2007年02月02日

久間章生防衛大臣の「本懐」

 気が進まない話ですが、あそこまで書いちゃったら、この話を一応、完結させておきましょう。題して「久間章生防衛大臣の愚痴『本懐』」。昨日はひどいことを書きましたが、防衛庁の省への改編や沖縄の基地問題、ミサイル防衛と汗を流されてきたことは、こちら(久間章生防衛大臣記者会見 日本記者クラブ 平成19年1月24日 以下「久間講演」と省略。PDFファイルが開きますので、ご注意ください)でもわかります。日米同盟についても、次のような評価をされています。

 ということは、米軍が日本にいるということがアジア太平洋地域の平和と安定にものすごく貢献しているなということを、その時に肌で感じたわけであります。そのとおり、戦後、確かに朝鮮戦争・ベトナム戦争はございましたが、それ以降はアジア太平洋地域では戦争らしい戦争は殆どなく、内戦は幾分、独立運動というような形でアチェなど色々な所でございましたけれども、とにかく国と国との衝突はなかったというのが非常に幸せでありまして、そのおかげでアジア太平洋地域は世界的にも経済がものすごく発展して、今日の状況、世界的な規模での経済活動の中で、大きなウエイトを占めるようになっているわけで、南米まで含めましてアジア太平洋沿岸でいきますと世界の冨の7割以上をこのアジア太平洋地域で生み出しているのではないかと言われる位に経済が発展してきたわけでございます。そういう意味では、アメリカが日本に駐留するというのは、やはり必要でございますし、それを基にして日米同盟がありますし、世界的にも日米が同一歩調で歩いてきたというのが、日本にも寄与したわけでございますが、今日それが沖縄を始めとしてある地域に非常に集中的に存在しているという、この痛みを和らげておく必要もあるのではないかと、どうにか方法はないのかということを歴代の政府としては考えてきたところでございます(「久間講演」7頁)。

 日米同盟の意義を認めつつも、その「コスト」が沖縄に集中している状況を真剣に改善しようとされてきた久間防衛相の御尽力は、本当に頭が下がるものがあります。「ハト派」であるとか、「リベラル」といった形容詞は、なにかを表わしているようで、中身がないと思います。久間防衛相は、日米同盟をより持続可能にするために誠意をもたれてきたと思います。

 また、自衛隊のイラク派遣に関してアメリカの増派を受けてどのように対応するのかと言うことについても、非常にすぐれたバランス感覚を発揮された発言をされています。

 今の法律でも結構イラクの復興に貢献する内容になっていますから、私はあまり「こういう条件、条件」と言わなくても、そんなに難しい話ではないと思うのです。イラクについては意外とヨーロッパのドイツにしてもフランスにしても、他の国は参加していないのですね。ところがその国はアフガンに兵士を出しているわけです。イラクに行ってないところのほとんどはアフガンに出しているわけで、どっちかに出ているわけですね。G8の中で出ていないのは日本ぐらいのものです。ロシアもアフガンに出ていますから。そういうことを考えますと日本だけが何もしないでよいのかという、そこのところが足並みが揃わないのではないかという気が致しますので、そのようなことも判断の基準に一つなってくるのではないかと思います。そうした時に現在行っております航空自衛隊がやっているのは、他の地上部隊と比べますと戦闘とは程遠いわけでございますから、比較的一番やりやすい分野ではないかと思いますので、どうせやるなら今のやり方がよいのではないかと私自身は思いますけれども、これも最終的には国連が、或いはまた各国が、日本としてはむしろそのような輸送よりも、お金をくれというような言い方になるのか、何になるのか、そこはよく見極めないと一概に言えないのではないかと思います(「久間講演」15−16頁)。

 「自由と繁栄の弧をつくる」という麻生外相の演説を高く評価しましたが、アメリカと日本、アメリカとNATO諸国という国際秩序の安定を担保する同盟関係で日本がどのような役割を果たすのが望ましいのか、久間防衛相も言い回しは頭のよい人にありがちなように、非常にまわりくどいのですが、その分、バランス感覚のとれた発言だと思います。悪く言えば、「優等生的」ではありますが、状況を見極めて的確に判断をすることが、何事も基本です。「東大卒を入れないと、会社は潰れる」というのは諸井虔さんの名言だと思いますが、東大卒の秀才というのは、社会を安定化させる上で不可欠だと思います。

 しかるに、ブッシュ大統領の2007年の一般教書演説でスタンディング・オベーションが少なかった、アメリカの雰囲気がだいぶ変わったという趣旨の発言に続いてイラク戦争支持の政府方針への久間防衛相への見解を伺う質問で舞台は暗転してしまいます。

 私は、あの当時は政府の一員ではありませんでした。党で役員をしておりましたけれども比較的言える立場にありましたから、今の日本が置かれた状況からいくと反対はできないかもしれないけれど、せめてアメリカが戦争を踏み切るのについては、理解はするという位が一番良いところではないのかなという発言を、あの時各紙にも、いろんな場でも私はしました。だから、今でもそういう心境に変わりはありません。というのは、やはり大量破壊兵器、特に、さも核兵器を持っているかのような言い方をして戦争に入っていったわけであります。そしてまた、イラク特措法を作る時も核兵器の処理というものまでも業務の中に入っていたわけです。総務会でさすがにそれはおかしいという話になって、私から福田官房長官に電話をして、「こういう条項が入っている以上は総務会では通さないと皆言っていますよ」と。野呂田さん、野中さん達が強くそう言われました。私もそう思いました。そんなものがあるという前提に立って法律を作ろうとして、それはおかしいということで、それを外すことにしてもらい、最終的には外しました。終って、大量破壊兵器、特に核兵器はなかったということになりましたから、法律に核兵器の処理が入っていたら格好悪かっただろうなと私は思いましたので、その時の判断は、私自身は間違っていなかったと今でも言えると思います。だから、そういう核兵器がさもあるかのような状況でブッシュさんは踏み切ったのだろうと思うのですけれども、私は一つはその判断が間違っていたのではないかなと思います。それともう一つは後の処理について、戦争が終った後、アメリカの皆さん方に私は言ったことがあるのですけれども、日本でうまくいったから、それがうまくいくと思ったら、ちょっと違うのではないでしょうかと。日本の場合は、確かに天皇制を残したからうまくいったけれども、イラクの場合はフセインというのが力で抑えていて、3派のクルドとシーアとスンニ派の対立を力で抑えていたのをどうやって後に処理するのか、処方箋がないまま、戦争は2、3ヶ月で勝ちますよと、しかし、勝った後どうなるのか、大変になりますよと言ったことを今でも覚えていますけれども、私はその後の経過を見ていて、やはりそうだったなと今でも思いますね(「久間演説」19−20頁)。

 私の見通しの通りじゃないかというあたりになると、途端に話がストレートになってしまいます。失礼ながら、別人のようです。小泉政権はイラク支持を明言したけれど、私の言ったとおりになったじゃないか。ブッシュ大統領のイラク開戦の決断の前提は間違っており、占領統治は日本統治と違いますよといった通りじゃないか。頭のよい方は、ついついこのような「繰言」を言いたくなってしまうものです。年齢を経るとともに。これを「加齢臭」などと評しては失礼千万でしょう。

 これが、どこかの大会社の社長さんだったら、どうということはないのですが。しかるに、この発言の元が政府外にいらっしゃるときであっても、現在は防衛相という要職にいらっしゃることを忘れたかのようです。

 ぶっちゃけた話、日米同盟はアメリカから言われて渋々やるという関係から、徐々に日本もある範囲内で自分で仕事をしますという段階に移行してきました。小泉前総理は、さらに踏み込んでアメリカとともに歩むことを明確にしました。もっと、お下劣に言えば、デートに誘われて仕方なくデートをしていた。他の相手よりはマシだから。だんだんと逢瀬を重ねるうちに手をつなごうということを自分から口にだすようになった。そして、口づけをかわそうというときに…。

あんたの口は本当に臭い。前も臭かったけれど、今度はもっと臭い。

 と防衛相はつい口走ってしまったのであります。小泉政権で不如意のことも多かったのでしょう。ご同情申し上げます。その重石が取れ、ようやく防衛相という地位で自分の「卓見」を披露されました。そして、その「卓見」たるや、あまりに陳腐で、しかも相手がイラクで苦しんでいるのに、「ほうれ、ワシの言った通りじゃないか」という「加齢臭」のする、おそらく相手を激怒させるのにはこれほど簡単な方法はないことをして頂いたようです。脱力を通り越して終わったなと思います。失礼ながら、頭のよい人ほど、ちょっとしたことに鈍く、決定的な場面で言ってはならないことを口にしてしまうことが、しばしばあります。覆水盆に返らず。恋愛映画では一瞬の出来事が先を定めてしまう、決定的な場面があります。決定的な瞬間を逃すと、よりを戻すのは本当に難しい。まあ、小泉−ブッシュ関係以前に戻ったと思えばよいのですよ。

 それで済めばよいのですけどね。
posted by Hache at 02:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言