2008年01月24日

金融システム不安と「世界同時株安」

 久しぶりにテレビのニュースを見ていたら、「サブプライムローン問題に端を発した世界同時株安」という表現が定着しているんだなあと感心しました。あんた、他人事みたいだねえって?「時の最果て」だから、書けますが、もうちょっとみんな狼狽してある会社の株価がもう500−1000円程度、下がったらもう2枚はいけると、邪まな考えで頭が一杯だったので、「デカップリング」というより、世間様からずれているのは相変わらずだなあと。ますます、ど顰蹙を買いそうですが、大御所の替え歌ではなく、こちらの「詩」を拝読して楽しんでおりました。もちろん、「外道」ではありますが、人非人ではないので大変だなあとは思いますが、こういうときはなぜかシニカルではない、ビタネスを含んだユーモアに飢えてしまいます。

 さて、今回の騒動ですが、まだ幕が上がったばかりで(「舞台裏」ではもっと前から「準備」が進んでいたのでしょうが)、いまだに「マグニチュード」がわかりません。アメリカではブッシュ政権の「対策」とFRBの緊急利下げが実施されて、金融システム不安と「世界同時株安」と「実体経済」の減速への対応が一体となっていて、批判する方たちも、あまり区別せずにいるようです。もちろん、現実の経済は両者が一体となっているわけですが、金融市場の混乱が実体経済へ悪影響をおよぼす懸念が高まっている印象があります。また、1990年代の後半から日本経済が経験した不良債権問題と重ね合わせてみる傾向がこの国では強いという印象もあります。このような捉え方は、けっして誤りではないのでしょうが、違和感もあります。とくに、後者、すなわち、日本の不良債権問題は当時、世界経済の懸念材料として海外では捉えられていましたが、その間に世界経済は日本経済の「不調」によって減速することはありませんでした。また、日本の金融システム不安が各国に波及するという現象も、皆無ではなかったのでしょうが、無視できる程度だったと思います。今回の事態は、そのような経験でははかりきれない部分があると思います。

 それは端的に言えば、邦銀の不良債権問題とその克服のプロセスは、国際金融システムや国際通貨体制に影響を与えるものではなかったということです。もちろん、アジア通貨危機では邦銀の行動が無視できませんが、その後の危機と克服のプロセスは、いささか自虐的ではありますが、日本国内の問題であって、海外では懸念材料であっても、直接、国際的な金融システム不安に発展することはありませんでした。言い換えれば、危機の克服の過程は、国際的な金融システムを再編するような影響をもたなかったということです。あくまで私の印象にすぎませんが、国内で議論されている、アメリカの金融システム不安はそれと同列に扱われている部分が大きく、財政的な対応や金融当局の対応の不備を厳しく批判する内容が多いようです。個々の指摘は鋭いのですが、目先の「危機」に追われて、全体像をつかむことが難しいように感じます。もちろん、今回の「危機」が不良債権とたいして変わらないのであれば、アメリカの打つ手が後手に回っても、向こうの調整スピードはこの国の比ではありませんから、おそらくはるかに短期的に金融市場は「復活」する可能性が高いでしょう。もちろん、アメリカといえども「全能」ではありませんから、この国の「轍」を踏まないという保証はありませんが。

 今回の危機は、この国の金融システム不安とは比較にならない影響を及ぼしています。それは、第一義的にはアメリカ国内の信用創造のプロセスの危機ですが、サブプライムだけでなく、CDOのような証券化による金融商品は国内だけでなく、海外でも売買され、とくにEU圏では信用創造の一端を担っています。CDOがなくても、今日の先進国における信用創造が長期的に支障をきたさないのであれば、しばらくは(とはいっても、半年とか急速な調整は困難でしょうが)混乱が生じても、自発的であろうが公的強制であろうが、解決は容易ではないけれども、資本を強化することで乗り切ることができるでしょう。しかし、CDOだけでなく、証券化自体が長期的に機能不全に陥った場合、単なる個々の金融機関への資本注入だけでは問題が解決しないでしょう。現在、起きているのは、「相互不信」によるある種の「ディスオーガニゼーション」でしょうが、それが資本注入によって解決できるレベルなのか、それを超える金融システム不安なのかの見極めができておりません。ただし、後者の場合、市場での「危機」の克服は、より複雑化してはいるものの、より機能的な金融市場へと発展する可能性があるのかもしれません。

 もう一つは、欧米系金融機関へのSWFなどによる資本注入です。こちらは、資本注入の対象となった金融機関の脆弱性やSWFの「戦略的行動」によって先進国経済(場合によっては軍事関連企業との関係を重視した安全保障上の懸念)もありますが、SWFの発言権が強くなる可能性とともに、欧米系の金融機関が先進国間だけでなく、圏外の経済主体との相互依存を深化させているということにもなるのでしょう。国際金融の世界では先進国間の協調体制が依然として基礎にあるのでしょうが、異質のプレイヤーを取り込んだルールや制度が確立してゆく過渡期なのかもしれません。そのプロセスでは、様々な摩擦が避けられないでしょうが、欧米の金融機関に途上国のSWFが関与していることは、彼らによって欧米が振り回されること以上に、利害関係者として圏外の経済主体の行動が制約される可能性があるでしょう。ただし、それは今後、アメリカを中心とした国際金融のルールが確立するか否かによります。他方で、こららのSWFの行動は、アメリカ中心の国際金融市場の崩壊をおそれており、それに代わる秩序が形成される可能性がほとんどないことを示しているのかもしれません。

 目の前で「火事」が起きているのに、「火事」が収まった後のことを論じるのは、気が利かないことかもしれません。日本の政治指導者・金融当局のリーダーシップの欠如や欧米の「失策」を論うことが盛んなときに、そのような試行錯誤をへて金融市場が発展してきたことは、この100年近い金融危機への対応を見ると、自明なようにも感じます。「時の最果て」らしく、思いっ切り、ずれた「寝言」を呟いてみました。