2007年04月10日

小林秀雄「ヒットラアの『我が闘争』」

 ありゃま、珍しいものを見てしまいました。「ヒットラアの『我が闘争』」(初出:『朝日新聞』(昭和十五年九月) 『小林秀雄全集第七卷』(平成十三年十月 新潮社)所収 119−120頁)。下の方で、現代仮名遣いで記しております。「『本居宣長』は、それまで他人の作品に光をあて『裸形』にしてきた小林が、自らを裸形にすべく、しかし、自分で自分に光をあてるわけにはゆかず、宣長の光の下で自分を裸形にしたという感覚です」などと思わず「寝言」を口走ってしまいましたが、この文章は、すさまじい。ヒトラーとの間合いに微妙な感覚を残していた小林秀雄が一刀両断、「贋作」とわかった骨董品をぶったぎるようなすさまじさがあって、『朝日新聞』におかれましては、戦前の御社の記事を墨で塗りつぶすのではなく、こんなコラムも載せていたのだと胸を張っていただきたいものだと思いました。

 とはいえ、小林秀雄でも、ヒトラーとの間合いには迷いがなかったわけではないようです。「神風という言葉」(初出:「東京朝日新聞」(昭和十四年十月) 『小林秀雄全集第六卷』(平成十三年七月 新潮社)所収 525−531頁)は、ナチスのポーランド侵攻を「神風」と呼ぶ風潮を批判するインテリに向かって「寝言」としての芸になっておらんという話(あくまで「時の最果て」の解釈ですよ)を独ソ不可侵条約の締結まで踏み込んで書いていますが、ヒトラーの描写がすっきりしない。当時はキッシンジャーの『外交』がなかったため、「バザール商人 スターリン」という感覚はさすがになかったのでしょうが、おそろしいことに、直感だけで小林秀雄はヒトラーとスターリンが「複雑怪奇」な情勢の中で複雑な駆け引きをしている事態に目がいっています。これは信じがたい(現代では確定した史料が豊富なので、突っ込みどころは満載ですが、歴史が現在そのままだった時期にあれだけ見える方が珍しいと思います)。他方で、ヒトラーには微妙な間合いをおいていて、戦後のように「戦争に協力したか、美化したか」みたいな意味をなさない「視点」(まともに物事を見ようとしない態度を「視点」とすら表現するのは変ではありますが)ではけっして見えない、微妙な感覚があります。

 しかるに、ヒトラーの「作品」、『我が闘争』にふれた途端に、真剣でぶった切ってしまう。ヒトラーに関する風評をぶった切る小林秀雄は、猛々しくさえ映る。当時の「文士」は真剣勝負だったことを、はからずして小林秀雄は示していて、現代の「意匠」の儚さに呆然としてしまいます。小林秀雄の文体は、どこか飄々としていて、悪く言うと、人が「左」といえば「『右』を忘れちゃいませんか」、「右」といえば「『左』をよく見ましたか」(もっと意地悪く言うと、他人が右往左往、右顧左眄しているときに「上と下も見ましょうね」てな感じ)というような感覚ですが、この文章では一気呵成に対象に踏み込んでヒトラーを裸形にし、返す刀でナチスへの「風評」(よけいなお世話ですが、すなわち戦時体制そのもの)を一刀両断にしていて、目が点になりました。こういう手口を明らかにしない、あるいはできないのが、文芸評論の面白さであり、哀しさでもあるのですが、手口を隠そうともしない小林老師の勇姿に、思わず口あんぐり。

 「戦争について」(昭和十二年十一月)ですら、抑制していたのだと思うと、戦中に「言論弾圧」があったこと自体は事実でしょうが、自らかちとった自由でない限り、「言論の自由」など存在しないことを痛感します。「ヒットラアの『我が闘争』」(昭和十五年九月)を読むと、自由は他人にせびるものではなく、自分でつかむ運命以外のなにものでもないことを、あらためて感じます。

 われながら見事なまでにアクセス数が激減しているので、啖呵を切るのに躊躇いはない。批判されると「言論弾圧」だの、「『言論の自由』を守れ!」だの叫ぶ連中は、そもそも「自縄自縛」で自ら望んで「不自由」なのだ。いかれた「外道」の目には、戦争に手を貸しただの、いや違うだの、そんな「寝言」未満の話はもう、小林老師は戦中に通り過ぎてしまったと映ってしまいます。それにしても、キッシンジャーの描写(迫害された側からすると、やむをえない感はありますが)ですら冗長に感じてしまう文章を戦争のさなかに書く人物を生んでしまう、東の「最果て」の島国は、侮れないのお。

ヒットラアの「我が闘争」


 これは読者の先入観なぞ許さぬ本だ。ヒットラア自身そのことを書中で強調している。先入観によって、自己の関心事のすべてを検討するのを破滅の方法とさえ読んでいる。
 そして面白いことをいっている。そういう方法は、自己の教義に客観的に矛盾するすべてのものを主観的に考えるという能力をみんな殺してしまうからだというのである。彼はそう信じ、そう実行する。
 これは天才の方法である。僕はこの驚くべき独断の書を二十頁ほど読んで、もう一種邪悪なる天才のペテンペンを感じた。僕にはナチズムというものが、はっきりわかった気がした。それは組織とか制度とかいうようなものではないのだ。むしろ燃え上がる欲望なのである。
 ナチズムの中核は、ヒットラアという人物の憎悪のうちにあるのだ。毒ガスに両目をやられ、野戦病院でドイツの降伏を聞いたときのこの人物の憎悪のうちにあるのだ。
 ユダヤ人排斥の報を聞いて、ナチのヴァンダリズムを考えたり、ドイツの快勝を聞いてドイツの科学的精神をいってみたり、みんな根も葉もないたわごとということがわかった。形式だけ輸入されたナチの政治政策なぞ、反故同然ということがわかった。
 ヒットラアという男の方法は、他人の模倣なぞまったく許さない。

(追記)Andrew様のご指摘にもとづいて、「天才のペテン」ではなく、「天才のペン」が原文であることを全集で確認しましたので、訂正いたしました(2012年2月25日)。 
posted by Hache at 00:52| Comment(7) | TrackBack(0) | まじめな?寝言

2007年04月09日

「理屈屋」と「実務家」

 唐突ですが、ときには2,000を超えるPVがあって、「過疎ブログ」というのはありえないだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれません。実態は、「過疎地」そのものです。管理画面でアクセス解析を見ると、土曜日の総PV数が1,880で、内訳を見ると、「/index.rdf」が848、「/index20.rdf」が149にたいし、トップページのPVは235です。約53%がRSSリーダーにとりこまれた分で、実際に読まれたのかどうか、確かめようもなく、一回、登録すると、惰性で読み込むのがならいですので、10分の1も目を通していただいていたら、十分かなという感じでしょうか。

 なお、金曜日にSEO対策はしてませんよと書いたら、土日に10件以上、SEO対策をビジネスとしているサイト(10件を超える外部アクセスはここだけ。最近はリンク元が100を越えることも珍しくないので、リンクして頂いているサイトで累計で10を超えているところがあるかもしれませんが、いかんせん、面倒なのでごめんなさい)と思しきところからアクセスがあって確認したところ(リファラの記録による)、この過疎ブログが登録されている様子はなく、不思議でした。念のため、勝手に私のブログを登録された方がいらっしゃたら、取り消してください。あと、携帯用の2ch経由でアクセスがありますが、できれば直接リンクするのは控えていただけると助かります(あそこは、板にもよりけりでしょうけれど、あまり貼ってほしくないのが本音)。フリードマンのコラムは、ネットで無料で読めるので(NYTでは有料ですが)、そちらをリンクしてください。内容の無断引用はいっこうにかまいませんので(「出所はここだと断れ」とかうっとうしいことは申しません。ただし、引用の適切さは引用者の方に負っていただきます)、こちらにリンクするのは控えていただきますよう、お願い申し上げます(そろそろ本気でアクセス数を減らしたい気分ですので。まあ、よけいなことをせずに放っておけば自然に減るかな)。

 新年度が始まって肩書きが変わりましたが、業務は同じなので少しホッとしました。本業で好きなことができる最後のチャンスになりそうですので、「ある敗戦国の幸福な衰退史」は手抜きモードで参ります。こんなチャンスは滅多にありませんので。思うように資料が集まらないせいもあるのですが。「寝言」も更新しないことが増えると思います。更新しても事務的な内容が増えると思います。RSSリーダーを解除する絶好のチャンスですよ。

 今のネット上ででつまらん批評が多いなどという記事を見ると、なるほど、うちもそうだなと思います。言いにくいのですが、そんなのあたり前田のクラッカーじゃないのかなと思って読み流してしまいました。というか、ネット上でつまらん批評が多いという批評自体がつまらんなと思ってしまう。言い出せば、テレビの番組はつまらんとか新聞記事はつまらんとかキリがない。まあ、いかれた「外道」からすると、ひねりのない「日の下には新しいものは一つもない」というところでしょうか。「web2.0」批判自体は共感しますが、ちょっとねえ。『寝言@時の最果て』のような碌でもないブログを書いている中の人からすると、ありゃあ実現したとしても、ごく一部だよと思ってしまいます。「新しいもの」などたいていそうじゃないのと思ったりします。

 そういえば、2007年問題なんていう話が言われていて、「大変だ」という「建前」と「これで楽になる、マシになる」という本音を聞きましたが、内心、鼻で笑っていました。だって、父上、高卒なのに、60を過ぎても再雇用で働いていて「現場を回せるやつがおらん!」と嘆いていましたから。会社によりけりでしょうけれど、40代が思ったほど育たず、30代はすかすか、20代はガキ扱いで、年寄は怖いのおと思います。母上が「給料も減ったし、年金も少ないし」とぼやくのでお給料の具体的な数字を聞くと、それはそれは口が堅い。「500万円はあるでしょ?」と言うと、動揺しながら「超えているかどうかは言えない」。でも、表情でわかってしまいます。これはないかなと思って「800万は超えるでしょ?」とカマをかけたら、明らかに動揺するので、ありゃま。言いにくいのですが、某有名サイトで愛知県の景気のよさに感心しながら、「でも住む気がしない」と書かれていて、愛知県の人は得をしているなあと思いましたねえ。人口流入が緩やかなおかげで、正規雇用を増やしたいけれども、雇いたいと思うほどの人が来るわけでもなく、既に雇用を確保している人の給料はそこそこ高い。両親に面と向かって「愛知県は人気がないよ」というと、「そうなんだよなあ」と落ち込むのを見ると、つい内心で笑いがこみ上げてしまいます。おかげで「恩恵」を受けているわけですが、外部・内部ともに自覚がない様子。

 それにしても、「理屈屋」をバカにする「実務家」が自分の「思い通り」にならない「現実」に直面して、「現実」を非難するのを見ていると……。「理屈屋」にせよ、「実務家」にせよ、「思い通りにならない現実」に処することは難しいのだなあと思いますね。歴史に学ぶことは難しいのですが、経験から学ぶことも同じ程度に難しい。若い頃に同じようなことに直面したはずなのに、すべてが新しく見えてしまう。気分の問題のような気もしますが。気分を自覚して制御することも難しいか。心の狭い私は、苦笑しながら、「昔の人にはよくモノが見えていた人もいたんだなあ」と本当にどうでもいい「寝言」が浮かんでしまいます。

 まあ、日曜日はのんびりとお散歩してジムで汗を流して、ボケない程度に仕事をしていて、またまた平和に過ごしてしまいました。例によって日めくりカレンダーを一枚一枚めくってゆくように、平々凡々と日々を送る、そんな感覚です。 
posted by Hache at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年04月08日

時の最果てからの「お祝い」(「寝言」401号)

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。薄情というべきか、マイペースというべきか……。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:ふう。おぬしに一つ尋ねたい。あのデブは、おぬしの名代じゃな?
ハッシュ:いかにも。
ボッシュ:あのデブの碌でもないブログも、記事の数が400になったそうじゃ。しかるに、おぬしが祝う雰囲気すらない。あそこに書いてあることは、本当にどうでもいいことばかりじゃが、名を貸したおぬしが、少しは声をかけてやってもよいではないか?
ハッシュ:記事の数が400?
ボッシュ:……まさかと思うが、あのデブが嘘をついているのか?
ハッシュ:どれどれ。zzz
ボッシュ:おい、いきなり寝るとはどういうことじゃ?
ハッシュ:あのデブの記憶を深いところまでたどっておるところじゃ。邪魔をするでない。zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:ほお。あのデブがブログで書いているそのままじゃな。木曜に書いた記事が長くなったので、手抜きをしようと二日に分けたようじゃ。で、一番「寝言」らしい記事を金曜日に載せようとしていたようじゃのお。それにしても頭の悪いデブじゃ。いつ気がついたか、さっぱりじゃが、木曜日の記事を書いてからのようじゃのお。ブログの、なんじゃ、こんとろーるぱねるとかいうのをみたら、記事数が399で目が点になったようじゃ。こんなバカなことを399も書いて、400番目は、とくにバカバカしいので泣きたい気分になったようじゃ。
ボッシュ:なんじゃ、その程度のことか。ところで、おぬし、あのデブはワシになにか隠し事をしているようじゃ。
ハッシュ:ほお。
ボッシュ:おいしい日本酒を知っているようじゃが、あのデブの舌はあてにならぬ。しかし、雑誌の特集で一番なら、それなりに信憑性がありそうじゃ。実は、シェフの友だちが居酒屋のちょっと高級なお店をやっていて、日本酒のうまいのを捜しているようじゃ。雑誌に載るぐらいだから、シェフの友人も知っているかも知れぬが。あのデブめ、ごまかして銘柄の名前を書いてはおらぬ。すまんが、あのデブの記憶をたどってほしんじゃ。
ハッシュ:よくわからぬが、やってみようか。zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:ワシにはお酒の話はさっぱりじゃが。これかのお。くぼたのまんじゅ?
ボッシュ:それならワシでも知っているぞ。もっと違う銘柄のはずじゃ。
ハッシュ:それではもう少し深い記憶をたどるとするか。zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。
ハッシュ:むむむ、こ、これは!あのデブが、信じられん!!
ボッシュ:そ、そんな大きな声を出してびっくりするではないか。いったいどうしたのか?
ハッシュ:ワシが記憶をたどろうとすると、封印がかかっておる。ほれ、これじゃ。
ボッシュ:し、信じられん!!サラのペンダントでなければ開かぬはずの封印が、なぜあのデブの心の中に……。
ハッシュ:これはワシにもわからぬ。
ボッシュ:しかし、日本酒の銘柄ごときを封印する必要もあるまいし。まあ、うまいものは隠すに限るか。ほんにけちなデブじゃな。
ハッシュ:ところで、お祝いはどうしたんじゃ?
ボッシュ:あのデブへのお祝いか……。『寝言@時の最果て』第401号にふさわしいお祝い。(ポン)これしかあるまい。ごにょ、ごにょ、ごにょ。
ハッシュ:なるほど、これならぴったりじゃ。
ボッシュ:それでは二人でゆくぞ。
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ
ハッシュ:zzz ムニャムニャ
ボッシュ:zzz ホニャホニャ ふわあ。よく寝たのお。きれいさっぱり忘れたが、これぞ本家『寝言@時の最果て』じゃ。あのデブにはには最高の祝福じゃ。おまけに寝る子は育つというし、あのデブも年を気にせず、育つことじゃな。ただし、横にばかり育ってはならんぞ。それにしても、気もちがええのお。そろそろ帰るね。
ハッシュ:おやまあ。また、おいで。

……。あのお、これがお祝いなんでしょうか?いえいえ、ありがたく賜ります(涙)。そうですよね、「ここは『時の最果て』、すべては『寝言』」が「お約束」の「すちゃらか」ブログには最高のお祝いですよね(号泣)。このシリーズ、時の最果てからやってくるので、「IP規制」をかけるわけにもゆかず、載せないと命の賢者様が激怒するし、困ったものです。

 まあ、正直、記事の数が増えたというだけで、感慨もなにもないのですが。何回記事を載せたら、やめようかという志もなく、情報を発信しようという志もなく、気がついたら、結構、書いてきたんだなあという程度。「唾」などと失礼な表現を用いて申し訳ありませんでした(これは難しいところなのですし、私の自意識過剰かもしれませんが、最近、コメント欄の敷居が高くなっている気がいたします。私の方も緊張気味ですが。お気楽にコメントを賜れれば幸いです)。頂いたコメントの方のほとんどは貴重なもので、私が勉強させていただいております。

 それにしても、心の封印か……。まあ、そんな厳重に封印した覚えはないのですが。ある鍵をもった人が、錠を開けて、鍵を取り返さずに別れてしまったので、もう二度と開くこともないのでしょう。その人が開けるまで、そんな封印があるとは気がつきませんでしたが。遠い昔の話ですね。

 とまあ、碌でもないブログですが、今後もお付き合いいただければ、幸いです。

(ある帰りにいつもの道を歩きながらふと)

 雨しきり はなびらちりて 葉がしげる おなじすがたを またもみるらむ

2007年04月07日

寝言を増すものは恥を増す

 まずは一句。

過疎ブログ 記事は増えても 閑古鳥


 アクセス数の少なさはこんなものかなと思いますが、自分でもよくこんな恥ずかしいことばかり、書いているなあ、「ずれた人」というのは幸せなものだなあと思います。鈍感な上に無神経まで加わりますと、「なんかバカっぽいことを書いているけれど、まあいいか」となってしまいます。

(どこからともなく無言の「読者」の声)

「バカっぽい」?

あんた、バカ?







……。








……。







……。








……。








ありがとう。止めを刺してくれて。

 ふと管理画面で「ブログステータス」というところを見てみたら、この記事を投稿する前の段階で、「記事数:[399] コメント数:[546] トラックバック数:[82]」と表示されていて、ありゃま、この記事が400件目なのねと驚きました。まあ、どうでもいいですな。コメント数が500を越えていて、こちらの方が嬉しいです。私がリプライした分を除いた数がわからないのですが、私のリプライを除くと、記事数よりは少ないでしょうが、唾の一つもかけていただけるというのはありがたいことであります。TBスパムにはまいりましたが、コメントスパムはもっと厄介な様子なので、平和がなによりです。

 言い訳が続くのですが、記事400件目だということはまるで意識せずに、昨日の記事は、実は木曜日の未明に木・金はもっと忙しいからなあと一気に書いた記事の一部でありまして、ちと長いのおと思って、二日にわけました。金曜の晩に記事を挙げる際に、冒頭の一節を書き加え、木曜日のアクセス数が異常に多いので(「テロ」の気配もなく不思議なんですが)、その部分だけ書き換えております。なお、気がついたら、この記事が400件目の記事になるわけでして、偶然とはいえ、ちょっと驚いたしだいです。単なる自己満足ですが、『寝言@時の最果て』自選集なるものをつくっておりまして、このブログのスタンスを御理解いただくにはかっこうの記事を3本(+1)ほど選んでみました。偶然ではありますが、まさに記念すべき400本目の記事がこれとは……(涙)。以下は、【お知らせ】を除くと、木曜日に書いたままですので、この口上と重なる部分もございますが、読み流して頂ければ、幸いです。加筆しておりましたら、意外と長くなってしまったので、「続き」をご覧下さい。

【お知らせ】

 まれに管理画面が重いときがありますが、こちらにあるようにサーバの状態は安定しているようです。TBスパムもこの1週間で5件と激減しておりまして、快適な状態です。


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posted by Hache at 00:05| Comment(2) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2007年04月06日

「時の最果て」の「地殻変動」

 かんべえさんが、慰安婦問題で官邸が「煽りにマジレス」状態であることにご立腹の御様子。「不規則発言」までもが、「マジレス」状態で理解はできますが、「鈍感力」というより鈍感な私は、安倍総理は言ってもきかないでしょ、こんな過疎ブログで書いても何の影響もないし、てな感じ。「煽りを薄情にスルー」というところでしょうか。このまま「善意」が空回りして終わっちゃうのか、地に足が着くのかなどと考えても、どうにもならんなという感じ。木曜日の「不規則発言」は……。そんな話、わかりきったことですがな。それにしても、「マジレス」傾向が官邸だけでなく、『溜池』つながりでも広がっているご様子。

「ネタにマジレス」警報発令!!

お疲れの方、ついてゆけない方はこちらで「粗茶」でもどうぞ。

 今日は休刊日もとい休肝日でしたが、4月2日から4日まで酔っ払って(酔っ払ったまま書いていたおかげで、ただでさえ碌でもない記事ばかりですが、とりわけできの悪い記事が連続しております)、深夜に帰宅した後でまったりと小林秀雄ワールドに浸っておりました。木曜日は休刊日もとい休肝日。なんだか殺伐としているようですが、「癒し系」、「なごみ系」でまったりして頂ければ幸いです。なお、「YouTube」の動画ですので、不安な方は、IE(インターネットエクスプローラ)の場合、「プロパティ」から「セキュリティ」の設定を「中」(「高」ですと、JAVAScriptが利用できないのでご注意ください)、「プライバシー」で、すべてのCookieをブロックで視聴が可能です(なお、山崎七段の「崎」の字を本来の字で表記すると、文字化けするので、「崎」の字で代用しております)。なお、それぞれの動画は1分程度ですので、気楽に見ていただけたらと存じます。

山崎七段「これで当たらなかったら矢内さんを……」

http://www.youtube.com/watch?v=umV5YyEUmFU

山崎七段、本番中にズボンを……。

http://www.youtube.com/watch?v=ILY95iXUBSI&NR=1

 渡辺竜王も好感度大ですが、これを見てすっかり山崎七段ファンになってしまいました。お茶目だなあ。ま、軽く自慢いたしますると、山崎七段が王様一枚でも、全部の駒をとられて負ける自信たっぷりです。お二人の簡単なプロフィールを紹介いたします(日本将棋連盟HPを参照に作成)。

山崎隆之七段

生年月日:1981年2月14日 出身地:広島県広島市 師匠:森信雄七段

矢内理絵子女流名人

生年月日:1980年1月10日 出身地:埼玉県行田市 師匠;関根茂九段

 さて、本題。この過疎ブログですが、「テロ特需」外需依存でなんとかアクセス数を保ってまいりました。しかるに、3月末以降、管理画面で確認すると、「テロリスト集団」(別名「闇の組織」)からのアクセスは激減して(総アクセス数はページビュー(PV)で一日ごとに平日は約1,600から1,900程度、土日や休日は約1,400程度で安定しております)、かわりに検索エンジンからのアクセスが徐々に増えております。管理画面で「リファラ(リンク元)」を見ますと、「ブックマーク(リンク元なし)」と「同一サイト」の合計が約95%前後でかんべえさんやfinalventさんの「テロ」の時(お二人の「テロ」の手法を拝見すると、師匠を選ぶのを早まったかなとちと後悔がありますが)を除くと、意外と変動がなく、ほぼ安定しておりますが、その他の約5%程度の内訳がこの2週間程度で「地殻変動」しております。

 従来ですと、雪斎先生のところからのアクセスが一日でざっと20−40件近くあり、だいたい、総アクセス数の約1−2%を占めておりましたが、これがゼロ、皆無になりました。他方で、2007年3月全体の総アクセス数は、49,297件であるのにたいし、検索エンジンからのアクセスが998件(ただし、PVではなく、訪問者数です)に上っています。 月間を通しての、のべ訪問者数は不明ですが、当該月でダブルカウント(トリプル以上も含む)を除いた値が4,834件です。検索エンジンからの訪問者数は総訪問者数の約20.6%に相当します。ページビューで見ると、約2%程度でしょうか。4月にはいると、検索エンジンからのアクセス数が、PVの約3%前後を占める状態になって、管理者である私もちとびっくり。4月に入ってから一日あたりのPVが最高だった4月5日の場合、PVが2,079件、訪問者数が487件でした。そのうち、検索エンジンからのアクセスが43件。やや少ないのですが、総訪問者数の約8.8%を占めていて、検索エンジンからのアクセスに依存している状態のようです。

 検索ワードですが、管理画面を見ると、「自由と繁栄の弧」(累積アクセス数約1,300)とか「イラク戦争の『本当の理由』」(累積アクセス数約1,700)がらみなどが多数で、この程度の記事なら誰でもかけそうなので、個人的にはどうでもよいですね。あるいは、4月1日に『報道2001』でキッシンジャーが出演していたようですが、キッシンジャーを含む検索ワードが多く、たとえば、「キッシンジャー 経験 情報 知恵 知識」(管理画面の検索ワードでは「キッシンジャー、経験、情報、知恵、知識」となっていましたが、読点がうざったいので省きました)でgoogleを検索すると、「キッシンジャーの夢」が約9,270件中、2件目でヒットするので、ちょっとびっくりしました。

 でも、びっくりするのはこれぐらいではありませんよ。検索エンジン経由のアクセスで「検索ワード」の大半は「自由と繁栄の弧」だとか、「イラク戦争の『本当の理由』」などに関するものですが、なんと実は約3分の1程度は『らんま1/2』関連です。ざっと、googleでの検索結果(4月5日午前7時頃)を並べてみますね。管理画面で見た、検索ワードを組み合わせているものも含みます。

【『らんま1/2』編】

(1)検索ワード:「らんま」 約902,000件中33件目

該当記事:「気分しだいの必殺技」

(2)検索ワード:「らんま あかね」 約55,400件中14件目

該当記事:「気分しだいの必殺技」

(3)検索ワード:「獅子咆哮弾」 約34,400件中3件目

該当記事:「気分しだいの必殺技」
       過去ログ2006年9月分

『らんま1/2』関係で思わず目が点になったのはこれ。

(4)検索ワード:「気分しだいの必殺技」 約14,700件中1件目

該当記事:「気分しだいの必殺技」

 「気分しだいの必殺技」一本で、これだけアクセスするとは……。『らんま1/2』ファンサイトの方に申し訳ないです(いったい、どうなってんだ?googleも信用できないねえ)。ちなみにこのブログは、さくらインターネットで勝手にやっている部分は知りませんが、SEO対策は一切しておりません。

 さて、『らんま1/2』の次に多いのがピラティス関係です。こちらもどうかと思うのですが……。ただし、「ピラティス」では約2,050,000件ほどヒットするため、当ブログはどこでヒットするかも見当がつきません。それでも、なんでアクセス数がけっこうあるのだろうと思っていたら……。

【ピラティス編】

(5)検索ワード:「ピラティス ニュートラル」 約11,800件中18件目

該当記事:「ジムで行うピラティス 初心者編」

(6)検索ワード:「ピラティス 腹横筋」 約532件中6件目

該当記事:「ジムで行うピラティス 初心者編」

(7)検索ワード:「ピラティス 初級動作」 約12,400件中1件目

該当記事:「ジムで行うピラティス 初級編動作集」

 まあ、こんなものでしょうか。番外編は、正真正銘の「お遊び」ということでお許しを。

【番外編】

(8)検索ワード:「やじゅん 年齢詐称疑惑」 約27,900件中2件目

 該当記事:勝手に探してくらはい。

 「ある敗戦国の幸福な衰退史」がメインのはずのブログですが、キッシンジャー『外交』や『第一次世界大戦と日本海軍』、小林秀雄から『らんま1/2』、ピラティス、「年齢詐称疑惑」とわがブログの「すちゃらか」ぶりにあらためて驚いてしまいました。それにしても、しらふのときの方が、バカなことを書いているのは気のせいでしょうか。バカは酔っ払おうがそうでなかろうが、変わらないということかな(死んでも治らないしぃ)。それにしても、Googleというのは怖ろしく、わがブログの「すちゃらかぶり」を鏡のように映し出しますねえ。
posted by Hache at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブログ関連

2007年04月05日

考える楽しさ

 年度の始まりはなかなか大変でありまして、三日連続の飲酒。飲めないわけではないので楽しいのですが、三十路半ばをすぎると、厳しいものがあります。平常モードも、煎じ詰めれば、体力勝負。早く週末を迎えて、散歩とジムに通いたいとそれだけを願っております。

 珈琲様からコメントを賜って思わぬ展開になり、M.N.生様のコメントを拝読してちとしゃべりすぎたかなと思いますが、「善意の怖さ」を書くきっかけが小林秀雄の「様々なる意匠」の最後の一節がふと頭に浮かんだことでした。たまたま新潮文庫が見当たらなかったので、『全集』を図書館から借りてきて確認をしていたという、われながら、計画性に乏しい話です。なにかの拍子に、いろんな先達の方々の言葉が思い浮かぶのですが、小林秀雄はときに鋭い刃物でえぐるような感覚があって、2006年6月2日には「匹夫不可奪志」というエッセーを「寝言」モード全開でとりあげております(なにでスイッチが入ったのかは、すっかり忘れてしまったのですが)。こんな話ばかりしておりますと、やじゅんさんを「年齢詐称疑惑」でからかえなくなるので、今回で小林秀雄の周辺を散歩するのは終了です。ブログの記事のネタから離れて『全集』を読みたいということもありますが。

 実生活では小林秀雄が好きだなどということは、口に出さないことにしております。碌な目にあったことがないんですね。月曜日に「…小林秀雄はなんとか読める。そして、鼻につく。しかし、小林秀雄には失礼ですが、どこかウマが合う」などと傲慢なことを思わず口走ってしまいましたが、これはさすがに思い上がりだなあと。「自分に甘い」「頭のいかれた『外道』」には、後で引用する「文科の学生諸君へ」などを読んでいると、昔の方が若いときに済ませていた「バカ」をしていなかったツケを払っているのだなと思えばよいのかなと思ったりします。同じ『全集』第5巻に収録されている「『日本的なもの』の問題 I」(初出「月刊文章」、昭和十二年四月(昭和53−54年刊の第四次小林秀雄全集(「新訂小林秀雄全集」)には収録されていない)、「『日本的なもの』の問題II」(初出「東京朝日新聞」、昭和十二年四月)なども、古くなっていないことに驚かされます。自分でも「ジジ臭い」かなと思いますが、目の開いている人はいつの時代でも少数で、ゆえに古くならないというどこかでふと感じることが、頭をよぎります。自分が「目が開いていること」を主張するものではなく、ハッとさせられるというのが正直な感覚です。

 コメント欄では同世代と一つ上ぐらいの世代に関してボロクソに書いておりますが、ちょっとだけフォローしておきます。といっても、この方のことをネットで書くのは「勇気」がいるんですね。ファンサイト(旧サイトは閉鎖に追い込まれました)、某巨大掲示板群でも荒れているところしか見たことがないので、著書からの引用だけしておきます。

 ヴァイオリンがとても好きだったという文芸評論家の小林秀雄氏の『音楽談義』のカセット・テープを聞かせていただいたことがあるが、その中で小林氏は、飄々とした口調で、「世の中には、ストラディヴァリウスを上手く鳴らすヴァイオリニストと、グァルネリ・デル・ジェスを上手く鳴らすヴァイオリニストと、二通りのヴァイオリニストがいるということですよ。ヴァイオリニストというのは、要するに、この二つの楽器が本来もっている音を、どうやって完全に引き出すかという仕事をする人のことを言うんです」
と語っていらした。
 勿論、小林秀雄氏は音楽の専門家ではない。音楽について、どれだけの造詣をもっていらっしゃった方か、名著『モオツァルト』の存在を知るのみで、私には窺う由もないのだけれど、大家とは、一言で物事の真髄を衝く表現をするものである。今、演奏している楽器について言えば、私は、この大切な人類の文化遺産をお預かりして、音楽を演奏させていただいている、ということになるのだろうか(諏訪内晶子『ヴァイオリンと翔る』NHK出版 1995年 72−73頁)。

 過疎地とはいえ、よけいなことを書くと、「炎上」となる可能性が高いので「燃料」はナシですよ。私とほぼ同世代でも、ヴァイオリンという楽器に限定されていますが、小林秀雄の言葉が印象的に響くように感じる方がいらっしゃるようです。

 さて、思わぬ「連載」となった「小林秀雄シリーズ」の〆は「文科の学生諸君へ」(恥ずかしいのですが、「文」の字の旧字体の出し方が解らないので新字体でまいります(涙))の冒頭部分です。引用ばかりで恐縮ですが、意外と手間をとる作業ではあります。「戰爭について」と同じく『全集』第5巻に収録されています。初出は『文学界』(先述の理由でこちらも新字体でごめんなさい)です。約70年前の文章ですが、まるで古臭く感じないことに驚かされます。『全集』には、いろいろ考えさせられることが多い文章が収録されていますが、この評論を読んで一生、勉強して楽しんでゆけばよいのだなあと、幸せな「寝言」が浮かんでしまいました。しつこい私は、棺桶の蓋が閉まっても、考え続けているのかもしれません。

 それにしても、小林秀雄の文章を読んだときに、ちょっとナルシストかなと思い、「近親憎悪」を覚えた気がいたしますが、ご本人が飄々と語っているので、愉快です。もし、私が今、「文科の学生諸君へ」を書いたなら、「もっとスケールの大きいバカになれ。太ることも学ぶことだ。『せごどん』はきついが目標ぐらいにはしろ」なんてわけわかめのことを口走ったりして。
 

文科の学生諸君へ


 僕はかつて文科の学生であったし、今も文科の学生諸君へ接する機会が一番多いので、そういうつもりで書こうと思う。自分のことばかりしゃべるようになりはしないかとも思うが。
 現代の学生の心は非常に不安であり、性格が分裂し、懐疑的であり云々のことがよく言われるが、僕は自分がまさしくそういう学生であったから、別にそういうことを深く感じないのである。僕の学生時代から見ると、今日の時代の方が、確信を抱いて生きがたい時代になっているということは、まさにそうだろうと思うが、どんな時代にしたって人間としての真の確信というものをつかまえるのは、生やさしい仕事ではないし、ほんと言えば青年の手に合う仕事ではない。時代の反映であろうが、生理的反映であろうが、精神の不安は青年の特権である、という考えを僕は自分の青年時代の経験から信じている。
 高等学校の一年生のとき、はじめて志賀直哉氏に会ったとき、聞いた話のうちでまだよく覚えている言葉がある。言われたとおり僕が実行し、言われたとおりになったからよく覚えているのだろう。「君らの年頃では、いくらうぬぼれてもうぬぼれすぎるということはない。うぬぼれすぎていてちょうどいいのだ。やがてそうはいかないときはからなず来るのだから」。以来僕はうぬぼれることにかけては人後に落ちまいと心がけた。何が何やら解らなくなっても、このくらい物事がわからなくなるのは大したことだとうぬぼれることにしていた。「改造」に初めて懸賞論文を出したときも、一等だと信じて少しも疑わず、一等賞金だけ前借して呑んでしまい、発表になって二等だったのでおおいに弱った。僕は不幸にして抜群の資質などというものをもって生まれなかったから、学ばずしてえるという天才的快楽をかつて経験した覚えはない。だからなんでも学んでうべしという主義である。うぬぼれだって手をつかねて生ずるものではない。うぬぼれだって学んでえるのだ。絶望するのにも才能を要し、その才能も学んでえなくてはならぬとさえ考えている。

初出「文学界」(昭和十二年四月)、『小林秀雄全集第五卷』(平成十五年 新潮社 101−102頁)所収。
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2007年04月04日

小林秀雄「戰爭について」

 昨日の記事を書き終えて、そういえば戦争を「美化」した評論はどれだろうと、ネットで検索していると、「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」の「小林秀雄(批評家)」の欄にこんな記述がありました。違和感がありまくりんぐなのですが。

 1937年11月、小林は『改造』誌上で『戦争について』と呼ばれるエッセイを発表し、その中で「天皇の臣民としての義務が何よりも優先する」と主張し、日中戦争に反対する人々を強い調子で批判した。小林によれば、戦争とは自然災害のようなもので、人間によってコントロールできないものである。そのため、台風をやりすごすのと同じように戦争は正しいか正しくないかにかかわらず勝たねばならないというのであった(『ウィキペディア(Wikipedia)』内の記事「小林秀雄(批評家)」より引用)。

 「天皇の臣民としての義務が何よりも優先する」という表現は、私が目を通している範囲では見たことがなく(全集を隅から隅まで読むほどの小林秀雄ファンではない)、「戰爭について」は20年近く前に、小林秀雄というのはこんな悪い奴だといわんばかりの方にとりあえず読めと言われて、読んだ覚えがあったのですが、これのどこが悪いと居直る始末。ふと、全集を手にとる機会に恵まれておりますので、「戰爭について」を読むと、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「小林秀雄(批評家)」の記事を書かれた方、あるいは書かれた方たちが小林秀雄の原文をお読みにならずに書かれたのか、新潮社、あるいは編集者が『小林秀雄全集第五卷』(平成十四年二月)の刊行にあたって戦後民主主義に迎合して『改造』に掲載された「戰爭について」を「改竄」したのか、不思議に思いました。『全集』の「戰爭について」では「天皇の臣民としての義務が何よりも優先する」という表現は見当たらず、その他の評論を読んでも、このような表現が見つかりませんでした。『全集』を隅から隅まで読み込んではいないので、読み落としているだけかもしれませんが。

 ただ、「日中戦争に反対する人々を強い調子で批判した」という「意匠」は、少なくとも「戰爭について」をどこをどう読めば、そうなるのかなと思います。「たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない爲に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない」と世間様に向かって啖呵を切ってしまう小林秀雄はふてぶてしく、こういう意味での「女々しさ」とは無関係じゃなかったのかなと思います。私が女々しい(「差別」用語なので不快と感じる方は、こちらでもどうぞ)と感じるのは、新潮文庫の『モオツァルト・無情という事』(不覚にも自宅の「樹海」に埋もれて「現物」は行方不明)の江藤淳氏の手による「解説」で、青山氏(記憶が誤っている可能性が大)にお前は釣る手つきをするばかりを魚を釣ったことがないじゃないかと言われた小林が、思わず涙をもらしたというあたり。

 江藤氏は文学者らしく解釈されていたと記憶しておりますが、小林秀雄の体質からすると、青山氏の言葉で涙したのではなく、戦争に負けて悔しいのだろうと。英米に復讐するとか、いやドイツの二の舞だというややこしい話を抜きにして、単純に戦争に負けたことが悔しかったのだろうと。ただただ、悔しかったのだろうと。ふと、悔しさがこみ上げてきて泣いてしまったのだろうと。現物が手元にないので、いい加減なことを書いておりますが、そんな感覚です(子供っぽさ全開の小林秀雄の言葉にわざわざ「反語」と付け加える江藤淳氏の自殺を責める気にはなれない部分があります。塩野七生さんは好きではあるのですが、江藤氏の自殺を責める文章を拝読すると、他人の「体質」にどこか鈍感な部分を感じてしまいます。江藤氏の場合、自死か狂死しかなかったのではないかと思えてしまいます)。

 予定では『小林秀雄全集第七卷』(平成十三年十月 新潮社)の「歴史の魂」(初出「新指導者」、昭和十七年七月)と「ゼークトの『一軍人の思想』について」の感想(要は泣いちゃったわけですが)を書く予定でしたが、『ウィキペディア(Wikipedia)』の「小林秀雄(批評家)」の項目の記述に違和感を覚えたので、「続き」では「戰爭について」全文を口語体で書き写しておきます。出典は、『小林秀雄全集第五卷』(平成十五年 新潮社)の248頁から255頁までです。初出は「改造」(昭和十二年十一月)です。文語体は私にはつらいので口語体に直しております。「たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない爲に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない」と世間様に向かって啖呵を切ったふてぶてしい人物は、どのように日中戦争(支那事変)を見ていたのか。私ごときが語るよりも、小林秀雄自身の「肉声」を口語体にしても、損なわれることはないだろうと思うのであります(口語体に書き直してみてはじめてやはり文語体の調子がよいことを実感しました)。まあ、文語体については、こちらを眺めるばかりであまり自信がなく、「変換ミス」がございましたら、御指摘を賜れれば、幸いです。なお、著作権上の問題がありますので、トラブルになる可能性がある場合、「続き」の部分は削除させて頂きます。

 それにしても、「たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない」というのは理解されないものだとついため息が漏れてしまいます。どうにもならんのかなあと。日本人が日本人について一番、知っているはずなのに、このありさまかと。本居宣長に「そうでしょ?そうでしょ?」と泣きながら甘える小林秀雄を見ながら、女々しいと思いつつ、もらい泣きをしてしまう私です。


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2007年04月03日

様々なる意匠:考える、すなわち自由

 
私は、今日日本文壇の様々な意匠の、少なくとも重要とみえるものの間は、散歩したと信ずる。私は、何物かを求めようとしてこれらの意匠を輕蔑しようとしたのでは決してない。たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない爲に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない。
(「様々なる意匠」(初出「改造」昭和四年九月) 『小林秀雄全集第一卷 様々なる意匠・ランボオ』平成一三年 新潮社 133−151頁)

 最初に読んだときに、なんと「ええかっこしい」なんだろうと思いました。三島由紀夫はあまりに耽美的で投げ出してしまいましたが、小林秀雄はなんとか読める。そして、鼻につく。しかし、小林秀雄には失礼ですが、どこかウマが合う。芥川龍之介の評論と並んで、高校時代、出題されると、満点に近い得点だったので、なぜ、そんな点数が出るのか自分でもわからずじまいで、不思議な感覚だけが残りました。「現国」のおかげで小林秀雄を嫌う人が多いのも理解できなくはないです。自分でも点数がでた理由がわからないので、点数が今一つでない人には嫌われて当然だろうと。芥川は好きでしたが、『河童』を読んでからダメになってしまいました。早くもお約束どおり、とりとめがなくなってきましたが、「敗北の文学」をよんで、逆でしょうと考えた時期がありました。文学に命を捧げた芥川が、創造できなくなれば、死ぬしかない。……。これでは評論にならないので、文芸評論は無理だということを深く自覚した覚えがあります。

 芥川と比較するのは無理がありますが、小林秀雄の対照的なまでのふてぶてしさと女々しさがなんともいえず、恥ずかしいことを告白してしまうと、小林秀雄が好きです。うっかり小林秀雄が好きだなどともらしてしまうと、意地の悪い人たちに囲まれて、小林が自分の文章を読まされて、「誰だ、こんな難しい話を書いたのは!」などというまことしやかな話まで小林嫌いからは聞かされる始末。さらに、政治色の強い方ですと、戦時中に戦争を「美化」した文章を読めとか言われて、素直に読んで、「戦時中だったら別に普通でしょ」と思ってしまう自分が怖い。悔し紛れに、「利巧な奴はたんと反省するがいい。俺は馬鹿だから反省しない」みたいなことを言ってしまうあたりが、お茶目な感じです。まともな小林秀雄ファンを釣る意図はないのですが、ちょっと口の悪い日本人に特異な表現能力があったら、こんな感じかなと思ってしまう。ここまで書いたら、啖呵を切るのに躊躇うこともないでしょう。「寝言」のモデルは小林秀雄なのである。

 というのはさすがに悪い冗談でありまして、ただ、悔しいことに(本当は別に悔しくもないのですが)、私がない頭をひねってうんうん呻いているときに、ぽーんとあっさり言いたいことを表現されてしまう。冒頭で引用した「様々なる意匠」の最後の部分などは、小林が27歳のときに「改造」に掲載されたというのが、ちょっとだけひいてしまいます。この年(当時の小林よりも約10歳年上)になって、あれが単なる「ええかっこしい」ではないことを実感してきます。みんながああでもないこうでもない、私自身も、こうかなああかなとあれこれ考えているうちに、あの文章が浮かんできます。『寝言@時の最果て』など今日、明日にでもすぐに「店じまい」ができますが、本業ではそうはいかぬ。まあ、本業も「寝言」みたいなものなので、本質はいっしょかな。「たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない爲に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない」というのは、「誠心誠意、嘘をつく」とは異なる、真剣にやるふりなのでしょう。ある「体質」をもってしまうと、こういう形でしか、自己表現ができないことに気がついてしまう。

 文芸評論や政治評論などは門外漢なので、私の「ホームグラウンド」での話ですが、嫌悪感をもたざるをえない極論ですら、真実を含んでいることを認めざるをえない。それに反発したところで、なにかが示せるわけではない。他方で、「たゞ一つの意匠をあまり信用し過ぎない爲に、寧ろあらゆる意匠を信用しようと努めたに過ぎない」という姿勢は、新しいものを生む源にはならないでしょう。ただ、見ている世界が同じなのにもかかわらず、少しだけ違う景色が見えてくる。あるいは違う景色が見える出発点にすぎない。そして、戻ってくる目的地も同じだったりする。私の頭が悪いのか、「神様」の悪戯なのか、ふざけた世界でからかわれている気分になることもありますが、考えるということはこんなに自由なことなのかと小林秀雄のなんともいえない悲壮感とはかけ離れて、考えることの楽しさを満喫してしまいます。
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2007年04月02日

はた迷惑な「就職活動」

 既婚者からすると、独身者の休日は優雅に映るようで、そんなよいものじゃないことを忘れられているようです。嫌な予感がしたので、土曜日に洗濯を済ませて正解。それでも、クリーニングにだしたワイシャツの回収やら、晩ご飯の準備やらでバタバタしてしまいます。「花見」なんて優雅なものではありませんね。これらの作業の前に、少し離れた公園を散歩する程度。久しぶりに1日で2万歩ほど歩きました。気がつくと、この1ヶ月ぐらい運動不足で、多い日で漸く1万歩を超える程度でした。これはまずいと、ジムに駆け込んで筋肉痛にならない程度に軽く運動。最後のポールを使ったストレッチがとても心地よく、肩こりもだいぶほぐれてよい気分でした。晩ご飯は、ちと手抜き気味でしたが、やはりお腹が適度に空いていると、おいしいものです。食事を終えて、まったりと『管弦楽組曲』を聴いていたら、本当に幸せ。アリアに入ると、古楽特有なのか、クイケン兄弟の味なのかわかりませんが、押し付けがましさがなく、すっと耳に入って本当に心地よいです。

 この時点で午後7時半ぐらい。アリアのよいところに差し掛かったところに、「悲劇」が起こりました。「○○○○党の○○○○でございます」。窓を開けていたので、信じられないぐらいうるさいです。普通、こんな音量で夜に街宣車もとい選挙カーが動くか?ふと気がつくと、統一地方選挙なんですね。昼間はあまり気にならなかったのですが、夜、のんびりしているときにあんな音量を出す神経が信じがたい。慌てて窓を閉めて緊急避難。それでも、ガンガン響いています。とてもではないですが、バッハどころではなくなって、イライラするので「公職選挙法」を確認すると、午前8時から午後8時までは「連呼」などが認められていて、迷惑千万。まあ、あの政党ぐらいでしょうけれど。あんな無神経に「押し売り」にくるのは。まあ、支持層が重なるという噂の別の党は、知り合いにその関係がいなければ、意外とおとなしい。それにしても、住宅街で午後8時までOKという法律もなんとかならんのか。「押し付ける」政党からすると、日曜日の夜なら家にいるだろうという読みなんでしょうが、逆効果だと気がつく知恵が回らない政党のためにも、午後5時で打ち切った方がいいんじゃないのなんてひどいことを考えてしまいます。民主主義のならいとはいえ、「先生」方の就職活動に付き合わされる方も、たまらないです。はた迷惑な「就職活動」そのものですな。

 これが都知事選ぐらいならまだマシなのかな。しかし、これも、黒川紀章さんが出馬するときに、「ドラえもん選挙」などと揶揄されていたようで。ドラえもんが「敵」となるのび太君に「ジャイアン」をぶちのめしてもらおうなんて、期待するほうが、ご無体な話。私の生活には何の影響もないので、ジャイアンでも、のび太でもどうでもよいのですが。それにしても、東京のジャイアンさん(変な表現ですな)は、公選法のぎりぎりまで住宅街で絶叫しているご様子もなく、案外、都民に「やさしい」就職活動だったりして。そう考えると、案外、いい選択肢ですな。

 この記事を書いていて、次の日曜日が投票日だから必死だったんだと気がつきました。「清き一票」もけっこうなんですが、「有権者にやさしい『就職活動』」をお願いしたいものです。それにしても、来週の日曜日は候補者名などの連呼はできないでしょうから、土曜の夜は8時ぎりぎりまで粘ってくるのかな。はあ。もう20年以上聴いていないワーグナーの準備をしなくては。『指環』の「ワルキューレ」あたりがいいかな。「出撃!」って感じもしますし。悪趣味には悪趣味で対抗ですね。はあ、新年度が始まるというのに、せわしないこと。
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2007年04月01日

桜と日本酒

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:この御仁が、いつものセリフを言う前に、ワシが代わりに……。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:……。今日はワシ一人で話を済ませようかと思っておったのに……。どうでもいいときにシャンとするから、困ったものじゃ。
ハッシュ:ワシはいつも真剣に生きておるぞ。
ボッシュ:そういう意味じゃなくって……。はあ、まいるのお。やはり無難な話にするか。お約束のデブの悪口じゃ。
ハッシュ:ほお。おぬし、あんな碌でもないデブのことにご執心よのお。
ボッシュ:……。意外と薄情じゃな。気を取り直して、話を進めるぞ。まず、あのデブのブログごときで、なんであんなにきついんじゃ?
ハッシュ:……。はて、あのデブのことは見ておらぬゆえ、ワシにはわからぬが。
ボッシュ:ほれ、名古屋は素通りだの、整形だの、名古屋の人が見たら不愉快だろうし、下品ではあるが、放っておけばよいだろうに。若い人がかわいそうじゃ。
ハッシュ:うーむ、どれどれ。ワシにはようわからんのじゃが、あのデブの記憶だけが頼りじゃな。どれどれ、とあるHPを見ていて、あんどうみきとかいう人がへえと思って記事にしようと調べたら、名古屋出身で、なんとかまおとかいう人も同じだから、オチはこれでいこうと決めたようじゃな。で、自分が名古屋出身だから、自慢めくから、ちょっと危ない表現を使って臭みを消そうとしたらしいな。
ボッシュ:ワシにはさっぱりだが、要は、自慢したいところで貶されたからむかついたということか?
ハッシュ:どれどれ、自分の出身地の悪口を面と向かって言われる分には、「そうだよね」で鈍感らしいのお。変なデブじゃ。ただ、ブログで公開される状態で悪口を放っておくと、名古屋の人の中には不愉快に思う人もいるだろうし、そもそもブログの運営者以外の読み手がいることという前提を忘れてコメントを書く無神経さが信じられないようじゃ。
ボッシュ:鈍感というのは幸せじゃ。あのデブなど、ブログで恥ばかりさらしているではないか。だいたい、脂肪がべったりとくっついているゆえ、神経など何本も抜けているだろうに。
ハッシュ:……。どれどれ、もう少し、あのデブの記憶をたどるとするか。今の若い人たちは「せいけい」に抵抗が少ないかもしれないけれど、そうじゃない人の方が多いことぐらい普通は気がつくだろう、か。「せいけい」をおしゃれ感覚でやる人もいるだろうけれど、やはり見えないコンプレックスがあるのが普通で、いくら抑えたって、整形したほうがいいよなんて男女を問わず他人から言われたら、むかつくだろうと。つーか、自分のところで書け。俺の地元の話じゃなかったら、速攻、削除だ。人様のところで書くんじゃねえ。……。ずいぶん、気が荒いのお。なんだか、訳のわからん話じゃな。間違っても、お近づきになりたくないそうじゃ。まあ、あのデブの記事の方が無神経だし、あのデブの方がお近づきになりたくない人物としか思えんのじゃが、その辺は「自分に優しく、他人に厳しい」というところじゃな。
ボッシュ:整形もそんなに悪くないぞ。あのデブも、脂肪をとってもらったどうかのお。いずれにせよ、要はあのデブの勝手気ままな話ということじゃな。
ハッシュ:そんなところじゃな。あのデブによると、あのデブのブログのルールはあのデブ自身だそうじゃ。
ボッシュ:……。
ハッシュところで、ジパングはきれいな花が咲いておるようではないか。あのデブも、人気が少ないところでぶらぶらしておったようじゃぞ。当然じゃが、一人じゃな。
ボッシュ:おお、そうじゃ。花見じゃ。しまった、日曜は花見に行く予定だったんじゃ。こんなところにきている場合ではないのお。日本酒を仕入れて、店長とシェフ以下、スタッフででかけるはずじゃ。まずい、このままでは遅れるぞ。さらばじゃ。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。

 ……。蒸し返さないでほしいなあ。「地雷」を除去することも考えたのですが、あのコメントを容認して変なコメントが続出すると参りますので。TBスパムの処理だけで面倒でしたから。悪気はありませんので、理解していただく必要もありませんが、そんなところです。ま、自腹を切って(サーバをレンタルして)費用がかかるばかりで収入はなく、本業とは完全に切り離して「お遊び」でやってるんで、勘弁しておくんなましてな感じ。『寝言@時の最果て』ですので、眠たくなるようなコメントを賜るのがベストなんですが。

 それにしても、いまどき、日本酒を飲みながら花見なんてやるんですかね。私の場合、無学なので桜の薀蓄などはなにもないのですが、人通りがあまり多くない公園にぶらっとでかけて、ボーっと桜を見ていると、バッハを聴いているときと同じような感覚ですな。よけいなことを考えずに、とにかく幸せ。昔はお花見につきあっていましたが、一人で散歩をしながら見る方が楽しいので、ボーっとしているのが幸せです。散るのをおそれては咲くこともできないのでしょうが、見事に咲いている姿を見ると、儚さを忘れてしまいます。

 それにしても、私の好きな日本酒の銘柄が、とうとうある雑誌の人気投票で一番になったそうで。最初に飲んだのが、6年前で、当時は知る人ぞ知るお酒でしたが、大勢に知られるとねえ。たいていのものは、「知る人ぞ知るとき」がおいしくて、みんなが知っている状態になると、味が落ちる一方になるものです。ちょっと悲しいなあ(なんとか今でもあるルートで「原価+気もち程度のマージン」で入手できるのですが。どうなりますやら)。次の銘柄を探すのはなかなか大変なんですが。それにしても、情報伝達が速くなって女性の「のんべえ」が増えると大変ですな(女「かんべえ」が増える光景もおぞましいものがありますが。私が賢者様たちぐらいの年齢になる頃にはそんな時代になっているのかしら(遠い目))。男性よりも女性の方が、味に敏感な上に口コミがすさまじいですからね。「参入阻止」でもしたいところですが、いかんせん時代の流れには勝てないです。

 4月になると入社式や入学式が各地で行われるのでしょう。私の下になる若い人はかわいそうだなと思いますが、30人程度の中から、わが社全体でも「へえ」となる仕事をする者もでます。私自身はあれこれ指図することはなく、勝手にやってもらっているだけで、「成果は君のもの、責任はすべて私がとる」というぐらいかな(「きれいごと」と思われるかもしれませんが、私自身の不始末はともかく、若い人の不始末はすべて私が土下座をしている泥臭い話です)。あとは、「功」を挙げても、誇るなと。桜のように美しいものには自然に人が集まるから、目立とうとするとかね。贔屓目が入っているでしょうが、放っておいても、自分で動いてくれるようになって助かりました。まあ、濃淡はありますが。

 「企業秘密」をちょっとだけ漏らすと、わがチームのモットーは「目立たぬよう、こっそり、ちゃっかり、しっかりもうけさせて頂く」で、チーム入りするときに全員に復唱させます。起源はですね、『らんま1/2』の「海千拳」なんですねえ、これが。「極意」は、こそどろ。もちろん、違法行為・脱法行為はご法度ですよ。

 わが家の家風は、どうやら母上がつくったようで。父上は、「俺は頭がいい」と何かにつけて言うので、母上が「本当に頭のいい人は自分では決して言わない」と釘を刺しておりました。「そういえば、最近、お父さんが『俺は頭がいい』って言わなくなったのよ。あんたのいう『コンプレックス』がなくなったのかしら」という感じで御本人は無自覚の御様子。ちょっとだけ、自慢いたしますると、「俺が俺が」と言わなくてはならないほど不幸せではなく、「俺が俺が」と言うほどのこともない程度のものもなく、あたりで桜の蕾が開き、散ってゆく姿をただ眺めながら、平々凡々とした日々がすぎてゆきます。