2007年05月08日

若い世代から学ぶこと

 またしても、若い人たちとお食事とおしゃべり。女性ばかりになりかねない勢いだったので、慌てて、「応援部隊」を若干1名、連れ込んで男2名で「迎撃」。正確には私に挨拶をしにきた若い男性約1名を口説いて「拉○」したようなものですが。かなり下の世代になるのですが、「友軍」は強力で、浜崎あゆみ(例によってこれぐらいしか私のさめなみの脳みそ(さめがかわいそうとの噂あり)からすると、限界。無念)からTRF(さすがによる年波には勝てないらしいが、音楽性はやはり違うらしい)、驚いたことに中島みゆきとも会話をしていたりする。おかげで、私だけだとおそらく女性陣が遠慮してしまうところを一気に砕けた雰囲気にしてもらって、楽になりました。中島みゆきはやはり尋常ではない「オーラ」がでているらしい。「オーラ」というとわかりにくいのですが、ライブ前になると、すさまじい集中力で近寄れない雰囲気になるようです。そんな与太話をしていると、みんな口が滑らかになって楽です。

 あとはそ知らぬ顔をしながら、お仕事に不可欠な情報を収集。彼らからすると私がどう映っているのかが、聞けておもしろい。「けっこういい加減」というのは、「友軍」であるはずの男性の発言。まあ、この程度はよく言われますな。というよりも、20代前半は、こちらがある「期待値」をもっていても、外れることが多い。「期待値」よりもはるか上を行くこともありますし、がっかりすることもある。慣れてくると、相手がどうブレても平気になってくる。このあたりは「友軍」にはわからないでしょう。本人が、私からすると、まだ「期待値」の範囲内に落ち着いていない。他方で、同い年であいつにこれだけのことを任せれば、だいたい、この程度の成果が見込めるとなると、良くも悪くもジジ臭い。このあたりの機微は難しいのですが、同じ年齢でも、かなりバラツキが大きい印象があります。

 最近、困惑するのが、若い女性を任されることが増えてきたのですが、どうも感覚がつかめない。実を言えば、周囲からは意外とうらやましがられているようです。というのも、私の「部署」を希望する女性は、どちらかといえば、従順で「自由奔放」というタイプは少ない。言われてみれば、タメ口をきくのが皆無といっていい。まあ、男性でもそうなのですが、男性の場合、時折、反抗をしてくるし、それはそれでかわいいと思っている。いいにくいが、男性の場合、私に、いつもは困るのですが、私に反発するぐらいでないとつまらんと思っている。さらに、本人たちには言えないけれど、彼らが思っている以上に、私からすると、思ったとおりにならないので、私に逆らって失敗したときに、怒るのではなく、なぜ失敗するのかを考えさせるように誘導する。このように書くと、とてもきれいに聞こえますが、実際は、失敗から学習することまでは期待していない。ただ、いつか、どこかで私の手を離れたときに、気がついてくれれば、十分だと思っています。そのときに、私を思い出す必要はない。本人が気がつけば、それでよい。

 しかるに、女性の場合、男性のように、私に反抗することが皆無といってよい。困ったことに、従順さでゆけば、男性の比ではなく、本当に忠実だったりする。となると、私の責任が大で、どう処遇してゆくのかが、実に悩ましい。どこかで突き放す必要があるのですが、これが読み切れず、私の方が失敗することも多い。あと、正直なところ、男だけの方が気が楽だという性分もあって、最後は自己責任だという割り切りができますが、女性も同じなのだけれど、そこまで冷徹になりきれていない部分があって、つい甘やかしてしまう。今日、気がついたのですが、私の「部署」を選ぶ女性は、そこまで読みきっているわけではないのですが、私に依存しても大丈夫ということを感覚的に気がついている。要は、女に甘い(念のために言っておきますが、お仕事の時には脇が甘いことはまずない)ということに気がついている。これを上手に突き放してゆく技量は、まだ未熟ですな。

 ただ、これも時間の問題かもしれず、ある程度までは慣れの問題でしょうね。甘やかすと碌でもないというのは、男女を問いません。もっと露骨に言えば、女性の方が、つい「この程度は大丈夫かな?」と安心していると、失望したことがあったので、用心深く期待値を修正しながら、当面、本人の能力を最大限、引き出すために男性以上に苦労する。また、男性ほど劇的な変化というのは少なく、本人の内心でふっ切れるときがあるのでしょうが、私が鈍感なせいかもしれませんが、男性よりも女性の方がプロセスが緩慢で気がついたら、男性よりも意見がはっきりしていて、ほおと思ったりします。それでいて、どこか私に依存したい気もちは残っているらしく、こういうときはかわいいものです。自分でも、よくもまあ、遠まわしにぐだぐだ書いるなあと思いますが、基本的に女性はかわいいものです。

 「男女共同参画社会」というのはよくわかりませんが、気がつくと、女性からの意見というのは実に心理的に細やかで、なるほどとうならされることが多いです。受動的に見える女性ほど、突っ込んで話を聞いてみると、実によく見えている。ただし、大筋はこちらが抑えておかないと、危ういことも実感しますが。このあたりの機微は、実に微妙で一筋縄ではゆかない部分がありますが、私が接している範囲では、男性が「力学的要素」と「心理学的要素」を区別する傾向が強いのに対し、女性はそれをいったいで表現をする傾向が強いように思います。ただし、このような抽象化は、過度に一般化すると、男女の差とは異なる次元での個性と紙一重の部分もあります。ただ、私の場合、「力学的要素」を手放すことなく、「心理学的要素」を女性から汲みとるというところでしょうか。

 ずいぶん大げさな話になってしまいましたが、ちょっとした日常で男女を問わず、若い人から学ぶことも多いというのが素朴な実感でしょうか。これを若い人に「媚びる」という感性は私には想像を絶しますが、年をとってくると、世代の差にかかわらず、悩むことは、その現れ方が異なるだけでそれほど変わらないという気がいたします。「若い人から学ぶ」最大のことは、世代の相違や社会環境の変化、家族構成の変化にもかかわらず、人間というのはあまり変わらないという、いかにも市井でのおのおと暮らしている凡人らしい平凡なことがらです。
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2007年05月07日

自由と繁栄の弧(地道編)

 外務省HPに「日本外交の新機軸 『価値の外交』の推進と『自由と繁栄の弧』の形成に向けた取組」というコーナーがあります。大変失礼な話ですが、数ヶ月前にはPowerPointの簡単な資料があるだけでしたが、ふと見たら、「コンテンツ」が充実しておりました。中でも、「外交フォーラム イン 京都 ―麻生外務大臣と語る120分― 『日本外交の新機軸』(概要)」(以下、麻生基調講演)は(こちらに講演の録画や当日の配布資料などがリンクされています。ご参考までに)、楽しい話がでてまいります。余計なお世話ですが、 「亡国のパワポ」 (「不規則発言」2007年4月20日)と「憂国の士」にはPowerPointには国を滅ぼすおそるべきツールと映っているようです。麻生基調講演では、簡潔なプレゼンで、要所を締めているというように思いました。プレゼン資料は、見た目が今ひとつでも、話し手の内容が一番であることを実感いたします。

 講演の内容をかいつまんで紹介していると、大変ですので、まず、平成18年11月30日の麻生外務大臣の「『自由と繁栄の弧』をつくる」という演説が基本です。こちらをご覧頂くことをお勧めいたします。ちなみに、この演説に便乗した私の記事がこちらこちら(続編)にありますので、物好きな方はどうぞ。

 CLV諸国などでの女性の活動など、興味深い話題が多いのですが、私が最も興味をもったのは、北海道の富士メガネさんの金井昭雄さんの「視援隊」の活動です。「視援隊」は不要なったメガネをなどを集め、金井さんを筆頭に社員の方たちがボランティアでタイ、ネパール、アルメニア、アゼルバイジャンでメガネをあつらえているそうです。おじいたん、おばあちゃんが何を見たいかと問われれば、世界共通で「孫の顔」だそうです。このあたりはなるほどと思います。金井さんは、ボランティアではなく、社員教育で行っているそうです。「あなたが私の視力を取り戻してくれた」とおじいちゃん、おばあちゃんが泣いて抱きついてくるそうです。麻生外相は金井さんを「普通の眼鏡屋さんのおじさん」と呼んでいますが、金井さんは「うれし涙とともに記憶される日本人でありたい」とおっしゃっているそうです。麻生外相は、この講演で「現地の人たちの目線に立って、現地の人たちが、…(中略)、経済的繁栄をすることによって、将来に希望を見、自分に自信を取り戻し、そして将来を楽観し、それがテロを防ぐと思っています」と述べています。個々の活動は決して派手ではありませんが、麻生外相によれば、「自由と繁栄の弧」という言葉は、この金井さんから教わったそうです。

 「役人というのはモノを売るというセンスがおよそありませんから」、「役人というのはお金を稼ごうという人はやっちゃいけないんだから。お金を稼ぐ才能がない人がなっている職業だと思ってもらわなくちゃいかん」などと「口の悪さ」も健在ですが、全体として地に足の着いた話が多く、楽しんで見てしまいました。最初の方では、GDPの大きさから日本の「等身大」の姿を示すというのは、お約束ではありますが、「他国からどう日本が見えるのか」という常識的ではありますが、肝心のことを語られていました。私は、遠大な戦略論も好きですが、このような地道な活動が外交を構成していることを実感いたします。

2007年05月06日

やっぱり「衰退史」?

 平間洋一『第二次世界大戦と日独伊三国同盟』(錦正社 2007年)を手にとりましたが、第1章から、おそらく著者の意図とは逆に絶望的な気分にさせてくれる、叙述が連続して、なんともいえない気分になりました。満州事変、それも、日満、日独、独満の貿易が両国を接近させたというあたりで嫌気がさしますが、1941年のヒトラーやリッベントロップと松岡洋右の会談でシンガポール攻撃が議論されていたあたりは常識なのでしょうが、本当に絶望的な気分にさせてくれます。幸い、この際には海軍が消極的だったので、ヒトラーの「戦略」に乗って「自爆」したわけではなく、救いがないわけではないのですが、結果としてみれば、同じことをやってしまうわけで、どうにもならんなあと。さらに絶望的な気分にさせていただいたのが、第12章「海軍・外務省の戦争責任と東京裁判史観」で、戦時に戦争への政治的リーダーシップがまったくといってよいほど欠如していたことを、著者の意図と反してここまで抉った著作も珍しいのではないかと思いました。外務省だけが戦後、いい子ぶってというのはわからないでもないのですが、ここまでセクショナリズムが引っ張られていたということを示されると、つくづく、帝国は滅亡するべくして滅亡したという気分になってしまいます。

 まだ、全部を読んだわけではないのですが、コミンテルンの暗躍がゾルゲ事件で劇的に示されたように、政治的リーダーシップを妨げた側面はあるのでしょうが、防諜という観点から、このような暗躍を許した脇の甘さが理解できない。「防共協定」を結んでいながら、「防諜」はできなかったようで。政党からも軍からも官僚からも政治的リーダーシップが発揮されなかった悲劇が、通説とは異なった観点から示されていて、非礼ではありますが、通説以上に、絶望的な気分になります。ヒトラーの「戦略」でも、ルーズベルトの「罠」でも、コミンテルンの暗躍でもなんでもよいのですが、要は、通説から離れると、さらにこの国の運命がこの国自身から離れていたことを感じてしまいます。戦前の政治的指導者が絶望的に無能に見えてしまう。

 「反共」にしても、ゆきすぎれば、右の全体主義となるだけで、「敵」とたいして変わらなくなってしまう。さらにいえば、ヒトラーは単に右の全体主義というだけでなく、事実上、大英帝国を解体しようとし、英米の覇権へ挑戦していた事態の評価が抜けてしまっている。戦時中の米兵の意識が「人種差別的」と言われても、直接、アメリカ本土へ攻撃した国とそうでない国とで差があるのは当然だと見えてしまう。結果的に真珠湾攻撃が戦略的に日本の選択肢を消してしまったということがまるで見えなくなってしまう。「東京裁判史観」の見直しは、やりたい方はどうぞというのが正直な気分ですが、こうも政治的リーダーシップの欠如が浮き彫りなるというのは、想像を絶します。ナチスを裁く流儀を日本に持ち込んだのはどうかねえとは思いますが、それを「見直す」話になると、よけいに絶望的な気分に。

 戦前の失敗というのは、ナチスが英米の覇権に挑戦し、それに加担することがどのような意味をもつのかということに関して、当時の政治的指導者がどのように認識していたのかという点に尽きてくると私は思います。しかも、真珠湾攻撃はアメリカ本土への攻撃であり、ルーズベルトの仕事を容易にしてしまった。このあたりは、平間先生は百も承知で、通説では描かない部分を描くことで異なった「絵」を描かれようとされたのでしょう。ただ、あまりに赤裸々に戦前の意思決定に整合性がなかったことが通説以上に目立ってしまい、ナチスと異なって、沖縄を犠牲にし、原爆が投下され、ソ連の参戦後という、「最後の最後」とはいえ、「損切り」ができたあたりがわからなくなってしまう印象があります。このあたりの機微は、私にはいまだによくわからない。

 ただ、あの戦争を善悪是非の観点から離れないと、どうにも見えてこない部分があることを感じます。また、それが限りなく「神の視点」に近いことも。時代がたてば、個人の毀誉褒貶から離れて、もう少し違った視点から見ることができるかもしれないと考えておりましたが、容易ではないことを感じます。「時の最果て」では、フランス革命以降、フランス、ドイツ、ロシアの興隆と衰退に似たようなプロセスがあるのではないかという強引な前提に立って、この国の戦前史を見たらどうなるのでしょうという、非常にちゃらんぽらんなアプローチですが、まだ、あの戦争について語ることが難しいことを平間先生の著作を拝読しながら、しみじみ実感いたします。もっと憂鬱なのは、経済的な繁栄とは区別される、この国の「衰退」に私たちの世代が中心となったときに歯止めがかかる自信がもてないことではありますが。集団的自衛権の問題にせよ、憲法改正にせよ、ある範囲内で党派性をもつのはやむをえない気がいたしますが、過度に党派的な文脈で論じられているのを見ると、私どもの世代でこのような「壁」を乗り越えてゆけるのだろうかと不安になってしまいます。
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2007年05月05日

「こどもの日」によせて(十五歳未満ノ者ノ閲覧ヲ禁ズ)

 軽く散歩をしたら、汗だくになってしまい、早くも「夏バテ」。情けない限りです。『第一次世界大戦と日本海軍』の第3章の残りをまとめようとしても、ちと気力がついてゆかない状態です。そろそろ、連休明けを睨んで、単に仕事を進めるだけではなく、気もちも切りかえて連休明けに備える時期かなあと。

 それにしても、子ども人口の減少は厳しいものがあります。総務省のHPを見ましたが、詳細なデータがなく、報道によるものしか見ておりませんが、地方部での減少が大きいとのことですが、地方部で地域コミュニティを維持することがどんどん難しくなっているように思います。「こどもの日」を迎えるにあたって、暗い話で恐縮ですが、「バラマキ」による地域間格差の是正ではどうにもならない水準にきているのかもしれません。「地方の自立」というよりも、地方自治体を再編して(市町村合併という話ではなく、道州制に近い地方への徹底的な権限委譲)、地方自治体における行政能力を高め、各地域で実施する施策の中で地方独自では賄いきれない部分を国が再配分するしかけが必要だと思います。ただ、地方自治に暗いので、空理空論なのかもしれませんが。


【今日の『らんま1/2』】

 そうはいっても、今日は「こどもの日」。よい子のみなさんが健やかに育ちますように、よい子向けの「体操」のご紹介です。「邪悪妖怪」、「エロ妖怪」など八宝斎先生の異名は散々ですが、そんな八宝斎先生が「さる地方病院」で治療をしていた頃、病弱だった幼い二ノ宮ひな子と出会います。八宝斎先生は、あるツボを押して、ひな子に「よい子の体操第一」と「よい子の体操第二」を教えます。八宝斎先生の「的確な指導」のおかげで、ひな子は元気な子に成長しました。

 時は流れ、早乙女乱馬と天道あかねが通う風林館高校1年F組に新しい担任の先生がやってきました。ほかならぬ二ノ宮ひな子でした。過去に不良校を三つも制圧したという彼女は、新任早々、「不良生徒」をボロボロにしてしまいます。それを見た乱馬は、ひな子先生に急接近。原作では当然、あかねをはじめ、久遠寺右京、久能小太刀、シャンプーたちはひな子先生に嫉妬し、おそろしい罠をしかけますが、このあたりはOVAではカット。なお、乱馬の男のままでの「女装シーン」もOVAではカット。OVAは、「こどもの日」にふさわしい「健全な」作品に仕上がっています。ちなみに、原作ではひな子が「体操」をするときに唱える言葉の順番がわかりにくいのですが、OVAのおかげで「邪」、「悪」、「病」、「痛」、「魔」の順番だったんだと感動しました。

 それにしても、女性教師というのはいつの時代にも人気なのでしょうか。私が中学2年生の頃に女性の先生が担任(英語)でした。それを聞いた父上が、「家庭訪問」に参加するとのたまうので、大変、失礼な話ではありますが、先生の写真をお見せしたところ、二度と口にださなくなりました。このおかげで、女性を見かけで判断するのは無礼極まりないことを学びました。よだんですが、なぜか女性の先生とは相性がよくて、この先生はフランス映画が大好きで、『太陽がいっぱい』などのビデオを貸していただいて、フランス語の勉強の役に立った覚えがあります。当時は、英語とならんでフランス語を勉強していたのでした(使っている人口がスペイン語とならんで多いという、いかにも実用一点張りの家風を反映しておりますが)。大人になってから、もう少し勉強し続けていればと後悔することもあります。

 思えば、「仰げば尊し、わが師の恩」。「教育再生」で学校の先生の権威が落ちる一方ですが、この作品で教師の尊厳が回復することを願ってやみません?


学園に吹く嵐!アダルトチェンジひな子先生 『らんま1/2』OVAシリーズ

(1) http://www.youtube.com/watch?v=bggnTfZKHQw(8分58秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=SJ02o5uFUvE(9分23秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=QvWwKfVocTs(9分48秒)

2007年05月04日

絶叫! 温泉バトル

 『第一次世界大戦と日本海軍』第3章は、第3節を残すのみですが、記事を書いた後でいろいろ考えさせられることがあります。日英同盟は20年近く日英を結び付けましたが、大戦後、同盟破棄を避けられたのかどうか。また、第3節では日本の南洋諸島領有をめぐって日米の確執と猜疑が深まってゆきますが、日米の対決は必然だったのか。そんな答えがでそうもないことをぼんやりと考えながら、記事をまとめて、ブログに載せた後もついついそんな愚にもつかないことが頭から離れません。

 せっかくの連休。そんな「寝言」あるいは空想に耽るのもよいのですが、連休の終わりは天候が崩れる可能性があるので、明日は、お天道様の下でのんびりすることにしますか。温泉なんていうのもいいですねえ。

【今日の『らんま1/2』】

 「一粒コロリ・絶倫ホレ薬」の紹介に誤りがありました。Youtubeが異常に重いので、全部、見た上での紹介ではなかったので、うっかりしておりました。当然でありますが、らんまとあかねのかけあいは、アニメでもほぼそのまま再現されておりました。ダウンロードするのに時間がかかるのでちゃんと確認していなかったため、思わぬミスをしてしまいました。「ただねえ、一瞬玉を飲んだ(実際にはふりで口の中)乱馬が最初に見た「異性」であるあかねに向かって「か・わ・い・い」などとからかって思わずあかねが「こんなのいやっ。こ、こういうことは薬ぬきで…」と漏らすあたりをカットしたのは許しがたい怒りを覚えますが」などと書きましたが、そのままでした。強いていえば、ビーチパラソルをぶんぶん乱馬に振るうあかねの絵が原作の方がきれいという程度。日本を代表する究極の邪悪妖怪ハッピーこと八宝斎と中国三千年の歴史を代表する女傑族のおばばことコロンの出会いがカットされている程度でした。お詫びを申し上げるとともに、訂正いたします。

 もうすぐ5月5日、すなわちこどもの日。すこやかなこどもたちの成長を祈って、5月5日は、特別な作品の紹介があります。こどもの日の前は、ちと、お下劣な下品な作品です。これは原作ではあまりに強烈で、終盤、らんまとあかねが組んでいるところにシャンプーが割り込んでくるのですが、体が冷えた三人が酒風呂に入って、三人で一番お酒に弱い乱馬がシャンプーに散々おもちゃにされ、あかねがそれを見ながら、「やめんかーい!」と怒るのですが、目は笑っています。やはり未成年者向けの番組ですので、飲酒シーンカットはやむをないのでしょうか。

 それにしても、乱馬―あかねを基本として乱馬―シャンプー―ムース、乱馬―右京、良牙(この時点では「彼女」がいない設定ですが)と実にもつれたいかがわしい関係です。とはいえ、主軸は乱馬―あかねライン。いろいろ揉めるのですが、「やっぱりあかねが一番だ」に続く乱馬の優しい言葉。思わず、あかねも心が動きます。その後、二人は…。けっきょく、お約束のパターンですが…。


絶叫! 温泉バトル 『らんま1/2』熱闘編77話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=TJDFqSHZlUU(8分05秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=sQ-1co4g0Ww(6分22秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=pOEU0FjgG6Y(9分09秒)

2007年05月03日

『第一次世界大戦と日本海軍』メモ(9) 第3章(B)

 前回は、気合が入りすぎまして、『第一次世界大戦と日本海軍』のメモという趣旨から外れてしまいました。まず、本書全体での第3章第1節の位置付けを序章からの引用で確認しておきます。

 本研究で重視した第三の視点は、日本の動向が同盟国イギリスだけでなく、それ以外の第三国に与えた影響にも極力目を向け、日本の第一次大戦へのかかわりを広く多面的にとらえようとしたことである。すなわち、日本の参戦は日英の二国間だけでなく、日本の中国や太平洋への進出を危惧するアメリカに大きなインパクトを与えたが、それは日米間のみにとどまらず、さらに日本とメキシコ、アメリカとメキシコの関係にも大きな波紋を生起させた。例えば開戦直後に日本海軍は、ドイツ東洋戦隊の捜索撃滅のために遣米支隊をアメリカ西岸に派出したが、この作戦中に巡洋艦浅間がメキシコ領マグダレナ湾で座礁してしまった。浅間の座礁は単なる偶発事故であった。しかし、この座礁事故がアメリカ、メキシコ、そしてドイツなどによりさまざまに利用されてしまった。浅間の座礁はメキシコによって対米牽制に利用され、ドイツには日本とメキシコが同盟してアメリカを攻撃するとのツィンメルマン事件を引き起こす遠因を与え、さらに大戦後にはアメリカの軍備拡張主義者に対日脅威を煽りたて、恐日・反日世論を高め海軍力増強の道具として利用されたのであった(4頁)。


 ツィンメルマン事件というのは、1917年1月、「ドイツ外務大臣ツィンメルマン(Arthur von Zimmermann)からメキシコ駐在ドイツ大使に宛てた、メキシコが日本と同盟しアメリカから旧メキシコ領土の回復を望むならば、ドイツは経済的軍事的支援を与えるとの条件でメキシコと交渉せよ、との電報が発覚」したビスマルク亡き後の粗暴な帝政ドイツの外交らしい粗雑な「陰謀」です。この事件が、どの程度、日米関係に影響を与えたのかは疑問ですが、第一次世界大戦は、単に「戦需景気」をもたらしただけでなく、軍事行動や戦争にともなう様々なプロパガンダによって、日英、日米、その他の国との関係にも戦後にも影響の残る爪あとを残したことを確認しておきます。

 第2節は、石井・ランシング協定に三日ほど先立って成立した日米海軍協定と日本海軍のハワイ警備行動が対象です。第2節の冒頭で、主題が簡潔に提示されておりますので、引用いたします。

 第一次大戦中の日米関係には、人種差別問題に始まり南洋群島の占領、対華二十一ヶ条の要求、アメリカに対抗するメキシコへの武器輸出問題や、ツィンメルマン事件などによる不信や猜疑の側面と、アメリカの参戦にともない日本海軍がハワイに巡洋艦を派遣し、太平洋の海上交通保護作戦を引き受け、日米共通の敵ドイツと戦う参戦国(同盟国)としての側面との二つの側面があった(120頁)。

 まず、前回の浅間座礁事故が1914年、石井=ランシング協定の締結が1917年11月ですので、第1節と第2節の記述は時期的にずれがあることに注意が必要です。また、日米海軍協定の調印が1917年10月3日、石井=ランシング協定の調印が同年11月2日ですので、時期としては、第一次大戦の終盤であり、1915年の対華二十一ヶ条の要求(アメリカの対日警戒心を強めた)やアメリカの参戦(これにより日米は戦争協力が可能になった)よりも後であることにも注意が必要でしょう。当たり前ですが、日本海軍がハワイを警備するというのは、アメリカが外交上、中立を捨て、建前上も協商国側に立って戦争に参加していることが当然の前提条件です。

 『第一次世界大戦と日本海軍』第3章2節では、アメリカ側、あるいはランシング国務長官が日米協定に提案した目的として対独戦争協力と中国問題に関する協議を成立させることが挙げられています。また、日本側の態度として、アメリカの目的に応じるとともに、「石井大使特命全権大使ニ対スル訓令案上裁指令の件(一九一七年六月一二日)」や「石井遣米特派大使ニ対シ内訓ノ件(一九一五年七月二四日)」など『外交青書』からの引用によって、アメリカ国内における日本人の地位向上や中国における日本の特殊な地位を認めること、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島の譲渡の内諾をえること(内訓による)などが挙げられています。石井遣米特命大使だけでなく、陸海軍大臣が陸海軍随員に与えた訓令もあわせて、121頁では次のように整理されています。

 
 一 中国問題、特に日本の特殊権益の問題(石井特使・陸軍随員)
 二 対日人種差別の問題(石井特使・陸軍随員)
 三 南洋諸島の領有に対する内諾(石井特使)
 四 フィリピン・グアムの軍備制限、フィリピンの独立又は他国へ
   譲渡の場合は先ず日本に交渉すべきこと(陸軍随員)
 五 太平洋警備問題(海軍随員)
 六 兵器軍需品製造および造船に要する資材の確保(海軍随員)


 項目の第1から第4までを見れば、対独戦争のおける協力ということがほとんど後回しであることは一目瞭然です。事実上、アメリカの参戦に乗じて日本側が言い分を通そうとしていたことがうかがえる内容です。あとで検討しますが、日米の単純な二国間交渉であれば、妥結は困難であったと思います。

 他方で、日米海軍協定に関する協議は、1917年9月8日より始まり、日本海軍の積極的な姿勢によって交渉が順調に進んだ結果、9月27日には共同声明を発表するに至りました。交渉の過程ではアメリカ側から太平洋から巡洋戦艦サラトガ、フィリピンから巡洋艦ガルベストン、シンシナチと駆逐艦5隻を大西洋に展開するため、交代艦を派遣する依頼がありましたが、後にフィリピンの海軍兵力は移動しないことになり、日本側に通知されました。日本側がフィリピンの警備について確認を行うと、フィリピンへの日本の海軍兵力の派遣が必要な場合、希望する旨の解答をアメリカ側からえるなど、微妙なやりとりも行われました。

 10月17日に、アメリカ海軍から装甲巡洋艦サラトガを11月下旬に太平洋から大西洋に派遣するために、11月15日頃までに日本海軍から代わりとなる軍艦を派遣する旨の以来がありました。日本海軍はこれに応じ、10月19日に巡洋艦常盤(艦長森本義寛大佐)へ出動を命じました。

 また、日米海軍協定の調印を受けて日本海軍は11月1日に「ハワイ警備命令」を発しました。124頁では次の二項目が挙げられています。

 
 一 常盤ハ急速出動準備ヲ整へ「ハワイ」ニ向ヒ進発シ
   当分同方面ニ在リテ行動スヘシ。
 二 本行動中ハ所在米国海軍官憲ト気脈ヲ通スヘシ。

実際のハワイ警備行動は、日本商船山川丸やスウェーデン船の遭難救助に出動した程度で、特筆すべき作戦行動はありませんでした。日米海軍の関係は良好でしたが、幸か不幸か、ハワイ周辺だけでなく、太平洋自体がこの時期には平穏だったため、1918年には常盤は日米協同作戦を中止して、独自の計画にもとづいて巡航移動警戒することとなりました。さらに、日本海軍は日米海軍協定にもとづいて相互に艦艇の配備・行動予定を通知することをアメリカ海軍に提案して同意をえましたが、アメリカ海軍が小型艦艇しか保有していなかったため、日米協同作戦が実際に発動される機会はありませんでした。

 日米海軍協定によってアメリカはハワイ・太平洋の警備を日本に任せ、大西洋へ海軍兵力を送ることができましたが、結果的にハワイ警備での日本海軍の活動は、その活動によって海軍のみならず、日本軍の特徴である高い錬度や厳正な規律、他国の比ではない高い稼働率などを示すことによって、皮肉にもアメリカ海軍はへ尊敬や信頼だけでなく、脅威として映る結果になってしまいました(129頁)。結果論になってしまいますが、「日米共通の敵ドイツと戦う参戦国」という日米の共通の基盤は、日本海軍の活躍によって、むしろ両者を引き離す効果すらもってしまったことは、「歴史のアイロニー」という言葉で片付けるには重大な問題です。この問題を「解く」には私は力不足ですが、平間先生が省いている石井・ランシング協定成立の背景は、この問題の補助線になると考えます。以下、長くなりますが、岡崎久彦『幣原喜重郎とその時代(文庫版)』(PHP出版 2003年)の「第七章 パリ講和会議」213−215頁から引用いたします。

 さらに日本には当時アメリカが中国における日本の特殊な地位を認めていると信じてよい理由があった。それが石井・ランシング協定である。
 一九一七年四月、アメリカはドイツに宣戦した。その結果、日米は同じ側で戦うこととなったわけであり、同盟国間に利害関係の摩擦があってもいけないので、日米関係を調整するために石井菊次郎を特派大使としてアメリカに派遣することになった。
 とくに日米関係の調整を望んだのは、当然、日米それぞれの同盟国である英国であった。石井大使とランシング国務長官の正式協議が始まる前の九月三日、駐米英国大使は石井大使を訪れ、英国政府は日米間の満足な了解が成立しないとたいへん困るので、シナ問題と太平洋諸島問題について日本の希望が正当であることを事前にアメリカ政府に説明しておいたと述べ、そして、「シナ問題についてアメリカは重大な利害関係がないにもかかわらず、現国務長官がフォスター(元国務長官、退官後シナ政府顧問、ランシングは女婿)の姻戚であるため非常なシナびいきであるが、これをもってアメリカ政府がシナ問題についてどこまでも固執して譲らない態度であることは大いなる誤解であろう。要するに、国務長官個人の感情より出るものと看做し、軽く受け流しておくのがよろしかろうと思う」と述べ、ひたすら石井大使の忍耐を求めた。

 同盟国の存在、とくに英国のように発言力の強い同盟国の存在はありがたいものである。石井・ランシング協定は、中国における日本の特殊な地位をアメリカに認めさせたという点で、日米関係において例外的な文書である。もし、これを日米二国間だけで交渉していたとすれば、このような結果はまず得られなかったであろう。
 アメリカと日本が同じ側に立って戦争をするという大きな背景があって、なおかつ英国の強い影響力と、細心練達の外交的配慮があってはじめてできたものである。後年、日英同盟が破棄されたことによる日本の最大の損害は、英国の情報力、外交的影響力、とくにアメリカに対する影響力の恩恵を受けられなくなったことにあるといっても過言ではないだろう。

 九月五日、今度は石井大使が英国大使を訪問すると英国大使は「シナにおける日本の地位はアメリカも内心承認しているが、ただ、これを公然承認するのを憚るものと察せられる。モンロー主義について外国の承認を求めたことのないアメリカ政府のことであるから、日本がシナについて何らかの承認を求めてもアメリカ政府はこれを与えないであろう。日本は、アメリカが他国の承認を求めずしてモンロー主義に満足しているように、シナにおける特殊な地位について明文の承認を得ることは不必要ではあるまいか」と述べ、万一交渉が不成立の場合も日米摩擦に進展しないような、日本の退路まで示してくれた。
 また、英国大使は、本国政府の訓令に基づいて、日本が開戦以来連合国のために尽した実績を列挙した文書を、国務長官に手渡してくれている。


 『第一次世界大戦と日本海軍』では日米海軍協定の進展と石井・ランシング協定の調印への影響に関して論じる叙述(123−124頁)がありますが、現実には妥協が難しい日米間の懸案をイギリスがアメリカへの影響力を駆使して交渉の土俵をつくったというのが実相のようです。日本海軍のハワイ警備を過小評価するわけではありませんが、戦局の変化とともに、日米海軍の協力は、太平洋でのドイツ東洋戦隊の駆逐ではなく、大西洋へ派遣されるアメリカ海軍を日本海軍が補完する関係でした。もちろん、このことは、日米の海軍兵力が補完関係に入ることを意味し、日本も応分の「負担」をしたといえるでしょう。

 他方で、石井・ランシング協定は、中国における日本の権益をアメリカの普遍的原則から離れてアメリカに認めさせる、より強い内容でした。この協定が成立するためには、とりわけ日本側の粘り強い外交交渉が不可欠でしょうが、なによりも、日米を調停しようとするイギリスの存在が大でした。英国大使が「退路」まで示しているように、イギリスにもこの交渉が妥結する確たる見通しはなかったのでしょう。それでも明文の協定までこぎつけた日本側の交渉は、粘り強いものであったのでしょう。ワシントン会議において、四ヶ国条約によって日英同盟が廃棄され、九ヶ国条約で石井・ランシング協定が破棄されたのは象徴的です。日米は、当時、氷炭相容れずという関係ではなかったと思いますが、利害が相反することも多く、イギリスは両国にとって重石であると同時に、両国を結ぶ絆を握っていました。日英同盟の破棄が日米開戦まで一直線に結びついていたとは思いません。

 ただし、岡崎先生が指摘されているように、日英同盟を失うことによって、日本はアメリカへの外交的影響力と的確な情勢分析を行う能力をもつイギリスという理想的なパートナーを失いました。その後、事実上、単独でアメリカと外交を行う羽目になり、結果論になってしまいますが、惨憺たる失敗を犯したことは、より詳細な検討が必要ではありますが、自明といってよいのでしょう。 

一粒コロリ・絶倫ホレ薬

【今日の『らんま1/2』】

 ものすごいタイトルですが、原作では「ハッピーとコロン」、「一瞬の恋」、「誰が惚れるか」とまっとうなタイトルの三部作。原作10巻あたりになると、男性陣では九能帯刀や響良牙、ムース、女性陣では九能小太刀やシャンプー、久遠寺右京などらんまとあかねに思いを寄せる「名(?)脇役」がほぼ揃います。また、「邪悪」こと八宝斎先生も…。これらのメンバーを中心に「ラブコメ」という名のどんちゃん騒ぎを格闘で敵が現れて繰り返すというのが22巻あたりまでの流れです。

 今回ご紹介する作品は、原作10巻の3話を集約したTVアニメです。格闘がメインではない場合、(1)乱馬があかねをからかって「煽りにマジレス」が特技のあかねが乱馬ともめているところへ第三者が介入してさらに話がややこしくなる、(2)乱馬があかねをからかうも、あかねが軽くいなしているところへ第三者が介入して話がややこしくなる、といったあたりが基本パターンですが、この作品は両者が絶妙に絡み合って、乱馬とあかねのかけあいの基本がいろいろでてきます。

 さて、女性陣で格闘という点で最強なのはシャンプーなのですが、あかねの恋敵としても最強。右京でも強烈なシリーズがあるのですが、シャンプーに関しては「腐れ外道」とあかねとムースを言わしめた強烈な作品があります(こちらはまたの機会に)。今回の作品は、ナンセンス度が高いものの、比較的、穏健な作品です。

 なお、TVアニメのタイトルでは「ホレ薬」となっていますが、原作ではコロン−シャンプーの家に伝わる先祖代々の家宝。腕輪にはめられた丸薬を飲むと、最初に見た異性に一目惚れするという、要は特殊な刷り込み効果をもつ薬です。一瞬玉、一日玉、一生玉の三種類があり、これがコロンの手にあれば、乱馬が一生玉を飲まされてシャンプーと結ばれる・・・てなことになるはずですが、これを盗んだ八宝斎の手にありました。このあたり、実に話がよく練られています。

 この作品の大半は、一日玉を飲んでしまったあかねの話がメインなのですが、前半も「目がパッチリしたロングヘアー」の女性の「正体」やシャンプーに一瞬玉を飲まされた乱馬のチャランポランぶりなど、見所満載です。ただねえ、一瞬玉を飲んだ(実際にはふりで口の中)乱馬が最初に見た「異性」であるあかねに向かって「か・わ・い・い」などとからかって思わずあかねが「こんなのいやっ。こ、こういうことは薬ぬきで…」と漏らすあたりをカットしたのは許しがたい怒りを覚えますが(コメントでご指摘頂いたとおり、アニメでも再現されております私の勘違いでした。リンク先では見ることができませんが、オープニングソング込みで9分前後でこのシーンが登場します)。


一粒コロリ・絶倫ホレ薬 『らんま1/2』熱闘編35話

(1) http://www.youtube.com/watch?v=1E-d3tFbr0E(7分03秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=HLaYYCjbuLE(6分21秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=-7_nzx1ESzI(6分26秒)

2007年05月02日

『第一次世界大戦と日本海軍』メモ(8) 第3章(A)

【さくらインターネットからのお知らせ】

 本題の前にお知らせです。以前、管理画面へのアクセスが不安定だと書きましたが、4月28日から5月1日に障害が発生していたとの連絡がさくらインターネットからありました。

[障害]さくらのブログ

 なお、この障害を受けて、データベースのメンテナンスが下記の通り、実施されました。5月1日の午後5時から午後5時5分までコメントとトラックバックは受け付けない状態になっていました。ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。ただ、記事を投稿しようとしたら、メンテ以前の状態になっていて、参りました。コメントへのリプライを書き込もうとすると、"502 Proxy Error"と表示される始末。いったい、どうなってるんだか…。5分で直さなくてかまわないので、ちゃんと対応していただきたいものです。

【重要】[ さくらのブログ 緊急メンテナンスのお知らせ ]

 ちなみにさくらインターネットから連絡がありました。原因については調査中とのことです。とりあえず、管理画面に接続できたので、記事を掲載します。しばらく不安定な状態が続くかもしれません。

[障害] さくらのブログ


【平間洋一『第一次世界大戦と日本海軍』(慶應義塾大学出版会 1998年)】

 今回は、第三章「太平洋における軍事行動と日米関係」に関するメモの一回目です。第3章(表記が漢数字になったり、通常の数字になったりしますが、原著からの引用、あるいは原著に忠実に記述する場合のみ漢数字を用いるものとします)は、第2章とならんで、注を含めて50頁ほどの分量になります。最も長いのが最終章の第6章で60頁弱です。本書の副題「外交と軍事の連接」からすれば、南洋諸島占領と対英豪関係(第2章)、対米関係(第3章)が重視されるのはもっともだと思います。

 やや形式的ですが、第3章の各節のタイトルを引用いたします。

第一節 巡洋艦浅間のマグダレナ湾座礁事故と日米メキシコ関係
第二節 日本海軍のハワイ警備と石井・ランシング協定
第三節 南洋群島の領有と日米関係

個々の対象は具体的で明確ですが、分析は本書全体を貫く特徴ですが、軍事だけでなく、外交政策と交渉、当時の国内世論や相手国の世論の検討など多面的に行われています。第二節をとりあげる際に触れますが、岡崎久彦『幣原喜重郎とその時代』では、石井・ランシング協定の背後には日米の関係改善に熱意をもつイギリス外交のサポートがあったことが指摘されています。この時期の日米関係は、対立と同時に協調の側面があり、結果から見れば、この時期に南洋群島の領有によって日米の緊張が高まる種の一つが蒔かれていたことになりますが、平間先生は冷徹に日米関係の「明」と「暗」を分析して、日米戦争必然論とは一線を画しています。

 他方で、日米が、ドイツという共通の敵から「解放」されれば、太平洋をめぐって角逐する可能性が高まることも指摘されています。話が飛躍しますが、本章を読みながら、ウィルソン主義が「帝国の時代」にとって代わることはなく、結果的に、日英同盟という安全弁を日本だけでなく、アメリカからも奪ったことの重大さを感じます。日本の世論は、本書では省かれておりますが、アメリカの排日運動にナイーブな状態だったこと(現在でも戦前から日本人のアメリカへの認識が本当に進歩したのかは怪しい部分がありますが)や、本章で示されるアメリカの世論のナイーブさ、外交の稚拙さなどを痛感します。

 第1節では、メキシコ内乱から書き始められていますが、ここを無理に説明すると冗長になりますので、後で簡単に紹介しております。この節の主題は、1914年12月31日、北米西岸においてドイツ東洋艦隊の追跡作戦に参加していた巡洋艦浅間がマグダレナ湾に入泊中、座礁した事故が日米の緊張を煽るよう、利用された事態を分析することです。1913年11月以降、巡洋艦出雲がメキシコ内乱によってメキシコ西岸で在留邦人保護にあたっていました。その後、出雲は、第一次世界大戦の勃発とともに、イギリスの要請で北米西岸の哨戒を行っていました。ドイツ東洋艦隊が北米方面に出現する可能性が高まると、1914年10月1日に出雲艦長指揮下に遣米支隊が編成され、旧式戦艦肥前(日露戦争の戦利艦)が10月8日に、巡洋艦浅間が11月10日に参加しました。肥前と浅間は、イギリス巡洋艦ニューカッスル、オーストラリア巡洋艦オーストラリア、カナダ軽巡洋艦レインボーと協同でドイツ東洋艦隊の追跡作戦に参加することとなりました。浅間の座礁は、この作戦中に起きた純粋な事故(「水路中央の海図未記載の暗礁に座礁」(108頁))でした。

 なお、マグダレナ湾は、カリフォルニアの南西に位置するメキシコのバハカリフォルニアの太平洋岸に位置します。これという地図が見当たらないので、こちら(直リンを避けるためにアドレスの一部のみ記載しておきます。ttp://www.lextours.com/baja/whale.html)をご覧下さい。

 事故当初は、アメリカ政府・海軍の対応も好意的でした。本書での描写は微妙な部分がありますが、アメリカの参戦が1917年4月(対独宣戦布告)であることを考えると、「中立」という建前に反しない範囲で情報漏洩の防止や浅間の修理に協力的だったと評価できます。なお、浅間の座礁後、アメリカ海軍は、1915年1月5日に砲艦ラリーを、6日には巡洋艦カリフォルニア(太平洋戦隊司令官ハワード少将乗艦)を派遣し、状況を調査するとともに、救助を行いました。

 ところが、驚くべきことに、1915年4月14日にロサンゼルス・タイムズ紙が一面トップで悪意に満ちた記事を掲載しました。同紙は、特派員ネイサンを派遣して5枚の写真ともに、タートル湾内で日本海軍が機雷を敷設してアメリカ艦艇の入港を拒否する可能性を示唆するばかりでなく、「日本政府は数時間で引き降ろせる軟土に浅間を座礁させ、それを口実に艦艇を集め基地を確保しようとしていると私は確信する」(110頁)との記事を載せてしまいました。長くなりましたが、浅間座礁事故そのものというよりも、この虚報に集約される日米墨の関係が分析の対象です。

(1)メキシコの「思惑」

 1911年のメキシコ革命を主導したのは、アメリカの支援を受けたマデロでした。マデロの急進的な改革が国内の混乱を招くと、アメリカ駐メキシコ大使ウィルソン(Henry Lane Wilson 第28代アメリカ合衆国大統領Thomas Woodrow Wilsonとは異なる)は勝手にウエルタを支援して1913年2月にクーデタを惹起して、マデロを失脚させてしまいました。英仏独日はウエルタ政権を承認しましたが、アメリカはタフト政権からウィルソン政権へ交代すると、ウエルタ政権を承認せずにマデローの流れである立憲派の北部コアウイラ州知事のカランサを支持しました。1914年7月には、ウエルタは大統領の職を辞任してカランサが暫定大統領となりました。しかし、メキシコ国内は、アメリカの強引な干渉と国内の有力者ヴィヤ将軍がカランサ政権を支持しないなど内乱状態にありました。

 日本は、1913年11月に出雲をメキシコのマンサニョに派遣するにあたって、日本駐在の英米独仏の各大使に派遣の目的は邦人保護であって、「ヴィジット・オブ・コーテシーではないことを通告」(111頁)しました。しかし、安達峯一郎駐メキシコ公使は、出雲の派遣を要請する際に「特別ノ御詮議ヲ以テ『ヴィジット・オブ・コーテシィ〔Visit of Courtesy―公式な親善訪問〕トシテ帝国軍艦派遣ノ件至急御決定相成様致度、切望ニ堪ヘス」という要請を行っていました。露悪的に平間先生の叙述を表現してしまうと、当時の政府は、公式には親善訪問であることを否定して、内実では公使の言い分をのんでいたということになります。

 メキシコ側は、当然のごとく、「出雲の派遣を邦人保護としてではなく、日・メキシコ友好親善を強化する『ヴィジット・オブ・コーテシー』と大々的に報じ」(111頁)ました。ニューヨーク・タイムズがこれを批判するなど話がこじれました。さらに、困ったことに「安達公使は渋る森山艦長を押し切り、艦長など士官一五名を首都に呼び国威発揚に利用し」(111頁)てしまいました。このあたりは、「デフォルトするぞ」と脅してリスケを迫るメキシコの弱者の「狡猾さ」に軽薄な公使が自ら音頭をとっているようで実は乗せられているように見えてしまいます。

 平間先生の分析から外れてしまうのですが、アメリカのウィルソン大使、日本の安達公使、いずれも「困ったちゃん」です(まあ、陸軍以前に、この時点で公使が「暴走」しているわけですが)。他方で、日本の「本音」と「建前」、アメリカの政権交代による180度といってもよい方向転換とナイーブさの方向は異なりますが、日米双方の外交の稚拙さが垣間見れます。さらにいえば、アメリカのナイーブさは、少なくとも、この問題に限定する限り、結果としてカランサ政権が1917年に現行憲法を制定する結果になったという点で救われているのにたいし、日本のナイーブさはアメリカの反日感情を煽っただけに終わったという点に興味がゆきます。完全に「紹介」から離れますが、端的にいえば、アメリカの国力を考えれば、二手間違えても、自滅の危険がないのに対し、日本は二手間違えると、危ういという程度に差があったのでしょう。私自身は、この虚報事件自体は小さな出来事だと思うのですが、いろいろな意味で日米の「ナイーブさ」が集約されていて、平間先生の緻密な分析を外れて「寝言」をぶつぶつ呟きたくなります。

(2)日米関係

 人種問題は、当時の日米関係を著しく損ねていました。カリフォルニアの移民問題が有名ですが、浅間座礁事件も、最大限、排日のために利用されました。ロッジ上院議員は、メキシコに海軍基地を日本が獲得する危険を喚起し、大統領に調査を要望する決議案を通過させました。当然ではありますが、「第六二議会で大統領は、直接又は間接に日本がメキシコで土地を取得しようとしている証拠はないとの調査結果を発表した」(113頁)。しかるに、以下に引用する事態になりました。

 しかし、ロッジ議員はこの説明に満足せず、モンロー主義の太平洋への最初の適用ともいわれた次の決議案を提出し、八月ニ日に五一対四で上院を通過させた。

「合衆国の交通若しくは安全を脅威するが如き位置にある港又はその他の場所を、米国以外の外国政府、会社あるいは個人が海軍若しくは陸軍用の目的を以て所有することを重大視せざるを得ない」(113頁)。
 

ニューヨークの日本協会は、「日米開戦不可能の理由十一項目」を新聞広告に掲載するほど、「日米開戦」の噂が広がっていたことも指摘されています。よけいな感想ですが、日米同盟、あるいは日米安保体制のおかげでこのようなアメリカの「ブレ」が抑制されていることを、当時と現在では時代背景が異なるとはいえ、しみじみ実感いたします。この恵まれた環境で外交が難しいなどといってはならないとしみじみ思います。

(3)アメリカ海軍の対応

 ロサンゼルス・タイムズ紙の報道にアメリカ海軍も反応しました。まず、1915年4月17日にニューオーリンズを派遣し、艦長ヘンドリクソン大佐が報道を示して「暗ニ状況視察ノ意ヲ漏ラシ」(114頁)たものの、「滞在時間も短く極めて形式的」(114頁)な派遣に終わりました。さらに、太平洋予備戦隊司令官ポンド(Charles F. Pond)少将が、 4月15日のサンディエゴ・ユニオン紙で、ロサンゼルス・タイムズ紙の報道を痛烈なまでに批判しました。ヘンドリクソン大佐もサンディエゴ・ユニオン紙でロサンゼルス・タイムズ紙の報道を明確に虚報であることを示す報告(一例として、浅間が座礁したのは軟土ではなく岩礁であるなど)を行いました。サンディエゴ・ユニオン紙は、当時の「責任ある新聞」というところでしょうか。

 注目すべきは、アメリカ海軍の対応に関する平間先生の叙述で引用されている駐米イギリス大使スプリング・ライス(Sir Cecil A. Spring-Rice)の報告です。
 
「…(前略)日本が対華二十一ヶ条の要求を完遂し、東洋における覇権を確立することにアメリカが干渉するならば、対米戦争も辞さないとの意志を示すため、故意に浅間を座礁させ、救助を名目に艦艇を集め、アメリカに圧力を加えているとの『うわさ』(原文では縦書き引用になっているが、文字化けするため、二重かぎかっこに転換した:引用者)を流布している。アメリカ海軍当局は単なる反日キャンペーンに過ぎないと確信しているが、最も危険なのはカリフォルニアにおける世論の動向である」(115頁)。

 簡潔ですが、実に的確な観察だと思います。情勢判断の基礎は正確な情勢観察であることを実感させられる報告です。もちろん、イギリス外交がすべて正しい情報の基礎の上にあったわけではないのでしょう。死んだ子の齢を数えるようなものですが、日英同盟が情報という点に限定したとしても、各地の大使館など公的機関から集まってくる情報を共有するだけで、帝国が「頓死」する確率は格段に下がったであろうと思わずにはいられません。第2節では、日米海軍協定にもとづく日本海軍のハワイ警備行動が対象となるために石井・ランシング協定もとりあげられていますが、残念ながら、石井・ランシング協定の背景にイギリスの仲介があったことは触れられておりません。第2章ではイギリスの錯誤が強調されていましたが、平間先生の叙述を丹念におってゆくと、浅間座礁事故のように細かい話といっては失礼かもしれませんが、このような問題でも、イギリスの情勢分析の正確さには驚きます。もちろん、ニコルソンが古典的著作で描いたような理想的な外交官像がすべてのイギリス外交官にあてはまるわけではないでしょう。場合によっては、日米の外交官よりも野卑な例外もあるでしょう。他方で、クロー覚書に代表されるイギリス外交の情勢分析は、イギリスの覇権からアメリカへの派遣の移行期にあると見られている時期においても、むしろ他国から抜きんでた高い価値をもっていました。日英同盟は、日露戦争の勝利とその後の三国協商によって日英両国にとって戦略的価値を減じたと理解している場合が多いようですが、少なくとも日本側に限定すれば、当時の世界で最上の情報がえられるというだけでも、同盟存続の意義は大きかったと思います。

 なお、115頁の末尾から119頁まで「虚報の原因」の分析が行われていますが、安達公使の「暴走」、三井物産など民間業者の関与など日墨の利害関係に加えて、「黄禍論」を広げて日本と同盟したイギリスとアメリカの離反を図ったドイツの「陰謀の影」などが実証的に示唆されていることを記すに留めます。ドイツの「黄禍論」は、当時の日米関係を悪化させるのにある程度まで貢献したのでしょうが、そうでなくても、アメリカ国内、とりわけカリフォルニアの排日運動は、観念的な問題ではなく、日本からの移民に経済的競争に敗れるかもしれないという、カリフォルニアのアメリカ人からすれば、はるかに切実な現実に起因するところが大きいでしょう。また、メキシコ問題に関していえば、「黄禍論」よりも現場の公使の「暴走」の方が、赤裸々なまでに機会主義的で、こちらの方が、日本外交にとってより大きなダメージとなったように平間先生の叙述からは感じました。

 『第一次世界大戦と日本海軍』から完全に離れてしまいますが、平間先生が叙述されていることと叙述していないことを考えてゆくと、あらためて日英同盟が日本にとって戦略的意義を失っていなかったことを実感いたします。第5章で、地中海への特務艦隊派遣と陸軍の派兵問題がとりあげられるのですが、特務艦隊の派遣は成功裡に終わったものの、陸軍の派兵への世論の反応はあまりにもナイーブでした。当時の日本人を批判することが目的なのではなく、欧州への派兵の戦略的価値を理解することは非常に困難でした。同盟の戦略的価値を自覚的に追求することの難しさを感じます。欧州への派兵は目に見える同盟の「コスト」ですが、情報という見えない「効果」あるいは「ベネフィット」というのは、今日でも評価が難しいでしょう。完全に飛躍しますが、このような同盟の総合的な「マネジメント」を確立してゆく意識的な努力を欠いては、集団的自衛権の行使に関する解釈をまともにしただけでは、形だけになるでしょう。現状では、解釈を正常化することが最大の課題ですが、より長期的に同盟を「マネジメント」してゆくしかけをつくってゆく、不断の意識的な努力が不可欠だと考えます。

 最後に、日米双方の「ナイーブさ」をとりあげましたが、アメリカのナイーブさは、徹底した三権分立に象徴されるチェック・アンド・バランスの下での逸脱行為であることも少なくなく、さらに、カリフォルニアの排日運動に関していえば、州と連邦というアメリカ独特の問題も絡む、問題です。徹底した分権的社会では、ある局部のみをとりだせば、一時的には極論が世論を支配しているかのように見えることもあるでしょう。しかし、浅間座礁事故への対処と「虚報」へのアメリカ海軍や政府の対応は、中立という国際法上の立場からゆけば、穏健であり、概ね妥当であると思います。また、逆に行政府の「誤り」は、様々な立場から是正する圧力がかかります。

 今回の記事で述べたことは、現代とは時代背景が大きく異なります。しかし、アメリカが徹底した分権的社会であることを忘れて、アメリカの一部の大きく見える声を過大評価してしまうのは、アメリカとのおつきあいで最も危険だと思います。アメリカを美化するのが目的ではありません。アメリカとの関係は、すべてにおいて互恵的であるとは限らないでしょう。利害が一致しないことも少なくないでしょう。この国が、長期的に生存を考えるときに、アメリカという巨大な変数をどのように評価してゆくのかは、単にアメリカの軍事力だけでなく、彼らが世界中から頭脳を集め、様々な地域で利害を調整し、そのために情報を収集している現状を考えると、過小評価ほど危険なことはないと考えます。

 第1節だけでずいぶん長くなってしまいました。このシリーズを再開して実感したことをとりとめもなく、あるいは「寝言」を長々と書いてしまいました。最後までスクロールしていただいた、忍耐強い読者の皆様に心より感謝の念を申し上げます。

2007年05月01日

「時の最果て」流 連休の過ごし方

 気がつくと、幸せな2日間を過ごしました。朝起きて、軽く散歩。食事を済ませて、肩慣らし程度にお仕事。お昼になったら、これは完全に手抜きですが、近くのお惣菜屋さんで昼と夜をまとめ買いをして、「篭城戦」でも大丈夫な状態。ご飯は玄米(健康に気をつかっているわけではなく、お惣菜屋さんでコシヒカリの玄米を食べたらおいしかったので、常食しております)。お昼は少し多めに食べて、片づけをしたら、速攻でお散歩。朝は体を起こすためですが、昼は心身のデトックスというところでしょうか。なにも考えずに、ひたすら歩く。

 お仕事のことはもちろん、間違っても集団的自衛権がどうたらこうたらとか面倒なことは考えない。もちろん、○なこともNG。ひたすら体のリズムに脳をあわせる感じです。気がつくと、体と心の区別がなくなります。もちろん、半ば無意識にペースを調整してはいるのですが。気がつくと、身も心もさっぱりできる時間がこの1ヶ月ぐらいなく、どうでもいいことで頭が一杯になっていることに気がつきます。どのみち、おつむのできがよくないので、さっさといらないものは捨ててしまう。最近は必要なこと(お顔を拝見してお名前が出てこないときにごまかすとかどうでもいい「技術」が「進歩」します)がパッとでてこなくて、まあ、この程度のできだわなと慰めるというより、どんどん鈍感になってゆく自分が自分でも怖いのですが。

 ま、それはさておき、散歩が終わると、ジムへ行って、ストレッチ、筋トレ、ストレッチ。はあ、気もちいい。もう、この時点で完全に気分は幸せ。この2日間で4万歩ほど歩きました。田舎モノにとっては、アスファルトではなく、まさに土そのものを踏みながら歩くこと自体が幸せ。帰ってきて、仕事を済ませて、晩ご飯。終わると、『サンデープロジェクト』の録画でも見るところですが、平間洋一『第一次世界大戦と日本海軍』第3章を1時間ほど読み込んでしまいました。日曜に腹筋を頑張りすぎてつりそうなので、らんまを見ずに記事にしてしまうという究極の手抜き。

 食事なんですが、以前ほどバランスに気をつかわなくなりました。最近はふきや筍の煮物などを少しずつお惣菜屋さんで買いこんで、あとは適当。30過ぎぐらいから種別を問わず、お肉を食べたいという欲求がなくなったので、ほとんどが魚類。それも、アジやサンマ、サバといった青物が好物なので、お惣菜屋さんは重宝します(適応力は衰えていなくて、お肉しか食べられない環境でも生きてゆけます。イギリスではBSE騒ぎが醒めぬ頃にレアでステーキを食べまくった覚えが。これが現在の私の原点?)。ポイントカードも主婦なみに活用して、「嫁いらず」状態。なんとなく、まずい気もしますが、良くも悪くも「自給自足」で済んでしまうので、面倒なことを考えるのも嫌という感じ。まあ、散歩して体を動かす程度で幸せになってしまう単細胞な人間なので、適当にあしらってくださる方がいらっしゃれば、来る者は拒まずではあるのですが、さすがに女性というのはちゃんと人柄を見ていて、そんな物好きな人はそうそういないこともこの歳になってようやく気がつきます。気がついた頃には遅いわけでして、…てな感じでしょうか。

 話がそれましたが、『第一次世界大戦と日本海軍』を読み返していると、同盟のマネジメントというのはつくづく大変だなあと思います。7回もかけてようやく2章まで進んだのですが、第3章にくると、アメリカが前面にでてきます。しみじみアメリカという国は扱いづらい。孤立主義的傾向と十字軍的願望が平気で混在するし、変なところで利益にがめつかったりする。おまけに、この時期のアメリカは、現在では想像もつかないほど人種的偏見が強かった時代にありました。日米同盟の双務性をより高める努力にたいする反論を考えているのですが、同盟は同盟として大切にしながら、アメリカみたいに気まぐれで、ややこしい国に深入りしない方がよいですよというのを、もっともらしく説明するのが案外、手強いのかもとくだらない「寝言」が頭に浮かびます。第5章と第6章(最終章)が本書のクライマックスなのですが、「寝言」にしようとすると、なかなか手強いです。ついでにケナンの本を読みたいと思ったら、でてこない。というわけで、「寝言」を書く前にお部屋のお掃除が大切とわかったので、次の4連休は大掃除が「宿題」となりました。

 ぐだぐだと『第一次世界大戦と日本海軍』に関するメモをアップする予定が遅れていることの言い訳を書いておりますが、連休の「序盤」は幸せそのもの。これが維持できますかどうか。 
posted by Hache at 02:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

よみがえる記憶(後編)

【今日の『らんま1/2』】

 数年前、『キッズステーション』という子供向けアニメ専門チャンネル(CS)で『らんま1/2』を特集していたことがあります。再放送もあったのですが、初放送のみ、乱馬役の山口勝平さんとあかね役の日高のり子さんが出演していました。というより、事実上、司会を兼ねていました。「乱馬からあかねへの質問こーなー」では、「乱馬の第一印象は?」との山口さんの質問に日高さんが「何で男の子なのにおさげ髪をつけてんだろう」、「山口勝平の第一印象は?」という質問には「何なんだろうこの甘えん坊は」と答えておりました。セリフについては既に紹介しましたが、「好きなセリフは?」という質問には「乱馬のバカ〜!」(これは作品ごとに抑揚、間のつけ方が素晴らしい)、「嫌いなセリフは?」という質問には「おしりにハートマークがついているセリフ」(当然といえば当然ですな)とのお答え。「あかねと似ているところは?」という質問には「ストレートなところ」とのお答え。そんな気もするし、声優というぐらいですから、やはり演技の部分もあるのかな。実は声優さんの世界はまったくといってもよいほど知らないのです。「似ていないところは?」の答えがなぜか録画では切れているのですが、確か料理だったと思います。これはさすがに同じというのはありえないでしょうね。山口さんがツッコミを入れていたような記憶があるのですが、軽く日高さんにいなされていたような。

 当然、「お返し」があるのですが、またの機会ということで。ちゃんとした「解説」をするべきなんでしょうが、気がついたら、この作品、まるで見ていないことに気がつきました。原作はちゃんと読んだのですが。最後は、まあ、あれではありますが、「ラブコメ」である以上、たまにはそれらしいのも必要なのかなと。ただ、ナンセンスが好きな私でも、三人の「女装」はいただけないなあと。乱馬が男のまま、女装する珍しいシーンではあるのですが(私は日本語がどうも不自由なので、変な表現ですが、女らんま(女の子に変身した乱馬をひらがなで書くのがお約束のようです)ではない状態での「女装」は、原作でも数えるほどしかないはずです)。こんなことを書いていると、オタクというありがたい称号をひそかに内心で思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうが、私など入門編という程度ですので、漫画とアニメの世界は置くが深いのです。

 はあ。それにしても「天道あかね特集」なんてやるんじゃなかった。次回以降は、私好みのナンセンスものが続く予定です。


よみがえる記憶(後編) 『らんま1/2』OVAシリーズ

(1) http://www.youtube.com/watch?v=O0RyDw7MgWo(9分13秒)
(2) http://www.youtube.com/watch?v=kAoxyVI919o(9分19秒)
(3) http://www.youtube.com/watch?v=0a_ULZM0Qxc(9分13秒)