2007年04月14日

リスクをとる

 加齢とともに他人の話が耳には響いているのですが、聞こえていないことが増えてまいりました。最近、出不精になっておりまして、わざわざ他人の話を聞きにでる機会がめっきり減りました。そんな私でも、この方の話は聞きたいということもありまして、久々に往復3時間をかけて話を伺いにまいりました。これが「お約束」なのは自分でも極めてまずいのですが、方向音痴なのでたちまち遅刻。慌てて駆け込むと、つかみの部分を聞き逃してもったいない。「本体」の説明からでしたが、なるほどの連続。「本体」の「核心部分」はまさに形式そのものですが、形式がそのまま意味になっていて非常に刺激を受けました。筋のよい話は途中から伺っても、すっとわかるものです(ちと下手くそな言い訳ですが)。

 実際は、超寝不足で往復の電車で爆睡。お隣が妙齢の女性ですと、遠慮が働くのですが、この日は本当に眠くて目が覚めると、女性の肩にもたれかかっていて思わず赤面してしまいました。幸い、目的地では一切、眠気がせずに精神が研ぎ澄まされる感覚で、終わってから、再び、眠気。5時間ぐらいは寝たはずなのですが、帰りも爆睡。今度は、お隣がかんべえさんぐらいの方で、こちらは遠慮仮借なく肩を払いのけるので、しょっちゅう目が覚めてしまって熟睡できませんでした。言いにくいですが、オヤジの肩で好きで寝たいわけではないので、邪険に払われるとちと腹が立ちます(逆の立場だったら、もたれかかった瞬間にすっと席を立ってびっくりさせるのが特技)。もっとも、行きの女性のおかげでけっこう寝させていただいたはずなのですが。

 現場の知識というのは侮れなくて、数字の内訳から実に丹念な検討が加えられていました。ただ、「ああでもない、こうでもない」で煎じ詰めると、「よくわからない」。他方で、話のネタを提供していた方は、実に丹念に形式で意味を表現されていて、とても刺激になりました。言いにくいのですが、私よりも年配の方ばかりだったので、お尋ねしたいこともありましたが、終わってから直接、伺おうと思っていたところ、司会の方が私に振っていただいたので、形式のエッセンスの部分についてだけお尋ねすると、プレゼン資料や説明の間にしゃべりきれなかったことがどんどんでてきて、とても勉強になりました。要は、最初に出てくる「模型」が実際のデータの描写と対応していない部分があって、そこが繋がるととっても面白いんじゃないかなという話。私よりも10歳年上の方に申し上げるのはちと自分でもどうかなと思うのですが、形式のみを論じる場合にも、微妙な部分がありますが、とても面白い結果になっているのですが、これを形式で論じようとすると、結構難しい。「ブレイクスルー」とまではゆきませんが、ヒントにはなりそうな感じ。かなり生意気なことを申し上げましたが、「なるほど、そこは詰めてませんね。これはおもしろいかも」というリプライを頂いて、こちらも楽しかったです。

 ある某有名サイトで「形式」を論じることを散々にバカにされたおかげで、どんどん鈍感になってゆきますが、ふと気がつくと、「現場主義」の方ほど、自分の「形式」をおもちで、それが透明ではないので、議論してもあまり話が深まらない。「形式」、あるいはある種の「虚構」に徹することでしか語れないということに気がつかない方がご同業でも少なくないのでびっくりすることがあります。まず、誰しも意識しているか否かは別として、なんらかの「形式」を自分でお持ちのことがほとんどですが、私が扱っている「形式」は、手順さえ面倒がらずに踏みさえすれば、原理的にはわかる「形式」です。次に、理解されないのは、形式から意味を切り離すことは無理だということ。もちろん、無意味な「形式」がないとは思いませんが、みんなにとって透明な「形式」はそれ自体が意味だということです。私が扱っている「形式」には本音と建前のような区別はなく、「形式」すなわち意味です。さらに、「厳密」という言葉ほど誤解されているものはなく、要は、手順さえ踏まえれば、誰でも理解可能ですし、手順がおかしければ、こちらはかなり面倒ですけれど、やはり「透明なプロセス」で訂正が可能です。言ってみれば、無数の人たちが試行錯誤の上でつくりあげ、進化してゆくのが「形式」です。「形式」をバカにする方は、他方でご自身の、失礼ながら、主観的な「形式」を押し付けているわけで、「俺様」ぶりに傲慢不遜な私もさすがにひいてしまいます。

 ぐだぐだ書いておりますが、10歳近く上の方がリスクをとっているのを拝見すると、私自身がちょっとどうかなという仕事をしていて、いい歳してバカなことをしているなあと思っておりましたが、本当に励まされた気分になります。ネットや書籍を拝見していると、外交や安全保障、政治、経済で優秀な方がたくさんいらっしゃって私などが割り込む余地がないことに気がつきました。なんとかなさるでしょう。利巧な方が多いので、のほほんと私は好きなことでもやっていればよいのかなと。いろいろ回り道をして参りましたが、「形式」の世界で楽しむことに専念しようと考えたしだいです。

 まず、無理でしょうけれど、本業は世界共通の「形式」なので、世界で勝負したいという野心は持ち続けたいものです。
posted by Hache at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言