2008年01月01日

あけましておめでとうございます(2008年 元旦)

 正月にお越しいただいた方々に、謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年も、(お暇でしたら)よろしくお願い申し上げます。

 今年は大変な年になりそうです。元旦に午前7時すぎに目が覚めました。はっきりいってありえない(今年も「自爆」から始まるのは「お約束」ではありますが)。自分でもびっくりしました。ただ、ふだんよりは眠く(というより低血圧の症状でしょうか)、年賀状をとってきたのはよいのですが、冷や汗ものです。今年は一通も出さずに、届いた方々にお出ししようというよこしまな考えでおりましたが、例年より元旦に多く届いて、慌ててパソコンで印刷しようとしたら、『筆まめ』のインストールを昨年に買ったPCにしていないことに気がついて、さらに慌てました。インストールしようとすると、今度はシリアルナンバーを要求されて、もう忘れたという状態。一世代前のPCでなんとか印刷は終わりましたが、ちょっと疲れて、印刷で終わり。何通かメールで賀状を頂きましたが、ご年配の方以外はなんとかメールで済ましたいというますますよこしまなことで頭が一杯になりました。

 それにしても、新年早々、早起きというのはわれながら気もち悪いです。なにかよからぬことの前触れでなければよいのですが。大晦日は紅白を見ながらすき焼き(今年は豪勢に日本酒をがんがんお肉に注ぎましたが)を食べ、今年はワインではなく日本酒に。ある方に雑誌でランキングで上位に入っていたと教えていただいたので銘柄は伏せておりましたが、あるルートで確実に入手できるので、命の賢者様がいないうちにばらしてしまうと、「飛露喜」生酒です。日本酒を飲むのは正月ぐらいでして、そもそもふだんは一人では酒をのまないので、事実上、正月ぐらいでしょうか。日本酒は飲みすぎると後に残りやすいので、できるだけ正月とかで終わりです。飛露喜は2001年頃に正月に知り合いと飲みに行って「かすみ生酒」を二人で一升をあける勢いで飲んで以来、癖になりました。辛口好きの正統派でも好きだという方は少なく、白ワインのような芳醇さがたまらないです。ただ、冷蔵しても、開封して3日ぐらいで空けてしまわないと、発酵してしまうのが難でしょうか。さらに秘密をばらしてしまうと、一本3,000円程度(配送料(含クール便・代引手数料)込)やで手に入ってしまうというのがありがたいかぎり。

 元旦は二日酔いもなく始まりましたが、年賀状で疲れて、頭を休めようと本を読み出したら、悪い頭には『省察』があまりに平明で難しく、「近代合理主義」というのは神話ではないかとすら思えてきます。私の悪い頭では、どう「神」を理解するかで文脈がまるで変わってしまいます。これが実に悩ましい。なにしろ、『省察』は厄介で今回は逆の順番で読んでおりますが、「神」を前提におくと、デカルトの考察は実に平明ですが、このあたりがどうも臭う。デカルトがもし人が悪いとすると、確信犯的に神をもちだしながら「無神論」を説いていたようにも読めるわけでして、頭が悪いというのはどうでもよいことを考えてしまいます。このあたりの失敗作の典型はレーニンの、題名を忘れてしまいましたが、唯物論なんていって「観念論」を排除してしまうと、哲学の名にも値しない話になってしまいます。

 デカルトが誠実な人だとすると、実によく考えたものだと思います。「合理」の外側には「非合理」が驚くぐらい広がっていて、そこをあえて触れずに「神」。おかげで人間は「合理」の世界に徹することができるようになったわけでして、近代合理主義というのは「合理」の世界しか想定していないというのは、後の人が間違えたんでしょうね、きっと。擁護する人も批判する人もですが。たいてい、世の中は「進歩」などせず、デカルトも「近代合理主義」の祖としておくのが後から来る人には便利だったのでしょう。デカルトが語らずして語ったことは忘れ去られてしまったようです。後から来る人には先の人よりもモノが見えると主張できる幸福があり、先の人たちが見ていて語らなかったことを知ることはできない不幸があるのでしょう。

 とまあ、新年早々、訳のわからない「寝言」にお付き合いしていただくのも恐縮ですが、幸い、ニューイヤーコンサートが始まる時間が近づいてまいりましたので、新年早々の「寝言」もここまでです。2008年の始まりに熟睡した上に早起きときますと、そらおそろしいのですが、あまり深入りせずに、新年の贅沢を楽しもうと思います。 
posted by Hache at 18:11| Comment(2) | TrackBack(1) | 健康な?寝言