2007年05月10日

ヒラリー・ハーンの奏でる無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ(J.S.バッハ)

 お世辞にも日常生活が規則正しい人間ではないのですが、最近は、ある快楽を覚えてしまい、夜9時からその快楽に溺れて、夜10時には寝てしまいます。こんなことを書くと、こちらから「格差社会」は本当にひどいと「爆弾」を飛ばされるのではとハラハラします。ぐうたららしく朝は6時ぐらいまでぐっすり眠ってしまうのですが。本題に入る前に、安達正興さんの「女王陛下のアメリカ征服」を拝読していたら、最初の1行で思わず参ったなあ、これじゃあ話が続かないじゃないと思ってしまいました。言いにくいのですが、「英米関係、アングロ-アメリカンの絆にくらべると日米関係などはママゴトだな〜」ですべて終わってしまう。「戦後レジーム」から脱却しようがしまいがどうでもいいから、とっとと、バカげた憲法解釈などくだらん議論など適当に済ませて、まともにせよとうっかり口走りそうになります。5月3日の『産経』で「解釈改憲」の四文字熟語を見てから、『産経』を読まなくなりました。あんたたちがいつもバカにしている左の人たちの用語じゃないのと思いつつ。「戦後レジーム」からの脱却に賛同し、主張しているうちに、20−30年前の議論、あるいは「戦後レジーム」まんまの議論に戻っていて、斜め読みしながら、この程度ですかね、国内の「マスメディア」はなんていう「寝言」未満のバカバカしさで、だんだんスルーしたくなってきました。

 というつまらない話は、月曜日以来、どうでもよくなって、ヒラリー・ハーンのメンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲』から始まって、J.S.バッハ『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ』(私のもっているCDではパルティータ第3番→パルティータ第2番→ソナタ第3番)を1度目は真面目に、2度目は幸せな気分になって、寝る準備をした上で聴いていると、いつの間にかうとうとして、午後10時を回った記憶はあるのですが、そのまま寝てしまうという、いかにもちゃらんぽらんそのものの生活をしております。ひどいときは、朝5時頃に目が覚めてもう一回、パルティータを聴いていると、幸せになってニ度寝をしてしまいました。

 本来は、ヒラリー・ハーンを紹介していただいたカワセミさんの「宿題」、すなわち感想を書かなくてはならないのですが、感想とか面倒なことが思い浮かばず、聴いていて気もちがよくなって、寝てしまうという、「時の最果て」の「中の人」としては最上の「音楽鑑賞」をしております。子守唄になるようなクラシックが私みたいなすちゃらかな聴き手にはベストであります。これでおしまいとしたいのですが、カワセミさんが怒りかねないので、簡単に感想をば。かなり「辛い評価」もあると思いますが、カワセミさんを「釣る」意図はありませんので、誤解のないように申し上げておきます。

 ショスタコーヴィチは苦手なのですが、ショタコンはもっと苦手です。しょこたんは…。じゃなくって、ヒラリー・ハーンのおかげでショスタコーヴィチまで聴いてしまいました。迷惑だわね、こういう演奏家は。メンコン(「通」ぶるわけではなく、メンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲』と打つのが面倒なだけですが)を聴けば、たいていわかる。CDの「おまけ」でも絶賛されているので、「賛歌」を書く必要もないでしょう。メンコンをらしく弾くのはあるレベルを超えた演奏家なら、誰でもというのは言い過ぎかもしれないですが、まあ、誰でもできる。奏でるのは少し敷居が高い。まさに「自然に鳴っている」いる感じ。テクニック的にどのレベルかというのは素人でもメンコンでわかるので、このあたりはコンセンサスでいいんじゃないのと思います。

 問題は、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ。とくに、第2番の「シャコンヌ」は異様。録音データを見ると、1996年から1997年の録音ですが、ちょっと信じられない。まず、メンコンのCDを見ると、美しいけれど、どこか幼さやあどけなさが残っているヒラリー・ハーンの写真が載っていて、いくつのときの録音だというのが気になります。解説には正確な生年月日が載っていないのですが、「1990年に10歳でフィラデルフィアのカーティス音楽院に入学したハーンは…(後略)」とあるので、1979年もしくは1980年生まれでしょうか。ということはパルティータを録音したときには18歳前後ということになる。ちょっと異様な感じがします。なんというのか、当時のティーン・エージャーには失礼千万な評価ですが、なんとも「ジジ臭い」演奏で安心して聴けてしまう。どこで、こんな演奏を覚えたのと、私が親だったら、小一時間は問い詰めたいところ。

 切れ切れそうになりそうな音を紡ぎながら、音が途切れるのではないかというぐらいたおやかで、しかも多くの演奏家が静かに演奏を始めながら熱してゆくところでも、冷ややかなまでに落ち着いていて、それでいて熱した演奏よりもはるかにしっかりと音が鳴っている。小憎たらしいぐらい。ちょっと信じがたいですな。こんなジジ臭いシャコンヌは聴いた覚えがない。

 さらに困惑したのは、メンコンを聴いていてもわからなかったのですが、パルティータとソナタを聴いても、低音を聞けばデル・ジェスではないのはわかるのですが、高音でストラディヴァリウスのようななんともいえない輝きはなく、それでいて、ストラディヴァリウスによる演奏でありがちな音が微妙に割れるような感覚がない。ソニーのヒラリー・ハーンのプロフィールには使用楽器が明記されていないので、確信がもてないのですが、どちらでもないんじゃないですかね。それにしても、曲への想いが先走りそうになるところをとことん抑制した上で、しっかり音が自然と鳴っている。なんだかいけないものを紹介していただいたカワセミさんに感謝いたします。

え゛っ!? これが「お礼」かよって!?

ま、「ここは時の最果て、すべては寝言」がお約束の糞ブログということでお許しのほどを。 
posted by Hache at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言