2007年07月31日

安倍政権の「危機」

 お食事中の方には不適切な表現がでてまいります。「続き」をクリックされる場合には、ご注意ください。


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2007年07月26日

トレードオフ

 この2、3ヶ月は眠たくて眠たくて…。昨日も勉強会で爆睡してしまいました。徹夜の後でPowerPointを使ったプレゼンを聞くと、内容が面白いかどうかと無関係に熟睡してしまいます。ネットでのコンテンツ配信ネットワークに関するお話。コストと信頼性、コストと応答時間の関係で「トレードオフ」という言葉がでてきて、「へえ」と思いました。講師の方は工学畑の方でしたが、理科系でもトレードオフという言葉を使うのかと思っていたら、当たり前らしいので恥ずかしい思いをしました。

 トレードオフという言葉は日本語に訳しずらいです。大昔に読んだ経済学の教科書では「あちらを立てればこちらが立たず」とか、わかったようなわからないような、でも、そんなものかなという説明があったと記憶しております。この場合、一方を捨てて他方をとるということでは、かならずしもありません。物事の優先順位を決め、優先順位の低い変数を一定として優先順位が高い変数を可能な限り高く、あるいは大きくするという感覚でしょうか。情報通信の分野に限らないのでしょうけれど、企業向けシステムを組んでいる会社の営業マンが、「品質と費用・価格はトレードオフなんだけれど、客先では間違っても口にできない。これがベストですと言わないと商売になりません」とこぼしておりました。当たり前のことのような気がしますが、あからさまに表現すると、「日本的風土」(?)にはなじまないのでしょうか。

 下世話なたとえで参りますと、それ相応の関係にある男女で男の方は彼女も大切だけれでも、仕事の方に優先順位をおいている。他方で、彼女のほうは最低でも週一回は会わないと欲求不満になってしまう。そうすると、自然と男の立場としては彼女の不満をできうる限り抑えつつ、仕事を優先するよう、生活を組み立てるほかないわけです。ここで、仕事の優先順位が高いからといって、彼女をないがしろにすると、モテナイ男、というよりダメな男になってしまうわけでありまして、両者を両立させながら、優先順位を守るというところが肝心です。

ダメな男ってあんたでしょ?

…ご想像にお任せします。

 本題に戻りますが、コンテンツ配信で信頼性が優先するというのはちょっと意外でした。途中で熟睡してしまったので、この場合の「信頼性」の中身が今ひとつ理解できておりませんが。音声の場合、信頼性が第一になります。自宅の固定電話もとうとうIP電話になりましたが、今のところ、信頼性・音質で問題を感じることはほとんどありません。音声の方を中心に見ていたので、信頼性が第一という感覚はありましたが、動画や音声配信でも電話ほどではないけれども、信頼性が優先するというのは知らなかったなあという感じです。水曜日のお話では主としてサーバの増強の手法が問題という印象でしたが、電話を含めて広義の多様な「データ」が通信回線を往来する状況になると、ネットワーク全体の制御技術が要の一つかなと思ったりします。

 最後に放言ですが、「日本文化」なるものが曖昧なもの、微妙なものを尊重してきたと主張され、「『デジタル思考』よりも『アナログ思考』を尊重すべし」(余計なお世話ですが、「デジタルorアナログという時点で「デジタル思考」のような気がしますが、その上で「アナログ思考」という発想が私には難しすぎます)という言説に触れると、まず結論部分を読んで、「ああ、トレードオフという発想がないんですね」とたいていの場合、ぶつぶつとつぶやいてしまいます。放言にすぎませんけれど、トレードオフというのは言葉自体はバタ臭いかもしれませんが、自然現象のようなもので、乱暴に言ってしまえば、限られた資源をいかに有効に活用するのかという、いつの時代・地域でも難しい問題の一側面でしょう。優先順位を明示するのは難しい。なぜなら、優先順位が低いとされた「変数」を「怒らせ」かねないから。だから、明示しなくても、制御する側は優先順位をはっきりさせておかなくてはならず、なおかつ自分の順序付けが適切でないと気がついたら、素知らぬ顔をして優先順位を変えるぐらい厚顔無恥でなくてはならない。最近、「寝言」がでてこないのは、こうした妙味を感じる話が少ないというのは「寝言」そのものでしょうかね。
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2007年07月24日

年金不信?

 「ネタにマジレス」は不得手なのですが、さすがに年金問題はスルーというわけにはゆかず、さりとて制度が複雑すぎてわからないことが多すぎます。というわけで、帰省の連絡もかねて実家へ電話。両親には失礼ではありますが、ごく平凡、あるいは平均的な家庭なのでどうなんでしょというところです。

 まず、意外だったのは、年金に「怒り」とか「不安」というのは意外とない様子。父上が数えで64歳ですが、まだ現役で給与所得があるせいか、余裕すらありましたねえ。両親とも最終学歴は高等学校ですが、愛知県の景気は底堅く、なおかつ人手不足で土曜も勤務しているとのこと。このあたりは地域的な特性が入るので、60歳で定年退職されて現金収入が年金のみという家庭とは温度差があるのかもしれません。

 年金問題で一番、両親が関心をもっているのが、何歳でいくらもらえるのかということのようでした。これは私にはわからないのですが、ボーナスがでると、年金の支給額が減少して、その旨の通知が来るそうで、減額の算定根拠がわからない。また、母上が満61歳ですが、年金の受給に関する通知が来ていないとのこと。他にも細かい話がいろいろありましたが、受け取る側からすると、制度が複雑すぎて一番知りたい情報である「何歳でいくらもらえるのか」という身も蓋もない話ではありますが、収入に直結する肝心の部分が伝わっていない印象を受けました。また、父上が退職した後にどの程度の年金の受給が見込めるのかということもわからない。あと社会保険庁がどうたらこうたらにはまるで関心がない様子。本人たちが受けている印象よりも、恵まれた境遇かもしれないので例外的なのでしょうが、年金の受給年齢の複雑化や所得に応じた受給の減額などの制度を単純化する一方、正確な受給額の見通しが立てば、わが家程度の家庭ですと、「年金不信」というほど深刻な問題ではない印象を受けました。母上の言葉を拝借すると、「(年金制度は)ややこしすぎる」。

 この程度の「ヒアリング」で結論というのは乱暴ですが、社会保険庁の解体や年金の一元化などはあまり受給者には響かないのかもしれません。わが家では年金の維持可能性にはそれほど不安を持っていない様子で、2004年の参院選の話をすると、「そんなことあったっけ?」という反応で拍子抜けするほど、不安感がない様子でした。当時は、向こうが必死に年金がもらえるのかしつこいぐらい尋ねてきて、参った覚えがあるのですが、呆れるぐらいケロリと忘れているご様子。この種の問題がでてくるたびに、「抜本改革」が叫ばれますが、案外、小骨を丁寧に抜いてゆくことが肝心なのかもしれないと思いました。この種の問題になると、メディアで大声を上げている方の話が目立ってしまいますが、年金の受給年齢の引上げや所得による減額など制度が複雑化しすぎていることが問題かなあと思います。

 もう一つ感じたのは、既に長年、年金をもらっている人が少ないために、「こんなもんだよ」とアドバイスしてくれる人が身近にいないこと。両親とも、平均よりも早く近親者が亡くなっているので、身近に相談できる方が皆無の状態。公的機関に相談するのが一番なんでしょうが、このあたりも手馴れた方が身近にいるかどうかが大きいように思います。いずれにせよ、「消えた年金」などで、それはそれで深刻な問題ですが、各家庭ごとに年金に関する関心は多様でわが家の話を一般化するつもりはありませんが、「大所高所」からの年金制度改革から、果ては年金問題を入り口に「財政構造改革」というのはごく平凡な家庭での「年金問題」からかけ離れているのかもしれません。各種世論調査では参院選への関心が高いという結果がでているようですが、それほどでもない様子。参院選の結果いかんにかかわらず、大量の年金受給者が増える時期を迎えて、「抜本改革」ではなく、きめ細かく的確な手段で正確な情報を伝える丁寧な作業と受給者の側から見てわかりにくい制度を簡素化することの方が肝要だと思います。

 ずれた人の「寝言」ですが、小魚をさばくのに大きな包丁はいらない。選挙のおかげで基本的に丁寧な仕事が要求される問題に、「大鉈」を振るうバカげたことにならないようにならなければよいのですが。

 ちなみに夏休みは、森林浴で過ごすことにしました。既に更新が滞っておりますが、新鮮な空気と樹木に囲まれてリフレッシュしたいなあと心は既にお盆休みに移っております。
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2007年07月18日

アメリカの対北朝鮮政策の「変調」?

 いろいろ不義理をしております。片付けなければならない仕事を「先送り」しておりまして、個人間のことでも「先送り」。頭も体もヨレヨレ。こちらを御覧になっておられましたら、私の「8bit」性能では「64bit」環境に追いついていないとご理解ください。

 北朝鮮関連では拉致問題が中心のようですが、現在進行しているのは、北朝鮮の「核武装解除」。拉致問題という感情抜きでは議論できない問題は、「時の最果て」の苦手分野ですので、本題の「核武装解除」についてつれづれなるままに。国内の報道を、さらっと読んだ程度ですので、外電や専門家の分析はまったく読んでおりませんので、的外れだと思いますが、雑感ということで読み流していただければ、幸いです。

 まず、最初に国内の各種報道に接して感じるのは、拉致問題よりも北朝鮮の核開発・核武装への対応でアメリカの「変調」です。北朝鮮が「名」を捨てて「実」をとろうとしているのに対し、アメリカは「実」を捨てて「名」をとる方向へ動いているように見えます。私の理解では、寧辺(ヨンビョン)の核施設は北朝鮮にとって価値が既に低下しています。これを停止したところで、北朝鮮にとってはサンクコストでしょうから、譲歩といっても、それほど行動が制約されるわけではない。他方で、アメリカは、北朝鮮の核開発のいっそうの進展や核拡散、さらに朝鮮半島の「非核化」という点でなにをえたのかが素人にはわからない部分が多いです。

 核武装、あるいはその手前の段階でこれを排除するには圧力をかけて核武装を目標とする国を「恭順」させる必要があります。私の知識では、北朝鮮がアメリカに「恭順」の意を示すほどのコミットをしたのかは疑問に思います。このことは、北朝鮮から核戦力を排除する能力がアメリカにないのか、ややうがちすぎですが、寧辺の核関連施設の停止程度では、「恭順」の意を示したとはいえないと感じます。他方で、アメリカが北朝鮮の核武装の解除に必要な有効な手段がかけているようにも見えます。最悪の場合、核保有、あるいはそれに準ずる能力をえた北朝鮮とどのように対応してゆくのかという点が問題になるかもしれません。以前にもこちらこちらで触れましたが、主として中国を念頭においております。他方で、現在のアメリカの対北朝鮮政策は、核関連施設の停止という点では成果を収めているように見えますが、北朝鮮の核開発・核武装の能力を除去するという点では曖昧な部分が多いように見えます。それが、アメリカの対北朝鮮への影響力の限界(同時に中国に依存する部分が大きい)からくるものなのか、アメリカの政策転換、すなわち保持そのものに関してはないということを北朝鮮に明示させた上で、実際には核拡散・抑止に重点を移動させるという重大な変化なのか、その双方なのかは現段階では不透明です。このあたり、私にはどうも北朝鮮へ強力な圧力をかけるという具体的な手段を欠いているという戦略環境を前提に、北朝鮮から核を除去するという理想的な状態が実現できないために、とりあえず、北朝鮮の核の問題を形だけでも決着させようとする、アメリカの歴代政権が対北朝鮮政策で積み重ねてきた「宥和政策」とどの程度、問題の解決が進展するのか疑問に思います。

 仮にアメリカの対北朝鮮政策の主眼が核拡散・核抑止へと転換しているとするならば、日米同盟におけるアメリカの核の信頼性を補完する政策が必要だと思いますが、現場ではそのような政策はあまり伝わってきません。北朝鮮が現時点でどの程度の核戦力を保有しているのかはあまりに不透明ですが、日本国内では北朝鮮の核開発やミサイル保有に拉致問題と同様、敏感に反応する傾向が強いでしょう。拉致問題での日本の「孤立」が議論されているようですが、事実上、核の均衡という点では軍事的な側面からダイレクトに日米同盟の信頼性を損なう可能性があると考えます。抽象的には北朝鮮の核戦力は現場のままですら、抑止が可能かもしれませんが、北朝鮮の核武装すら阻止できないアメリカの能力に疑問をもつ傾向が日本国内で強まること可能性が高いでしょう。"nuclear sharing"までアメリカ側が踏み込んだ場合、もちろん、その程度にもよりますが、同盟から日本が離れてゆく可能性は低下するでしょう。憶測ばかりですので、あてになりませんが、現状ではアメリカの対北朝鮮政策は、アメリカにとっての「時間稼ぎ」という印象があって、それは同時に北朝鮮にも時間を与えます。北朝鮮との交渉は誰がやっても難しいのでしょうが、印象としては北朝鮮に「譲歩」させたという「名」でしかない問題が先行していて、北朝鮮の核開発・拡散・核戦力の除去というのは現状の政策の延長線上には見えてきません。

 これらの憶測は、信頼できるソースに基づいておりません。ただ、報道から受ける印象ではアメリカの対北朝鮮政策は変調気味であると思います。北朝鮮の核を除去する効果的な手立てがないという現状を反映しているのかもしれませんが、露骨に言えば、北朝鮮の「誠意」に依存した政策が行われているように見えます。北朝鮮の核武装問題で対応を誤った場合、拉致問題以上に日米同盟の存在意義に直結する危険が高いと思います。極端な強硬策には違和感を覚えますが、北朝鮮相手には核を放棄しなかった場合に北朝鮮が体制の存続に危機感を覚える程度の圧力が不可欠だと思います。そのような強制力を欠いたまま、北朝鮮との交渉を進めるアメリカの外交は、私には「変調」と映ります。

2007年07月14日

自由民主党の底力

 コメントやメールを頂いていて恐縮です。いろいろ立て込んでおりまして、こちらを御覧になっている方におかれましては、お返事が遅れることをご容赦下さい。体力的にも、日程の上でも8月上旬まで厳しい状態ですので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

 『朝日』の7月13日付けの社説が一番、まずい「地雷」のありかでしょうか。経済政策論争というよりは、消費税率の引上げに関する議論に安倍総理が踏み込めば、参院選は目も当てられないことになるでしょう。時事通信の最新の世論調査では内閣支持率は25.7%で不支持率は53.2%。頼みの女性層も支持率が29.1%と3割を切る状態。消費税率の引上げを争点にするだけで、女性層は一気に敵に回るでしょう。だいたい、選挙前の国会で根本的な問題について十分に議論していない状態で選挙でいきなり議論しろという方がご無体な話。社会保険庁の体たらくに怒っても、碌なことがないのはわかりきったことですが、こればかりは感情論が先にたつのはやむをえないので、一つ一つ小骨をとっていって不手際で損失を被った方たちを安心させることが第一です。財政再建とリンクさせるのは、政治的には下策中の下策でしょう。安倍総理の説得力が危険な水準にまで低下している状態では、再び「封印」されるだけのように素人目には見えます。

 消費税率の問題は、衆参両院で議論して与党と野党である程度のコンセンサスを築いた上で選挙で問うのが筋だと思います。当たり前ですが、それが仮に福祉目的税のように、私にはちょっと理解不能な点もありますが、ある種の目的税化するといっても、増税を歓迎する人はごく少数でしょう。露骨に言えば、自公と民主で消費税に関する政策上の「カルテル」を結んで合意争点化した上で選挙を通して理解を深めるしかないだろうと思います。現実的な人はついつい勘定を感情に優先させてしまうけれども、そうじゃない人の方が多いことを忘れると、「現実論」は「理想論」になってしまいます。

 参院選に公示前後に票読みなどを行う方が多いようですが、私には手に負えそうにないので、そんなものかなと思ったりします。素人目には自民党が改選議席の3分の1を獲得するあたりが最低ラインという状態に愕然としてしまいます。私が危機感を覚えるのは、万が一、安倍政権が瓦解してしまって、アメリカとの同盟強化が置き去りにされてしまうことです。そこまでゆかなくても、安倍政権が目先の問題にやむなく追われて、集団的自衛権の行使に関する内閣法制局の解釈を正常なものにする作業が後回しにならざるをえなくなる事態です。2008年から2009年にはこの国の安保環境が大きく変化しかねない、各国の政権枠組みが変わる可能性が集中する時期です。私自身は、実際の変化は2010年頃にならないとわからないと考えておりますが(各国の政治情勢がある程度、確定するのに時間がかかるでしょうから)、それ以前にも「変化」が生じるのかもしれない。朝鮮半島や台湾海峡は、この国の安全に直接、影響をおよぼす、変化の生じる可能性が高い地域ですが、イラク統治、イランへの対応、パレスチナ和平など中東でのアメリカの政策の重点がどのように変化するのかは見極めがたく、日本の安全に直接関わる問題にも影響をおよぼしてくるでしょう。ずいぶん、粗雑な議論ですが、すべての事態を予見することは不可能ですが、日米同盟の信頼性が高いか否かで事態への対処も変化するでしょう。信頼性を高める日本側の最大の変数は、集団的自衛権を国際法上、有しているけれども、憲法上、行使できないという、法理上はいろいろな背景があるとはいえ、野党対策でできあがった変な解釈をまともにすることが肝要だということも、飽きるほど書いてまいりました。

 私の主張は、これらのことを参院選の争点にすべきだということではありません。消費税率の引上げという税制の問題にせよ、日米同盟のあり方にせよ、自公と民主でコンセンサスを築くことが望ましいということです。もちろん、私の主張自体が理想論なのかもしれないという危惧は私自身がもっております。ただし、後者については安倍総理のリーダーシップが最も期待できるイッシューであり、なおかつ国際情勢の変化が難しくなる時期にあらかじめ備えておくべき問題です。参院選の結果予想よりも、与党が民主党に責任の一部を負担させ、合意争点化すべき問題を明確にしておく努力が欠かせないと思います。民主党の大勢が、自民党を排除した政権交代にあるならば、私の「寝言」も非現実的でしかないのですが。参院選では与党対野党という構図は避けられないものと思いますが、選挙後に控えている課題を考えると、自民党がどうやって民主党を責任政党の一角に組み込んでゆくのかが大きな問題だと思います。自民党の底力は、今夏の参院選でどれだけ負け渋るかということではなく、選挙で勝つための手段を選ばない民主党を責任ある政党として包摂してゆくのかということだと考えております。
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2007年07月11日

提督の決断 仮想シナリオ 絶対国防圏

(シナリオ概要)

 2001年4月12日、鯉墨艦隊は神奈川県横須賀を出航。独立して行動していた巡洋艦仮名を指揮下に置き、同24日演習において信管の開発が遅れていた箸元艦隊をアウトレンジ戦法で圧倒。鯉墨司令官が連合艦隊司令官に着任する。鯉墨連合艦隊司令官の悲願は、護送船団で効率の悪い優勢船団の再編成であった。同年7月29日には第19次酸義陰海戦で記録的な大勝を収め、熱狂的な国民の注目を天下にしらしめた。そんな国民の人気を集めた鯉墨司令官にも「獅子身中の虫」があった。鯉墨連合司令官の誕生に功のあった巡洋艦棚蚊である。鯉墨艦隊の切り込み隊長ではあったが、司令官の命令無視、部下への責任転嫁などで迷走を極め、やむなく艦隊離脱に追い込まれた。なお、鯉墨艦隊の兵站は岳仲中将(のちに大将)が担ったが、小泉司令官への批判を一身に浴び、鯉墨司令官の政略の盾、兵站の矛となる。

 藪無敵艦隊は2001年9月11日に奇襲を受け、艦船の一部が中破するものの、猛々しいまでのスピードで反撃に転じ(31-knot Bush)、支援する鯉墨艦隊は出足こそ遅れたものの、イクラ沖海戦において「後方支援」を志願し、藪艦隊と鯉墨艦隊は一衣帯水の関係となる。このとき、海戦後、藪艦隊がイクラ沖から離れられなくなることは予想しがたかった。

 われらが阿部連合艦隊司令官は、鯉墨連合艦隊においてまず少将として降伏を拒む北西の木無艦隊に「イエスかノーか」を迫り、一躍、連合艦隊の新たな切り込み役として大衆的な人気を集めた。しかし、年金サルガッソ海における第20次酸義陰海戦での苦戦によって自ら降格を申し出る。このとき、阿部を失うこと、味方の船団でありながら小泉艦隊の指揮下に入ることを拒む優勢船団を震源地とする反乱をおそれた鯉墨司令官は、海戦での苦戦の責任を曖昧にして阿部を温存することに成功する。岳仲大将は兵站の問題を送ればせながら解決し、司令官の指示の下、いよいよ優勢船団の解体に乗り出した。2005年7月5日、鯉墨−岳仲の兵站戦略に反発する重巡和田抜や軽巡仮名、孤高の戦艦火達磨などの反乱が起こった。すでに鯉墨司令官は、この時点で第44次集義陰海戦を決意していとも言われる。旧式戦艦盛が反乱の可能性のある時期にミモレットなる小物を利用して「(鯉墨司令官の決意は)堅くて食べられないんだよ」と警告を発したというエピソードがある。しかし、海戦回避の努力も8月8日にむなしく終わり、第44次集義陰海戦への火蓋が切って落とされた。

 第44次集義陰海戦では、優勢船団を指揮統制下に置こうとする鯉墨司令官の気迫は鬼気迫るものであった。優先船団を護衛しようとする艦船への集中砲火により、和田抜・仮名・火達磨なども大破し、他の艦船の多くは「抵抗勢力」として海に散った。優先船団の扱いに苦しんだ螻蛄艦隊は壊乱し、戦闘不能に陥った。なお、鯉墨司令官は、木場椰子海防艦に恋家巡洋艦(のちに大幅に改装され対空装備を強化した戦艦となる)に一斉射撃を命じるなど非情な一面を露にした。第44次集義陰海戦は内戦の色彩が濃いが、このとき多数の新型海防艦・駆逐艦が就役し、「鯉墨チルドレン」などと称された。海戦を制した鯉墨司令官は優先船団の解散・再編を行い、いったん横須賀へ寄航。靖国参拝を行い、退役した。

 鯉墨の後をおそって連合司令官の地位に就いたのは、阿部であった。鯉墨は早くから阿部を後継者として目していたとの観測もある。阿部連合艦隊は「美しい艦隊」を目指し、「ネタにマジレス」強力な正面攻撃を得意とし、司令官着任直後には高い人気を誇っていた。しかし、期せずして阿部艦隊はいったん屈服した木無艦隊の挑戦を受け、藪艦隊の駆逐艦昼の混乱もあり、北西方面では膠着状態に陥った。さらに、阿部艦隊の進路には再び年金サルガッソ海が現れ、数十年にわたって蓄積された海藻によって思わぬところで航路を阻まれてしまった。加えて、戦艦休魔が2007年2月に藪艦隊を批判、同年7月には「しょうがない」を打電したのを最後に、座礁・通信途絶した。また、空母松尾蚊が兵站を私服していたとの批判により自沈。同様の疑惑がすでに指摘されていた空母赤城を起用した。空母赤城は、直掩を行わず、甲板上に攻撃機も爆撃機もないのにもかかわらず、燃料と換装に必要な爆弾を剥き出しにしていた。尾座輪艦隊が急降下爆撃を行うまでもなく、赤城は炎上中である。阿部司令官が、自沈した空母松尾蚊の後に燃料満載の赤城を出撃させた真意はわからない。なかには、あえて燃料を注ぐことによって来る第21次酸義陰海戦の局面を複雑化させようとしたのではないかといううがった見方もあるが、信憑性が薄い。さらに、阿部司令官は兵站の確保を目的に増税を示唆したが、発言を曖昧にするなど、酸義陰海戦の敗北パターンを踏襲しつつある。当初、泰平洋の西側を藪艦隊とともに制圧下に置く勢いを見せた連合艦隊であるが、現在では酸義陰周辺でわずかな領域を確保するために、絶対国防圏を死守する構えにも見える。

 他方で、死地において爽やかな笑顔を見せる阿部司令官はすでに覚悟を定めているとの見方もある。その覚悟が職を辞することなのか、敗北の汚名にたえて藪艦隊との合流を果たすことなのか、誰も阿部の心中を知る者はいない。ただし、最大の不確定要素は小沢艦隊である。艦隊の「顔」が、女性の間では、「尾座輪さんは、絶対顔で損をしているよね」とささやかれつつも、字句どおり顔に対する警戒心(時代劇では悪○官役しかありえないとの評価を複数の筋で確認済。お相手の悪徳商人のコードネームは○○○えか?)によって艦隊の行動が制約される可能性も高く、顔を問題としない軍艦の終結に力を注いでいるとの見方もある。なお、現時点では阿部司令官は絶対国防圏そのものを明示することを拒んでいる。

 阿部艦隊を指揮し、絶対国防圏を死守せよ!

(勝利条件)

 阿部艦隊を指揮し、2012年まで阿部艦隊を維持・強化し、藪艦隊(もしくは後継艦隊)との共同作戦を可能にしてください。

(特殊イベント1)

 2008年までに藪艦隊との共同作戦が可能になると、憲法改正が実現することがあります。なお、2009年で藪総司令官は退任しますが、2009年以降も同様の内容のイベントが発生することがあります。


(特殊イベント2)

 「士気」パラメータが低い状態で第21次酸義陰海戦と同時に第45次集義陰海戦を行うと、第44次集義陰海戦で就役した新型艦船の多数を喪失することがあります。場合によっては予備艦船の一部が尾座輪艦隊に離反します。「士気」が高い状態の場合、集義陰海戦での被弾率が10−15%ほど上昇しますが、酸義陰海戦での被弾率が5%低下します。

(特記事項)

(1)この仮想シナリオは、「時の最果て」オリジナルのおちゃらけシナリオであり、コーエーの『提督の決断』シリーズとは無関係です。コーエーのソフトにシナリオを追加することはできません。

(2)本文中の人名・艦船名はフィクションであり、実在するいかなる人物・組織等と関係はありません。

(3)自分でもへたくそなシナリオであることは理解しておりますので、「つまらない」、「へたくそだ」とツッコミを入れたい方は、ひねりをいれてください。もちろん、「ネタにマジレス」も大歓迎です。

(4)動作環境 Internet Explorer5以上をインストール済みであること。Netscapeでの動作は未確認。
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2007年07月09日

生きてます

 まあ、ヨレヨレです。昨年、ジムにブログと手を広げすぎて、優先順位を間違えていたことに気がつきます。通信環境そのものは安定しているのですが、新しいPCでトラブルが続出してこの一週間ぐらいヘロヘロになりました。おまけにメガネや時計、扇風機といった身近な家電製品が次々と故障して疲れ果てました。扇風機はまだしも、メガネと時計はまいります。とくに、腕時計は10年ぐらい前にやはり渡英中に時計が壊れて現地で買った4万円程度のものですが、デザインがシンプルで実用的なのでなんとか「生き残り」をさせたいところです。そんな状態ですので、「生きてますよ」という感じの記事ぐらいしか思い浮かばないのですが、思いつくままに。

 久間防衛大臣の辞職は、複雑な気分になりました。このような記事を書いているので、久間さんの辞任を歓迎しているかといえば、やむをないのかと思いますが、核に関する議論が深まらず、情緒的な議論が多かったように思います。あるいは、原爆投下の善悪是非に議論が集中してしまって、久間さんの発言はこの点に関する配慮に欠けている部分もあるですが、現実にアメリカの「傘の核」に依存している現状についてはあまり興味を引く情報がありませんでした。イラク戦争を「批判」したことで、アメリカの立場を擁護する意図ではないかという憶測もあったようですが、ちょっとうがちすぎではないかと思います。「唯一の被爆国」という事実にもとづいた感情論を侮るつもりはないのですが、核廃絶や核不拡散という理想と現実的な実務が絡み合っている状態から、核に関して政治の場で冷静に議論することが難しいことを実感します。今回の件でもう一つ実感したのは、「しょうがない」という言葉は、仮にそれが真実であっても、政治家が口に出すのはやはりまずいだろうと。大戦中のこととはいえ、部分的に報道されると、無責任な印象を与えるのは必然かなと思います。公私ともども、アップアップの状態でしたので、この話題はこの程度でしょうか。

 宮澤さんの「オーラル・ヒストリー」にはまってしまって、現在は御厨貴・中村隆英編『聞き書 宮澤喜一回顧録』(岩波書店 2005年)を少しずつ読んでいます。個人的には御厨貴・渡辺昭夫『首相官邸の決断―内閣官房副長官 石原信雄の2600日』(中央公論社 1997年)が読み応えがありましたが、こちらは生い立ちの部分で戦前の雰囲気が伝わってきて、最初の2章を熟読してしまいます。聞き手に中村隆英先生が入っていることも大きいのでしょうが、戦前と戦後の「連続」と「断絶」という場合、戦時統制経済などに話が集中しがちですが、古典的なリベラリストかつ知米派の存在という点から興味深く読んでおります。本書を読むのは楽しいのですが、私の知識・見識では厳しい部分もあり、熟読した段階で整理したいところです。

 ちょっと意外だったのは、金丸信と比較して後藤田正晴さんの評価があっさりしていることでした。インタビューの関係のせいかも知れませんし、私が単に無知なのかもしれませんが、あっさりした中に、いろいろ陰影があることを感じます。「後藤田さんは、閣僚になって助けていただきましたが、まったくタイプが違っていたし、むしろご存知のように、通俗的な意味でのハト派としての発言はいろいろなときになされていました」(前掲書 309頁)。「通俗的な意味でのハト派」という表現は宮澤さんが「ハト派」という表現を用いる際に独特の価値が入っていることを感じます。前回の記事では、「謙抑」という言葉に着目しましたが、このあたりはさらに踏み込んで宮澤さんの価値観を知りたいと思います。当面は、参院選、年金、「政治とカネ」などが焦点なのでしょうが、外交・安全保障政策でコンセンサスを形成してゆく際に、このような価値観の果たす役割が少なくないように思います。ちょっと中途半端ですが、今夜の「寝言」は以上です。

2007年07月04日

宮澤喜一元総理と「保守本流」

 コメントへのリプライが遅れておりまして、まことに申し訳ありません。パッとリプライが浮かぶときと、そうでないときがございますので、落ち着いたときにリプライいたします。今日は読書日記のような話ですが、五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行編『90年代の証言 宮澤喜一 保守本流の軌跡』(朝日新聞社 2006年)を読みました。『日経』の2007年6月29日の一面のサブタイトルは「87歳 保守本流、護憲貫く」とあって「保守本流ってなんだ?」という素朴な疑問がありましたが、この本を読むと、まともな政治学者やジャーナリストではできない乱暴な「寝言」が浮かびました。いわゆる「軽武装・経済重視」というよりも、要は吉田茂つながりなのだと。五百旗頭先生あたりには零点をもらいそうですが、池田勇人の評価でお二人が盛り上がるのを拝読しながら、吉田茂が占領期に行った施策を吉田茂が重用した人たちがそれぞれの「流儀」で受け継いでいったのが「保守本流」なんじゃないのと重いました。ちなみに注で池田勇人の「中小企業の一つや二つはつぶれてもしかたがない」とか「貧乏人は麦を食え」といった「失言」の答弁の原文を読むと、当時の時代背景がわからないこともありますが、問題発言というほどの話ではないなあと思ってしまう私はやはり「外道」なのでしょうか。ちなみに、注を引用しますと、以下のとおりになります。


「貧乏人は麦を食え」
 50年12月、参院予算委員会で米価や麦価についての野党議員の質問に対して、「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に沿ったほうへもっていきたいというのが、私の念願であります」と答弁した。これが「貧乏人は麦を食えと発言した」と報道され、失言であるとして強い批判を受けた(前掲書、115頁)。


「中小企業の一つや二つはつぶれてもしかたがない」

 52年11月27日の衆院本会議で池田通産相が「正常な経済原則によらぬことをやっている方がおられた場合において、それが倒産して、また倒産から思い余って自殺するようなことがあっても、お気の毒でございますが、止むを得ないということははっきり申し上げます」と答弁。野党がこの発言を問題にし、翌28日に池田氏に対する不信任案を提出、与党のなかから造反が出て可決され、翌29日池田氏は辞任した(前掲書、113頁)。

 「失言」を生むジャーナリズムというのは既に占領期にあったことを実感させるやりとりです。五百旗頭先生の「池田さんには剛速球のようなところがあるのでしょう。その池田さんの考え方を、時代の要請にあったものに改造する必要があるとお感じにはならなかったですか」(112頁)という問いかけに宮澤さんが「いやあ、それは非常にいい質問ですね。池田さんというのは、本当はタカ派の政治家なのか、ハト派の政治家なのか、私には十分わからないところがありましたね」(112頁)あたりのやりとりは興味深いです。この文脈での「タカ派」と「ハト派」は宮澤さん独特の価値観も入っているように思いました。152頁でブッシュ(J.H.W. Bush)とクリントンの違いとして「ものの考え方や権力というものに対して、かなり謙抑な人だという印象を持っていました」と宮澤さんがテノール歌手の公演をブッシュ大統領の帰着まで遅らせようという話に自分の帰りを待たずに公演の始めよと指示するエピソードが紹介されていて、「謙抑」ということが指導者の資質として宮澤さんの人物評価に大きなウェートを占めていたことが伺えます。

 もう一つの「伏線」は、岸信介・鳩山一郎の評価で戦犯指定や公職追放などが重視されていて、後藤田氏よりも、それが戦中の評価と結びついている点。もちろん、反吉田という点が最も大きいのでしょうが、先の大戦の評価と「謙抑」という「補助線」をひくと、「自主憲法・再軍備」という政治目標・理念・国家観の相違にさらに陰影がつく印象があります。また、このことが宮澤さんが単なる「護憲派」ではなく、集団的自衛権の行使に関する内閣法制局の解釈への痛烈な批判を行ったということを理解するためになるほどと思う「補助線」でもあります。この場合、集団的自衛権の行使をできないという解釈は、まず日米同盟の機能という点であまりに問題が多いということが最も大切でしょうが、内閣法制局が「謙抑」という点で、どこまでが謙抑であり、どこからがそうでないかということすら理解できていないという点で宮澤さんからすると不見識だと映ったのではないかと深読みをしてしまいます。

 今は年金などのイッシューで憲法改正に関する議論は後景に退いている印象があります。改正の焦点は9条でしょうが、「謙抑」という価値基準は憲法論議を考える上でも、必要な「補助線」の一つだと感じました。私自身は宮澤さんの考え方とは考え方が異なります。しかし、謙抑」という価値基準は、憲法改正を考える際に、なにか具体的な指針を与えるとは思いませんが、憲法改正を是とする立場の私もわきまえておく必要があると考えております。憲法改正については、まだまだわからないことも多いのですが、国の根本的なあり方を考える際に、「謙抑」という視点は示唆に富んでいると思います。

 なお、文中、くどくなりそうな部分で敬称を省略しております。他意はございませんので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

2007年07月02日

自宅の「デジタル化」

 ネットワーク環境から電話、テレビなどの「バージョンアップ」で土日がつぶれてしまいました。宮澤喜一元総理のことを書きたいのですが、睡眠時間の確保が優先するので、またの機会に。身辺雑記ですが、この数年で自宅でこれほどの「改造」を経験したことがなかったので、土日をつぶしてしまいましたが、いろいろ記録に残しておきます。

 一番、変わったのは実は電話です。実は、工事が終わるまでIP電話だということに気がついておりませんでした。迂闊そのものですが、当然のことでありまして、電話機に接続機器をかますだけで普通の電話機のまま、IP電話に転換です。早速使ってみると、微妙にエコーする気がしますが、電力会社が自前でもっている光を使ったIP電話と遜色がなく、音質には問題を感じませんでした。ざっと見積もって、ネットも含めた固定通信費がだいたい月額6,000−8,000円程度カットできる計算です。電話に関しては、親機と子機の電源の位置を変える程度でしたので、一番、変化していないように見えますが、一番、コスト削減効果が大きいです。

 次にネットワーク環境ですが、最大でPCを3台ほど同時に接続することがあるので自前のルーターを使っておりますが、この接続がうまくゆかず、悪戦苦闘しました。実は、PCも追加で最新スペックのものを買ったので、データのコピーやらで土曜日は徹夜でした。新しいPCのOSはXP(Medeia Center)ですが、同時にモニターを15インチから19インチに変えたせいでしょうか、画面がきれいに見えます。ちなみに、初めてAMDに切り替えました。Athlon64 X2 5200ですが、マルチタスクでは滅法速い。ついでに上海馬券王先生のお薦めだった董卓の顔を拝むべく、「クソゲー」という評判の高い『三國志11』をパワーアップキット付で買ってしまいました。われながら、やる気満々ですな。それにしても、たしかに「尊師」がモデルなのか(張角の方が近い気もしますが)、単なる悪人面なのわからないのですが、『三國志』シリーズの最初と確かに雰囲気は似ています。董卓だけは捕まえて殺しても、なぜか罪悪感がなく、ちと怖い相手です。

 CATVのチューナーを地上波デジタル対応にするメンテナンス作業がメインのわりに、テレビの話が少ないのですが、HDR付にしたのはいまのところ、「正解」だったと思います。まだ不慣れなのでわずらわしい部分もあるのですが、操作性は高いです。今更で恥ずかしいのですが、番組表を見ながら録画予約をすればよいというのはCATVのように多チャンネルの場合、意外と楽です。DVD-Rにコピーする機能がないので、保存したい番組がある場合にはちょっと悩ましいのですが、たいていは一回見ればすむ話なので、大丈夫かなというところ。ただ、放送大学の数学科目の最新版を録画したいので、今後、対応を考えましょというところでしょうか。

 この1週間で自宅の「デジタル化」が一気に進みました。しかし、環境整備は始まったばかりです。押入れからすべて整理して年末あたりに本棚など家具の総入れ替えをしたいところ。息の長い「戦い」がまだまだ続きます。

 なお、@niftyのアカウントは残すことにいたしました。月額300円たらずのダイアルアップ設定にすれば、そのまま利用できるので、残します。余裕ができたら、新しいメアドを連絡いたします。
posted by Hache at 04:27| Comment(5) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言