2007年11月14日

悪夢の証明

 なんとなくけだるい、仕事が山積みになっている日々が届きます。メールを見て返事をしなくてはと思うのですが、意味もなく、面倒になってしまいます。そんな抑鬱状態を打破したのがこちら。私ごときがご面識を頂いている「極悪」師匠、「非道」先生(ゆっくりなさってください)のこわーいコンビに無謀にもいかれた「外道」ことHacheを加えてみました。「相関図ジェネレータ」は、ひらがなのみとのことですので、「極悪」師匠は別として、「非道」先生は「せっさい」、いかれた「外道」は「はっしゅ」で試してみました。入力順は、「かんべえ」、「せっさい」、「はっしゅ」です。

はっしゅ--[知り合い]--かんべえ
せっさい--[友達以上恋人未満]--はっしゅ
せっさい--[勝ち組]--[負け組]--かんべえ

危ない、危ない。うっかりすると、「非道」先生といかれた「外道」が本当に道を外すところでした。でも、この結果は嬉しいかも。私からすると、敬愛という感覚がありますので。「極悪」師匠とは、どこまでも「知り合い」ですか…。こちらは寂しいですが、やはりテロは怖いので、この湯加減がよいのかも。そして、「頂上決戦」である「極悪」対「非道」では「非道」先生が「勝ち組」、「極悪」師匠は「負け組」だそうで、ついwin-winだろうとマジレスしそうになりました。まあ、しょせんはお遊びですからね。

 このサイトには懐かしの「脳内メーカー」へのリンクがありました。広告のうたい文句は、「アナタの脳内イメージを分析します 話題のアノ人の脳内イメージは?」とあったので、まずは、私めから。以前、試したときは確かひどい結果だったよなあと思いつつ、"Hache"を入力しました。結果は、こちら。嫌な奴です。「金」、「金」のなかに一片の「愛」。金、金、金の世の中でたった一文字の愛。寂しい限りです。

 「話題のアノ人」にはあえてかんべえ師匠を選択。結果は示しませんが、こんなものでしょう。そういえば、実名で試したことがないなあと自分を試すと、驚くことに「友」ばかり。薄情な私にはありえない結果です。

そして……。

……。

……。

……。

なんと、かんべえ師匠の実名を入力すると、私以上に驚くべき結果になりました(怖くて結果は貼れません)。根は善良で純粋な私は冗談で「極悪」師匠とお呼びしておりましたが、よもや「悪い冗談」が「証明」されてしまうとは……。話題というより憧れのあの方の脳内は……。「悪」の嵐です。「悪魔の証明」ならぬ「悪夢の証明」となってしまいました。かたや「友」だらけの私と「悪」だらけの師匠。極端な個性。なんだか、現実と「寝言」の区別ができなくなりそうです。あまりの結果に絶句するしかなく、もう寝ます。
posted by Hache at 01:47| Comment(4) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2007年11月13日

「ドル本位制」の「終焉」

 かんべえさんが「コンプライアンス不況?」を書いた。失礼ながら、泣き笑いの世界だなと。そう思っていたら、ぐっちーさんが「CDO惨禍・・本当の原因はバーゼルII?」を書いた。究極の「ネガティブ・インディケータ」(by匿名さん)が賞賛すると、碌でもないことが起きるので怖いが、知的刺激に富んでいて、楽しい。前半のCDOの分散に関する説明は、格付けという点からきれいだ。後半の「バーゼルII」の説明にいたっては、私が世間知らずで不勉強なだけかもしれないけれど、クリアカットだ。あまりにクリカットなので、疑ってしまうぐらい。ひねくれ者の私は、きれいすぎる説明を疑ってしまう。ただ、リスクウェートを「適正」にしようとするルールが、かえってリスクマネーの動きを制御不能にするというのは刺激的。世間は、株安円高で騒いでいるようだけれども、これは幸せな気分だ(もう一息で一枚追加したいのが手に入りそうだし、ドルは早々に一部放出済み)。さあ、寝よう。

 というわけで、「闇の組織」が蠢いているようですが、まじめな話は両巨頭(少なくとも、お一人は悪徳商人ですので用心する必要がありますが)にお任せするとして、「時の最果て」ではもっとどうでもいいことを考えましょう。「ドル本位制の崩壊」と書くと、おどろおどろしい感じがするかもしれませんが、 「と」の字が頭に浮かんだ方は、「寝言」に変換して下さい。案外、似たようなものかもしれませんが。というのも、経済学も経済書も無視して、私の「寝言」を書くだけですので。

 ブレトン・ウッズ体制の崩壊によって金ドル本位制と固定為替相場制の組み合わせは崩壊したものの、先進国の協調体制はまだ不備でアメリカのリーダーシップでドルを「基軸通貨」とすることで変動為替相場制への移行のショックを抑制してきたのが、1970年代から2000年代。

 結論を書いてしまうと、アメリカのリーダーシップが後景に退き、国際協調体制が代替するのが、「ドル本位制」の「終焉」です。あるいは、「通貨の通貨」としてのドルが"one of them"になる状態ともいえるでしょう。貨幣の機能である、(1)決済手段、(2)価値尺度、(3)価値の保存を国際的にドルが代表する時代の終わりです。「寝言」らしくちゃらんぽらんなことを書くと、今の混乱で「ドル本位制」が崩壊したわけではなく、アメリカのリーダーシップに国際協調体制が代替しうるのかも不透明です。ただ、私の浅い理解では、バーゼルIIに象徴される金融機関のリスク管理に関するルールづくりの分野では国際協調体制が主になっている印象があります。このことが「通貨としての通貨」というドルの地位を直接、崩すものではないのでしょうが、経済的相互依存の深化とともに、経済レベルでは国際協調体制が中心的役割を果たす可能性が高いと考えます。
 
 他方で、「ドル本位制の崩壊」あるいは似たような表現を用いる方は、ユーロや人民元がそれにとって代わるということを意味することが多いという印象があります。その裏側には、通貨をめぐる大国間のソフトパワーとハードパワーの変化を読む向きもあるようです。私は、もっと素朴に、ドルにとって代わる通貨がない状態でも国際的な資本市場が機能するのかという点に疑問をもっています。大胆なことを書いてしまうと、国際的な決済手段やアメリカ以外の国における外貨準備高に占めるドルの割合が現在よりも低下し、アメリカの通貨政策が国際資本市場に与える影響がはるかに弱まったときに、他の国や地域の通貨ではなく、国際協調体制が成立して、資本市場の不備を支えることができるのかという問題です。

 ブレトン・ウッズ体制もアメリカ主導とはいえ、戦前の金本位制の崩壊から生まれた国際協調体制です。教科書的には、金とドルの交換比率を固定し、各国の通貨当局にのみドルと金との交換を認めた上で、金に裏打ちされたドルと他の為替レートを固定することによって、国際通貨体制を安定させました。他方で、この体制の下では各国の通貨当局は固定レートを維持するために為替介入の義務がありました。このような安定化のためのしかけは、国際的な資本移動が増加するにつれ、投機筋による挑戦を受け、各国の中央銀行の「裏切り」もあって、最終的には崩壊してしまいます。極論すれば、ブレトンウッズ体制というのは、戦前の金本位制から今日の変動為替相場制への移行期であったと思います。

 他方で、ブレトンウッズ体制が崩壊しても、ドルはただちには「通貨の通貨」としての地位を失うことはありませんでした。同時に、1985年のプラザ合意のように、固定為替相場制では実現できなかった形で為替レートに関する国際協調体制が一時的とはいえ、機能しました。ただし、ブレトンウッズ体制に代わる恒常的な国際協調体制は、私が無知なだけかもしれませんが、まだ誕生していないと思います。

 グローバル化には多様な側面がありますが、「カネ」のグローバル化という点から見たときに、特定の国あるいは地域の通貨が資本市場のグローバル化を担保するということはないのかもしれません。「ドルの凋落」を考える際に、米欧中の角逐を議論する向きには「気の抜けたビール」のような話でしょうが、資本市場のグローバル化がありきで、それに各国の通貨当局が後追い的に協調したり、対立したりしながら、混乱が生じるのでしょう。また、「ドルの凋落」がただちに国際関係におけるアメリカの地位の低下を意味するのかは、カネという面からのみ説明するのはあまりに一面的だと思います。歯切れの悪い「寝言」ですが、資本市場のグローバル化とともに顕在化してきた市場の不完備性を特定の国や地域が是正することは難しい時代に入ったと思います。この変化は、少なくとも1970年代から始まっていたのかもしれません。

2007年11月12日

私は心が狭い

 自分でも心が狭く、幼いときから、母上に「なんて心が狭い子なの!」と叱られ続けてきました。申し訳ないようですが、「三つ子の魂百まで」というのを実感します。2007年10月18日に「フフンの逆襲」という「寝言」を書きました。元々は雪斎先生の記事で引用されている報道(『毎日』の記事)を確かめるべく、『参議院インターネット審議中継』から2007年10月16日の予算委員会における小池晃委員(共産)の発言を見たのがきっかけです。そこで当該質問における2回目の福田総理の答弁を書き起こしたのが以下の文章です。

 あのお、先ほどらいから聞いておりましてね。なんで、そのお、理解をするような努力をしてくださんないのかあと(高村外務大臣、苦笑から爆笑。鳩山法務大臣は退屈そうに耳をなでる。質問者側から野次)。見解の相違じゃないですか?これはいくら議論をしたってね。あのお、賛成とは言わないんでしょ?(質問者側も爆笑)結局。そうなんでしょ?まあ、私から申し上げればですね、米軍のね、アフガン空爆を加担しているというわけではありません。これはね。そして、テロリスト掃討に関わる国際社会の協調行動を支援しているんだということで、これはもう、あのお、外務大臣、防衛大臣が答弁していることでございます。


 この程度の長さの発言を「テープ起こし」をするのに1時間以上もかかるのは私の能力のなさですが、地味なところで手間がかかっていたりします。『寝言@時の最果て』では著作権がどうたらこうたらとかふれる気もありませんでしたが、そのままコピペしたとしか思えない、よその記事を見ると、がっかりします。見たところ内容も私の記事を知らん顔をして要約したとしか思えず(言いにくいですが、簡潔さとしては記事としての出来は向こうが上ですが)、率直なところ、不愉快です。私の記事では雪斎先生のところで引用されていた新聞で書かれている発言を読んだ後、時間をつぶしてネットライブラリーから再現しましたので、この部分を無断で写されるのは正直なところ、胸がむかむかします。もっと書きにくいですが、こちらのようにちゃらんぽらんなブログの記事の一部とはいえ、コピペする方がいることを想定していなかったというのが正直なところですが。引用に関しては、私自身は、引用元を明確にする方針でおります(書籍などで「行方不明」になってしまって、うろ覚えになっている場合は、お断りを入れた上で、記しております)。他人に関してはご自身でご判断くださいねというところでしょうか。失礼ながら、『赤福』や『吉兆』は騒ぎすぎという気もしますが、こういうことを平然とやる方は、他にもやってるんじゃないのと根拠もなく、他の記事も見る気がせず、偏見の目で見てしまう心の狭い人間です(こういうときには、ブログのサブタイトルを思い出して平常に戻らなければならないほど心が狭いのです)。騒ぐほどのことでもないので、この件は以上です。

 つまらない話が長引いたので、ちょっとだけ別のことを書きましょうか。かんべえさんが「不規則発言」(2007年11月11日)で「コンプライアンス不況?」と嘆いています。「つくづく日本人は、ルールに慣れるのは得意だけど、ルールを作るのは下手」と書かれていて、なんとなくうなずきそうになりましたが、「日本人」だけがそうかといえば、案外、欧米も似たり寄ったりではないかと。無闇にルールをつくる弊害は、日本だけではなく、欧米でも分野によって濃淡の差がありますが、意外と起きている。ルールづくりの難しさは、規制してもしなくてもよいところまでルール化しようとすると、肝心のルールが守られなくなってしまうことにあると思います。清朝時代の中国も似たようなもので、文明の「進歩」とともに、「繁文縟礼」が生じるのは、まともな検証がなく感覚的な「寝言」にすぎませんが、古今東西で変わらないような気も致します。まあ、日本人が「ルールに慣れるのは得意」なら、出来の悪い(この評価自体は留保をつけますが)ルールにも適応してゆくのだろうと。ただ、世界的な信用収縮を見ていると、どのタイミングで収まるのかは皆目見当がつきませんが、落ち着いた頃にはさらに余計なルールが増えるんだろうなあと思ってしまいます。

 明治以降、日本は近代化のプロセスで、法律をはじめ諸制度を輸入しましたが、単純に「コピペ」したわけではなく、戦前は特に受容にあたって日本の従来の慣習や制度と整合させるのに苦労したように思います。戦後も同様の時期があったと思うのですが、自信をなくすと、「コピペ」に走るものなのでしょうか。企業の内部統制とは話がかけ離れるのですが、教育制度などは、戦後の「諸改革」でとうとう江戸時代以来の蓄積を吐き出しつつあるように見えます。1990年代前半ぐらいまで日本の教育の国際的な評価が高かったのにもかかわらず、わざわざ壊しているようにも映ります。ルールづくりにあたっては、最初から万全を期することはできず、失敗がつきものだと思います。問題は、ルールの不完全さが明らかになったときの対応で、日本人が下手だとするなら、事後的によいものを残すという作業ではないかと。悪しきことをを改める以上に、良きことを残すというのは難しいのかもしれません。どちらも容易ではないのですが、惰性ではなく、意識的にうまくいっていることを変えないというのは、悪しきことばかりに関する報道が氾濫している社会では難しいという感覚があります。

 大上段に構えすぎて気恥ずかしいのでわが身に戻りますと、悪しき習慣をやめることができないという悩みが凡人のレベルですな。ブログを深夜に更新するなんて止めたほうがよい習慣なのですが。


続きを読む
posted by Hache at 03:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言

2007年11月11日

楽しむということ

 どうも、最近は「寝言」も浮かばず、仕事も今ひとつはかどりません。なんとなく調子が悪いのですが、体調自体はごく普通で、運動不足がひどいかなという程度。こういうときは歩くのが一番で、あれこれ考えているうちに途方もなく大きく感じたことが、体を動かしているうちにそれ相応に見えてくることが多いものです。芸のない気分転換ですが、公園を歩こうと余裕があるときに限って雨が降るというのもあって、能率が悪い状態が続いております。

 「寝言」を書き始めてあらためて再確認したのが、事実を整理して分析することが苦手なんだなあということです。子供の頃から、抽象的な話が好きで、個別的・具体的な事柄に無頓着な性格でした。あまり自分の書いた記事を読み返すことが少ないのですが、なにかの拍子に以前はどう論じていたのかを参考にすると、すぐれて現実的な問題であるのに、なにやら抽象論で終わっていることが少なくなく、ブログを書くということは自分の性癖をさらけ出すことなんだなと思ったりします。ネットでは「ブロガー」という言葉を以前ほどではありませんが、見かけると、他人事にように感じてしまいます。私の場合、どなたかに読んでいただくこと以上に、ブログに載せる記事を書くことで、自分の考えていることなんて、この程度なんだなと再確認するという感覚です。自分で書いたものを読むと、力量の足りない者には抽象的・普遍的な問題と具体的・個別的な事柄が分離してしまうことをしみじみ実感します。

 自分で物足りないと思うのは、対象が個別的な事柄であれ、普遍的な問題であれ、対象に対して思い入れ、あるいは「思い込み」があまりに少ないことです。「思い込み」という表現は通常ネガティブな印象を書き手がもっているものですが、この場合、ネガティブというよりも、情熱という言葉では物足りない、持続する意志をあえてより実感に近い形で「思い込み」という言葉をあらわしているという感覚でしょうか。もちろん、極端な形になれば、単なる空回りで終わってしまうのですが、どうも、私は他人や他物に愛着が薄く、翻れば自分に頓着しない悪い癖があるようです。思い込みというのは、物事を理解するにせよ、事を成すにせよ、一面的でしかないわけですが、しかし、一面を捉えていたり、すべてをなすことができない人生でなにか一事をなすには不可欠のものだと思います。「客観的」という表現に対して「主観的」という表現を用いれば、通常は否定的なニュアンスですが、理解するにせよ、行動にするにせよ、それは主観的であると同時に能動的であり、主体的な営みそのものです。そのような営みを持続させる「思い込み」が自分に欠けていることを実感したのが、少し早すぎるかもしれませんが、この一年でした。

 このように書いておりますと、なにやら深刻でもあり、オヤジ臭い感じですが、先週だったかな、紀伊国屋Bookwebから志賀浩二先生が『大人のための数学』シリーズを発刊されるとのことで、楽しみだなあと。若いときには『数学30講』シリーズにお世話になり、数学の楽しさの一端を味わった気分になりました。もちろん、わかったなどと豪語するにはほど遠いのですが、著者自身が、初心者にもわかりやすく苦心するとともに、楽しく書かれているようにも感じました。このようなレベルには到底、及ぶものではありませんが、なにかの拍子に何事もなそうという意志の弱い自分に失望するあまり、足りない者なりにこの世のことを楽しんでゆけばよいということを忘れていたことに気がつかされます。

 薄情なのは性分である以上、直しようがないわけで、自分が楽しいと思えることを素直に楽しんだらいい。実生活が、ブログよりもはるかにちゃらんぽらんなので、単なる自分への言い訳という気もいたしますが、楽しもうとすることさえ忘れてしまって、楽しんでしまおうと。なにかをしようとすると、なにもできなくなってしまう。もう、志を立てるとか、そういうことを考える年齢ではなくなってきたのだということを感じます。正確に言えば、そのような性分ではないということに最近なのか、40年近くかかってわかってきたのか、よくわかりませんが、ようやく自分がどの程度なのかということが見えてきて、焦っていることに気がつかされた一週間でした。

 ちゃらんぽらんですが、自分がどの程度ということも忘れて(考えると悲しくなるだけですから)、楽しんだらよいんだなあと。子供っぽく響くのかもしれませんが、私の場合、自分が変なガキだったせいか、世間が子供の純真さを説くのを聞いていると、こういうことは実は後からやってくるのではないかと思ったりします。『老子』が嬰児を理想とするというときに、なんと作為的なことだろうと思う私がちょっと変なのかもしれませんが。
posted by Hache at 02:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年11月09日

相互依存の深化と反発

 「旬」が過ぎた頃に、他所様で熱く語られた「古戦場」を訪れるのはわび・さびのあるものです。まずは、いかれた「外道」の悪趣味というところでしょうか。ちょっと驚いたのは、今日もふだん政治の話に興味がなさそうな若手から尋ねられて、野党第1党というのはバカにできないなあと実感いたしました。

若い人:なんで、小沢党首は辞めないのか?あそこまで言い切ったんだから、党を割ってほしかった。
:ところで、小沢さんが辞めたら、君のお給料は上がるの?
若い人:……。(ムッとした表情で)関係ないでしょ。
:小沢さんが留任したら、君のお給料が下がるの?
若い人:……。あ、どうでもいいってことですね?
:おお、さすがだ。よくぞ気がついた。君はまだ若いし、前途はある。無駄なことで時間を潰さない方がいいよ。

 一介の給与所得者の給与へ野党第1党の党首の「進退」をかけるのはどうかとは思うのですが、このぐらいの塩加減が妥当かなと。「余震」が続いているようで、野党第1党を侮りすぎていたなと思います。ちなみに今回のことで何が変わったのでしょうという問いもあったのですが、「これでもう一回、辞意を表明したら、撤回できなくなったてなところかな」と答えて、周囲を絶句のち笑わせて楽しみながら、彼らには知られないように実際は溜まった仕事をこなしてゆく日々が続きます。

 徐々に政策協議自体は進んでいるので、「大連立」が幻に終わっても、実務的に与野党でコンセンサスを築いてゆく作業自体は、今回の騒動で加速はしても、進んでゆくと見ております。また、それでよいとも。自民党から見ても、野党との協議で妥協を迫られる局面も多く、今回の一連の騒動で自民党だけが一方的な利益をえたというのはあまりに一面的な見方だと思います。議会制民主主義では妥協とコンセンサス形成によってよりよく統治が機能するという、明治以来の本質が現状では際立っているということだと考えております。

 さて、海外の動きが気になるところですが、こちらを拝見して、「イラン戦争?」という話もあるようでして、さすがに、これは。直近の状況さえ追えていないので、『世界の論調批評』で紹介されているDavid Ignatiusのコラム"Walking Into Iran's Trap"と10月7日の"A Way Out' for Iran"をあわせて読むと、ブッシュ政権の基本政策は、一方で制裁と武力による圧力をかけ、他方で穏健派の力が増大し、イラクを安定化させる方向で進むことを促進することだと理解できます。10月7日のコラムでは、国連(事実上、安保理理事国が主要なプレイヤーですが)による緩やかとはいえコンセンサスが存在し、アメリカの金融制裁や中露(とりわけロシアの影響力が大きいと指摘されています)がイラン問題でアメリカ側にいること、フランスのリーダーシップでEUも共同歩調を崩す可能性が低いことなどが指摘されています。

 問題は、アフマディジャネードがこれらの圧力をどのように評価しているのかという点が大きく、予備的交渉が不首尾に終わっている状態で、強硬派の圧力への評価が不透明な点にあるのでしょう。イランの強硬姿勢自体は虚勢も含んでいますが、アメリカに有効な軍事的オプションがなく、なおかつ軍事的オプションがイランにとって以上にアメリカにとって耐え難いという打算にもとづいているとイグネイシャスは見ているようです。「イランの罠」というのは、『世界の論調批評』にもあるように、アメリカの軍事力が十分に発揮できない状態で戦争へと引きずり込み、西側諸国へ経済的打撃を与えることでしょう。もちろん、戦争による人的被害が最大の問題ですが、イランへの軍事行使が実現したとしても、戦いを支える西側諸国の国内体制と世論に打撃を与えて、戦争を続けることができないという状況に至れば、イランの核武装を阻止することは事実上、不可能になります。いずれにせよ、『世界の論調批評』で指摘されているように、「アメリカが、イランの核開発を容認するか、核施設を攻撃するかの二者択一しかない立場」に追い込まれれば、「不測の事態」であり、なおかつ解が見出せないリスクがあります。

 イスラエルによるシリア空爆や非対称戦争の問題なども挙げられていますが、ここでは割愛します。「生兵法怪我のもと」ですので、表面的な観察にもとづいたものですが、アメリカの対イラン政策では、対北朝鮮政策(アメリカが「混乱」している印象もありますが)よりも、核放棄という点では確実な政策が実行されていると思います。他方で、世界の政治・経済におけるイランの不安定化の「重み」と北朝鮮の「重み」を比較すれば、前者の方がはるかに大きく、日本にとってはアメリカの北朝鮮政策の方に目がゆきがちですが、アメリカの外交上のリソースはイランを中心にアフガニスタンから中東に集中しており、北朝鮮に割くことができるリソースが限られていることを抑えておくべきでしょう。対イランと比べて北朝鮮では腰が引けているという批判自体はまったく的外れではないと思います(ヒルの独断専行は目に余るものがありますが)。

 しかし、アメリカが世界で最も影響力が高い国である同時に、経済的相互依存だけでなく、国連や他の主要国との協調を不要としないほどのパワーを有している国ではなく、多様な相互依存の中で選択肢が限られていることを忘れてしまうと、アメリカの行動を理解することは難しいと思います。イランでは北朝鮮以上に核放棄という点では手厚い「布陣」を敷いているのにも拘らず、ただちに外交的成果を挙げることは難しいでしょう。また、相互依存といっても、基本は互恵的関係であっても、異なる国と国の関係である以上、フリクションも避けることができません。国連という超国家的組織に過大な幻想を抱くのには批判的ですが、その根本には、超長期的な展望はともかく、現実には主権国家の多様なレベルでの相互依存によって各国が利益を追求するとともに、協調をしているというのが今日の世界だという私自身のナイーブな認識があるからです。相互依存の下ではアメリカのような超大国ですら、選択肢が限られてしまうのです。

 ここまでお読みいただいた方には、ないないづくしではないかという感想をもたれたかもしれません。政治や経済の相互依存の深化は、従来よりも主権国家の主体性を制限してゆくでしょう。他方で、そのような現実は、他の諸国にとっても同じです。ありきたりの「寝言」になってしまいますが、外交というのは元来、そのようなものだということをわきまえた上で、少ない選択肢の中でよりマシな選択を行うという作業の積み重ねであるということです。そして、情勢分析が正確であることが望ましいけれども、どれだけ精密に情勢分析を行っても、その時々の情勢認識の的確さには限界があります。こちらで書いたように、事前の情勢分析を徹底して行うと同時に、個々の政策は、必ずしも、ある統一した戦略、もっとくだけた表現をすれば、原理原則から導かれるのではなく、ときどきの状況に応じて関連が薄かったり、場合によっては齟齬をきたすこともあるのでしょう。そのような政策を事後的に評価し、よきものを残してゆくことが、戦略的行動なのかもしれません」という視点をもつことが肝要だと考えます。

2007年11月08日

説明したい人 説明されたい人

 10月31日に書いたように、あたふたしております(それにしても、ここ最近では一番、手間暇をかけた記事がまるで読んで頂けないというのは、お約束とはいえ、寂しいものです)。それにしても、「寝言@時の最果て」というのは変なブログで、更新が続くとアクセス数が減り、更新が途絶えるとアクセス数が増えるという具合で、案外、他のブログも似たようなものかもしれないのかなとも思います。アクセス数が高止まりして気持ち悪いので、「そして誰もいなくなった」状態にするために、あえて書きますると、ブログの書き手が変な人であるならば、読む方も「変な方」である確率が高いのかもなんてね。過疎地にわざわざお越しいただいている方には申し訳ないので、書きにくいのですが、ついつい、そんな「寝言」が浮かんでしまいます。

 それにしても、あたふたしているうちに、だんだん図々しくなり、「なるようしかならないけれど、なるようにはなるわね」と鈍感になってゆきます。それがよいことなのか悪いことなのかはわかりませんが、私程度の頭の場合、考えても考えなくてもたいして変わらないことの方が多いということに気がつくまでに40年近くかかっているので、「進歩」とは縁が薄いんだろうなあと思います。

 いきなり話題を変えましょう。貧乏なのでタクシーなどあまり乗らないのですが、荷物が重く疲れていたので利用したら、普通は天候の話などをする運転手がほとんどなのですが、ちょっとびっくりする人もいました。行き先を告げて座席に座るなり、「お客さん、9.11が自作自演というのはご存知ですか?」。根が善良で性格が温和な私(自分で自分に嫌味を書いてどうする)も、これには二の句が継げず、無事に目的にたどり着けるのかどうかが不安になってしまいました。

 実を言えば、日曜日にも知り合いと話をしていて、「航空機が突っ込んだぐらいであんなビルの崩壊のしかたはしないと専門家が指摘している」とか「ビルの所有者が9.11の約半年前に代わっていて、そこだけが狙われた」とか「ペンタゴンに突っ込んだとされているアメリカン航空77便が飛行している状態を周辺住民で目撃した者がいない」とか散々、聞かされてうんざりした(「それで何が言いたいんだ?」と言ったら、説明ができないのが理解不能でしたが)ばかりだったので、またかよというのが正直なところ。友人だけに、日曜日は腹が立って、「君はそのうち真珠湾攻撃もルーズベルトの陰謀だったとか言い出しかねないね」と釘を刺して黙らせましたが。

 この種の「陰謀論」が好きな人は、無関心な者には不可解なぐらい説明好きで、相手は申し訳ないのですが、話題を転換するか立ち去るか、そのタイミングだけを考えてしまいます。『らんま1/2』でゆくと、21巻55頁の「…別に」というあかねのセリフも使いたいのですが、アニメの「あ、そう」(by 日高のり子)も捨てがたく、難しいところです(こんなところばかりに頭を使ってしまうので、まあ、そのお、要は頭が悪いわけですが)。このタクシーの運転手は、わざわざネットの資料をコピーして渡してくるぐらい、「布教」にご熱心で、タクシー料金の値上げに同情的でしたが、気分が変わって断固反対になってしまいました。碌でもない「サービス」などやめて安くしろという感じ。

 イラク戦争後、大量破壊兵器が見つからなかった経緯から、この種の陰謀論(アメリカが「震源地」なんでしょうけれど)がごく一部でしょうが、受け入れられるのはわからんでもないんですけれどね。ただ、そんなことより、情報担当者がトップの気に入らないことを耳に入れるインセンティブを保つのはつくづく難しいという細かいところが気になってしまいます。こういう細かい、「どうでもいい」話ほど萌えてしまう私の方が変なのかもしれませんが。「テロ陰謀説」というのは某「尊師」の「空中浮遊」なみに私のように想像力の欠如した人間には縁の遠い世界だったりします。まじめに反論しているサイトを見ると、嫌味ではなく、立派だなあと思います。陰謀論を「押し売り」する人は、貧乏暇なしの私からすると、「友人の友人がアルカイダ」発言の方なみにお近づきにはなりたくないなあと。

えっ、あんたみたいな雑魚はあの方の眼中にないよって?

そりゃ、そうですな。

 さて、説明されたい人も多くて、「なんで小沢さんは辞任を表明したんでしょう?」と今週だけで何度、質問されたことか。別に「テロ陰謀説」ほど鬱陶しいわけではありませんが、虫の居所が悪いのか、「私にではなくて小沢さんに聞いてください」と何度もいいかけました。説明してほしいとのことなので、「連立程度のことで民主党内がぎゃあぎゃあ言うから、辞めたい気分になったんでしょ、フフン」てな感じ。それで、辞意を撤回すると、今度は「どうして辞めないんでしょ?」となるので、「年を食ったから丸くなっただけかもしれないけれど、慰留されて続けてもいいという気分になったんでしょ、フフン」てな調子。

 正直、考えること自体、バカバカしく感じてしまいます。だって、説明しようという気が起きないもの。別に小沢さんをバカにしているわけではなく、ねじれ国会でつらい思いをしているのは与党だけではないのがわかったというところでしたから。それにしても福田総理の「ひとまず落ち着いてよかった。私どももいろいろ心配しなくてすむ」とのご趣旨の発言にはしびれました。嫌味ではないのでしょうが、ついつい、語尾に「フフン」が入っているように妄想してしまい、「フフン語」の世界に段々、引き込まれつつあります。

 あれこれ書いておりますが、ようやく今日の「寝言」です。ある特定の個人の論理で動いていない世界を特定の個人の「論理」で説明しようとしたがる方たち、そのような説明を欲する方たちを横目で見ながら、「ご苦労様」と声を掛けたくなる週の半ばです。そのような方たちをバカにしているのではないのですよ。なかなか大変でしょうなという感じでしょうか。フフン。
posted by Hache at 00:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言

2007年11月05日

空気を読むな!

 珍しく相手の調子が悪く、持ち味を引き出すのに時間がかかりました。落合監督の采配、テロなどなど1時間ぐらい、「陰謀論」のような話が連続するので困惑してしまいました。「個性豊かな人材の育成」で現在の日本の教育を嘆き、西洋の美術や音楽の話を持ち出すので、10年ぶりぐらいに一喝。模倣のないところに独創はなく、無から有は生まれない。10年前後前には世界一のメガバンク誕生で規模の経済性とか経済学者ぶったことを言うので、「10兆だか、20兆だか知らないけれど、その程度のはした金を碌に使えない銀行が3つもくっついてなにができる」と一喝して、乱暴なものです。この友人の面白いところは、暫く沈思黙考して静かに「そうですね」と納得してから、なにか憑き物が落ちたように話がすっきりしてくることです。別に私の意見に同意する必要はないのですが、こういうときは仕事のことですっきりとしないことがひっかかっていることが多く、目の前にある現実を見よというところでしょうか。もっとも、私がセッティングした店が今ひとつで単に機嫌が悪かっただけかもしれませんが。こればかりは、ごめんなさい。

 私は営業畑の人間ではないので、やり手の営業マンの話を聞くのが好きで、それも、失礼ながら間違ってもメディアに露出したりしそうにない、無名の方たちの話が楽しい。商売そのものは互恵的な関係ですが、買い手・売り手で譲れない線がある。このあたりの呼吸を聞いていると、さすがだなあと思います。細かい話を書き出すと、あまりに長くなるので、彼の商売の秘訣は誠実に語ることや機が熟して商談をまとめるときに、機を逸さずに決断するなど、抽象的に表現すると、当たり前のことばかり。バカにしているわけではなく、当たり前のことをやるためには、実現するための細かいノウハウが必要で自分はある程度、蓄積したけれど、それを社内で共有することが難しく、苦労している様子でした。組織というのは難しく、取引先が微妙なラインの条件を提示してきたときに、「社内に帰って検討します」と答えて、気がつくと案件を流してしまう同僚にイライラしてしまう様子でした。

 合いの手を入れながら、相手の気分を乗せているうちに、だんだん口が滑らかになってきて、「それを言っちゃあ、おしまいよ」と前置きをした上で、「プライオリティを明確にできない人が多すぎる」と言ってました。私が平たくしてしまうと、「自らの優先順位を明確にした上で人を動かすことができない」というところでしょうか。「空気を読め」という表現は生理的に嫌いで、こちらで書きましたが、個の「気分」軽視ということ以上に、政治家に向かって「空気を読め」というのはバカげている。彼らに必要なのは、自分のプライオリティを、あからさまに表明するかどうかは別として、明確にした上で、他人を説得し、誘導し、やむをえない場合は恫喝して自分の言い分を通すことにあるのでしょう。「空気」なる物をもちだせば、「空気」にしたがっておればよく、統治など不要でしょう。極論すれば、取引先や社内の「抵抗勢力」を動かす「術」と統治の「術」など本質においては大差がないと思います。


 そんな話をしながら、小沢党首はダメだね、連立するんだったら、福田総理と合意した上で、協議ではなく、結論ありきで分裂も辞さない覚悟で決断を行うしかないなあという話をしておりました。帰宅すると、小沢民主党党首が辞任とのことで、もちろん予想がつかない展開でしたが、驚くほどでもない。安倍前総理の辞任と大差がないように、いかれた「外道」の目には映ります。安倍氏と小沢氏は、言辞において「ブレない」政治家であると私は認識しておりますが、「ブレない」というのは、プライオリティ、あるいは優先順位が実は不明確な状態なのだと考えております。「資源」、この場合なら「政治的資源」が限られている中で、すべてのことを実現するのは不可能であることは自明です。他方で、実現すべき政策は多岐にわたるのも現実でしょう。政治的リソースが限られている以上、個々の政策は代替的ではなくても、実行となれば、ある政策を実現しようとすれば、他の政策はいったん先延ばしするか、捨てざるをえない。そして、優先順位が高い政策の実現可能性が厳しいほど、政党政治ならば、(1)党内での説得と妥協、(2)他党との折衝と妥協、(3)国民への説得と理解の確保(あるいは諦めてもらうための論理)が不可欠になります。現実政治において指導者に要請されるのは、「人を致して致されず」であって、プライオリティを明確にするというのは行動において体現するより他ならないと考えます。


 「空気を読む(あるいは「空気読めない(KY)」などというのは現実政治においてなんら行動の指針を示さないだけでなく、ときによっては問題の本質を曇らせてしまうという点で有害ですらあるでしょう。本質的なことは、プライオリティを明確にし、政治的リソースが有限であることを理解しようとしない人から「空気読めない」とバカにされつつ(こういうおめでたい言葉を無神経に使う人は指導者を侮っているという点で意外と致しやすいことが少なくない)、無理解な人たちには「次善の策」、政治家を名乗りながら、なんの政治的影響もない人から「邪道」とバカにされる政策を実現することだと思います。

 安倍晋三氏の失敗は、政治的資源を超えてありとあらゆることをメニューに載せてしまったことでしょう。小沢一郎氏の失敗は、自らのプライオリティの高い政策が現在の政治的資源では実現不可能であることを理解していたがゆえに、政治的資源を拡大しようとしたものの、それ自体が目的ではないという演出ができなかったことでしょう。この二人の失敗を嘲笑するのはたやすいですが、私は「空気読めない」という問題ではないと思います。分権化社会では、特定の個人のプライオリティが、全体のプライオリティと合致する保証はどこにもありません。議会制民主主義、政党政治というのは、決して万能ではない分権的社会の政治的破滅を防ぐ知恵でしょう。今回のドタバタ劇で福田総理が「利得」をえたという見方が多いようですが、互恵的な取引そのものは成立せず、相変わらず、細く険しい道を歩まざるをえないようにもみえます。衆議院で3分の2以上の議席をもっているとはいえ、野党もそれに対抗する力はもっています。福田総理は、このような取引で一方的に利益を得ることは難しいことを理解されていたようにもみえますが、党内を説得することができない党首と取引を目指すしかなかったというのは、選択肢が多くないということでしょう。もちろん、小沢党首が辞任した後に選択肢が広がるかもしれませんが、あらためて、制約が厳しいことを実感します。

2007年11月04日

慌しくまったりとした日曜日

 前回の中日優勝が1954年。その翌年には「保守合同」でして、この手のジンクスはあまりあてにならない気もいたしますが、バカにもできず、どうなりますやら。時代背景があまりに異なりますしね。ああ、いかん、完全に他人事みたいですね。某大手HPを拝読しておりましたところ、「『加藤紘一を民主党にやるから、代わりに前原と長島を寄越せ』みたいな話は、床屋政談ではよくありますものね。でも、本当にそれをやっていくと、ピカピカの家とボロ屋ができてしまう」というピーが入りそうな、もとい「不規則発言」があったような気がいたしますが、週末も休みがなく、疲れ目できっと読み間違えたのでしょう(お一人でも「極悪非道」ではないかととても不安になってしまいます)。

 「S・U・T・E・K・I(エス・ユー・ティー・イー・ケー・アイ)ス・テ・キ」ではありますが、世の甘いも酸いも知り尽くしたオジサマ方の文章ばかり読んでいると、老けてしまいそうなので、元球児の若い人たちを集めて落合の采配について「覆面座談会」を設けましたが、あっけなく降板させざるをえない事情があったんじゃないですかで終わってしまい、特定の球団に思い入れもなく、つかいつぶされた人たちを間近で見てきただけに、感情的な議論はまるでなく、あとは山井のマメや肩の状態がどの程度だったのかとか、素人にはわからない技術的な議論で、こちらが聞き役に。

 今日は仕事が終わったら、もう少し年を食った元球児と飲む予定です。飲みだすと止まらなくなるので、大丈夫かなとも思いますが、やはり継投策の評価がメインかな。意見が一致しないことの方が多いのですが、なぜかウマが合う。不思議なものでして、昔のイデオロギーの対立という感覚は皆無なのですが、居飛車党と振飛車党みたいな感覚でしょうか。プロ棋戦ではどうなのかわかりませんが、昔、将棋を指していた頃は対抗型が多く、振り飛車の捌きの感覚を真似ができず、憧れがありました。私はとても筋が悪くて、中盤までどうしようもなく主導権をとられるのですが、終盤で強引に詰ますのが勝ちパターンで、しみじみ、仕事が溜まってからでないと「本気」になれない計画性、あるいは戦略性のなさに「バカってつらいよね」と慰める日々です。
posted by Hache at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2007年11月02日

落合博満の面目 責任ある者の決断力

 泣いてしまいました。この日が来るとは…。期待しては裏切られ、期待値をゼロにした方が楽になってしまったあの日から、まさか日本一とは。いまだに夢を見ているような感覚で、言葉にならない部分があります。

 恥ずかしながら、気が小さい私は中日がボロボロになるのが怖くて、こちらを拝見して、3勝1敗となったというのを知って、ちとびっくり。逆に言えば、ここでダルビッシュが当然、登板するだろうと読んで、ドラゴンズの元ファンとはいえ、ダルビッシュ目当てで中継を見るというのはいかがなものか。いかがなものでではなくて、われながら、恥ずべきチャランポラン&ミーハーですね。

 家に帰った時点で1対0。よくダルビッシュから1点をもぎとったねえ、でも、これが限界だよなあとどこまでも弱気。正直なところ、ダルビッシュは男前で、クールでかっこいい。「裏切り者」と罵られるのを覚悟で書いてしまいますと、中日打線をあやすダルビッシュに見入ってしまう。ただ、中継で見たダルビッシュはイメージと異なって、ストレートでぐいぐい押すという感じではなく、テクニシャンという感じでした。解説陣から調子が悪いですねえという声が出るのですが、あのお、中日のバッターがバッタバッタ三振するんですけどという感じでした。データが出て、球種を見ると、意外と変化球が多く、若いのに、自分の調子を考えて無理をしないというのは感心してしまいました。山井も調子が良いようで、あっという間に試合が進んで、快適。ピッチャー交代のたびにCMで間が空くのが苦痛なので、投手戦の方が楽しいのです。7回表の日ハムの攻撃中にここまでパーフェクトですよという話がでてびっくり。一気に重苦しく、「へっ!?」と思いました。ダルビッシュからもう1点というのは苦しいなあと思っていたら、日本シリーズで「完全試合?」という信じられない状態です。こうなると、いつ一発を食らうのかとかくだらない心配で頭が一杯になってしまいます。しかるに、8回裏までファイターズ打線が打てそうで打てない。この辺はよくわからないです。ダルビッシュは、ヒットを打たれたり、歩かせたりするのですが、後続を無難にいなして点がとれそうにない。しかるに山井がパーフェクトというのはできすぎで、やはり中日びいきで見ているので、反動が怖い。どうなるんだと思って、「運命の8回裏」。

 アナウンサーだったかな、解説者だったかな、山井がキャッチボールをしてませんねと訝しげにしゃべっていて、まさかここで交代はないでしょ、岩瀬に代えた方が堅いけれどといくらなんでもねえとやっていました。これは、素人にはわかりません。頭では、前人未到の記録を負わせて投げさせるよりも、岩瀬に投げさせた方が、山井にとっても楽だろうと考えるのですが(万が一、記録を達成しても、その後、振るわないことも多い)、ここまでパーフェクトピッチングをしているピッチャーを降ろすのは尋常ではない決断力がいるなあと。8回裏の攻撃があっさり終わって、いよいよ9回表。

 落合監督がベンチを出る姿を見て、思わず、ゾクッとしました。アナウンサーが守備の交代もありますからとか言っていて、理解できない。もちろん、これは投手交代でしょと思いつつも、ゾクッとする決断でした。打たれれば、岩瀬はもちろんですが、落合も非難轟々。ドーム内は山井コール。表情を変えずに球審に交代を告げる落合監督。「非情」という言葉が解説陣からも漏れて、なんとなく違和感がありました。このまま投げさせた方が、楽というもの。シーズンだったら、交代はないのでしょうが、ここで山井が打たれて負けてしまうと、一気に流れが変わってしまう。岩瀬に代えるのもリスクがありますが、こちらが主導権を握ったままの交代で、リスクがないわけではないでしょうが、交代のタイミングをファイターズに渡すこともないだろうと。ただ、あれこれ説明を考えるのは簡単ですが、あの決断は私にはできない。ありとあらゆるところで「不作為の罪」を散々、見せられてきたし、自分でも同じことをしていることに気がつく者としては、戦慄とともに久々に決断する勇気を味わいました。責任ある立場の方たちが、責任ある者として当然のことを淡々とやれなかったことを思うと、あそこで交代させる落合監督に感服してしまいました。ウェットな日本の風土では嫌われるのでしょうが、その風土が責任ある立場の方たちに当然のことを避ける格好の土壌となっている状態に嫌気がさしているので、仮にヒルマン監督が同じ決断をしたとしても、同様の評価でしょう。失礼ながら、「空気を読め」とおっしゃる方たちがことをなしたことは、寡聞にして知らず。

 それにしても、山井の出来は異常でしたが、ダルビッシュの腰を割らない投球のおかげで、テンポが良いながらも、緊張感のある試合で久々に途中からとはいえ、野球中継に釘付けになってしまいました。そして、落合博満の責任ある決断。書いているうちに53年ぶりの日本一とかはどうでもよくなって、「劇」を堪能して満足した状態ですね。それにしても、前回の日本一のときに「(生後)11ヶ月」だったという落合監督。もうそんな年齢だったのねとちょっと意外でした。
posted by Hache at 00:03| Comment(4) | TrackBack(1) | 幸せな?寝言

2007年11月01日

国際石油市場データに見る経済的相互依存の深化(後編)

 他方で、消費面から見ると、私が迂闊なだけでしょうが、びっくりするようなデータでした。まず、大雑把なまとめを示します。

表2 世界の石油消費に占める各国・各地域の割合

                  1965年	1985年	2006年

アメリカ合衆国 36.9% 26.5% 24.6%
ヨーロッパ・ユーラシア地域 37.9% 37.7% 24.5%
アジア・太平洋地域 10.5% 17.7% 29.4%
日本             5.5% 7.5% 6.2%
中国 0.7% 3.1% 8.9%
OECD諸国 74.4% 62.7% 58.6%


 原データでは実数は一日あたりの消費量を千バレル単位で示しています。まず、細かい点からみてゆきましょう。2003年に中国の石油消費量が580万3,000ガロン/日で日本の545万5,000ガロン/日をはじめて上回りました。2006年には中国が744万5,000ガロン/日で日本が516万4,000ガロン/日です。このデータから中国の成長ぶりもうかがえますが、同時に生産量が伸び悩んでいる状況を考えると、世界的な経済的相互依存に中国も組み込まれていることが、石油という資源・製品に限定しても、端的に示しているデータだと思います。中国の「資源ナショナリズム」と日本も無縁ではなく、ガス田などではむしろ当事者の一人ではあるのですが、中国の消費量は既に日本を凌駕しており、特定の国を囲い込むことで解消する問題ではないように思えます。同様のことは、日本にもあてはまる問題です。

 寄り道ついでに、中国の一日あたりの石油消費量(単位:千バレル)と伸び率を見てみましょう。

表3 中国の石油消費量と伸び率

1990	2323	-0.8%
1991 2524 8.7%
1992 2740 8.5%
1993 3051 11.4%
1994 3116 2.1%
1995 3395 8.9%
1996 3702 9.0%
1997 4179 12.9%
1998 4228 1.2%
1999 4477 5.9%
2000 4772 6.6%
2001 4872 2.1%
2002 5288 8.5%
2003 5803 9.7%
2004 6772 16.7%
2005 6984 3.1%
2006 7445 6.6%


 以前から、中国のGDPデータを「疑惑の目」で見ておりますので、私の中国経済に関する見方には先入観が強いと思っていただいた方がよいのですが、私が何に疑問をもっているかといえば、成長率のデータを見ていると、景気循環がないかのような、フラットな成長を遂げているデータがでてきます。景気循環がどのような要因で生じるのかは、まだ説明が付いていない部分が多く、そのようなフラットな成長もありえないことはないのでしょうが、日本の高度経済成長期でも景気循環は存在したわけで、景気循環も多様な「市場の失敗」の結果としてみる立場からすれば、景気循環が存在すること自体が、ある程度まで市場が機能している(したがって、機能不全も生じる)と見ることもできるでしょう。上記のデータを見ると、1998年と2001年、2005年(この年は前年が極端に高い数字である結果の可能性がありますが)には石油の消費量の伸び率が明らかに低下しており、また、2002年から2004年(この年の数字はあまりに極端な印象もありますが)には高い伸び率を示しています。石油の消費量がGDP成長率と直結していると考えるのは危険ではありますが、ある程度の相関があることを考慮すると、上記のデータは、GDPデータでは現れていない景気循環が中国経済にも存在している可能性があることを示唆していると考えます。まどろこっしい言い回しが続きましたが、要は、中国も通常の市場経済へと進みつつあり、世界的な経済的相互依存関係へ組み込まれつつあるということです。また、中国の経済成長は、クルーグマンが1990年代の韓国や東南アジア諸国に関して指摘した要素投入型の成長として見ることもできるかもしれません。今回、参考にしているデータではそこまで踏み込むのは危ういので、可能性があるというあたりでとどめます。

 再び、表1に戻ると、1965年の時期には、原油という資源の偏在以上に、消費がOECD諸国で75%を占めるという極端な状況であったことがわかります。1960年代に原油価格が安定していた理由としていわゆる「石油メジャー」の存在がよく挙げられますが、同時に買い手も集中した状態で、「政治的資源」も西側諸国に集中していたこともあって、買い手の立場が強かった時代だったと思います。また、1965年のデータを見ると、アメリカ一国の石油生産量が中東地域全体の生産量を上回っています。先進諸国が原油の生産、消費、政治的影響力という点で産油国を圧倒していた時代なのでしょう。他方で、1950年代から1960年代は旧植民地の独立が相次いだ時期でもあり、ベトナム戦争で植民地解放という第2次世界大戦後の世界的な政治的動向が後戻りすることがにないことも示されます。しかし、独立を果たした新興国は、先進国に対して共同して影響力を行使するほどの力はまだありませんでした。

 1970年代に入ると、イスラエルとアラブ諸国の関係が極端に悪化し、中東地域でのナショナリズムは、キッシンジャーが"Years of upheaval"と回顧録に表現したとおり、単に冷戦という枠組みだけでなく、いわゆる「非同盟諸国」を中心に独立から反米ナショナリズムの高揚によって世界中が政治的にも経済的にも混乱した時期でした。これは、ベトナム戦争後、孤立主義的な傾向を強めたアメリカの影響力の低下とソ連の影響力の増大という側面もあります。さらに、ブレトン=ウッズ体制の崩壊など国際経済体制の劇的な変化と先進諸国においてスタグフレーションが進み、国内での財政金融政策の模索と同時に国際協調体制の再編が図られた時期でもあります。原油価格の上昇は、直接的には先進国の経済へインフレーションという形で影響をおよぼしましたが、同時期に起きた政治的・経済的混乱によって、OECD諸国が一方的に交易上、有利な条件を途上国に強いることは難しくなり、国際協調体制の再編によって、より自由主義的で開放的な経済的秩序を構築する模索の時期であったと思います。1970年代から1980年代のこの試みがどの程度まで成果を評価することは、私の手に手に余ります。「自由主義的で開放的」と書きましたが、「プラザ合意」などによる為替レートの誘導など場当たり的な対応が行われた事例も少なくありません。

 国際石油市場の安定という点で国際協調体制がどの程度、効果をもったのかという点に絞っても、評価は難しい問題です。表2に示されているように、1985年の時点でもOECD諸国は世界の石油消費の約62.7%を占めていました。これらの諸国が、消費国として協力してOPEC諸国に圧力をかければ、価格の引下げが起きたのかもしれません。しかし、現実には、カルテル内部での利害の対立や「アウトサイダー」の存在など、サウジアラビアの減産停止に象徴される「カルテル破り」に有効なパニッシュメントの構築の失敗など、カルテルそのものがもつ不安定性が大きく作用したようにも見えます。これは、あまりに経済的な側面に偏った見方かもしれませんが、消費国が偏在しているという実態を先進諸国は積極的に活用せず、イラン・イラク戦争におけるアメリカのイラクへの援助のように、イラン革命の波及を押さえ込むという政治的な対応がメインであって、そこには国際石油市場を安定化するという目的は希薄であったと思います。こちらでボブ・ウッドワードによるグリーンスパンのインタビューを紹介しましたが、グリーンスパンは、イラク開戦にあたって、ブッシュ政権に国際石油市場の安定という観点は希薄であったと指摘しています。もちろん、キルクーク油田などには手回しが良すぎるほど兵力を展開したために、戦争目的が石油利権の確保ではないかという疑念を招く一因とはなっているのですが。

 いずれにせよ、OECD諸国の国際石油市場への対応と国際政治における実際の対応は、サミットのようにある程度、経済的な動機に裏付けられた部分があるとはいえ、国際石油市場の安定ということを目的とした戦略的行動として説明することは難しいでしょう。OECD諸国は、国政石油市場において生産側以上にはるかに高いシェアを1960年代から1980年代まで維持してきました。それにもかかわらず、1970年代以降、OPECの「石油戦略」やイラン革命などに戦略的に対応したと評価するのは無理があると思います。原油、あるいはより一般的に石油のように、戦略的な資源でさえ、ある政治的アクションを説明するのには限界があるのではないか。そのように思います。別の側面から考えれば、海賊による日本のタンカー襲撃が示すように、原油へのアクセスを直接に企図していない国際協調が結果としてそのような効果をもつこともあります。原油が戦略的資源であることは否定できないと思いますが、過度に戦略性を追求することには限界もあるでしょう。表2が示すように、消費側から見ても、あるいは生産側から見ても、今日の国際石油市場は、カルテルや排他的取引など戦略的行動によって特定の国だけが利益をえることは難しくなっていると思います。

 2006年のデータを見ると、OECD諸国の消費量に占めるシェアは58.6%にまで低下しています。中国の成長だけでなく、世界的に見て経済では「多極化」の流れが進んでいるということを示しているのでしょう。他方で、1965年から1985年の期間と1985年から2006年の間におけるシェアの低下を比べれば、後者の方が低下のスピードが鈍化していることが明白です。経済の「多極化」にもかかわらず、やはりOECD諸国の生活水準・経済活動の活発さは抜きんでていることを示しているのでしょう。また、地球環境問題への取り組みやや省エネルギー技術でOECD諸国が先進的であることは否定できないものの、これらの国々が国際石油市場そのものへ直接、安定化を図る努力以上に、限られた天然資源を有効に活用する更なる取り組みが、結果として国際石油市場の安定にも長期的につながってくるのでしょう。

 既に、原油価格の高騰はそのような圧力を巨大な消費国に与えているのでしょう(原油価格の高騰自体は、ファンダメンタルズや需給をベースに金融市場とのリンケージから生じているのでしょうが)。とくに北米では他地域とは比較にならないほど中間流分に対して軽質留分の消費量が莫大な量になっています。北米の人口の地理的分布から、公共交通機関による私的交通の代替は困難な問題も多く、ガソリンへの依存を直ちに抑制することは困難でも、石油価格の上昇は、燃費効率の改善や代替エネルギーの開発など別のインセンティブを与えているように思います。経済でも政治でも戦略的行動というのは困難で、ことが起きてから対処することが多いのでしょう。

 石油の話から外れてしまいますが、政治や経済では最初から首尾一貫した原理原則から導かれる戦略的行動というのはむしろ例外であって、多様な試みの中から、優れたものを残してゆくという作業が、地味ではありますが、戦略的行動なのだろうと思います。「個々の政策は、必ずしも、ある統一した戦略、もっとくだけた表現をすれば、原理原則から導かれるのではなく、ときどきの状況に応じて関連が薄かったり、場合によっては齟齬をきたすこともあるのでしょう。そのような政策を事後的に評価し、よきものを残してゆくことが、戦略的行動なのかもしれません」。日本人は、このような意味での戦略的行動を意識的に追求することを軽視する傾向があるように思う今日、この頃です。