2007年03月31日

「保守」の衰退 自民党の「凋落」

 本論は自分のメモを加工したもので、おもしろくないので、「続き」にアップいたしました。煽っているわけではなく、本当におもしろくないので、クリックされたからには苦情はお断り申し上げます。土日で手持ち無沙汰な方はクリックしていただければ幸いです。記事の方は、「感情論」でまいります。自民党関係者の方、自民党支持者の方、自民党が好きな方はお立ち去りください。不快になるだけだと存じますので。「本論」は、日本の「保守主義」が経済政策との対応とは実は無関係(いろいろ複雑な相関はあると思うのですが)という「仮説」をごちゃごちゃと書いております。

 時期はさだかではありませんが、ある会合が開かれて、小泉政権も人気絶頂とまではゆきませんが、閣僚の方がお一人みえられました。私は、部外者的な存在でしたが、つてがあったので、僭越ながら、その方の「品定め」をすべく、でかけました。会場の最前列に座席が用意されていて、ちと申し訳ないやら、緊張するやらで、まあ、小心者です。会合が始まり、パネリストが最初にでてきて、閣僚の方がステージの奥の方で待機しておられました。私が自意識過剰なだけで勘違いかもしれないのですが、その閣僚の方が私の方を見つめておられるように思ったので、本当にびっくりしました。自意識が過剰だという意識があるぐらい自意識過剰なので、視線をそらして素知らぬ顔をしていると、見つめているのではなく、険しい顔をされて、睨みつけているのがわかりました。このとき、ふっと頭をよぎったのは、その方が自民党でも保守的で私の髪を見て怒っているんだなということでした。

 これは乱馬よりは軽い悩み(父玄馬は髪が薄い(正確には…))でして、20代後半から白髪が一気に増えたので髪を染めていました。床屋の店長さんは若い人だったので、しきりに明るい色を勧めるのですが、若づくりもほどほどというのがありまして、一番暗い色で染めてもらっていました。それでも、光の加減にもよりますが、髪を染めているのは、周囲が真っ黒というよりも、年配の方が多いので白髪の方も少なくありませんが、どうも目立っていたようです。もちろん、これは私の印象にすぎないので、単なる自意識過剰かもしれませんが。それにしても、大臣とはいえ、若造と見ると、ひどい扱いだなあと思いました。あと、「よそ者」にはデリカシーのかけらもない無神経さも感じました。

 会合の内容は、失礼ですが陳腐でした。新興企業の社長さんが閣僚の方から表彰されていたそうですが、話がお粗末。大臣の話は退屈。パネリストの最初の方は、インキュベーターの話をされていましたが、私が学生時代に読んだ都銀の調査部が出していたレポートの方がよっぽどちゃんとしているぐらい、ひどいものでした(自分でも年齢を感じますが15年ぐらい前ですね)。びっくりしたのが、この程度の方が、大臣から顕彰されていると聞いて、ドン引き。この社長さん、しきりにリスクをとる企業家を育てようという話をされていたのですが、国立大学と提携し、省庁と連携しで、やり手だろうけれど、「国策会社」程度のリスクだなあと思いました(ライブドア事件にも関係していたという噂まであって、チャートを見ると、見事に株価が右下がりですな)。あまりにくだらないので眠ってしまい、目を覚ましたら、本当にびっくりしたのですが、大臣がこちらをもろに睨んでいて、よほど嫌われているんだなと思いました。それ以来、自民党、とくに保守色の強い方は苦手になりました。私にも事情があるのですが、そんなことはおかいまいなく、「茶髪」=不良みたいなイメージですかね。このお方を大臣にするとは小泉前総理も見る目がないな、なんて生意気なことも。

 そんなわけで自民党にもいろいろな「先生」がいらっしゃるのでしょうが、ああいうところとはお付き合いしたくないなあ、向こうも嫌なんだろうけどと思っておりました。そんなイメージを変えて頂いたのが安倍官房副長官(当時)でした。やはり、私の髪の毛をみて一瞬、嫌悪感が表情に出ましたが、あっさりと「若い方もお見えで、これは喜ばしいことです」と軽くスピーチでフォローしていただいた上に、握手していただきました。私は単細胞なので、この一件で安倍さんはもちろん、自民党も好きになってしまいました。ほんと、単純なものです。ネットで安倍総理のことを悪く(ただし、事実に反してはいない)書かれているところも目を通しておりますが、つらいですね。みなきゃいいのにと自分でも思うのですが、自分の都合のよいことだけ目にしていると、判断を誤りますので(もっとも、私が間違えたところで、周囲から浮くだけで「実害」はないのですが)、見ています。

 それはともかく、「自民党の凋落」。「感情レベル」でゆけば、「郵政選挙」で終わったなと思いました。衆院で造反組がやらかして、先述の閣僚の方(当時は閣外)も造反したと聞いて小躍りしました。これで総理の目がなくなったってね(あまりフォローになっていませんが、地元ではとってもいい「先生」のようです。「地盤」の地域の若い人に聞いても、こまめに地元の方の面倒をみられているようです。ただ、とどめをさしておくと、総理だけにはなっていただきたくないなと思っていました)。ただ、選挙の日が近づくほど、これでいいのかなと迷う気もちが強くなりました。私の選挙区も、造反者がでて、「刺客」が送り込まれましたが、どっちに投票するのも、躊躇うぐらいひどい選択肢(まあ、印象だけですので、実際はもっと優れた方たちなのかもしれませんが)。民主党の候補者も、なんだかなあ。まあ、通りそうにないし、小泉総理(当時)の「代理人」と思えばいいやぐらいの感覚でしたね。はっきり言って、この前の選挙で疲れました。正直なところ、落ちると思ったから、入れたというのが本音。次は、自民党に入れようという気が起きないですね。たぶんですけど、寝ます。

 つらいことに、ネットどころか、実生活でも安倍政権と自民党の評判は散々です。母上との話はデフォルメしましたが、「○○大臣は顔に悪いことをしているのがもろにでている」とかね。「それじゃあ、○○○子さん(わがブログの存続のためにほとんどわからないぐらい伏字で申し訳ありませぬ)みたいだよ」と言っても、「あの(総理の)奥さんはなによ」とか、もうめたボロ。びっくりしたのは、コアな自民党支持層だと思っていた団塊の世代の方が、「もうダメだな」とかね。2004年の参院選では自民党の「タマ」があまりだったので、生まれて初めて民主党の候補に入れたとかね。母上も団塊の世代の始まりぐらいですが、この世代の自民党離れはネットよりも、実生活ではるかに実感します。実際には、静かに小泉政権下で自民党離れが進んでいて、30代や40代の「軽い人たち」が騒いでいただけ。露骨に言えば、小泉総理が無理やりたがをはめ込んでいたけれど、そのたがが、ネットで見ていると、30代、40代でも外れちゃった感じです。

 ネットでは麻生ファンが多いようですが、リアルでは「麻生なんて論外」となります。私の周囲だけの話ですけど。あまり考えたくないのですが、万が一のときは麻生外相以外にいないと思うのですが、周囲では安倍総理よりも、はるかに評判が悪くて、「自由と繁栄の弧」なんてとてもいい話だと思いますよと言っても、「あれだけ失言が多くちゃ」となってしまいます。母上やワイドショーを見ている人から聞いたのですが、悪く響くように上手にカットしていて前後を話すと「えっ、そうなの?」となるのですが、いかんせんテレビの影響力には勝てません。バカにされる方もいらっしゃるでしょうが、ネットでも発言しない「無言の有権者」が多数派なんで、バカにしていると、まあ、あたしゃ知らんよというところでしょうか。失礼な話ですが、大卒者よりも高卒者の方が人口の大半を占め、大卒者の「値打ち」も高卒者がよく見ていますからね。「オピニオン・リーダー」なんて死語かな。商業高校をでて親御さんの事情で大学へ行かせてもらえなかった方が、「大学で漢字一文字の学科をでているとまあまあで、二文字だと『こんなものかな』で、長いとバ○が多いのはなぜですか?」とバレバレですからねえ。

 というわけで、副会長さんこの記事が掲載された当初、驚いてしまいました。正直なところ、リアルワールドでは、とても自公で過半数を維持することすら、夢のように思えてしまうので……。まあ、こんなにバカ正直に自分の投票行動を書くのは私ぐらいで、普通は、口と手は別なのかもしれませんが。ただ、自民党支持層かと自問自答すると、なんか違うなあと。要は、薄甘い「安保保守」あるいは、「親米ポチ」みたいな感じでしょうか(本論で紹介している論文を読んで、「革新」ではないけれど「保守」ではけっしてないなと思いました。「中道」なんて気どりはありませんけどね)。

 それにしても、3月30日の「産経抄」は激萎え。『ウィキペディア』の『産経新聞』の項目で「論調」の冒頭に「紙面および社説は概ね親米保守」とあるのですが、あの「産経抄」は終わっているなあと思いました。朝から新聞なんて読んじゃダメですね。古森さんの一連の記事で一部の反米派が暴走しても、大丈夫だろうと思っておりましたが。主導者のバックグラウンドがわかれば、あとは火を消す上手な方法を考えるだけだと思いますけど。「産経抄」は、火をつけたいようで。部数が少なくて幸いですな。『産経』には申し訳ないのですが、『朝日』や『毎日』のコラムではなくてよかったとそれだけが救いです。海外で「クオリティ・ペーパー」とみなされているところに、あれが載せられたら、さらにややこしくなりますからね。

 くどいようですが、煽りじゃなく、「続き」はWordの標準書式で約7枚強あります。くどくど、どうでもいい「寝言」を書いております。1時間で一気に書いただけなので、「品質保証」はいたしかねます。


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2007年03月30日

「あたふた」のち「アリア」

 年度末となると、仕事だけでなく、各種契約の更新などバタバタしてしまいます。住宅の賃貸契約の更新を終えてホッとしたら、「あれ、今年は住宅保険は?」と思い出して、「お客様の手元にお保険会社から届いているはずですが…」と言われて、またもあたふた。帰宅して取り出すと、契約書がでてきました。地震保険に入っているなどとうっかり漏らしてしまうと、ゼネコンの方には笑われてしまうのですが。阪神・淡路大震災や関東大震災クラスなどがきたら、保険会社の支払能力を超えてしまうので、無知な人とよく知っている人は入らないそうで。中部地方で育っていたときに「脅し」続けられた東海地震(浜松のときには防空頭巾を座布団代わりにしていました。あの習慣は、今でも残っているのでしょうか)への恐怖感のせいか、やはりいざというときを考えてしまいます。保険会社の支払能力以前にくたばったしまえば、「これでオシマイ」なのですが。下手に生き残ってしまったときの方が困ってしまう。ある種の「安心料」みたいなものでしょうか。

 契約プランを見ていて思わず目が点になったのは、「ストーカー行為等被害費用担保特約」なるオプション。野郎には縁のない話ですが、ひとり暮らしの女性は必要な時代なんだなと思いました。新聞でも社会面をまるで見ないのですが、これはよくない習慣だと最近になって気がつきました。どんな事件が注目されているのか、まったく知らない。話がぶっ飛びますが、ライブドア事件や村上ファンド事件などはまるで興味なし。30代後半になると、80年代後半に「青年実業家」なる訳のわからない人たちが山ほどいて、堀江氏や村上氏には失礼ですが、まだ生き残っていたのかという程度の感想。この程度であいも変わらず、騙されるのか、騒がれるのかと、まあ、殺伐としながらも「平和な」時代だなあと思います。

 仕事の後まであたふたしたので、政治だの、外交だの、安保だの、鬱陶しいものはすべて放り出して、ひたすらバッハの『管弦楽組曲』を満喫。当時の宮廷音楽は、おしつけがましさがなくて、聴きながら、当時の踊りや衣装を想像してしまいます。加齢とともに、西洋音楽でもバスティーユのどんちゃん騒ぎの後の音楽(除く、シュトラウス一家など)はうるさくて聴く気がしなくなって、音楽が王侯貴族や教会に奉仕していた時代の方が、なぜかはわかりませんが、耳になじんでしまいます。『管弦楽組曲』では「アリア」が妙にとりだされますが、「序曲」やメヌエット、ガボットなどが楽しく、若い人がJ-POP、母上が演歌を聴くのと大差がないというすちゃらかな楽しみ方。食べ物や衣服のように、クラシックも消費の対象という、すちゃらかな「クラシック好き」には、音楽家が「自己主張」を始めたあたりから、「クラシック音楽」の衰退が始まったような気がします。1789年なんかにどんちゃん騒ぎを止めておいた方が、西洋史にとっても、西洋音楽にとっても、幸福だったんじゃないかななどという「寝言」が頭をよぎります。もちろん、切干大根やカボチャの煮つけを頂きながら、「アリア」にうっとりするといういい加減な、いかれた「外道」の「寝言」ですので、マジレス不要。
posted by Hache at 02:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

2007年03月29日

「善意の怖さ」 摂津・遠江・尾張(下)

 さて、いよいよ「本丸」の尾張名古屋。こちらは、完全に私自身の「一身上の都合」ですが、「善意」の怖さ(バカバカしさ)をしみじみ実感してしまいます。昨日は書き忘れましたが、浜松市は、2007年4月1日をもって政令都市に移行します。浜松に区ができるのかと思うと、立派になったなあと感慨をもつ反面、昔からの地名などがどうなるんだろうと感傷的な気分になってしまいます。浜松が発展してゆくのが嬉しい反面、新しいものをえれば失うものもでてしまう。

 そんな感傷を捨てて、いかれた「外道」にとって人生最大の「危機」へ直面した尾張編へ。 

【尾張編】

 「オフ会」でmitsuさんに金のしゃちほこの話を振られたときに、ちょっと困惑しました。名古屋出身というのに、あれを見たかどうか、記憶が怪しい。実は、3歳ぐらいまでしか名古屋市内にはおりませんでした。印象に残っているのは科学館と熱田神宮のお祭りぐらいなもので、祖母と祖父の思い出以外は、貧弱なものです。母上も、子供のときから路面電車や名鉄を使うのが、当たり前で、名古屋に戻って地下鉄に乗るのが不便だとこぼしていました。出身地であるにもかかわらず、名古屋のことは疎いのです。

 テレビではたまに名古屋弁のドラマ、ネットでも名古屋弁、あるいは尾張弁に関しておもしろおかしく書かれていて、名古屋出身だと言うと、よく尋ねられます。実を申しますと、母方の家系で「にゃあにゃあ」、「みゃあみゃあ」言う人はいなくて(「だぎゃあ」もない)、とても違和感があります。あまりにギャップが激しいので母上に尋ねると、「古い人はそうかもしれないけれど、私ぐらいの世代ではいないわよ」とのこと。母方の実家は、祖父、祖母の死後、もう他人の手に移りましたが(借地権のみで登記上、土地の所有者が誰なのか訳がわからないぐらいややこしいらしい)、熱田神宮から南東の方角で名古屋の典型的な下町です。気どっている様子もなく、方言らしい方言がないので、名古屋弁の話になると、ポカーンとしてしまいます。しかし、成人してから気がついたのですが、コテコテの名古屋人は若い人でもそれに近い言葉をしゃべるので、あたしゃもう投げたね。これは。

 さて、本題。迷った末に、やはり声ぐらいはかけておこうと、母上に「お誕生日おめでとうコール」。プレゼントとなると、悩ましいので、なにもなくてごめんねと言うと、向こうも似合わないものを貰っても困るからと言ってくれて助かりました。それじゃあと電話を切ろうとすると、向こうも「じゃあね」と言って、あっさりしすぎかなと思いつつ、受話器を置こうとしたら、電話の向こうで「ちょっと待って」と叫ぶ声。なんと、叔父様がまだ、紹介したがっているという話でした。一気に気分がブルーに。なんと相手の写真を受け取ってしまったということで、どうしようと悩んでいる様子。「いくら本人に気がないって言ってもきかないのよ。本当に困ったわ。断るしかないんだけど、電話もしにくいし」。母上をもってしてもダメとは、叔父様も頑固になったなあ。うーむ、私の心配をして頂くよりも、歯肉癌の術後だけにリハビリに専念して頂いた方が、こちらが安心するのですが。さすがに、母上にこれはきついかなと思って、沈黙していたら、「自分のことに専念して欲しいんだけど」。まあ、考えることはあまり変わりませんね。調子に乗って「加齢もあるかな」と思わず口にしてまずいと思ったら、「私も人のことをとやかく言えないけれど、それは感じる」。

 母上のことばかり書くので「マザコン」と思っている方も少なくないかもしれませんが、父上はこちらで書いたとおりのお方でして、まあ、ノーテンキ。話がそれますが、「あんなダチョウみたいな顔をしたのが結婚か。笑えるのお」などと全く頼りにならないので、母上だけが頼りであります。そういえば、「あいつの顔はダチョウみたいでおもしろい」と父上が言っていたのを私に漏らした瞬間、母上が「まずいことをしゃべっちゃった」と言っていたので、「『父上に似ている』と言われるのが一番傷つくから安心して」と言ったら、そういえば、最近、似てないわねと言われてホッとします。ダチョウでもガチョウでもいいんですが、父親似というのが幼少時の最大のコンプレックスで、大きくなってからあの顔になるのかと思うと、祖母の死ほどではないのですが、とっても鬱になりました。おかげで乱馬の気もちはとってもよくわかります。

……。寄り道はいい加減にして、「善意」の話に移ります。

 「お父さんはうっちゃっておけと言うんだけど、それで大丈夫かな」と言うので、しばらく沈黙して、次のようなことを考えました。(1)癌の手術などで叔父さんが精神的に弱っていて、ついつい思い込みが激しくなっていること、(2)むげに断ると、相手が「善意」だけにかえって熱くなりかねないこと、(3)回復すると「正気」に戻る可能性が高いことを挙げて(もちろん、こんなに理屈っぽい会話をしているわけではありませんよ。ただ、話を端折っていますが、)、「1ヶ月程度、こちらからはアクションを起こさずに、冷静になるのを待ちましょう」という結論でまとまりました。驚いたことに、「お相手」の写真も、どうやら私に送ることを隠して記念にぐらいの感じで撮ったそうで、ここまでくると、看護婦さん(母上は几帳面に「看護士」と読んでおりましたが)も迷惑千万。身内のことをあまり悪く言うのは憚れますが、露骨に言ってしまうと、「善意」というより、叔父様の「ひとりよがり」という印象でしょうか。なにしろ、入院中、手厚い看護を受けたので、すっかりお気に入りの御様子。しかし、傍目には仕事上、当然のことをされただけなのではないかと映ります。

 母方の家系は、平凡なサラリーマンらしく堅実そのもので、地に足の着かない話をすることはなく、口の悪い父上によると「気が小さい」、「夢がない」と散々です。しかし、万が一のことを考える、あるいは「善意」が通らないことを想定しておく(「杞憂」で終わることも少なくありませんが)というのは、母方の「血」のようです。叔父様も例外ではなく、ふだんは、万事、慎重そのものです。しかるに、この話はいたるところで「善意」が通じない事態をまるで想定しないかのようで、母上と私も「筋が悪い」との評価で一致。自分が弱る(ただし、口以外は健康そのもの)と親族とはいえ、他人に「善意」を施したくなるものらしい。紹介する相手が自分の甥で、なにかで揉めたときにちょっとしたことでもとても嫌な思いをするリスクを忘れてしまっている様子でした。このあたりは、私も気をつけなくてはと思いました。

 それにしても、母上が私の意を汲んで立ち回っているからよいものの、そうじゃなかったら……。気が重くて、気が重くて。

はっ!


気が重い。気が重い。気が重い。気が重い。気が重い。重い気。







獅子咆哮弾!!


などとなりかねないわけでして、笑い話で済んでいる現状は、平和そのものです。


 それにしても、母上に浜松の旧友のことを話すと、「最近、小中学校の先生でノイローゼが多いって本当?」と聞かれて、ちとびっくり。金融システム不安が治まるまでは金融関係者が目立っていたようですが、3、4年ぐらい前に心療内科の先生が「学校の先生にだけはなるもんじゃないですな。医者もつらいけどね」と笑うところなのか悩ましいことを漏らしておりましたな。それにしても、母上は、小泉前総理の評価も激烈に辛かったのですが、安倍総理となると、もう書けないぐらい、手厳しい。要は、郵政民営化(小泉前総理)、憲法改正、教育基本法改正(安倍総理)で私の生活に何のメリットがあるのということにつきます。まあ、良くも悪くも、リアリストというより、生活実感で動くタイプで政党への「ブランドロイヤリティ」はゼロに近く、イデオロギーは失礼ながら両親ともに高卒でまったく興味がなく、ただ皇室を敬愛する平凡なサラリーマン家庭なので、小泉政権も安倍政権も、「ご利益」を感じないから不支持のようです。私自身もそのような家庭環境で育ちましたので、「寝言」や屁理屈をこねますが、同様の感覚は根底にあるようです。

 私からすると、安倍総理は想像以上に善意の方。総理になられる前に、軽い個人的な経験があるので、安倍総理には「情」の部分で思うところはあります。自民党自体はどうかなと思いますが、安倍総理は身近な人やネット、マスメディアの世論調査などで評判が悪かろうと、支持。難しいところではありますが、巧拙の点で疑問は残りますが、拉致ではまずブレないでしょう。政権発足当初は、これで「戦後」が終わるかもしれないと期待しておりましたが、現在の期待値は、「普通のことを力まずに普通にやっていただければ、それで十分」というところでしょうか。

 私が神経質すぎるのかもしれませんが、安倍総理の善意が強すぎて、全体としては力みすぎのままで半年がすぎてしまった印象があります。安倍総理が善意を抑えるというのも、現実的な話ではないのですが。私みたいな碌でもない薄情かつ善意のかけらもないデブからすると、デブが痩せるのも大変ではありますが、食べても太れない人に太れというのははるかに難しい。なるようにしかならないのでしょうけれど、なるようにはなるので、普通のことをとにかく力まずにやっていただければと思います。塩野七生さんなら、鼻で笑われてしまいそうですが、物事の軽重判断を適切に行い、自分の意図から行われるアクションが他人にどのようなインセンティブを与えるのかを冷徹に判断して持続的に実行することは、難しいものです。安倍総理の善意が、普通のことを普通に持続する意思をもって行う形で発露される環境に至るまでまだまだ時間がかかるとしみじみ実感いたします。

 「続き」は恥ずかしいので、如何様にも突っ込まれることを覚悟しております。おひまなかたは、くりっくしてくらはい。

【おしらせ】

 さくらのブログが動作不安定な状態のようです。幸い、火曜の晩から水曜にかけてはTBが皆無です。単にスルーされているのか、対策が効いているのか、わかりませんが、管理画面がやや重いのを除くと(移行当初は驚くほど動作がスムーズでした)、正常です。ただし、私自身がコメントを投稿しようとしたら、Proxy Errorがでましたので、さくらインターネットがサーバのセキュリティをガチガチにしているかもしれません。とくに、大御所(・・・みたいな。様)におかれましては、こちらあたりを送信していただきますると、幸いです(だったら、あちらにコメントしろと突っ込まれる前に自爆しておきます)。

 なお、デザインをいじってみました。トップページは、最新記事のみを表示するようにして、どの記事が読まれているかを確認したいという、やってみてあまり意味のないことをしております。右サイドバーが鬱陶しいぐらい長いので、新着記事とコメントは5件、TBは3件のみ表示するようにしました。他にも本文のフォントサイズなどもいじっております。「時の最果て」の中の人は気分屋なので、気が変わったら、元に戻すかもしれませんので、ご理解をいただければ、幸いです。もう眠いんで、おやすみなさい。



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posted by Hache at 00:35| Comment(2) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言

2007年03月28日

「善意」の怖さ 摂津・遠江・尾張(上)

 私が善人ではないからでしょうか、「善意」ほど碌でもないものはないと思うことがよくあります。「善意」の怖いところは、「善意」を抱いている人が、自分はよいことをしているという、失礼ながら強い「思い込み」をもっており、「善意」の対象がその考えどおりのインセンティブで動くかどうかということを、控え目にいって軽視している、極端な場合は全く度外視していることです。塩野七生さんのように古代ローマの英雄の言葉を引用するほど劇的な人生を送っているわけではないので、凡庸な日常生活で感じた「善意」の怖さを軽ーく点描風に。

【摂津編】

 7、8年前でしょうか、所用があり大阪で地下鉄に乗っておりました。意外と空いていたので、座席の端に座りました。10分程度なのですが、手持ち無沙汰なので、資料を読むことに。次の駅で停車すると、あっという間に空席が埋まって後から乗ってきた年配のご婦人がドアのそばで立っていました。電車の中で他人をじろじろ見ることはないのですが、風邪なのか、咳をしていて辛そうな御様子。

 私は資料が読めればよいので、席を譲りましょと思いました。ゆっくり体を起こして、他の立っている人が座らないように空けて席の前に立って、ご婦人に目で合図。ホッとしたような表情をされていたので、ご婦人が座るまで席の前に立って、つつっとちょっと離れたドアの方に移動しました。目的の駅に着いたので降りようとすると、「さっきのお兄ちゃん!」と呼ぶ声が。びっくりして振り返ると、席を譲った人が手招きをしているので近づくと、懐からチューイングガムをとりだして拝みながら渡そうとするので、慌てて受け取って、ドアが閉まる寸前に電車を飛び降りました。

 薄情な私らしくないことをした「天罰」でしょうか。ガムを渡す側からすると、感謝の気もちがこもっているのでしょうが、私の方は、座っていても、立っていても大した時間ではないので、立っている苦痛が大きい人に譲っただけで、ガムとはいえモノを貰うというのは、気恥ずかしい思いをしました。私のよけいな「善意」のおかげで、ドアが閉まりかけるところを、分厚い脂肪ではねのけながら電車を降りるという苦痛を味わいました。自業自得とはこのことか。いかれた「外道」がらしくない「善意」などをもつと、神は罰をお与えになるらしい。

……さすがに、大阪でも、このような方は例外なんでしょうけれど。

【遠江編】

 浜松の旧友から電話。どうしたのかなと思ったら、来年度の異動の挨拶。浜松もとくに南北に広くなったものだと感心してしまいました。校舎を建て替えたばかりで、環境は悪くない様子。規模も極めて小さい学校なのでとってもアットホームな雰囲気とのことでした。ただ、生徒指導の話になると、愚痴ばかり。異動前の勤務校で宿題をやってこない生徒を怒鳴りつけた先生が、親御さんの顰蹙をかって教育委員会に通報。経緯は複雑ですが、結果としては「指導力不足」と認定されて研修中とか。「教育再生」とか言っているけど、どうなってるんだと言われて、絶句するしかないですね。

 「まあ、政府が教育委員会の『再生』にも責任をもつようだから」と慰めようとすると、「おい、文科省が信用できるのか?」と言われて絶句。文科省が、まあ、そのお、まあ、アレだというのは、旧友には失礼ですが、地方の学校の先生でも「常識」に属するようで。「君は安倍さん支持だと言っていたけど、どう考えてもよくなるはずがないよ。あと、僕は自民党あたりからすると『左巻き』扱いなんだろうけれど、国旗に敬礼して君が代を歌うのは当たり前。東京や大都市の一部の学校で起きている話を全国の話にするのはなんとかならんのか?」と言われて、これも絶句。(中学時代は一緒にブルーインパルスを見に行ったりしたものでした。浜松基地の周辺の学校は、各種の恩恵を受けているので、「左」の教員もひそかに基地の存在がありがたいらしい)。

 どうしようもないですね。「再生」なんて力まずによけいなことをしてくれなきゃいいって感じでしょうか。これではちょっと悔しいので、「石原−米長コンビが静岡に来たらどうする?」なんてからかったら、さすがに向こうが絶句。ちと、やりすぎか。教育関係者からすれば、あのお二人は東京都でお引取り願いたく候てな感じみたい。

 旧友を弁護しておくと、浜松に帰るたびに飲みにゆくのですが、彼が車を運転してくれて、後の面子がアルコールを煽っている横でおとなしくウーロン茶を飲むのが通例。いける口になんですが、一滴も飲まない。「改革」の連続で滅茶苦茶にされて、挙句の果てに「再生」ときて、それでも「生き残る」のは、やはりちゃんと理由があるようですね。まあ、逆のパターンで生き残る「先生」もいらっしゃるようで、悩みは尽きないようですが。

【おしらせ(再掲)】

 さくらのブログが動作不安定な状態のようです。私の場合、TBを確認するのが面倒なぐらい届くので、誠に申し訳ありませんが、こちらでコメントを頂いたり、御面識を頂いている方を除いて、一括削除しております。悪意ではありませんので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

 ちなみに現時点では、コメント欄は正常に動作していますが、コメントスパムがきた場合には対応を考えます。

 なお、TBスパム、コメントスパムとは無関係ですが、「寝言@時の最果て」は、おちゃらけブログです。非常識な私が申し上げるのは心苦しいのですが、コメントに「遊び心」はかまわないのですが、特定の読者の方々に強い不快感を与えかねない、常識を逸脱するコメントは御容赦頂きたく、特定の個人や団体へのあからさまな誹謗中傷や公序良俗に著しく反する表現などを除いてコメント削除をしない方針(幸い、これまで削除をしたことはありません)ですので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。すちゃらかなサイトゆえ、明確な「ガイドライン」はありませんが、他のブログやブログをご自身で運営されている方ならご自身のブログでおそらく書くことが憚られるようなコメントは、お控え頂きますよう、お願い申し上げます。
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2007年03月27日

「意地の悪い」バッハ

 早目に仕事を切り上げて、家でボーっとほうけたような状態ですね。土日の睡眠不足での連続「稼動」がこたえました。年度末の作業が少しだけ残っていますが、一休みして、集中力が戻ってきたところで、一気に片をつけたいところ。小魚の小骨をとるような作業ですが、こういうのをバカにしていると、いつの間にか指が傷だらけになり、大事になりかねないので(幸い、この種のミスは経験がないのですが)、「そんなの適当でいいじゃない」という周囲の声を無視して、一呼吸。まあ、サボる口実に過ぎませんが。

 部屋が例によってぐちゃぐちゃなので整理をしていると、年末に買ったJ.S.バッハ『ブランデンブルグ協奏曲』(La Petite Bande, Leitung/Direction: Sigiswald Kuijken)がでてきて、われながら、「またまたベタなモノを」と苦笑してしまいました。よく考えると、ホッとするにはちょうどいいなと思ってCDプレーヤーにかけたら、気もちいいですねえ。ところが、第1番のアダージョで「えっ」と絶句。基本的に粗忽者ですので、これまでうっかり聞き逃していただけかもしれませんが、ベートーヴェン以降の私みたいなど素人からすると「技巧的」な音楽(小林老師の表現を拝借すると「音楽に言葉が入ってきた」)ですら表現できない複雑な「表情」を垣間見て、ギョッとしてしまいました。クイケンの指揮なので、古楽、あるいはピリオド楽器による演奏ではあるのですが、そんなことすらどうでもよく、この深刻さはなんだろうと考え込んでいる間に、フーガがきて幸せな気分に。

 バッハは、歳をとるまで封印しておこうと子供時代に決めた覚えがあります。なぜかは自分でもよくわかない。気がついたら、20代後半で「封印」を解いてしまって、『ブランデンブルグ協奏曲』が好きなどというと、クラシック好きには「健康的でいいね」と半ばバカにしたような反応が帰ってくるので、まあ、そんなものかなと。それにしても、作曲家が楽譜に音符として音を固定する以前に、彼らの耳に響いているであろう音を思い浮かべる能力が欠如している私には、あのアダージョは難しすぎる。

 誤解のないように申し上げておきますが、バッハのほかの曲や他の作曲家の曲がわかりやすいわけではありませんよ。だいたい、「作曲家が楽譜に音符として音を固定する以前に、彼らの耳に響いているであろう音」なんて本人に聞いても、忘れているのかもしれない。それにしても、あのアダージョはなんなんだ。最初が恭しく始まって、ちょっと居ずまいを正したところに、あのアダージョ。当たり前すぎますが、弦楽器がかきむしるような、管楽器が咆哮するような箇所は、ここに限らず、皆無。他方で、弦楽器がむせび泣き、管楽器が海鳴りのように響くというのでもない。考えすぎなんでしょうが、あの響きは複雑すぎる。バッハの謹厳な眼がちょっと意地悪な目つきになっているような気がする。「あなた、これわかる?」と難問をぽーんと放り出されて、困惑しているような気分。要は「歌心」がピンとこないまま、突然、別世界に放り出されたような感覚でしょうか。2番以降、優雅な響きの連続で幸せなんですが。

 あなたは冷静で客観的な判断ができる、偏りのない知性を持った人です。長い人生の中で自分が経験したことや、他の人から学んだ教訓などを総合的にまとめ上げ、一つの流れとしてとらえられる、達観の持ち主でもあります。そのため、突然身の回りでハプニングが起こっても、あなたはいつも平常心で対応し、最も適切な手段で解決してしまうでしょう。当然、多くの人から相談を持ちかけられているはずです。また、自分の人生経験のエッセンスを多くの人に伝えたいという欲求があるので、自伝やマニュアル本を書きたいと思っているかもしれません。いずれにしても、毎日をスマートに生きるための要領の良さには自信があるので、気持ちもおおらかで落ち着いているでしょう。

 まあ、こんな風に誉められれば、悪い気はしませんが、相談だの他人に伝えたいことだの面倒なことはかかわりあいたくないですな。私の人生は私の歩み、あなたの人生はあなたの歩みという薄情な私には、私自身のことで頭が一杯で他人の人生などわかろうはずもない。『ブランデンブルグ協奏曲』のようにベタな曲を聴きながら、頭を悩ませてしまう程度の人間にわかろうはずがない。真剣に「自分探し」をされている方には間違っても口にはできませんが、「自分」なんて死んでからわかる。自分が「自分」でなくならない限り、すなわち死なない限り、わかるはずもない。死んでからわかるものが生きているうちにわかるわけがない。私みたいにどうでもいい人間だと、死んでからみんなが忘れるでしょうから、未来永劫わからない。死人に口無し。「自分探し」をやっているわけではないのですが、書いていると、ふと「わかる」わけではないですが、「気づく」ことはありますね。実生活では間違っても口にしませんが。

 どうやら、私は自分で思っていたよりもはるかに薄情な人間らしい。とっくに周囲は気づいているのかもしれないけれど。それを隠そうともしないというのは、どうもよろしくないという気がしますね。バッハの「意地悪」のせいか、「達観」というより、あまりに鈍感になってしまった「私」に私が驚いてしまいます。もっと実生活で口を割れないのが、こんなどうでもいい「寝言」を書いている私はとてつもなく幸せだということではありますが。やはり、不幸せそうなふりを真剣にやろう。うん。
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2007年03月26日

休日返上の「見返り」

 土日がはちゃめちゃな状態だったので、テレビはもちろん、新聞も読めませんでした。ネットで新聞でも読めばよいのですが、どこの社もトップページがごちゃごちゃしていて読みづらい。こういうときは、伊藤洋一さんのHPが便利でありまして、私が「特訓」を終えて帰ってくる頃には、安藤美姫対浅田真央の戦い(2007年3月25日)があったことを知りました(あ、母上の誕生日でした。最近、素直に「おめでとう」コールをすると、「忘れたいのに余計なことを思い出させて」と逆切れされるので怖くてかけられません)。伊藤さんのHPは便利でありまして、あそこに書いてあることをしゃべっただけで、物知りだと思われる。

 ここで要注意なのは、勘違いをされると困るので、わざとじゃないですが、ボロを出して評判を下げておく。過大評価が危険でありまして、実際にはごく稀にしか起きないのですが、これはすぐに火を消しておく。過小評価をしているのを見ると、「ほお」と思いながら、知らぬ顔。たまに「成果」らしきものがでて、「なんであんなやつが…」という評価がでると、「運ですよ、運」と言えば、「まあ、そうだな」という話であっという間に評判が下がる。

 子供のときにシェイクスピアの作品でも『オセロ』が好きで(細かい筋は忘れましたが)、「嫉妬」という劣情は自分を破滅に追い込む怖いものだという感覚があります。ただ、「嫉妬」の対象になる側も巻き添えを食らうことが多いので、その対象にならないよう、常にアンテナを張っている感覚があります。命の賢者様がいらっしゃれば、「あのデブが『嫉妬の対象』となるわけがあるまいに」と言われてしまいそうですが、そう言われれば、同意しますねえ。人間というのは、実に下らないことで劣情を催すところがあって、私みたいな碌でもない者にも、劣情を催す方がいたりまします。バカバカしいのですが、やはり火のないところには煙は立たないので、ばしゃっと水をかけておしまい。私のことをどうでもいいと思っている方ほど貴重な方はいないので、「味方」よりも、こちらを大切にしてしまいます。言ってみれば、「不燃材」みたいなものでして、ついつい粗略してしまいがちですが、いざというときに「不燃材」であるだけで本当に助かります。うっかり、粗略にしていると、「燃料」になりかねませんからね。

 話がずいぶんそれてしまいましたが、伊藤さんの記事の「(追記)」がおもしろい。「美しい心を持って、人としても美しく輝きたい」というのはまさに王道。だからといって、結果が出るとは限らないものですが、今回の大会では結果が出ています。難しいのは、結果いかんにかかわらず、持続すること。安藤さんには、いっそ、一生、持続して頂いて、「三大ブ○の名産地」で他の都市がコロコロ変わるのに、尾張名古屋だけは外れることがない「汚名」を返上していただきたいですな(うっかりしておりました。浅田さんも「同郷」でしたね)。もっとも、実家に帰るときに、地下鉄に乗ると、ホッとする。やっぱり、名古屋は、どんなに立派なビルがたっても、いつまでたっても、田舎臭い。とくに、女性を見ると……。「男は顔じゃない」と私のように恵まれない人を励ますこともできますが、女性にさすがにこれは……。これ以上書くと、「嫉妬」どころか、どこかで刺されそうな気がしますので、おしまい(ありゃま、もっと「まじめな」ことを書くはずだったのに…)。

【おしらせ】

 さくらのブログが動作不安定な状態のようです。私の場合、TBを確認するのが面倒なぐらい届くので、誠に申し訳ありませんが、こちらでコメントを頂いたり、御面識を頂いている方を除いて、一括削除しております。悪意ではありませんので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

 ちなみに現時点では、コメント欄は正常に動作していますが、コメントスパムがきた場合には対応を考えます。
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2007年03月25日

過眠症

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:ふわあ。あのデブのブログなど碌でもないものを読みすぎたかのお。眠たくてしょうがない。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:あのデブも、アップダウンが激しいのお、ふわあ。下○(お約束で恐縮ですが、伏字にしても意味がないのですが、少しでも不快感がやわらげればと存じます:書記係)でひいひい言っておったかと思えば、なんじゃ、偉い人に会って、男同士で酒を飲んで幸せとは、本当に単純な男じゃ、ふわあ。
ハッシュ:おぬし、大丈夫か?
ボッシュ:ジパングには「花粉症」というのがあるんじゃが、ふわあ。ここにくると、「過眠症」にでもなりそうじゃ、ふわあ。
ハッシュ:……。そういえいば、あのデブは、本当に幸せそうじゃったぞ。おぬしに念を送るぞ。
ボッシュ:ほお、あのデブのお話し相手が、ふわあ、ガルディアでいえば、貴族みたいじゃ、ふわあ。ジパングにも階級が、ふわあ、あるようじゃな、ふわあ。あのデブは、ふわあ、その日暮らしの、ふわあ、まあ、デブじゃが、ふわあ、下流のようじゃな、ふわあ。
ハッシュ:……。ふわあ、ワシもつられてきたのお。ふわあ、あのデブはこんなことを書いて慌てて削除しておったのお。
ボッシュ:どれどれ、とまあ、いっそパネル展示を、ふわあ、なくしてしまった方がよいかもしれないと「暴論」の一つも書きたくなりますが、ふわあ、総理が秋の例大祭に参拝されても、ふわあ、まあ、訂正が入って国内で騒ぎたい人が騒ぎ出して国際「問題」に再び発展させようとするであろうときに、ふわあ、少しでもダメージが軽くなるのなら、なにもしないよりははるかによいと思います、ふわあ。もちろん、対外的な配慮から今回の修正が、ふわあ、なされているわけではないのでしょうが、ふわあ、結果的に国内の騒ぎに海外のメディアが、ふわあ、便乗して騒ぐときに、ふわあ、あまりに事実とかけ離れた記述が残っているようでは、ふわあ。なにを書いていたのか、ワシにはさっぱりじゃ、ふわあ。要は、あのデブが泣けるような話を書けということかのお、ふわあ。
ハッシュ:ふわあ、ワシにはようわからんのじゃが、神社に祀られている方たちは神様で、それを右が利用したり、左が穢そうとするのが気にくわないようじゃ。ふわあ、あのデブは方向音痴ゆえ、右と左の区別がつかぬのかもしれぬ。
ボッシュ:あのデブは、おバカさんゆえ、ふわあ、上下で動くべきところを左右で動いているのかもしれぬぞ、ふわあ。「寝言@時の最果て」などという、ふわあ、碌でもないものを読んでいると、ふわあ、本当にどうでもいいことばかりでのお、ふわあ、こちらまで頭が悪くなりそうじゃ、ふわあ。それにしても、ふわあ、ワシはもう限界じゃ、ふわあ。帰らないと、ふわあ、このまま、寝てしまいそうじゃ、ふわあ。そろそろ、さらばじゃ、ふわあ。
ハッシュ:ふわあ、また、おいで。

 ふわあ、訳のわからない話が時の最果てから届いて、私まで眠たくなりました、ふわあ。ふわあ、私は眠くて眠くて……雪斎先生のようにバ○にマ○レ○する気力もなく、ふわあ。ふわあ、今週は、後半にきて激烈にに睡眠不足で、ふわあ、知能指数がゼロを通り越してマイナスになりつつあるような、ふわあ。ふわあ、私も限界ですので、そろそろ、おやすみなさい。

2007年03月24日

私にとっての靖国神社(下)

 土日が激烈に忙しいので、土曜日分を掲載しちゃいます。投稿日時は、「ロンダリング」させて頂きます。靖国神社へのご信仰が厚い方は、本文を読まれると、激烈に腹が立つと思いますので、「続き」をクリックなさらないことをお勧めします。また、靖国神社がけしからんと思っている方も、やはり激烈に腹が立つと思いますので、やはり「続き」をクリックなさらないことをお勧めします。どうでもいいという方は、途中で眠たくなると思いますので、寝る前にクリックされることをお勧めします。いずれにせよ、「挑発的」な記事ですので、気分を害したくない方はクリックなさらないことをお勧めします。

 ブツができて、あとは特訓あるのみ。





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posted by Hache at 07:36| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめな?寝言

2007年03月23日

親米「ポチ」とイラク情勢を論ずる心得

 なんだか、カウンターがぶっ壊れているようですね。タグを入れ替えて再構築しても、ダメ。忍者ツールの方が停止しているようです。まあ、どうでもいいか。靖国の話の前にふと雪斎先生記事を拝見していたら、例によって「ポチ」とか呼んでいる方がいるのかなと思いました。これは、謝罪モノでしょう。とここまで書いて、「もう展開読めてるよ」とこの記事を御覧になっている方が呟く姿が目に浮かぶ私は、やはり自意識過剰なんでしょうか。ベタな展開とはいえ、やはり書かずにはいられません。









謝れ!









謝れ!










ポチに謝れ!!(←要AA)

 そういえば、イギリスに滞在していたときに、オックスフォードで昔、ボスがお世話になった方のお家を尋ねたことがありました。オックスフォードの先生はお留守で、なにやら、ボスと奥さんが話し込んでいるんですが、英語のレベルが高すぎてさっぱり。で、ボスが申し訳なさそうに「犬を散歩に連れて行ってくれないかなあ」。これにはさすがの私も絶句。いやあ、ここの土地勘ゼロだしぃ、犬の散歩なんてしたことないしぃ。母上が戌年のくせに犬が大の苦手で犬を飼ったことがないので、大丈夫かなあ。「悪いんだけど、犬の散歩の時間ででかけるそうだから、君が連れて行ってくれると助かるんだよ。躾はバッチリだから、安心して」。しょうがないわねと思い、犬を預かろうとすると、イギリス人の奥さんがひたすら申し訳なさそうにしていて、ボスが勝手に私に押し付けたわねと思いつつ、連れ出すと、本当に楽な犬でびっくりしました。

 子供のときに母上が犬を飼っている家の前に来ると、私を犬のそばに寄せて逃げてゆくのを思い出します。なぜか、子供のときには番犬には吠えられたことがなく、母上が通るとなぜかワンワン吠えるので、どうしてだろうと。預かったワンちゃんは、ポチどころかドーベルマンに近い大きさでしたけど、本当に従順でよく見ると道も単調なので迷う心配もなく、30分ぐらい散歩を楽しんで帰ってきました。英語でなんていうのかわからないので日本語で「お手」と言って手を差し出したら、「クーン」とかいいながら、甘えてくるので、かわいいものです。えへへ、イギリスの犬も飼いならしちゃった(ブルドッグじゃなかったのが、ちと残念)。まあ、ボス曰くは、「あの奥さんの躾が行き届いていてねえ。どうしてうちの犬は……」ってな愚痴になっちゃうんですけどね。それにしても、どう考えても、「非道」先生が「クーン」なんて私に甘える姿は想像できない(したくもない)。

……やっぱりポチがかわいそうだよ(しつこい)。

 余談ついでに、イラク情勢ですが、どうもこの数ヶ月でアメリカの識者の中でコンセンサスとまではゆかないけれども、だいぶ変わってきているようです。相対的に慎重な人でも留保を一杯つけた上で「希望の光がないわけではない」とのこと。先日、書き忘れたので、寄り道いたしますが、岡崎先生の凄みは、単に英米系のメディアを中心に情報を集めているだけでなく、発言した人、記事を書いたジャーナリスト、専門家などのバックグラウンドから調べ上げて、私みたいなど素人にもわかるように説明してくださるあたりですね。所長の説明によると、民主党系の軍事アナリストでイラク戦争にも慎重だった人の意見です。おもしろいのは、「イラク戦争の評価とか日本のマスメディアは好きだけど、戦争の評価なんて難しいよ。たぶんだけど、戦争をやってフセインを倒して占領統治をやって漸く自分たちがなにをしているかがわかってきたというところじゃないかな」と飄々と語られるあたり。そういえば、『サンプロ』だったかな、開戦直前の番組で田原さんが「大量破壊兵器の話ですが」と話を振ると、岡崎先生が、「ああ、口実ね」ってしれっとおっしゃるので怖かったなあ。田原さんは、思わずニヤリとしていて「本音」を引き出したと思ったんでしょうけど、その後の「戦争目的なんて一貫している方が珍しいですよ。戦前の日本を見たってあっちいったりこっちいったり」という趣旨の発言が重要だというのはわからないだろうなあ。

 おおっと、「門前の小僧の『弟子』(自称)」が大使の言葉を切り貼りして自分の言いたいことを言ってはいけませんね。あくまで、「寝言」として読み流して頂ければ、幸いです。まあ、戦争なんて理屈の上では意図−手段−結果の因果が明確であるべきなんでしょうけど、現実は理屈で動いてませんから。別にヒトのやる、他のことと大差がありません。だから、いつまでも『孫子』が読まれる。マキアヴェッリも忘れられない。

 どんどん、話がぶっ飛んでいますが、以下は、私の勝手な解釈ですが、「バグダードからエルサレムへ」という戦略論はあったけれども、いざ中東に手を突っ込んだら、これは大変だと漸くわかってきた。中東を安定化させるためにはイラクを安定した国家にするしかないのですが、なにせ時間がかかる。金もかかる。しかし、即時撤退にせよ、段階的撤退にせよ、イラク戦争の後では中東全域が反米の震源地になりかねない。露骨に言っちゃうと、中東和平というのはきれいごとで、中東をアメリカが平定するよりしょうがない。イランもありますしね。もちろん、アメリカの世論がどうでるかはわかりません。世論の支持がなければ、向こうの識者の意見といえども通りませんから。もちろん、向こうの識者の意見は、私のように乱暴ではないですけどね。ただ、当初、騎虎の勢だったのが、段々と重苦しくなり、中間選挙をへて、「やれ段階的撤退だ、やれ増派だ」と騒いでいるうちに、胆を固めるしかないってなる可能性があるということです。もちろん、可能性でしかありません。

 靖国の話が……。この展開はいったい……。まあ、それ相応に重たい話ではあるので、気分が軽くなったときにでも。
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2007年03月22日

私にとっての靖国神社(上)

 私が靖国神社に参りましたのは、いまから12年ほど前、25歳前後の頃です。当時は、定期的に九段南の資料室で朝から晩まで資料(主として英文の通信事情)を漁っては複写したり、検索し、帰宅してから資料を読んでノートをつくるのが日課でした。昼食はどうしても外食になり、慣れてくると、資料室から離れたところで摂ったりしておりました。作業自体は細かいですし、デスクワークで肩が重くなったりするので、昼食を摂った後、軽く周辺を歩いておりました。ふと、森のように樹木が豊かで心が和みそうな公園(と当時は見えました)があるので、気がついたら、靖国神社だったという、ほんとにいい加減かつ鈍感だわね、という体験をしました。ちなみに、その頃はほとんど街宣車もなく、とても落ち着いた雰囲気でした。

 中に入ると、ベンチがあり、灰皿も整備されていて、ちょっと一服。中をぶらぶらしていると、鳥居が見えて、ありゃま、ここは神社だったのと驚いてしまいました(どうやら南門から入っていたようです)。さらに碑があって神社といっても、普通の神社ではないことに初めて気がつきました。記憶が不正確ですが(水曜日に確かめておけばよかったのですが)、連隊名や第○期生一同」(このあたりは本当に申し訳ありません。まったく不正確だと思います)が書かれていて、もう一度、鳥居に戻って確認すると、靖国神社でした。「えっ!これが靖国?」というほどカルチャーショックでした。若いアベックが仲良く歩いていたり、ごく普通の年配の方が心地よさそうに散歩していて、私の「先入観」がいかに8月15日にテレビで流される街宣車がうるさい靖国神社というイメージで凝り固まっていたことに気がつきました。

 神社にくれば、いつもならお賽銭を投げるのですが、靖国神社だと玉串料を納めないとダメかなと思ったり、中曽根元総理はモーニングだったかなとよけいなことばかり考えてしまいます。なんとなく、私みたいな市井の人には参拝は似あわないなあと思って、そのときは神社をあとにして、作業に戻りました。その日以来、昼食のついでに靖国神社に行くのが習慣になって、ある日ですけれども、拝殿のあたりまでゆくと、ごく普通に神社でお賽銭を入れてお祈りする人たちをみかけて、これでもいいのかなと思って、おそるおそる「参拝」。初詣とかですと、「健康で商売が繁盛しますように」とお祈りするのですが、このときばかりは「安らかにお眠りください」とお祈りをしました。「招魂」という趣旨からすると邪道だと思うのですが、先の大戦で亡くなった方たちを慰霊する気もちが強かったと思います。これは今でも、変わりません。

 九段にゆく機会がなくなって、靖国神社を再び訪れたのは、数年後でした。正確な時期は覚えていないのですが、小泉政権以前で総理の靖国参拝がどうのこうのという話があまりなかった時期だと思います。このときは、慰霊、すなわちこの国を守ってくださったことに感謝しながら、この国を見守ってくださいとナイーブなお祈りをした後、なにげなく遊就館に足を向けました。深い理由があったわけではないのですが、偶然、みたままつりのときで、貴乃花や著名人の方が「献灯」していました(遺憾なことに昼間だったので「光の祭典」を楽しめなかったのですが)。不謹慎かもしれませんが、お祭りの雰囲気を味わって境内を歩いているうちに、遊就館に来て零戦を見て思わず興奮。中はどんな展示があるんだろうと思って入館しようとすると、けっこう高いので、ちょっと躊躇いましたが、せっかくだしと思い、中に入ってみました。幕末から維新にかけての展示を見ながら、ちょっと胸が躍ったり、日清・日露戦争、とくに日露戦争の頃の展示は、じっくりと見てしまいました。橘少佐の壮絶な活躍などは、やはり胸を打つものがあります。しかるに、満州事変、支那事変あたりから、展示の説明がつらくなってきて、説明はスルーして展示物に目がゆくようになりました。映画も見たかったのですが、意外と疲労してしまって、一通り展示を見て帰りました。

 このときは、岡崎先生が指摘した展示説明を読んでおりませんでした。だから、昨年、岡崎先生の「遊就館から未熟な反米史観を廃せ」が『産経』の「正論」に掲載されたとときには本当に驚きました。当時、「勝者の論理 phlegm and truthfulness」という文章を書きました。今、読み返してみると、外交問題や政治問題にひきずられていて、私の「感情論」をずいぶん抑えているなあと思います。火曜日にも書いたように、感情論を丸出しにすれば、ルーズベルトの不況克服の一環で追いつめられた日本がやむなく立ち上がったというのでは、あの戦争はとても空しく感じます。もちろん、真実に向き合う姿勢がないことも問題なのですが、私の靖国神社への思いは、慰霊の場であり、展示をするなら、敵の武勇や愛国的な行為を冷静に称えながら、わが軍が敢闘したことを情緒を交えて叙事詩を書いていただければ、私にとっては、もっとも納得のゆく話でした。

 ずいぶん長くなってしまいました。水曜日の参拝と遊就館の見学は、展示物の修正を確認する以上の意義がありました。見学されている、ごく普通の方たちがもらしている言葉が靖国神社を参拝する意義を教えてくださいました。このあたりは、次の機会に譲ります。
posted by Hache at 05:41| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言