2008年01月18日

戦後民主主義の「教訓」

 駅の出口で『朝日』の夕刊をもらいました。号外ではなく、勧誘のご様子。丁寧に透明なビニール袋に夕刊とティッシュが入っていて、ちょっと得した気分になりました。もちろん、夕刊はあっさりゴミ箱に入れられてティッシュだけが生き残るという不幸せな運命をたどったのですが。ソフトバンクがモデムを無料配布しているときには活気を感じましたが、『朝日』が夕刊を無料配布していると、読者が増えなくて大変なんだろうな、かわいそうだなとは思うのですが、なんとなく昔はやったお店がうらぶれて廃れてゆくようなあはれを感じます。昔、坂戸市の喫茶店で本を読んでいたら、地元の主婦と思しき方が、「分厚い本なんて重くて重くて」とか「もう新聞なんて捨てるのが面倒でしょうがない」とか話しているのが聞こえてきて、恥ずかしくなってお店から退散したことを思い出します。最近は、私も紙ゴミの処理に終われる毎日です。

 さて、『朝日』といえば、戦後民主主義の「旗手」であったという感覚がありますが、最近は凋落が著しいようです。さりとて、戦前の「軍国主義」が復活するという気配もなく、憲法を意識するかしないかにかかわらず、平和主義は概ね「国是」として定着してきたといってよいのでしょう。「補給支援活動」に参加するのにすら、武力行使と一体化するかどうかとか、「寝言」を書いている人間が書くのも憚れますが、まさに寝言のような議論がまともに国会で議論されているのを見ると、本来の寝言すら浮かばないぐらい熟睡できそうな光景です。あえて「寝言」にいたしますると、平和主義の象徴は国会での禅問答とメディアの条件反射のような論調というところでしょうか。

 「保守論壇」がもてはやされた時期には戦後民主主義への批判が盛んだったような印象があります。もっとも、言論の世界の対極、すなわち「寝言」、あるいは悪い冗談ばかり思い浮かぶ私は、少数の論考を除いてタイトルしか見ておりませんのであくまで印象論にすぎませんが。以下で述べることは、ひょっとしたら、とっくに論壇の世界では指摘されているのかもしれませんが、戦後民主主義は偉大な教訓を示していると思います。「平和愛好国」として戦争の放棄は当然として、再軍備をアメリカに拝み倒される形でしぶしぶ行い、「専守防衛」のもとで自衛の範囲内で最小限の軍備に抑えてきました。驚くべきことに、防衛費が極めて抑制的であったにもかかわらず、財政赤字は膨大な金額に上っているのが現状です。財政の問題に関しては、維持可能性の問題について多くの論議があるようですが、いかれた「外道」には軍備と戦争という近代国家の財政の困難を相対的にまぬがれてきた国が、これほどまでに財政赤字を膨らませたことに驚きを禁じえないです。戦後民主主義の終着点は、このような巨額の財政赤字を発生させたということであるならば、結局は政治的リーダーシップの欠如ということになるのではないかと感じております。

 太平洋戦争にいたる過程に関しては今でも様々な考察があるようですが、「空気」という言葉を見た瞬間にため息がでます。戦前も戦後も政治的リーダーシップが欠如しているという点では、大差がないように思います。財政という面から見れば、戦後の方がはるかに緩やかな制約の下であったにもかかわらず(もちろん、財政が悪化したのは表面的にはこの20年程度の現象ではありますが)、このありさまです。財政が破綻に至らなくても、国債費や社会保障関係費、地方交付税交付金などは減少する気配もなく、おそらくさらに10年程度、他の費目が圧迫されるのでしょう。さらに、「寝言」を重ねれば、今後10年間でそのような傾向を逆転するリーダーが連続して輩出する可能性はほとんど無視できそうです。「空気」の実体たるや、実は政治的リーダーを養成するメカニズムの欠如ではないかという「寝言」が浮かびます。世論の気分任せの政治というのは、裏を返せば、「人民の欲するところに訴え、人民の欲するところを制限するにある」(岡崎久彦『陸奥宗光』)というリーダーシップの要諦を欠いた政治だということです。それでも、国際情勢が安定していれば、リーダーシップの欠如すら、致命的ではないのでしょう。そうでなければ、戦前とは異なった「破局」すらありうるように映ります。「内憂外患」とはよくいったもので、社会の混乱というのは内的要因と外的要因の双方から起きることがしばしばではないかと。

 極論すれば、経済活動というのはいかに富を生み運用するかであり、政治活動というのはいかに富を浪費するかということであろうと。「浪費」という表現は既にネガティブなニュアンスを含んでいますが、浪費にも上等なやり方とそうでないやり方があるようです。どうも、この国はこの100年程度、上手に浪費するリーダーを継続的に生み出すメカニズムをいまだに確立していないように見えます。もちろん、そのようなメカニズムを確立できた国の方が少数であって、大抵は大をなすものですが、そうでない国は生存するのがやっとであり、運任せかもしれないと感じます。
posted by Hache at 08:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言