2007年04月30日

同盟の双務性 『第一次世界大戦と日本海軍』再び

 先週は、日米首脳会談が行われました。マスメディアだけでなく、ネットでの記事も斜め読みしておりますが、エネルギー安全保障や環境問題、拉致問題などに関する報道が多く、中には、「ジョージ、シンゾウ」というパフォーマンスも話題になっているようです。また、慰安婦問題もとりあげられています。これらの「論点」は、私も大切だと思います。しかし、いかれた「外道」には、儀礼やパフォーマンスなどが揶揄をこめて語られる中で、安倍総理が小泉後の日米関係をひとまず継承することに成果を収めたという点を評価しております。こちらで(コメント欄の11番目あたりです)、「小泉首相が退陣することで小泉−ブッシュ関係は終焉します。現在、日米関係は良好です。しかし、首脳間の個人的な関係があまりに大きい印象があります」とあまりに当たり前のことを書きました。これを書いた当時は、当たり前すぎて恥ずかしかったのですが、今回は当たり前のことをすぐに忘れてしまう方がほとんどだと気がついてびっくりしました。今回の訪米は、正直の申しますと、慰安婦問題ではひやりといたしました。小泉−ブッシュ関係を「相続」するに至ったのかは、ど素人の手に余りますが、概ね、日米関係の根幹に変化がないことを演出したという点で、歓迎しております。ただ、細かい準備のために事務方は疲労困憊のご様子。早く、回復されることを願っております。

 誰がやっても、この程度の「成果」なら収めるだろうという批判はあるでしょう。他方で、『日経』(2007年4月26日 第14版)は、「集団的自衛権 新たな憲法解釈検討」という見出しで、集団的自衛権に関する有識者懇談会を設置し、5月18日に初会合を開き、秋を目途に4類型を中心とした報告書をまとめる見通しであると報じております。このあたりは、報道だけでなく、ネットでも議論されています。「結論ありき」ということは、これに好意的な方も、批判的な方も指摘されていて、特に異論はありません。私が注目しているのは、同記事の「首相は有識者懇談会が行使の一部容認を打ち出した場合に、憲法解釈の変更で迅速に対応できるよう内閣法制局に指示したものとみられる」という記述です。例によって、曖昧な表現ですが、有識者懇談会の設置自体も大切ですが、有識者懇談会での議論が内閣法制局の解釈に反映されなければ、意味がありません。この記事の内容を信用するならば、安倍総理は、掛け声だけでなく、実際に集団的自衛権の政府解釈をまともなものにする決意だけでなく、実際の手はずまで進めていると思います。

 もちろん、有識者懇談会の議論が、解釈変更や日米同盟の基本政策にストレートに反映される保障はどこにもありません。私は、集団的自衛権の問題をクリアーし、そこからさらに日米同盟の双務性を高めることが、オブラートに包めば極東の平和、露骨にいえば、日本の利益になると考えております。当然ではありますが、同盟の双務性を高めれば、同盟関係から生じる様々な費用、リスクをシェアする必要があるでしょう。それが、日本の安全にとってみあうものなのかについては、より説得的な議論が必要だと思います。しかるに、このブログは『寝言@時の最果て』であります。この問題を「寝言」アプローチで考えてみましょうというわけです。

 2006年の5月23日から「『第一次世界大戦と日本海軍』メモ」という「シリーズ」を散発的にではありますが、連載したことがあります。その準備として「日英同盟の形成にみる偶然と必然」という、本体以上に長い準備作業用のメモを書いたこともあります。平間洋一先生の『第一次世界大戦と日本海軍』メモは、7回で中断してしまいました。第一次世界大戦前後の国際情勢や当時の戦争にあまりに無知なことに気がついたからです。中断して以降も、ぽつぽつと資料を集めておりますが、どうも作業が進みません。第一次世界大戦前には、日英同盟は攻守同盟へ発展していました。日英同盟が、極めて限定的とはいえ、攻守同盟としての役割を果たしたのにもかかわらず、1921年の四ヶ国条約によって廃棄されてしまいました。他方で、英国が欧州大戦での日本への軍事的「貢献」を求めたことに対する当時の世論の反応は興味深く感じます。勉強不足の点が多いのですが、再び、このメモを週に1回程度でしょうが、更新して、同盟の本質とまではゆかなくても、双務性の高い同盟特有の困難さについて考えてまいりたいと思います。

 以下は、過去に掲載した「寝言」一覧です。ここで、まとめておくのが、記事を書く上で便利なので、整理しておきます。それにしても、「テロ」や「台湾海峡」と「妨害」をうけて、首領様が「ミサイル発射」で「とどめ」をさしてくださったのだと実感いたします。

【『第一次世界大戦と日本海軍』】

(1) 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ1
(2) 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ2
(3) 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ3
(4) 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ4 ナイーブなアメリカ
(5) 伊吹の武士道と矢矧砲撃事件 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ5
(6) 南洋群島の占領 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ6
(7) イギリスの錯誤 オーストラリアの強欲 『第一次世界大戦と日本海軍』メモ7

【日英同盟の形成にみる偶然と必然】

(1) 日英同盟の形成にみる偶然と必然
(2) 日英同盟の形成にみる偶然と必然(2)
(3) 日英同盟の形成にみる偶然と必然(3)
(4) 日英同盟の形成にみる偶然と必然(4)
(5) 日英同盟の形成にみる偶然と必然(5)
(6) 日英同盟の形成にみる偶然と必然(6)
(7) 自国を信じるということ 日英同盟の形成にみる偶然と必然(7)
(8) 日英同盟の形成にみる偶然と必然 まとめ

2007年04月29日

生活再建宣言

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:それにしても、この御仁はいつも立ったまま、寝ておる。横になって寝ているところを見たことがないのお。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:おぬし、たまには横になって寝ることはないのか?
ハッシュ:…。考えたこともなかったわい。ご覧の通り、ここはがらんとしていてなにもないゆえ、杖だけが頼りなんじゃ。もちろん、横になることができないわけではないんだが、ジパングのゲームでは立ったまま、時の賢者はいつも居眠りをしておる。モデルであるワシが横になるわけにはゆくまい?
ボッシュ:おぬし、妙なところで律儀じゃな。
ハッシュ:律儀というのはちと違う気がするが。ワシの歳になると、気軽に寝れれば十分ではあるし、たいていは居眠りぐらいしかすることがないからじゃ。
ボッシュ:ジパングの人たちを見ていると、かわいそうじゃな。ゴールデンウィークとかいって長い休みだというのに、たいていはわざわざ人が混んでいるところにでかけて疲れて帰ってくるようじゃ。
ハッシュ:おぬしはどうするんじゃ?
ボッシュ:ワシの店も交代で休みをとることにしておる。ワシは、他人がでかけるときに出かける必要もないゆえ、関係がない。最近は、ちと忙しかったからのお。次の一週間は予定も少ない。おぬしには到底およばぬが、ゆっくり休む予定じゃ。昨日は、結婚式の二次会の予定があったゆえ、ワシも疲れてしまった。おかげで、今月も売上増じゃがな。
ハッシュ:そういえば、あのデブも、寝るところだけはワシの名代らしくなったなあ。机の前に変てこな記号が並んだ紙を目の前にしてなにやら夜中に読んでおったが、カーテンから光が指す頃になって椅子に座ったまま、上を仰いで眠っておったわ。
ボッシュ:惜しいことをしたものじゃ。そのまま、目が覚めなかったら、幸せな人生の終わりだったろうに。デブだけに立ったまま、眠るのはきついだろうから、椅子ぐらいがピッタリじゃな。
ハッシュ:…。
ボッシュ:…ちと言い過ぎたのお。仕事もいいが、机の前で寝ていたのでは疲れがとれまい。ゆっくり休むことじゃな。
ハッシュ:…。おぬしが珍しいことを言うと、あのデブに雷が落ちるやもしれぬ。無理に情けをかけないことに越したことはない。
ボッシュ:おお、それこそ、まさに天罰じゃな。まあ、しかし、デブゆえ、水分が普通の人より少ないだろうから、電気も通りにくかろうに。はあ、どうでもよくなってきた。バカバカしいから、帰るね。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。

 雷は怖いです。さすがに「直撃」は心配していないのですが、パソコンのデータがすべて飛んでしまうと、金銭的に表示できないほどのダメージ。言いにくいのですが、このブログのログがとぶのは、残念といえば残念ですが、仕事のデータが消えてしまうと、考えるだけでゾッとしてしまいます。

 土曜日から、ブログの管理画面にアクセスできなかったり、開くまで以上に時間がかかる状態が続いております。つながるときは、普通だったりするので、訳がわからない状態です。ちなみに、コメント欄に私が投稿しようとすると、"proxy error"が表示される始末。この「寝言」は土曜日の夜に書きましたが、日曜の早朝にアップしようとしても、ダメ。サーバそのものは正常に動作しております。ブログはサポート対象外で、原因は不明です。今週以降、不規則更新になるかもしれません。

 大学時代から連休中にでかけることがなくなりました。人は混むは、旅館やホテルがぼっ○くり料金を設定するは、海外も運賃が高い。仕事がら、他人様がお休みのときに本業で稼いでおかないと、ふだんはルーティンで自分の時間をつくるのが大変なので、まとめて仕事をするチャンス。なんとなく、今週は体調・気力とも回復傾向ですので、一点に絞ってひたすらお仕事。集中力が肝なので、携帯の電源はオフ、固定の回線はカットした状態で一週間を過ごす予定です。

 それにしても、立ち寝はさすがに。時の賢者様の域にはとうていおよぶものではありません。しかし、計算の途中で寝てしまうとは不覚。夢の中で結果がでて、すごく感動したのですが、目が覚めたら…という情けない生活をしているので、仕事ともに生活再建というところでしょうか。日曜日は久々にみっちり2時間ほど歩いてジムへ。体を動かすと、頭の働きも、気のせいかもしれませんが、よくなるようです。体がシャッキとして、頭もスイッチが入りました。ちなみに、「今日の『らんま1/2』」はお休みで、「天道あかね特集」は、月曜から再開する予定です。

2007年04月28日

ダメダメな一週間 ダメダメな1ヶ月

 副会長さんところで「へえ」と思ったのが、サミット「招致」(変な表現だと自分でも思うのですが)で、関西が粘って大阪府が京都府のみでもかまわないというところまで譲歩したとのこと。沖縄でサミットをやって次は北海道洞爺湖というのはわりとよい選択だなあと思っておりましたが、裏舞台が描かれていて、おもしろい。サミットなどで北海道と競争などするよりも、京阪神で空港の分担を考えた方が生産的かつ当該地域住民の方々の利益にかなうのではないかなどとつい「小さな親切、大きなお世話」な「寝言」が浮かんでしまいます。関西方面からのアクセス数を絶滅させることを書くと、京阪神の行政レベルでの連携の悪さはよそ者にはほとんど病的に見えます。しょせんは傍観者の感想なんですが。

 「全国学力・学習状況調査」について複数の方が雑談で持ち出すので、慌てて文部科学省のHPを見ていると、ああ、これは学校サイドからすると、面倒だなというのが本音だろうなと思いました。小学校・中学校ともに国語と算数の調査だけで一日が潰れる。しかも、事前に問題が漏れたりすると大変でしょうから、教職員の拘束はこの一日だけでは済まないでしょう。北海道の教職員組合が反対していたけれども、妥協したようですが、学校サイドにあまり熱意がないとしたら、本音は面倒だなということじゃないかな。行政が絡むと面倒な手続きが増えるのが常でありまして、こちらをだせば、学校側があまり熱意が持てない理由がはっきりする気がするのですが。学校の「序列化」とか地域「格差」がでて嫌だとか、教育関係は、行政と現場の双方で建前論が多いなあと思います。

 個人的にはどうでもいいなあというところですが、こんなところでよけいな労力を使うのもな後いうところ。私が小学生の頃は、愛知県と静岡県でまったく同じ業者のテスト(単元ごとに実施だったかな)を利用しておりましたが、愛知県の方が半年ぐらい早くて、静岡県に引っ越したときに、「これ、やったことばっかり」とびっくりした覚えがあります。こんな小さなきっかけで「学力」など簡単に上昇してしまう、その程度の指標でしかないと私には思えないです。本当にどうでもいいのですが、風邪をひいて熱があっても、休まずに登校していましたが、6年生のときにインフルエンザでさすがに登校ができないことがありました。このとき、担任が私が休んでいるせいでしょうか、つい私の平均得点率(全教科で一回だけ満点を逃しただけらしく99%を超えていたとか)をしゃべってしまい、登校した際に周囲から浮いてしまって、迷惑した覚えがあります。そういうことは本人に直接、伝えるものであって、本人以外にぺらぺらしゃべるものではないと思うのですが。こういう点では「教師不信」はあります。もっとも、それ以来、過小評価よりも、過大評価の方が怖いということを実感したおかげで、自己の情報に関するディスインフォメなど、妙な手口を覚えてしまいましたが。過小評価している「敵」ほど、あつかいやすいものです。

 それにしても、「抵抗勢力」が死語となるどころか、乱暴に言ってしまうと、「政」と「官」の隠微な対立になっているのを実感した一週間でした。閣僚レベルのスキャンダル(ナントカ還元水レベルはなんとかなるでしょうけれど)が炸裂すると、一気に「面従腹背」が表面にでてきそうな雰囲気です。外務・防衛方面は静かな様子ですが。「公務員制度改革」を「善意」で進めるのは非常に危険な香りがします。ただ、「抵抗勢力」の方々のお話を伺っていると、安倍総理への過小評価(これが私にはどうしても理解できない)がどこかにあって、この戦い、またしても、「官」が「政」にしたがう可能性が高い印象があります。「官」が「政」にしたがうのが、当然といえば、当然なのですが、安倍政権は事務方の人心掌握がまるでできていない。個々の論点では「抵抗勢力」の方々の「理」が勝る印象もあります。他方で、「官」の側が「政」を侮っているというのは、短期的には「官」の分がよさそうですが、長期政権となることが国民から見て織り込み済みの「期待」となったときには、「政」に押し切られるでしょう。というわけで参院選を乗り切れば、というところに落ち着くのですが、どうも筋の悪い話も多く、私ではまるで見通しが立たないです。つくづく「土地勘」が利かない分野では、比較的マシな分野ですら危うい部分がありますが、予想外の事を聞かされると、動揺してしまう凡夫だということをしみじみ実感いたしました。この記事も含めて、今週の「寝言」はそんな自分をよく示していて、いまさら「しかみ像」を残したところで性格が変わるわけでもないのでしょうけれど、「慌てるいけない、よく見るよろし」というところでしょうか。

 さらに気が重たいことに、この「寝言」を書いている現在で、4月のPV数が49,600を超える状況だということです。3月のPVを書いておりませんが、49,297でなんとか5万の大台を切りました(正直、心臓に悪かったです)。トップページの仕様を変えたことが大きいのでしょうが、土日を控え目に見積もっても、800は超えそうなので、「時の最果て」の名が泣きます。記事ごとのアクセス数を把握したかったのですが、結果的にPVが増えるだけになったので、トップページを2件表示にいたしました。PV以上に管理者ですら理解できないのはリファラが1,000を超えていることです。95%以上は、ブックマーク(リンク元不明を含む)やサイト内などですが、残り5%のかなりの部分を検索エンジンからのアクセスが占めていて、検索ワードで表示されている単語をグーグルで適当に組み合わせると、妙なところで上位にきています。くどいようですが、SEO対策のページと思しきところからアクセスがあって、そこからアクセスがあると、妙なトラックバックが増える(ほとんどが「キャッシング」と「無料動画」で、「禁止word」指定にしております。これはコメント欄にも適用されるようですので、御理解ください)ようです。

 明日は慶事が午前中からありますので、投稿日時を例によって「ロンダリング」しております。それにしても、ここ数年、地味な二次会ぐらいから参加するばかりで、披露宴から参加するなどと言うのは10年ぶりぐらいでしょうか。おかげで熨斗袋を生まれてはじめて書くという貴重な経験をしました。言いにくいのですが、この手のことが苦手ですべて彼女任せでしたので。名古屋方面で披露宴から参加したことがないのですが、知人のほとんどが地味でしたので、名古屋の結婚式が派手だと言う実感がまるでありません。ちなみに、これは、まさに「杞憂」ですが、万が一の時には、身内だけで式を済ませるということで両親とは「同盟関係」にあって、この一線が譲れない相手が本命だったときは本当につらかったです。手続きに入る前の段階で価値観の相違が露骨に齟齬をきたしたので、ご縁がなかったというところでしょうか。忌憚なく親友と呼べる者がかなりの割合で海外、それも英米に散っていて、こちらの取り残され感のほうが強いのですが。こればかりは「記号」の世界でそれなりの成果をださねばならず、歳のせいか、孤独感が強まる一方です。国内でも知己に恵まれておりますが、「記号」の世界で話をして楽しめる親友は、海外にでて、国内に戻ってくる気配もなく、寂寥感を覚えてしまいます。要は、同じ病気の親友なのですが、「記号」以外のことも含めて、あれこれ話しこめる人はごくわずかでして、しばらく、ひょっとすると、くたばるまで一人で「記号」の世界で暮らしてゆくのかもしれません。


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posted by Hache at 00:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言

2007年04月27日

「寝言」と記号

 金・土を乗り切れば、あとは「自分の時間」。今日も、なんとかルーティンの合間を縫って「肩慣らし」、あるいは「トレーニング」ですが、やはりまとまった時間がほしいものです。「ばっちい」のを批判している方も、「ばっちい」のを擁護する方も、○○こ風味のう○○なのかなと、知の字にやまいだれがついている脳みそにはとんでもにゃあ「寝言」が浮かんで、かなり疲れているなあ、これはさすがにまずいなあという気分。「ばっちい」などというのは、「現場」で泥まみれになっている方には失礼千万ではありますが、八宝大華輪ほどの破壊力は皆無ですが、「ばっちい」ことには近寄らないのが一番でありまして、禁じ手といたします。「ばっちい」と感じているご本人が、感性が壊れている可能性が高いので、いかれた「外道」の「寝言」そのもので、深い意味はありませんが。それにしても、ひたすら、地味な作業の連続。他人様からすれば、そんな退屈なことをしていてよく飽きないねって言われるでしょうね。こんな生活も悪くないなとふと思います。

 そんな私でも、今日は自分が大丈夫かなと思う経験をしてしまいました。鈍感そのものの私は、雨が降っているのに気がつかず、職場で「雨ですねえ」と言われて、「そうですかあ?」と答えてしまい、なんじゃこいつという表情を見て、慌ててしまいました。数秒後には、頭の中が変てこな記号で一杯になっていたので、雨が降ったのかすら忘れてしまいましたあ。

 変てこな記号をそのまま書いてしまうと、本当にキ○ガイあつかいされてしまうので、これはさすがに気を遣います。言いにくいのですが、記号の世界できれいに決まると、○なんて比じゃない快感(寂しいことにきれいに決めるのは欧米系がほとんどなんですが)。昨日は、ある会合で、お話を伺いながら、わりとやさしい変てこな記号がパパッと浮かんだのですが、現場を熟知された方なので「日本語」に翻訳してこんな説明もできますよとリアルでもついつい「寝言」。講師役の方が、身を乗り出していろいろ尋ねられるので、記号をひたすら翻訳して説明させていただくと、「なるほど、私たちがしていることはそういうことですか」とおっしゃるのでびっくり。日本語が不自由な者が、ぶつぶつ呟く「寝言」なので、真に受けられると、忸怩たる思いをしてしまいます。

 「時の最果て」は、そんな日常の超「寝言」の、まだ少しは「現実世界」との接点がある部分(と私が勝手に思い込んでいるだけかもしれませんが)の副産物みたいなものでしょうか。だんだん、日常が、「寝言」というより、記号の世界になりつつあるので、もともと碌でもないブログですが、さらにちゃらんぽらんなブログになってゆきそうです。それにしても、他人が「ゴール」を決めるのを見ていると、やはり自分も決めたいという欲が強くなって、時の賢者様には鼻で笑われてしまいそうですが、30代最後の「大バカ」をやって見せましょという気分です。正確にいえば、「ゴール」などなく、自分で的確に定義できるかどうかが勝負どころですが、「欲」が出発点であったのに、気がつくと、プロセス自体が楽しくなってしまって、だんだん「ゴール」を決めようとかどうでもよくなってしまいます。うーむ、これって典型的な「負け組」の言い訳だなあ…。


【今日の『らんま1/2』】

 日高のり子さんが苦手なのは、「おしりにハートマークがついている」セリフだそうです。あかね役にもタッチの朝倉南役ほど思い入れはないご様子(失礼ながら、あかねの悪口をおっしゃる日高さんを見ていると、性格的には天道あかねよりもきつい印象ですが)。今日、ご紹介するのは日高さんが苦手とするセリフが連発する一作。個人的には東風先生の「弱点」以外は見所がないのですが、『らんま1/2』専門サイト(うちは「時の最果て」ですのでカテゴリー違いですよ)では高く評価されているので、あかね関係では外せません。やはり、「プロ筋」には従う傾向がありますので。

 というわけで、『らんま1/2』を「ラブコメ」ではなく、単なる「ナンセンスもの」として楽しんでいる、いかれた「外道」としては忸怩たる思いではありますが、今日は「コンセンサス」に従います。


大変! あかねが入院した 『らんま1/2』熱闘編113話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=0__QHUpqcYY(8分01秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=KQobm2TT6GA(8分08秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=cMFpVgvu45Q(7分43秒)
posted by Hache at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年04月26日

泥酔い状態の「寝言」

 ふうわあ。「限界」での「寝言」ですので、「マジレス」不要です。この程度で「限界」というのも加齢を感じますが。以下は、泥酔状態で書いておりますので、「寝言」というより、「本意」ではありません。ただし、なにも考えていないので、「真意」もないのですが。

 とりあえず、25日は給料日。思ったより、「手取り」が多かったのでホッとしましました(事前に変更後の職名も給与も知らされておりませんでしたので、こんなものです)。上の方で信頼できる方に、明らかに職名が代わる審査を受ける段階で、「給料がかならず手取りで増える保証がないなら、審査を降りたいのですが」と相談したら、「『変な奴』と噂になるから、それだけは口にするな」と口止めされました。なにしろ、父上が課長昇進のチャンスを3回ほど潰した家で育ったので(課長に昇進すると、残業手当がつかないので支給額はもちろん、手取りも減ってしまう)「実を捨てて名をとる」というのが最悪という感覚があるので、どうも世間様と外れてしまいます。「中国相手のビジネスで渡り合えるのはあなたしかいない」といかれた「外道」には嫌味か悪口にしか聞こえない「ほめ方」をされるので、やっぱり変なんでしょう(まあ、とっとと変われるんだったら、職場を変えたいですけどね)。今回は、猜疑が深すぎたと反省。

 それにしても、いとしのM大臣、これではもろすぎるので「共和国」とか「人民民主主義共和国」とか複雑な名前ではない、ある東の「最果て」の小さな島国におけるT.M.農水相の話になると、「爆釣!」と叫びたくなるぐらい情報が入ってきます。それにしても、いかれた「外道」のわりに世間を知らないものだとちと寂しいです。そんなことを言っちゃうと、吉もといかんべえさんに「通報」しますよと冗談で申し上げると、「あれ、この程度のネタなら吉崎さんかんべえさんなら書いてるでしょ?え、書いていない?まあ、あそこの社は『報道管制』がきっちりしてるかな。ひょっとしたら、吉崎さんかんべえさんが見てみぬフリかもね」と言われて、大慌てで『溜池通信』を探索するも、見当たらず。自分が世間知らずの「お坊ちゃま」だということを思い知らされた一日でした。いろいろ書きたいのですが、一番、受けたネタだけ。

 2003年の衆議院選挙なる就職活動行事。MAFF(何の略称か忘れてしまいましたあ。若年性○呆症という「病」あるそうなんで、中年性痴○症ということでお許しを)内で、全国の情勢よりも、K県3区の報道に深夜まで注目が集まる。小選挙区で「当確」がでて、「バンザイ!!」の叫び声が建物内に響き渡る。諸悪の元凶の「首」がとれ、MAFF内の「主流派」もホッと一息。

 しかるに、「エリート」たちも迂闊なもので、「比例復活」なる制度を忘れていたご様子。「比例復活だってさ」、「マジかよ!?」(意訳しております)なる会話が絶えなかったようで。意外と「エリート」さんたちと「格差社会」の最底辺に属する「ずれた人」が考えることが、実感としては「エリート」の方々の方が落胆が大きかったようですが、あまり変わらないようで。フジチクの話はここぐらいしかでてなんですよねとこぼしたら、「え、そんなの常識でしょ?」と言われてしまい、つくづく情報収集能力のなさに落ち込んでしまいました。「攻めの○政」の「実態」の方が濃いんですが、過疎ブログとはいえ、○木○○先生のことを書くなみに勇気がいるのでやめます。

 現政権がいますぐ終わっても後世に残る最大の貢献は、誰がトップをやっても、下がしっかりしていれば、それなりに回ると言いたい放題の状態になって「やっちゃった?」と思ったら、みなさん受けているので、ちと不思議な光景。いつもお世話になっている研究所には先月、「仁義」を切ったので、きっぱり書かせていただきますが、いかれた「外道」から拝見すると、T.M.氏を閣僚にするなど、不見識極まりない。その上、憲法改正を合意争点化するどころか、争点化するなど、もってのほか。現政権に憲法改正など期待できるわけがない。この程度の政権でできたら、無能な方が総理でも回せる程度のしかけがあると考えたほうがよいでしょう。

 参院選でややこしくなる前に、さっさと、M.T.氏の首を切って(食育(子供に「ままごと支援」(おもちゃ無料支給とか)でもした方がよいでしょうに)だの「改革」の正体が白日にさらされて無理かな)、集団的自衛権の憲法解釈を正常化して総辞職していただきたいものです。もともと、集団的自衛権の問題のこと以外では期待してないので、普通のことを普通にやって頂いて、岸内閣のように見事に散っていただきたい。それだけです。欲をいえば、民主を政権に抱き込めたら、文句はないのですが、そこまでは期待しておりませんので。東の「最果て」では桜の散り際の美しさが尊ばれるようですねえ。「へえ」と思ったのが、霞の関でしたか、なんだったか忘れてしまいましたが、そちら方面では、「最強野党」自民党が怖いので「政権交代」には慎重という、「深刻な」悩みを聞いたことでしょうか(もっとも、「非自民の連立内閣のときに自民党を情報で干したでしょ?」とナイーブなことを言ってしまうと、「役人の習性で保険をかけます。ルートはつくっていましたよ。あんまり表には出てないけどね。あんた、甘いね」とのこと)。

 いよいよクールビズ本番が近づいておりますが、ネクタイを締めなくて済むのがありがたいという程度で、扇風機を導入したおかげでかえって光熱費が増えた(光熱費等の領収書添付可能とのこと)などの軽いネタにした方がよかったかな。まあ、「善意」なんて本当に碌でもないなあとあらためて実感した一日でした。以上が本日の「寝言」。

 「業務連絡」で恐縮ですが、コメント欄もといまたまた、見事な「寝言」返しをされてしまいました。こちらの方が神経を使いますので、アルコールが抜けた日にあらためてということでお許しを。続きを読む
posted by Hache at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2007年04月25日

「反霞ヶ関」コンセンサス?

 3年ぐらい前でしょうか、とある大学の法学部の先生が、最近の優秀な学生が国家I種を受験すらしなくなったと嘆いておられました。ご自身は「リベラル」を自称されていましたが、お話を伺っていると、そんなに意見の相違がなく、意外でしたが、一点だけ世代の差というのでしょうか、最初の点だけ違和感を感じました。「官尊民卑」ともちょっと違って、官僚の質の低下を政治家が補うことに非常に悲観をされていて、「とてもじゃないですけれど、行政が回らないでしょう」。いかれた「外道」には、バッシングはされるは、年金も削られるは、事実上の「3K」ときては、利巧な学生ほど敬遠するのは当たり前じゃないのかと思うのですが、相当、悲観されていたので、慌てて言葉をのみました。いいにくいのですが、こんなことを言ってしまうと、受験している若い人がまるでダメなように聞こえてしまいますので。

 こちらを見ると、確かに受験者が減っています。風の噂ですが、ある試験の総合試験(記述式)の採点は大変なようで。「そもそも、たいていの答案が文章になってないんだ!」という声を聞いたような聞かないような。まあ、どこの業界も新人を育てるのには苦労しているわけでして、「公」も例外ではありえないというところでしょうか。失礼ながら、民間部門が「不調」だった時期にそれなりに人を集めてきた反動がきているというところだと思うのですが。長期的な見通しは…。言わぬが仏。

 公務員制度改革、「人材バンク」、「年金一元化」と受難続きの霞ヶ関が気の毒にも思えますが、様々な利権の「噂」や「究極の上長」への悪口がwebで載せられている様子などを鑑みますると、民間とはやはり違う世界だなあと。似たような雰囲気は、霞ヶ関だけではなく、永田町界隈、それも与党あたりにも、おありのご様子。かんべえさんが「会社を愛する心を保つのに苦労する」旨のことを「不規則発言」に書かれても、たとえ、匿名であっても、自社の上長の悪口を書く姿は想像できないわけでして、「公」になんらかの形で携わる方々の「皮膚感覚」は、市井の者にはうかがい知れない部分があります。まあ、お相手が、「上長」であっても、公人だから当然なのかもしれませんが。霞ヶ関の擁護でも書こうかと思いましたが、こんな過疎ブログで私が方に力を入れたところでなんの影響力もなく、なんとなく萎えちゃいました。

 それにしても、小泉前総理は、上手に「反霞ヶ関コンセンサス」を利用したものだと感心してしまいます。おそらくですが、小泉さんは「反霞ヶ関コンセンサス」と「反永田町コンセンサス」が一体のものであることを理解していたのでしょう。道路公団民営化、郵政民営化とときに煽りながら、上手に、霞ヶ関をぶっ壊したところでなにも変わらないわけでして、役所を切り従えていった印象があります。自民党内かつ閣外(政権発足当初に閣内にいた人たちは出しちゃった)に「抵抗勢力」がいたことも、彼の仕事をやりやすくしたのでしょう。それにしても、小泉さんは人々の気分を直感的につかんでいた印象があります。表現は悪いのですが、小泉さんは、とくに任期の最後の2年間は郵政解散に8月15日の靖国参拝とやりたい放題に見えましたが、終わってみると、統治が「気分しだいの政治」に堕しないように、いろいろしかけをしていたように思います。

 安倍政権はどうなんでしょう。閣内に「抵抗勢力」が入り込んでいる状況では、同じ手は使えない。下手をすると、「改革」という美名の下で利権を新たにつくっていた咎をすべて負いかねないリスクすらあります。また、「反霞ヶ関コンセンサス」は、ちょっとしたきっかけで容易に「反永田町コンセンサス」になるでしょう。「非自民」という潮流は小泉政権をへて、「反永田町コンセンサス」となりやすくなっているように思います。民主党は受け皿になるには古くなっている上に力不足でしょう。

 幸か不幸か、「反霞ヶ関コンセンサス」はともかく、「反永田町コンセンサス」はその受け皿がないがゆえに、当面は目立った動きにはなっていません。とりあえず、今後は参院選を中心に動いてゆくのでしょうが、現在のボスが「反永田町コンセンサス」をコントロールするだけの為政者かどうか、知の字にやまいだれのつく私はほうけた頭でボーっとしながら無責任に眺めてゆこうかなという感じでしょうか。昨年、外政リスクを書きまくったせいか、最近は、内政リスクが気になってしまいます。特別なルートがあるわけでなく、「妄想」、「お花畑」の世界で書いておりますので、適当に読み流していただければ、幸いです。

 適当に書いていたら、意外と長くなってしまったので(誠に申し訳ありません)、「今日の『らんま1/2』」は「続き」をどうぞ(これを御覧になっている方がいらっしゃるんでしょうか?読者無視の過疎ブログとはいえ、ちとこれでいいのかなと不安になりますが)。ちなみに今日は、とっとと寝たいので、投稿時間を「ロンダリング」(1時間ほどずらして)しております。


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2007年04月24日

東京一極集中の統一地方選挙

 ふとネットで統一地方選挙がらみの『朝日』のサイトを見ておりました。居住地の結果はどうでもよく、浜松市の市議選の結果を見ていて、ちとショック。4月1日をもって政令指定都市に移行するのは以前にも書いたように知っておりましたが、特別区の名称は恥ずかしながら、知りませんでした。市議選の結果を見ながら、複雑な気持ちになりました。中区、東区、西区、南区、北区、天竜区、浜北区。静岡市の葵区、駿河区、清水区というのは大雑把ですが、こんなものかなという気もします。それと比べると、浜松市の行政区名はずいぶん事務的だなあと。このネーミングセンスのなさが現職が敗れた原因というのは悪い冗談ですが、なんとなく寂しいです。本当にどうでもよいのですが、小学校高学年から中学校まですんでいたところは、浜松城の北のほうで、小学校の名前も浜松市立城北小学校でしたが、いまでは中区。ちょっと複雑な気分です。

 おそるおそる「小豆餅」が地名として残っているのかを検索すると、幸い、「浜松市中区小豆餅」と行政区名が前についただけになっていました。こちらで書いたように、由緒ある地名だけに消えてしまわないかと不安でしたが、どうも私の記憶にある地名の多くは残っているようでホッとしました。浜松、静岡ともに、どちらもある年齢に達したら、悠々自適の生活を送りたいまちですが、中学校時代のつながりが残っているという点では、浜松に親近感があります。私の知り合いは、なぜか人情家が多く(「類は友を呼ぶ」の例外ですね)、それでいてカラッとしているのでつきあいやすいです。これは静岡市も似たようなところがあって、変に理屈っぽくないところも肌に合います。高校時代に、「『サザエさん』でいなかといえば、静岡なんだよなあ」と嘆いている国語の先生がいらっしゃいましたが、変な人たちが首都圏をはじめ、大都市部からむやみに入ってこない方がありがたいような気がします。

 統一地方選挙は、東京発の報道のおかげで各地域の特性がほとんど無視されましたが、それぞれの地域では濃淡も大きいのでしょうけれど、地域ごとに悩みであったり、希望があるのでしょう。首都圏のメディアが描く、地方都市は格差で苦しんでいるという画一的な図式で一色に塗りつぶされていますが、お盆休みに浜松に帰ったときにちゃっかり生活を楽しんでいる旧友から話を聞いてみたいものだと思います。

 ブログを見ていても、メディアとたいして変わらないようですね。首都圏の視点のみでで地方選挙を見ているという自覚がある記事が巡回先ではまるで見当たりませんでした。ある程度まではやむをないのでしょうが、ローカルな話題を提供しているブログを探したいなという気分になりました。首都圏や大都市部の人たちの視線が、地方は大変だなという一見、やさしそうで単なる他人事(責めているわけではありませんが)という感覚で、首都東京は、日本の首都としての役割を国内的には失いつつあるように感じます。

 地方についてかたっているときに、実は首都圏のこと(まれに大都市圏のことも)を語っているに過ぎないという自覚がある方がきわめて少ないというのが、いかれた「外道」の「寝言」。さりとて、地方に行くと、地元のことについて語りながら、首都圏を見ていることも少なく、悩ましいところです。
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2007年04月23日

安倍総理の訪米前に

 パラパラとこの2週間ぐらいの新聞や雑誌に目を通していました。ちょっときついなあと思ったのは、某月刊誌にでていた名古屋市営地下鉄の談合事件の「副産物」。これが「破裂」すると、安倍政権はどうなるんだろうと不安になります。「ナントカ還元水」で騒いでいる間は大丈夫でしょうが、食肉利権は危険な香りがします。内閣支持率が回復しているようですが、まだまだ「地雷」が一杯あって、おっかないです。私は、現状維持という意味での「消極的な保守」なので、安倍政権への支持は変わりませんが(国民投票法案程度を合意争点化できなかった民主党には期待値がもともと低いのですが、当分は無理かなという感じ)、そこらじゅうに「地雷」があって、相変わらず厳しい印象です。

 それにしても、安倍政権の外交政策や交渉は、ポスト小泉に向けて日米関係をいかに安定的にするのかという点に絞られてきたことに気がつきます。小泉−ブッシュ関係をそのまま引き継ぐ訳にもゆかず、かといってブッシュ政権の国内説得力の低下にもかかわらず、アメリカを代表する大統領との関係を軽視するわけにはゆかないでしょう。安倍総理は、小泉路線を踏襲するというよりも、真っ先に中韓を歴訪することでアジアを安定化させる意思を明示し、麻生外相と分担して行った欧州歴訪で日米同盟を補完する関係を深めました。さらに、日豪関係では中国との「戦略的互恵関係」を補完というより、日米関係を補完する絆を深めました。いってみれば、日米関係という最も大切な関係を安定的にするために、できうる限りの布石を打った後で、訪米がゴールではなく、ポスト小泉後の新しい出発点を築こうとしているように私には映ります。

 誰しも触れているように、ブッシュ政権への国内外の信認は低下する一方です。2008年の大統領選挙を控えて、「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という議論もマスメディアやネットでもみかけます。ただし、2008年のアメリカ大統領選挙でどのような選択が行われるのかは、アメリカ人自身が予測することが難しいでしょう。イラク占領統治をとっても、ブッシュ後にどのような政策転換が行われるのか、あるいはブッシュ政権と実質的にはほとんど変わらないのか、予想を行うことは困難です。「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という考え方は否定しませんが、現時点でポストブッシュが見えてない以上、まずは現在の政権との関係で対中東政策、対中国政策、対北朝鮮政策を共有しておくことが肝要だと考えます。もちろん、繰り返しになりますが、2008年のアメリカ大統領選挙の結果しだいでは、これらの努力が実を結ばないことも留意しなければならないでしょうが、現状ではまず、政策と交渉を日米で一致させてゆく努力が肝要だと思います。

 日米関係ではアメリカ側と比較すると、日本側がとりうる選択肢ははるかに狭いものです。極端な場合、ポスト・ブッシュ政権が「孤立主義的」傾向を強めたとしても、このような事態に事前に対応する政策オプションは、日本側にはあまり多くはないでしょう。「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という「大人の対応」はもっともらしく響きますが、ポスト・ブッシュ政権がとりうる方策が限定されていれば、現状と変わらない可能性もあります。いずれにせよ、身も蓋もありませんが、アメリカの政権と信頼関係と様々なレベルでのコミュニケーションを円滑に行うことが第一義的な問題だと思います。表現が悪いかもしれませんが、アメリカは変わるときは日本の意思とは無関係にかわるでしょう。それを恐れて現状でできることが疎かになってしまっては、お話にならないということです。

 慰安婦問題ではヒヤリとさせられましたが、これまでの安倍政権の外交政策を見ていると、やはり日米同盟を双務的にし、それを中核に日米関係のいっそうの深化をはかるという基本は変わらないように思います。ちょっと舞台づくりに時間がかかっていますし、訪米直前でへとへとになっていらっしゃる方も少なくないと思います。小泉政権下の日米関係は、訪朝直前の国務省との連絡が微妙だった点を除くと、首脳同士の信頼関係で小さな問題は目立ちませんでした。安倍総理の訪米が、小泉−ブッシュ関係を「相続」するレベルまでは期待しておりませんが、より実務的に日米関係の深化を進める出発点となることを期待しております。

 気になるのは、拉致問題での期待値がまだまだ高いことです。この間の米朝の動きを見ると、核に関してなんらかの暗黙、または表立っては出てこない「合意」があるように思います。この期待値をどのように制御するのかというあたりは、国内的な問題が大きいのですが、安倍総理の訪朝を見る上で注目したい点です。

2007年04月22日

7円を笑う者

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:ここにはなにもないが、ストレスもない。不幸せもない。まるで時間が止まっておるようじゃ。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:あのデブめ、風邪をひいたのなら、少しは休めばよいもんじゃ。それに、あと2、3年で40歳を越えるではないか。なにやらいっぱい訂正しておるようじゃが、肝心のところを直しておらぬ。あの歳で洟垂れ小僧はあるまい。洟垂れオヤジじゃ。
ハッシュ:…。
ボッシュ:…いきなりきつかったかのお。それにしても、「今日の『らんま1/2』」は、あのデブのブログで唯一まともなところじゃな。ジパングのアニメは海外でも評判だとは聞いておったが、見たのは初めてじゃ。しかし、料理の名前のような爺さんが出てくると、本当に下品じゃな。
ハッシュ:八宝斎。あるいはハッピー。
ボッシュ:…。おぬし、妙なところはシャンとしておるな?
ハッシュ:あのデブの記憶をたどっていたおかげで、ほとんど覚えてしまったわい。
ボッシュ:それは、それは…。痛ましいことじゃ。しかし、なんじゃ、あのおばば…。
ハッシュ:コロン(可崘)。
ボッシュ:…。おぬし、変なことばかり覚えておらぬか?まあ、ともかく、真顔で「重い『気』を生じ『気』を落とし、『気』が沈む…。口で言うのはた易いが…」などと言っているのを見ていると思わず噴き出してしまうわい。要は、獅子咆哮弾というのは、不幸せな出来事があったときに人の「気分」の動きを大袈裟に描いただけではないか。
ハッシュ:ワシは、もうやられてしまったが、おぬしも危ないぞ。あのデブめ、ああやって読者の知的能力の荒廃を招こうとしているようじゃ。あのデブの決まり文句があってな。「俺はちてきだぞ。ただし知の字にやまいだれがついているけどな。あははは」。ワシも、あのデブの記憶などという碌でもないものとかかわっているゆえ、やまいだれなるものがついておるかも知れぬ。
ボッシュ:…。…。…。ぶ、物騒な話じゃ。ま、まともな話をしなくては。それにしても、なぜあのデブは、長崎市長殺人事件や銃乱射事件をとりあげないんじゃ?こちらの方が、物騒じゃが。
ハッシュ:みんな書きそうなことを書いても、つまらんそうじゃ。あと、ますこみというのかな、新聞とかテレビで大騒ぎしていることは、たいてい無視しても生活になんの影響もないそうじゃ。本当にまずいことなら、騒いでいる暇があったら、もっとちゃんと情報を集めてから報道するだろうとな。あんなの、どんちゃん騒ぎがお好きな方にお任せするそうじゃ。
ボッシュ:『寝言@時の最果て』などというものを読みすぎたせいか、あのデブの意見がまともに聞こえるぞ。これはほんに恐ろしい。不覚じゃが、ワシもやまいだれがついてきたかのお…。それにしても、だからといって、1ヶ月にたかだか7円の料金の話で1週間が終わるというのも変な話だぞ。
ハッシュ:そうそう、あのデブからの言伝じゃ。たかが7円、されど7円。7円を笑う者は、7円に泣くそうじゃ。
ボッシュ:…。難しいところじゃが、1ヶ月に7円払うことで、田舎の人が助かるなら、ワシはそれでもよいと思うんじゃが。もちろん、電話に限らず、よけいなカネなど払いたくないというのが本音ではあるが。
ハッシュ:ワシにはさっぱりなんじゃが、「本質的な問題は、低地域コストでえられた収益を低地域コストに投資した場合にえられたであろう便益と比較して、低コスト地域でえられた収益を高コスト地域の損失を補填する場合にえられるであろう便益が大きいのかという問題でしょう」というのは、どういう意味じゃ?
ボッシュ:ワシに聞かれても困るんじゃが。「便益」という言葉の意味がよくわからぬが、要は、儲かっている地域ででた儲けをじゃな、儲かっていない地域にまわしたとする。このとき、儲かっていない地域の住民にとっては回線の維持や料金が安くて済むなどのメリットがある。他方で、同じ儲けを儲かっている地域でつかえば、その地域の住民からすると、光ファイバーの普及が進んだり、サービスが多様化するなどの利便性があがるというメリットがあるだろうな。両者を比較せいということか?
ハッシュ:ワシにはよくわからんが、そんなところじゃろ。ところで、そのどちらが大きいんじゃ?
ボッシュ:ワシにはわかぬが。しかし、田舎で電話もかけられない状態になったら、大変だぞ。あのデブの好きなドンパチがあったときには目も当てられぬ。あるいは、地震や風水害でも同じじゃ。ただ、ワシの店もインターネットやらで予約が増えてのお。まあ、店長がつくったシステムなんじゃが。おまけにクレジットカードで支払う客人も多いゆえ、なんじゃブロードバンドというものでないと困るんじゃ。店が増えたおかげで、データのやりとりも増えておる。あのデブが挙げていた資料で高コスト地域となっているところで、そこまで利用する人が多いとは思いにくいんじゃ。ワシよりはるかに店の数が多いオーナーになると、通信料が高くて迷惑なんじゃそうじゃ。大きい会社はとっくにやっておるようじゃが、電話会社を変えたり、電話会社を無視して別の業者をいれて安いシステムを組んでおるんじゃ。だから、あのデブごときに言われなくても、たかが7円をバカにしておるわけではない。
ハッシュ:この話は、あのデブも勉強になるじゃろ。屁理屈ばかりこねていないで、実際を知ることが肝心じゃな。
ボッシュ:まあ、そうじゃな。ワシの商売の話程度だったら、いつでも聞きにくるがよいと伝えておいておくれ。ふわあ。ワシまで寝言を言っている気分になってきた。それでは、そろそろ、お暇じゃな。
ハッシュ:また、おいで。

 あのお、私も一応、気を遣って「いい年をして」と断った上で、「洟垂れ小僧」と申し上げておりますが。あと、ドンパチが好きなのは、極悪さんです。私はドンパチ自体は嫌いなんで、念のため。

 それにしても、賢者様たちは侮れませぬ。見切られていたとは…。「気分しだいの必殺技」は、原作では第20巻part4のタイトルですが、獅子咆哮弾自体は、実は技でもなんでもなく、「気分」そのものを描いた話です(と言い切ってしまおう)。「空気」を論じたり、嘲笑したり、批判するのは簡単ですけれど、その根っこにある「個」の「気分」に無自覚な話は、聞いていても、退屈だなあと思います。

 まあ、そんな深い理由があるわけでもなく、本来なら『クロノ・トリガー』に関することをとりあげたいのですが、これというサイトもなく、ゲームの途中ででてくる画像をパソコンに取り込んでアップするほど暇でもなく、『らんま』で御免というところでしょうか。どうでもよいのですが、『クロノ・トリガー』をプレーするなら、面倒でもSFCに限ります。プレステ版のCDの読み込みの遅さには本当にイライラしますよ。

 このままですと、「時の最果て」がらんまサイトになりかねませんが、やはり今週は天道あかね特集でしょうか。「かわいくねー、色気がねー、乱暴、ずん胴」(本当にどうでもよいのですが、韻を踏んでいて芸が細かいですな)と「許婚」に散々なことを言われる天道あかねですが、彼女の魅力に迫ってみましょう。個人的にはあまり思い入れはないのですが。というわけで、今回は「今日の『らんま1/2』」はおやすみです。

 「気分しだいの必殺技」は、高橋留美子の悪い冗談の一つでしょうが、こういう形でしか描けない「真実」もあるのかなと。私自身は、特別幸せでもなく、不幸せでもなく、「こんなものかなあ」と平々凡々とした日々を送るだけですが、若い頃に周囲を不幸にする人を男女を問わず見てまいりました。自分自身の気分ですら疎い私には他人の心理などうかがう術もありませんが、どうにもならない現実を前に私みたいに「なるようにしかならないし、なるようにはなるでしょ」というちゃらんぽらんな人間にはわからないのですが、「思い通りにならない現実」を思い通りにしようとする「善意」と怨恨感情あるいは「悪意」というのはたいして変わらない気がいたしました。このあたりは踏み込んでみたい気もしますが、それでなにかえられるというわけでもなく、率直に言えば、自分を不幸にする人は、容易に他人を不幸にするもので、あまりかかわらないようにしようという程度ですな。

 気がつけば、ユニバーサルサービス料に関する『日経』の記事から、自分でもあれだけよく引っ張ったなと思います。7円を笑う者は7円に泣く。固定・移動体全体にユニバーサルサービス料が課金されると、100億単位のカネが動きます。ちゃらんぽらんな私は信条あるいはポリシーとは無縁のものですが、どこかで「なにごともほどほど」(『ときめきメモリアル』をやり込んでいる知り合いに藤崎詩織みたいで嫌なやつといわれて目が点になりましたが)がよいでしょというところがあります。まあ、この「ほどほど」が難しいわけでありまして、難しいということを一週間を潰してぶつぶつ呟いていた、そんな「寝言」であります。こんな言葉もありますが、実際は難しいがゆえに残るのかもしれません。

足るを知るものは富む。

2007年04月21日

身辺雑記の効能

 ふう。珍しく「普通の」風邪をひいたようです。通常は、扁桃腺が腫れて発熱と咳なのですが、今回は、扁桃腺が腫れずに、くしゃみと鼻水で苦しみました。脂肪が厚く付着しているせいか、周囲の目も気にせず、さっさと帰って、最低限のことを済ませて寝てしまう(電車の中でもティッシュを手放せない方が気になります。いい年をして洟垂れ小僧状態でしたので)。火曜の晩ぐらいから編でしたが、「発病」が水曜日で金曜日の晩にはほとんど回復。風邪が長引くことが多いのですが、おそらく最短記録でしょう。ほぼ全快です。

 これで土日は散歩にジム三昧とつい張り切ってしまうところなので、危ないです。実は先週の土曜日に久しぶりに気合を入れたところ、日曜日に筋肉痛でのた打ち回りました(翌日に痛むのでまだ若いのでしょうか)。これで身体が疲労して、日月火の睡眠不足に寒暖の変化が加わり、ダウン。新年度早々、ぶっ倒れかけましたが、おかげで一週間の組み立て方が見えてきたので、これも「授業料」というところでしょうか。このブログ、日記みたいなことは書きたくない(書いてもつまらない)のですが、やはり、自分の日々を振り返るのには便利でして、「アルファブロガー」の方からすると、ネットのリソースのムダ遣いということになるのしょうけれども、それなりに対価を払ってリソースを確保していますし、つまらなければ見なければよいわけで…。まあ、ぐだぐだ言い訳を書いておりますが、やはりブログは、よほど志と能力に恵まれた方ではない限り、たいていは自己満足であり、最大の受益者は自分自身かなと思います。

 なんといっても、あとで自分で書いたものを読み返すと、そのときの関心だけでなく、集中力や「気分」などを客観視できます。もっとも、読み返した時点での「気分」の問題があるので、完全に客観視できるものではないのでしょうが。それでも、加齢とともに、20代後半から30代前半のような精神的に安定した状態で自己制御する能力が落ちてゆくでしょうから、ブログを書くことで自分の気分のあやうさを自覚する助けになればいいなと思ったりいたします。

 文章は、紙に一字一句を推敲しながら書くのが、基本だと思います。主語と述語の対応関係など、基本ではありますが、いろんな留保をつけていると、何を書きたいのかが不明瞭になります。唸りながら、15年近く前に2万字程度を紙に書いたことがあります。その後、内容はともかく、文章としてのできを超えるものを書いた覚えがあります。本当は、紙に字を書く時間を増やしたいのですが、テキストエディタは便利でありまして、最初、ざざっと書いた文章を編集するのが楽ですので、文章を書き始める初期コストが紙に書くときに比べて、はるかに減少します。これも時代の流れなのかなと思ったりします。

 雪斎先生の渡仏になにか言葉を送りたいのですが、思うように言葉が浮かばず、さくらさんの温かいコメントに便乗させていただくことにさせて頂きます。ありきたりですけれども、ご母堂に親孝行をされながら、ご自身がおおいに楽しまれるのが一番かと。個人的には民宿みたいなところで南仏からイタリア北部にかけて安旅行をするのが楽しいのですが(安いなりに飯がうまい)。来週は友人の結婚式もあり、祝辞を述べる機会はなさそうでホッとしておりますが、昔から突拍子もないことを口走ってしまう癖があるので、要注意というところでしょうか。

 それにしても、いろんな「旅立ち」をされる方々がいながら、私は相変わらず地を這いずり回るような生活の連続。鼻水にはまいりましたが、平々凡々とした生活をちょっとしたことで楽しむ日々です。

 例の「ブツ」を御覧になりたい方は、「続き」からどうぞ。それにしても、いつまで続くのやら…。
posted by Hache at 00:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言