2007年08月28日

美しい国とドタバタ組閣の落差

 閣僚名簿はこちらしか見ないのですが、安倍内閣になってから改造以前の名簿や途中で交代した閣僚が記録に残らなくなってわかりづらくなった印象があります。言いにくいですが、あまりに悲惨だったことを象徴しているような感じでしょうか。今回の名簿を見て思ったのは、最初から大筋この布陣だったらねえというところでしょうか。証文の出し遅れ。安倍カラーがどうというより、最初に仕事ができない内閣を組んだ代償は大きい。怖いのは、安倍総理が挽回に必死になりすぎることでしょうか。どれをとっても成果が出るまで時間がかかることを内閣の主要課題とされているので、記者会見の要旨を拝見しても、底を打ったという感じは全くしないです。相変わらず力みがとれない。

 外野は外野で見苦しくて、自分の予想が外れたときに、成果を出している人の話をもってきて、自分もそうだといわんばかりのことを書き、任命権者が「空気が読めない」というのは本当に見苦しい。これは、大物扱いされながら実力が伴わなかったジャーナリストにありがちな末路でして、「末路」にならないことを期待いたします。予想なんて外れる方が普通と構えておいた方が、けっきょく致命的な失敗をしないと思います。私もそうですが、世の中の大方の人たちは大過なく死を迎えるのが精一杯で、一生懸命生きても、その程度でしょう。

 結論は、日曜日にどうでもいいテレビなんて見るもんじゃないなと。平日までドタバタ劇を見させられてうんざりしました。失礼ながら、すぐにお名前を忘れてしまうのですが、入閣要請がなくて抗議までしたという方の記事を読みながら、美しい国づくりの前に、美しくはなくてもせめて人様にお出しできる自民党づくりでもしてくださいね、フフンてな感じ。期待値を発足当初からだいぶ下げてきましたが、ゼロになりました。
posted by Hache at 13:18| Comment(2) | TrackBack(1) | 不幸せな寝言

2007年08月27日

気分しだいの日曜日

 かんべえさんが『サンプロ』というか、田原さんに重用されているのを拝見してへえという感じ。正直なところ、閣僚人事自体にはまったく興味がないのですが、「ドーハ・ラウンド」ときて縁起が悪い地名だなあと思う私もアレな人。「ドーハの悲劇」に続く、「ドーハの屈辱」となりますと、しゃれにならないなあと。いずれにせよ、「グローバル化」から逃げることはできないわけでして、番組の前半では構造改革と「痛み」の関係が議論になっていましたが、「グローバル化」への対応はふだんに続くという印象をもちました。前原さんのお話を伺いながら、民主党のマニフェストを正確に読めていないことに気がつきました。農家への個別所得補償は(「尊厳死」を目的とした)「麻薬」ではなくて、(「輸出」も目指す)「ドーピング」だったんですね。お詫びして訂正いたします。これをやりだすと歳出削減はむりだろうなあ、歳出削減どころか増税しかないよなあとちょっと遠い目。

 近所に歩いてゆける範囲ではたいしたスーパーはないのですが、しげしげと原産地を見ると、世界中から輸入していることを実感します。ちょっとびっくりしたのは、うなぎが見事なまでに「国産」のみだったこと。浜松で「中国からとってきて一週間も浜名湖で泳がせておけば、浜名湖産になっちゃうっていうのもまずいんだよなあ」という嘆きともあきらめともつかない話を聞いていただけに、このあたりは「国産」とラベルの貼られた「うなぎさん」を眺めながら、「君たちも苦労がたえないねえ」と声の一つもかけたくなります。この国ではうなぎでさえ、「日の丸」を背負わないと、食べてすらもらえないというくだらないところでビタネスを感じてしまいます。

 番組に戻ると、タイミングも大きいのでしょうが、安倍内閣の閣僚人事がメディアでこれだけ取り上げられるということは、私の感覚よりも世間様における安倍政権のプレゼンスは高いんだなあと。参院選で負けてからずいぶん冷たいじゃないかと思われているかもしれませんが、負けは負けでも、負けに至るプロセスと「敗戦処理」が肝心でして、議席が確定しないうちに消費税率引上に関する総理の発言を聴いてたいそう失望したというところでしょうか。外野や民主党からすると、「あと一人、あと一人」(青春学園高等学校のチアガールの声でどうぞ)なわけでして、注目度が高いのはむべなるかなというところなんでしょうか。「寝言」というより不謹慎なことばかり書いていますが、こうでもしないと期待値が高かっただけに、つらいですねえ。「戦後レジーム」や「美しい国」は後景に退いた感がありますが、日米同盟の強化は(「戦後レジームからの脱却」の中核ではありますが)、国内的に動かせる変数が非常に厳しいですが、率直に言えば、安倍政権に期待していることは当初からこの点ですので、これが果たせないとなると、「次は誰?」となりそうです。

 総理の器を云々するのはちょっとはにかみがありますが、世間相場からすれば、安倍総理は「愚将」という声が多いように思いますが、私自身は平均かそれよりやや下程度かなと。失礼しちゃう話ですが、小渕政権誕生の時には、「大丈夫ですかあ?」と思いましたが、当初の期待値が極端に低かったせいでしょうか、「凡人」も自身の限界を知っていれば、「ただの人」じゃないなあと痛感させられました。1998年の総裁選では小渕元総理は梶山候補が「金融再生一点突破」、小泉候補が「郵政民営化一点突破」と個性を全開にしているのと対照的に独自色を出さずに、「私は総合指揮者」というような発言を繰り返されていたと思いますが、これぐらい開き直れるかどうか。閣僚名簿を見てもピンときそうにないので、注目点は安倍総理が開き直れるかどうかというところでしょうか。「真空」と言われて、「そうかもねえ」というぐらいだと頼もしい限りで底値は近いんじゃないでしょうか。

 もっとも、実際には日曜日の大半を『大航海時代IV』をスウェーデンでプレイするというダメ人間の典型のような生活でしたが。初心者向けじゃないはずですが、ずいぶん楽に感じるのが不思議ですね。ただ、途中から同じ「作業」になってくるのでクリアーするのも面倒だなと。ゲームも飽きが来たので、そろそろ、現実の「大航海時代」に戻りたいのですが、これという材料もなく、いい加減に「グローバル化」について考えてしまいます。
posted by Hache at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年08月26日

堕落しきった「時の最果て」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:なんだか、久しぶりじゃなあ。それにしても、あいかわらずじゃ。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。いい加減に目を覚まさないか!
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:……。前にいつ来たのか忘れるぐらい間があいておるのに、おぬしのセリフがまったく変わらないのには感動するぞ。
ハッシュ:……そうかな。
ボッシュ:おまけに、あのデブはここを素通りして16世紀のポルトガルで遊んでおる。おぬしに挨拶の一つもしたのかね?
ハッシュ:ほお、そんなことがあったかな。まあ、素通りしてくれた方がありがたいんじゃ。ワシの研究を邪魔されるよりはな。
ボッシュ:……研究というのは寝ることかね?
ハッシュ:単に寝ているわけではないんじゃが、まあ、そう見えても仕方があるまい。
ボッシュ:それにしても、あのデブもサボり癖がついたようじゃな。ブログのカレンダーが虫食い状態じゃ。
ハッシュ:あのデブはあのデブなりに忙しいらしい。ブログの更新が滞るということは、本業がそれ相応に繁盛しておるということじゃろうから、そう悪いことではないんじゃないかな。
ボッシュ:……。おぬし、ずいぶん、あのデブの肩をもつなあ。まあ、しかし、仕事があるということ自体は幸せじゃ。お盆も終わったことだし、ワシも仕事に精を出すとするかのお。そろそろお暇じゃな。
ハッシュ:ふわあ。それはよいことじゃ。また、おいで。

 3ヶ月ぶりの賢者様たちの登場ですが、内容がないよう。どうフォローしましょうか。こういうときは他人の褌を借りるというのが私の得意技。雪斎先生の記事によると、保守論壇で安倍総理に対する失望が広がっているとあって、私も「保守系」かしらと思ってリンク先を見たら、がっくり。拉致と靖国というのはね。私が明後日の方向に行っていることを実感してしまいました。

 まずは、靖国参拝。露骨に申し上げますと、8月15日イベントは昨年の小泉総理の参拝で終了だと思います。昨年はずいぶん自分でもヒートアップした記事を書いたものだと思いますが、8月15日の参拝は小泉政権の公約(正直なところ、変な「公約」だと思いますが)であって安倍政権の公約ではないはずです。これで安倍総理を責めるのは筋違いというもの。例大祭に参拝するという三木政権以前に戻れば十分でしょう。

 拉致については、日朝間の問題ですから、六ヶ国協議のように多国間交渉の場になじまないのは自明です。六ヶ国協議と切り離すというよりも、まず、日本が北朝鮮と拉致に関する協議の場を設けることが肝要で、これが一朝一夕で済む話でないのも自明。そこへ米国のアシストをえるとか技術的な問題はあるのでしょうが、日朝で話し合う場を設けないことにはお話になりません。だから、六ヶ国協議で日本がアメリカに見捨てられるとか、アメリカは冷たいとか、そういう話が出てくること自体が理解できない部分があります。一部の強硬論者のおかげで、北朝鮮とパイプをもつ人の力も借りなければならないのに、それができない状態になっているようにも見えます。

 雪斎先生は安倍総理の外遊を評価されていますが、小渕元総理であれば、さらに踏み込んだ外交をしたかもしれないと思うこともあります。かんべえさんあたりは小渕さんの評価が非常に低いようですが(塩野さんは激越な感じさえしますが)、私は不良債権問題などで抜本的な改革に踏み込めなかったものの、内政・外政ともにきめ細やかな演出もあってアジア通貨危機の後、小春日和とはいえ、次の困難に立ち向かうホッとする期間を演出しました。同時に、小渕政権は国旗国歌法を制定し、いまだに一部の方たちが誤解している日の丸・君が代問題の根本的な解決は既にこの政権で決着がついています。現在の問題は、具体的な運用の問題であって、それも一部の地域に集中した問題になっています。ですから、教育三法を安倍政権の実績とするのは違和感があり、これでは特異な関心をもつ層はともかく、広く共感を集めるのは無理だろうと。

 浜松が「定点観測」の場になっていますが、保護者は自分の子どもが長期的に経済的な自立を中心に適切な教育がなされているかに関心をもっています。義務教育も含めて、保護者の立場からすれば、教育というのは子どもへの投資です。教師も、保護者とは異なる立場から生徒にそのような教育を施そうという意欲をもっているわけです。そこへ愛国心とかをもってきても、訴求する力は非常に薄いです。私みたいにぶっきらぼうな人間からすると、浜松が好きで日本が好きという子どもが大半で、よけいな教育をしなければ、普通はそうなります。話がそれますが、静岡県は日教組の組織率が90%を超えていますが、私の知り合いのほとんどが、力むことなく、卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱は当然だと考えております。かんべえさんの分析では教育基本法改正は「日教組潰し」という「戦略的意図」があったそうですが、このような地域では逆効果でしょう。むしろ、日教組が連合の中でも有力な労組であり、民主党の支持基盤を崩すという観点から企業団体献金や公務員の政治活動の禁止など搦め手から攻めるのが普通の感覚ではないかと思います。余計ですが、東京都のある教育委員様はことあるごとに日教組を目の敵にされているようですが、東京都の組織率は友人の話では1割を維持できているかどうかで的外れもいいところと映っているようです。

 また、教育委員会の「形骸化」も問題になりましたが、浜松市の場合も同様です。だから問題が生じているかといえば、事務局には主要学校で校長を歴任した先生が教育長になり、頼りない教育委員をスルーして教育行政を支えているのが実態です。これは、浜松市に限らず、少なからぬ地方都市でも似たりよったりではないでしょうか。もちろん、教育委員会での審議が活発になり、地域ごとに創意工夫が生まれるのが理想ではありますが、そのような教育委員を育ててゆく土台がない状況では絵に描いた餅でしょう。

 再び、さらにミクロの問題に戻りますが、保護者の立場から関心をもつ問題というのは、愛国心教育とか「美しい国」ではなく、小学校から英語教育を行うのはどうかなあとか、算数がどうしてこんなにできないんだろうとか、良くも悪くも「下世話な」話です。失礼ながら、石原都知事の国語が第一という主張は、浜松の郊外で議論されているレベルと、文学その他への造詣では石原都知事の深みにはおよびませんが、おそらく行政上の問題としては大差がありません。露骨に言えば、指揮官や将校クラスがそれほどでも、下士官が強いというのが日本の特徴として自虐的に語られることが多いのですが、浜松のように東京から独立心の強い地方都市で会話をしていると、より強く実感します。

 教師の立場からすれば、最も関心が高いのは生徒の学習意欲をいかに高めるかということに尽きるようです。山間部で勤務をすれば、中学校でも1学年に1クラスというのが当たり前になります。そうすると、学年によるバラツキが大きく、教育内容も相手によって工夫してゆかなくてはなりません。能力の低いクラスでは定期試験以外に小テストを何度も実施して、問題を公表し、この中から出すから真剣に勉強するようにといった工夫もしているようです。昔も今も、教師の役割というのは、ピーマンが嫌いな子どもにハンバーグに細かく刻んだピーマンを食べさせて少しでも偏食をなくそうとするお母さんたちの苦労となんら変わることがないものです。教育の理念を語ることは容易ですが、教育の実務は無数のノウハウの蓄積に他なりません。なにも、教育に限らない話でしょう。そういった当たり前のことを忘れて、法律や制度いじりをしていれば、現役世代の日本国民の多くは実際的な仕事に携わっているわけですから、大多数の安倍政権が無能な政権と映ることは必然にすら思えます。

 今回は、教育の問題を取り上げましたが、他方で、このような細かい実務的な問題は総理マター、あるいは官邸マターではないのでしょう。だから、安倍総理がこのような実際の教育現場に疎いこと自体は、それ自体としてはあまり問題ではないと思います。機微に通じた閣僚を選び、「丸投げ」をすればよい話です。閣僚ですら、ここの地域問題となれば把握するのは困難でしょう。その場合には基本的な政権としての方向性を維持しながら、分権化すればよい話です。

 私は固有名詞に弱いのでどの方がどの閣僚にふさわしいのかはわかりません。ただ、分権化された社会を意識的に調整し、場合によっては調整せず、実際的に仕事を進めることができる閣僚を配置しなければ、私自身も安倍総理は無能だという評価になるでしょう。同時に、以上のことは安倍さん以外の方が総理でなくても、問われる問題です。対外的な危機の可能性から安倍政権への支持を訴える方、逆に安倍政権の統治能力に疑問を呈する方、様々ですが、現代の先進的な民主主義国家は非常に分権的である以上、分権的な諸部分を意識的に制御するとともに、半ば盲目的に分権化された枠の中でしか行動しない、私もその一員ですが、大多数の人たちを上手に説得し、誘導し、教育するのが現代の民主手主義国歌におけるリーダーの役割だと思います。安倍総理を擁護する方たちの中には、10ヶ月程度で業績・能力の判断はできないと主張される方々もいらっしゃいますが、これは、主張されている方々からすると心外でしょうが、参院選で実績勝負に出た安倍総理への痛烈な批判にもなっています。

 私自身は、次の1年間が安倍総理への最後の「賭け」だと考えております。無節操で、いかれた外道の私には、この国の安全を守ることが第一、繁栄を守ることが第二であり、それを実現する力量を安倍総理以上に備えている方がいらっしゃるとすれば、そのような方が安倍総理にとって代わることになんの違和感もないものですから。

2007年08月25日

大航海時代(続き)

 コーエーのゲームにしては珍しく、『大航海時代IV』では西暦や元号など年を示す表示がありません。ただ、セウタがポルトガルの支配下にあること、レコンキスタが完了していること、東南アジアでスペインとポルトガルが覇を競っていることなどから、16世紀半ばごろであると推定できます。また、ゲーム終盤でシナリオによってはスペインによるポルトガル併合イベントが発生しますので、ゲーム開始当初は1580年以前であると考えてよいでしょう。なおゲーム中には1月1日のように月と日だけが表示され、こちらは現代とほぼ同じです。ただ、閏年まであったかどうかは記憶が定かではないのですが。

 ちなみに私がプレイしたのは、ソースネクストが販売しているPC版です。こちらはパワーアップキット(PUK)がない、「初版」ともいうべきゲームです。PSやDSでは仲間になるキャラなどはPUK版に沿っているようなので(シナリオ自体はPCの単体版とほぼ同じですが)、単体版とはディテールが異なるようです。なお、『大航海時代』シリーズをプレイするのはIV(文字化け防止のために直接入力で大文字の"I"と"V"を組み合わせています)が初めてですので、それ以前のバージョンや『Online』版についてはまったく知りませんのでご容赦のほどを。

 そんなことを考えているうちに、時空のゆがみが発生し、吸い込まれてしまいました。猛暑のせいか、ぶくぶく太っていたので、まずかったのでしょうか。一体、どこへ連れてゆかれるのやら…。

(以下、『大航海時代IV』のネタバレが数多く含まれいます。これからやってみようかなという人は読まないでください。こんなゲーム興味ないよとか、プレイ済みの方だけどうぞ)。


続きを読む
posted by Hache at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年08月23日

大航海時代

 以前、ひどいことを書いてしまった『大航海時代W』ですが、古いPC(とはいえ、OSはXPでCPUはPentium4の2.6GHzではありますが)にインストールしたら、正常に動作しました。ついついやり込んでしまい、アイテムもコンプリートまであと9つ。お盆休みの後半は、こんなことばかりやっていたので「大後悔時代」でした。もっとも、下らないどっかの省庁の次官がどうたらこうたらよりは『大航海時代』で遊んでいた方が精神衛生に極めてよいです。どちらも非生産的という点では変わらないのがちと悔しいのですが。

 大航海時代といえば、ヨーロッパ中心に見れば、「地理上の発見」の時代です。あるいは、スペイン・ポルトガル(単純化のために当時の錯綜した王国の関係を省略しております)が先導した「グローバル化」の始まりでしょう。「地理上の発見」という表現がヨーロッパ中心の見方ではあると思いますが、16世紀に出現したメルカトル図法は、海を舞台とした「グローバル化」によってもたらされた知識を体系化するという点で他の地域に対するヨーロッパの優位を示していたと思います。また、メルカトル図法は海の時代を象徴しているのでしょう。単純に航海という点では鄭和のインド洋航海の方が先んじていますが、彼の事業はそれっきりになってしまいました。ヨーロッパの場合、スペイン・ポルトガルを中心に地中海を舞台に内部的にも覇を競い、東のオスマン帝国への対抗という「外圧」がありました。東方の優位にチャレンジし、挑戦者同士でも覇を競い合うという環境で大航海時代が出現し、若きヨーロッパのエネルギーが対外的に外部へと広がっていった時代なのでしょう。

 現代から見れば、当時の「グローバル化」は原初的です。今日のグローバル化は基本的には開放的で互恵的な関係(ただし、非対称情報からくる例外も少なくありませんが)が推進力となっていますが、当時のグローバル化は、ある帝国による排他的な交易圏の構築という側面が強く、なおかつ互恵的というよりも、征服が主であったと思います。控えめに言っても、グローバル化を強制するというところでしょうか。これは大航海時代に限らず、19世紀に日本や中国が経験した事態です。適切な専門書を読んでいないので不正確な理解に基づいていますが、江戸時代の鎖国といっても、実態は交易(ある程度までは純粋な国内においても)を幕府が制限し、管理するという話でしょう。しかし、幕末・開港の時期には幕府は、その権限を失わざるをえませんでした。攘夷運動と対外交易は直接的に結びついていないのでしょうが、グローバル化を強制された日本ではナショナリズムが台頭したこと自体は間違いないのでしょう。交易に伴ってモノだけでなく、カネはもちろん、ヒトも国境を越えてゆきます。現代ですら、「ハゲタカ」を嫌う一部の風潮はこの時期に端を発しているのかもしれません。

 話を大航海時代に戻しますと、この時期の「地理上の発見」は当時の政治権力と結びついている場合がほとんどです。エンリケ後悔王子をはじめ、マゼランやコロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマも王室からの命やパトロンとしての王室が不可欠でした。まあ、高校の世界史の教科書レベルではありますが。ただ、大航海時代と一括りにするものの、実際には航海の動機は多様であったように思います。ヨーロッパを中心に見れば、交易の利益が前面に出てくるのはインド洋や東南アジアへのアクセスが確立してからで、イスラム勢力の排除やキリスト教国同士の勢力圏争いなど政治的動機と経済的動機を切り離すことは難しいように思います。むしろ、両者を切り離して考えるようになったのは20世紀以降の話なのかもしれません。

 また、個々の探検家・冒険家の個人的な野心も重要な要素なのでしょう。もちろん、交易からえる物質的な利益が彼らを突き動かしていたのでしょうし、パトロンとの関係では「はい、こんな発見をしました」ということでは済まないのでしょう。しかしながら、個人的な功名心という要素も無視できないと思います。ルネサンスと大航海時代の結びつきという場合、羅針盤など主としてルネサンスによる技術的な成果が強調される印象がありますが、個人の功名心を刺激したという点は無視できないと思います。いわゆる「個人主義」というほど洗練された話ではなく、単純に個人の欲望に忠実に行動するという程度の話です。この点ではルネサンス以前の十字軍に起源があるのではないかという「寝言」を超えて「妄言」が浮かんでしまいます。イスラム圏や東方正教会からすれば、十字軍は侵略以外の何者でもなく、部外者である東洋人から見ても、キリストの名においてひどいことをするものですねという皮肉が浮かびますが、良くも悪くも行為という点から見れば、個人の欲望を解放する側面があったと思います。異端審問なども考えると、一直線にキリスト教的世界観からヨーロッパ世界が脱したというわけではないのでしょうが(現在でもキリスト教世界観は元来のキリスト教国以外にも影響を残していますし)、ごく限られた人たちとはいえ、主観的には宗教的熱狂にかられてのことかもしれませんが、個人の欲望を解放する役割を十字軍は果たした側面があったのかもしれないと思います。

 ゲームの話を書くつもりだったのにもかかわらず、お約束どおりとりとめがなくなってきましたが、グローバル化というのは最近になって始まったものではなく、それ以前の積み重ねの結果だと思います。この数週間は、金融市場における「危機」が注目されているようですが、現代におけるグローバル化は大航海時代と比較すれば、はるかに分権的であり、互恵的です。他方で、相互依存がこれだけ深化してくると、ある地域の損失が他の地域の利得というわけにはゆかないのでしょう。ちょっとだけ気どった「寝言」を書きますと、今日のグローバル化は中西寛先生の表現を拝借すると、「主権国家体制」がまず基礎にあり、「国際共同体」としての側面が強くなっているということになりますか。中央銀行の協調的な行動がなくてはグローバル市場そのものが維持できないという点では主権国家体制がなくてはグローバル化そのものが成立しないことを示していますし、同時に各国・各地域の中央銀行が同一の価値観を共有しなければ協調が成立しません。現代のグローバル化を大航海時代に喩えることもできるのでしょうが、互恵的な関係が支配的となっている先進諸国では当時のような勢力圏争いの側面ははるかに抑制されていると思います。余計ですが、どこかの島国はいまだに「鎖国」されていらっしゃるご様子ですが。

 『大航海時代W』の「外道」プレイの前置きを書いていたら、ずいぶん長くなってしまいました。暇人と思われる可能性が高いので(既に手遅れか)、このあたりで「寝言」ではなく、まじめなことをやらなくては。
posted by Hache at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年08月22日

東海地方の「旅」

 浜松も広くなったものだなあと感心してしまいました。長野県との県境まであと数kmというところまで友人に車で連れて行ってもらいました。思いっきり遅刻してしまったため、不興を買いましたが、おかげで夕方の涼しい時間を満喫しました。おそろしいことに、その数日後にフェーン現象もあって40度を超すという殺人的な事態になったようですが。もう少し早い時刻に到着していれば、川遊びもできたのにとちょっと残念でした。旧市内も暑いのは暑いのですが、カラッとしていて過ごしやすく、隠居する年まで生き延びちゃったら、浜松か静岡がベストかなと思ったりします。

 飲めば愚痴が多くなるのは、みんな年を食ったなあと思います。ある信用金庫に勤務している同窓生が「最近の新入社員はわからん」と言っていて、内容としては残業を嫌がるとか。こういう風景は、地方都市でも同じなんだなあと思いました。「この後来るのが、いよいよ本格派の『ゆとり世代』ですよ」と意地悪をすると、ぐはっとなっていました。考えたくもないでしょうね。学校はなにをしていると、幹事役の「先生」へ矛先が。

 なにをしているもなにも、教育改革の「受難者」のご様子。土曜日に授業がなくなって教えにくいし、部活動の顧問(本人は楽しんでいるご様子ですが)をしていると仕事は減らないしで、なにもいいことがない。おまけに、正確な名称は忘れましたが、安倍政権の「改革」のおかげで一年間の教育の到達目標を書けだの、くだらない作業が増える一方で現場では白けきっているようでした。保護者はといえば、学校の不祥事に関心が高く、これには先生もさすがに参っている様子。「正直、小学校はやばい人が少なくないようなんだけど、どうしてなんだろう?」と振ってくるので、酔った勢いで思わず「そういう素質を持った人が混じる確率が高いんじゃない」と答えると、向こうが真剣に考え込んでしまったので、まじめな話に「ネタレス」をしてしまって一瞬あせりました。それ以上に酔いが醒めそうになったのは、「それはいえてる」という返事でした。おいおい冗談だってばとはいえない雰囲気に。

 日の丸・君が代とか東京の問題を地方に押し付けるなという話題(昨年も書いたと思いますが、小・中・高と浜松市と静岡市で卒業しましたが、日の丸の掲揚と国歌斉唱は当たり前だったと思います。今でも変わらないようです)になってホッとする反面、なるほどと思いました。大都市圏と地方の格差といっても、大都市圏によっても差がありますし、地方と一括りにしても、浜松のような最近になって政令指定都市へなった地方部と、それどこれではないところでも差がありそうです。要は、国、あるいは中央が細かいところまで口を出して地方ごとの差異を無視してしまう(これはこれでやむをえない部分があるように思いますが)ために、「改革」するたびに疲弊してしまう。「格差」の議論がうるさいほど多いので隠れているように思いますが、国と地方の関係で明治維新以来の近代国家建設の過程では中央集権的になること自体はやむをえないと思いますが、国としての一体感が定着した段階では国と地方の関係を、あくまで行政のレベルですが、以前ほどタイトにする必要がなくなってくるのでしょう。通常の「地方分権」という場合、あるべき姿や理想像として語られることが多いように思いますが、現実には中央ですべてのルールを整備できなくなってきているという現実を反映しているだけではないかと思ったりします。まあ、酔っ払って考えたことなので、いい加減な話、じゃなかった「寝言」ですけれど。

 日は変わって、お墓参り。お盆のピークは避けたかったので(8月15日に靖国神社に行く人の気持ちがわからないのは、ひとえにゴミゴミしている時期になんでわざわざでかけるんだろうという不謹慎極まりない理由ですが。初詣なんて三が日にでかけるのは10年に一度で十分というぐらい人ごみが嫌いなので)、ちょっとだけ前倒しで粛々と手を合わせました。父上が車で迎えに来てくれたのですが、びっくりしたことに母上がいない。ありゃまあと思ったら、車に日よけがついていなくて真昼に乗るのが嫌だとか。確かに、言われてみると、駐車場の車のほとんどは日よけがついていました。実家から1時間以上かかるので、意外とこたえるのかも。どうも、もっと遅い時間にお参りをするらしい。ちゃんとお花を買ってきているので珍しく段取りがよいなあと思いましたが、お墓の前まで来て慌てて「線香を買ってくるのを忘れた」。ふだんは、いい加減なおっさんにしか見えないのですが、さすがにこういうときは神妙なもので慌てて買出しに。その間に私はお墓を清めてお花を供えるのですが、包みを開けてちとひいてしまいました。なんと値札がついていて、一束200円。祖父と祖母が悲しんでいるだろうなあとちと涙がこぼれそうに。こういうのは値段じゃない、気持ちだと言い聞かせるものの、あまりのせこさに母上に告げ口しようかと思いました。いつも、ケチだの紐が堅すぎるだの文句たらたらなんですが、ご本人も意外と堅い。

 父上がお線香を買ってきてお参りを済ませた後、他のお家のお墓に備えてある花を指さして「これは何の花?」と尋ねるとほおずきの花と答えるので、そんなことわかってますがなと思いつつ、うちのお供えにはなかったよねとじわじわと責めて、最後に「あれ、一束200円で計400円でしょ。お母さんに言ったら、どんな顔をするかな」といじめると、動揺しながら目線でそれは許してくれと訴えているので、武士の情けというところでしょうか。ありがたいことに名古屋駅まで送ってくれるというので、電車賃が浮きました。

 ちょっと驚いたのは、名古屋駅の近辺にトヨタの本社ビルが建設中でいろいろ説明してもらいました。父上はJRのビルよりちょっと高くて妙なところでプライドが高いとか細かいところにこだわりがあるようですが、個人的にはトヨタもそのうち三河の会社じゃなくなるのかなとこちらも「寝言」。事業内容は既に三河だけの会社ではないのですが、登記上の本社も名古屋に移るんでしょうか。1990年頃までは名古屋の「財界」ではトヨタは三河の会社として下に見る傾向があったように記憶しますが、本社機能が名古屋に移るというのは時代を感じます。これで東京に本社が移るとなると、トヨタも終わりかな、株も売り払おうかなという感じ。

 元々、東京で生まれた会社は別として、首都圏以外で大きくなった会社が東京に本社を移すと、強みがなくなる印象があります。例外も多いでしょうし、東京が日本で経済的にも活力がある都市であることは間違いがないのですが、うまく表現できませんが、地方で生まれた会社が東京に出ると、地方よりも様々な交流でえるものも大きいのでしょうが、その会社がもっている強みがなくなってしまう印象があります。他方で、東京に本社を移す頃には既に旬を過ぎているだけかも知れず、ああでもない、こうでもないという「寝言」をつぶやきながら、自宅に戻ったのでありました。

 以上、旬の過ぎたお盆のお話でした。
posted by Hache at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行・地域

2007年08月10日

「寝言」ならぬ単なる「与太話」

 なんというのか、ボロボロです。『三國志11』も相性が今ひとつでしたが、『大航海時代IV』の廉価版(販売元SOURCENEXT)を入れた途端に、サウンド機能がすべて麻痺してアンインストールしても、元に戻らず、疲れ果てました。『毒を食らわば皿まで』とばかり、音が出ない状態でプレイしたところ、予想以上におもしろい。2chの関連スレでは『大航海時代IV』自体の評判があまり芳しくないようですが、以前のバージョンをやったことがないので、コーエーにしては珍しく、SLGというよりRPGみたいな感覚。ドラクエやFFならば戦闘でお金を入手するところを、このゲームでは交易で儲けるという感覚でしょうか。おもしろいのはよいのですが、困ったことに、16ビット機にあわせてつくっているせいなのか、サウンドがすべて止まってしまう。デルのサポートセンター(一時期を考えると、ずいぶんよくなりました)に問い合わせても、解決できず、ピックアップ修理をしましょうとなって、さあ、大変。

 今、自宅で使っている機種がいつでもVistaに移行できるよう、事実上、64bitを意識した環境でXPを使っているので、Windows9x時代のゲームは軒並み、壊滅しています。『信長の野望 武将風雲録』あたりは壊滅。『三國志11』は上海馬券王先生のお勧めで、董卓の顔が見たいというだけで(with PK版!)買いましたが、意外と楽しい。「このクソゲー!!」と叫びながら、画面サイズを最大にしてWindowで起動すると、フルに楽しめます。個人的には、本体のプレイよりも、「決戦制覇モード」が楽しく、「才媛抜擢シナリオ」あたりは三国時代の男女共同参画社会かと思いつつ、内心、「クソ中のクソ」とつぶやきながら、熱中してしまう。採用対象者となる女性武将は、そのほとんどが男性武将の嫁ではあるのですが。「二僑」イベなんていうものが生じて、ドキッとしましたが、幸い、エロや「萌え」とはほど遠く、胸をなでおろしました。孔明嫁が無理にメガネ美人からメガネをとったような顔で、CG作画を担当した人も苦労したんだろうなあと。説明も苦しいですし。間違っても、ブ○というわけにはゆかず、苦しいところでしょう。ちなみに、この嫁、無茶苦茶、有能です。内政・外政・戦争とフル活用。劉禅のパラメータが「魅力」を除くと、軒並み一ケタ台なのに、この嫁(黄月英)は、都市攻略には欠かせないですし、知力がかなり高いので(馬謖87に対し、黄月英89と準軍師並み)兵器製造など生産期間が複数ターンにまたがる場合には助かります。諸葛亮自身は、「五丈原の戦い」でプレイヤーが担当する司馬懿に「舌戦」(要は、『提督の決断II』のカードゲームみたいなものか)で敗れ蜀の大義を否定され、火計でボロボロにされてしまうのですが。いまだに『出師の表』から始まる蜀の攻勢が理解できないので(私だったら、ゲリラ戦ですな)、諸葛亮の評価はあまり高くなく、「奸悪」とされる武将が好みだったりします。だいたい、物語で「善玉」とされる人物がことをなしたことは少なく、「悪玉」とされている人物に肩入れする傾向が強いのですが。

 「時の最果て」らしくとりとめがなくなってきましたが、PCはXPの「システムの復元」でなんとか元通りになり、修理にはださないことに。もう一台、ノートPCはもってはいるのですが、キーボードを打つのが苦痛でして、やはり90年代半ばのIBM製のキーボードは最高です。ストロークがちょうどいいですし、なにより10年以上、酷使して(使わない日がほとんどないのにもかかわらず)、全く故障しない。かんべえさんや大御所の「攻撃」で私が何度コーヒーをぶっかけても、カバーを洗うだけ。日常的に使うPC関連機器で生き残っているのは、キーボードとは皮肉なものです。不思議なことに私は壊したことはないのですが、キーボードは8bit機の時代から消耗品扱いでした。私が中高生の頃にはカバーをつけることもなく、飲食物は一切PCの近くには置かなかった記憶があります。ハードディスクを内蔵するようになってから、PCは壊れる前に更新する癖がつき、今使っているのが、事実上の三代目。ゲームごときに日常が振り回されてはかなわないので、PCでゲームをやるのは『三國志』が最後かなあと思います。

 というわけで帰宅しては『大航海時代』に振り回される日々が続きました。あんまり進んでいないのですが、どうもおっとりゲームを進めすぎて、序盤で既に新大陸の権益をとられていたりと自分でものろまだなあと思いますね。歴史の要素が極めて少ないのはちょっと意外でしたが。サウンド機能が停止するのは結構つらいです。マウスでの操作もちょっときついかな。プレステでやるにはちょうどよい感じでしょうか。

 ゲームのことばかり書いていると遊んでいると思われそうなので、「拉致敗戦」を立ち読みましたが(立ち読みする自分も自分ですごいと思いますが)、うーんという感じ。安倍政権の対北朝鮮政策におけるプライオリティに関する批判は違和感はないのですが、交渉で北朝鮮が核を放棄するのかどうか、見通しが見えないです。プライオリティの問題自体は、漠然とですが懸念を持っていましたが、良くも悪くも、純粋な方(政治家の形容としてはあまりよくない表現ですが)とのことで、今年の3月あたりにあきらめムードになりました。立ち読みしながら、核開発に限定しても、あまり期待はできないなあと思いました。全体の印象では、交渉に北朝鮮が核を放棄するインセンティブをどのように与えるのかが不明確でした。他方で、北朝鮮が核武装を事実上したままの状態の場合、周囲が日本・韓国を除くと、核保有国かつ核戦力は重厚ですから、どの程度、北朝鮮の核を「脅威」として認識しているのかは疑わしい。核武装の見返りは罰だと思いがちですが、北朝鮮の地理的な位置もあって、パワーポリティクスの側面が強く出ると、北朝鮮にとっての「資源」そのものになってしまう側面もあります。松尾文夫さんの質問は厳しいところもあって、シーガル氏の説明も苦しい印象がありますが、この種のインタビューとしてはかなり踏み込んでいて、立ち読みの割りにえらそうですが、本屋で読み込んでしまいました。内容自体は雪斎先生やかんべえさんが書いていますから、あまり付け加えることはありません。パッと読んだ印章は、(1)北朝鮮の核の放棄でアメリカのスタンスはそれほどぶれていないこと、(2)核よりも拉致にプライオリティを置くかのような印象を与えることは交渉を硬直化させるだけでなく意思決定者の合理性に疑念を抱かせること、(3)現状では北朝鮮の核放棄は交渉のロジックで進む方向に着ており交渉の成果に過大な期待は抱けないこと、などでしょうか。公式には無理でしょうが、北朝鮮が核の放棄に応じない場合、あるいは不徹底に終わった場合などを見据えて「非核三原則」の「持ち込ませず」は既にあまり意味のない話になっていますが、このあたりを原則は原則として維持しながら、自国の安全確保との折り合いを上手につけてゆく準備も考えておいたほうがよいという程度のことぐらいしか思い浮かびません。

 核抑止・核管理の議論に明るいわけではないので的外れかもしれませんが、北朝鮮の核自体は戦力としてどの程度、機能するのかという以前に開発の段階などあまりにも不透明な要素が大きいです。北朝鮮の核を検証可能にするだけでも、途方もない労力を必要とするでしょう。くどいようですが、この段階でも交渉が十分な成果が挙がらない可能性があると思います。

 さらに、核に限らず、軍備というのは意図と能力の掛け算で決まるのでしょうが、北朝鮮の「意図」に深入りするよりも、能力から入る方が明快だと思います。先述のように、私には北朝鮮の核の能力は非常に不透明ですが、六ヶ国協議の主要参加メンバーのうち、米・露・中は核大国であり、北朝鮮が核をある程度、戦力化したとしても、抑止が可能でしょう。日・韓はアメリカの同盟国であり、韓国の方向性は危ういものがありますが、他国の心配をする以上に日本はアメリカとの同盟を強化するほかないでしょう。「拉致敗戦」は、北朝鮮に核放棄をさせることがアメリカの基本戦略であり、日本にも積極的な役割を求めるというよりも、せめて足を引っ張るのはやめてくれというメッセージでしょう。何回も繰り返して恐縮ですが、この交渉に過度の期待はできないでしょう。しかし、この交渉でアメリカとの関係をさらに強化しておくことは北朝鮮との交渉が不満足に終わった場合の備えになりますし、核戦力という点からすれば、ロシア・中国の方がはるかに強力なわけですから、こちらへの対応を考えると、この交渉は単なる北朝鮮の核放棄にとどまらない意義があると思います。

 この時期に殺伐とした話ですが、広島・長崎の教訓は、敵対関係にある一方が相手の反撃を無視できる程度の力関係であれば、道義ではなく、力学的に核兵器が用いられるということです。他勢力を損耗させ自らの意思を強制する、極論すれば、地上から物理的に抹殺しようと思えば、核兵器ほど安価な手段はありません。私自身の理解力不足が大きいのでしょうが、日本の現状を見ると、核管理や核軍縮のような核保有を前提とした問題においては自ら核をもたないことを国是としている国では道義的な旗振り役以上の役割は困難でしょう。せめて核抑止という自国の安全に関わる問題で冷徹な議論を行うことをためらわない雰囲気が必要でしょう。この場合にも、自国の核保有という極論がすぐにでるあたりでまだ成熟しているとはいえないように思います。北朝鮮の核は「虫歯」のようなものだと思いますが、「虫歯」へ冷静に対処しながら、核抑止、もっといえば通常の抑止を含めた的確な議論が行われ、コンセンサスが形成されないと、次の10年を凌ぐことは非常に難しいと思います。

 いずれにせよ、外交交渉で自らの言い分が100%とおることなどはまずないということを抑えておく必要があります。私自身が脅威と感じているのは、北朝鮮の核武装よりも中国の核戦力の増強です。中国の核に関しても、実際は冷戦末期の米ソ関係に比べれば、あまりに不透明な部分が多すぎます。しかも、アメリカとの核のパリティを達成したソ連は、内政面での理由も大きいのでしょうが、様々な核軍縮・信頼醸成措置に応じる態度に転換しました。当面の中国は、そのような状況ではないでしょう。冷戦後、核戦略論はやや下火になったそうですが、当面の課題の核抑止を確実にするためにも、核軍縮や核管理に関する専門家が必要になってくると思います。核問題の現時点での現実的な課題は、核廃絶そのものでもなければ(私自身はこれを追及すべきではあると思いますが)、核戦力の増強を図る国々を押さえつけることでもない。問題は、これらの国々と核に関する「信念」を形成することであり、核を持たない国には核保有の費用対効果の計算を透明化して核保有に至らない枠組みを形成することだと考えます。

 今週末から来週にかけて浜松でのんびりしてからお墓参りです。既に不定期更新になっておりますが、生きておりますので、ご安心を(心配してくれる人がいないのよね(しくしく))。
posted by Hache at 04:38| Comment(3) | TrackBack(0) | ごあいさつ

2007年08月04日

究極の再チャレンジ

 7月29日に安倍総理があっさり続投表明をするのを見ながら、想定どおりだなあと思いつつ、ふと浮かんだ安倍総理の「再チャレンジ作戦」がありました。名づけて、"I shall return:安倍の180日間の戦い"というちゃらんぽらんな「再チャレンジ作戦」です。政治オタクではないので、ディテールが粗い、というより出鱈目なのはお許しを。それにしても、なんだ、『溜池通信』とかいう、白癬菌が残っていそうなところ(お顔を拝見したときに水虫をもってそうだなと思いましたが、まさか本当に罹患されていたとは……。治ってよかったですね)を除いて、まともすぎる安倍擁護論が多すぎて萎えますなあ。あまりにお下劣なので控えておりましたが、まともすぎる議論を聞いていると、白けてしまいます。露骨に言ってしまうと、やってきたこと、やっていること、やろうとしていることはいいのだから民意が云々というのは政治的に極めてまずいでしょう。勝てば賢い民、負ければ愚民というのはありえねえ。ああいうことは、安倍続投を支持した私には書けない。そんなサイレント・マイノリティ(というより私一人?)にお読みいただければ、幸いです。

【2007年7月29日 夜 東京】

 自民党本部に二回目の衝撃が走った。「二人の姫」の一人に「虎」が刺されたことに象徴されるように、予想はしていたとはいえ、開票結果はあまりに無残であった。「惨敗」という言葉さえ生ぬるく感じる結果。熱く戦った者ほど、安倍総理への逆風を強く感じたものはいない。やり場のない怒り。立場上、辞めろとはいえない。そんな感情を押し殺すのに何人が苦労しただろう。そこへ、総理の第一声が入り、党本部は想定外の事態に文字通り「パニック」に陥った。

 「今回の選挙で、多くの方の方から厚いご支持、ご支援を頂いたことに感謝いたします。自由民主党は私を先頭に『美しい国』づくりに邁進してまいりました。今回の選挙結果は極めて厳しい結果でした。国民の厳しい審判、国民の声を厳格に真摯に受け止める所存です。まず、ただちに総理の職を辞し、次の臨時国会における首班指名では国民の、多くのみなさまの信任を受けられた小沢一郎党首に一票を投じる所存です。無責任とのご批判は甘んじて受ける覚悟でおります」。

 普通ならば、声が上ずったり、間があきそうな声明である。これを安倍はあっさりとしゃべった。聞き手の公営放送のアナウンサーも、この声明には一瞬、反応が凍った。「内閣総辞職」。この五文字は聞き手もまったく予想していたわけではない。しかし、小沢を後継に指名するというのはいったいなんだ。慌てて、仕事の場であることを思い出して、言葉を、反芻するかのように、ゆっくりと吐き出した。

 「総理・総裁をお辞めになるということでよろしいのでしょうか?」

 安倍は奇妙なほど落ち着き払って、第二段の声明を口にした。驚くほど澄んだ表情である。

 「総理として不適格との結果を受け、甘んじて職を辞します。しかし、自由民主党の総裁としての責務は任期まで果たす所存です」。

 言っていることは短く、わかりやすい。意味もはっきりしている。だが、総理を辞して総裁にとどまるとはどういうことだ?自民党本部では聞き手の声すら聴こえないほどの怒号が飛びかう。「総理は、選挙結果でどうかしたのか?」「参院では敗れたとはいえ、衆院ではわが党が単独でも圧倒的多数ではないか?」

 「総理を辞めて総裁にとどまる」という安倍の声明が「無条件降伏」ではなく、第二の開戦への準備であることに気がついた者は、ある一人の人物を除くと、皆無であった。「早く首相官邸の回線を確保しろ!」と叫んだのは、森元総理であった。周囲が目をそむけたくなるほど、森は周章狼狽していた。なんと、この声明は首相官邸から発せられたのであった。総理として再度足を運ぶために。その場に居合わせた小泉前総理が珍しく自ら言葉を発した。安倍と同じく小泉の目も澄んでいた。

 「小沢さんを後継にするというのが総理のお話でしょう。われわれはそれに従えばよい」。

【7月30日 未明 東京】

 小沢が、これほど心血を注いだ仕事は、1993年を除くと、あるいは含めてもなかった。宮澤内閣の不信任決議案を造反して可決させたときは若さもあり、稚気もあった。1994年には腸が煮えくり返る思いもした。後藤田の『情と理』を読んで腹を立てたのは小沢よりも腹を立てたものはいないだろう。解散・総選挙を封じ込めた影の軍師はお前だろうと。まるで俺が阿呆のような言い回しじゃないか。一時期は「壊し屋」と言われるほど、方向感を見失った時期もある。二度目に、小沢に煮え湯を飲ませたのは、野中広務であった。「悪魔にひれふしてでも」と言いながら、公明を引きこんだ途端に吐き出した。悪魔呼ばわりした上に、使い捨て。「豪腕」だの、「悪魔」だの、世評というものは身勝手なものであることを小沢ほど身にしみていた政治家はもはや少ない。

 小沢は自己認識を側近にすらもらしたことがない。俺はトロッコ列車のようなものだ。目的地を選び、路線を決めるまでにはあれこれ迷う。しかし、目的地が見え、路線が決まれば、歩みこそ遅いが、確実に目的地に進んでゆく。そんな小沢には小泉は奇術師のような存在であった。(算盤のつくりが違う)。小沢は小泉が総理の座にいる間は雌伏していた。小泉の後を安倍が襲うと、小沢はようやく目的地を決めることができた。来夏の参院選。小沢は目的地が決まると、どんなに地面の凹凸がひどく、トロッコが揺れようとも動じない。選挙というのは勝ったり負けたりして強くなるものだ。ここぞという一戦には他の細かい戦術的敗北などどうでもいい。しかも、参院選は目的地であると同時に通過地点でしかない。「自公連合」を追い詰め、政権交代を果たした瞬間に党代表を辞任する。(俺の役目は政権交代まで若造どもを引き連れてゆくことだ。まだ不甲斐ないが、とどめを刺す頃には一人前になるだろう)。

 参院選では手ごたえがあった。予想通り、小泉が「空中戦」に熱中するあまり、地上の城塞は寂れ、小沢が通るだけで次々となびいた。小沢は、安倍が自分のことを過小評価していることにも気がついていた。(勝てる)。だが、小沢の算盤は辛い。手綱をゆるめることなく、投票日を迎え、結果が判明するにつれ、小沢の顔も紅潮した。

 そこへ安倍の辞任声明を慌てふためきながら側近が伝えてきた。小沢の顔が硬直する。安倍の真意に気がついたのは、小泉と小沢だけであった。一人がおそるおそる繰り返すと、「あの小僧が……」とわずかに言葉をもらしてその場に倒れこんだ。珍しい光景ではないが、発作は発作である。安倍の声明を聴いて泡を食らった一人が、落ち着きを取り戻してただちに手馴れた様子で事務的に病院へと連絡した。

【7月30日 未明 東京】

 公明党の太田昭宏代表が安倍の顔を見るなり、怒気を抑えながら、一気にまくしたてた。

 「安倍さん、事前に私にすら相談しなかったのはなぜですか?わが党と自民党のお付き合いは、私とあなたの関係よりもはるかに古い。しかも、総辞職をしたのにもかかわらず、あなたは自民党総裁だ。その上、報道の前で小沢一郎に入れるとあなたは言った。わが党が小沢一郎の手法に嫌気して独立したのは、あなたもご存知でしょう。首班指名で小沢に入れるなどということはわが党では今でも難しいのです。もう自公連立もこれまでということですか?」

 安倍は、太田の顔を覗き込んだ。怒っているようでもあり、寂しそうでもあった。なにより、今、太田は安部以上に針の筵の上にいる。選挙区で公明党は3議席を失った。埼玉・神奈川・愛知の3選挙区である。候補者を絞り込み、選挙に使う資源を集中投入して組織票で手堅く勝つ。公明党の「勝利の方程式」が崩れた。太田自身も党内の動揺を抑え、まとめることができるのかどうか微妙な状況であった。やや間をおいて、安倍がようやく話し始めた。

 「太田さん、今回の選挙の逆風は私の不徳のいたすところです。わが党だけでなく公明党も、その逆風をまともに受けてしまった。このことに関してお詫びのしようがありませんが。なお、自公の統一会派は維持しましょう。そして、なんとか党内を説得して首班指名では小沢民主党に入れてください。お詫びも含め、私が参りましょう」。

 太田の頭の中は混乱した。自公、いや自民党単独でも安倍続投は可能だ。にもかかわらず降板の決意は固い。さらに下野しながら自公の「連立」とはいったいなんだ?あれこれ考えをめぐらして再び、話をしようとする太田に安倍は遮るように言葉を投げかけた。

 「現況で申し訳ありませんが、私が参ります日程を決めておいていただけませんか。これから各国の首脳とも連絡をしなければなりません」。

 太田は蚊帳の中にいて外にいるような不思議な感覚で官邸を後にした。安倍に残っている作業は、形式的なものであった。各国の首脳に事務的に連絡を行った。各国の首脳は安倍が去ることを惜しんでくれたが、たいていは社交辞令の域をでるものではなかった。ブッシュ米大統領だけは別だった。クロフォードでの思い出など他の首脳とは異なって個人的な心情も大きい。安倍はブッシュにだけ真意を示した。

 I shall return.

受話器の向こうで一瞬の沈黙があった。その後、次の言葉が響いてきた。

 God bless you!

 二人の会談は終わった。

【7月30日 早朝 東京】

 前日、安倍の声明を聴いたものの多くは、驚いた。民主党の勝利があまりに見事だった。安倍の進退に冷ややかなもの、安倍の意欲が挫けたことを残念がるもの、無関心なもの。反応はバラバラだ。翌朝の新聞の見出しは、各紙「安倍総理、総辞職へ」とあるものの、記事の中身は戸惑いすら感じられた。なにしろ、総辞職を決意した総理が他党の党首を後継者として名指しするのは前代未聞だ。朝の民放各社の報道という名のバラエティ番組も慌てて政治評論家を集めてつまらない政治談議を行った。総辞職はやむなしという結論は簡単に一致するものの、安倍が小沢を後継「指名」した点に関しては散漫な議論しかできなかった。そのとき、とあるエコノミストがこんな発言をした。

 「これはね、将棋で言う『手渡し』ですよ。絶体絶命の局面で『首を刎ねておくんなまし』と差し出す。突然、手を渡された相手に好きな手を指させると、間違えるんですよ。私は参院選で負けたからといって総理が辞任するというのは中選挙区時代の遺物だと思いますが、これは要注意です。小沢さんは用心しないと」。

 この発言が終わると、そそくさと司会者は別のコメンテーターに話を振った。

 「総理が辞職するのはともかく、後継に小沢党首というのは危険でしょう。これで衆議院解散の主導権が民主党に移りますよ。この勢いで衆院解散では自民党はもたないでしょう。私は『自爆テロ』総辞職だと思いますね」。

 多くのコメンテーターはこの説明に賛同した。

【7月30日 早朝 大阪】

 本町に本社を置くある大手企業の営業部でも、安倍内閣総辞職で話題がもちきりだ。ある30台前半の社員が40台の部長に尋ねる。

 「総理は辞めるけれど、総裁は辞めないってありえますかねえ?」

 営業でも敏腕だが、政治通で知られる部長が淡々と答える。

 「君ら、『三角大福』なんて言葉は知らへんよな。『四十日間抗争』なんて頃に種があったかどうかってところだなあ。自民党内の派閥で権力闘争がひどくなると、自民党総裁が自民党の議員というのは当然として、党内で宥和を図るために総理は同じ自民党内でも別の人物を選ぶというアイディアがあったんや。実際には、アイディアだけで実現したことはないんやけどな。ただ、今回は異常や。安倍さんが自民党総裁のままで、他党の党首を後継指名するなど聞いたことがない。ワシもようわからんけれど、自民党が民主党と連立を組む下準備かもしれんなあ」。

 「自民党と民主党の連立ですか。これだと、与党のやりたい放題になりませんか?」

 「それはありうるんやけど、自民と民主で折り合いがつくかどうかもわからないし、意外と大変やで。それにな、民主党で閣僚が務まる議員がいるかどうかが問題や。今度は与党案を追及するわけにはいかんからなあ」。

 「ということは、総理は民主党で閣僚は自民党もいれるということですか?」

 「難しいところや。安倍総理は小沢さんを後継にと言っただけや。連立とも閣外協力とも言っていない。これはワシにもさっぱりわからん」。

 部長は大阪で「東京弁」で質問をぶつける部下を苦々しく思いながら話を打ち切り、急いで指示を各所にとばした。

【8月2日 日中 東京】

 自民党参院選総括委員会の初会合が開かれた。本来ならば、参院選の結果と敗戦の理由などが話し合われるが、安倍総理の決断に議論が集中していた。ある中堅議員が繰言のように同じ発言を繰り返していた。

 「今回の参院選の結果はあまりに厳しい。自民党にお灸をすえるというもんじゃなくて、殺意すら感じる。そうであるからこそ、総裁は総理の座にとどまって粘り強く国民の信頼を回復していただきたかった。自民党は民主党とは異なる責任政党ですよ。参院選に負けたからといって総辞職というのはあまりに無責任だ」。

 会合の冒頭、中川秀直幹事長が開会の挨拶を簡潔に述べただけで、あとは険しい表情で無言で会議の成り行きを見守っていた。このことも参加者たちを苛立たせた。総辞職をしたものの、安倍は総裁にとどまり、なんの説明もない。この発言を受けて中川が立ち上がって、この会合で2度目の発言をした。

 「安倍総裁がおみえになりました。総裁ご自身からご説明いただきましょう」。

 安倍が颯爽と姿を現した。参加者たちは一瞬、息をのんだ。この種の会合に総裁が顔を出すのは極めて異例だ。自民党の総裁といえば、すなわち総理であった。もちろん、例外もある。自民党が野党であった時期の河野洋平総裁であった。しかし、安倍は河野とは異なる。太田が考えたように、衆院での議席数を考えれば、総理は安倍以外にありえない。もちろん、参院選の後、大敗を喫して総辞職に追い込まれた総理は宇野宗佑と橋本龍太郎の二人がいる。しかし、両者のケースは異なる。宇野の場合、本人のスキャンダルも大きいが、総理就任以前のリクルート疑獄、消費税導入による自民党への猛反発で結党以来、初めて参議院で過半数を割った。宇野内閣の下での第15回参議院選挙以来、自民党は参議院で単独過半数を確保したことがない。この選挙で、少なくとも都市部では自民党以外の政党に投票することに躊躇いのあった有権者に心理的な障壁を取り除いたともいえよう。結果的に見れば、この敗戦以来、常に自民党は政権交代の圧力にさらされてきたといえる。現にこの4年後に自民党は分裂し、結党以来、初めて野党になった。また、やや強引ではあるが、衆院自民と参院自民のカルチャーの違いは、この時期に生まれたとも見れなくはない。参院では融和と妥協が優先する。自民党以外の会派との協力がなければ、参院自体の審議がすべて止まってしまいかねない。ちなみに、1989年の参院選の自民党幹事長は橋本であった。18年後に橋本は総理・総裁として再び苦杯をなめた。

 他方で、橋本の場合、いわゆる自社さの連立政権の下での選挙での大敗であった。橋本は「六大改革」を掲げ、公共事業に依存した景気対策からの脱却を目指した。消費税率の引上げは村山内閣で決定された地方消費税の導入にあわせて行われるものであり、1996年の第41回衆議院選挙で橋本の掲げた改革と並んで消費税率の引上げの是非が争点となり、自社さの連立与党が過半数をえたことで信任されたものと橋本は考えていたのだろう。しかし、1997年4月に消費税率を引き上げると、反発は予想以上のものがあり、経済へのダメージ以上に橋本への支持を低下させた。事前に消費税率の引上げ直前の「駆け込み需要」とその後の冷え込みが指摘されていたが、現在ではSNAを見ると、消費税率引上げによる消費の減退は比較的、短期間で調整されていたと思われる。消費税率の引上げ以上に経済へのインパクトが大きかったのはアジア通貨危機であった。1997年5月にヘッジファンドがタイ・バーツを売り浴びせたことを皮切りに、インドネシア、香港、フィリピン、マレーシアなどアジア諸国はドル・ペグ制から変動為替レートへの移行を余儀なくされた(マレーシアは独自路線を歩んだが)。通貨価値の下落は単なる混乱ではなく、海外からの資本流入が激減し、アジア諸国の成長率を大幅に低下させた。さらに、これらの諸国とのつながりが深かった日本の金融機関のダメージが大きく、北海道拓殖銀行や山一證券など大手金融機関が破綻する事態に至った。結果的に橋本の行財政改革はデフレ環境下でデフレを悪化させる政策となり「経済失政」の声が高まった。1997年7月の第18回参議院選挙はこのような上記の下で実施されたが、橋本は自身の政策を転換するか否かで逡巡を見せたこともあり、大敗した。この場合の大敗は、単独過半数に達しないということではなく、仮に自社さの枠組みを維持していたとしても、参議院での過半数を維持することは困難な点にあった。結果的には橋本は自身の政権を維持して自ら路線転換を行うことを拒否して、後継者に託したといえる。現実に、後継となった小渕恵三は野党案の「丸呑み」という奇策を連発し、「自自公連立」成立まで泥田を這いずり回るような政権運営を強いられた。

 上記の経緯を考えれば、今回の参議院の惨敗の意味は単に大負けしたということに留まらない。自公で過半数すら維持できない上に、参議院議長、議運委員長などのポストを野党が占めれば、安倍政権は参議院でなぶり殺しにされるであろう。口にしたものは衆議院議員ではほとんどいないが、誰しも安倍が総理・総裁を辞するのはやむをえないという考えた。他方で、安倍のパーソナリティからすれば、この局面でも続投するのは必定であり、前途の多難さを考えると、暗澹たる気持ちになるものだ。参議院で法案審議が長期化し、国政の停滞が国民に印象付けられれば、民主党への批判も高まるだろうが、やはり参院で過半数を確保できなかった自民党は批判以上に侮られ、次の衆議院選挙で敗れれば、政権交代が実現する。

 しかし、内閣総辞職を口にしながら、総裁の地位に留まるというのはどういうことなのか?しかも、小沢を後継に指名するというのはわれわれにも小沢に入れろということだ。不謹慎な議員は、あまりの負け方に安倍が狂ったのではないかと考えるものさえいた。しかし、眼前に現れた安部は落ち着き払っているものの、選挙戦ですら見せなかったほどの闘志を全身から発している。高齢の議員ですら、やや圧倒される中、安倍が口を開いた。

 「参院選は本来、政権選択の選挙ではありません。しかし、私自身が政権選択を争点としたことは紛れもない事実であります。私は、小沢一郎民主党党首に敗れました。その結果を認め、総理を辞しました」。

 一同は静まり返っている。ふだん、「挙動不審」とからかわれる議員ですら直立不動で安倍の言葉に耳を傾けていた。

 「しかし、私にはみなさんや自民党を支援してくださった皆様への責務があります。よって、同時に総裁としての責務を果たす決意をいたしました。私が自由民主党の総裁である限り、小泉改革と『美しい国』という日本のあり方を変えてゆく進むべき方向に変わりはありません。われわれは野党としてこの課題にチャレンジする所存です。困難から逃げるのは戦う政治家ではありません。挑戦者という困難な状況から逃げずに戦うことことが私の本懐です。挑戦者の立場から、日本のありようを変えてゆく。これが総裁としての決意であります」。

 拍手はなかった。安倍の言葉に反発したわけではない。小沢を首班指名するということにも異論はでなかった。野党としての挑戦。誰しも不安がないわけではなかったが、やるべきことははっきりしたからである。 

【8月3日 日中 東京】

 小沢の体調は回復した。小沢は直ちに安倍総理との接触を図った。信じがたいことであるが、安倍は首班指名で小沢に投票することを表明したのにもかかわらず、小沢との接触を図ろうとしなかった。このまま、7日から開催される臨時国会で首班指名を行えば、衆院は自・公・民の圧倒的多数で小沢が総理大臣に選出される。小沢としては、当然ではあるが、想定外の事態であった。小沢の「目的地」は民主党を政権可能な政党に育てることであって、今回の参院選によって政権交代を図ることではなかった。それが一足飛びに政権交代となった。小沢は安倍の声明自体を疑うことはなかった。問題は、突然、政権を「禅譲」されたために、具体的な内閣の布陣が白紙であったことである。小沢の脳裡には一抹の不安があった。今回、政権を担当することで民主党が政権政党としての未熟さを露呈することである。また、それが安倍のねらいであることも明白であった。組閣そのものは、形式的には8月7日の指名を受けて行われる。しかし、事前に準備しておかなくてはならないことがあまりに多い。小沢は辞を低くして安倍に自民党からの入閣を懇請した。当然、裏では一本釣りも含めての話だ。しかし、安倍はにべもなく、断った。さらに、閣外協力を要請したが、「是々非々でまいります」の一言ではねつけられてしまった。ここまでは小沢も予想していたが、前日の参院総括委員会における安倍の発言によって、秋波をおくっていた自民党議員とも連絡がつかない状態ことは想定外だった。小沢の手元には、自身が指示して作成した閣僚候補リストがある。それを見ながら、小沢は愚痴ともつかない言葉を発した。

 「あの小僧、俺を名指しして総理に他のやつを立てる手まで封じやがった。それにしても、どうしてこうも使えねえやつばっかりなんだ。この連中の面倒を見ると思うと、俺の心臓が先に壊れちまうな。あの小僧、わが党に恥を欠かせようというだけじゃなくて、俺の命まで狙っているようだ」。

 側近たちは慌てて聴こえないふりをした。リストをつくりながら、人材難からくる政権運営の困難さをしみじみ実感した。ただ、側近たちにとって意外だったのは候補として小沢が長妻昭衆議院議員を含めていたことだった。民主党内でも「与党追及型」議員は、実際に仕事をやらせるとうまくゆかないことは常識であった。

 「長妻を入れておかないと、菅(直人衆議院議員)がすねるからな。それにしてもいつ降板させるかが難しいな。自民党にはとことんやられるだろう。他の連中も似たようなもんだ。心臓がもつか晋三がもつかの勝負だな」。

 愚痴とも戯言ともつかない言葉を吐くと、小沢は苦しそうな表情になり胸を手で押さえた。側近たちがいつものように病院へ連絡をしようとすると、小沢が制止して諭すように語りかけた。

 「政権ちゅうのは、これからなにをやるかではなくてそれまでやってきたことで7、8割は決まるちゅうことだ。細川・羽田を担いだときに身にしみるほど感じたなあ。来年の3月、予算の年度内成立の期限までに俺はくたばるだろう。そのときに、菅や鳩山に政権に色目があったら、俺の死を最大限、利用して解散すればいい。そうでなかったら、もう5年は辛抱しないといかん。年の功を侮ってはいかん。あとな、俺がくたばるまでに自民党と連立するパイプをつくらなくてはならん。民・自連立になるか、自・民連立になるのかは俺にもわからん。突貫工事でもかまわん。とにかく体面を捨てて実務能力をつけなくては政権はとれても、維持はできん」。

 まるで遺言のように小沢は語っていた。小沢の身辺にいるものにとっても、初めての光景であった。

【8月7日 日中 東京】

 衆参両院の圧倒的多数で第91代内閣総理大臣に小沢一郎が選出された。閉会後、小沢と安倍はがっちりと握手した。両者とも笑顔はない。小沢は早速、記者会見を行い、国民生活の再生を掲げて組閣することを宣言した。中身は、(1)年金は国が責任をもって安心できるしくみに変える、(2)「子ども手当て」を充実させ将来に希望の持てる社会をつくる、(3)農業再生を軸に地方を再生させるというマニフェストの内容そのものであり、内政面に偏っているとはいえ、報道の反応も良好であった。後の緊急世論調査では、小沢内閣の支持率はほとんどの調査で7割を超え、安倍政権発足当初とほぼ同水準であった。内政、とりわけ国民のくらしを重視する小沢の姿勢は多くから支持されたのであった。

 閉会後、安倍は政界引退が決まっている小泉と落ち合った。

 「総理、あなたが賛同してくれたおかげで思い切ったことができました」。

 「総理はやめてくれないか。私の後、あなたがなって、今は小沢さんだ。それに投票日の前日に総辞職して総裁に留まると聞いて私も驚いたよ。9.17の訪朝であなたが私よりも思い切ったことができると思っていたけれど、失礼だが、これほどまでとは思わなかったな」。

 「いいえ、私は小泉さんには及ばないでしょう。再び、私が総理になって美しい国への道が進んだとしても、小泉さんには遠く及ばないでしょう」。

 「美しい国か……。私が引退後、オペラを楽しんで芸術三昧というのは美しい国なのかね?」

 「フフ。もちろんですよ」

 小泉は悪戯っぽい微笑を浮かべながら、部屋を去った。小泉が部屋を後にするとき、安倍は無言で一礼した。顔を上げたときに、再び闘志に満ち溢れた表情に戻っていた。安倍の再チャレンジは始まったばかりだ。湿度が高い日が続いた東京も、今日はからりとした夏空であった。

(完)


続きを読む
posted by Hache at 23:48| Comment(2) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言

2007年08月01日

見落とされている「格差」?

 あまり他のブログを読まないで記事を書いたら、もっと熱のこもった、真摯な分析を拝見しましたので、安倍総理の話題は打ち切りです。一言だけ「時の最果て」らしくお下劣なことを書いておきます。若い人にプレゼンの練習をするときに、安倍総理の演説を見せて、「なにをおっしゃっていたかわかる?」と尋ねると、「ええと…」となります。要は、悪いプレゼンの見本として活用していただいております。『日経』の2007年1月3日の塩野さんがインタビューで国際会議における安倍総理の演説の内容をせめて半分にしてもらわないと国益を損なうとおっしゃっていましたが、むべなるかなというところでしょうか。幹事長時代の安倍総理と岡崎久彦さんの対談をネットで拝見しましたが、北朝鮮の脅威で日本人が日米同盟の大切さを痛感したという結論部分にいたるまでのプロセスが異常に複雑で聞き手役の岡崎先生も安倍幹事長(当時)の言葉に真剣に耳を傾けつつも、結論に至るまで理解が難しいご様子でした。まあ、自民党には安倍総理の首を頂こうという覇気のある方は見当たらないですし、民主党も党首候補はいても総理候補が見当たらないので、失礼ながら、安倍政権がじりじり出血して衆院解散後はさらに凡戦という感じでしょうかね。無節操なのが丸出しですが、集団的自衛権の行使ができないという現行解釈の下で当面10年をどう凌ぐのかということも考えておかざるをえないかなと思います。

 参院選に関して唯一、驚いたのが47都道府県の選挙区のうち、いわゆる「1人区」が29、全体の6割強という数字でした。参院選も半ば以上は小選挙区制に近い状態になっているわけで、今後も極端な結果になるのかもしれません。

 今回の選挙は、「時の最果て」としてもかなり変な「寝言」ですが、「国家の品格」対「格差社会」の対決だったとも見えるわけでして、書籍の売れ行きはともかく、表面的には「格差社会」に「軍配」があがったようです。どちらも「同根」と見るのが「時の最果て」のスタンスですので、正直なところ、どちらに「軍配」があがってもどうでもよいのですが。民主党の農家への「個別所得補償制度」にはしびれました。国語が苦手な私には農業の活性化ではなくて、農業はホスピスに入る状態でカンフル剤ではなく、麻薬を打って痛みを和らげようというのはなるほどと感心してしまいました。「格差是正」は無理だから、格差の痛みを和らげようというわけで、カネがかかりそうなのでご免こうりますが、このわかりやすさには感心しました。

 格差がらみではかんべえさんがしきりに愛知県の有効求人倍率を取り上げていますが、雇用の、それも地域間のミスマッチの解消は厳しいと思います。『三原・生島のマーケットトーク』では都道府県単位の雇用行政の是正を挙げておられましたが、沖縄県の方が愛知県で働こうという気になりますかね。かんべえさん自身が愛知県に何度も足を運ばれて魅力を感じないとこぼすところへ雇用機会だけで移動するかなあというのが率直な実感。

 愛知県の構造的な人手不足は当面、解消するのは難しいと思います。雇用の内容にもよりますが、他の都道府県から若いうちに愛知県、あるいは東海地方に移動する機会の一つとして大学進学がありますが、非礼を承知で申し上げると、愛知・静岡・岐阜・三重の東海4県はともかく、他地方から見て積極的に進学したいという「名門大学」がほとんどないというのが現状です。「めいだい」と言って名古屋大学を真っ先に思い浮かべるのは、愛知県と静岡県でも浜松あたりまでぐらいでしょうか。静岡市になると、名古屋大と明治大のどちらになるのかが微妙です。岐阜や三重は土地勘がないのでちょっとわからないです。余談ついでですが、両親がとりあえず「目指せ!名古屋大学」と言っていたので、高校2年生ぐらいまでは名古屋大学を目指しておりましたが、恥ずかしながら高校3年生になってから旧帝大だということを知ったというぐらい、ローカルなイメージです。さらに、放談ついでに静岡の中学生の大半は静岡大学(しずだい)を目指すようですが、たいていは無理となるわけで、まあ似たようなものかと。手遅れ感がありますが、どちらも素晴らしい大学ですよとフォローしておきます。

 いずれにせよ、愛知県の景気が安定しているのは事実ですが、内閣府の「平成16年度県民経済計算(平成19年3月6日)」データを見てちょっと驚きました。1996年度(平成8年度)から2004年度(平成14年度)のデータが掲載されていますが、中部と近畿の各ブロックの県内総生産(実質・連鎖方式)の合計の差が2兆円弱にまで縮小していて、同期間内の平均成長率は近畿が約0.5%、中部が約9.8%です。なお、関東ブロックは同期間で平均成長率が約9.9%。統計的にはかなり粗い部分もあるとは思いますが、関東・中部が成長し、近畿が停滞していたことが一目瞭然になります。さらに、中部・近畿のなかで東海4県(岐阜 静岡 愛知 三重)と京阪神(京都 大阪 兵庫)をとりだすと、前者の平均成長率が約10.7%、後者がなんと−0.3%です。もちろん、単純な規模では中部が関東の4割弱、近畿が4割強なので関東の成長率の高さは、成長率を計算する際の分母の大きさを考慮すると、際立っています。地域間格差という場合、たいていは大都市圏と農村部との格差を指しますが、大都市圏でもこれだけ成長の「格差」が広がり、とりわけ近畿圏が停滞した状態で続くと、まず近畿圏の生活水準を維持することが困難になるのは当然としても、西日本の地域に波及効果や雇用機会を与えるという役割を期待することは難しいように思います。中国や山陰、九州あたりから他地域に移動する場合、まず京阪神が浮かび、次に首都圏が浮かぶようです。最近は、首都圏への指向が強まっているという話も聞きます。このあたりは私の調査能力の不足で正確な意識調査が見当たらないのですが、東海圏のプレゼンスは首都圏や京阪神圏と比較すると、非常に低いのだろうと思います。的確な雇用に関する情報が全国的に提供されても、現実にはあまり効果を期待しない方がよさそうです。もちろん、やらないよりはマシだとは思いますが。

 率直なところ、地域間の雇用のミスマッチの解消は、現在のところ、有効な政策手段がないと思います。戦後復興期から高度成長期にも、様々な「二重構造」が指摘されましたが、成長率の上昇が決定的で、農村部から都市部への人口移動が成長を支えたというのが、大雑把な構図でしょうか。雇用機会を地域に広げるために工場などの立地の分散を図る政策をとった先進諸国は少なくありませんが、めぼしい成果は挙がりませんでした。ちょっと悲しいのですが、これらの事情に政策レベルで対応するとすれば、人口移動や地方への諸事業の分散を妨げているディスインセンティブを丁寧に取り除くことぐらいしか思い浮かばないです。数年前に地方での新しい産業集積を生み出すインセンティブを与えたり、はては起業家支援までインセンティブの一つとして取り上げられましたが、費用対効果の点で分析している文献を見たことがなく、基本的に成長というのは民間部門の自発的な経済活動の結果というあまりにベタな私の思考様式からすると、なんとも無駄なことばかりやっているように映ってしまいます(根本的に意地が悪いので、これらの施策は結局、新しい利権づくりじゃなかったのかなと。これは寝言そのものですけれど)。

 「続き」は、内閣府のデータの要約です。お好きな方は御覧ください。

(追記)「続き」を含め、平均成長率の値に誤りがありました。下線部を訂正しました(2007年8月1日)。


続きを読む