2007年10月04日

映画を観たい!

 水曜日は会議が集中しておりましたが、どの会議もスムーズに終わって快適。たいていは発言を求められないと、発言しないタイプなのですが(職場で見られていると非常にまずいのですが、余計な発言をして会議が長引くのがおそろしい)、発言するときは、時計とにらめっこ。2分を超えたら、自分でも「ダメだこりゃ」となります。1分で説明できない話は、たいてい頭の整理ができていない。もちろん、複雑な要因分析やデータの話は1分では無理ですが、結論とざっと論拠を述べて終わり。関心があったら、じっくり説明することもありますが、こちらから説明しにゆくほどマメではないので、尋ねられない限り、こちらからぎゃあぎゃあ言うこともないだろうというところでしょうか。若い人に「難しくてわからないのですが」と説明を求められたときに、「40秒で一回だけ説明するから」と言って、「すまん。15秒ほどオーバーした」と言ったら、苦笑されたこともあります。酒を飲んで漫談というのも悪くないのですが、最近は体力的に疲れてしまうことも多く、ごく親しい人だけに限ってしまいます。基本的に付き合いが悪いだけですが、私が声をかけたときには面倒だなという顔をしていたのが、いざ飲みだすと、5時間近く相手がしゃべり続けることもあって、聞き役に回るほうが多いかも。「寝言」は長いんですけれどね。


 こういう習慣はよろしくなくて、最近、他人の話、とくに講演を聞くのが苦痛になって、有名な方の講演などでも30分が限界ですかね。集中できるのが最初の10分程度。そこで面白い話がないと、話し手が売れている方でも聞く気がまるで起きない。無料で呼んでやったのに、あいつ寝てやがったなんてしゃれにならないこともあるので、こちらから出向くことはほとんどありません。そんなにせわしない性格ではないつもりなのですが、案外、自覚がないだけかもしれません。

 おかげでテレビを見るのが苦痛になり、映画も見なくなりました。中学時代あたりには映画マニアの友だちがいて、『地獄の黙示録』はとりあえず見ろといわれて、親に頼んだら、全然わからない。父上は『ウルトラマン』シリーズがお気に入りで、小学生のときに連れて行ってくれましたが、「ガキ向けの映画を観る気はない」と言って以来、連れて行ってくれなくなりました。言いにくいですが、一回見れば、どのあたりでピンチになってどう盛り返すか、だいたい予想がつくので安心といえば安心ですが、眠たくなる。まあ、『水戸黄門』シリーズみたいなもんですかね。今でもやっているのやら。『地獄の黙示録』は知らんといわれてしまったので、どの局だったか忘れましたが、テレビで家族の反対を押し切って見ました。途中で茶の間に誰もいなくなって快適でした。

 それ以来、洋画にはまりましたが、映画館で観たものでは『地中海殺人事件』と「抱き合わせ」になっていた『ランボー』あたりは印象に残りました。実際は、中学時代に翻訳ででていたアガサ・クリスティの原作をほとんど読んでいたので、『地中海殺人事件』が見たかっただけなのですが、その後の経過を見ていると、『ランボー』の方が興行的には成功したんでしょうね。それ以来、『地獄の黙示録』といい、『ランボー』といい、ベトナム戦争ってなんだろうというのがあって、大学時代にハルバースタムの『ベスト・アンド・ブライテスト』を読んで、衝撃を受けた覚えがあります。

 邦画は苦手でまるで観ていなかったのですが、映画の同人サークルで『東京物語』を観たときに、感動とも違う不思議な感覚で、なんと時間の感覚がゆったりしていることよと思った覚えがあります。ただ、一回見ただけでは、現代とあまりに違うところが多くて、ストーリーを忘れてただただ、没入して時間の感覚の違いだけが印象に残りました。恥ずかしいことに検索したら、小津安二郎監督の「最高峰」という評価もあって、なるほど、「おいしいもの」を見てしまったんだなと思いました。まあ、このあたりは主観に依存するところが大なので、人によりけりでしょうけど。他にも、1950年代から60年代の映画をいくつも観ましたが、印象に残ったのが、『東京物語』だったというわけです。映画をそんなに観るタイプではないので、薀蓄はまるでわからないのですけれど。時間の流れがゆったりしているのと、調度などが古いのを除くと、妙なリアリティがあって、ストーリーを完全に忘れても、もう一度観てみたいなあと。あと、あの映画の原節子さんがお目当てでしょうか(ほとんどそれだけかもしれない)。

 週末はDVDでも借りるか、買ってこようかなと。世間は連休のようですが、連休じゃないんでね。日曜日あたりでしょうかね。それにしても、一時期、お見合いをしきりに勧めてくれる方がいて、失礼ながら、鬱陶しかったのですが、「まあ、顔も無視はできないからね」と好みを尋ねられて、「原節子さんみたいな方だったら、お会いするだけで十分ですよ」と半分、冗談、半分は本気で答えたら、その方の目が点になっていて「君の年齢、嘘じゃないよね?」と真顔で言われて、参りました(まあ、分不相応にもホドがあるとは自分でも思いますが)。だって、総理辞任や総裁選のおかげでテレビを何週間かぶりに見て、タレントと呼ばれる人たちがでているコマーシャルも見ましたが、「きれいだね、フフン」どまり。「きれいだな……」とはまるで異なります。 

 ……。だんだん、私も「フフン」に汚染されてきているようです。
posted by Hache at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言