます。「屈辱」を晴らすべく(というより「誤診」一歩手前までゆくし、殺されるんじゃないかと思いましたが)、奇策を打ちました。

 まずは、看護婦さん。看護師というのが適切なのでしょうが、入院先では女性しかいなかったので旧称でまいります。こういう話に突っ込みたい、お暇な方はお好きにどうぞ。入院経験がない方は不謹慎なことを考える方が少なくないようですが、お世話になると、本当に「3K」(不適切な表現かもしれませんが)だなあと思います。まず、同世代ぐらいで機微がわかりそうな方を選んで、気軽に相手が愚痴を言える関係を構築しておきました。その後、ごにょごにょと聞き出して外科部内で医師どうしの力関係を確認。見かけほど長に信望がないのと、女医さんが長と今一つということも抑えて、最初に紹介していただく筈だった先生と「同盟」を結びました。もちろん、その先生はまともな方なので同僚の悪口は言わないのですが、入院を引き伸ばさないように尽力していただきました。かんべえさんには百年かかってもおよぶことはないのですが、ほんのちょっとだけ性格が悪い私は、歩けるようになると外出届などを担当医ではなく、「同盟」関係にある先生に出しました(担当医の同意が必要なのですが、相手にしないという作戦。要は、「じらし」)。

 さらに、造影のときに足の指から点滴で造影剤を入れるのですが、担当医が点滴で(もう信じられないぐらい下手くそ)失敗すると、最初は大袈裟に痛がって徹底的に「じらし」。これは効きますね。焦る、焦る。足の指へ点滴するのは難しいので、仕方ない部分がありますが。5回失敗して(右足の親指から血がにじんでいました)「降板」させて「同盟」関係にある先生になると、本当は滅茶苦茶痛いのですが(ただし一発で成功)、おくびにも出さず、上手だなあというそぶり。左の足の指の番になって担当医がもう一回自分がやるというのでどうぞと思いつつ、3回目に失敗したときに(痛いのをこらえて)わざと「くすっ」とやると、担当医が「その笑いはなによ!」とキレて周囲の医師と看護婦の失笑を買って完全に降板。こっそり、ちゃっかり目立たぬよう、看護婦さんにはこれでもかというぐらいお伺いを立て、指示に完璧にしたがって「あの患者はものわかりがよくて楽」という評判を立てておきました。このあたりはある種の「保険」で、担当医に「たてつく」患者というのは扱いが悪くなるリスクが高いので、細心の注意が必要です。定期的に血液検査を行うので担当医と接触する機会が多いですからね。

 この記事自体、本当にどうでもいいのですが、お見舞いにくる方は本当に素晴らしい方ばかりで、「こういうときこそ人生の大事がわかるとき」などと言いながら、「あの先生きれいだね」と大きな声で言った後に耳元で「一人だと寂しいだろう」とか中には「あの女医さんと○発やったんだ?」(←ここは、状況によってはコップの水をぶっかけるイベントが入りますが)などということを囁く方が多く、知己に恵まれたと涙ぐみました。これもチャンスでありまして、「いやいや私には高嶺の花ですよ」と看護婦さんに聞こえるように言うと、事情がわかっている方なので思わずニヤニヤしていました。ハサミと「失言」は使いようとしみじみ学習したものです。

 そうこうするうちに、「担当医」は名目だけになり、「同盟」関係にある先生がうちではこれ以上の診断は無理だから権威筋の御判断を頂きましょうということにして「脱出」に成功しました。最後の方は、仕掛けた方が気の毒なぐらい、干されてましたな(他にも失敗を繰り返してプライドがずたずたになって別の病院に移ったそうです)。ま、こちらも命がかかってるんで御容赦いただきたいですけどね。入院する際に散々、外科部長に「通院でも治ることは治るけど、死亡することがけっこうあるし、責任はもてないなあ」と脅されましたから。

 とどめは、保険会社に送る書類。さすがに、これはまさに「ホンマに」ドン引きしましたが、担当医が書いた書類で「血栓性静脈炎」の「炎」の字が「災」になっていたことです(この担当医にあたったことが私にとって「災」いだったことを暗示しているような誤字でちょっと感心してしまいました)。私も字が本当に汚いのでえらそうなことは言えないのですが、解読が必要なほど字が汚い。おまけに、日付の記載に矛盾があってこれはさすがにまずいだろうと思って保険会社の担当者に問い合わせたら、一瞬、間があって(たぶん後頭部に鈍(以下略))「しょうがないですよ。そのまま送って頂いてかまいません」。さすがに書類を往復させるコストが高いと見たのか、諦念ムードでしたね。ちなみに、この保険に加入申請したのが2月。契約の発効が5月1日で8日に入院したので「疑惑の目」で見られていましたが、あまりの展開に「お命が無事で何よりでした」と感情と勘定をこめて漏らしていたのが印象的でした(死亡時保険金が父上の懐に入るのがちょっとだけ寂しいです)。基本的には電話での事務的な処理なので担当者が感想を漏らすことはないのですが。まあ、医学部をでて国家試験(合格率が司法試験に比べてべらぼうに高い、きっと、アーパーな文科系には想像がつかない、とてつもなく優秀な方しか受けていないのではないかと思われる試験)を通っても、漢字すらまともに書けないお医者様がでてるんですね。

 お医者様には責任がないのでしょうね。すべては厚生労働省が悪い。なにかあったら、役所が悪い、自民党が悪い。のどかで、お気楽な時代だなあと思いますね。

 …。治療を受ける側からすると、「自主防衛」しかないですね。行政が適切な対応をしたとしても、効果がでるまで時間がかかるでしょうし。勤務条件の悪化は少なからぬ他業種で勤務されている方々が経験していると思いますが。「安かろう、悪かろうでくそ忙しいのだから、我慢しろ!」と言われれば、「悪い」なりに「マシな」医療機関、医師を選ぶしかありません。露骨に言ってしまうと、いくら匿名とはいえ、私だったら本業に関してこんなことは書けないですね。私が医療に従事していたら、「改革」、「改革」っていうわりによくならないじゃないかぐらいの皮肉は書くかもしれませんが。

 続いて楽しい話を書くはずでしたが、長くなってしまいましたので、今日はここまで。余談ですけど、内科の先生は私の知っている範囲ですが、政治感覚が高等で、いつも話をすると、医療行政の不備が問題だという気分にさせられるのですよね。「まあ、医者も困ったのがおるんですよ」とこちらが「いえいえ、とんでもない」という気分になった後で飄々と諧謔を交えて事実を語るので、勉強になります。冗談ではなく、まじめに医療制度改革の方向を転換する必要があると親しくさせていただいているお医者さんのお話を伺ったときには感じるのですが。医者でも文化の違いがあるのでしょうか。明日は、楽しい「出会い」がテーマです。若いお医者さんにも、ちゃんとした方がいらっしゃいます。

 ここでようやく今日の「寝言」ですが、すべては私の好みではなかった瞬間にことが決していたと思います。それがすべてだったような気がしてなりません(なんのこっちゃ)。

(蛇足)

 「不幸自慢」で私に「勝つ」のはなかなか厳しいと雪斎先生に「警告」しておきましょう(「本当にどうでもいい寝言」なので獅子咆哮弾はでませんよ)。たぶん、この記事にコメントがつくことはないでしょう。ただ、「極悪」、「非道」ではかんべえ師匠、雪斎先生にははるかにおよばず、「坂の上の雲」を眺めている、そんな気分になります。
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2007年02月06日

ナイーブな「帝国」とのおつきあい

古森義久・吉崎達彦『ナイーブな「帝国」 アメリカの虚実』(2003年 ビジネス社)は、今、読み返しても、思わず唸る部分があります。書評をすることが目的ではないので、ごく一部だけを「つまみ食い」させていただきますが、時事の話は古くなることが宿命とはいえ、何十年、何百年もたってから読み返すことに価値があると、「古典」ということになります。本書を古典と評するのは、古森さん、吉崎さんのファンとはいえちょっとどうかなと思いますが、今でも読み返す価値があると思います。ちなみに、吉崎さんは印税のことで…。空耳だったかなあ。実は、お二人のサイン本を頂いたのでこれ以上は書けませんが、こうやってときどき「ヤキ」を入れておかないと、かんべえさんの卑怯な「テロ」を抑止できないので、御理解ください。

 今回は、ナイーブな「帝国」アメリカとのつきあい方について、本書を土台に考えます。いろいろ引用したい部分が山ほどあって悩ましいのですが、この本は対談本で古森さんと吉崎さんが交互に書き言葉で対談している形式なので頁と執筆者(敬称略)で引用いたします。第八章「日本はどこへ向かうべきか」の冒頭で吉崎さんが入江昭先生による日本外交の特質を「政府の現実主義と世論の理想主義」と整理した上で、イラク戦争への対応を見ていると意外と現実的だと評価しています。これに対し、古森さんが「…私は入江氏のように、日本の世論が理想主義だとは必ずしも思わない。日本の世論はたぶんに感情に流され、情緒的になる場合も多いし、目先の狭い利害だけにとらわれた実利に走る場合も少なくない」と失礼かもしれませんが、身も蓋もない評価をされていて、学者先生には失礼なのですが、きれいな説明よりも非常に実感にぴったりくるのはさすがだと思います。

 例によって寄り道をしますと、古森さんは本書の「まえがき」で「知米派の気鋭エコノミストの吉崎達彦氏」という表現を用いられています。言葉遊びかもしれませんが、「親日」、「親米」というより「知日」、「知米」という表現の方が情緒的でなくてすっきりする印象があります(本当にどうでもいいのですが、なぜか「親中」という表現はあっても、「知中」という表現はないんですね)。「で、アメリカの読み方へのアプローチで現実というのは、すなわち、日本にとって『損か得か』という判断だといえる。現ブッシュ政権の支持、あるいは特定政策の支持の立場に回ることが、日本にとり損か得か、反対の立場に回ることが損か得かを判断することである」(223頁 古森)にも伺えます。なにかと発作を起こす閣僚とはずいぶんと異なったドライさを感じます。

 古森さん(あとで吉崎さんも登場しますので、かんべえさんのファンの方はご辛抱を)はブッシュ政権を「日本を世界の同盟諸国の御三家」と位置づける、「日本びいきにみえる政権」と評価しています。同盟のパートナーとして憲法改正や集団的自衛権の行使に関する留保をやめることを歓迎し、同盟の双務性を高めることを期待していると評価されています。アーミテイジが政権から去る前の出版ですが、現在でもブッシュ政権の対日政策の大枠は変化がないと思います。

 この後、日米同盟を強化する価値を短期的には北朝鮮、中長期的に中国への抑止という点で論じられていますが、ここは省略させていただきます。テロ戦争への態度も重要ですが、今回の論点では、この問題すら枝葉末節になってしまうので、省きます。小泉−ブッシュ関係の頃ですから、割り引く必要はあるのですが、非常に重要な指摘を古森さんがされています。

 ブッシュ政権は日本の経済面、金融面のあり方について、不良債権の処理の仕方からマクロ経済の運営の方法まで、不満や苦情、注文は多々ある。「日本にこうしてほしい」「日本のここはおかしい」という点はたくさんあるわけだ。
 だが実際にはブッシュ政権からは日本への不満の公式表明というのは、まずほとんどでてこない。ブッシュ政権の側で明らかに日本を公然と非難することを自粛しているからだ。経済や貿易、金融などの領域でも、日本に対して批判めいた言辞を述べることは止めよう、という自主規制がアメリカ政府高官の間でも厳しく保たれている。日本との関係を大切にするため、だとされる。そのかわりブッシュ政権は水面下で日本に対し、経済や金融、ひいては防衛に関する領域で、注文、助言あるいは圧力をぶつけてはいるが、クリントン時代とは雰囲気がまったくちがうようだ(227−228頁 古森)。

 中堅(かんべえさんとだいたい同世代)のアメリカ・ウォッチャーの方の多くは、クリントン好きが多いようです。私の友人もクリントン政権時代にアメリカに留学して、景気のよさに興奮していました。例の事件でクリントンはちょっと(スキャンダルというより、女性の好みが理解できなかったようですが)となりました。ちなみに、日本のテレビではこんな報道をしていて見ている方が恥ずかしかったと言うと、「えっ、そこまでやってるの?アメリカではありえない」と言っておりました。

 …。完全に話がそれてしまいました。ナイ報告で日米関係の悪化は底を打ち、小渕政権でじわじわと好転して小泉政権では小泉−ブッシュ関係で日米の「蜜月」は頂点に立ちました。ここでは小泉−ブッシュ関係を抜きにしてアメリカ側の姿勢、すなわち日本に対して第三国にさえ明白な「外圧」をかけるのではなく、同盟国として意見が異なることは伝えるけれども、あからさまに要求するのではなく、外交的配慮があったと古森氏は指摘しています。そして、この外交的配慮は、けっして情緒的なものではなく、アメリカの利害にもとづいていたと指摘されています。

 ただし、ブッシュ政権が日本を大切に扱うからといって、同政権の要人たちがみな日本が好きだというわけではない。日本の文化に愛着があるわけでもない。これまで何度も述べてきたが、日本との関係を密にすることが、アメリカにとってプラスになり、利益となると考えるから、そういう対日態度をとっているだけなのである。そのうえ、そういう対日態度や対日政策はブッシュ政権でもやがては変わるだろうし、二〇〇四年の大統領選挙で民主党候補が当選し、ホワイトハウス入りすれば、またがらりと変わってしまうことも、ありうるのである。だからなおさら、いまのブッシュ政権の対日緊密政策を日本側も大いに利用し、活用する方途を考え出すべきだろう(229頁 古森)。

 幸い、2004年の大統領選挙でアメリカ人はブッシュ政権の継続を選択しました。2期目ではいわゆる「知日派人脈」は政権から去りました。それにもかかわらず、私の知る限り、対日政策が根本から見直されたという事態はないようです。2期目から2006年まではブッシュ大統領のリーダーシップと小泉−ブッシュ関係によるところが大なのでしょう。2006年の初めの頃にしきりに小泉後の日米関係は大変だと主張していました。次の総理が小泉線総理と同等の関係は期待できないにしても、信頼関係を築けるのか不安がありましたし(具体的な懸念材料があったというよりも、小泉−ブッシュ関係があまりに特殊でしたから)、小泉政権下でも同盟の双務性を高めるための恒常的な措置がとられることはありませんでした。

 日米同盟の基盤は利害の一致です。人間は感情の動物ですから、感情抜きの人間関係というのはありえないでしょう。古森さんの記事はアメリカへの好意に満ち溢れている。その古森さんでも、むしろそうであるからこそなのかもしれませんが、国と国との関係を論じるときに感情をもちだすことはあまりに幼稚だということを明確に論じられています。先に引用した部分とあわせれば、ブッシュ政権は大人の態度で日本にアプローチをしていたということです。いわゆる「アーミテイジ・レポート」では日米同盟を日英同盟並みに格上げすることが提案されていました。もし、これが実現すれば、アメリカの政権が交代しても、アメリカの対日政策の「ブレ」は無視できる程度に安定するでしょう。逆に、現在は、当時とは状況が変化しているとはいえ、日本側がこれに応じない場合、仮にブッシュ政権が任期を満了し、全く別の政権へ交代した際に、環境変化に対応する手段を何一つない状態から始めなくてはならなくなるでしょう。

 さて、かんべえさんの(「ファン」だったら本書を当然、読んでますわな)登場です。第八章の出足では今一つ冴えが感じられなかったのが、古森さんとの対談を通してかんべえ節が登場します。

 同盟という言葉に対して大きな誤解があると思う。
 同盟とは対等の関係でなければおかしいと考えられがちだが、実は歴史を振り返っても、対等な同盟はあまりなかった。
 例えば、日本の歴史のなかで同盟というと真っ先に浮かぶのが、戦国時代の織田信長と徳川家康だろうが、実際には呆れるほどの不平等条約であった。姉川の合戦で信長がピンチのときに、家康は主力を連れて馳せ参じたのに対し、三方ヶ原の戦いで家康がSOSを送っても信長は兵力三〇〇〇程度しか向かわせなかった。なぜかといえば、双方の力関係を勘案するとそういう結論になって、なおかつそれが互いに妥当なディールだったからである(230頁 吉崎)。

 さすが戦国武将をHNにされるだけに、このあたりの切れ味は、話自体は誰でも知っている話ですが(三方ヶ原の戦いそのものは家康の勇み足だと思いますが)、いろいろ突っ込みどころがあるとはいえ、大局的な勘のよさを感じます。このあたりの現実主義というより、俗物的な感覚は信頼に値すると思います(ちょっとヤキをいれすぎやりすぎ?)。

 したがって、「言うべきことは言うべき」という話は、吉崎さんからすると、鼻で「フフン」となってしまいます(実際には筋の悪いことを言ってじっと表情を確かめると、目がバカにしたようになるのが特徴です。描写が難しいのですが、少しだけ後ろに頭が傾いて口元が閉まった上で、目が細くなって相手を見下ろす感じでしょうか。このときも視線のオタクっぽさはキープされているのが気もち悪い「チャームポイント」です)。

 そこのところをわきまえないナイーブな、「日本はアメリカの同盟国なのだから、言うべきことは言わなければならん」という議論が活発であるのは、おおいに結構なのだが、たぶんアメリカはこちらの言うことを聞かない。言うのであれば、当然の義務を果たした上で、対等に振舞うべきだ。「イエス」というガッツのない者が、「ノー」といったところで説得力はゼロだ。いうべきことを言うなら、きちんとタイミングを選ぶべきなのである。当然だが、同盟は無礼講ではないということだ(231頁 吉崎)。

 最後の一文を除くと、古森さんの方がやはり大人だと感じます。ブッシュ政権は、日本を大切にすることがアメリカの利益になるから、言葉を荒げて要求を突きつけるような真似をしなかったわけです。イラクの占領統治の不首尾によってブッシュ政権の評判は、アメリカ国内、国外で地に落ちつつあります。それでも、先の北の核開発でも、日本側の大人気ない対応に冷静に日本を重視する大人の対応に終始しました。高いところからものを申すようで恐縮ですが、日本人が「戦略」とみなすのは、失礼ながら私にはせいぜい「戦術」レベルの話で、たいていが「その場しのぎ」です。他方で、ロシアや中国は戦略とも呼ぶべきものがあるのでしょう。吉崎さんには申し訳ないのですが、日米同盟が双務的になっても、「ノー」と言える範囲は狭いでしょう。イギリスを見ても、「同盟は無礼講ではない」のです。

 ここでようやく今日の「寝言」ですが、日本人がロシアや中国のように戦略的に振舞う必要はなく、最大の戦略的資源である日米同盟を揺るぎないものにすることが、肝心です。対北朝鮮、対中国では「大人の対応」だけでは難しく、いざというときのことに関してシグナルを送る手段を拡大する必要があるでしょう。しかし、同盟で結ばれているアメリカとの関係は異なります。日米同盟を強化することがわが国の利益になるから実行するということを明確にすることが、アメリカとの関係で肝要だと考えます。対米政策での大人の対応というのは、日米同盟から日本が利益をえていることを日本自身が理解しており、それをさらに強化することに他ならないと考えます。単に利害が共通していることだけでなく、互いが合理的である――利益を共有しているということを太平洋の西と東が理解していること)ことを確認しあうことが、国家間における「信念」の形成に他ならないと思います。

2007年02月05日

この国を守る

 以下のような報道がありました。御覧になっている方も多いかと存じますが、個人用のメモとして記しておきます。出所は、『日本経済新聞』2007年(平成19年)2月4日(朝刊14版)です。

 麻生太郎外相は三日、京都市で講演し、米国によるイラクの占領政策について「非常に幼稚だった」と指摘した。
 外相は「平和構築を考える時、ドンパチ(戦争)が終わった後が大変だというのがイラクで分かった」と強調。その理由として「ラムズフェルド(前国防長官)が、ばっと(開戦)をやったけど、占領した後のオペレーション(作戦)としては全く非常に幼稚であって、これがなかなかうまくいかなかったから、今もめている」と自爆テロなどが絶えないイラク情勢に言及した。
 イラクに関しては、久間章生防衛相がブッシュ政権の開戦判断を「間違っていた」と批判。その後、「当時、閣外で感じた感想を述べたものだ」などと釈明している(「米のイラク占領政策 麻生外相『非常に幼稚』」)。

 お相手が「釣り師」だけに現段階ではコメントを保留します。まあ、魚拓になるのも悪くないのですが。

 『チャンネル桜』の「日本よ、今...闘論!倒論!討論!2007 【緊急シミュレーション討論 今そこにある危機】」という番組が精神衛生によさそう(?)なので拝見すると、「こわーい話」を和やかにされているので、別の意味でmitsu様お気に入りの「((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル」となってしまいました。論点が多岐にわたるので、感想を書いていると、キリがないので、とくに勉強になったことを2点ほど記しておきます。第1は、アメリカの動向に関することです。第2は、憲法をはじめとする法制度と自衛隊の関係です。

(1)アメリカの動向について

 朝鮮半島情勢では、アメリカの選択肢について将軍・提督の方々でいろいろな見方があって、非常に興味深く感じました。粗っぽく分類すると、以下のようになります。(A)米軍は朝鮮半島の「共産化」を黙認することはありえない。韓国から陸軍兵力を完全に引き揚げることはありえない。(B)米軍は中東をはじめ、負担が重くなっている。朝鮮半島から「撤退」する可能性がある。(C)米軍は前線から下がろうとしている。「サージカル・アタック」を前兆かもしれない。錚々たる方たちのお話だけに、どれも説得力があります。遠慮しているのではなく、どの可能性も(番組では触れられていないことも含めて)考慮しておく必要があるでしょう。

 司会の水島さんが岡崎大使の話として「アメリカの動向を戦略的に考えすぎると間違えますよ」ということを紹介されていました。これは、誤解を招く可能性がありますが、私のザルの脳では、番組での結論と同工異曲だと思います。簡単に言えば、アメリカの出方は読めない。私の粗雑な表現なので誤解を招く虞がありますが、アメリカの動向を事前に読みきることができない以上、常にアメリカを観察しておくことが肝要だということになります。

 もう一つは、松尾文夫さんによるところが大きいのですが、短期ではアメリカの「エゴイズム」が世界を振り回すことが少なくありません。いくらアメリカとはいえ、ベトナム末期では撤退するより他には選択肢がありませんでした。アメリカの「エゴイズム」というと、表現がきついかもしれませんが、理想主義的な目標(それはかならずしも現実主義的な判断と背反するものではないことも少なくないのですが)を掲げたものの、その実現が困難になると、「現実主義的」な潮流が強くなるという話です。もっと、露骨に言えば、アメリカといえども、手詰まりになると、選択肢が一つぐらいしかなくなってしまって、投げてしまうということです。ベトナム戦争後の混迷は、1970年代のスタグフレーションとあいまってアメリカを「内向き」にしました。

 他方で、坂元先生の表現によると、「アメリカはinvincible(無敵)であるけれども、omnipotent(全能)ではないのです」(岡崎久彦編『歴史の教訓』PHP出版 2005年)という側面があります。アメリカは、その国力ゆえ、選択肢が他の国よりもはるかに広いでしょう。これもまた、他国からアメリカの動向を読み間違える原因になります。情勢判断一般がそうだと思うのですが、先入観や希望的観測を捨てて、冷徹にアメリカの動向を読むことが、とりわけ日米同盟という死活的問題にコミットしているこの国にとって不可欠のことだと思います。

(2)憲法と自衛隊

 領域警備の問題でこの議論がでてきたと記憶しております。警告射撃も「武力行使」というのはちょっと唖然としました。私にはこのあたりの議論が非常に勉強になりました。国防における「自主」とか「独立」というのは、この程度の問題であるというのも、勉強にはなるのですが、非常にお寒い状況であることが伝わってきました。最終的には自衛隊が国軍となり、自衛のためには、武力行使も辞さないというのが当たり前だと思います。このように書くと、「自存自衛」のために破局的な戦争に突入していったではないかという意見がいまだにあるのでしょうが、そのような意見は完全には無視できないけれども、少数になりつつあるように思います。

 番組では触れられていませんでしたが、憲法改正は私が思っているより早く進むのかもしれませんが、安倍政権が2期6年を全うして憲法改正への道筋がつくかどうかという程度でしか進まないかもしれません。その間、憲法でできないと言ってしまうと、佐藤空将が指摘されている「2008年問題」には対処できないでしょう。憲法改正を目指すと同時に、現行憲法でも可能なことを明確にすべきだと思います。領域警備の問題は典型ですが、同様の問題に集団的自衛権の行使に関する解釈の問題があります。これは憲法の不備というより、政治の「不作為」です。憲法改正は重要な問題だと思いますが、それと同等に政治の「不作為」をあらためることが肝要でしょう。

 もっと言えば、憲法を改正したら、万全かといえば、そうではないと思います。憲法やその他の法律は、基本的には行政府が執行するものです。憲法が改正されても、そして、それに応じて種々の法が制定されても、適切に運用できる政治家がいなくては、「空文」になってしまいます。

 自衛隊に関する政府の判断は、まず自衛官の方々の生命を危険にさらします。危機に不作為であれば、国民全体が危険にさらされます。この問題は、人の生死に関わる決断を行える政治家をいかに育ててゆくかという問題に帰着すると思います。憲法改正は大切ですが、それ以上に憲法を適切に運用できる政治家をいかに育てるのかということが抜けてしまうと、なにも変わらない可能性すらあります。これは国を挙げて考えてゆかなければならないと思います。

 上記の問題は、この国を守る気概を日本人が共有することにつきると思います。あらためて、安全保障の点から見ると、この国の敗戦後の歩みは衰退史であると思いました。他方で、この番組を拝見して楽観はできないけれども、衰退の歩みを止める気概をもった方々が戦後を支えてきたことを実感いたします。この国を守る気概を日本人が共有する――衰退を止めるためには、政治的リーダーシップが不可欠です。日米同盟が、本来の同盟として機能しない根源には、自分の国は自分で守る意図と能力をもつことが当然のこととして合意されていないこと、その根源に政治的エリートの不在があることを実感したしだいです。

 番組の内容の割りに、感想が貧弱なのが恥ずかしいのですが。陸海空で発想の違いなども垣間見れて、楽しんで拝見しました。ふと、政治の世界を見ると…。まあ、同盟関係に影響がないなら、アメリカもバカだねえとかお手軽な評論でもなさっていればいいんじゃないんですか。精神衛生によろしくないようなので、しばらくは放置。 

2007年02月04日

小さな親切 大きなお世話

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:…。この御仁のマイペースぶりは、ちと心当たりがないなあ。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、おぬしか。
ボッシュ:おぬしを見ていると、ため息とともに安心するなあ。
ハッシュ:ほう?
ボッシュ:店長が新しい店にかかりきりになったもんじゃから、ワシは再び本店の切り盛りで忙しくて、ちと疲れる。
ハッシュ:それは、それは。
ボッシュ:ワシもジパングの国会議員のようにサボりたいのお。サボってもお給料は出るそうだから、羨ましいもんじゃ。
ハッシュ:そういえば…。
ボッシュ:?
ハッシュ:あのデブ、こんな話を聞いておったな。ワシにはさっぱりわからぬが。

・古いんだよね。けっきょく、産めよ増やせよだもん。
・無理、無理。どうせ産んだ経験がないもの。あったら怖いけど。
・それにしてもさあ、辞任、辞任って野党もうざいんだよね。もうさ、単なるバ○の一つ覚え(不適切な表現を含んでおりましたので伏字にいたしました:書記係)。
・自民党もあれだけど、野党も芸がないから、そのまんま東の一発芸に負けちゃうんだよね。
・国会をサボって選挙運動って、学校サボってバイトしている高校生並。
・サボってんだからさあ、クビ、クビ。せめて給与カットは当然よ。
・話題変わるけど、社民党のなにさんだっけ。あの人、昔はけっこういけてたのに、人相が悪くなった気がする。
・潰れかけた昔の駄菓子屋さんの店主さんみたいなもんじゃない?さっさとコンビニのチェーンに入っておけばよかったのに。きっと過労よ。

ボッシュ:…。言葉遣いからすると、女性の会話かな。それにしても、なんという下品な話じゃ。…じゃが、わかる気もするのお。どこから手をつけようかのお…。まずは、大臣の発言じゃが、年配の男性ほど、論外という意見が多いようじゃ。統計数字の解釈としてはまあ、これがモノやカネの話だったら、妥当じゃな。機械の台数が一定だったら、パソコンや缶詰でもいいんじゃが、稼働率が上がらなくては、アウトプットが増えぬ。これを少子化の喩えに使うのは、センスが悪いのお。ジパングでも、「産む」と「生む」を区別しておるぐらいだからなあ。
ハッシュ:要は、喩えが悪いということか?
ボッシュ:うーむ、そもそも無理に喩えなかったほうがいいんじゃないかな。これから、子供を産めるようになる女性の数は、既に決まっておる。男性は無視されておるがな。その女性がいまよりもたくさん産む気にならなかったら、少子化に歯止めがかからぬことぐらい、普通はわかるだろう。そこを無理にわかりやすくしようとしたのが、失敗じゃな。小さな親切、大きなお世話というところかな。
ハッシュ:だが、産む気にさせるのは無理じゃろ?強制するわけにもゆかぬし。
ボッシュ:問題はそこなんじゃ。ワシの客人の間で評判が悪いのは、女性が産みたいと思うような環境を整備しようという意欲を感じないというあたりじゃ。もっと、評判が悪いのは審議拒否じゃな。最初から議論しないと言ってしまっては、ダメじゃろ。それにしても、女の敵は女というのを実感するのお。弱小政党の評価としてはかわいそうじゃな。ワシの店も、落ちぶれるとこんな風に言われるのかのお…。
ハッシュ:たしか、こんなのもあったぞ。

・あのCM見た?
・ちょっと信じられないセンス。
・あの船にだけは乗りたくないよね。
・なんか意味深。小沢さんが舵を握ったらヤバイってこと?
・言いにくいけど、小沢さん、やっぱり顔で損しているよね。どうせだったら、悪代官のほうが似合うのに。自分を捨てなきゃダメよ。

ボッシュ:…。言いたい放題じゃな。女性は強いのお…。まあ、あのCMはカネの無駄遣いじゃな。ワシの客人の間でも笑いものにしかされておらぬ。早めに撤退した方がよさそうじゃ。もっとも、ワシ自身にとってはどうでもいいんじゃが。投票にゆくこともないし、高みの見物じゃ。ただ、見世物がお粗末すぎて見る気がしなくなってきたんだが。ところで、あのデブは、なぜこのネタを自分で書かないんじゃ?
ハッシュ:…。察するに…。
ボッシュ:はっ!「ブーメラン、ブーメラン」というやつじゃな。書いた瞬間、相手もいないお前がえらそうなことを書くなという話になる。ふふ、人生は長い。一人ぐらいは間違える方もおるかもしれぬ。まあ、空から天が落ちてくるぐらいの確率じゃがな。
ハッシュ:杞憂か。
ボッシュ:まあ、そんなところじゃ。はあ、あのデブの悪口も散々言ったし、なんだかすっきりするのお。おっと、夜中にしゃべっている場合じゃなかったな。明日も忙しいし、そろそろ帰るぞ。
ハッシュ:いつもせわしないのお。また、おいで。

 …。お約束とはいえ、そこまで言いますか。こういう場合に「杞憂」という表現があてはまるのかどうか。それにしても、今回は頼みもしないのに政治ネタですか。露骨に言ってしまうと、あのタイミングで審議拒否はありえないような。新聞の論調も変わりましたしね。選挙の結果次第ではありますが、分の悪い賭けを選ぶなあとちょっと呆れてしまいました。選挙に勝って自民党内を動揺させて安倍総理の足を引っ張ろうという魂胆でしょうが、ミエミエすぎて、ちょっとだけドン引きしますね。

 政治の世界では様々な駆け引きや思惑があること自体は当然だと思います。ただ、そうであるからこそ、長期的に信用を築くことが大切だと思います。当たり前ですが、誠実が一番だと思います。商売でも、同じでしょうが、短期的に利益をえたとしても、一回限りの取引ならばともかく、繰り返しになるほど、誠実だという評判はえがたいものだと思います。安倍総理は理念的だというのは悪い意味で使われることが多いようですが、詐術を使わない分、野党の方々は甘く見ないほうがよいだろうと思います。

 ただ、ちょっと総理はせっかちな印象があって、閣僚はてんでバラバラ。放っておけば自民党自体が自壊する確率が高いですから、国会で一つ一つ槍玉に挙げてゆけば、政権交代も見えるんじゃないですかね。素人目にはこんなありさまで次の10年を凌げるのかなあと思いますけど。まあ、余計な「寝言」もとい「お世話」でしょうが。

2007年02月03日

「時の最果て」の「転機」

 ふう。なんだか疲れる記事を「連投」したので、今日は手抜きです。安倍政権の「閣僚批判」を好きでやっているわけではありませんので、ご理解のほどを。久間防衛相にお願いをするならば、惜しむことなく実力を発揮して安倍政権というよりこの国のために御尽力頂ければ、それで十分です。大御所のところで書きましたが、あんな記事を書かなくて済むことを心より願っております。

 やじゅさんが「転機」などとかかれると、ちょっとドキッといたします。コメント欄を拝見すると、みなさん芸が細かいので、遠慮してしまいました。ググって大和田美帆さんの画像を拝見すると。…申し訳ありません。やじゅんさんの「転機」を忘れてかわいいなあと思いました。それにしても、「ガンダム芸人」で100件近いアクセスというのはすごいです。「ガンダム」で検索すると、googleで約25,100,000件というとてつもない数字がでるので、これまたびっくりです。

 本当にどうでもいい話ですが、管理画面で「検索ワード」に「らんま」が結構な数ででているのでgoogleで検索してみると、約777,000件中、36番目あたりでヒットしていて、ちとびっくり。「気分しだいの必殺技」がもろにヒットします。らんまサイトと勘違いされた方からすると、ほとんど詐欺ですね。これはまずい。といって、このブログをたとえば「人気ブログランキング」のカテゴリーで分類しようとすると、自分でもジャンルがわからないです。いっそ「無差別『寝言』 Hache流」とでも開き直りましょうか。過去の記事を読み返すと、しみじみ大上段に構えたブログ名にしなくてよかったと思います。「寝言@時の最果て」はなじんでくると、自分らしくてよかったなんて勝手に自己満足してしまいます。

 昨年の12月と今年の1月は「テロ」のせいか、訪問者数がかさ上げされたようです。1ヶ月の訪問者数がだいたい4,000前後(重複を除く)で安定していたのが、突然5,000台になりました。この数字は、IPベースのはずなので、1ヶ月のだいたいの読者数が5,000程度というところでしょうか。実際には、RSSリーダーなどで記事を読み込んだ後、トップページに別途アクセスされているケースも少なくなさそうですので、実際の読者数は把握できないのですが。「だから、なに?」と言われると、困るのですが、だんだん過疎ブログと言ってよいのか迷いがでてまいります。ページビューは1ヶ月あたりのべで45,000台で減少傾向です。こちらを見ると、「時の最果て」の名前に偽りはないのかなと思ったりします。アクセスカウンターがのべ訪問者数の近似に使っているのですが、もうすぐ9万。もうすぐブログを始めて1周年を迎えるのですが、当初はアクセスそのものはオープンにしていたのですが、半ば「非公開」状態でして、アクセス数(ページビュー)も二桁でした。まだ1年もたたないのですが、あの頃に書いた記事を読み返すと、懐かしく感じます。

 「時の最果て」の「転機」がタイトルですが、実は毎日が転機であります。こっちがおもしろいようだからこちらに行ってみようとか、日がたつとあちらがおもしろそうだからあちらに行ってみようと節操のない「転機」の連続です。こんな積み重ねからなにが生まれるのか(生まれないのか)を自分でも楽しみながらやっているというのが本音でしょうか。「ある敗戦国の幸福な衰退史」は、このブログの要ですが、現在は思案中です。フランス革命やロシア革命、第1次世界大戦後のドイツの革命の経緯などをあまりに知らず、良書を探しているところです。

 昔から、相反する二つの傾向が私の中でせめぎあっていたように思います。一方は、真実というのは一つであり、しかるべき手続きを踏めば、誰でも理解可能であるという考え方です。他方で、真実というのは多面的であり、人の数だけ真実があるという考え方です。両者を融合させるのでもなく、互いに排除するのでもなく、とりとめもなく考えてゆくことで矛盾した状態をありのままに表現するのが「寝言」アプローチというところでしょうか。もう一つ、このブログについて語りたいことがありますが、ブログ開設1周年を迎える2月13日にあらためて論じます。

 以下は、個人的な記録です。管理画面でアクセス解析がどの期間まで保存されるのかがわからないので、このような形で保存しておきます。ココログ時代のページビューがのべ73,361でしたので、だいたい累計で30万ぐらいのページビューのようです。
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posted by Hache at 01:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年02月02日

久間章生防衛大臣の「本懐」

 気が進まない話ですが、あそこまで書いちゃったら、この話を一応、完結させておきましょう。題して「久間章生防衛大臣の愚痴『本懐』」。昨日はひどいことを書きましたが、防衛庁の省への改編や沖縄の基地問題、ミサイル防衛と汗を流されてきたことは、こちら(久間章生防衛大臣記者会見 日本記者クラブ 平成19年1月24日 以下「久間講演」と省略。PDFファイルが開きますので、ご注意ください)でもわかります。日米同盟についても、次のような評価をされています。

 ということは、米軍が日本にいるということがアジア太平洋地域の平和と安定にものすごく貢献しているなということを、その時に肌で感じたわけであります。そのとおり、戦後、確かに朝鮮戦争・ベトナム戦争はございましたが、それ以降はアジア太平洋地域では戦争らしい戦争は殆どなく、内戦は幾分、独立運動というような形でアチェなど色々な所でございましたけれども、とにかく国と国との衝突はなかったというのが非常に幸せでありまして、そのおかげでアジア太平洋地域は世界的にも経済がものすごく発展して、今日の状況、世界的な規模での経済活動の中で、大きなウエイトを占めるようになっているわけで、南米まで含めましてアジア太平洋沿岸でいきますと世界の冨の7割以上をこのアジア太平洋地域で生み出しているのではないかと言われる位に経済が発展してきたわけでございます。そういう意味では、アメリカが日本に駐留するというのは、やはり必要でございますし、それを基にして日米同盟がありますし、世界的にも日米が同一歩調で歩いてきたというのが、日本にも寄与したわけでございますが、今日それが沖縄を始めとしてある地域に非常に集中的に存在しているという、この痛みを和らげておく必要もあるのではないかと、どうにか方法はないのかということを歴代の政府としては考えてきたところでございます(「久間講演」7頁)。

 日米同盟の意義を認めつつも、その「コスト」が沖縄に集中している状況を真剣に改善しようとされてきた久間防衛相の御尽力は、本当に頭が下がるものがあります。「ハト派」であるとか、「リベラル」といった形容詞は、なにかを表わしているようで、中身がないと思います。久間防衛相は、日米同盟をより持続可能にするために誠意をもたれてきたと思います。

 また、自衛隊のイラク派遣に関してアメリカの増派を受けてどのように対応するのかと言うことについても、非常にすぐれたバランス感覚を発揮された発言をされています。

 今の法律でも結構イラクの復興に貢献する内容になっていますから、私はあまり「こういう条件、条件」と言わなくても、そんなに難しい話ではないと思うのです。イラクについては意外とヨーロッパのドイツにしてもフランスにしても、他の国は参加していないのですね。ところがその国はアフガンに兵士を出しているわけです。イラクに行ってないところのほとんどはアフガンに出しているわけで、どっちかに出ているわけですね。G8の中で出ていないのは日本ぐらいのものです。ロシアもアフガンに出ていますから。そういうことを考えますと日本だけが何もしないでよいのかという、そこのところが足並みが揃わないのではないかという気が致しますので、そのようなことも判断の基準に一つなってくるのではないかと思います。そうした時に現在行っております航空自衛隊がやっているのは、他の地上部隊と比べますと戦闘とは程遠いわけでございますから、比較的一番やりやすい分野ではないかと思いますので、どうせやるなら今のやり方がよいのではないかと私自身は思いますけれども、これも最終的には国連が、或いはまた各国が、日本としてはむしろそのような輸送よりも、お金をくれというような言い方になるのか、何になるのか、そこはよく見極めないと一概に言えないのではないかと思います(「久間講演」15−16頁)。

 「自由と繁栄の弧をつくる」という麻生外相の演説を高く評価しましたが、アメリカと日本、アメリカとNATO諸国という国際秩序の安定を担保する同盟関係で日本がどのような役割を果たすのが望ましいのか、久間防衛相も言い回しは頭のよい人にありがちなように、非常にまわりくどいのですが、その分、バランス感覚のとれた発言だと思います。悪く言えば、「優等生的」ではありますが、状況を見極めて的確に判断をすることが、何事も基本です。「東大卒を入れないと、会社は潰れる」というのは諸井虔さんの名言だと思いますが、東大卒の秀才というのは、社会を安定化させる上で不可欠だと思います。

 しかるに、ブッシュ大統領の2007年の一般教書演説でスタンディング・オベーションが少なかった、アメリカの雰囲気がだいぶ変わったという趣旨の発言に続いてイラク戦争支持の政府方針への久間防衛相への見解を伺う質問で舞台は暗転してしまいます。

 私は、あの当時は政府の一員ではありませんでした。党で役員をしておりましたけれども比較的言える立場にありましたから、今の日本が置かれた状況からいくと反対はできないかもしれないけれど、せめてアメリカが戦争を踏み切るのについては、理解はするという位が一番良いところではないのかなという発言を、あの時各紙にも、いろんな場でも私はしました。だから、今でもそういう心境に変わりはありません。というのは、やはり大量破壊兵器、特に、さも核兵器を持っているかのような言い方をして戦争に入っていったわけであります。そしてまた、イラク特措法を作る時も核兵器の処理というものまでも業務の中に入っていたわけです。総務会でさすがにそれはおかしいという話になって、私から福田官房長官に電話をして、「こういう条項が入っている以上は総務会では通さないと皆言っていますよ」と。野呂田さん、野中さん達が強くそう言われました。私もそう思いました。そんなものがあるという前提に立って法律を作ろうとして、それはおかしいということで、それを外すことにしてもらい、最終的には外しました。終って、大量破壊兵器、特に核兵器はなかったということになりましたから、法律に核兵器の処理が入っていたら格好悪かっただろうなと私は思いましたので、その時の判断は、私自身は間違っていなかったと今でも言えると思います。だから、そういう核兵器がさもあるかのような状況でブッシュさんは踏み切ったのだろうと思うのですけれども、私は一つはその判断が間違っていたのではないかなと思います。それともう一つは後の処理について、戦争が終った後、アメリカの皆さん方に私は言ったことがあるのですけれども、日本でうまくいったから、それがうまくいくと思ったら、ちょっと違うのではないでしょうかと。日本の場合は、確かに天皇制を残したからうまくいったけれども、イラクの場合はフセインというのが力で抑えていて、3派のクルドとシーアとスンニ派の対立を力で抑えていたのをどうやって後に処理するのか、処方箋がないまま、戦争は2、3ヶ月で勝ちますよと、しかし、勝った後どうなるのか、大変になりますよと言ったことを今でも覚えていますけれども、私はその後の経過を見ていて、やはりそうだったなと今でも思いますね(「久間演説」19−20頁)。

 私の見通しの通りじゃないかというあたりになると、途端に話がストレートになってしまいます。失礼ながら、別人のようです。小泉政権はイラク支持を明言したけれど、私の言ったとおりになったじゃないか。ブッシュ大統領のイラク開戦の決断の前提は間違っており、占領統治は日本統治と違いますよといった通りじゃないか。頭のよい方は、ついついこのような「繰言」を言いたくなってしまうものです。年齢を経るとともに。これを「加齢臭」などと評しては失礼千万でしょう。

 これが、どこかの大会社の社長さんだったら、どうということはないのですが。しかるに、この発言の元が政府外にいらっしゃるときであっても、現在は防衛相という要職にいらっしゃることを忘れたかのようです。

 ぶっちゃけた話、日米同盟はアメリカから言われて渋々やるという関係から、徐々に日本もある範囲内で自分で仕事をしますという段階に移行してきました。小泉前総理は、さらに踏み込んでアメリカとともに歩むことを明確にしました。もっと、お下劣に言えば、デートに誘われて仕方なくデートをしていた。他の相手よりはマシだから。だんだんと逢瀬を重ねるうちに手をつなごうということを自分から口にだすようになった。そして、口づけをかわそうというときに…。

あんたの口は本当に臭い。前も臭かったけれど、今度はもっと臭い。

 と防衛相はつい口走ってしまったのであります。小泉政権で不如意のことも多かったのでしょう。ご同情申し上げます。その重石が取れ、ようやく防衛相という地位で自分の「卓見」を披露されました。そして、その「卓見」たるや、あまりに陳腐で、しかも相手がイラクで苦しんでいるのに、「ほうれ、ワシの言った通りじゃないか」という「加齢臭」のする、おそらく相手を激怒させるのにはこれほど簡単な方法はないことをして頂いたようです。脱力を通り越して終わったなと思います。失礼ながら、頭のよい人ほど、ちょっとしたことに鈍く、決定的な場面で言ってはならないことを口にしてしまうことが、しばしばあります。覆水盆に返らず。恋愛映画では一瞬の出来事が先を定めてしまう、決定的な場面があります。決定的な瞬間を逃すと、よりを戻すのは本当に難しい。まあ、小泉−ブッシュ関係以前に戻ったと思えばよいのですよ。

 それで済めばよいのですけどね。
posted by Hache at 02:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言

2007年02月01日

寒気

 細かい作業の連続です。思ったほど進捗しないので、疲れてまいりましたが、投げるほどまずいわけでもないので、無味乾燥な作業を淡々と続けるのみです。とかなんとか言いながら、変なところでツボにはまってしまって、笑いを漏らしてしまって周囲の失笑(というより「あの人、大丈夫?」という痛い視線が怖い)を買わないように気をつけなくてはならないのですが。

 すっかり「出不精」(「デブ性」の誤変換ではありませんよ)になってしまって正直なところ、自分のブログの記事を書くのが精一杯です。若い人たちと会話をすると、柳澤厚労相の発言について尋ねられて、発言自体は論外だと言うしかありません。いろんな留保をつけたいところはあるのですが、主婦層どころか、若い女性へも波紋が広がっていて、かなりまずい状況だなと思います。経済畑の方が気をつけていても、統計データを解説する際に、その背後にあるのがヒトそのものだという基本をつい忘れてしまうことはよくあります。他の問題ならば、喩えとしてはわかりやすいのですが、直接的に感情論になりやすい問題で、あの喩えは、無神経だといわれても仕方がないでしょう。気になるのは、ネットで見ると、「産む機械」だけが一人歩きして、この発言が出てきた集会や前後の文脈、柳澤厚労相も統計データの説明の際に「機械」や「装置」に喩えるのは、不適切なんだけれど、数字を解釈する上でやむをえないと考えて発言し、その後、御自身がやはり不適切だと判断したというあたりは、『サンスポ』以外の報道が見当たらないのは、なんとも複雑な気分になります。このような背景をメディアが伝えないまま、騒いでいるので、報道に流されている方が大多数の場では発言しにくいことがあって、自分でも苦々しく思います。

 このような形で紹介させていただくのは不本意なのですが、安達正興さんが「久間防衛相は辞めるがよい」という記事を書かれていて、ほとんど同意してしまいます。安部政権だから我慢していますが、そうじゃなかったら、現実世界でも「盧武鉉韓国大統領未満的水準」と評しているでしょう。あまり汚らわしい言葉を使いたくないのですが、「裏切り者」としては自覚すらないという点で最悪のタイプでしょう。日米同盟をぶち壊すのはこんなに簡単だと証明してしまいかねない。小泉政権で「我慢」していた憂さを晴らしたいのなら、少なくとも閣僚を辞していただきたい。柳澤厚労相の「罪」は、切られるべき人を切りにくくしてしまったことだとすら言いたくなります。

 同盟の大半は、見えない「信義」によって成立しています。これを壊すのは本当に簡単で、怠ける程度でも十分なのですが、それ以上のことをやってのける方がいらっしゃるとは信じられないぐらいの「サプライズ」です。「どーせ」どころの話じゃありません。安達さんの記事の文中には「この発言はAPがアフマディネジャフの発言にくっつけて紹介している。ま、アメリカの感覚からは許せないだろう」とあります。アフマディネジャードと同じ扱いを受ける日本の閣僚というのは救いがたい。腹が立つというより、脱力すら通り越して、なんだか終わったような感覚すら覚えます。現実問題としては、この状況で厚労相を生かして、防衛相を切るのは難しいでしょうが。

 大変なときに「てーへんだ、てーへんだ」と騒ぐのはバカらしいので嫌なんですが、この方はあまりに痛い。日銀の「ブレ」は「頭痛が痛い」で済みますが、こちらは国防にダイレクトに来るだけに、不適格者が椅子に座っているというだけで寒気がします。率直に言って、小泉政権発足時の外相人事並みに感じてしまいます。

 アメリカに「ヤキ」を入れてもらおうなどとおっしゃっている方もいたように思いますが、こんな裏切りをする者を日本人自身が信用しろということ自体、無理があります。日本人自身が始末すべき問題で、同盟国に言われる前にやるべきことです。

 安部総理の指導力という点では、参議院本会議で異例の陳謝はちょっと驚きでした。野党は、まだまだ頑張るでしょうが、安部総理の誠意をなんとか貫いていただきたい思います。

 政治の話になると我慢せざることがあまりに多く、淡々とした作業を行うインセンティブが高まります。てなわけで若い人に教えてもらった番組を見ようとしたら、番組の名前を忘れていて愕然とします。いまだに、固有名詞がネックとは…。昔からそうなのですが、「加齢」とともに、どんどんひどくなっているような…。嗚呼、老いたるかな。
posted by Hache at 01:28| Comment(3) | TrackBack(2) | 不幸せな寝言