2007年10月07日

私の「意匠」

 まずは、ほのぼのする話から。ちゃみ様のおかげで、「マッコンキー」(正式名称:麦肯基)の「正体」は、偽マックとのこと。「本家」マックの中国版のHPもご紹介頂き、重ね重ね、御礼申し上げます。これまでドラえもんとキティちゃん人形の「パクリ」を見たことがなく、知人の「いじめ」に遭いましたが、NHK(BS)の番組のおかげで、なんとか半人前になりました("made in China"というより"made by Akane Tendo"かいなと。しかるに原作17巻の雑巾代わりにされたスポーツタオルの「刺繍」(天道あかね作)を見ると、「パクリ」に失礼か)。偽マックで一気に「キャッチアップ!」てな感じでしょうか。

 台湾海峡「危機」の本筋はやはり"The Strategic Value of Taiwan"(英語が面倒な方はこちらをどうぞとあからさまに誘導してみるテスト)と考えております。上記で引用させていただいた門脇先生のシナリオは、ほとんど起きないであろうと。もちろん、「一寸先は闇」ですから、一旦、有事となった場合を考えないというのはおかしな話です。ただし、やはり確率は非常に低いだろうと。

 それでは、なぜ、この佐藤空将のブログから引用させていただいたかといえば、昨今の防衛に関する議論でなんともいえない違和感があり、書き手の意図を離れて、その理由のありかがわかったという感覚です。端的に言えば、台湾海峡で米兵が命を失っている状況の下で、米軍基地の使用を国会承認にするかどうかで揉めかねない(このあたりは寒気がするほどリアリティを感じてしまいます)お寒いこの国の現状です。率直に言えば、台湾でアメリカ人が血を流しているときに、日本が基地を貸しました、同盟国として責務を果たしましたなどと言えば、同盟破棄はきついでしょうが、戦後、中国をパートナーとする道を私なら選択します。アメリカを支援した国を見捨てて、台湾を攻めた国とくっつくというのは変じゃないかと思われるかもしれませんが、台湾に武力行使するなど乱暴なことさえしなければよく、有事に基地を貸すのがやっとの同盟国などお荷物そのもの。そんなものは仮定に仮定を重ねた話で、得手勝手な空理空論だと思われるなら、それでいいと思います。

 「時の最果て」みたいなちゃらちゃらしたところで書くのが憚られるのですが、「テロ対策特別措置法」をめぐる議論を見聞きしても、なんともいえない嫌悪感があります。それは、自衛隊をだすということの重さに関する感性の欠如です。「寝言」なんぞ書いている奴に言われるまでもない、そんなことはとっくに承知しているというのなら、結構な話です。それなら、この国も将来にわたって安泰でしょう。私のおかしな感性ではまるでそんな気がしないです。自衛隊を「派遣」(この時点で不吉な感じですが)するべきである。よろしい。それでは、なんのために自衛隊を海外へ送り、リスクを負うのですか?

 そんなの決まってるじゃないか、テロリズムの撲滅、あるいはテロ組織の解体だ。給油活動の方が同盟国であるアメリカだけでなく、国際的にも評価されている。いや、ISAFに参加した方が、本来のテロ対策に近い話だ云々。別に、この種の議論をバカにしているわけじゃあ、ありません。じゃあ、なんのために自衛官の方々の命をリスクにさらすことをするのですかと重ねてお尋ねしたいのです。

 あるいは、台湾海峡で中国が台湾を攻めた。これに反発して米軍が台湾防衛で血を流している。この想定自体、極論ですが、さらに極論を重ねましょう。アメリカから自衛隊の支援の要求が来た。さらにありえない仮定を重ねましょう。この場合、武力行使と「一体化」する行為も憲法違反ではない。「戦闘地域」へ自衛隊を出せますよと。そのとき、自衛官の方々は何のために命を危険にさらすのでしょう?

 そんな非現実的な仮定に仮定を重ねた話などどうでもよいというのが正常でしょう。それも、一つの「処生術」でしょう。いかれた「外道」である私にはそうは思えない。インド洋で給油をする、イラクで復興支援を行う。今のところ、幸い、死者が出ておりません。しかし、給油もまかり間違えば自爆テロをくらわないとも限らず、空自の活動もミサイルをくらうかもしれない。自衛官の方々を海外へ送り出しているのはなんのためですかという根本の部分で私にはなんともいえない違和感があります。

 私みたいな突拍子もないことを平気で言ってしまう人間からすると、テロ対策のためといい、イラクの復興支援のためといい、畢竟、「お国のため」でしょう。「あんた、バカあ?」と思う方はそれでけっこう。他にもっとためになるサイトや書物は世にたくさんあります。「寝言@時の最果て」のようないかれたブログなど捨ててしまえばよい。この国の、すべてとは思いませんが、防衛論議はどうかしているところがあるように思います。自衛隊を国として送り出す以上、活動自体が直接はそれが利他的な目的に奉仕するものであっても、けっきょく、日本人のためだというのが当たり前じゃありませんか。今日の国際関係は複雑になり、単独で自国の安全を守ることなど難しく、アメリカですら、他国との連携を図る時代です。古典的なリアリズムでは解決できない問題も多いのでしょう。しかし、国として自衛隊を送り出すのなら、それは、日本人のためであって、活動の成果が他国への貢献であっても、それが日本人あるいは日本国のためであるということを忘れてしまっては、なんのために国として送り出すのか、まったくわからなくなってしまいます。

 「国際貢献」ならば別に自衛隊でなくても、民間人でもできるわけで、崇高な理念に奉仕される方に等しく敬意を払います。ただ、自衛官の方々を特定の理念のために犠牲にするわけにはゆかぬ。国というのは曖昧とした、実体のあるようなないような微妙な「なにか」ですが、その「なにか」が武装しているとはいえ、生身の日本人へ命を賭すよう、命じることができる。そのとき、国という「なにか」が特定の理念であっては困る。国という「なにか」は、ありとあらゆる理念や考え、大多数の人が愚劣だと感じるもの(「寝言」もそう)さえ排除せず、それらを含んで「公」をなしているのでしょう。そして、自衛官の方々は、その国に命を捧げている。私みたいな愚劣な凡人は、ただ、その姿に敬意を捧げるだけです。

 それにしても、「麦肯基」ですっかり和んでしまいました。私は連休ではないのですが(けっして僻んでいるわけではありませんよ。文字通り読んでいただければ、幸いです)、様々な方々のコメントを拝読して、刺激を頂戴しました。お礼としては粗末なもので恐縮ですが、「時の最果て」のお約束と参りましょう。


ここは「時の最果て」。すべては「寝言」。

よい連休を!