2007年10月03日

「新BSディベート:日中国交正常化35年」を視聴して

 こちらを拝見していたら、伊藤洋一『スピードの経済』(日本経済新聞社 1997年)を文庫化しようという計画があったのに、ご自身が潰してしまったとのことで、ちとがっくり。今日では「ドッグイヤー」とか陳腐化した用語が多数、含まれているとはいえ、市場経済のダイナミクスをあれほど専門知識が乏しい人にもわかるように書いてある本はまれなので、これは嫌味やお世辞ではなく、本当にもったいない。『日本力。』もよい本だと思いますが、やはり若い人に読ませたい経済書としては、『スピードの経済』が勝るように思います。もったいないなあ。

 思えば、「四酔人シリーズオフ会」に参加させていただいたときに、伊藤師匠に私が不躾な質問をしてしまい、伊藤師匠が一瞬、リアクション不能に陥り、それを見ていたかんべえ師匠が「プッ」という笑みを浮かべておりましたなあ。あのあたりで「極悪」のネーミングが頭の片隅にあったのかもしれません。

 前置きはこれぐらいにして、「新BSディベート:日中国交正常化35年 新たな関係をどう築くか」(NHK BS)を見ました。日曜にゆっくり時間がとれないので録画ですが。HDDレコーダーはあるのですが、CATVのチューナーといったいのものでDVDに落とす機能がないので、『風林火山』は怖くて録画できないんですね(約24時間が録画限界)。雪斎先生の記事を拝見していて「しまった」という感じ。「日中国交正常化35年」は、NHKの番組にしてはずいぶん踏み込んでいて、ちょっと驚きました。もっと、まどろこっしい番組かなと勝手に先入観を抱いておりましたので。ちなみに、こんな記事を書きましたが、仕事とその他でお付き合いする中国人のイメージは全くといってよいほど違うので、世間じゃこんなに「嫌中感情」があるのか、私があまりに牧歌的なのかと落差を、この1ヶ月ぐらいで感じたしだいです(シイタケだけは許せないのですが)。年上だったり、同世代ぐらいですと、完全に「堕落」して民主主義+市場経済にどっぷりとつかって私みたいな最悪の俗人ともワイワイガヤガヤ。間違っても、道で痰を吐いたりしませんね。若い人など下手な日本人より礼儀も正しいし、頭もはるかによいので、(私を「先生」扱いするのでこれは止めさせようと思っておりますが。「知的荒廃」を他者に広めるほど厚顔無恥ではないので)こういう「頭脳」をどうやって日本に取り込んでゆくのか、とてつもなく悪い頭で「悪知恵」を働かそうとしております(『らんま1/2』で精神的に堕落させるのは完了。怖いんですが、下手な日本人より麻生太郎ファンになってしまい、今、「フフン語」の特訓中。やっぱりだめか…)。

 ……失礼しました。番組の話に戻ります。外交関係などの話もおもしろいのですが、NHKのBSだからなのでしょうか、NHKにしては率直な意見がでていたように思います。もっとも、これは地上波・CSに限らず、テレビの討論番組をめったに見ないせいでしょうか。中国の経済成長が「脅威」であるかについては、番組内では「脅威ではない」という一致があったように思います。経済という次元に限れば、私もほぼ同意見です。番組ではGDPの金額ではなく、1人あたりのGDPでは中国が日本にキャッチアップするのは困難だという点を議論されておりましたが、現実的な見通しは別として、仮に中国が1人あたりのGDPで日本を上回ったとしても、「驚異」ではあっても、「脅威」ではないでしょう。日本が「経済大国」であるということに、この国の誇りを見いだす方は別として、他国の経済成長がこの国の経済を停滞させるというわけではなく、感情的な意見が生じるのはやむをえないにしても、経済レベルで中国が裕福になることがこの国の「貧困」を意味するわけではないでしょう。他方で、中国経済が世界経済で占める割合が増大するにつれて、中国経済の混乱が世界経済に打撃を与える程度は、徐々にですが、増大してゆくでしょう。後半で問題になった中国製品の品質・安全性は、確かに世界中にごく短時間で情報が流れるという状況で過度に警戒されている側面があるのでしょうが、むしろ、それだけ中国経済の問題が世界に与える影響を増していることを示しているのでしょう。

 ちょっと驚いたのは、長期では中国企業が日本企業を凌駕し、日本企業の競争力が失われると言う指摘をされている方でした。あのような発言は、中国人から発するべきではないでしょう。その見通しが正しいかどうかという問題以前に、いずれにせよ、日本企業は中国企業だけではなく、先進国の企業やその他の諸国の企業と競争をしているわけで、MAでの遅れなど問題はあるのでしょうが、これは日本企業が努力する問題にすぎない。このような発言は、単に中国が世界を制するかのような印象を与え、「中国脅威論」を煽る、拙劣な発言のように思いました。この無神経さは、私にはわからない。「釣り」かなと思いましたが、それにしても下手くそな「釣り」だなというイメージ。

 問題は、中国の経済成長そのものというより、経済成長の果実が軍備に回り、軍拡競争(この国は防衛費を抑制どころか削減し、間違ったシグナルを発信していると思いますが)へと回ることです。1960年代後半から日本の軍事費の増加を指摘しているパネリストの方がいらっしゃいましたが、あれは冷戦期の話で現在の中国の軍拡と比較するのはあまりに時代背景を無視しており、現在の中国と事情が異なることは明白で、むしろ、冷戦期の日本をもちださざるをえないことが論拠の苦しさを示しているという印象です。討論番組はたいていつまらないのですが、多様な立場の方の発言を聞いていると、説明が苦しいということが示されることがあるという点では、それなりに意味があるのかもしれません。

 伊藤洋一さんが、政治体制としての社会主義が経済活動における個人・組織の自由な創造性を妨げているという指摘をされていました。この点は興味深い。私自身が、中国経済に関しては全く無知なので、実例(難しいでしょうけれど)があるとこの点は議論が深まるでしょう。ただ、政治体制の相違は、後半の、とりわけ環境問題では深刻だと思います。露骨に言えば、たとえ中国共産党の一党独裁体制が経済活動にとって制約になっていたとしても、それは中国の成長を制約するのであって、その他の国にとってそれほど問題かといえば、それ自体は中国の問題であって、他の国にとってそれほどの問題ではないでしょう。中国で事業を行っている企業や中国内の事業所と取引がある場合には、中国の政治体制というよりは、法制度の問題は深刻でしょうが、少し区別をした方がよいのかなと思います。

 最も違和感を感じたのは環境問題に関する話ですが、品質や安全性に関する中国当局者の発言。なんとなく途上国だからという言い訳が目立って、これでは中国製品にたいする不安感を煽るだけではないかという印象を受けました。知り合いで中国繊維を扱っている人に聞いた話では、中国製の生地もランクがあって、あるランクを超えると、質はかなり高い。しかるに、中国のWTO関係者だったかな、中国製品にも上・中・下があって、最終的には消費者の問題だという発言をしていたのには、スタジオと同じくひいてしまいました。こちらでは、あくまでネタですが、「無責任なことを書いてしまうと、支払い余力のない方にはリスクをとってコストが低い製品を選択する余地を残すためには、中国製品も必要ではないかと」などと書いておりますが、中国当局がこのようなメッセージを発してしまうと、品質も高く安全性も高い製品まで忌避されてしまう。やはり、政治体制と自国への過大な「忠誠心」が中国の信用を損ねている印象をもちました。

 中国の環境問題は疎いのですが、五島列島で光化学スモッグが発生しているというのは、恥ずかしながら、あの番組で知ったので、無知そのものです。石川好さんだったかな、この点では中国への国際協力が必要だという点で一致しましたねとまとめておられましたが、私はまるでそんな感じがしませんでした。番組では、スタジオでの参加者に加えて、北京の学生さん、上海のビジネスマンの方などが参加されていましたが、みな口をそろえたように国際協力が必要だと主張していて、それは理解できないではない。しかるに、中国ではこれだけの努力をしています。近隣諸国にも影響が出ていて、これにも中国に責任がある。ただ、それを中国だけでは解決することはできない。だから、具体的な分野を指定して、この分野では中国へ協力してほしいという、普通だったらそういうロジックを立てるだろうと思うのですが、とにかく技術を移転してほしい、協力してくれでは、問題が解決しそうにない。中嶋嶺雄さんが「もう手遅れ」と発言していたのに、伊藤洋一さんが猛烈に反発していて、そんなことを言ったらなにも進まないじゃないかというのは理解できるのですが、中嶋さんとは異なる立場から、これは無理だろうと。中国の大気汚染、水質汚濁などは中国国内の人たちがまず苦しんでいて、それをまず自ら解決しようとするのが筋だろうと。そのような努力に関する言及がなく、やれ国際協力だ、やれ技術移転だというのでは、仮に実行したとしても、中国がそれを国内で真剣に解決しようとするために利用するのか、信用ができませんね。

 極論すれば、資金とノウハウだけ受け入れて他国に製品やサービスを売りかねない。まず、中国国内で環境破壊を抑制するための仕組みをつくり、中国自身が支出し、努力をした上での国際協力であって、そのような意欲を感じない状態では空理空論ではないかと。国際協力をするというのなら、中国にある程度、プレッシャーをかけた上で独自に対策を打つしくみを明確につくり、実際に活動を行った上で、足りない部分を協力するのが筋で、そのようなしくみをつくるために国際協力をしたところで、それが本当に環境対策に回るのか、確証がまるでもてませんでした。露骨に言えば、あの番組内での中国人の発言は、自国の環境破壊に他人事のようで、各国が協力するのが当たり前だととられてしかたがないものが目立っていました。国際協力を受けるのなら、当然、内政干渉という問題ではなく、中国自身が環境破壊に対して目に見える取り組みを行うことが前提でしょう。そのような「外圧」ぬきで協力などありえない。

 岡崎久彦さんは、日本人と中国人の違いとして、日本人は腹を割って真情を吐露するのと対照的に中国人は自分にとっていかに有利になるかということを踏まえて相手に耳障りのよいことだけを述べるという対比をされていたことがあったと記憶しています。これは、中国人を貶めようと言う意図ではなく、中国人が大人だということでしょう。中国人を相手にするときには、こちらも自らの利益を明確にして主張することが肝要だということです。ただし、あの番組を見る限り、中国共産党の一党独裁体制の下で一方的に自己利益のみを主張し、他国と互恵的な関係を築こうとする人材が十分に育っていないという印象を受けました。番組のサブタイトルである「新たな関係をどう築くか」という点に関しては、日本単独でやるべきこともあるのでしょうが、利害を共通する国と中国に対して「外圧」をかけ、中国が一方的に利益をえさせるような関係ではなく、通常の互恵的関係を築くことが必要だと思います。日中でも互恵的な関係を築く基盤が欠けている以上、「アジア共同体」というのは現状では「幻」でしかないないと思います。あえて、アジアという枠にとらわれることなく、アジア以外の国々とも協力して中国を自由で民主主義的な世界に包摂して行くことが肝要であるということが、今日の「寝言」です。

 この番組の底流にある中国の国内体制と経済の関係は非常に刺激が大きいのですが、この点は、機会があれば、また考えたい問題です。