2007年10月10日

「迷い」と「不惑」

 「不規則発言」を拝読しながら、10月8日が「極悪」師匠生誕記念日であることをすっかり忘れていた不届きな「(自称)弟子」であることに気がつきました。私がうっかりしているだけかもしれませんが、「地球を読む」シリーズを見かけなくなってから、『読売』を紙媒体で見る機会が激減してしまいました。「極悪」、「非道」コンビに目をつける記者の方がいらっしゃるということは、全く気がつかず、迂闊そのもの。過疎地なので書けますが、『読売』のイメージは学生時代にしつこい勧誘員のおかげで全国紙でも最低ランクでした。当時は『朝日』をとっておりましたが、「そんな新聞を読んでいると左巻きになる」とか、「まともな新聞を読め」とか言われましたねえ。地方出身者ですから、名古屋−浜松のときには『中日新聞』、静岡市のときには『静岡新聞』でして、地方紙ばかり。とりあえず、入試のために読めといわれていた「天声人語」(こちらの方が書くのが躊躇われますが、毎日読むと、こんなものかなと思ってじきに飽きてしまいました)を読もうと思って『朝日』を選んだだけなのに、「右」、「左」の話をされてもピンとこないまま、「巨人の新聞だけはごめん真っ平です」と言ったら、「ネタにマジレス」の逆と勘違いされたのか、しつこくて、しつこくて。ひどいときには一週間に2、3回、お説教を食らわされて、だんだん面倒になって、「おっしゃるとおりですね。でも、巨人だけはイヤ」で蹴散らしました。

 もっと、イメージの悪い新聞があるのですが、実名をだすのは控えます。こちらのしつこさはこの比ではなく、ほとんど毎日、勧誘を受けて(新聞社名とは無関係ですよ)、数十回ぐらい(さすがに100回は超えていないと思いますが)勧誘されて最後にそれまで一度も受け取らなかった「見本」を受け取って、ニヤニヤしながらビリビリに破いてから、「後始末、お願いしまーす」とだけ言ってさっさと去って以来、勧誘がかからなくなりました。

 それにしても、あと2年で「不惑」のはずなんですが、あっちにふらふら、こっちにふらふらで、火曜日の晩も帰り際に若手と出会って夜中の1時まで立ち話を商店街のど真ん中でやってしまう始末。酒は面倒なのでせめて喫茶店にでも「連れ込む」ぐらいするべきところを軽い立ち話のつもりが、延々4時間を越えてしまうという、いい年をして気の利かない奴だなあと自分でも呆れてしまいました。どこかに誘おうと思って時計を見たら、夜中の1時を大幅に回っていたという無茶苦茶な話で、いつになったら大人になるのやらと思ったりします。

 最初は、話がかみ合わず、だんだん、相手に「迷い」があるのに気がついて、「今のうちに散々、迷った方がいいですよ。あとでなにが役に立つかなんて予想もできないですから」などとアドバイスにもならないような話ばかり。ちょっと感心したのは、「迷う」というのは「ムダ」そのもので到底カネにならないけれど、その間にもカネがいるから、疎かにしていると怖いですよと言ったら、既に準備をしている様子で、あとは運かなという感じですね。「本体業務」の話になると、元々、薄情なせいもありますが、アドバイスをしようとか、面倒な気もおきず、「時の最果て」で書いていることよりも、「寝言」そのものになります。

 ふと思い出すと、大学をでてから朝から晩まで同じことばかり考えていた時期がありました。なにか「答え」を求めているというよりも、パーツが揃って組み立てたものの、なにかが違う。「全体」と思っていたものが「部分」にすぎないことに気がついて、再度、やり直し。いつまでたっても、「全体」と思っていたものが「部分」にすぎないことに気がつくという繰り返し。「不惑」というのは、聖人君子、あるいは「特権階級」に属する方にのみ訪れる。常なるものなどなにもないとなると、無常すらない。若い人と話をしていて、非日常を日常としている自分に気がつく。実は、「非日常」と「日常」の区別すら、年とともにわからなくなってしまう。あまり、お勧めできない「処生術」ですので、これは言葉をのみました。 
posted by Hache at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言