2007年09月12日

「善意」の総理 辞任表明

 まるで糸がぷっつりと切れたように、安倍総理が辞任を表明しました。あれこれ裏舞台は読むことは、私の得手ではありませんので、何も考えずに、安倍総理の記者会見の言葉を追ってゆきましょう(時事通信では代表質問が行われる直前に「健康上の理由」で代表質問にでることができないと自民党幹部から民主党幹部へ伝達されたことが報道されていますが)。『毎日』が記者会見での「発言」全文「一問一答」の全文を配信しているので、こちらを読んだ上での感想です。当然ではありますが、「首相官邸ホームページ」にもまだ掲載されていないので、素直に一番、読みたい記事を配信した毎日新聞社はありがとうございますというところでしょうか。

 まず、「発言」と「一問一答」の全文を読むと、「美しい国」という表現は姿を消し、「戦後レジームからの脱却」は2回ほどでてきます。これと9月10日の「所信表明演説」を比較してみましょう。「新しい国創り」という表現が冒頭部分で用いられていて、「一問一答」でも用いられています。今更ではありますが、政権の看板の難しさを感じます。「美しい」という表現は、人々の主観に依存する部分が大きく、このフレーズを耳にするたびにどうかと思いましたが、所信表明演説の段階で安倍総理が路線の修正を図ろうとしていたのかはわからないのですが、最後の方で「美しい国」という表現がでてくるものの、「国民一人一人が、日々の生活において、真の豊かさ、潤いを実感できるようにすること。すなわち、『美しい国』創りを進めていこうとするものであります」とあり、抽象的ではありますが、いわゆる「安倍カラー」の薄い内容になっています。「戦後レジームからの脱却」は所信表明演説の冒頭部分ででてきますが、こちらは従来からの内容と大差がないように読めます。この所信表明演説全文を「第166回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説」(2007年1月26日)と比較すると、骨格は年金などを除くとあまり変化がないのですが、個々の方針の具体策へ言及が少ないことが目立ちます。また、冒頭部分は参院選での敗北に関する「反省」と「覚悟」に多くがさかれていて、なおかつ改革の続行とその軌道修正について触れられています。全体として今国会での所信表明演説は、「受身」と「淡白さ」が目立ちます。後付ではありますが、9月10日の「所信表明演説」の段階で、既に、安倍総理はいつ辞任してもおかしくない状態だったのかもしれません。

 問題の記者会見での安倍総理の発言ですが、いわゆる「テロ特措法」が内閣の主要課題であり、全力を尽くそうとされたことを、使われている言葉は総理の発言としてはやはり「力み」を感じますが、述べられています。そして、唐突に小沢党首との首脳会談が断られたことが唐突にでてきます。続いて「局面打開」が強調され、「政治の空白」を生まないように党五役に伝えたことが述べられています。辞任を正式に表明された安倍総理には失礼ですが、この発言を読んでも、なぜ、このタイミングで辞任をするのかがまったくわからないというのが率直な感想です。まず、「テロ特措法」の延長についてですが、安倍総理が政権を去っても、「局面を打開する」どころか、困難な状況が変わるとは思えず、むしろ、新総裁を選出する空白期間が生じることを考えれば、事実上、延長は不可能に近い状態になったと思います。さらに、新総裁・新総理が選出されるまでは安倍総理は総理に留まるわけですが、この間は国政が停滞することになるわけで、事実上、「政治の空白」を自らつくってしまったと思います。この発言を表面的に読むと、安倍政権は閣僚だけでなく、内閣総理大臣という地位の価値を大きく減じてしまったように思います。

 辞任の直接の契機が、小沢党首との会談が困難になったというのも理解できないです。小沢党首自身が報道に誤りがあるという発言をしており、私自身が永田町の「礼儀」に疎いのでよくわかりませんが、「ご挨拶に参ります」という話が国対を通してやりとりされ、「挨拶ならけっこうです」という返事がきたとて、話し合いが不可能なのかどうか。もちろん、このやりとりを字句どおりに受け取るのはあまりにナイーブでしょうが、辞を低くして会談を申し込んだのにもかかわらず、断られたと総理が感じたのでしょうか。いずれにせよ、辞任の契機が党首会談の見通しが立たないことというのは、理解不能です。

 言い換えれば、既に、安倍総理は政権運営を行う意思を失っていたようにも思えます。参院選の惨敗後も総理を続投するのは非常に困難な決断で、私はこの決断を今でも評価しておりますが、内閣改造直後に農水相の辞任があり、安倍総理自身の士気が低下していたことは、自明なのでしょう。9月9日のAPECでの発言後、9月10日の所信表明演説、12日の辞任の表明という流れからすると、安倍総理の意志がいつ途切れるのかという状態だったのかもしれません。

 ここで少しだけ深読みをしますと、テロ特措法の延長が本線として、(1)民主党を含め、日本国の事実上の総意として延長を決定する、(2)民主党の説得を諦め、衆院での圧倒的多数で延長を決定する、(3)延長を断念して新法で望む、などの選択肢が存在することがいろいろなところで指摘されています。党首会談に関しては、小沢党首が相手ですから、仮に会談が成立しても説得できるかどうかわからないでしょう。ただ、あまりに淡白な「終わり」を見てしまうと、自信はありませんが、米駐日大使も手を焼いた小沢党首を説得してなんとか(1)を実現したいというのが安倍総理の考えだったと想像します。さらに妄想をふくらませると、頑固な民主党をなんとかできないかというやりとりがAPECでの会談であったのではとも。仮にそのようなやりとりがあったとしても、安倍総理がブッシュ大統領の言葉をどのように受け止めたのかが、はるかに問題だとは思いますが。妄想はともかく、いずれにせよ、海自の活動を継続するという実だけでなく、民主党の意向も踏まえて政策論争の余地はあるにせよ、政争の具にせずに、「テロ特措法」の延長する「名」も実現したいというのが、総理の意向だったのではと思います。

 さらに妄想を膨らませると、私も(1)がベストであるとは思いますが、次善の策である(2)、場合によっては現行の法律よりも望ましい恒久法を制定するという(3)などを選択する余地はあったわけで、そこまで粘る意欲がなかったということは、(1)以外の選択肢を総理が好まず、あるいは実現が不可能だと見て(1)を選択し、なおかつ、党首会談が不成立だったことで、(1)の実現可能性がなくなったという判断をされたのでしょう。そこには既に続投意欲が低下していたことも作用していたのでしょう。露骨に言えば、進退発言で自らテロ特措法が政争の焦点になる状態をつくってしまい、打つ手がなくなって(あるいは総理がそのように認識して)、あっけなく政権を放り出してしまったように見えます。以上が、表面的な観察と妄想にもとづく安倍政権の「終わり」です。

 安倍政権支持を掲げながら平気でこんなことを書いてしまうので、本当にいかれた「外道」だと思います。この時期には安倍総理はご自身の「善意」を抑えつつも、つい発露したというかんじでしょうか。それでも、今年の3月に入ってから、安倍総理の「誠意」あるいは「善意」が悩ましく、「空気読めない(KY)」と揶揄されるのを見ながら、読んじゃいけない場合もあるからなあと思っていましたが、「善意」の「空回り」をおそれておりました。政界をウォッチしているわけではない、ド素人の「寝言」ですが、「善意」の総理は、「善意の人」であるがゆえに、自ら政権を投げ出す結果となったと考えております。あまりに意外な「結末」ですが、もって冥すべしと自分自身に思い込ませるしかないのでしょう。さすがに獅子咆哮弾もでないほど、気が沈んでしまいました。

 それにしても、安倍総理に期待した日米同盟の強化は、どこへゆくのでしょう。シャボン玉を追っているような気分になります。美しくなくても、日々、私のような、明日くたばっても、誰一人として困らない、オヤジがのおのおと生きている国を維持していただければ、十分なのですが。


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