2007年08月26日

堕落しきった「時の最果て」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:なんだか、久しぶりじゃなあ。それにしても、あいかわらずじゃ。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。いい加減に目を覚まさないか!
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:……。前にいつ来たのか忘れるぐらい間があいておるのに、おぬしのセリフがまったく変わらないのには感動するぞ。
ハッシュ:……そうかな。
ボッシュ:おまけに、あのデブはここを素通りして16世紀のポルトガルで遊んでおる。おぬしに挨拶の一つもしたのかね?
ハッシュ:ほお、そんなことがあったかな。まあ、素通りしてくれた方がありがたいんじゃ。ワシの研究を邪魔されるよりはな。
ボッシュ:……研究というのは寝ることかね?
ハッシュ:単に寝ているわけではないんじゃが、まあ、そう見えても仕方があるまい。
ボッシュ:それにしても、あのデブもサボり癖がついたようじゃな。ブログのカレンダーが虫食い状態じゃ。
ハッシュ:あのデブはあのデブなりに忙しいらしい。ブログの更新が滞るということは、本業がそれ相応に繁盛しておるということじゃろうから、そう悪いことではないんじゃないかな。
ボッシュ:……。おぬし、ずいぶん、あのデブの肩をもつなあ。まあ、しかし、仕事があるということ自体は幸せじゃ。お盆も終わったことだし、ワシも仕事に精を出すとするかのお。そろそろお暇じゃな。
ハッシュ:ふわあ。それはよいことじゃ。また、おいで。

 3ヶ月ぶりの賢者様たちの登場ですが、内容がないよう。どうフォローしましょうか。こういうときは他人の褌を借りるというのが私の得意技。雪斎先生の記事によると、保守論壇で安倍総理に対する失望が広がっているとあって、私も「保守系」かしらと思ってリンク先を見たら、がっくり。拉致と靖国というのはね。私が明後日の方向に行っていることを実感してしまいました。

 まずは、靖国参拝。露骨に申し上げますと、8月15日イベントは昨年の小泉総理の参拝で終了だと思います。昨年はずいぶん自分でもヒートアップした記事を書いたものだと思いますが、8月15日の参拝は小泉政権の公約(正直なところ、変な「公約」だと思いますが)であって安倍政権の公約ではないはずです。これで安倍総理を責めるのは筋違いというもの。例大祭に参拝するという三木政権以前に戻れば十分でしょう。

 拉致については、日朝間の問題ですから、六ヶ国協議のように多国間交渉の場になじまないのは自明です。六ヶ国協議と切り離すというよりも、まず、日本が北朝鮮と拉致に関する協議の場を設けることが肝要で、これが一朝一夕で済む話でないのも自明。そこへ米国のアシストをえるとか技術的な問題はあるのでしょうが、日朝で話し合う場を設けないことにはお話になりません。だから、六ヶ国協議で日本がアメリカに見捨てられるとか、アメリカは冷たいとか、そういう話が出てくること自体が理解できない部分があります。一部の強硬論者のおかげで、北朝鮮とパイプをもつ人の力も借りなければならないのに、それができない状態になっているようにも見えます。

 雪斎先生は安倍総理の外遊を評価されていますが、小渕元総理であれば、さらに踏み込んだ外交をしたかもしれないと思うこともあります。かんべえさんあたりは小渕さんの評価が非常に低いようですが(塩野さんは激越な感じさえしますが)、私は不良債権問題などで抜本的な改革に踏み込めなかったものの、内政・外政ともにきめ細やかな演出もあってアジア通貨危機の後、小春日和とはいえ、次の困難に立ち向かうホッとする期間を演出しました。同時に、小渕政権は国旗国歌法を制定し、いまだに一部の方たちが誤解している日の丸・君が代問題の根本的な解決は既にこの政権で決着がついています。現在の問題は、具体的な運用の問題であって、それも一部の地域に集中した問題になっています。ですから、教育三法を安倍政権の実績とするのは違和感があり、これでは特異な関心をもつ層はともかく、広く共感を集めるのは無理だろうと。

 浜松が「定点観測」の場になっていますが、保護者は自分の子どもが長期的に経済的な自立を中心に適切な教育がなされているかに関心をもっています。義務教育も含めて、保護者の立場からすれば、教育というのは子どもへの投資です。教師も、保護者とは異なる立場から生徒にそのような教育を施そうという意欲をもっているわけです。そこへ愛国心とかをもってきても、訴求する力は非常に薄いです。私みたいにぶっきらぼうな人間からすると、浜松が好きで日本が好きという子どもが大半で、よけいな教育をしなければ、普通はそうなります。話がそれますが、静岡県は日教組の組織率が90%を超えていますが、私の知り合いのほとんどが、力むことなく、卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱は当然だと考えております。かんべえさんの分析では教育基本法改正は「日教組潰し」という「戦略的意図」があったそうですが、このような地域では逆効果でしょう。むしろ、日教組が連合の中でも有力な労組であり、民主党の支持基盤を崩すという観点から企業団体献金や公務員の政治活動の禁止など搦め手から攻めるのが普通の感覚ではないかと思います。余計ですが、東京都のある教育委員様はことあるごとに日教組を目の敵にされているようですが、東京都の組織率は友人の話では1割を維持できているかどうかで的外れもいいところと映っているようです。

 また、教育委員会の「形骸化」も問題になりましたが、浜松市の場合も同様です。だから問題が生じているかといえば、事務局には主要学校で校長を歴任した先生が教育長になり、頼りない教育委員をスルーして教育行政を支えているのが実態です。これは、浜松市に限らず、少なからぬ地方都市でも似たりよったりではないでしょうか。もちろん、教育委員会での審議が活発になり、地域ごとに創意工夫が生まれるのが理想ではありますが、そのような教育委員を育ててゆく土台がない状況では絵に描いた餅でしょう。

 再び、さらにミクロの問題に戻りますが、保護者の立場から関心をもつ問題というのは、愛国心教育とか「美しい国」ではなく、小学校から英語教育を行うのはどうかなあとか、算数がどうしてこんなにできないんだろうとか、良くも悪くも「下世話な」話です。失礼ながら、石原都知事の国語が第一という主張は、浜松の郊外で議論されているレベルと、文学その他への造詣では石原都知事の深みにはおよびませんが、おそらく行政上の問題としては大差がありません。露骨に言えば、指揮官や将校クラスがそれほどでも、下士官が強いというのが日本の特徴として自虐的に語られることが多いのですが、浜松のように東京から独立心の強い地方都市で会話をしていると、より強く実感します。

 教師の立場からすれば、最も関心が高いのは生徒の学習意欲をいかに高めるかということに尽きるようです。山間部で勤務をすれば、中学校でも1学年に1クラスというのが当たり前になります。そうすると、学年によるバラツキが大きく、教育内容も相手によって工夫してゆかなくてはなりません。能力の低いクラスでは定期試験以外に小テストを何度も実施して、問題を公表し、この中から出すから真剣に勉強するようにといった工夫もしているようです。昔も今も、教師の役割というのは、ピーマンが嫌いな子どもにハンバーグに細かく刻んだピーマンを食べさせて少しでも偏食をなくそうとするお母さんたちの苦労となんら変わることがないものです。教育の理念を語ることは容易ですが、教育の実務は無数のノウハウの蓄積に他なりません。なにも、教育に限らない話でしょう。そういった当たり前のことを忘れて、法律や制度いじりをしていれば、現役世代の日本国民の多くは実際的な仕事に携わっているわけですから、大多数の安倍政権が無能な政権と映ることは必然にすら思えます。

 今回は、教育の問題を取り上げましたが、他方で、このような細かい実務的な問題は総理マター、あるいは官邸マターではないのでしょう。だから、安倍総理がこのような実際の教育現場に疎いこと自体は、それ自体としてはあまり問題ではないと思います。機微に通じた閣僚を選び、「丸投げ」をすればよい話です。閣僚ですら、ここの地域問題となれば把握するのは困難でしょう。その場合には基本的な政権としての方向性を維持しながら、分権化すればよい話です。

 私は固有名詞に弱いのでどの方がどの閣僚にふさわしいのかはわかりません。ただ、分権化された社会を意識的に調整し、場合によっては調整せず、実際的に仕事を進めることができる閣僚を配置しなければ、私自身も安倍総理は無能だという評価になるでしょう。同時に、以上のことは安倍さん以外の方が総理でなくても、問われる問題です。対外的な危機の可能性から安倍政権への支持を訴える方、逆に安倍政権の統治能力に疑問を呈する方、様々ですが、現代の先進的な民主主義国家は非常に分権的である以上、分権的な諸部分を意識的に制御するとともに、半ば盲目的に分権化された枠の中でしか行動しない、私もその一員ですが、大多数の人たちを上手に説得し、誘導し、教育するのが現代の民主手主義国歌におけるリーダーの役割だと思います。安倍総理を擁護する方たちの中には、10ヶ月程度で業績・能力の判断はできないと主張される方々もいらっしゃいますが、これは、主張されている方々からすると心外でしょうが、参院選で実績勝負に出た安倍総理への痛烈な批判にもなっています。

 私自身は、次の1年間が安倍総理への最後の「賭け」だと考えております。無節操で、いかれた外道の私には、この国の安全を守ることが第一、繁栄を守ることが第二であり、それを実現する力量を安倍総理以上に備えている方がいらっしゃるとすれば、そのような方が安倍総理にとって代わることになんの違和感もないものですから。