2007年05月08日

若い世代から学ぶこと

 またしても、若い人たちとお食事とおしゃべり。女性ばかりになりかねない勢いだったので、慌てて、「応援部隊」を若干1名、連れ込んで男2名で「迎撃」。正確には私に挨拶をしにきた若い男性約1名を口説いて「拉○」したようなものですが。かなり下の世代になるのですが、「友軍」は強力で、浜崎あゆみ(例によってこれぐらいしか私のさめなみの脳みそ(さめがかわいそうとの噂あり)からすると、限界。無念)からTRF(さすがによる年波には勝てないらしいが、音楽性はやはり違うらしい)、驚いたことに中島みゆきとも会話をしていたりする。おかげで、私だけだとおそらく女性陣が遠慮してしまうところを一気に砕けた雰囲気にしてもらって、楽になりました。中島みゆきはやはり尋常ではない「オーラ」がでているらしい。「オーラ」というとわかりにくいのですが、ライブ前になると、すさまじい集中力で近寄れない雰囲気になるようです。そんな与太話をしていると、みんな口が滑らかになって楽です。

 あとはそ知らぬ顔をしながら、お仕事に不可欠な情報を収集。彼らからすると私がどう映っているのかが、聞けておもしろい。「けっこういい加減」というのは、「友軍」であるはずの男性の発言。まあ、この程度はよく言われますな。というよりも、20代前半は、こちらがある「期待値」をもっていても、外れることが多い。「期待値」よりもはるか上を行くこともありますし、がっかりすることもある。慣れてくると、相手がどうブレても平気になってくる。このあたりは「友軍」にはわからないでしょう。本人が、私からすると、まだ「期待値」の範囲内に落ち着いていない。他方で、同い年であいつにこれだけのことを任せれば、だいたい、この程度の成果が見込めるとなると、良くも悪くもジジ臭い。このあたりの機微は難しいのですが、同じ年齢でも、かなりバラツキが大きい印象があります。

 最近、困惑するのが、若い女性を任されることが増えてきたのですが、どうも感覚がつかめない。実を言えば、周囲からは意外とうらやましがられているようです。というのも、私の「部署」を希望する女性は、どちらかといえば、従順で「自由奔放」というタイプは少ない。言われてみれば、タメ口をきくのが皆無といっていい。まあ、男性でもそうなのですが、男性の場合、時折、反抗をしてくるし、それはそれでかわいいと思っている。いいにくいが、男性の場合、私に、いつもは困るのですが、私に反発するぐらいでないとつまらんと思っている。さらに、本人たちには言えないけれど、彼らが思っている以上に、私からすると、思ったとおりにならないので、私に逆らって失敗したときに、怒るのではなく、なぜ失敗するのかを考えさせるように誘導する。このように書くと、とてもきれいに聞こえますが、実際は、失敗から学習することまでは期待していない。ただ、いつか、どこかで私の手を離れたときに、気がついてくれれば、十分だと思っています。そのときに、私を思い出す必要はない。本人が気がつけば、それでよい。

 しかるに、女性の場合、男性のように、私に反抗することが皆無といってよい。困ったことに、従順さでゆけば、男性の比ではなく、本当に忠実だったりする。となると、私の責任が大で、どう処遇してゆくのかが、実に悩ましい。どこかで突き放す必要があるのですが、これが読み切れず、私の方が失敗することも多い。あと、正直なところ、男だけの方が気が楽だという性分もあって、最後は自己責任だという割り切りができますが、女性も同じなのだけれど、そこまで冷徹になりきれていない部分があって、つい甘やかしてしまう。今日、気がついたのですが、私の「部署」を選ぶ女性は、そこまで読みきっているわけではないのですが、私に依存しても大丈夫ということを感覚的に気がついている。要は、女に甘い(念のために言っておきますが、お仕事の時には脇が甘いことはまずない)ということに気がついている。これを上手に突き放してゆく技量は、まだ未熟ですな。

 ただ、これも時間の問題かもしれず、ある程度までは慣れの問題でしょうね。甘やかすと碌でもないというのは、男女を問いません。もっと露骨に言えば、女性の方が、つい「この程度は大丈夫かな?」と安心していると、失望したことがあったので、用心深く期待値を修正しながら、当面、本人の能力を最大限、引き出すために男性以上に苦労する。また、男性ほど劇的な変化というのは少なく、本人の内心でふっ切れるときがあるのでしょうが、私が鈍感なせいかもしれませんが、男性よりも女性の方がプロセスが緩慢で気がついたら、男性よりも意見がはっきりしていて、ほおと思ったりします。それでいて、どこか私に依存したい気もちは残っているらしく、こういうときはかわいいものです。自分でも、よくもまあ、遠まわしにぐだぐだ書いるなあと思いますが、基本的に女性はかわいいものです。

 「男女共同参画社会」というのはよくわかりませんが、気がつくと、女性からの意見というのは実に心理的に細やかで、なるほどとうならされることが多いです。受動的に見える女性ほど、突っ込んで話を聞いてみると、実によく見えている。ただし、大筋はこちらが抑えておかないと、危ういことも実感しますが。このあたりの機微は、実に微妙で一筋縄ではゆかない部分がありますが、私が接している範囲では、男性が「力学的要素」と「心理学的要素」を区別する傾向が強いのに対し、女性はそれをいったいで表現をする傾向が強いように思います。ただし、このような抽象化は、過度に一般化すると、男女の差とは異なる次元での個性と紙一重の部分もあります。ただ、私の場合、「力学的要素」を手放すことなく、「心理学的要素」を女性から汲みとるというところでしょうか。

 ずいぶん大げさな話になってしまいましたが、ちょっとした日常で男女を問わず、若い人から学ぶことも多いというのが素朴な実感でしょうか。これを若い人に「媚びる」という感性は私には想像を絶しますが、年をとってくると、世代の差にかかわらず、悩むことは、その現れ方が異なるだけでそれほど変わらないという気がいたします。「若い人から学ぶ」最大のことは、世代の相違や社会環境の変化、家族構成の変化にもかかわらず、人間というのはあまり変わらないという、いかにも市井でのおのおと暮らしている凡人らしい平凡なことがらです。
posted by Hache at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言