2008年01月09日

『算数の発想』ほか

 ヒラリーが逃げ切りました。とくに感想はないのですが、Intradeを覗いたら、今度はオバマが大ピンチ。人間というのは「結果論」の世界で生きていることを痛感します。なんで感想がないかといえば、まず選挙権がないですし、誰がなってもアメリカは、この国にとって、善悪是非はおいて、もっとも影響力のある「外国」です。どうにもならない。なにより、不謹慎そのものですが、こういうシーソーゲームは楽しい。ただ、間違っても「マケイン支持」とは書きません。私が投票権のない候補者を支持して勝ったためしがなく、因果関係が逆なのは百も承知ですが、あまりに怖いです。ちなみに投票権がある選挙は、この10年間ぐらい、すべて「勝ち馬」に入れているという状態で、こちらも気もちが悪いです。

 相変わらず左足の調子が悪くて「蹇々」という状態ではないのですが、再発させると厄介なので、とりあえず、ひたすら歩いております。おかげで夜はぐったり。新年会で「この本はおもしろいよ」と勧められて読み始めたのが、小島寛之『算数の発想』(日本放送出版協会 2006年)です。まだ、途中ですが、確かにおもしろい。ちょっと強引かなと思う部分もありますが、そのあたりは読み流して頭の体操としてだけでも楽しいです。確信はないのですけれど、「考える」ことの意味を考える、別のアプローチもあるのかなという気分になります。痛快だったのは、次の一節。

 読者は学校教育などで、「人のことを考えて行動しなさい。人のためになることをするように心がけなさい」と耳にタコができるほど説教されたことと思う。けれどもこの定理(厚生経済学の第一定理、原著では「ワルラスの定理」:引用者)は、そのようなお説教に対して、逆説的なことを述べている。つまり、こと経済的豊かさに限っていうなら、すべての人が他人のことなど考えず自己の利益だけを考えて利己的に行動すればいい。むしろそのほうが社会を最適にする、と主張しているのだ。この定理では、証明を読めばわかるが、いくつかの数学的前提が暗黙に仮定されている。その前提がこの社会に、どの程度整合性があるものなのかをひとまずおくとすれば、これは私たちの価値観をくつがえすのに十分な主張といっていいだろう。
 実際、筆者はこの定理と証明を知ったとき、溜飲が下がる思いだった。「人のことを考えて行動しなさい。人のためになることをするように心がけなさい」という考えを押しつける人に限って、無償で奉仕してほしい、不利益につながるような面倒を起こさないでほしい、と考えているのが見え見えのように思われたからだ。つまるところ、言っている本人の都合最優先にしか聞こえなかったのである。大人になるにしたがって、この感触がほぼ正しかったことを次々と確認し、(大人とか教師とかに)だまされたという想いが強くなった。そういう筆者にとって、この「ワルラスの定理」は、胸のすくような気分を与えてくれたのである(65−66頁)。

 小島先生よりも性格がはるかに「複雑骨折」している私は、「善意」の怖さが少なくとも数理レベルでは証明されたと読んでしまいます。社会をよくしようという試みがなぜこうも無残な失敗に終わるのかという疑問符が、私の青年期の始まりでした。中年になっても、「答え」が見つからないのですが。「答え」が書けないので、「寝言」を書いております。

 ついでといってはなんですが、新潮選書のコーナーを久々に覗いたら、装丁が変わっていて、ひょっとしてあの本が絶版になっていないかと不安になりましたが、「ご健在」でホッとしたので、思わず衝動買いをしてしまいました。高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮社 1981年)です。高校時代は、それ以前とは対照的に、日本人の書いたものを濫読しましたが、現代人で記憶に残っている数少ない著書です。20年程度前に読んで、何度、読み返したかはわからないです。読むたびに読めていないことに気がつく、現代人の書いた著作です。思えば、このブログを書き始めるきっかけの一つは、高坂先生の衰亡への感覚だったのかもしれません。この著作で引用されているプラトンの『法律』の一節が少しだけわかる、というより、リアリティをもって感じるようになりました。

 「なぜなら海は邪悪な隣人であり、日々の交際には快適なものであっても、内在的には塩からく、苦いものである、というのは、それは国を貿易商の仕事で、国の住民の心を狡猾とうぬぼれで、政体それ自身をその内外両政に関する不信と不満で満たすからである」(271頁)

 この本の「書評」はいたしません。「ある幸福な敗戦国の衰退史」に終わり(私がくたばれば文字通り終わりますが)があるのか、書いている本人も途方にくれますが、何度読んでも、著者と「問答」をしてしまう、数少ない現代日本人の著作です。微妙に病気気味なので重たい話は避けますが、ヴェネツィアの独身男性のくだりはドキッとしてしまいます。「お前みたいなのが衰退の象徴だ」と詰問されれば、「ごもっともでございます」と答えざるをないのが、ちょっとだけ悔しかったりします(だって、私みたいなのと「合体」もとい「同盟」したいなんて物好きな方はいないんだよなあ。女性は相応に利巧だもの。顔が悪い、頭が悪い、性格が悪い、金がない、地位もない、おまけにデブだ!ぶつぶつ)。


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posted by Hache at 23:53| Comment(3) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言