2007年05月20日

命の賢者様の「ご不満」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:こんなところに来ると、立てこもり事件など夢のようじゃ。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:もう聞き飽きたが、そのセリフまで心地よい。ジパングという国は実に物騒じゃ。
ハッシュ:ほお。あのデブは平和そうだったぞ。おぬしも平和そうじゃなかったかね。
ボッシュ:しかしだな、立てこもりだけでなく、首をちょんぎったりとか、赤ちゃんの死体を捨てたとか、物騒な話が多すぎるんじゃ。しかるに、あのデブたるや、まあ、あちらの方が物騒ではあるが、台湾海峡だの、北朝鮮だの、しかも、なにを言っているのかワシにはよくわからぬことばかり書いていて実にけしからん。ジパングに来て一年が過ぎたが、変な国じゃ。だいたい、場合によっては犯人を射殺することもありうる隊員が狙撃されて反撃もできんのか?新聞やテレビでは痛ましいだの、お悔やみ申し上げますだの、あのデブの「寝言」程度の御託を並べておるが、毅然とした対応ができなくては、あたら命を失うばかりじゃ。
ハッシュ:おぬしは、「武器はな……。生命をうばうための物ではないぞ。生かすための物であるべきじゃ」と言っておったではないか。考えが変わったのか?
ボッシュ:…。おぬし、そのセリフは、ジパングのゲーム(『クロノ・トリガー:書記係)そのままではないか。まあ、ワシの考えとそう異なるわけではない。ただ、実際に武器を振り回すとんでもない者がいる。これを取り押さえるのには、丸腰では危うい。場合によっては相手を殺すことも考えておかねばならぬ。あのデブは、自分の国のことすら知らない阿呆ゆえ、ワシが代わりに言っておくとだな、ジパングに260年もの安定した体制をつくった徳川家康なる人物がおる。この人物に関する逸話は嘘も多いようじゃが、素手で乱暴者を取り押さえた家来を阿呆者として叱責したという逸話が残っておる。素手で刃物を獲る馬鹿という奴じゃ。刀を振り回している乱暴者に丸腰で対応するとは何事だというわけじゃ。もちろん、いろいろと含蓄のある逸話じゃが、刃物や銃を振り回している乱暴者に丸腰での対応は無理じゃ。ワシが、武器を使う勇気よりも使わずに済ませる臆病の方が勝るというのは現実にはこのような話じゃ。今回の場合、犯人に射殺された警察官は、特殊部隊の一員ではないか。このような部隊が反撃できぬようでは、けしからぬ者どもを取り締まることなどできぬ。安全保障も結構じゃが、治安を守れないようでは話にならぬぞ。こんな重大な問題にまったく触れぬとは、あのデブは、よほどの阿呆ではないのか?
ハッシュ:…。ワシにはさっぱりじゃが、最後の一言だけはわかる。確かにあのデブは阿呆じゃ。
ボッシュ:…。そうじゃなくって。はあ。ワシの話がまずかったかのお。疲れてしまった。ところで、あのデブが書いておったが、成仏してほしい戦前生まれの政治家とは誰じゃ?
ハッシュ:…。ワシにはついてゆけない話の流れじゃが。あのデブの記憶でもたどるとするか。zzz
ボッシュ:…。
ハッシュ:あのデブは、そんなことを考えたこともないようじゃな。かんべえさんとやらが書いておって、思いっきりひいてしまったようじゃ。意外と気が小さいのお。
ボッシュ:おお、そのかんべえさんとやらが成仏を願っている政治家の名前じゃ。ワシの店に来る年配のお客さんが知りたがっておる。あのデブなら、名前がわかるじゃろ?
ハッシュ:なんでも、そのネタはやめてほしいとあのデブが念を送ってきた。「テロ」が怖いそうじゃ。だんだん「過疎地」ともいえない状態になって困惑しておるようじゃな。そこへ「テロ」が生じると、目も当てられないようじゃ。
ボッシュ:あのデブは、つくづく気が小さいのお。あのデブのブログが炎上したところで、なんの影響もないと思うが。だいたい、他人に読まれるのが怖いのなら、ブログなどやめてしまえばよいのじゃ。そもそもじゃな、「寝言」など他人に聞かれた恥ずかしいに決まっておる。つくづく阿呆なデブじゃ。
ハッシュ:まあ、そうなんじゃが。あのデブの人生自体が「寝言」みたいなものじゃ。その辺は、大目に見てやってくだされ。
ボッシュ:…。珍しく、おぬしが優しいのお。立てこもり事件よりも不気味じゃ。なにか禍々しいことの前触れでなければよいが…。背筋が寒くなったゆえ、そろそろ帰るね。
ハッシュ:…?さっぱりわからぬが、また、おいで。

 うーむ、どこから手をつけましょうか。まず、愛知県の立てこもり事件ですが、この種の事件での警察の指揮・命令のあり方に疎いので、コメントが難しいです。最初に打たれた警官を救おうとする際に、射殺が可能かどうか、救出する部隊にどこまで指示が出ていたのか、現場の裁量がどこまで許されるのか、わからないことが多すぎるので、歯切れが悪いのですが、コメントが難しいです。いわゆる「瀬戸内シージャック事件」(1970年)で犯人を狙撃した大阪府警の巡査部長が殺人罪で告訴されそうになったことが警察の対応を慎重にしているという指摘もあるようですが、地検、地裁ともに、「門前払い」(ウィキペディアやboroさんの『無限回廊』などを参考にしました)。その後も、1970年代には、長崎バスジャック事件(1977年)や三菱銀行人質事件(1979年)など犯人を射殺して「解決」した事件がありますが、1970年代に集中しています。他方で、1970年代はあさま山荘事件(1972年)、クアラルンプール事件(1975年)、ダッカ事件(1977年)などがあり、後者二つは「超法規的措置」なるもので、「ぬるい対応」が目立った時期でもあります。調べないとわかりませんが、警察側の対応が同じ時期でもバラバラで素人目にはよくわからないなあ。警察庁の統計を見ると、一時期に比べればマシになったとはいえ、まだ高水準。治安の回復には時間がかかるでしょう。実際は、どんどん鈍感になっている私が怖いのですが。

 「成仏」はお許しを。具体的な人名など、聞いたこともないし、伺う気もありませんので。それにしても、「集団的自衛権」(2007年5月18−19日)はかんべえ節(別名、「極悪」(クエスチョンマークをつけてはいけない。エクスクラメーションマークはOKです(例:「ご、極悪!!」)全開で、体調が悪いときでも、さすがだなあと感心してしまいます。ちょっとだけ悔しいのですが、こういう記事が載るから、『溜池通信』をつい毎日見てしまうのですよ。実に見事に安倍総理の「戦略」を整理されて、なおかつ「反対派」に攻め口を示唆しているように見えるでしょ?それは甘いです。騙されてはいけません。あの記事を読むと、関心はあるけれど、よくわからないなあという方にしょうがないなという気分にさせるのが「極悪」の真髄(刺された人が刺されたと気がつかないうちに息絶える)でありまして、確信犯的に「馬は馬、鹿は鹿」とおっしゃる「非道」先生との「コンビ」は、市井でのほほんとしている私みたいな者には、本当に怖い。ちなみに、なぜか私も風邪気味です。熱しては冷やされ、冷やされては「加熱」され、たまらないです(「成仏」発言は、まさかと思いますが、悪性の風邪を「おたかさん」にうつしますよという「犯行予告」?)。

 bewaadさんのおかげで内閣法制局が辞職も辞さない態度だということで、なぜ歴代内閣、というより、小泉政権ですら、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈に手をつけなかったが、理解できます。bewaadさんには申し訳ありませんが、憲法学者はどうでもよく(こんな「血なまぐさい」話は学者さんには酷でしょう。国際法なんて実務家はともかく、純粋なアカデミズムは見事にスルーされてますし)、内閣法制局の動向の方が大切で、露骨に言えば、ベストは彼らに「退路」を与える議論がベストですが、どうにもならない場合、安倍総理がどのようなリーダーシップ(要は返り血を浴びる可能性を覚悟で「寄り切る」しかないのですが)を発揮されるのかが注目点です。法解釈というのは迂闊に素人が手を出すと、頭が混乱するだけですので、深入りはいたしません。

 有識者懇のメンバー構成については、既に書いたので繰り返す必要はないと思いますが、要は安倍総理は本気だということでしょう。この問題が党派的になっていること自体は不幸なことだと思いますが、ことがことだけにやむをないという気もいたします。実際には、二枚腰、三枚腰の対応をされるものと拝察いたしますが、最後はど真ん中にストレートをブーイングも覚悟して放るしかない。内閣法制局にとっての「統治の継続性」が総理の政治的リーダーシップを超越している事態はやはり異常だと素人には映ります。個別の案件については、官邸よりも各省庁、あるいは省庁間の連携の方がよりよい解をだす場合があることも否定はしませんし、「統治の継続性」を担保することも否定できない部分があると思いますが、集団的自衛権の行使に関する解釈(形式上、法理上、憲法の解釈・運用の問題ですが、内閣法制局が純粋に法理を詰めた上なのか、政治的な「配慮」なのかわからない点も多いです)の変更への内閣法制局の抵抗は、そのような省庁による官邸では処理できない「統治の継続性」という点でもまともだとは思えないです。まだ、未整理の点が多いので、記事、もとい「寝言」にできるようになったら、メモ程度でしょうが、あらためて整理したいと思います。

 「続き」は事務連絡です。継続的に本ブログを御覧になっている方は、目を通していただければ、幸いです。


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