2007年11月20日

高いスプーン 安いスプーン

 ブログでは書けない、というよりも言葉として表現できないことで頭が一杯で、「寝言」にすらならない思考以前の「考え」が頭をめぐり、どうもよろしくないようです。気が狂わないように、「現実」なるものに必死にしがみついている。そんな感覚です。

 ずいぶん、大袈裟な書き出しになってしまいましたが、最近、参っているのがスプーン。ちゃらんぽらんな私は、コーヒーにミルクを入れたときに混ぜるときにも、アイスクリーム(1年に1回ぐらいしか食べませんが)を食べるときにも、この20年近く同じスプーンを使っていました。いつの間にやら、「行方不明」。既に、自宅が「樹海」状態でして、探しても出てこない自信があるのは、女性の○毛ぐらいのものです。これだけは、まず間違いがなく、自信をもって書けることです。あまり、自信に満ち溢れて書くことではないのですが。

 しかたがないので、「二軍」のスプーンを使うも、すこし小さめで使いにくく、ちょうどよい大きさのスプーンはないものかと、いろいろ探したのですが、入ったお店が悪いのか、150円未満の使いにくそうなスプーンかやたらと高いスプーンばかり。昔なら、迷わず高いスプーンを買うところですが、最近の騒ぎのせいで価格が品質のシグナルであるとは限らず、たかがスプーン一つを買うのに躊躇ってしまいます。他方で、安いスプーンを買うのも気が進まず、悩ましいです。変な消費の習慣があって、ふだん、よく使うものは高いものを買い、あまり使わないものは安く済ませるというちょっと変な感覚があります。風変わりなところでは、家電製品は安いもので十分。使わない機能が多すぎるものですから。

 それにしても、スプーン一つとっても、中間ぐらいの実用的かつちょっとだけ柄のところに装飾がある、こんなもんでしょというのを探すのに苦労するというのはなぜと思ったりします。最も単純な理由は、年齢とともにもともと決断力に乏しかったのが、ひどくなっているという話でしょうか。気がつくと、来年のリフィル(能率手帳タイプ)を買っていない状態で、まずいなあという感じ。なんとなく、中の下あたりの私みたいな層が暮らしにくくなっているという「寝言」を囲うと思いましたが、加齢とともにずぼらになっているだけだと気がつきました。それにしても、いまだに分厚いシステム手帳を持ち歩くのが面倒になっていて、買い換えたいと思いつつ、思い切って買い換えることができずにおります。持ち運びは不便なのですが、リフィルをとっておくと、記録代わりになりますし、毎年、手帳を買い換えると、住所録の保存は別のものが必要になり、意外と不便。さらに、大きめであるがために、メールできた会合の詳細などを挟んでおくのに便利など、この種の無駄も必要なのかなと。

 以上、「不惑」を前に迷ってばかりいる中年男の「寝言」ならぬ「世迷言」でした。
posted by Hache at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言