2007年04月10日

小林秀雄「ヒットラアの『我が闘争』」

 ありゃま、珍しいものを見てしまいました。「ヒットラアの『我が闘争』」(初出:『朝日新聞』(昭和十五年九月) 『小林秀雄全集第七卷』(平成十三年十月 新潮社)所収 119−120頁)。下の方で、現代仮名遣いで記しております。「『本居宣長』は、それまで他人の作品に光をあて『裸形』にしてきた小林が、自らを裸形にすべく、しかし、自分で自分に光をあてるわけにはゆかず、宣長の光の下で自分を裸形にしたという感覚です」などと思わず「寝言」を口走ってしまいましたが、この文章は、すさまじい。ヒトラーとの間合いに微妙な感覚を残していた小林秀雄が一刀両断、「贋作」とわかった骨董品をぶったぎるようなすさまじさがあって、『朝日新聞』におかれましては、戦前の御社の記事を墨で塗りつぶすのではなく、こんなコラムも載せていたのだと胸を張っていただきたいものだと思いました。

 とはいえ、小林秀雄でも、ヒトラーとの間合いには迷いがなかったわけではないようです。「神風という言葉」(初出:「東京朝日新聞」(昭和十四年十月) 『小林秀雄全集第六卷』(平成十三年七月 新潮社)所収 525−531頁)は、ナチスのポーランド侵攻を「神風」と呼ぶ風潮を批判するインテリに向かって「寝言」としての芸になっておらんという話(あくまで「時の最果て」の解釈ですよ)を独ソ不可侵条約の締結まで踏み込んで書いていますが、ヒトラーの描写がすっきりしない。当時はキッシンジャーの『外交』がなかったため、「バザール商人 スターリン」という感覚はさすがになかったのでしょうが、おそろしいことに、直感だけで小林秀雄はヒトラーとスターリンが「複雑怪奇」な情勢の中で複雑な駆け引きをしている事態に目がいっています。これは信じがたい(現代では確定した史料が豊富なので、突っ込みどころは満載ですが、歴史が現在そのままだった時期にあれだけ見える方が珍しいと思います)。他方で、ヒトラーには微妙な間合いをおいていて、戦後のように「戦争に協力したか、美化したか」みたいな意味をなさない「視点」(まともに物事を見ようとしない態度を「視点」とすら表現するのは変ではありますが)ではけっして見えない、微妙な感覚があります。

 しかるに、ヒトラーの「作品」、『我が闘争』にふれた途端に、真剣でぶった切ってしまう。ヒトラーに関する風評をぶった切る小林秀雄は、猛々しくさえ映る。当時の「文士」は真剣勝負だったことを、はからずして小林秀雄は示していて、現代の「意匠」の儚さに呆然としてしまいます。小林秀雄の文体は、どこか飄々としていて、悪く言うと、人が「左」といえば「『右』を忘れちゃいませんか」、「右」といえば「『左』をよく見ましたか」(もっと意地悪く言うと、他人が右往左往、右顧左眄しているときに「上と下も見ましょうね」てな感じ)というような感覚ですが、この文章では一気呵成に対象に踏み込んでヒトラーを裸形にし、返す刀でナチスへの「風評」(よけいなお世話ですが、すなわち戦時体制そのもの)を一刀両断にしていて、目が点になりました。こういう手口を明らかにしない、あるいはできないのが、文芸評論の面白さであり、哀しさでもあるのですが、手口を隠そうともしない小林老師の勇姿に、思わず口あんぐり。

 「戦争について」(昭和十二年十一月)ですら、抑制していたのだと思うと、戦中に「言論弾圧」があったこと自体は事実でしょうが、自らかちとった自由でない限り、「言論の自由」など存在しないことを痛感します。「ヒットラアの『我が闘争』」(昭和十五年九月)を読むと、自由は他人にせびるものではなく、自分でつかむ運命以外のなにものでもないことを、あらためて感じます。

 われながら見事なまでにアクセス数が激減しているので、啖呵を切るのに躊躇いはない。批判されると「言論弾圧」だの、「『言論の自由』を守れ!」だの叫ぶ連中は、そもそも「自縄自縛」で自ら望んで「不自由」なのだ。いかれた「外道」の目には、戦争に手を貸しただの、いや違うだの、そんな「寝言」未満の話はもう、小林老師は戦中に通り過ぎてしまったと映ってしまいます。それにしても、キッシンジャーの描写(迫害された側からすると、やむをえない感はありますが)ですら冗長に感じてしまう文章を戦争のさなかに書く人物を生んでしまう、東の「最果て」の島国は、侮れないのお。

ヒットラアの「我が闘争」


 これは読者の先入観なぞ許さぬ本だ。ヒットラア自身そのことを書中で強調している。先入観によって、自己の関心事のすべてを検討するのを破滅の方法とさえ読んでいる。
 そして面白いことをいっている。そういう方法は、自己の教義に客観的に矛盾するすべてのものを主観的に考えるという能力をみんな殺してしまうからだというのである。彼はそう信じ、そう実行する。
 これは天才の方法である。僕はこの驚くべき独断の書を二十頁ほど読んで、もう一種邪悪なる天才のペテンペンを感じた。僕にはナチズムというものが、はっきりわかった気がした。それは組織とか制度とかいうようなものではないのだ。むしろ燃え上がる欲望なのである。
 ナチズムの中核は、ヒットラアという人物の憎悪のうちにあるのだ。毒ガスに両目をやられ、野戦病院でドイツの降伏を聞いたときのこの人物の憎悪のうちにあるのだ。
 ユダヤ人排斥の報を聞いて、ナチのヴァンダリズムを考えたり、ドイツの快勝を聞いてドイツの科学的精神をいってみたり、みんな根も葉もないたわごとということがわかった。形式だけ輸入されたナチの政治政策なぞ、反故同然ということがわかった。
 ヒットラアという男の方法は、他人の模倣なぞまったく許さない。

(追記)Andrew様のご指摘にもとづいて、「天才のペテン」ではなく、「天才のペン」が原文であることを全集で確認しましたので、訂正いたしました(2012年2月25日)。 
posted by Hache at 00:52| Comment(7) | TrackBack(0) | まじめな?寝言