2007年02月06日

ナイーブな「帝国」とのおつきあい

古森義久・吉崎達彦『ナイーブな「帝国」 アメリカの虚実』(2003年 ビジネス社)は、今、読み返しても、思わず唸る部分があります。書評をすることが目的ではないので、ごく一部だけを「つまみ食い」させていただきますが、時事の話は古くなることが宿命とはいえ、何十年、何百年もたってから読み返すことに価値があると、「古典」ということになります。本書を古典と評するのは、古森さん、吉崎さんのファンとはいえちょっとどうかなと思いますが、今でも読み返す価値があると思います。ちなみに、吉崎さんは印税のことで…。空耳だったかなあ。実は、お二人のサイン本を頂いたのでこれ以上は書けませんが、こうやってときどき「ヤキ」を入れておかないと、かんべえさんの卑怯な「テロ」を抑止できないので、御理解ください。

 今回は、ナイーブな「帝国」アメリカとのつきあい方について、本書を土台に考えます。いろいろ引用したい部分が山ほどあって悩ましいのですが、この本は対談本で古森さんと吉崎さんが交互に書き言葉で対談している形式なので頁と執筆者(敬称略)で引用いたします。第八章「日本はどこへ向かうべきか」の冒頭で吉崎さんが入江昭先生による日本外交の特質を「政府の現実主義と世論の理想主義」と整理した上で、イラク戦争への対応を見ていると意外と現実的だと評価しています。これに対し、古森さんが「…私は入江氏のように、日本の世論が理想主義だとは必ずしも思わない。日本の世論はたぶんに感情に流され、情緒的になる場合も多いし、目先の狭い利害だけにとらわれた実利に走る場合も少なくない」と失礼かもしれませんが、身も蓋もない評価をされていて、学者先生には失礼なのですが、きれいな説明よりも非常に実感にぴったりくるのはさすがだと思います。

 例によって寄り道をしますと、古森さんは本書の「まえがき」で「知米派の気鋭エコノミストの吉崎達彦氏」という表現を用いられています。言葉遊びかもしれませんが、「親日」、「親米」というより「知日」、「知米」という表現の方が情緒的でなくてすっきりする印象があります(本当にどうでもいいのですが、なぜか「親中」という表現はあっても、「知中」という表現はないんですね)。「で、アメリカの読み方へのアプローチで現実というのは、すなわち、日本にとって『損か得か』という判断だといえる。現ブッシュ政権の支持、あるいは特定政策の支持の立場に回ることが、日本にとり損か得か、反対の立場に回ることが損か得かを判断することである」(223頁 古森)にも伺えます。なにかと発作を起こす閣僚とはずいぶんと異なったドライさを感じます。

 古森さん(あとで吉崎さんも登場しますので、かんべえさんのファンの方はご辛抱を)はブッシュ政権を「日本を世界の同盟諸国の御三家」と位置づける、「日本びいきにみえる政権」と評価しています。同盟のパートナーとして憲法改正や集団的自衛権の行使に関する留保をやめることを歓迎し、同盟の双務性を高めることを期待していると評価されています。アーミテイジが政権から去る前の出版ですが、現在でもブッシュ政権の対日政策の大枠は変化がないと思います。

 この後、日米同盟を強化する価値を短期的には北朝鮮、中長期的に中国への抑止という点で論じられていますが、ここは省略させていただきます。テロ戦争への態度も重要ですが、今回の論点では、この問題すら枝葉末節になってしまうので、省きます。小泉−ブッシュ関係の頃ですから、割り引く必要はあるのですが、非常に重要な指摘を古森さんがされています。

 ブッシュ政権は日本の経済面、金融面のあり方について、不良債権の処理の仕方からマクロ経済の運営の方法まで、不満や苦情、注文は多々ある。「日本にこうしてほしい」「日本のここはおかしい」という点はたくさんあるわけだ。
 だが実際にはブッシュ政権からは日本への不満の公式表明というのは、まずほとんどでてこない。ブッシュ政権の側で明らかに日本を公然と非難することを自粛しているからだ。経済や貿易、金融などの領域でも、日本に対して批判めいた言辞を述べることは止めよう、という自主規制がアメリカ政府高官の間でも厳しく保たれている。日本との関係を大切にするため、だとされる。そのかわりブッシュ政権は水面下で日本に対し、経済や金融、ひいては防衛に関する領域で、注文、助言あるいは圧力をぶつけてはいるが、クリントン時代とは雰囲気がまったくちがうようだ(227−228頁 古森)。

 中堅(かんべえさんとだいたい同世代)のアメリカ・ウォッチャーの方の多くは、クリントン好きが多いようです。私の友人もクリントン政権時代にアメリカに留学して、景気のよさに興奮していました。例の事件でクリントンはちょっと(スキャンダルというより、女性の好みが理解できなかったようですが)となりました。ちなみに、日本のテレビではこんな報道をしていて見ている方が恥ずかしかったと言うと、「えっ、そこまでやってるの?アメリカではありえない」と言っておりました。

 …。完全に話がそれてしまいました。ナイ報告で日米関係の悪化は底を打ち、小渕政権でじわじわと好転して小泉政権では小泉−ブッシュ関係で日米の「蜜月」は頂点に立ちました。ここでは小泉−ブッシュ関係を抜きにしてアメリカ側の姿勢、すなわち日本に対して第三国にさえ明白な「外圧」をかけるのではなく、同盟国として意見が異なることは伝えるけれども、あからさまに要求するのではなく、外交的配慮があったと古森氏は指摘しています。そして、この外交的配慮は、けっして情緒的なものではなく、アメリカの利害にもとづいていたと指摘されています。

 ただし、ブッシュ政権が日本を大切に扱うからといって、同政権の要人たちがみな日本が好きだというわけではない。日本の文化に愛着があるわけでもない。これまで何度も述べてきたが、日本との関係を密にすることが、アメリカにとってプラスになり、利益となると考えるから、そういう対日態度をとっているだけなのである。そのうえ、そういう対日態度や対日政策はブッシュ政権でもやがては変わるだろうし、二〇〇四年の大統領選挙で民主党候補が当選し、ホワイトハウス入りすれば、またがらりと変わってしまうことも、ありうるのである。だからなおさら、いまのブッシュ政権の対日緊密政策を日本側も大いに利用し、活用する方途を考え出すべきだろう(229頁 古森)。

 幸い、2004年の大統領選挙でアメリカ人はブッシュ政権の継続を選択しました。2期目ではいわゆる「知日派人脈」は政権から去りました。それにもかかわらず、私の知る限り、対日政策が根本から見直されたという事態はないようです。2期目から2006年まではブッシュ大統領のリーダーシップと小泉−ブッシュ関係によるところが大なのでしょう。2006年の初めの頃にしきりに小泉後の日米関係は大変だと主張していました。次の総理が小泉線総理と同等の関係は期待できないにしても、信頼関係を築けるのか不安がありましたし(具体的な懸念材料があったというよりも、小泉−ブッシュ関係があまりに特殊でしたから)、小泉政権下でも同盟の双務性を高めるための恒常的な措置がとられることはありませんでした。

 日米同盟の基盤は利害の一致です。人間は感情の動物ですから、感情抜きの人間関係というのはありえないでしょう。古森さんの記事はアメリカへの好意に満ち溢れている。その古森さんでも、むしろそうであるからこそなのかもしれませんが、国と国との関係を論じるときに感情をもちだすことはあまりに幼稚だということを明確に論じられています。先に引用した部分とあわせれば、ブッシュ政権は大人の態度で日本にアプローチをしていたということです。いわゆる「アーミテイジ・レポート」では日米同盟を日英同盟並みに格上げすることが提案されていました。もし、これが実現すれば、アメリカの政権が交代しても、アメリカの対日政策の「ブレ」は無視できる程度に安定するでしょう。逆に、現在は、当時とは状況が変化しているとはいえ、日本側がこれに応じない場合、仮にブッシュ政権が任期を満了し、全く別の政権へ交代した際に、環境変化に対応する手段を何一つない状態から始めなくてはならなくなるでしょう。

 さて、かんべえさんの(「ファン」だったら本書を当然、読んでますわな)登場です。第八章の出足では今一つ冴えが感じられなかったのが、古森さんとの対談を通してかんべえ節が登場します。

 同盟という言葉に対して大きな誤解があると思う。
 同盟とは対等の関係でなければおかしいと考えられがちだが、実は歴史を振り返っても、対等な同盟はあまりなかった。
 例えば、日本の歴史のなかで同盟というと真っ先に浮かぶのが、戦国時代の織田信長と徳川家康だろうが、実際には呆れるほどの不平等条約であった。姉川の合戦で信長がピンチのときに、家康は主力を連れて馳せ参じたのに対し、三方ヶ原の戦いで家康がSOSを送っても信長は兵力三〇〇〇程度しか向かわせなかった。なぜかといえば、双方の力関係を勘案するとそういう結論になって、なおかつそれが互いに妥当なディールだったからである(230頁 吉崎)。

 さすが戦国武将をHNにされるだけに、このあたりの切れ味は、話自体は誰でも知っている話ですが(三方ヶ原の戦いそのものは家康の勇み足だと思いますが)、いろいろ突っ込みどころがあるとはいえ、大局的な勘のよさを感じます。このあたりの現実主義というより、俗物的な感覚は信頼に値すると思います(ちょっとヤキをいれすぎやりすぎ?)。

 したがって、「言うべきことは言うべき」という話は、吉崎さんからすると、鼻で「フフン」となってしまいます(実際には筋の悪いことを言ってじっと表情を確かめると、目がバカにしたようになるのが特徴です。描写が難しいのですが、少しだけ後ろに頭が傾いて口元が閉まった上で、目が細くなって相手を見下ろす感じでしょうか。このときも視線のオタクっぽさはキープされているのが気もち悪い「チャームポイント」です)。

 そこのところをわきまえないナイーブな、「日本はアメリカの同盟国なのだから、言うべきことは言わなければならん」という議論が活発であるのは、おおいに結構なのだが、たぶんアメリカはこちらの言うことを聞かない。言うのであれば、当然の義務を果たした上で、対等に振舞うべきだ。「イエス」というガッツのない者が、「ノー」といったところで説得力はゼロだ。いうべきことを言うなら、きちんとタイミングを選ぶべきなのである。当然だが、同盟は無礼講ではないということだ(231頁 吉崎)。

 最後の一文を除くと、古森さんの方がやはり大人だと感じます。ブッシュ政権は、日本を大切にすることがアメリカの利益になるから、言葉を荒げて要求を突きつけるような真似をしなかったわけです。イラクの占領統治の不首尾によってブッシュ政権の評判は、アメリカ国内、国外で地に落ちつつあります。それでも、先の北の核開発でも、日本側の大人気ない対応に冷静に日本を重視する大人の対応に終始しました。高いところからものを申すようで恐縮ですが、日本人が「戦略」とみなすのは、失礼ながら私にはせいぜい「戦術」レベルの話で、たいていが「その場しのぎ」です。他方で、ロシアや中国は戦略とも呼ぶべきものがあるのでしょう。吉崎さんには申し訳ないのですが、日米同盟が双務的になっても、「ノー」と言える範囲は狭いでしょう。イギリスを見ても、「同盟は無礼講ではない」のです。

 ここでようやく今日の「寝言」ですが、日本人がロシアや中国のように戦略的に振舞う必要はなく、最大の戦略的資源である日米同盟を揺るぎないものにすることが、肝心です。対北朝鮮、対中国では「大人の対応」だけでは難しく、いざというときのことに関してシグナルを送る手段を拡大する必要があるでしょう。しかし、同盟で結ばれているアメリカとの関係は異なります。日米同盟を強化することがわが国の利益になるから実行するということを明確にすることが、アメリカとの関係で肝要だと考えます。対米政策での大人の対応というのは、日米同盟から日本が利益をえていることを日本自身が理解しており、それをさらに強化することに他ならないと考えます。単に利害が共通していることだけでなく、互いが合理的である――利益を共有しているということを太平洋の西と東が理解していること)ことを確認しあうことが、国家間における「信念」の形成に他ならないと思います。