2007年08月10日

「寝言」ならぬ単なる「与太話」

 なんというのか、ボロボロです。『三國志11』も相性が今ひとつでしたが、『大航海時代IV』の廉価版(販売元SOURCENEXT)を入れた途端に、サウンド機能がすべて麻痺してアンインストールしても、元に戻らず、疲れ果てました。『毒を食らわば皿まで』とばかり、音が出ない状態でプレイしたところ、予想以上におもしろい。2chの関連スレでは『大航海時代IV』自体の評判があまり芳しくないようですが、以前のバージョンをやったことがないので、コーエーにしては珍しく、SLGというよりRPGみたいな感覚。ドラクエやFFならば戦闘でお金を入手するところを、このゲームでは交易で儲けるという感覚でしょうか。おもしろいのはよいのですが、困ったことに、16ビット機にあわせてつくっているせいなのか、サウンドがすべて止まってしまう。デルのサポートセンター(一時期を考えると、ずいぶんよくなりました)に問い合わせても、解決できず、ピックアップ修理をしましょうとなって、さあ、大変。

 今、自宅で使っている機種がいつでもVistaに移行できるよう、事実上、64bitを意識した環境でXPを使っているので、Windows9x時代のゲームは軒並み、壊滅しています。『信長の野望 武将風雲録』あたりは壊滅。『三國志11』は上海馬券王先生のお勧めで、董卓の顔が見たいというだけで(with PK版!)買いましたが、意外と楽しい。「このクソゲー!!」と叫びながら、画面サイズを最大にしてWindowで起動すると、フルに楽しめます。個人的には、本体のプレイよりも、「決戦制覇モード」が楽しく、「才媛抜擢シナリオ」あたりは三国時代の男女共同参画社会かと思いつつ、内心、「クソ中のクソ」とつぶやきながら、熱中してしまう。採用対象者となる女性武将は、そのほとんどが男性武将の嫁ではあるのですが。「二僑」イベなんていうものが生じて、ドキッとしましたが、幸い、エロや「萌え」とはほど遠く、胸をなでおろしました。孔明嫁が無理にメガネ美人からメガネをとったような顔で、CG作画を担当した人も苦労したんだろうなあと。説明も苦しいですし。間違っても、ブ○というわけにはゆかず、苦しいところでしょう。ちなみに、この嫁、無茶苦茶、有能です。内政・外政・戦争とフル活用。劉禅のパラメータが「魅力」を除くと、軒並み一ケタ台なのに、この嫁(黄月英)は、都市攻略には欠かせないですし、知力がかなり高いので(馬謖87に対し、黄月英89と準軍師並み)兵器製造など生産期間が複数ターンにまたがる場合には助かります。諸葛亮自身は、「五丈原の戦い」でプレイヤーが担当する司馬懿に「舌戦」(要は、『提督の決断II』のカードゲームみたいなものか)で敗れ蜀の大義を否定され、火計でボロボロにされてしまうのですが。いまだに『出師の表』から始まる蜀の攻勢が理解できないので(私だったら、ゲリラ戦ですな)、諸葛亮の評価はあまり高くなく、「奸悪」とされる武将が好みだったりします。だいたい、物語で「善玉」とされる人物がことをなしたことは少なく、「悪玉」とされている人物に肩入れする傾向が強いのですが。

 「時の最果て」らしくとりとめがなくなってきましたが、PCはXPの「システムの復元」でなんとか元通りになり、修理にはださないことに。もう一台、ノートPCはもってはいるのですが、キーボードを打つのが苦痛でして、やはり90年代半ばのIBM製のキーボードは最高です。ストロークがちょうどいいですし、なにより10年以上、酷使して(使わない日がほとんどないのにもかかわらず)、全く故障しない。かんべえさんや大御所の「攻撃」で私が何度コーヒーをぶっかけても、カバーを洗うだけ。日常的に使うPC関連機器で生き残っているのは、キーボードとは皮肉なものです。不思議なことに私は壊したことはないのですが、キーボードは8bit機の時代から消耗品扱いでした。私が中高生の頃にはカバーをつけることもなく、飲食物は一切PCの近くには置かなかった記憶があります。ハードディスクを内蔵するようになってから、PCは壊れる前に更新する癖がつき、今使っているのが、事実上の三代目。ゲームごときに日常が振り回されてはかなわないので、PCでゲームをやるのは『三國志』が最後かなあと思います。

 というわけで帰宅しては『大航海時代』に振り回される日々が続きました。あんまり進んでいないのですが、どうもおっとりゲームを進めすぎて、序盤で既に新大陸の権益をとられていたりと自分でものろまだなあと思いますね。歴史の要素が極めて少ないのはちょっと意外でしたが。サウンド機能が停止するのは結構つらいです。マウスでの操作もちょっときついかな。プレステでやるにはちょうどよい感じでしょうか。

 ゲームのことばかり書いていると遊んでいると思われそうなので、「拉致敗戦」を立ち読みましたが(立ち読みする自分も自分ですごいと思いますが)、うーんという感じ。安倍政権の対北朝鮮政策におけるプライオリティに関する批判は違和感はないのですが、交渉で北朝鮮が核を放棄するのかどうか、見通しが見えないです。プライオリティの問題自体は、漠然とですが懸念を持っていましたが、良くも悪くも、純粋な方(政治家の形容としてはあまりよくない表現ですが)とのことで、今年の3月あたりにあきらめムードになりました。立ち読みしながら、核開発に限定しても、あまり期待はできないなあと思いました。全体の印象では、交渉に北朝鮮が核を放棄するインセンティブをどのように与えるのかが不明確でした。他方で、北朝鮮が核武装を事実上したままの状態の場合、周囲が日本・韓国を除くと、核保有国かつ核戦力は重厚ですから、どの程度、北朝鮮の核を「脅威」として認識しているのかは疑わしい。核武装の見返りは罰だと思いがちですが、北朝鮮の地理的な位置もあって、パワーポリティクスの側面が強く出ると、北朝鮮にとっての「資源」そのものになってしまう側面もあります。松尾文夫さんの質問は厳しいところもあって、シーガル氏の説明も苦しい印象がありますが、この種のインタビューとしてはかなり踏み込んでいて、立ち読みの割りにえらそうですが、本屋で読み込んでしまいました。内容自体は雪斎先生やかんべえさんが書いていますから、あまり付け加えることはありません。パッと読んだ印章は、(1)北朝鮮の核の放棄でアメリカのスタンスはそれほどぶれていないこと、(2)核よりも拉致にプライオリティを置くかのような印象を与えることは交渉を硬直化させるだけでなく意思決定者の合理性に疑念を抱かせること、(3)現状では北朝鮮の核放棄は交渉のロジックで進む方向に着ており交渉の成果に過大な期待は抱けないこと、などでしょうか。公式には無理でしょうが、北朝鮮が核の放棄に応じない場合、あるいは不徹底に終わった場合などを見据えて「非核三原則」の「持ち込ませず」は既にあまり意味のない話になっていますが、このあたりを原則は原則として維持しながら、自国の安全確保との折り合いを上手につけてゆく準備も考えておいたほうがよいという程度のことぐらいしか思い浮かびません。

 核抑止・核管理の議論に明るいわけではないので的外れかもしれませんが、北朝鮮の核自体は戦力としてどの程度、機能するのかという以前に開発の段階などあまりにも不透明な要素が大きいです。北朝鮮の核を検証可能にするだけでも、途方もない労力を必要とするでしょう。くどいようですが、この段階でも交渉が十分な成果が挙がらない可能性があると思います。

 さらに、核に限らず、軍備というのは意図と能力の掛け算で決まるのでしょうが、北朝鮮の「意図」に深入りするよりも、能力から入る方が明快だと思います。先述のように、私には北朝鮮の核の能力は非常に不透明ですが、六ヶ国協議の主要参加メンバーのうち、米・露・中は核大国であり、北朝鮮が核をある程度、戦力化したとしても、抑止が可能でしょう。日・韓はアメリカの同盟国であり、韓国の方向性は危ういものがありますが、他国の心配をする以上に日本はアメリカとの同盟を強化するほかないでしょう。「拉致敗戦」は、北朝鮮に核放棄をさせることがアメリカの基本戦略であり、日本にも積極的な役割を求めるというよりも、せめて足を引っ張るのはやめてくれというメッセージでしょう。何回も繰り返して恐縮ですが、この交渉に過度の期待はできないでしょう。しかし、この交渉でアメリカとの関係をさらに強化しておくことは北朝鮮との交渉が不満足に終わった場合の備えになりますし、核戦力という点からすれば、ロシア・中国の方がはるかに強力なわけですから、こちらへの対応を考えると、この交渉は単なる北朝鮮の核放棄にとどまらない意義があると思います。

 この時期に殺伐とした話ですが、広島・長崎の教訓は、敵対関係にある一方が相手の反撃を無視できる程度の力関係であれば、道義ではなく、力学的に核兵器が用いられるということです。他勢力を損耗させ自らの意思を強制する、極論すれば、地上から物理的に抹殺しようと思えば、核兵器ほど安価な手段はありません。私自身の理解力不足が大きいのでしょうが、日本の現状を見ると、核管理や核軍縮のような核保有を前提とした問題においては自ら核をもたないことを国是としている国では道義的な旗振り役以上の役割は困難でしょう。せめて核抑止という自国の安全に関わる問題で冷徹な議論を行うことをためらわない雰囲気が必要でしょう。この場合にも、自国の核保有という極論がすぐにでるあたりでまだ成熟しているとはいえないように思います。北朝鮮の核は「虫歯」のようなものだと思いますが、「虫歯」へ冷静に対処しながら、核抑止、もっといえば通常の抑止を含めた的確な議論が行われ、コンセンサスが形成されないと、次の10年を凌ぐことは非常に難しいと思います。

 いずれにせよ、外交交渉で自らの言い分が100%とおることなどはまずないということを抑えておく必要があります。私自身が脅威と感じているのは、北朝鮮の核武装よりも中国の核戦力の増強です。中国の核に関しても、実際は冷戦末期の米ソ関係に比べれば、あまりに不透明な部分が多すぎます。しかも、アメリカとの核のパリティを達成したソ連は、内政面での理由も大きいのでしょうが、様々な核軍縮・信頼醸成措置に応じる態度に転換しました。当面の中国は、そのような状況ではないでしょう。冷戦後、核戦略論はやや下火になったそうですが、当面の課題の核抑止を確実にするためにも、核軍縮や核管理に関する専門家が必要になってくると思います。核問題の現時点での現実的な課題は、核廃絶そのものでもなければ(私自身はこれを追及すべきではあると思いますが)、核戦力の増強を図る国々を押さえつけることでもない。問題は、これらの国々と核に関する「信念」を形成することであり、核を持たない国には核保有の費用対効果の計算を透明化して核保有に至らない枠組みを形成することだと考えます。

 今週末から来週にかけて浜松でのんびりしてからお墓参りです。既に不定期更新になっておりますが、生きておりますので、ご安心を(心配してくれる人がいないのよね(しくしく))。
posted by Hache at 04:38| Comment(3) | TrackBack(0) | ごあいさつ