2008年02月25日

沖縄での暴行、「あたご」と漁船の衝突に寄せて

 上海馬券王先生の文章が拝読でき、日曜日は御機嫌でした。やはり中国餃子を食べても平気な馬券王先生の見事な予想は脱帽です。こちらは勝馬投票券に「投資」することよりも、項羽をぶっ倒して落馬させることに熱中してしまいました(土曜日の「寝言」に「成果」を追記いたしました。

 さて、幸せな気分から一転して、「時の最果て」の苦手な「オピニオン」風のことを書いてみましょう。このところ嫌な事件・事故が続発しております。沖縄での事件、あたごと漁船との衝突などなど。被害にあった女子中学生には同情を禁じえません。沖縄での事件に関してはアラメイン伯さんの記事に最も共感しました。もうこの事件と基地問題をリンクさせるイデオロギーから自由に議論が進んでほしいと願います。

 「あたご」と漁船の衝突に関しては、あまりないですね。finalventさんが『産経』の社説をとりあげた記事で違和感を感じました。この問題で「勝ち負け」というのはないのではと思います。うまくいえませんが、外交よりも安全保障の問題ではどうもイデオロギーの枠を超えることが現状では難しいことを感じます。まず、メディアの論調は、それぞれの思惑があったと思いますが、『朝日』(自衛隊の発言権を弱めたい)も『産経』(事故によるダメージを最小限にしたい)も海自に責任ありという意図が事実解明の前にありきでどうも受け付けませんでした。事故で行方不明の方もでておりますが、事故を利用して政治的思惑で動く与野党、下世話な「イデオロギー」で騒ぐメディアにはうんざりしております。

 このような風潮に感じるのは、この国の抑止力を高めることが、それに賛成する人であろうが、反対する人であろうが、等しく恩恵をもたらすという安全保障政策の独特の性格がまるで理解されていないことです。このような主張も、「イデオロギー」の世界では「タカ派」のレッテルを貼られるのでしょうが、そんなことは私にとってどうでもいいです。そんなことよりも、この国が安全になるための方策を考える方が私の性にあいます。私には不思議に感じますが、「あたご」の横須賀までの航路は公開されているのかどうか、軍事機密であるため非公開であるならば、民間の船舶が多数通る海域でどのような対応がより事故を引き起こす確率が低くするのかなどについてまるで判断材料を提供してくれるような事実の分析が少なく、寒い感覚を覚えます。「あたご」の見張り体制なども大切ですが、イージス艦のそばによること自体が事故発生の確率を上げますし、さらにいえば、万が一、テロを目的とした船舶の接近があれば、今の体制では見張りがどうのこうのでは対応できないでしょう。海自の対応の不備や責任はもちろん議論が必要ですが、今後の事故や非常時への対応につながる事実の報道が少なく、単に騒いでいるようにしか見えないです。ひどいことを書いてしまえば、私から見ると、右も左もこの国が日米同盟で安全だという暗黙の了解があって、いまだにのんきに内ゲバをやっているようにすら見えます。

 秋田浩之『暗流』(日本経済新聞社 2008年)にあまり高い評価をしませんでしたが、そうだろうなあと思っていたことを裏付ける事実の描写はおもしろいとは思います。ただ、米中関係が協調と衝突の双方の可能性を秘めながら、長期では衝突するだろうという見通しが微妙で、台湾海峡の情勢しだいでいきなり衝突するリスクも無視できません。こちらでは、かんべえさんの楽観的な見通しを書きましたが、「古典的な」台湾海峡における米中衝突の可能性がなくなったわけではありません。岡崎研究所を訪れたのは、古典的なリスクが台湾総統選でどうなるのかという点をあらためて確認したかったこともあります。私の印象ではリスクそのものは非常に低いのですが、想定されているシナリオ以外にも衝突の可能性は否定できず、今の法体系ではまるで対応できないでしょう。米軍再編で戦略的に日本がアメリカに組み込まれるとかで議論になっているようではお寒いです。自国の安全にとってどのような選択肢がベストなのか(あるいはほとんどないことを認識するといったほうが正確かもしれません)を明確にする情勢の把握が欠如しているから、こんな程度の議論になってしまうのでしょう。情勢分析の客観性の限界がある以上、濃淡がある程度、生じます。また、情勢分析は基本は事実の把握であって、事実からただちに政策が導かれるわけでもないのでしょう。しかしながら、とりうる選択肢がどれほどあるのかを絞り込むことは可能だと思います。そこにイデオロギーが紛れ込むから、話がおかしくなります。

 例によってとりとめがなくなりましたが、雪斎先生の「イデオロギーフリー」には共感するものの、一連の出来事に関する国会での議論や報道を見聞きいたしますと、残念ながらそのような状況にいたるには、少なくとも、もう一世代はかかる感じがいたします。私が勝手に悲観的になっていて、日米同盟の抑止力を実感することが生ずれば、一気に解決をしてしまうのかもしれませんが、皮肉にも日米同盟がやはり強力で、バカげた空理空論が世にはびこるほどまだ安全なのだと呟くしかないのかなと思ったりします。安全保障をめぐる議論で自分の主張が通れば勝ち、相手の主張が通れば負け、という発想ほどバカバカしいものはないというのが今日の「寝言」です。

 かっこをつけるわけでもなく、「美学」というわけでもなく、私自身は、集団的自衛権の行使を中核とする日米同盟の双務性を高める様々な枠組みを丁寧に「小骨」や「地雷」を取り除きながらつくりあげることがこの国の安全に寄与すると考えておりますが、それが実現したとしても安心が高まるだけであって、「勝利」という実感をもつことはないでしょう。この国の安全を、確率でしかありませんが、少しでも高めることが第一であって、もっと確実な方法があるのなら、考えを変えるでしょう。区々たる議論の勝ち負けに拘泥する人たちの心情がまるで理解できません。

(追記)下線部を訂正いたしました(2008年2月25日)。
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2008年02月23日

『三國志11』決戦制覇モードに関する「寝言」

 鼻水がようやく金曜日丸一日収まりました。ホッとしました。昨日はかんべえさんにひどいことばかり書いておりますが、悪意はなく(本当か?)、単にわからないことはよけいなことを言わずにわからないと言って頂いた方が、勝手に自称しているだけとはいえ、「弟子」としては「布教」がやりやすいので、ネチネチと攻撃しております(別に経済学なんて物好きのやることですから、わからないことをコンプレックスにする必要はないと思うのですが)。単にかぜのおかげで体を動かすことができなくてストレスがたまっているので、イヤミ攻撃をしただけという話もありますが。

 集中力が回復しておりますが、なかなかバリバリと仕事をこなす状態にはならないので、余暇は軽く歩いてちょっとだけPCでゲームという感じです。ちなみに、グラフィックボードを代えたおかげで、3Dの機能も大幅に改善しまして、コーエーの『三國志』は古いPCではやや重いのですが、まあ快適です。以前にも書いたことがあると思いますが、PCゲームとのお付き合いは長くて、最初に買ったのが『信長の野望』でこれは畿内と尾張、三河、美濃、飛騨ぐらいの範囲で配下武将も存在しない原始的なバージョンでした。この後に同じシステムで全国版がでてやりこんだ覚えがあります。

 もう一つは『三國志』(初回作)でして、こちらは配下武将が存在するので、『信長の野望』以上にやりこんだ覚えがあります。こちらは計略+火計が反則というほど強力で、諸葛亮と司馬懿の二人で敵対勢力を殲滅することが可能でした。以前、上海馬券王先生ご紹介で『三國志11』を買いましたが、初回作以降、まったく『三國志』をやったことがなかったので、ずいぶん進化したなあと感心しました。ただ、オペレーションレベルになると、裏技などがきかないようで、途中で心が折れてしまいました。昔と異なってゲームに使える時間は多くなく、1時間ちょっとだけ進めて数日たつとなにをやろうとしていたのか、わからなくなる始末。正直、面倒です。

 そんな中途半端なユーザー向けというわけではないのでしょうが、チュートリアルにある「成都攻略戦」は1時間ちょっとで終わるそこそこオペレーションが楽しめるシナリオです。これまた、諸葛亮と馬謖コンビが強烈で、気力を1だけ消費して計略が可能でして(馬謖の特技「百出」)、諸葛亮の撹乱(諸葛亮の特技「神算」:自分より知力が低い部隊への計略の成功率が100%。ちなみに孔明の知力は100なので失敗がまずない。例外は「いにしえの武将」の呂尚と張良(どちらも知力100)のみ)で敵の部隊が混乱したまま、関羽や張飛、趙雲、馬超らにガンガン兵を削られるのを見ると、悲しいぐらい気もちいいです。チュートリアルではコーエーが無理に劉備にボケ役を指南役にツッコミ役をやらせていて、あまりの下手くそさに別の意味で笑えますが、「成都攻略戦」の始まりはこんな感じです。

劉備 ふぁぁぁああ……眠いな……
   今日は張魯は攻めてこないし
   全力で暇だ
   で、龐統、
   今はどんな状況なんだっけ?

ホウ統 演義で言うところの
   第六十二回ぐらいですな
   そろそろ劉璋軍と戦闘になって
   成都に進軍する頃合です

劉備 お前、身も蓋もないな……

ホウ統 なに、状況なんて説明しなくても
   大体は皆、わかってくれます
   そんな訳でちゃっちゃと動きますぞ

劉備 そ、そうは言うが
   劉璋殿は同族だぞ
   攻めるわけには……

ホウ統 やれやれ……我が君、
   いったい何のために
   ここまで来たと思っているんですか
   今回はチュートリアルの総決算なんです
   劉璋など、ただの実験台……
   容赦などいりません!

劉備 うわっ……言っちゃったよ
   もうちょっと
   雰囲気を盛り上げてくれてもいいのに

ホウ統 ま、そんな訳で
   今回がチュートリアルの最終回です
   1年以内に成都を落としてください
   手段は問いません
   勝てば誰でも官軍です
   今までに習ったことを生かせば
   そう難しくはないでしょう
   これで我が君も達人中の達人ですぞ!

劉備 達人中の達人!?
   よ、よし、わかった
   やるさ、やってみせるさ!
   開発、軍備、戦闘、設置、技巧……
   すべてを習得した達人に
   なってやろうじゃないか!

ホウ統 じゃ、今から開始です

 もっと上手な攻略法があるのでしょうが、私の場合、このセリフの後でまず、軍師をホウ統から諸葛亮に替えて、開発と有力武将の呼寄(諸葛亮、関羽、張飛など)、各都市からすべて兵力と物資を永安に集中、高翔・馬忠などの探索・登用、馬超の引き抜きなどを3月1日までに終了させて7月頃に永安に物資がそこそこ集まったところで、ショウエン(特技:明鏡)・馬忠(特技:踏破)・高翔(特技:運搬)で輸送部隊を組んで(計略にかからず、難所をダメージなしで踏破でき、移動力が高い)、劉備の下に物資を運び込みます(ただし、到着は10月上旬ぐらいまでかかりますが)。適当に戦闘部隊も組んで適宜、応戦。戦闘部隊の出陣は異常に遅く、9月頃に進撃を始めて、12月31日の最終ターンで黄月英の「火矢」で確実に成都を落とすという芸のないパターンです。もっと早くクリアーする方法がありそうですが、とりあえずは、確実さを重視という感じでしょうか。途中で金欠になるので嫌になることもありますが。ちなみにクリアーした後、ホウ統が生きていた場合のセリフはしんみりしますが。

 もう一つのお楽しみが「決戦制覇モード」でして、10分から1時間程度で終わるシナリオが15(全部クリアーすると、隠しシナリオが出現しますが)ほどあります。曹操がプレイヤー担当のシナリオは、嫌らしいのが多いのですが、董卓がプレイヤー担当の唯一のシナリオが「虎牢関の戦い」でして、これが初級の最初です。要は、反董卓連合軍を呂布が一騎討ちでぶちのめすというものでして、3回一騎討ちで勝つと、劉備・関羽・張飛トリオと勝負です。普通にやっていると、張飛→関羽→劉備の准で相手は交代するのですが、呂布の防御力は以上で方針を「闘志重視」(他には「攻撃重視」、「防御重視」、「一発重視」などの方針があります)でも関羽と張飛の攻撃はそれなりに呂布の体力を削るのですが、運の悪いことになぜかか弱い劉備さまのときに闘志が最大になって、われながらむごいのですが、呂布の「無双」(最も強力な「必殺コマンド」。相手の体力を大幅に削った上に負傷させる)をくらって、落馬・負傷となって「制覇」となります。反射神経がとてつもなく鈍い私には楽なアクションゲームでして、この一騎討ちが楽しいです。「方天画戟」と「赤兎馬」に呂布というのは恐ろしく強く、爽快感があります。尊師様そっくりの董卓の配下ということもあって「弱いってのは罪だな!!」という勝利後の呂布のセリフで「極悪非道」気分を満喫できます(ちなみに呂布で「一発重視」を行動方針にすると、クリティカルを連発して5分もかからずに終わります。これまた、張飛、関羽にクリティカルを食らわした後に、劉備様に「クリティカル+必殺技」で落馬させ、負けた後に劉備が張飛を宥める発言を読みながら、「足引っ張ったの、おめえじゃねえか!」とツッコミを入れたくなる衝動をより高めます)。

 もう一つ、一騎討ちがメインとなるシナリオが「勇将集結」でして、プレイヤーが担当するのは張飛で12人の武将に勝つのが最初の勝利条件です。話自体はでたらめでして、道をぶらぶらしている張飛を左慈がからかって、三國志に登場する12人の武将に勝つミッションを課します。11人に勝ってからが大変でして、三國志最強の武将、そして中国史上最強の武将と連戦となっております。暇つぶしに再クリアーした際の状況を確認しておきましょう。


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2008年02月22日

外航海運に関するメモ(2)

 外航海運に関してあらためて別のところでお話を伺う機会がありました。非常に刺激的でした。おつきあい頂いたなかでも、とくにHさんとGさんには示唆していただくことが多く、あらためて御礼申し上げます。以下は、こちらの「続き」ですが、「政府規制等と競争政策に関する研究会」を「規制研」と略しております。前回の記事にもリンクしてありますが、規制研の報告書は、公正取引委員会のHPから報道発表資料の平成18年分(こちら)をクリックして12月8日発表分で入手できます。元ネタをあたりたい方はこちらをご覧下さい。PDFファイルですので、直接リンクするのは避けました。書いていたら、予想はしていたのですがむやみに長くなってしまったので、お読みになりたい方は「続き」をクリックしてください。


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2008年02月20日

お値段に関する「寝言」

 なんだか今月前半の疲れを後半に持ち越した感じです。ようやく水曜の晩ぐらいから鼻水が収まってきましたが、相変わらずだるく、今週で「リハビリ」(単純に水分をよくとって寝るというだけですが)を終えないとまずいなあという感じ。「寝言」ごときに力む必要もないのですが、私の能力ではこの程度のことを書くのにも時間をとられてしまいます。かぜはなおりがけが要注意なので、しばらくは手抜きモードです。疲れているときほど、よけいなことをしてかえって疲れてしまうのが一番まずいです。

 てなわけで、疲れているときほど、「場」を荒らしてしまうのが、私の性らしく、コアな「ファン」が多いソフトバンクのユーザーの前でついついくさしてしまって、つまらない「議論」につきあわされました。「寝言」というより愚痴ですな。ソフトバンクが提供しているサービスの「売り」の一つは、ソフトバンクのユーザー間の料金が無料であることですが、これがどうでしょうねと言った途端に絡まれるので、嫌気がしました。もちろん、なにか事業者間の料金競争を抑制すべきだとか、特定の事業者を擁護する気はまるでないのですが。単に、そのような料金で採算がとれるとは思えず、あくまで仮にの話ですが、ソフトバンクが市場シェアの大半、極端に言えば独占したと場合に、同様の料金を維持できるとは思えないというだけです。端的に言えば、他のネットワークで通話料が有料であることがソフトバンクにとっての有利さになっているだけだろうと。

 もちろん、通信の場合、通話だけをとれば、限界費用が非常に小さいので、通話料金は、無料が適切かどうかは難しい部分がありますが、もっと安く、固定料金で加入者費用などを回収する方が望ましいのでしょう。もちろん、固定にせよ移動体にせよ、料金競争が活発になったことへのソフトバンクの貢献を否定するつもりはないのですが。ただ、旧第ニ種電気通信事業者に話を聞いた際にはソフトバンクの評判はあまりよくなかったので、へえという感覚がありました。法人向けサービスを提供している事業者に限りますが、私がヒアリングした先が保守的な会社が多かったのかもしれませんが、安いというだけではキャリアの選択はできないとのことでしたので、個人向けは異なる可能性がありますが。信頼性やセキュリティに関してある水準を実現しようとすると、それなりにカネがかかるものです。

 なんでこんな話を書いているのかというと、もっと嫌な「愚痴」がありまして、安けりゃいいのかという感じる話が最近は多くて、どうもなあと。中国製品の問題に関しては、gokenin168さんの『日々是チナヲチ』あたりを読むと、知ったかぶりができるのでありがたい限りです(一般レベルの反中感情はマスメディアが抑制すればするほど、どんどんマグマのようにたまっている気がしますが)。日本国内の賞味期限などの表示をめぐって問題があったおかげで政権も消費者行政に力を入れなさるそうですが、水野真紀さんのお婿さんが痛いのはおいておいても、けっこう消費者「保護」を訴える方も微妙な方がいらっしゃって、安ければよいという主張をされる方もいます。品質の問題は情報の問題を抜きには議論できないので、もっと話を単純にしちゃいましょう。

 通常は、競争を好ましい立場からすると、売り手の立場が強く、値段がつりあげられて競争的な水準であれば取引に参加できたであろう買い手が購入できないことによって生じる交易の利益の減少が問題になります(本当は別の記事を用意したいのですが、一流のメンバーが勘違いするとは思えず、悩ましい文書なので時間がかかっております)。単純に言えば、売り手が値段をつり上げる能力をもっていると、供給が過小となるため、消費者の利益が損なわれてしまうというのが、あまりに素朴ではありますが、基本的な問題です。ただ、安ければよいのかといえば、そうではなく、売り手の側が生産に要した費用を下回る値段でしか取引ができないため、資源(ヒト・モノ・カネなど)を浪費してしまうという点で社会全体として好ましいとはいえません。この場合は供給が過大になっているというわけでして、需給というのは、競争が理想的に機能すれば、ほどほどの値段と取引量が実現できるということにつきます。

 これでは抽象的すぎて現実の問題を分析できませんよという方もいるようですが、もっと複雑な問題を考える際にこの基本が覆されるのかといえば、そういうことはないわけでして、基本を忘れた経済談義などというのは眠くなるどころか、苦痛ですらあります。水野真紀さんのお婿さんはあまりにひどいのでネグってもいいかなと思うのですが、消費者「保護」というのもけっこう行過ぎるので要注意というのが、今日の「寝言」です。まあ、私が夢も希望もなく、日々のほほんとしているので、政治的立場とは異なる意味で「保守的」で何事もほどほどがよく、そのほどほどを見極めて落とし込んでゆくのは実際には難しいと感じるタイプだからかもしれませんが。 
posted by Hache at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | ふまじめな寝言

2008年02月18日

都市と限界集落、その他あれこれ

 風邪が治りきらずにヨレヨレですが、いろいろおもしろい話を聞いたので、ちょこまかとメモ。「大きい」のは整理中なので、作業が終わったらという感じでしょうか。「時の最果て」ですので、適当に「リライト」しております。

 まずは、東京と大阪という「二都物語」。とある「東京代表チーム」が「東京と大阪を比較すると、東京の方が独創性・起業・市場性などの点で優位な立場にあって差がついたというレポートを出すんですが、いかがですかな?」と「大阪代表チーム」を挑発して、これは荒れそうだなあと「外野」としては高みの見物。キレルかな、キレルかなと思ったら、「大阪代表チーム」が元気がなく、「おっしゃる通りなんですが、成田と関空をとっても一方は全額、国が負担、関空は大阪府が出資している状態でして」と愚痴モードで、「東京代表チーム」が慌てて、フォローに回る状態でした。ありゃまという感じ。

 「外野」はどう見るかという感じで、私が口を挟みました。「まず、会議室に貼ってある東京都心の地図と大阪市の地図を比較すれば、緑地が東京の方が多いという時点で勝負ありでしょう」と言ったので、「東京」も「大阪」も「はあ?」という感じになりました。「だって、ムダが少ない状態では高級住宅地やそこまでゆかなくても住みやすい街にはなりませんよ。あと、大学なんてムダそのものですけれど、山手線の中に山ほど大学がある街と環状線の中に一つも総合大学がない街では比較にならないでしょう。どっちもゴミゴミしていて田舎者には住みにくそうですが、東京の方がはるかにマシ」。てなわけで、「東京」対「大阪」という話から、実は意外な発想が地方で生まれるんだよなあという話になって、まともな人たちを「時の最果て」に連れて行ってしまいました。ただ、そのような人材の吸引力でも首都圏と近畿圏では勝負にならないだろうなという感じです。大阪にアドバイスをするとしたら、ムダを意識的に残すことは難しく、ましてムダをつくることははるかに難しいから、せめて治安ぐらいよくしたらというところでしょうか。

 もう一つは、「限界集落」。かんべえさんがでると思い込んで『サンプロ』を見ておりましたが、あてが外れて適当に見ていたら、なんの議論をしているのかまるでわからない。霞ヶ関と永田町と「戦争」するそうですが、そんなことをしている間に、コミュニティを維持できないところがボロボロでちゃいそう。てなわけでなにも期待できないのですが、北海道の方がいらっしゃらなかったので、東北地方と中国地方が深刻だという話に。自治体レベルでは、どこかで線引きをして集落から市街地に移住していただくか村落への公共サービスを維持するかを決めようとしていて、線引きの基準の一つが「足の確保」。自治体でタクシーと乗合バスの中間のようなサービスを供給しても、利用が今一つで話を聞くだけでも悩ましいです。自治体では小回りが利かないので、NPOを立ち上げようという動きが広がっているようですが、痛みを和らげるのが精一杯で、なかなか厳しい印象です。

 浜松市も政令指定都市になる過程の合併で磐田郡の佐久間町や水窪町、龍山村などを吸収したようですが、地元では長期的には集落の維持可能性に懸念があるようです。知人の中には市は集落を切り捨てようとしているという批判もあるようですが、他方で公共サービスを維持すること自体、大変でしょう。素人的には農業以上に国内の林業を維持する努力を怠ってきたツケがこの10年ぐらいで顕在化してきている印象です。限界集落は、高齢化、人口減少社会の難しさを集約している問題だとは思いますが、同時に、山間部が多い国土の保全という問題にも関係がありそうな印象です。財政制約や所得再分配の問題が大きいのでしょうが、限界集落を「維持する」とか「切り捨てる」とか感情的な議論を離れて国土の保全という観点で見直す必要があるのかもしれないと感じました。「ベスト・ソリューション」が存在するのかすらわからない問題に真剣に取り組んでいる方たちの真摯さには頭が下がります。

 今回は話題になりませんでしたが、離島の問題も悩ましいです。このまま、人口減少が進めば、極限では無人になってしまう島が増えるでしょう。人口減少の問題は、主として社会保障や財政、景気など経済の視点からされる議論が多かったという印象をもっておりますが、国土の維持という点で見ると、また違った景色になります。

 素人の浅い観察にすぎませんが、霞ヶ関や永田町とドンパチするとか派手な話も不要ではないのでしょうが、もっと地道な話を伺いたいものです。私には無縁ですが、「あそこの局、あれだけインタビューを受けるときに念を押したのに、俺の話の一部だけ都合よく切り取りやがった」とか「私は、取材でしつこく誘導されましたけれど、それは言えませんと5回繰り返したら、向こうが根負けしましたね。あははは」なんて話を耳にしたものですから。「どうりでまともな方はテレビにでないんですね」とツッコミを入れたら、「いやいや私がまともなんて、とてもとても」という方たちでしたけれど。「でも『色物』が多いでしょ?」と誘導尋問したら、否定するお答えがでなかったのはなんなんでしょう。
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2008年02月17日

「賭け」のできない私

 「時の最果て」というところはまさに「気分しだい」でありまして、高校時代のことを思い出しました。基本的によい先生が多く、2年生のときの物理の先生の授業は、おもしろいトピックスを上手に交えて好奇心を刺激するとても楽しい授業でした。皮肉なことに、そういう方がしばしば生徒の心を折れさせます。不思議なものだなあというところでしょうか。

 忘れもしない、2学期の期末試験。物理の試験は大問4問中、2問半しか解けず、しかも、1問は途中で自信がなくなったというかつてない不出来さ。あきらめて答案を提出しました。答案が返ってきて案の定、見たこともない点数でした。正確な点数は忘れましたが、40数点。がっくりきているところへ、職員室から呼び出しとのこと。物理の先生だったので、小心者の私は逃げたい気分でしたが、どうにもならないので覚悟を決めて参りました。こちらが弱気になっているせいか、先生の表情が暗いように感じました。声をかけられて、別室に二人きり(念のため書いておきますが、二人とも♂です)。

 「悪いねえ」とときほぐすように声をかけられて、どう返事したのかも覚えておりませんが、さすがに硬くなっていました。重たい沈黙があってから、「今回の試験は難しかったかな?」とおっしゃるので、素直に「はい」。そこでさらに長い沈黙があったので重たい気分になりました。お世辞にも殊勝な人間ではないので、さすがにこれにはたえかねて、「ひどいできでした」と言わずもがなのことをつぶやきました。

 「実は君を呼んだ理由は学年で最高点だったからなんだ」とおっしゃるので、目が点に。実は、そろそろ本気で勉強してねというメッセージで平均点が満点の4分の1程度(20−30点の間あたり)になる読みで問題をつくったところ、平均点がぎりぎり10点を超えたそうで、先生が悩んでしまったそうです。1問は高校レベルではまず解けない問題、残り3問のうち1問はちょっとだけ難しいけれど、正答率が8割を超えるだろうと。2問は難しいけれど、上位の生徒にはなんとか解いてほしい問題だったそうで、最高点が70点前後と想定されていたとのこと。しかるに、40点台が私一人で、軒並み壊滅状態になってしまって、授業で教えた内容が理解されていないのではと悩んでしまったそうです。手も足も出なかった問題を最初だけヒントを頂くと、ありゃまという感じ。面倒ですが、きちんと手順を踏めば、確かに3題は確実に解けます。残り1問はかなり難しかったですが。ただ、すっかり自信をなくしました。物理学で研究者を目指しているのに、学校の試験でこの有様では自分で未知の世界に行けば、大変なことになってしまう。高校程度ですから、基本的に力学でも古典力学の範囲です。すっかりショックを受けました。今回のことは他言無用とのことで、これは当然かなと。このとき、初めて人生相談を他人にしました。

 「大学の物理学の教科書を読ませてください」。1年目にその先生が使ったというテキストをお借りして、「これがわからないとまずいから」と偏微分だけ教えていただいて、読み込みました(微分方程式までは終わっていたので)。ブルーバックスシリーズでイメージだけはあったライト・コーンがまるで現実のように描かれるので感動でした。数日後、テキストをもちながら、「やはり物理学は無理でしょうか?」と伺うと、びっくりした表情で、「そんなに点数が気になった?」とおっしゃっていました。正直なところ、大学レベルのテキストを読んだのは、自分の夢と「離別」するための儀式のようなもので、わかっていることから離れて自分で切り拓くことの厳しさを実感したというところでしょうか。これまでで最もつらい決断をした瞬間でしたが、後悔はありません。でも、ふとしたときに「後ろ」を見てしまいますが。これから15年間、自分の人生の方向がまるで見えずに、ふらふらしていたようなものです。少なくとも、27、8歳までは混迷の10年間でした。生きていることになんの価値も感じませんでした。「死処」をえようとして、何度も死にかけて、これでは死ねぬと往生際の悪いこと。結論などというものはなく、ただ、「死処」を求めること自体やめて、理由を考えずに、とにかく一つのことに打ち込もうと。それでも、20代にふらふらしていた癖が抜けなくて、まだまだ、あちらをふらふら、こちらをふらふらという状態ではありますが。

 金曜日の晩は、mitsuさんやじゅんさん、Gさんと一緒に合コン。新しいことにチャレンジする方、組織の中で揉まれながら自分の信念を貫こうとされる方など個性が確立されている方に囲まれていると、自分の頼りなさ、ひ弱さを実感します。今の自分に不満というわけでもないのですが、「これでいいんですか?」と尋ねる「私」がいます。どこかでみんながこれは確実と思っている世界から一歩でもいいから踏み出して未知の世界へ飛び込んで、自らの手で「これだけは確実だ!」と叫ぶ、なにかをつかみたいという欲求は確実にあるのですが、具体的な話にいまだになっていない。3人の方々に刺激を頂きながら、ぼんやりとした自分に気がついて、いやはやという感じです。「混迷」とはいえ、ある程度、リターンが読める分のよい「賭け」しかしておらず、そんな自分に「君ってその程度だよね」と語りかけてくる「私」がいます。「合コン」を楽しみながら、自分でも「絵」が描けない世界に飛び込んで必死にあがく。結果なんぞは何も考えず、後からついてくればいい。野垂れ死にするなら、その程度。そんな10年を夢みながら、そして、もう目の前まで来ていると感じながら、有楽町のあたりをぼんやりと歩いておりました。
posted by Hache at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年02月16日

恥だらけの人生

 秋田浩之『暗流 米中日外交三国志』(日本経済新聞社 2008年)を読み終えましたが、評価は微妙な感じです。もちろん、悪い本ではないのですが、なんとなく米中の狭間で日本外交の立場を問うという問題意識が強すぎて、そんなに重苦しい問題なのかという気分になります。この本でゆけば、現状維持の延長にくる、日米安保から同盟へ、すなわち、個別的自衛権で担保できないこの国の安全を集団的自衛権で補完するというのが基本となる戦略であろうと。別にアメリカに卑屈な態度をとるというわけでもなく、どの国も自国の生存にかかわる問題では「戦略」をもたざるをえないわけでして、米中が「融合」しようが「敵対」しようが、日米関係が主、日中関係が従というウェートは変わらないのだろうと。もちろん、米中関係が台湾海峡をめぐって対立すれば、集団的自衛権を行使できようができまいが、自衛官のみならず、日本国民の命が危険にさらされる可能性が高まるわけですが、逆に言えば、そうなれば日本のとりうる選択肢はほとんどないわけでして、あまり選択の段階で頭を使う必要はなく、日本が自国の安全をまもりぬくために最大限の努力ができるよう、集団的自衛権に関するいらざる留保をすべて撤廃することにつきるだろうと。『暗流』で一番、印象に残ったのが、米中が軍事交流を始めた結果、米中の違いがクリアーになっているあたりでしょうか。米艦船でむやみに写真をとる中国軍人の無神経さに本当にドン引きしてしまいました。

 英米で長期滞在を経験した方ほど、アメリカ人と中国人の感覚の方が近いとおっしゃるのですが、英米通ではない私からすると、英米人の中流から上は非常に話しやすい感覚があります。露骨な表現は微妙ですが、こちらの利害打算を露骨とは異なる形で誤解のないように伝えて、利害が共通する場合には協力し、そうでない場合には妥協するという当たり前のことが、やりやすい印象があります。「寝言」とはいえ、文章にしようとすると表現が難しいのですが、まず、利己的であるということは英米系と付き合うときに悪ではなく、むしろ信用の基礎であること、さらに実際の行動が一致していれば信頼されるという感じでしょうか。露悪的に言えば、日本人といっしょより、英語が達者なら、英米人のほうが楽だとすら感じます。なぜなら、利己心が悪という嘘をつく必要がない。ただし、相手に家に招かれて寝室にどかどかと足を踏み入れるようなことはするべきではなく、他人である以上、お互いに放っておいてほしい部分があり、これは英米人でも個人差があって、距離感をつかむのには時間がかかることもありますが。ただ、寝室や預金通帳のあるところなどをものほしそうに見るのは、日本人どうしでも失礼であり、英米人でも同じでしょう。それを平気でやってしまう中国人にはドン引きしてしまいます。

 そんなとりとめのないことを考えながら、岡崎研究所へ参りましたところ、『暗流』では対中強硬派の「牙城」とされている国防総省ですら、中国には遠慮しているんだなあと変なところで感心してしまいました。「中国の戦力増強は台湾海峡問題を超えるという分析があるそうで」とナイーブなことをお尋ねすると、「ああ、それね。最近、よく見かけるんだなあ。憶測だけど、まともに台湾が標的だというと刺激するから、避けてるんじゃないのと」と大使がおっしゃって、なるほど。こういう「婉曲表現」は気がつかないものです。その後、大使が中国がまともに台湾海峡で武力行使にいたった場合、経済封鎖が効果的かもしれないとおっしゃるので、目から鱗。

 以下は、大使のお話を「寝言」として「リライト」しております。「実は、中国の地理を考えると経済封鎖は無理かもしれないと思い込んでいたけれど、作戦機の部品などはロシア頼みで備蓄がない。ある程度は、中国国内で賄えるけれども、生産には海外に依存する部分が大きい。経済封鎖で継戦能力を失う。改革開放で経済も海外に依存している。民生も打撃を被る。共産党は国内で統治能力を失うかもしれない」。中国大陸の「縦深性」から、経済封鎖は無効だろうと考えておりましたが、台湾海峡を中国の「内海」と使用としている間に「外海」を封鎖されちゃうと、産業が沿岸部に集中してだけに打撃が大きいというのはなるほどでした。

 台湾併合が可能になるシナリオとなると、特殊部隊で台湾軍や放送局などを抑えて、総統を屈服させることが本線になるようで、これを2、3日で片付けないと米軍がやってくるので、かなりシビアな感じです。仮に、人民解放軍が台湾の中枢を抑えても、総統が屈服せずに台中、台南へと逃れてしまうと、やはり米軍の介入が待っているとのこと。馬英九政権誕生への懸念は、そのような状況下で「ノー」といえるタフさがあるかどうかということにあるようです。「もし、馬氏が拒否したらどうなりますか?」とお尋ねすると、「統一は無理だろうね」とのこと。ただ、風邪気味で風邪薬で相変わらずボーっとしていたので、いま一つピンとこないので、大使の表情が「鈍いなあ」というのは感じました。うーん、なんとなく、頭では要警戒ということはわかるのですが、実際にこんな器用なことができるのだろうかという気がします。率直なところ、台湾海峡で中国が現実にとりうる選択肢も意外と狭く、仮に馬英九政権が誕生して統一の「好機」が生じても、中国側が動かせる変数がほとんどないという印象をもちました。逆にいえば、中台統一が中国にとって本当に死活の利益なのかが問われる、そんな印象をもちました。

 ちょっと後で悔やみましたが、せっかくお時間を頂いたのに、年来の疑問を伺うのを忘れていたことでした。「政治と経済の関係あるいは無関係」というカテゴリーの出発点は、「政治と経済の間」なのですが、あんまり明確な関係はないというそれはそれはいい加減な発想を私自身はしております。台湾海峡に話が集中して、年来の疑問の一つを尋ねなかったのは不覚。ソ連の崩壊後、中国の民主化という話がどこかで頭にあって、市場経済の深化とともに民主化が進むという「楽観的な」見方が一時期存在しましたが、なんともいえない違和感がありました。このような見方の前提は市場経済という経済のあり方と民主政治という政治のあり方が相性がよいという考えでしょう。私自身も論証はできませんが、少なくとも、現在、先進国と呼ばれている国のほとんどはこの組み合わせではあります。ただ、これもうまく表現できないのですが、歴史の「必然」として中国もそうなるというのは、どこかしら「驕り」を感じます。フランシス・フクヤマをまったく評価しないのは、この種の「驕り」を嗅ぎとってしまうからで、他の政体がよいというわけではないのですが。

 話があちこちに飛びますが、集団的自衛権の問題に関しては、ついつい「この国はアメリカと戦争したおバカな国でございます。軍備なんて管理できません。よって、集団的自衛はおろか個別的自衛も無理でございますから、自衛権自体が存在しませんと言ってくれた方がよほどすっきりいたします」と大使にムカムカした感情をぶつけるのは筋違いもよいところですが、ついつい口走ってしまいました。言った瞬間にまずいなあと思ったら、「まったくそう。その通り」と「激しく同意」されてしまい、ちと狼狽しました。よけいついでに、「安倍総理は日中関係の修復という福田総理がやりたかったであろうとことをやって、タカ派も我慢した。福田総理は、集団的自衛権の行使を認めるイニシアチブをとってハト派を宥める番じゃないですか」などと放言し放題。あんまり人民解放軍の悪口を言える立場ではないです。ずうずうしい限り。ランチを頂いて(私が一つももらえなかったチョコレートも一杯ほおばって)、研究所を後にしました。

 いろいろ凝縮した一日ではありますが、既に長くなったので、ここまで。『暗流』は米中関係の見えない部分をよく描いているとは思うのですが、日本外交の「大戦略」が変化するというわけではないだろうと。簡単に言えば、アメリカが「主動者」なら、日本は「被動者」として振舞うわけで、そこに戦略が不要かといえば、「被動者」としても努力が不十分でしょう。まずは、「被動者」としてちゃんと戦略をもちなさいよということに尽きます。集団的自衛権の問題は、スタート地点にすぎないのであって、スタートにもつこうとしない国の「戦略」など論じても「しょうがない」。「しょうがない」話をしても「しょうがない」ので、終わりです(これで長崎には行けないかな?)。


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posted by Hache at 20:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年02月14日

「慣れ」と自堕落

 「慣れ」というのは恐ろしいです。火曜日に買ったレーザーマウスは、「シグマA・P・Oシステム販売会社」の「steelo」というブランドです。最初は、あまりの反応のよさに使いにくかったのですが、たった2日使っただけで従来の光学式マウスの反応の悪さに疲れてしまいます。出費がかさみそうですが、あと2、3台はほしいなあと。モバイル用と職場用がほしく、予備にもう一台という感じでしょうか。できるだけ長く使いたいのですが、レーザーマウスの反応はびっくりするぐらいで、慣れてしまうと、後戻りができなくなりそうです。生産性があがるかどうかは、使い手しだいではありますが。私にはもったいない感じもいたしますが、一度、利便性を味わってしまうと、昔に戻ることは難しいと感じます。進歩というのは堕落のプロセスかもしれないと感じるぐらいです。

 それにしても、かぜ薬の眠気は強烈です。「悪用」しようとした本人がここまで強烈な「効果」とは思いませんでした。単純に、一言もよけいな発言をしないつもりでしたが、かぜそのものよりも、薬でだるく、ボーっとしてしまいました。時々、意識がはっきりしているときに必要なことだけさっさと片付けて、帰りに本屋へ。秋田浩之『暗流 米中日三国志』(日本経済新聞社 2008年)がお目当て。「極悪」商法に敗れた感もありますが、読み出すと抜群におもしろい。英語文献で準備するゆとりがないので、この本を「おかず」にしようかと邪心が起きてしまいます。まだ、前半部分の第3章までしか読んでおりませんが、日本外交のあるべき姿を離れて、第1章のアンドリュー・マーシャルの描写が非常に印象的です。日本人ほど『孫子』を好んで読む人たちも珍しいでしょうが、実践となるとどうでしょう。中国人もはたしてどうか。いかれた「外道」の目には、『孫子』の内容は驚くほど、常識的に感じます。あえていえば、常識を「常識」として意識して体系化しようとしたという点で、「高度な常識論」と映ります。マーシャルが『孫子』に影響されたのかはわかりませんが、本書で紹介されている中国分析は驚くほど常識的で人口や地理、歴史といった基本中の基本を徹底して分析しているという点で、感心してしまいました。「彼を知り、己を知る」の「彼」をこれほどまでに冷徹に分析することが戦略の基本であることを痛感させられます。このような人物が国防総省内で生き残っていること自体、アメリカのもっている底力の一端を感じさせます。なんとなく、これをありきたりな日本外交の「戦略」の問題(もちろん大切な問題だと認識しておりますが)にのみ限定するのはもったいない気がいたします。

 カワセミさんのコメントへのリプライは保留中なのですが、今週で少しでも考える余裕ができればと思います。すべてに「解答」があるとは思いませんが、見通しがよくなったら、いつまでたっても、完成することはないと思うのですが、とりあえずの見立てを考えようと思います。今週末は、リプライを書くためではないのですが、そのような機会に恵まれているので、よいチャンスかも。

 もう一つは、今でも「お手玉」を投げすぎて、収拾がつかなくなってきておりますが、今後、自分の「趣味」を「お仕事」に格上げするための布石を打つことです。よい布石かどうかはわかりませんし、実行可能かどうかも怪しいのですが、こちらも仕込み中。10代のときには40歳まで生きていないだろうと思っておりましたが、ひょっとしたら60歳ぐらいまでくたばらないかもしれないと感じております。存在してもしなくても、世の中になんの影響もないという意味で私の人生そのものが「無為」以外の何物でもありませんが、「無為」なりに楽しめばよいという自堕落な人間ですので、悪い頭を振り絞って、享楽的に生きるための準備をしましょうというところでしょうか。「寝言」のような人生ですから、慌てずに、「寝言」らしく生きましょうという「寝言」がふと浮かびます。
posted by Hache at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年02月13日

気分しだいの「金融恐慌」?

 月曜の晩に鼻水に耐えかねて、市販のかぜ薬を生まれて初めて飲みました。疑うわけではないのですが、効くのかなあという感じでタケダの「ベンザブロック」を3錠ほど飲みました。驚いたことに服用してから1時間半ぐらいで鼻水がピタリと止まって、ありゃまあと驚きました。それにしても、発熱がまるでないのに(最近、平熱を計っていないので自覚がないだけかもしれませんが)ひどくだるい。火曜の朝も食後に服用したら、とてつもない眠気に襲われました。効き目もすごいですが、眠気は病院でもらうかぜ薬の比ではなく、仕事にならないので早々に病院で診察を受けると、市販のかぜ薬は、体質にもよりけりのようですが、きついらしいです。病院でかぜ薬をだしてもらって(ふだんはこんなものを飲むより寝てなさいという先生ですが)、こちらは効果がマイルドで眠気もこんな感じでしょというところでした。「ベンザブロック」は、かぜ薬としては私にはきつすぎるようですが、他の用途を思いつきました。お医者さんには言えない使い方ですが。私自身の体で「実験」しますし、間違っても違法・脱法行為ではないので問題はないでしょう。この使い方が成功したら、ブログで書きましょう。今日の会議は、かぜと宣言した上で「ベンザブロック」で寝てしまおうという魂胆。

 幸い、咳がほとんどないので、鼻水と悪寒さえなければ、健康そのものですが。なんとか金曜までには直したいところです。週末にむやみに予定を詰め込んでしまったので、この状態では失礼というより、洟垂れオヤジが顔をだしますと、お会いして頂く方には迷惑千万でしょう。御高齢の方にまで図々しいお願いをしておりましたので、水曜までに回復しないようだったら、お断りを入れなくては。なかなか厳しい状態です。こんな状態で「寝言」を書くのもどうかしておりますが、連休でボケている方にはほどよい「続き」かも。


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posted by Hache at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年02月12日

経済成長の「グランドデザイン」?

 コンタクトの交換にでかけたのが失敗でした。地下にお世話になっている眼科がありますが、空気がカラカラ。あらかじめコンタクトをケースに入れてメガネをかけておりましたが、「ドライアイ」状態になりました。暖房入れすぎでしょうと思っていたら、喉が渇いてようやく痛みが治まったのにまずいなあという感じ。だんだん老眼が近づいてきたのか、左目が過矯正になっていたようで、右・左とも1.2にしてもらったら、ずいぶん楽になりました。目の調子がよいのでついついデパ地下をうろうろしていると、菓子のコーナーがバレンタイン一色でご縁がないなあと。ビックカメラにてルーターなどを買い込んでついつい1万円を越える散財をしてちょっと後悔しました。レーザータイプのマウスを買って使っているのですが、反応がよすぎて使いづらいぐらいです。コンタクトの過矯正がどうにかなったと思ったら、マウスが「過矯正」になってしまいました。風邪がつらいですし、オチもついたので終わりとしたいところですが、ちょっとだけ「寄り道」してみましょう。


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