2007年10月05日

日本の近代化 中国の近代化

 中国ネタを書いていると、面白い話が聞けたりします。私は中国の土地勘がまるでなく、NHKの番組のおかげで無知であることをあらためて思い知らされたのですが、なんでも「マッコンキー」なるファーストフード店が中国国内にあるというネタが日本のテレビ(別の局)で流れたとか。聞いて、唖然としましたが、名前の通り「マクドナルド」と「ケンタッキー(KFC)」を組み合わせた店の名前で、HPまであるそうで、探したのですが、私のつたないネット探索技術では見ることができませんでした。お店の外観は、KFCのように赤と白を基調としていて、トレーに乗せてある紙には五輪のマークがバッチリ。まるで、オフィシャル・スポンサーに見えるとのことでした。日本のテレビ局が、「マッコンキー」のHPを見つけて、そこにはアメリカで1950年代(あるいは60年代)創立とあって、「本社」に問い合わせたところ、「いやあ、そんなことありませんよ。この、6、7年で販売を始めたところです」とか五輪のオフィシャル・スポンサーかとの問いにも「そんな事実はないですね」と悪びれることもなく、答えていたとか。罪悪感を感じることもなく、日本企業のように「不祥事」を隠そうとする雰囲気すらなく、すごい応答だったそうです。なんていうのか、中国のWTO関係者が中国製品の質の問題について「消費者の問題」と言ってしまう感覚と共通するものを感じました。まあ、このあたりは伝聞情報でまるで裏がとれていないので香ばしい「ネタ」(馬糞臭いと書いてしまうと、馬に失礼か。奈良でも鹿の糞はそんなに臭わないですし。あ、「馬は馬。鹿は鹿」とあの国では言ってはならないんでしたっけ。権力者が鹿をもってきて「これは馬だな」と言ったら、「左様でございます」と言わなくては)として楽しんでおります。

 「新BSディベート:日中国交正常化35年 新たな関係をどう築くか」(NHK BS)ではいろいろ示唆に富む発言がありましたが、伊藤洋一さんが中国のGDPに個人消費が占める割合が約4割という数字が印象に残りました。通常、高度経済成長の基点とされる1955年度の実質GDPの総額が、約48兆1,073億円で民間最終消費が31兆3,499億円ですから、GDPに占める民間消費の割合は約65.4%。なお、2006年度ですと、この割合は約55.2%です。中国のGDPの内訳を調べたわけではないので迂闊なことは書けませんが、政治体制の違いを無視しても、中国が民間部門が中心の市場経済の国であるかどうかは少し留保が必要かもしれないと思います。日中戦争以来、戦時統制経済のおかげで戦前の日本経済が市場経済ではなかったかのようなイメージが強いのですが、中村隆英先生は1930年代を戦局の悪化とともに戦時統制の色が強くなる時期であると同時に市場経済が発展する可能性があったことも指摘されています。

 同番組ではしきりに現在の中国が、明治維新と戦後復興と高度成長を同時にやっていると主張されている方がいらっしゃいましたが、なんとなく違和感がありました。先進国へのキャッチアップという点に関しては、戦後の高度経済成長を思い浮かべるのが普通なのでしょうが、戦前の立憲政体の確立に集約される明治の近代化は多くの犠牲を払いながらも、政治体制や法の支配の確立という点で成果を残したと思います。民法や刑法などは戦前の条文を時代の変遷とともに手直ししながら使っているわけですし。さらに、明治期には条約改正が外交上、最大の懸案の一つでしたが、政治体制や法の支配の確立などの近代化と同時に対外戦争などで日本の実力を示すことで一歩一歩、達成してゆきます。まあ、こんなことをあらためて書くのが憚られるのでよしますが、日本の近代化というのは、10年や20年という底の浅いものではなく、100年以上の歳月をかけて成熟してきた「果実」であって、現代の日本人はその「果実」を謳歌しているに過ぎないというところでしょうか。

 他方で、中国の場合、1937年の盧溝橋事件以後の戦争が強調されますが、百年単位でみれば、日清戦争で伊藤博文・陸奥宗光のド迫力の「極悪」コンビが清王朝を叩きのめして以来、自力での近代化を図るチャンスがほとんどなく、欧米列強に蚕食されてしまいます。そのあたりは「惻隠の情」をもたずにはいられませんが、自力で政治体制や近代的な法の整備を行ったという期間があまりなく、歴史的背景があまりに違う印象があります。現在の中国の「異質性」を政治体制の相違に求めるのは説得的に見えますが、私には「民主化」が進んだとしても、近代化の底が浅い中国が本当に変わるのだろうかという疑問があります。ありきたりな「寝言」ですが、中国には過大な期待値も過小な期待値ももたないという意味で、「幻想」をもたずにそういう国だとわきまえた上で適切にお付き合いすれば十分だろうと思います。

 昨日は、めまいがひどく、部屋をでることすらできない状態でしたが、今日はなんとかふらつく程度まで回復しました。季節の変わり目に、気温や気圧、湿度の変化などにより、突然、めまいがくるのでやっかいです。そんなふらついた状態ですので、「論旨」もふらついているのはお許しを。

【追記】

 さすがに中国のGDPデータを見ずに、民間部門中心の市場経済かどうか疑わしいというのは乱暴なので、ネットで入手できるデータを探してみましたが、実に読みづらい。日本語のHPだからというわけでもなさそうですが、産業別GDPが先にきて国内総支出が後回しというのも、見慣れない感覚です。BEAのHPでアメリカのGDPデータを見れば、細かいところで日本とは異なる支出項目がありますが、構成はほぼ同様です。しかるに、中国のGDP統計では最終消費ではさすがに民間部門と公的部門の区別があるのに、固定資本形成ではこの区別がない。こんなGDP統計ははじめて見ました。ちょっとびっくりですね。

 さらに、金額が「当年価格」で成長率は「実質」というのも、ちょっと絶句します。見たことがないなあ、こんなGDPデータの示し方。一つの表で「名目」と「実質」をごちゃごちゃに示すというのも、初めてです。そんなわけでちょっとおっかないのですが、『21世紀中国総研』HPで見たデータは出典が明確なのでとりあえず、「信用」して、2004年のデータを見てみましょう。なお、いろいろ「ケチ」をつけておりますが、『21世紀中国総研』のデータにいちゃもんをつけているのではなく、おそらくですが、原データの問題だと思いますので、念のため、付記します。

 まず、2004年(余計なお世話でしょうが年度(fiscal year)なのか暦年(calendar year)なのかも注すらもないのでわからないのですが)のGDPの総額は、約14兆775億8千万元です。同年の個人消費が約5兆9048億3千万元ですので、GDPに占める割合は約41.9%になります。他方、「政府消費」は約1兆6381億8千万元で約11.6%。理解に苦しむのが総資本形成で、固定資本形成と在庫増減に区分されているだけで、固定資本形成の内訳を民間と政府に区分されていない。これでは訳がわからんのですが、固定資本形成の金額は、約6兆1358億6千万元で個人消費を上回り、GDPに占める割合は約43.6%。純輸出が約3517億6千万元ですので、同割合は、約2.5%。ちなみに2006年(暦年)の日本の場合、純輸出(財貨・サービスの輸出−財貨・サービスの輸入)はGDPの約3.6%。あくまで財市場に限定しての話ですが、海外への「依存度」は日本よりも低いといえましょう。他方で固定資本形成が民間部門と政府部門に区分されていないので、市場経済とはいっても、民間部門が中心なのか、そうでないのかはこの統計ではやはり留保をつけざるをえないでしょう。少なくとも、このデータを信用すると、中国の成長は民間部門と公的部門の区別がつかないにせよ、投資を中心とした要素投入型の成長という印象でしょうか。TFPを計算しないと印象にすぎませんが、こんな粗いデータでTFPというこれまた粗い計算すらする気が起きないです。

 ちなみに、中国のGDPデータはまるで信頼できないという「ジャーナリスティックな批判」はあたらないそうですが、説明にある「社会総生産額」と「GDP」の関係を示した図は非常にわかりづらいです。「物的生産の純生産額」というのは、サービスなど第三次産業を除いた付加価値を意味するのか何なのか。とにかく全体の印象は、非常に不透明で、それが「ジャーナリスティックな批判」を招くのではと思いました。余談ついでに、省レベル地方統計と国家統計で前者が過大に金額を計上する傾向があるのは、相変わらず、「中央」が「地方」を統制下におく困難さをよく示しているなあというところでしょうか。

 とりあえず、「ゲテモノ」のデータを見ていると、めまいが再発しそうなので、この辺で打ち切るのがよいのかなと。先進国のデータは、英語でも非常に見やすいので、相対的に心理的な不安(GDPデータは基本的に推計ですので誤差を免れることはできない)が少ないですから。推計結果の「信頼性」の言い訳が真っ先にくるデータとはあまりお付き合いしたくないというのが本音ですね。


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posted by Hache at 10:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言