2007年11月01日

国際石油市場データに見る経済的相互依存の深化(後編)

 他方で、消費面から見ると、私が迂闊なだけでしょうが、びっくりするようなデータでした。まず、大雑把なまとめを示します。

表2 世界の石油消費に占める各国・各地域の割合

                  1965年	1985年	2006年

アメリカ合衆国 36.9% 26.5% 24.6%
ヨーロッパ・ユーラシア地域 37.9% 37.7% 24.5%
アジア・太平洋地域 10.5% 17.7% 29.4%
日本             5.5% 7.5% 6.2%
中国 0.7% 3.1% 8.9%
OECD諸国 74.4% 62.7% 58.6%


 原データでは実数は一日あたりの消費量を千バレル単位で示しています。まず、細かい点からみてゆきましょう。2003年に中国の石油消費量が580万3,000ガロン/日で日本の545万5,000ガロン/日をはじめて上回りました。2006年には中国が744万5,000ガロン/日で日本が516万4,000ガロン/日です。このデータから中国の成長ぶりもうかがえますが、同時に生産量が伸び悩んでいる状況を考えると、世界的な経済的相互依存に中国も組み込まれていることが、石油という資源・製品に限定しても、端的に示しているデータだと思います。中国の「資源ナショナリズム」と日本も無縁ではなく、ガス田などではむしろ当事者の一人ではあるのですが、中国の消費量は既に日本を凌駕しており、特定の国を囲い込むことで解消する問題ではないように思えます。同様のことは、日本にもあてはまる問題です。

 寄り道ついでに、中国の一日あたりの石油消費量(単位:千バレル)と伸び率を見てみましょう。

表3 中国の石油消費量と伸び率

1990	2323	-0.8%
1991 2524 8.7%
1992 2740 8.5%
1993 3051 11.4%
1994 3116 2.1%
1995 3395 8.9%
1996 3702 9.0%
1997 4179 12.9%
1998 4228 1.2%
1999 4477 5.9%
2000 4772 6.6%
2001 4872 2.1%
2002 5288 8.5%
2003 5803 9.7%
2004 6772 16.7%
2005 6984 3.1%
2006 7445 6.6%


 以前から、中国のGDPデータを「疑惑の目」で見ておりますので、私の中国経済に関する見方には先入観が強いと思っていただいた方がよいのですが、私が何に疑問をもっているかといえば、成長率のデータを見ていると、景気循環がないかのような、フラットな成長を遂げているデータがでてきます。景気循環がどのような要因で生じるのかは、まだ説明が付いていない部分が多く、そのようなフラットな成長もありえないことはないのでしょうが、日本の高度経済成長期でも景気循環は存在したわけで、景気循環も多様な「市場の失敗」の結果としてみる立場からすれば、景気循環が存在すること自体が、ある程度まで市場が機能している(したがって、機能不全も生じる)と見ることもできるでしょう。上記のデータを見ると、1998年と2001年、2005年(この年は前年が極端に高い数字である結果の可能性がありますが)には石油の消費量の伸び率が明らかに低下しており、また、2002年から2004年(この年の数字はあまりに極端な印象もありますが)には高い伸び率を示しています。石油の消費量がGDP成長率と直結していると考えるのは危険ではありますが、ある程度の相関があることを考慮すると、上記のデータは、GDPデータでは現れていない景気循環が中国経済にも存在している可能性があることを示唆していると考えます。まどろこっしい言い回しが続きましたが、要は、中国も通常の市場経済へと進みつつあり、世界的な経済的相互依存関係へ組み込まれつつあるということです。また、中国の経済成長は、クルーグマンが1990年代の韓国や東南アジア諸国に関して指摘した要素投入型の成長として見ることもできるかもしれません。今回、参考にしているデータではそこまで踏み込むのは危ういので、可能性があるというあたりでとどめます。

 再び、表1に戻ると、1965年の時期には、原油という資源の偏在以上に、消費がOECD諸国で75%を占めるという極端な状況であったことがわかります。1960年代に原油価格が安定していた理由としていわゆる「石油メジャー」の存在がよく挙げられますが、同時に買い手も集中した状態で、「政治的資源」も西側諸国に集中していたこともあって、買い手の立場が強かった時代だったと思います。また、1965年のデータを見ると、アメリカ一国の石油生産量が中東地域全体の生産量を上回っています。先進諸国が原油の生産、消費、政治的影響力という点で産油国を圧倒していた時代なのでしょう。他方で、1950年代から1960年代は旧植民地の独立が相次いだ時期でもあり、ベトナム戦争で植民地解放という第2次世界大戦後の世界的な政治的動向が後戻りすることがにないことも示されます。しかし、独立を果たした新興国は、先進国に対して共同して影響力を行使するほどの力はまだありませんでした。

 1970年代に入ると、イスラエルとアラブ諸国の関係が極端に悪化し、中東地域でのナショナリズムは、キッシンジャーが"Years of upheaval"と回顧録に表現したとおり、単に冷戦という枠組みだけでなく、いわゆる「非同盟諸国」を中心に独立から反米ナショナリズムの高揚によって世界中が政治的にも経済的にも混乱した時期でした。これは、ベトナム戦争後、孤立主義的な傾向を強めたアメリカの影響力の低下とソ連の影響力の増大という側面もあります。さらに、ブレトン=ウッズ体制の崩壊など国際経済体制の劇的な変化と先進諸国においてスタグフレーションが進み、国内での財政金融政策の模索と同時に国際協調体制の再編が図られた時期でもあります。原油価格の上昇は、直接的には先進国の経済へインフレーションという形で影響をおよぼしましたが、同時期に起きた政治的・経済的混乱によって、OECD諸国が一方的に交易上、有利な条件を途上国に強いることは難しくなり、国際協調体制の再編によって、より自由主義的で開放的な経済的秩序を構築する模索の時期であったと思います。1970年代から1980年代のこの試みがどの程度まで成果を評価することは、私の手に手に余ります。「自由主義的で開放的」と書きましたが、「プラザ合意」などによる為替レートの誘導など場当たり的な対応が行われた事例も少なくありません。

 国際石油市場の安定という点で国際協調体制がどの程度、効果をもったのかという点に絞っても、評価は難しい問題です。表2に示されているように、1985年の時点でもOECD諸国は世界の石油消費の約62.7%を占めていました。これらの諸国が、消費国として協力してOPEC諸国に圧力をかければ、価格の引下げが起きたのかもしれません。しかし、現実には、カルテル内部での利害の対立や「アウトサイダー」の存在など、サウジアラビアの減産停止に象徴される「カルテル破り」に有効なパニッシュメントの構築の失敗など、カルテルそのものがもつ不安定性が大きく作用したようにも見えます。これは、あまりに経済的な側面に偏った見方かもしれませんが、消費国が偏在しているという実態を先進諸国は積極的に活用せず、イラン・イラク戦争におけるアメリカのイラクへの援助のように、イラン革命の波及を押さえ込むという政治的な対応がメインであって、そこには国際石油市場を安定化するという目的は希薄であったと思います。こちらでボブ・ウッドワードによるグリーンスパンのインタビューを紹介しましたが、グリーンスパンは、イラク開戦にあたって、ブッシュ政権に国際石油市場の安定という観点は希薄であったと指摘しています。もちろん、キルクーク油田などには手回しが良すぎるほど兵力を展開したために、戦争目的が石油利権の確保ではないかという疑念を招く一因とはなっているのですが。

 いずれにせよ、OECD諸国の国際石油市場への対応と国際政治における実際の対応は、サミットのようにある程度、経済的な動機に裏付けられた部分があるとはいえ、国際石油市場の安定ということを目的とした戦略的行動として説明することは難しいでしょう。OECD諸国は、国政石油市場において生産側以上にはるかに高いシェアを1960年代から1980年代まで維持してきました。それにもかかわらず、1970年代以降、OPECの「石油戦略」やイラン革命などに戦略的に対応したと評価するのは無理があると思います。原油、あるいはより一般的に石油のように、戦略的な資源でさえ、ある政治的アクションを説明するのには限界があるのではないか。そのように思います。別の側面から考えれば、海賊による日本のタンカー襲撃が示すように、原油へのアクセスを直接に企図していない国際協調が結果としてそのような効果をもつこともあります。原油が戦略的資源であることは否定できないと思いますが、過度に戦略性を追求することには限界もあるでしょう。表2が示すように、消費側から見ても、あるいは生産側から見ても、今日の国際石油市場は、カルテルや排他的取引など戦略的行動によって特定の国だけが利益をえることは難しくなっていると思います。

 2006年のデータを見ると、OECD諸国の消費量に占めるシェアは58.6%にまで低下しています。中国の成長だけでなく、世界的に見て経済では「多極化」の流れが進んでいるということを示しているのでしょう。他方で、1965年から1985年の期間と1985年から2006年の間におけるシェアの低下を比べれば、後者の方が低下のスピードが鈍化していることが明白です。経済の「多極化」にもかかわらず、やはりOECD諸国の生活水準・経済活動の活発さは抜きんでていることを示しているのでしょう。また、地球環境問題への取り組みやや省エネルギー技術でOECD諸国が先進的であることは否定できないものの、これらの国々が国際石油市場そのものへ直接、安定化を図る努力以上に、限られた天然資源を有効に活用する更なる取り組みが、結果として国際石油市場の安定にも長期的につながってくるのでしょう。

 既に、原油価格の高騰はそのような圧力を巨大な消費国に与えているのでしょう(原油価格の高騰自体は、ファンダメンタルズや需給をベースに金融市場とのリンケージから生じているのでしょうが)。とくに北米では他地域とは比較にならないほど中間流分に対して軽質留分の消費量が莫大な量になっています。北米の人口の地理的分布から、公共交通機関による私的交通の代替は困難な問題も多く、ガソリンへの依存を直ちに抑制することは困難でも、石油価格の上昇は、燃費効率の改善や代替エネルギーの開発など別のインセンティブを与えているように思います。経済でも政治でも戦略的行動というのは困難で、ことが起きてから対処することが多いのでしょう。

 石油の話から外れてしまいますが、政治や経済では最初から首尾一貫した原理原則から導かれる戦略的行動というのはむしろ例外であって、多様な試みの中から、優れたものを残してゆくという作業が、地味ではありますが、戦略的行動なのだろうと思います。「個々の政策は、必ずしも、ある統一した戦略、もっとくだけた表現をすれば、原理原則から導かれるのではなく、ときどきの状況に応じて関連が薄かったり、場合によっては齟齬をきたすこともあるのでしょう。そのような政策を事後的に評価し、よきものを残してゆくことが、戦略的行動なのかもしれません」。日本人は、このような意味での戦略的行動を意識的に追求することを軽視する傾向があるように思う今日、この頃です。