2007年04月23日

安倍総理の訪米前に

 パラパラとこの2週間ぐらいの新聞や雑誌に目を通していました。ちょっときついなあと思ったのは、某月刊誌にでていた名古屋市営地下鉄の談合事件の「副産物」。これが「破裂」すると、安倍政権はどうなるんだろうと不安になります。「ナントカ還元水」で騒いでいる間は大丈夫でしょうが、食肉利権は危険な香りがします。内閣支持率が回復しているようですが、まだまだ「地雷」が一杯あって、おっかないです。私は、現状維持という意味での「消極的な保守」なので、安倍政権への支持は変わりませんが(国民投票法案程度を合意争点化できなかった民主党には期待値がもともと低いのですが、当分は無理かなという感じ)、そこらじゅうに「地雷」があって、相変わらず厳しい印象です。

 それにしても、安倍政権の外交政策や交渉は、ポスト小泉に向けて日米関係をいかに安定的にするのかという点に絞られてきたことに気がつきます。小泉−ブッシュ関係をそのまま引き継ぐ訳にもゆかず、かといってブッシュ政権の国内説得力の低下にもかかわらず、アメリカを代表する大統領との関係を軽視するわけにはゆかないでしょう。安倍総理は、小泉路線を踏襲するというよりも、真っ先に中韓を歴訪することでアジアを安定化させる意思を明示し、麻生外相と分担して行った欧州歴訪で日米同盟を補完する関係を深めました。さらに、日豪関係では中国との「戦略的互恵関係」を補完というより、日米関係を補完する絆を深めました。いってみれば、日米関係という最も大切な関係を安定的にするために、できうる限りの布石を打った後で、訪米がゴールではなく、ポスト小泉後の新しい出発点を築こうとしているように私には映ります。

 誰しも触れているように、ブッシュ政権への国内外の信認は低下する一方です。2008年の大統領選挙を控えて、「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という議論もマスメディアやネットでもみかけます。ただし、2008年のアメリカ大統領選挙でどのような選択が行われるのかは、アメリカ人自身が予測することが難しいでしょう。イラク占領統治をとっても、ブッシュ後にどのような政策転換が行われるのか、あるいはブッシュ政権と実質的にはほとんど変わらないのか、予想を行うことは困難です。「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という考え方は否定しませんが、現時点でポストブッシュが見えてない以上、まずは現在の政権との関係で対中東政策、対中国政策、対北朝鮮政策を共有しておくことが肝要だと考えます。もちろん、繰り返しになりますが、2008年のアメリカ大統領選挙の結果しだいでは、これらの努力が実を結ばないことも留意しなければならないでしょうが、現状ではまず、政策と交渉を日米で一致させてゆく努力が肝要だと思います。

 日米関係ではアメリカ側と比較すると、日本側がとりうる選択肢ははるかに狭いものです。極端な場合、ポスト・ブッシュ政権が「孤立主義的」傾向を強めたとしても、このような事態に事前に対応する政策オプションは、日本側にはあまり多くはないでしょう。「ブッシュ政権に深入りしないほうがよい」という「大人の対応」はもっともらしく響きますが、ポスト・ブッシュ政権がとりうる方策が限定されていれば、現状と変わらない可能性もあります。いずれにせよ、身も蓋もありませんが、アメリカの政権と信頼関係と様々なレベルでのコミュニケーションを円滑に行うことが第一義的な問題だと思います。表現が悪いかもしれませんが、アメリカは変わるときは日本の意思とは無関係にかわるでしょう。それを恐れて現状でできることが疎かになってしまっては、お話にならないということです。

 慰安婦問題ではヒヤリとさせられましたが、これまでの安倍政権の外交政策を見ていると、やはり日米同盟を双務的にし、それを中核に日米関係のいっそうの深化をはかるという基本は変わらないように思います。ちょっと舞台づくりに時間がかかっていますし、訪米直前でへとへとになっていらっしゃる方も少なくないと思います。小泉政権下の日米関係は、訪朝直前の国務省との連絡が微妙だった点を除くと、首脳同士の信頼関係で小さな問題は目立ちませんでした。安倍総理の訪米が、小泉−ブッシュ関係を「相続」するレベルまでは期待しておりませんが、より実務的に日米関係の深化を進める出発点となることを期待しております。

 気になるのは、拉致問題での期待値がまだまだ高いことです。この間の米朝の動きを見ると、核に関してなんらかの暗黙、または表立っては出てこない「合意」があるように思います。この期待値をどのように制御するのかというあたりは、国内的な問題が大きいのですが、安倍総理の訪朝を見る上で注目したい点です。

くしゃみ一発愛してナイト

【今日の『らんま1/2』】

 うっかりしておりましたが、「できた! 八宝大カビン」(『らんま1/2』熱闘編132話)は、原作にはない、アニメオリジナルの作品です。あんなものを載せたせいでしょうか、今週の前半は、梅雨模様。「中国三千年の妖怪」さんではありませんが、パンにカビが生えやすく、嫌な季節です。

 それにしても、「天道あかね特集」は無謀でした。まず、youtubeにこれという作品が削除されていて、まいりました。また、思い入れがない上に、原作とアニメでキャラが微妙に違う。原作で1−2巻あたりのロングヘアーのあかねをださないと、この人物の描写は難しいですね。天道家の三人姉妹、長女かすみ、次女なびき、三女あかねとなりますが、かすみさんとの葛藤を省いてしまうと、実にわかりにくい。かすみさんは、言ってみれば、この時代としては典型的な「大和撫子」でして、天道家の主、天道早雲が伴侶をなくしてからは、一手に天道家の家事を引き受けています。あかねがひそかに思いを寄せいていた接骨院の東風先生もかすみさんに思いを寄せていて、原作の当初は、あかねが失恋して乱馬に心を寄せてゆく原点になっています。

 対照的にあかねは、料理が苦手で裁縫なども不器用。さらに男勝りの性格で、天道家の三人姉妹(男子がいないため、古くからのつきあいで早乙女玄馬から乱馬を天道道場の跡取りとしてもらい受けるというところでしょうか)と極度の男嫌い。それにもかかわらず、風林館高校では男子生徒にモテモテ(ありがちな設定ではありますが)。らんまと同じく、高校一年生ですが、かすみさんからすると、「根は素直なんだけど、手のつけられない乱暴者」とか「あかねは乱暴だし、気が強くて素直じゃないし、粗忽者で不器用でかわいげがないかもしれない」という評価になってしまうのはやむをえないでしょうか。基本的には、感情表現がストレートでわかりやすい性格という気がしますが。

 能書きが長くなってしまったので、今日の作品ですが、らんまとの距離感が既に近くなっている状態です。ただし、「貧力虚脱灸編(飛龍昇天破)」の前ですので、それほどでもない。まあ、らんまとあかねの「掛け合い」、あるいは「駆け引き」を楽しむ基本編でしょうか。ただ、原作よりも、あかねの「がさつ度」が妙なところで高く、「天然度」が低いので、あかねとらんまのやりとりとしては原作よりも劣ります。お暇な方は、ご覧遊ばせ。 

くしゃみ一発愛してナイト 『らんま1/2』熱闘編25話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=sYIy2KbS01Y(7分59秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=1U9vsFsl6RU(7分59秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=qGZz9RjWbTw(7分09秒)

2007年04月22日

7円を笑う者

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:ここにはなにもないが、ストレスもない。不幸せもない。まるで時間が止まっておるようじゃ。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:あのデブめ、風邪をひいたのなら、少しは休めばよいもんじゃ。それに、あと2、3年で40歳を越えるではないか。なにやらいっぱい訂正しておるようじゃが、肝心のところを直しておらぬ。あの歳で洟垂れ小僧はあるまい。洟垂れオヤジじゃ。
ハッシュ:…。
ボッシュ:…いきなりきつかったかのお。それにしても、「今日の『らんま1/2』」は、あのデブのブログで唯一まともなところじゃな。ジパングのアニメは海外でも評判だとは聞いておったが、見たのは初めてじゃ。しかし、料理の名前のような爺さんが出てくると、本当に下品じゃな。
ハッシュ:八宝斎。あるいはハッピー。
ボッシュ:…。おぬし、妙なところはシャンとしておるな?
ハッシュ:あのデブの記憶をたどっていたおかげで、ほとんど覚えてしまったわい。
ボッシュ:それは、それは…。痛ましいことじゃ。しかし、なんじゃ、あのおばば…。
ハッシュ:コロン(可崘)。
ボッシュ:…。おぬし、変なことばかり覚えておらぬか?まあ、ともかく、真顔で「重い『気』を生じ『気』を落とし、『気』が沈む…。口で言うのはた易いが…」などと言っているのを見ていると思わず噴き出してしまうわい。要は、獅子咆哮弾というのは、不幸せな出来事があったときに人の「気分」の動きを大袈裟に描いただけではないか。
ハッシュ:ワシは、もうやられてしまったが、おぬしも危ないぞ。あのデブめ、ああやって読者の知的能力の荒廃を招こうとしているようじゃ。あのデブの決まり文句があってな。「俺はちてきだぞ。ただし知の字にやまいだれがついているけどな。あははは」。ワシも、あのデブの記憶などという碌でもないものとかかわっているゆえ、やまいだれなるものがついておるかも知れぬ。
ボッシュ:…。…。…。ぶ、物騒な話じゃ。ま、まともな話をしなくては。それにしても、なぜあのデブは、長崎市長殺人事件や銃乱射事件をとりあげないんじゃ?こちらの方が、物騒じゃが。
ハッシュ:みんな書きそうなことを書いても、つまらんそうじゃ。あと、ますこみというのかな、新聞とかテレビで大騒ぎしていることは、たいてい無視しても生活になんの影響もないそうじゃ。本当にまずいことなら、騒いでいる暇があったら、もっとちゃんと情報を集めてから報道するだろうとな。あんなの、どんちゃん騒ぎがお好きな方にお任せするそうじゃ。
ボッシュ:『寝言@時の最果て』などというものを読みすぎたせいか、あのデブの意見がまともに聞こえるぞ。これはほんに恐ろしい。不覚じゃが、ワシもやまいだれがついてきたかのお…。それにしても、だからといって、1ヶ月にたかだか7円の料金の話で1週間が終わるというのも変な話だぞ。
ハッシュ:そうそう、あのデブからの言伝じゃ。たかが7円、されど7円。7円を笑う者は、7円に泣くそうじゃ。
ボッシュ:…。難しいところじゃが、1ヶ月に7円払うことで、田舎の人が助かるなら、ワシはそれでもよいと思うんじゃが。もちろん、電話に限らず、よけいなカネなど払いたくないというのが本音ではあるが。
ハッシュ:ワシにはさっぱりなんじゃが、「本質的な問題は、低地域コストでえられた収益を低地域コストに投資した場合にえられたであろう便益と比較して、低コスト地域でえられた収益を高コスト地域の損失を補填する場合にえられるであろう便益が大きいのかという問題でしょう」というのは、どういう意味じゃ?
ボッシュ:ワシに聞かれても困るんじゃが。「便益」という言葉の意味がよくわからぬが、要は、儲かっている地域ででた儲けをじゃな、儲かっていない地域にまわしたとする。このとき、儲かっていない地域の住民にとっては回線の維持や料金が安くて済むなどのメリットがある。他方で、同じ儲けを儲かっている地域でつかえば、その地域の住民からすると、光ファイバーの普及が進んだり、サービスが多様化するなどの利便性があがるというメリットがあるだろうな。両者を比較せいということか?
ハッシュ:ワシにはよくわからんが、そんなところじゃろ。ところで、そのどちらが大きいんじゃ?
ボッシュ:ワシにはわかぬが。しかし、田舎で電話もかけられない状態になったら、大変だぞ。あのデブの好きなドンパチがあったときには目も当てられぬ。あるいは、地震や風水害でも同じじゃ。ただ、ワシの店もインターネットやらで予約が増えてのお。まあ、店長がつくったシステムなんじゃが。おまけにクレジットカードで支払う客人も多いゆえ、なんじゃブロードバンドというものでないと困るんじゃ。店が増えたおかげで、データのやりとりも増えておる。あのデブが挙げていた資料で高コスト地域となっているところで、そこまで利用する人が多いとは思いにくいんじゃ。ワシよりはるかに店の数が多いオーナーになると、通信料が高くて迷惑なんじゃそうじゃ。大きい会社はとっくにやっておるようじゃが、電話会社を変えたり、電話会社を無視して別の業者をいれて安いシステムを組んでおるんじゃ。だから、あのデブごときに言われなくても、たかが7円をバカにしておるわけではない。
ハッシュ:この話は、あのデブも勉強になるじゃろ。屁理屈ばかりこねていないで、実際を知ることが肝心じゃな。
ボッシュ:まあ、そうじゃな。ワシの商売の話程度だったら、いつでも聞きにくるがよいと伝えておいておくれ。ふわあ。ワシまで寝言を言っている気分になってきた。それでは、そろそろ、お暇じゃな。
ハッシュ:また、おいで。

 あのお、私も一応、気を遣って「いい年をして」と断った上で、「洟垂れ小僧」と申し上げておりますが。あと、ドンパチが好きなのは、極悪さんです。私はドンパチ自体は嫌いなんで、念のため。

 それにしても、賢者様たちは侮れませぬ。見切られていたとは…。「気分しだいの必殺技」は、原作では第20巻part4のタイトルですが、獅子咆哮弾自体は、実は技でもなんでもなく、「気分」そのものを描いた話です(と言い切ってしまおう)。「空気」を論じたり、嘲笑したり、批判するのは簡単ですけれど、その根っこにある「個」の「気分」に無自覚な話は、聞いていても、退屈だなあと思います。

 まあ、そんな深い理由があるわけでもなく、本来なら『クロノ・トリガー』に関することをとりあげたいのですが、これというサイトもなく、ゲームの途中ででてくる画像をパソコンに取り込んでアップするほど暇でもなく、『らんま』で御免というところでしょうか。どうでもよいのですが、『クロノ・トリガー』をプレーするなら、面倒でもSFCに限ります。プレステ版のCDの読み込みの遅さには本当にイライラしますよ。

 このままですと、「時の最果て」がらんまサイトになりかねませんが、やはり今週は天道あかね特集でしょうか。「かわいくねー、色気がねー、乱暴、ずん胴」(本当にどうでもよいのですが、韻を踏んでいて芸が細かいですな)と「許婚」に散々なことを言われる天道あかねですが、彼女の魅力に迫ってみましょう。個人的にはあまり思い入れはないのですが。というわけで、今回は「今日の『らんま1/2』」はおやすみです。

 「気分しだいの必殺技」は、高橋留美子の悪い冗談の一つでしょうが、こういう形でしか描けない「真実」もあるのかなと。私自身は、特別幸せでもなく、不幸せでもなく、「こんなものかなあ」と平々凡々とした日々を送るだけですが、若い頃に周囲を不幸にする人を男女を問わず見てまいりました。自分自身の気分ですら疎い私には他人の心理などうかがう術もありませんが、どうにもならない現実を前に私みたいに「なるようにしかならないし、なるようにはなるでしょ」というちゃらんぽらんな人間にはわからないのですが、「思い通りにならない現実」を思い通りにしようとする「善意」と怨恨感情あるいは「悪意」というのはたいして変わらない気がいたしました。このあたりは踏み込んでみたい気もしますが、それでなにかえられるというわけでもなく、率直に言えば、自分を不幸にする人は、容易に他人を不幸にするもので、あまりかかわらないようにしようという程度ですな。

 気がつけば、ユニバーサルサービス料に関する『日経』の記事から、自分でもあれだけよく引っ張ったなと思います。7円を笑う者は7円に泣く。固定・移動体全体にユニバーサルサービス料が課金されると、100億単位のカネが動きます。ちゃらんぽらんな私は信条あるいはポリシーとは無縁のものですが、どこかで「なにごともほどほど」(『ときめきメモリアル』をやり込んでいる知り合いに藤崎詩織みたいで嫌なやつといわれて目が点になりましたが)がよいでしょというところがあります。まあ、この「ほどほど」が難しいわけでありまして、難しいということを一週間を潰してぶつぶつ呟いていた、そんな「寝言」であります。こんな言葉もありますが、実際は難しいがゆえに残るのかもしれません。

足るを知るものは富む。

2007年04月21日

身辺雑記の効能

 ふう。珍しく「普通の」風邪をひいたようです。通常は、扁桃腺が腫れて発熱と咳なのですが、今回は、扁桃腺が腫れずに、くしゃみと鼻水で苦しみました。脂肪が厚く付着しているせいか、周囲の目も気にせず、さっさと帰って、最低限のことを済ませて寝てしまう(電車の中でもティッシュを手放せない方が気になります。いい年をして洟垂れ小僧状態でしたので)。火曜の晩ぐらいから編でしたが、「発病」が水曜日で金曜日の晩にはほとんど回復。風邪が長引くことが多いのですが、おそらく最短記録でしょう。ほぼ全快です。

 これで土日は散歩にジム三昧とつい張り切ってしまうところなので、危ないです。実は先週の土曜日に久しぶりに気合を入れたところ、日曜日に筋肉痛でのた打ち回りました(翌日に痛むのでまだ若いのでしょうか)。これで身体が疲労して、日月火の睡眠不足に寒暖の変化が加わり、ダウン。新年度早々、ぶっ倒れかけましたが、おかげで一週間の組み立て方が見えてきたので、これも「授業料」というところでしょうか。このブログ、日記みたいなことは書きたくない(書いてもつまらない)のですが、やはり、自分の日々を振り返るのには便利でして、「アルファブロガー」の方からすると、ネットのリソースのムダ遣いということになるのしょうけれども、それなりに対価を払ってリソースを確保していますし、つまらなければ見なければよいわけで…。まあ、ぐだぐだ言い訳を書いておりますが、やはりブログは、よほど志と能力に恵まれた方ではない限り、たいていは自己満足であり、最大の受益者は自分自身かなと思います。

 なんといっても、あとで自分で書いたものを読み返すと、そのときの関心だけでなく、集中力や「気分」などを客観視できます。もっとも、読み返した時点での「気分」の問題があるので、完全に客観視できるものではないのでしょうが。それでも、加齢とともに、20代後半から30代前半のような精神的に安定した状態で自己制御する能力が落ちてゆくでしょうから、ブログを書くことで自分の気分のあやうさを自覚する助けになればいいなと思ったりいたします。

 文章は、紙に一字一句を推敲しながら書くのが、基本だと思います。主語と述語の対応関係など、基本ではありますが、いろんな留保をつけていると、何を書きたいのかが不明瞭になります。唸りながら、15年近く前に2万字程度を紙に書いたことがあります。その後、内容はともかく、文章としてのできを超えるものを書いた覚えがあります。本当は、紙に字を書く時間を増やしたいのですが、テキストエディタは便利でありまして、最初、ざざっと書いた文章を編集するのが楽ですので、文章を書き始める初期コストが紙に書くときに比べて、はるかに減少します。これも時代の流れなのかなと思ったりします。

 雪斎先生の渡仏になにか言葉を送りたいのですが、思うように言葉が浮かばず、さくらさんの温かいコメントに便乗させていただくことにさせて頂きます。ありきたりですけれども、ご母堂に親孝行をされながら、ご自身がおおいに楽しまれるのが一番かと。個人的には民宿みたいなところで南仏からイタリア北部にかけて安旅行をするのが楽しいのですが(安いなりに飯がうまい)。来週は友人の結婚式もあり、祝辞を述べる機会はなさそうでホッとしておりますが、昔から突拍子もないことを口走ってしまう癖があるので、要注意というところでしょうか。

 それにしても、いろんな「旅立ち」をされる方々がいながら、私は相変わらず地を這いずり回るような生活の連続。鼻水にはまいりましたが、平々凡々とした生活をちょっとしたことで楽しむ日々です。

 例の「ブツ」を御覧になりたい方は、「続き」からどうぞ。それにしても、いつまで続くのやら…。
posted by Hache at 00:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

できた! 八宝大カビン

【今日の『らんま1/2』】

 爽やかな作品を取り上げたいところですが、やはり昨日の流れからして、八宝斎先生の「ご勇姿」を見事に描いた作品をとりあげざるをえないでしょう。ちなみに金曜日にかんべえ師匠じゃないよと申し上げましたが、「じゃあ誰?」となりますが、一切口を割るつもりはありません。誤解のないように申し上げておきますと、実際の「師匠」は、下着ドロとか覗きとは無縁です。ただ、本業の話となりますと、鬼のように厳しいお方。それこそ指一本でモデルが崩壊する場面を何度も見せ付けられて、怖い思いをしました。不思議なことに、私を大切にしてくださって、「外様」だったせいでしょうか、「直弟子」の方以上に愛情のこもった御指導を賜りました(くどいようですが、まじめな仕事の方ですよ)。

 それにしても、アニメにすると、当然でありますが、原作とは異なって下着に色があるのですが、高校生ぐらいだとこんなものでしょうか。高校生ぐらいのときは、まあ、そのお、まあ、いたすことをいたすときには、やはり白が多かったように思いますが、20歳前後の頃は、勝負下着は黒が多かったような。あとは、ピンクとベージュの微妙な色合いで贅沢なレースが入っているもの。個人的には、黒に近い濃紺(これは表現が難しいです)にレースをふんだんに使っている下着に萌えますね。もちろん、一番、大切なのは、愛情。

…。一番、似合わない話になってしまいました。どうも、体調は回復傾向ですが、やはり構造不況から立ち直る道は遠いようです。


できた! 八宝大カビン 『らんま1/2』熱闘編132話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=wamf1xJotmE(9分30秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=bJPwIsRtuTM(9分29秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=adXafIJJq28(4分20秒)

2007年04月20日

ユニバーサルサービス制度(4)

 今回でユニバーサルサービス制度の話は終わりですが、歯切れが悪くなります。「ユニバーサルサービス制度の将来像に関する研究会(第1回)」の資料1−4「ユニバーサルサービス制度の現状と課題」(PDFファイルですので、リンク先の該当資料をクリックする際はご注意ください)が主たる資料ですが、たとえば、スライド番号14枚目の「最も低いコストの局」の札幌と青森の加入数のセル中で桁数区切りであろうところが、小数点になっていて数字自体は信用しても大丈夫なんでしょうが、なんとなく不安になります。パッと見た目はExcelで作成した表をPowerPointに貼り付けたのでしょうが、元の表を作成する際にコンマを手で打っていたのでしょうか。通常はセルの書式設定で済む話でしょうが、細かいところで少しでも狂いがあると、この話は結局、数字の問題になるので、すべてが狂ってしまう。このあたりの無神経さはお役所らしくないですね。いかれた「外道」が「寝言」を綴る「時の最果て」では珍しくないのですが。

 そんなわけで慎重になってしまいますが、スライド番号14の数字を信用するものとすると、全国で最もコストが高い局が属するMA(Message Area:資料では単位料金区域)は夕張で、夕張内のこの局ではわずか3回線でコスト単金が405,305円ですので、3回線に1,215,915円ほど費やされていることになります。離島が高コストになりそうですが、東京都で最も高コストの局が存在するのは八丈島。八丈島内のこの局はコスト単金が157,864円で加入数が247ですので、38,992,408円が費やされています。 これらはMA全体の数字ではなく、あるMA内で最も高い局を抽出した数字ですので、極端な数字になります。ちなみに、MAというのは単純に言ってしまうと、東京でたとえば「03」、大阪で「06」の市外局番で統一されている区域を指します。一つの市町村が複数のMAに分割されることはありませんが、MAが複数の市町村(東京の場合、特別区を含む)を含むことがあります。高コスト地域の損失を低コスト地域の収益で補填することは当然の前提となっていますが、実はこの点は難しい部分があります。

 念のため、申し上げておきますと、長期増分費用のように競争的な水準でのコスト算定や高コスト地域のコスト削減努力などもうたわれています。本質的な問題は、低地域コストでえられた収益を低地域コストに投資した場合にえられたであろう便益と比較して、低コスト地域でえられた収益を高コスト地域の損失を補填する場合にえられるであろう便益が大きいのかという問題でしょう。さらにいえば、公正を重視するのなら、高コスト地域の損失負担の便益が仮に小さい場合でも、ユニバーサルサービスを維持すべきでしょうが、低コスト地域の消費者の厚生を無視するのは、「公正」という点でも、正当化が困難でしょう。これは効率の観点であって、ユニバーサルサービス制度のように、公正を問題とする議論にはなじまないという考え方が支配的なのでしょう。しかし、報告書では、このような視点すら見あたらず、読みながらやや苦痛を覚えます。露骨に言ってしまえば、公正の問題だけを論じていて、効率の問題はまったく無視されているといってよいでしょう。

 効率と公正の問題を、それだけを取り出して論じることは、私の手に余ります。しかし、公正と効率が一致しないにしても、公正を確保する際に効率の問題を無視することは、長期的に非効率を拡大するばかりで、「公正」な制度を保つことは困難になるでしょう。この資料では、私の偏見にすぎませんが、費用効率のみが問題となっている印象があります。効率という場合、費用効率だけでなく、消費者の厚生を含むというより、こちらを重視するのが通常だと思います。「採算地域」でえられた収益を、ごく一部とはいえ、「非採算地域」の損失補填に充当することによって発生するであろう非効率に関してはまったく無視されていて、現状では地理的公平が確保されているのかどうかすらわからないというのが率直な印象です。場合によっては、低コスト地域が地理的に不公平な状態にある可能性すら否定できないでしょう。  

 さらに「ユニバーサルアクセス」、すなわちブロードバンドへのアクセスの地理的公平を確保することは「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会報告書」にでてくる概念ですが、ずいぶん贅沢な話だなあと思ってしまいます。お役所の報告書らしく慎重な留保は着いているものの、競争が進展した場合、ユニバーサルサービスにせよ、ユニバーサルアクセスにせよ、地理的公平を確保するための原資は確実に減少してゆくでしょう。肝心の部分に関してはほとんど触れられていない。現状ではNTT東西への補填対象額が約152億円程度ですので、金額からすれば大したことはないのかもしれません。しかし、ユニバーサルサービスがユニバーサルアクセスに拡大した場合に、補てん対象額が現状よりもどの程度、変化するのか、資料からは見当もつきませんし、「採算地域」においても、ブロードバンドサービスを利用しない利用者が「非採算地域」のユニバーサルアクセスを確保するための原資を負担すべき正当な理由は理解できないです。

 これはわき道にそれますが、スライド番号15では「平成17年度ユニバーサルサービス収支表」が示されています。この収支表は加入電話と第一種公衆電話に区分されています。ユニバーサルサービスにせよ、ユニバーサルアクセスにせよ、根幹は地理的公平なのでしょうが、公衆電話は地震など緊急時の通信手段としては移動体通信と同様に、場合によってはそれ以上に有効に機能することもありえます。ユニバーサルアクセスの場合で、"essentiality"(国民生活に不可欠であるという特性)の概念は重要でしょうが、高コスト地域でのサービス・アクセス維持の問題に議論が偏っていて、低コスト地域・高コスト地域を問わない"essentiality"にはほとんど注意が払われていないようです。この資料のあら捜しをしているわけではないのですが、どうも、「次世代ブロードバンド戦略2010」の整備目標が先走っていて、それを正当化するために議論が行われている印象が拭えません。 

 ユニバーサルサービスからユニバーサルアクセスに発展するにせよ、スライド番号8が問題を集約していると思います。この図で示されている「補てん対象地域」の設定には、ある種の恣意性がともないます。先述の「低コスト地域」の収益で「高コスト地域」の損失を負担することに関して消費者の厚生の観点、あるいは便益評価が事実上、無視されている状態では、「補てん対象地域」の設定は、いつまでも恣意的なものに留まるでしょう。IP化やFMCの進展による市場の変化にユニバーサルサービスを対応させること自体は大切でしょう。しかし、ユニバーサルサービス制度による非効率が明示されていない現状では、競争の進展ともに、ユニバーサルサービス制度は複雑化し、恣意性を高めてしまうでしょう。「公正」の確保を議論することはけっこうなことです。それが効率という冷徹な計算を欠く場場合、「善意」なるものから悪しき制度が生まれるものだという「寝言」が浮かんでしまいます。

 「格差是正」にも、多様なレベルがありますが、ユニバーサルサービスは、「所得格差」や「デジタル・ディバイド」とは異なる地域間格差にかかわる問題です。「政治と経済の関係あるいは無関係」というカテゴリーから離れた話になってしまいましたが、冷戦下で影響をもった「経済的土台が上部構造を決定する」という、社会主義の発想でも、極度に図式化された、ものの見方はいまだに影響力があります。経済的相互依存と政策決定過程の関係に理論的に明確な法則性が存在するのか否かすら私には確信がありませんが、内政という点からこの問題を考えるときに、政策決定とその執行過程は、一国の統一性を保つために、市場機構の性能や経済的相互依存の恩恵を犠牲にすることが少なくないように思います。外政という点では、他国という自国だけでは動かしがたい変数がある以上、互恵的な関係を破壊することがありうること、それを避けうる手段が限られていることは否定しがたいと思いますが、内政では政策の決定・執行にあたって非効率が避けられないにしても、その非効率を的確に評価し、可能な限り抑制する発想が少しでも省みられることを願ってやみません。「市場原理主義」などというまったく意味をなさない言葉が、無意味であるという自覚すらないまま、メディアや論壇で用いられているのを見ると、遠い道のりであることは覚悟せざるをないと、「寝言」をつぶやいてしまいます。

(追記)記事タイトルを「ユニバーサルサービス制度(4)」に訂正いたしました。また、下線部以外にも記事をエントリーした後で訂正した部分があります(2007年4月20日)。 

幻の八宝大華輪を探せ

【今日の『らんま1/2』】


 今日は次回、紹介する番組の「予習」です。もちろん、この作品単体でも、「鳥乱す」や覗きの「極意」、秘伝書の解読など「無差別格闘早乙女流奥義 テニスコート天使の舞プロジェクト」などナンセンス度が高い見どころ満載なのですが、次回、紹介する原作にはないナンセンス度の前にはノーマルな作品としてさえ映ります。

 それにしても、八宝斎師匠の「ご勇姿」は、ある師匠のお姿と重なります。ああ、あの方の底意地の悪さといったら…。ここでかんべえ師匠を思い浮かべた方は、「時の最果て」からご退場ください。かんべえ師匠は、子育てに疲れた、あるいは飽きたが一段落したせいか、会合の途中に大声で「ああ、た〜いへん」と叫びながら、ご息女ではなく、たまごっちの世話をする(Yさんも「私などいつまでたってもおよばない、とてつもない器のかたでございます」と絶賛されておりました、とってもよい方です。私の脳内で八宝斎先生と重なる方は別の方です(ここはけれんみなどまったくありません。文字通りお読みください。反転…宝珠?その話はまた後日)。


幻の八宝大華輪を探せ 『らんま1/2』熱闘編26話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=p9iPkVKmzDY(7分59秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=LdHHR3c_M6E(7分59秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=XinnVGKIz-Y(7分07秒)

2007年04月19日

迷惑電話の撃退法 テクニック集

 寒暖の激しい変化に弱い私は、火曜日に帰ってきてそのままダウン。発熱があり、どうも風邪のようですが、若い頃のように扁桃腺が腫れている様子がなく、よくわからないのですが、とにかくだるい。夜の8時過ぎにはお布団に入って朝の4時前に目が覚めるという「不健康な」生活をしてしまいました。ユニバーサルサービスのお話はとりとめがなくなってきたこともありますが、一回お休みです。

 それにしても、早めに帰って休んでいるときに限って、芸のない勧誘の電話がくるので、気が重くなります。とはいっても、獅子咆哮弾を撃つわけにもゆかず、迷惑そのものです。「勧誘や宣伝ではありません」なんて白々しくいわれてしまうと、よけいに腹が立ちます。その上、「アービトラージという言葉はご存じないと思いますが」などと勝手にしゃべっているのでさらに腹が立ちます。もう少し機嫌がよいときですと、丁寧な応対をします。たとえば、「英語のスペルをおっしゃってください」とか「日本語に訳すとどうなりますか?鞘取り以外の表現で」という優しい話から入ってネチネチやってゆくのですが、状況が状況だけに、ついつい「煽りにマジレス」をしてしまいました。いきなり、「迷惑電話撃退法 応用編III」を発動して、これで二度とかけてこないでしょう。

 それにしても、個人相手の先物業者は本当に迷惑ですな。まあ、キャリアさんからすると、ありがたい「商売相手」なのかもしれませんが。電話つながりで今日は軽めの話題です(というか軽くない話題があったけ?)

【基本編 じらし】

 迷惑電話をかけてきた相手が女性の場合に限ります。性行為に限らず、人間関係の基本中の基本はやはり「じらし」。相手の欲求が強いほど、このテクニックは、相手に多大な精神的ダメージ(使い方しだいでは深い快感)を与えるという意味で、非常に効果的です。ただ、やりすぎると、単なる嫌がらせになるので、ノーマルな人間関係では要注意です。私の迷惑電話の「撃退法」としては最もポピュラーな方法です(最近は、飽きて使わなくなりましたが)。

 高校を卒業して大学に進学したての頃、下宿に電話がかかってきて、声はなかなかいけてる雰囲気の女性。英会話教室の勧誘でした。どこで電話帳にも載っていないはずの番号を知ったんでしょうね、ふーんと思いながら、80年代後半のボディコンスーツでも着こなしていそうなお姉さんの雰囲気があったので、顔ぐらい拝もうかなと、「本社ビル」へ。会った印象は、まあ予想通りで、香水がちょっときついなあという感じ。この手の女性は好みではないのですが、話していて不快になることはなく、楽しいです。こちらもスケベ心を丸出しで視線が平気で相手の脚に行きますが、相手も海千山千で、その視線を楽しんでいる様子。1時間ほど雑談をして、相手がいよいよ「本気モード」へ。契約書がでてきて、気軽に「じゃあ、署名と捺印をお願いしますねえ」ときました。とっても性格温厚な私は、がさごそとカバンの中を調べて、真っ青になって(ふり)、「印鑑を忘れてしまいました」。ここからが勝負どころです。

 相手の表情から声音、言葉遣いが一変します。まさに、「圧迫」。「あんた、ガキのくせして他人の商売をなめてるわね」という雰囲気になるので、ひたすら静岡という田舎からでてきたばっかりなので、うっかりしてました(これは嘘。もちろん最初から印鑑など持参する気はゼロ)、昔から忘れ物が多くて困るんです(これは本当)と一見、受身に回って、ひたすら「口撃」を回避。と思っていると、突然、耳元で軽く甘い吐息を吹きかけながら、囁くなど、色仕掛け全開と敵もさるもの。まあ、失礼ながら、田舎者とはいえ、100万円を越える契約を○をさせてくれたって結ぶわけがないわけでして、ひたすら「柳に風」。2時間半ほど相手が粘りましたが、ついに「絶頂」、もとい「降伏」。「ここまでお話して断られたのは初めてです」と思わず弱気の発言。視線が寂しそうでしたが、これもテクニックの可能性もあるので、早々に退散。以後、「ブラックリスト」にでも載ったのでしょうか、英会話関連の迷惑電話は皆無になりました。 

【応用編I 言葉○め】

 実例は先物業者でした。相手が男だったので、適当にあしらう。「最近、WTIが上昇していることはご存知でしょうか?」などと言うので、どの名簿を見てかけてきたのか、だいたい見当はつくのですが、なかなかいい度胸だなあと感心しました(たぶん、なめてるだけでしょうけれど)。まずは軽く、「WTIは何の略称か説明してください」。驚いたことに、この方、WTIが何の頭文字かすらご存じない様子。ちょっと呆れてしまいました。ついつい嫌な「学校の教師」モードへ突入。「ドバイ産原油はバレルでいくら?」とか「北海ブレントは?」と続けざまにこちらが「口撃」。「ええっと」を繰り返すばかりで答えられない相手に、アメリカで取引されている原油とドバイ産の硫黄含有率の違いと日本の精製能力の関係を説明せよとか続けざまに「口撃」。実につまらない勧誘でした。「もうちょっと勉強してから勧誘しようね」と捨て台詞を残してガチャ。基本編で登場した女性の方がはるかに上手でしたな。

 先物業者の皆様、離職率が1年で5割を超えているそうですが、「新人研修」をもっとやらないと大変ですぞ。

【応用編II いたわり】

 周囲で最も「被害」が多いのがワンルームマンションの勧誘です。こちらは、一度、まともに話をしていて、微分して2階の条件を確かめていたところにかかってきて、集中力が高まっていたところに、くだらん電話でたいそう迷惑しました。たいてい日曜日や休日に電話がかかってきて、「お休みのところ、誠に申し訳ないのですが」というのが決まり文句。「休み」じゃないから迷惑なんですが。だいたい、「資産形成」のために「ワンルーム」というのが理解不能です。ただ、このあたりを突っ込んでくどくど説明されて集中力が一気に落ちてしまったので、ワンルーム関係は「いたわり」で接しております。

 どのような「いたわり」かと申しますと、電話に出て氏名を確認した後で、「資産形成のためにワンル」あたりでガチャ切り。相手もノルマをこなさなければならないでしょうし、電話代もかからないでしょう。私は、周囲から薄情な男と見られているようですが、意外と優しいんです。えへん(「えへん虫」が怒ってる?)。

【応用編III 放置○レ○】

 これは、かなり機嫌が悪いときに使います。氏名の確認までは他のテクニックと同じ。素直に本名を認めます。スイッチが入ったのは、「アービトラージという言葉はご存じないと思いますが」という一言。あのね、どこの名簿を見たのかしらないけれど、人を小馬鹿にするにも限界があるだろうと。私の本職を知った上で掛けてきたなら、相当、私の業界もなめられていますな。もちろん、わが業界は金融の「プロ」は非常に少ないので、なめたくなるのかもしれませんが。

 まず、軽く放っておいて相手が何を言っても、ひたすら無言。ユニバーサルサービス維持で苦しんでいるキャリアを考えると、通話時間をのばしてやろうかと親切心があるときには、3回に1回ぐらいは「ほお」と適当に相槌を打ちます。水曜日は機嫌が悪かったので、「アービトラージ」と相手が言った瞬間に子機を「スピーカーホン」に切り替え。最初の一分ぐらいは会社説明と取引内容を勝手にしゃべっていましたが、放っておいて、微熱気味ですが、とりあえず計算の続き。気がついたら、電話が切れていました。残念ながら、2分28秒ほどしか引っ張れなかった様子で、ちと残念。体がだるくて、仕事をお持ち帰りして作業してきたところに、迷惑電話をかけてきた相手への「天誅」としてはもの足らず、ちと欲求不満が残りました。

【番外編I ハード○○○】

 携帯に債権管理回収業者を名乗る男から電話。電話ですらチンピラ風で、面倒な相手。業者名をメモして法務省のHPで確認して「法律違反の可能性がありますので、警察に連絡しておきますね」。向こうがびびって切ってしまいました。着信番号を通報しましたが、どうせプリペイドかなにかで足がつかないようにしているのでしょうが。チンピラには鞭を容赦なくふるいます。

【番外編II 鬼畜系】

 弟がサラ金消費者金融で10万円ほど借りて返せなくなってしまったことがありました。業者が実家に取り立てにきたそうです。こういうときは父上の出番。しつこく会いたいという業者に、「でるところに出ようじゃないか」(保証人ではないので払う必要がない)とすごんだら、そそくさと帰ったようです。これで終わりと思いきや、今度はもっと紳士的な人物が来たようで、「俺は払わないけれど、あの子をあんたのところで雇ってバイト料を全部、回収したらどうだ。時給は安くてもかまわん」と言ったら、勝ち目がないのを自覚して二度とこなくなったそうです。ちなみに母上はオレオレ詐欺で騙された人たちは本当にかわいそうといいながら、「悪いけどうちは本当にあんたから電話があってもビタ一文も出さないからね」。わが両親に比すれば、私などまだまだ初心者レベルですな。

 適当におもしろおかしく書いておりますが、最近はガチャ切りがほとんどですねえ。機嫌が悪かったので水曜日はついつい「応用編III」を使いましたが。それにしても、電話帳に載っていない電話番号に、業種・業界を問わず、迷惑電話がかかってくるということは、ひっかかる方がいらっしゃる可能性が高く、これぞまさしく「外部不経済」。この記事をご覧頂いて、迷惑電話を楽しみながら、業者を「愛して」やっていただきたいものです。

 それにしても、体調を崩して、周囲の目を気にしながら、早めに退社して、おとなしく地味な計算をしているときぐらい、そっとしておいてほしいものです。
posted by Hache at 00:14| Comment(3) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

また一人乱馬を愛したヤツ

【今日の『らんま1/2』】

 アクセス数減らしという名目ではじめましたが、思ったより、早く目標を達成しました。ま、本音を言えば、『らんま1/2』程度の「教養」がないような方にはアクセスしていただきたくないというところでしょうか(わからないからといって社会生活にはなんの支障もないのですが)。

 それにしても、お好み焼きといえば関西、関西といえばお好み焼きなのでしょうか。大阪で友人に誘われてお好み焼きをはじめて食べたときに、軽いカルチャーショックを覚えました。まずは、文句なく旨い。失礼ながら、お世辞にも小奇麗なお店ではなかったのですが、地元の人だけが知っているお店で、お好み焼きがこんなにおいしいものとは知りませんでした。次に、その店では私と友人はお好み焼きだけを頼んだのですが、周囲ではお好み焼きだけでなく、ご飯を頂いている方がちらほらしていて、ちとびっくり。食文化というのは多様なんだなあと感心しました。あ、まずいことを思い出しちゃった。『カウンターから日本が見える』を読もう読もうと思って部屋のどこかに置いておいたら、「行方不明」になってしまいました。こんな鄙びたブログを伊藤洋一さんが御覧になっているとは思えないので、まあ、いいか。


また一人乱馬を愛したヤツ 『らんま1/2』熱闘編23話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=4bi4ZSRMHjU(7分59秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=AhxZVaEoyog(7分59秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=lDMltEWgrsk(8分34秒)

2007年04月18日

ユニバーサルサービス制度(3)

 アクセスカウンターが回らなくなって、「引締め」の効果がでているようです。こんな感じで体脂肪も減ってくれるとありがたいのですが、他方でさくらインターネットの管理画面を見ると、訪問者数が463、ページビューが1971となっていてわけがわかりません。だんだんどうでもよくなってきて、「勝手にしやがれ!」という気分になってしまいます。それにしても、ユニバーサルサービスなどというマイナーな話題で連載し続ける私も自分でもちょっと変かもと不安にならないわけではないのですが。今回で話を終了したいのですが、読者無視の「寝言」ですので、「つまみ食い」や「寄り道」が楽しく、どうなりますやら。

 さて、ユニバーサルサービスを考える際に前提となるのが、いわゆる「内部相互補助」です。これは1970年代から1980年代に多様な考察がされているのですが、全部、カットします。ざっくり言ってしまえば、昔の加入電話で言えば、高収益部門である長距離通信部門から低収益部門である市内通信、あるいは域内通信部門に収益を移転することによって、必需性が高い市内通信の料金を低廉な水準に抑えるということです。高収益部門から低収益部門への収益の移転ならば、通常の民間企業でも、ちょっと古い話ですが、事業部内で行っていたようです。たとえば、家電メーカーが新製品を市場に供給する際に、価格を抑えるために収益の上がっている製品ラインから収益をプールしておいてそのお金を回すといった類です。

 なぜ電話、あるいは情報通信(電力やガス、鉄道などでもよいのですが)で「内部相互補助」が問題となるのか。規制緩和が実施される前には、主として「社会的配慮」、あるいは「生活水準の向上」という点から内部相互補助は政策的に容認、あるいは推進されてきました。林・田川[1994]では、「積滞解消」という表現がでてきます。1970年代ぐらいまでは「すぐつながる電話」とならんで「すぐつく電話」(加入電話の申し込みに迅速に対応して電話の普及率をスピーディに高める)が電電公社の至上命題の一つ(輻輳や混線の解消など品質・信頼性改善の問題も大きいのですが)だったことが触れられています。今では移動体電話の契約数が1億を超え、固定電話は減少傾向ですが、30年前は固定電話の加入増にいかに対応するのかが課題でした。内部相互補助は、市内電話の利用者にとっては低廉なサービスを享受することができるという点で意義がありました。また、電電公社からすれば、民間企業ではないけれども独立採算を制約としている公社であり、市内・市外ともに独占状態であるため、恣意的な料金を設定することが可能でした。ただし、この点は要注意で、電話料金をはじめとする公共料金は、強い政府規制の下にあったことを忘れてはならないと思います。

 例によって話が脱線しますが、合衆国でAT&Tが分割された後、連邦通信委員会(FCC)は内部相互補助を排除すべく、加入者アクセスチャージと事業者アクセスチャージを導入しようとしました。FCCのねらいは、粗っぽく言えば、徐々に「費用」に見合わない水準になっている市内料金の事実上の「値上げ」を行うために、徐々に加入者アクセスチャージの部分を高めてゆこう(事業者アクセスチャージは長距離通信事業者が地域電話会社に支払う料金です)というものです。これに反発したのが、連邦議会や地方政府で、FCCの案は「骨抜き」にされました。

 実は私自身は、日本のケースに疎いのですが、合衆国の場合、FCCが独立行政委員会という特殊な行政主体であることも大きいのでしょうが、「改革」の「抵抗勢力」は、官僚機構ではなくて議会であることが少なくありません。「利益誘導」というのは、なにも日本の「専売特許」ではなく、合衆国でも、たとえばハイウェイ建設路線の選定とそれに関連する道路予算を決定する議会内部の委員会の構成員が相関をもっていることが示されています。話がそれますが、天下りの問題などで官僚機構がバッシングされていますが、予算に対する影響力はアメリカほどではないでしょうけれども、国会議員の問題が大きいのかもしれません。公共選択論では、官僚機構の「腐敗」の問題も扱うようですが、私が目にしている限りでは主として研究されているのは、議会と政府予算の「歪み」との関係です。主として合衆国を対象とした研究ですので、日本の場合は異なることも多いのでしょうが、日本では議会の役割が軽視されている印象があります(例外もありますが、自民党の一党独裁が続いてきたという戦後政治の異質性(戦前でも政権交代がありましたから)が単に大きいのかもしれませんが)。

 さて、電話の話に戻ります。1980年代以前、長距離通信料金は極めて高い水準でした。旧電電公社が民営化された直後で東京−大阪間の通話料金は3分で400円程度と今では考えられない水準にありました。日本ではドラステッィクな形で新規参入は生じませんでしたが、合衆国では規制が緩和される以前から、MCIが1970年代に事実上、都市間通信サービスを一般顧客向けに提供しました。AT&TはこれをFCCに提訴し、FCCの指示によって、AT&TはMCIとの相互接続を拒否してしまいました。このことが、司法省が提訴していたAT&T分割に関する訴訟でAT&Tを不利な立場に追い込むのですが、とりとめがなさすぎるので、ここは割愛します。

 極度に単純化をしますと、内部相互補助は料金体系の歪みを生みます。高収益部門の料金は費用に比して割高になり、低収益部門の料金は割安になります。これを維持するためには、政府が徹底的に高収益部門での競争を排除しなければなりません。MCIの事例はその典型です。当時、FCCはAT&Tの独占的地位を弱めるべく、無線通信の規制を徐々に緩和していました。他方で、電話事業のコアである長距離通信では競争を認めない政策をとっていました。料金体系に歪みがあり、なおかつ、新規参入を妨げる要因がなければ、より効率的な事業者が高収益部門に参入して料金が低下し、内部相互補助を維持することは困難になります。

 合衆国の場合、電話事業でAT&Tが私企業でありながら、政府規制によって事実上の独占(反トラスト法の適用除外)を認められてきました(合衆国のケースは先進国でもむしろ例外に属します)。プロセスは複雑ですが、AT&Tが内部相互補助を受け入れてきた背景には、自社の独占的地位を維持することが最大の要因だと考えますが、FCCなどの行政機関や議会などの政治的圧力なども無視できない要因でしょう。なお、AT&T分割に最後まで反対したのは国防省筋であることは興味深いです。Peter Teminの古典、Fall of the Bell Systemによると、国防総省はAT&T分割によって通信の統合性、ネットワーク性が損なわれることによって、緊急時における通信の確保に懸念を抱いていたようです(この懸念が妥当だったのかどうかはわかりませんし、現状ではどうなのかもわからないのですが)。

 本当にとりとめがなくなってしまいましたので、強引にまとめに入ります。ユニバーサルサービスを維持するためには、内部相互補助によって「不採算」部門を維持するか、「外部補助」すなわち補助金など公的資金を投入する必要があります。ユニバーサルサービスの維持は、効率という点では正当化することは困難です。簡潔に私の考えをまとめます。

(1)内部相互補助による非効率

 既に述べましたが、内部相互補助によって料金体系に歪みが生じます。「歪み」という場合、主として内部相互補助によって消費者の厚生が低下することを指します。この点に関しては、1970年代から80年代の研究で明らかです。また、内部相互補助が行われるためには事業者が市場において独占的地位、あるいは強い市場支配力をもっていることが不可欠です。家電メーカーが事業部内で「内部相互補助」を行って非効率が生じても、他のメーカーの製品との競争によって、そのような非効率が排除されるでしょう。通信の場合、政府規制によって独占的地位を認められてきたために、このような市場機構の作用は著しく制限されています。このため、通常の市場よりもはるかに長期間にわたって非効率が温存されてしまいます。他方で、料金体系に歪みが存在すれば、潜在的な参入者が実際に参入する余地が高まります。内部相互補助を徹底して維持しようとすれば、効率的な事業者の参入を認めない、あるいは排除しなければなりません。

 既存事業者に独占的地位の維持を認めることは内部非効率(X非効率)を高めることも注意が必要です。1970年代はスタグフレーションの時期ということもありますが、人件費の高騰などによって合衆国では大幅に通信料金が上昇しました(労組の問題が大きいのですが、割愛します)。市場機構が機能しないことによって配分上の非効率が生じるだけでなく、組織の内部非効率も高まります。

(2)効率と公正

 内部相互補助には、(1)長距離通信(主として都市間通信)から市内通信への補助、(2)「採算地域」から「不採算地域」への補助、(3)医療機関や教育機関など公的性格をもつ組織への補助などがあります。これらは、政策上の目的としては社会的公正という観点から議論されているようです。(1)は、ユニバーサルサービスを維持するための伝統的な手段であり、(2)や(3)は、ユニバーサルサービス制度の対象を示しています。もし、これらの施策を実施することが市場において効率的であるならば、通信事業者が自発的にユニバーサルサービスを提供するでしょう。現実には、先ほどもとりとめもなく書きましたが、結果論に過ぎない可能性もありますが、市場での独占的地位を保持するためにユニバーサルサービスを維持してきたというのが現実だと思います。ユニバーサルサービスを維持する前提が内部相互補助の存在である以上、効率とは異なった問題として割り切ってしまった方が(もちろん、事業者にユニバーサルサービスを供給する効率的なインセンティブの与え方を検討すること自体は否定しませんが)話が明確になると思います。

 効率と公正の問題は、古くて新しい議論であり、現在でも議論が続いています。そもそも、「公正」とはいかなる状態を指すのかを定義することは、経済学だけでなく、倫理学や論理学をはじめ、様々な分野で検討されています。また、効率的な資源配分が公正であるとはかならずしもいえないことは、やはり過去にも検討されていますし、今後も続くのでしょう。逆の関係も難しい問題です。概ね公正だとみなされる資源配分が効率的であるという確実な保証は、私の貧しい知識ではないと思います(効率的な資源配分の集合から衡平な資源配分を定義する場合は別ですが)。

 身も蓋もないことを書いてしまうと、ユニバーサルサービスの維持が効率という点では否定されるにしても、はたして公正という点からすら正当化されるのか疑わしい点はあります。とくに、日本では全国均一料金が合衆国よりも重視されますが、その根拠はかならずしも自明ではありません。また、都市部で基本料金が高く設定され、農村部では低く設定されてきたことは、ネットワーク外部性、あるいは発信可能性と受信可能性の点から正当化されてきましたが、結果的には支払能力のあるところから料金を高めに徴収するという状態になっています(「負担力主義」、「応能負担」というのは実際に適用すると、「とりやすいところからとる」という結果になることが多いでしょう)。このような制度が効率的ではないとしても、公正であるといえるのかどうかは疑問が残ります。

 ただ、この議論をするにはあまりに面倒なので、ユニバーサルサービス制度の是非を「棚上げ」して、与件として考えてみましょう。いかれた「外道」の目からすると、ユニバーサルサービス制度に効率的かつ公正な制度という理想像が存在するかどうかすら疑わしく、そのような理想像が存在するとしても、それが明示的に設計されるには途方もない時間がかかるでしょう。夢も希望もありませんが、ユニバーサルサービス制度というのは本質的に非効率であるという前提の上で、その非効率をいかに抑えるのかという点が最も肝要だと考えます。この種の問題は、ユニバーサルサービス制度だけではありません。医療行政や年金、少子化対策などの社会福祉、雇用政策など幅広い分野で問題になってきます。

 「格差是正」に関する議論には疎いのですが、私が目にしたり、耳にした範囲では、多くの場合、悲惨な現実へのシンパシーと正義感という「善意」が、ときにあからさまに、ときに暗黙に前提になっているように感じます。他方で、市場というのは、「善意」も「悪意」もすべて飲み込んで、例外も少なくありませんが、長期的には市場に参加している経済主体がそこそこ満足するという意味で効率的なものです。「『国家の品格』と『格差社会』の間」で書いたことは、『国家の品格』を読み、「格差社会」論に関する雑誌などの記事を読んでいて感じた違和感です。率直にいえば、『国家の品格』には嫌悪感を覚えました。実はあの記事を書くために1時間ちょっとで全部を読みましたが、市場経済への拒絶と市場経済が構成する分権的社会への無理解を感じたからです。「格差社会」論は、私にはより身近に感じます。市場経済は、社会に存在するヒト・モノ・カネなどを効率的に配分するメカニズムとしては最悪の部分も含みますが、これまで実施されてきた他のメカニズムよりもマシなものです。「格差社会」論が指摘する問題は、市場の欠落、あるいは市場の不完全性と結びついている部分もあり、国家の品格よりもはるかに真剣に考えてゆかなければならない問題を含んでいると思います。

 私は、「格差是正」の必要性を否定しません。問題は、それがどの程度まで必要なのかという的確な現状認識とディスインセンティブを取り除いてゆく小骨をとってゆく地道な作業がどうも弱いということです。同時に、それが特定の悲惨な状況を改善するためには他の良好な状況を悪化させてしまう虞を軽視していることにも違和感があります。それにもかかわらず、「格差是正」が本質的には非効率であること、その非効率をできうるかぎり抑制しようと努力をされている方には敬意を払います。ユニバーサルサービス制度に関する議論は、今日では非常に複雑になっておりますが、このような真剣な努力には敬意をもちます。

 それにしても、ユニバーサルサービス制度そのものからあまりに遠ざかったしまいました。次回はユニバーサルサービス制度の将来像に関する研究会(第1回)の資料「ユニバーサルサービス制度の現状と課題」から興味深いデータをとりあげて論じる予定です(ちょっと間をおくかもしれません)。