2008年04月12日

イラクの新たな「内戦」(続き)

 昨日の続きですが、悩ましい部分があります。Cordesmanはマリキ政権がアメリカ軍をバスラの戦いの空爆などに引き摺り込んだと考えているようですが、安達さんの記事で注目すべき点は、Petraeusが上院で自ら作戦を立案しイラク政府に提言したと証言していることです。今回とりあげているコラムが3月30日付けですから、このあたりの意思決定プロセスは公開されていなかったのかもしれません。細かい点かもしれませんが、マリキ政権が主導権を握ってバスラの戦いを行ったとすると、全体として悲観的な情勢分析になる可能性が高いでしょう。

 端的に言えば、米軍はマリキ政権に幻想を抱いており、スンニー派の内部分裂に加担させられるという構図になります。この点に関しては留保しながら、コラムを読みました。また、バスラの戦いにおける軍事的なミスもPetraeusが認めているところなので、日本の報道が偏向しているというほどではないのでしょう。英空軍は出動しない予定だったのが、予想外にイラク軍が弱く、やむなく出撃したというのが実態のようで、あらかじめ陸と空の共同作戦を想定していたというのは、ひいきのひいき倒しになりかねないと思います。戦闘そのものに関しては、Petraeusもイラク軍を過大評価していた可能性があるのでしょう。

 今回の「寝言」の核心部分は、バスラの戦いの政治的な意味を知ることです。Cordesmanは、この点を明確に述べています。イラクイスラム最高評議会は南部のシーア派後ろ盾であり、イラク警察にも着実に影響力を拡大している。一連の軍事作戦は、サドルの大衆的な人気へ対抗し、10月1日に予定されている地方選挙の準備であった。彼は端的にこのように表現しています。

 これに続けてCordesmanは興味深い指摘をしています。アメリカ人の軍人・文官はともに、中央政府によって任命されたバスラやイラク南部の統治者は大衆的な指示の広がりを欠いている。もし、開かれた地方・および県の選挙が行われれば、ダワ党やイスラム最高評議会は地位を失うだろう。彼らは成長と政府サービスをこの地域にもたらすことに失敗しているからだ。

 さらに厳しい指摘が続きます。県レベルでどれほど南部の統治が悪いのか、バグダードからどれだけ南部にわずかな金額しかわたっていないのか、シーア派の地域ですらどれほど政府に関連したサービスが不足しているか、などの点について現実的な検討がない。無能と不正は党派あるいは宗派の問題ではない。ABCによる世論調査では昨年の夏にはシーア派住民の4分の3は中央政府を支持していたが、今月の結果では3分の2に低下した。さらに、住民では安全に移動できると感じているのは14%にすぎない。私があったアメリカ当局はサドルの支持範囲について意見が相違したものの、多くはサドルはバグダードで幅広い支持をえている。サドルのために開かれた大集会はそのことを示している。

 以上の指摘から、マリキとサドルの「内戦」は宗派的な要因よりも、民生の安定といった世俗的な問題が背景にあると考えます。治安が回復したとはいえ、イラク南部では住民のほとんどは不安をもっており、民生の安定という政権の正統性を確立できていないと考えざるをえないのでしょう。このような状況でバスラの戦いを実施したことは、果たしてイラクが国家として安定するために適切であったのかは大いに疑問が残ります。地方選挙を前に治安のよりいっそうの安定のためには必要であったのかもしれませんが、イラク軍の未熟さもあって市民の犠牲者も大きく、政治的にはリスクの大きい軍事行動だった可能性が高いでしょう。

 以上の情勢で、10月の地方選挙がどのように実施されるのかという点で多くの人々が懸念をもっているようです。Cordesmanは次の点を指摘しています。第1に、地元に根を張った政党の不在です。第2に、未だに決定されていない枠組みです。以上の点から、もし、10月の選挙が2005年の選挙のモデルにしたがうのなら、イラク人は主要な政党から出馬した候補者(その多くは有権者になじみのない名前)の長いリストから選ばざるをえず、地元を代表する人物を選ぶ余地がないと指摘しています。このことは、混乱したまま地方選挙を実施すれば、ますますイラクの民心が中央政府から離れてしまう可能性を示唆しています。

 以上は、マリキ政権に対する冷静な分析だと考えます。くどいようですが、Petraeusの下での増派はイラクの治安を大きく回復したと評価しております。増派の効果は主として米軍への攻撃の現象などから評価されていますが、イラクが国家として確立するためには治安の確保が第一でしょう。その点で増派は、もっと早く実施していればという悔恨はあるものの、イラクが国家として機能する基盤を堅固にしたと思います。その結果、占領統治の当初から指摘されていた民生の安定がよりウェートを増しているのが現状だと考えます。この点で、少なくとも現時点ではマリキ政権は十分な成果を収めておらず、様々な宗派や部族からなるイラク国内の統合を果たすには力量不足であるのでしょう。あえて楽観的なことを申し上げるなら、治安の回復という、早期に決着をみるべきもんだいではあったとはいえ、それがある程度の成果を収めた結果、イラクを国家として統合してゆくことのウェートが高まっているのが現状だと考えます。

 ここでCordesmanは再びバスラの戦いについて論じています。マリキは無能で不正も目立つが、サドルはアルカイダとの戦いでは様子見を決め込み、政治的影響力の行使という点では一貫性がない。バスラはシーア派内部で分断されている。どの勢力も犯罪的な集団としてみなされるだけの理由がある。また、バスラではシーア派の統治者よりもイランの影響がはるかに浸透している。イランの宗教的な準軍事的組織Al Qudsはバスラを誰が制するかということを考慮せずにシーア派の民兵に武器や資金を供与している。イラク中央政府はバスラを支配下に置くと主張する十分な理由がある。それは、平和的な理由ではなく、イラクの原油輸出というより現実的な観点からの理由である。暴力的な集団は正統性のある政府にとってかわるものではない。ただし、タイミングと戦術を考えると、バスラの戦いはイラクの国益へ貢献する戦闘であったかは明白ではない。

 以上の分析から、Cordesmanは、バスラの戦いがシーア派間の政治闘争を武力による闘争に深刻化させ、治安回復の成果を無にしかねないリスクをはらんでいると批判しています。また、米英の軍事的役割を再び拡大させる結果につながる可能性があると批判的に述べています。彼が、今のイラクに必要なこととして指摘しているのは、ダワ党による勝利とイスラム最高評議会が政治的な調整の大義を代表する、または公正な選挙につながるという保証がなくても正統な地方政府の創設です。 事実上、そのような結果は民主主義ではなく、ダーワとイスラム最高評議会による"Iraqracy"を支持となるかもしれないということです。

 結論部分は当初のマフディ軍には当然としてダワ党への幻想を戒める態度とは矛盾するように映るかもしれません。過度の単純化に陥る危険性はありますが、このコラムで幻想を戒めているのは、第1に、マリキ政権が正統であり、マフディ軍が悪であるという単純化によってシーア派内部の政治闘争が武力抗争へと発展しかねない過度の軍事行動でしょう。マリキ政権の問題は、民生の安定化でとても満足できるような手腕を発揮できていない点にあります。さらに重要なことは、ダワ党の多くの欠陥にもかかわらず、もっと露骨に言えば民主的か否かという問題以前に、まず地方政府を確立し、イラクが国家として統合されることがイラクの安定化にとって不可欠の前提であるということでしょう。

 マリキ政権を民主化の旗手や「善玉」として捉えるのはあまりにナイーブでしょう。その統治が先進国の民主化とほど遠いものであっても、統治能力を養成してゆくためにはイラク独自の「国づくり」を進めてゆくことが肝心であるという冷徹な観察だと思います。

2008年04月11日

イラクの新たな「内戦」

 いきなり本題から外れますが、失礼ながら、思い通りにできないことがすべて野党の責任になるのなら、私でも総理は務まります。別に反省していただく必要もないのですし、いわゆる「親中」だとか小さな政治姿勢をあれこれと問題にする気も起きません。ただ、無能な総理がその座にすわり続けること自体が迷惑千万であるというだけのことです。ある企業の管理職の方が、「景気が悪いから業績も悪いといったら話にならない。そんなのは経営の否定だよ。うちのボスがそんなことを言ったら引き摺り下ろされるし、取引先がその程度だったらお断りする」と話してくれたことがありました。たかが、といっては失礼ですが、一民間企業にお勤めの方でもそれにふさわしい気概をもっているものです。まして、日本の総理が野党が話を聞かないからことが進まないなどと堂々とメールマガジンに書いてしまう神経が信じられません。政治というのは会社勤めよりもお気楽なお仕事なのでしょうか。小沢さんと刺し違えるぐらいの覚悟がないのなら、お辞めいただくのが、ありがたい話です。あるいは、反小沢で自民党が頑なになったところで、何も変わらないでしょうから最低限、素人目にも厄介な相手と取引が必要な情勢で「相手が難しいからうまくゆかない」などと公言しない常識のある方に交代していただきたいものです。こんなくだらないことに「寝言」を書いていたおかげでイラク情勢に関する「寝言」が後回しになったので、言いたい放題で「強制終了」させていただきます。

 言いにくいのですが、この国が「脳死」状態であっても、情勢は内外で変化しています。イラクばかり見ているのは「偏食」がすぎる気が致しますが、単に重苦しいだけではなく、やはりアメリカにとっての「痛点」となっている事態をしっかりと見ておく必要を感じます。安達正興さん『世界の論調批評』頼みというわれながら情けない状態ですが、バスラの戦いをあまりに軽く見ていたことに気がつかされます。また、finalventさん記事も、非常に刺激になりました。これだけ観察している方が揃うと、私が付け加える余地がないことを感じますが、素人ではあっても見ておく必要は、自分自身のためだけですが、あるのだろうと。以下では、こちらで紹介されているAnthony H, Cordesman, "A Civil War Iraq Can't Win"(New York Times, March 30, 2008)の内容を追ってゆきます。

 まず、Cordesmanは、イラクにおいてアルカイダを除去できるとしてても、イラクが分断され、アメリカが「勝利」を勝ち取れない新しい可能性を指摘しています。(1)アメリカとか協力関係にあるスンニー派の部族や民兵が中層政府から離反するリスク、(2)イラク北部におけるアラブ人とクルド人、トルコ人の抗争、(3)シーア派内部の政治闘争が武力衝突にいたることなどの3点を挙げています。バスラの戦いは(3)の可能性にかかわるものと位置づけられています。

 バスラの戦いではやや限定されますが、3月25日からのバグダード近郊とイラク南部における戦闘は、サドル(影響下にあるマフディ軍)とマリキおよびハキムが影響をもつイラク・イスラム最高評議会の間で行われました。後者は、イラクの治安部隊の大部分とハキム派がもつ私軍であるBadr Organizationを事実上、支配下においているとCordesmanは指摘しています。

 なお、Cordesmanはバスラとバグダードにおける戦闘をイラク政府がイニシアチブをとったものと理解しているようです。安達さんの記事によれば、アメリカ上院軍事委員会でPetraeusが自ら立案しマリキ首相に進言したと証言しているので、Cordesmanの記事は事実誤認を含んでいる可能性があります。全体のトーンが、シーア派内部の闘争にアメリカが深入りさせられる危険を指摘する論調なので、このあたりは要注意かもしれません。

 記事に戻りますと、バスラやバグダード近郊での戦闘に関する報告は、サドルとマフディ軍が平和を破壊する悪の勢力であり、政府軍が秩序をもたらす正統性のある勢力という前提にもとづいていると述べています。そして、その前提は、あやうい過度の単純化であって、アメリカがマリキ首相を支持するにあたってはるかに注意深くならなければならないと指摘しております。

 まず、マフディ軍がアメリカの敵意を抱いていることやサドルが昨年の夏に休戦を宣言したものの、各地で暴力を用いていること、さらにイランと結びついていることなどは議論の余地の無いことだと指摘しています。マフディ軍に幻想を抱いてはならないと説いているわけです。このあたりは事実の確認とともにレトリックでしょう。

 というのは、マリキやダワ党、イスラム最高評議会に幻想を抱くことも危険であるという指摘が続くからです。イラク政府は、直近の戦闘を犯罪行為への取締りとして描こうとするが、内実はマリキと最も強力なシーア派政党が、自分たちの影響力が浸透していないバスラやバグダードの一部で彼らの権力を確立しようとする努力だと指摘しています。ただ、それに続く指摘は、バスラの戦いに象徴される軍事行動がマリキがアメリカ軍を引っ張り込む形で主導したと理解しており、先ほど事実認識が誤っている可能性があります。Cordesmanは、マリキ政権がアメリカを戦闘に引きずり込んでしまったがために、休戦が破られてしまうリスクを指摘していますが、戦闘に至る意思決定プロセスの如何にかかわらず、同じ結果になってしまうのかは疑問が残ります。

 ついつい長くなってしまったので、いったんここで打ち切りますが、戦闘地域をすべてカバーしていない表現ではありますが、バスラの戦いはイラク情勢の複雑さの危険な要因を浮き彫りにした印象があります。第1に、シーア派内部の対立にアメリカが巻き込まれてしまい、イラクの政治的統合が遅れてしまう可能性です。第2に、Cordesmanは簡単な指摘にとどめておりますが、イラク政府の統治能力は治安のみならず、民生の確保や公的サービスの提供という平時の能力の部分でおおいに弱いという点です。これらの要因だけでもイラクが分断されてしまう可能性は無視できないでしょう。また、イラクが統一された国家として機能するまでには5年どころか10年ぐらいのスパンで見る必要性すら感じます。占領統治初期の遅れを取り戻すのは容易ではなく、この事態にアメリカの世論がいつまで耐えられるのかが懸念されるところです。

2008年04月10日

無能、そしてフフン?

 4月9日の「党首討論」なるものを国会のインターネット中継のライブラリーで見ました。夜、寝る準備をしながらなので、手抜きそのものですが、これはひどいなあと。民主党、というよりも実際は小沢代表でしょうが、こちらの対応を批判する方が「時の最果て」のリンク先ではほとんどですが、福田総理がまるで主導権を握ることができない状態であることを自ら白状してしまったという点では最悪だなと。「無理が通れば、道理引っ込む。一郎が通れば、ぺんぺん草も生えない」などと思っておりましたが、総理自身が「翻弄された」では終わってますね。「権力の一角」を担っている自覚を求めておられましたが、要は向こうはあなたをひきずりおろしたい。逆ギレさせて解散してくれるのがベストという状態で自制を求めてもねえ。で、「ネット世論」で「敵」に批判が集まっている日銀総裁人事では攻勢に出たものの、道路特定財源で言質をとられ、チベット問題では中国が弾圧しているのに「平和的解決」の棒読みと無気力丸出しで小沢氏の思う壺。「逆ギレ」で応答が短くてよかったですね、フフン。遺憾ながら、再議決をすれば、内閣支持率だけでなく、政党支持率でも大変かもしれません。

 要は、2代も続けて「人に致される」総理を「排出輩出」してしまった自由民主党の政権担当能力そのものが問われている事態なのだろうと。日銀総裁をめぐる、あまりに次元の低い反対論のおかげで民主党の政権担当能力が損なわれたと感じるのは、ごく一部の識者でしょう。なんか、ややこしいねというのが金融政策に興味の薄い方のごく普通の反応です。年金に加えて後期高齢者医療をめぐる混乱など社会保障がらみで「鬼門」だらけ。誰がやっても難しいことは間違いないのですが、官邸が届けるメールマガジンに「物事が決まらない時間切れの政治。拒否権を振りかざすだけの政治」とありましたが、総理・総裁にリーダーシップを感じない政治が続いた結果じゃないのとすら思います。「権力の濫用」は醜く、私も迷惑ですが、何事も他人事のごとく響く言葉を用いて「権力」の使い方を知らないといかれた「外道」の目には映る総理に嫌気がさしつつある今日この頃です。


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2008年04月08日

専制とオリンピック

 久々に『報道ステーション』なる番組をちらっとだけ見ました。聖火リレーがなんともものものしい。現下の情勢を考えると当然とはいえ、「平和の祭典」にはほど遠い雰囲気で、寒々しい光景でした。「そこまでするのがわからない」というキャスターのコメントが抗議する側に向けられているのはもっと寒くなりましたが。チベット情勢を論じるには不勉強すぎるので『世界の論調批評』のこの記事が大枠を抑えられていると思います。

 ふと思うと、この国は専制政治の経験がほとんどないのではないかと思います。「ある敗戦国の幸福な衰退史」などというどうでもよい「寝言」を考えているうちに、日本史を本格的に勉強しなおさなくてはと思うのですが、西洋的な意味でも東洋的な意味でも専制政治の時代というのがパッと浮かんでこないです。専制政治といっても、政治学上の正確な定義をよく理解していないからかもしれませんが、中国大陸のような王朝は日本史上、存在しなかったような印象があります。古代の王朝は素朴な意味では専制なのでしょうが、早くから朝廷は権威としての存在に変化していった印象があります。鎌倉幕府以来の武家政権は、統治者が武士に限定されてゆくプロセスではありますが、素人目には形式上、将軍職があったとはいえ、意思決定プロセスは合議が主で、江戸時代などは現代よりもはるかに中央と地方の関係が分権的であったように映ります。

 先ほどの記事では「帝国主義的特性」という表現が使われておりますが、中国やロシアなどは専制政治の時代が長いというあまりに素人的な話に関心が向きます。「帝国主義」という言葉は、中学か高校の歴史で出てきた記憶がありますが、理解ができませんでした。なぜ、19世紀以降の欧米列強の対外的な拡張政策のみが帝国主義でそれ以前と区別できるのかがわからないという、あまりにナイーブな感覚が強くて感覚的に受け付けることができませんでした。「遅れた民族の善導という文化的優越心は帝国主義の心理的支柱」というのは貴重な指摘だと思うのですが、近現代に限らず、対外的に帝国、すなわちある範囲内で自らが秩序になろうとするパワーのほとんどがそうであろうと。古代のアテナイ、ローマなどはその典型でしょう。現代的な感覚では「民主的な帝国」というのは形容矛盾となりそうですが、歴史は逆であるとすら感じます。国内体制と対外政策はかならずしも固定的な関係にはないという感覚があります。

 中共がチベットで行っている蛮行は、私の浅い中国史では、中共独特ではない部分が基本になっているように思います。中央政権が「蛮族」と見なせば、容赦なく弱者の文化を奪う専制というよりも圧制に近い感覚です。強いて以前の王朝との差異を考えれば、中共独裁の下では日本人も後代まで影響を受けそうな優れた文化が生まれそうにもないということでしょうか。経済的に成長し、軍事的に強大になっても、脅威とは感じるものの、畏敬の念がまるで起きません。死んでも直りそうにない、人格的な欠陥を抱えた私には北京でオリンピックを開くべきか否かという喧々諤々の議論にはまるで興味がなく、ただただ既存の資源を浪費する現在の中国は「平和の祭典」であり、「諸国家、諸民族の祭典」でもあるオリンピックの歴史に汚点を残すだけであろうと。島国の凡庸な頭には一時的に専制が勝利を収めるように映ることがあっても、長続きしないだろうという「寝言」が浮かびます。


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2008年04月06日

なんちゃって枯れてみました

 日記みたいで自分では嫌なのですが、まずは今週、感心した話です。「お前、明日死ぬのか、10年後死ぬのか、わかるか?わかんねえだろう。だったら、ややこしいことを考えずにうまい酒をのんで、おいしいものを食べて、楽しめる範囲で仕事をすればいい」。俗人こそ信頼に値しますね。私の価値観では。老いは誰にもやってくる。遅かれ早かれ。楽しむことこそ一番だなと感じます。

 映画『靖国』の話自体にはまったく興味がないのですが、官邸が力んでいるのを見ると萎えます。イデオロギーがらみの話では国民の大半は動かないことは前任者が示しているのに、まるで学習能力がない。いつの時代も生活に直結する問題で国民の側にあるよと演出して大なる問題を片付けるのが普通だと思うのですが、逆をゆく政権が2代も続くと、うんざりです。他方で、「対案」がないと感じている人も少なくないようで、この閉塞感は少なくとも数年は続きそうですね。

 買い物をしながら、身の回りの商品の値上がりを実感します。他方で、名目賃金はさほどには上昇しない。これでは、政策の舵取りが難しいでしょう。ただ、逆に考えると、こういう時期は余計なことをしない方が難しい。ただ、なにもしていないと思われることは、統治の無能そのものですから、避けていただきたいものです。これはないものねだりか。

 下の世代の人たちと話をしていて、珍しく仕事のことで違和感を覚えました。頭のよさや、テクニックでは向こうが上ではないかなと。ただ、どんな分析でも物事の一面を捉えるのがやっと。一側面でさえ、明らかにするのは難しい。忘れてはならないと私が思うのは、合理的ではないヒトの行動を合理的に解釈する際にも、そのような前提が一面的だということではなく、ヒトそのものを愛していないと、せっかく捉えた一面の意味がわからなくなってしまう。教養は、そのような感覚を啓発しますが、読書やその他の手段には限界がある。これは「教える−教えられる」関係ではえることのできない感覚なのでしょうが、他人を愛するということは自らを愛するということと切り離すことはできない。利己的個人とか利他主義(altruism)というのは現代人の洒落だけれども、真剣にやる洒落。ただ、その真剣さの根源にヒトに対する愛情がなくては続かない。

 若い人たちに失望したというわけではなく、そんな時期もあったなあと思います。今の20代の方が老けているのかもしれない。学生の頃なんて理性による無限の進歩を真剣に夢見ておりましたから。今の若い人たちには、理解しがたい挫折経験も。挫折があったほうがよいのか、自由にのびのびやってきたほうがよいのか。楽しみでもあり、彼らが成功するのなら、次の時代を彼らに任せようという気分になりました。いろいろ面倒な時期ですが、楽しみはつきないものです。
posted by Hache at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年04月03日

メタボ排出権取引?

 年度が変わってハードな日々です。単に飲みすぎ、食べすぎの連続で、メタボな私は最悪です。おまけに、「今年からメタボ認定が検診に入るんだよな」と言われながら、目の前にある料理は、いかにも「メタボ促進剤」みたいなものばかりで、嫌がらせに近いです。しかも、酒はビール限定とか、とってもよい職場です。とどめに、「メタボ排出権取引」を考え出す方までいて、ガソリンの値下がりでなんのメリットもない私には、薄い財布がすっからかんになるまで死んでも直りそうにないバカな規制のおかげで支出が続く、個人消費の牽引役の一人になりそうです?

 痩せている方は強気でして、体脂肪1kgにつき10万円とか法外な金額をふっかけてきます。やむなく、「メタボ」な人たちは「同盟」をくんでひたすら値引き交渉や二人分ぐらい平気そうな方を囲い込むとか必死でした。春の平和な光景ですね。

 ただ、酒の場というのはありがたいものでして、酔っ払ってバカなことを言っていると、面白い話が聞けるものです。それにしても、酔っ払っているのでただでさえゼロに近い知能指数がほぼゼロになっている状態で話を引き出すのは難しいものです。ヨレヨレなので、軽いネタですね。

:日銀総裁が「大空位時代」でも、大丈夫なんじゃないですか?
A:お前は本当にバカだな。あれで揉める原因をつくった民主党は最悪だな。どうせ、参院で力を示すだけにやっただけだろう。
:じゃあ、武藤さんあたりでよかったとか?
A:悪い人じゃあないが、今の金融危機で欧米の中央銀行と丁々発止のやりとりをできるタマではない。
:じゃあ、次の、ええと……。
A:名前が出てこない時点でアウトだよな。あと、固有名詞がでてこないのは老化の兆しだが、お前、早すぎるぞ。どうでもいいが、田波でもたいして変わらん。
:……じゃあ、誰か他にいますか?
A:お前が名前を挙げてみろよ。
:ううんと、○○さんとか、○○さんとか……。
A:だからねえ、みんな「帯に短し」で「襷に長し」はいないんだよ。バカなお前でも、今の国際金融が危機的なのはわかるだろう?もっと危機的なのはそれに立ち向かう人材がいないということなんだよ。
:……。

 ひどい「寝言」ですが、日銀総裁の「空位」は、人材の不足という根本的な問題とそれとは独立した単なる政争が、まったく独立して「解」を出してしまったのかも。ないなりの「やりくり」というのはなかなかシビアなものがあると感じました。


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posted by Hache at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 不健康な?寝言

2008年04月01日

気長にイラク情勢を見ましょう

 年度の節目で落ち着かないのですが、安達正興さんのこのコラムはさすがに真剣に読みました。イラク情勢をいちいち気にしだすときりがないのですが、最近は安定していると思っていただけに、かなり厳しい状態です。イラク政府の統治能力が向上しないと、アメリカとの「同盟国」になるのは難しいだけでなく、間接的に米軍の抑止力を低下させてしまいかねないです。もっとも、イラク政府の統治能力が回復するのは、あまり根拠はありませんが、大雑把に見て5年はかかりそうです。その間、米軍は中東の安定化を最優先せざるをえないでしょう。

 安達正興さんのコラムの中でリンクされている過去のコラムは2007年1月27日の記事の誤りでしょう。過去のコラムの「ペトレイアス=ファモス報告(Counterinsurgency)」は、「ベーカー=ハミルトン報告」よりもはるかにできがよいようです。2008年3月29日のコラムでは米軍増派後、「「ペトレイアス=ファモス」報告の内容がかなりの程度、実現しているようです。「ベーカー=ハミルトン報告」からはイラクからの「出口」を探っているような印象をもちました。恥ずかしながら、「ペトレイアス=ファモス報告」を読んでいないので、イラクの治安を回復をまず米軍が担保すること、その手段として増派は妥当であったと思います。問題は、イラク政府そのものの統治能力の回復ですが、あらためて厳しいことを実感します。「ベーカー=ハミルトン報告」はイラク政府の統治能力が米軍の駐留を代替するかのような印象をもちましたが、「ペトレイアス=ファモス報告」ではそのような考え方は退けられているという印象をもちました。

 裏づけが乏しいのですが、まず、米軍が治安確保のために増派し、その上でイラク政府の統治能力を高めるという基本戦略は妥当だと思います。ただし、イラク政府の統治能力の強化は5年単位で考える必要があるのかもしれません。その間、アメリカにとって安全保障上プライオリティが最も高いのは中東であり、ついでアフガニスタン周辺であるという状態は変わらないでしょう。この状況下でパワーバランスの変化が既に始まっており、米軍の抑止力の低下による影響が顕著に現れるのはユーラシア大陸の東側でしょう。現状を変えようとしている勢力が中共であることは明白でしょう。イラク情勢が緩やかにせよ改善しつつも、「一進一退」の状態が続けば、基本的な戦略が概ね妥当であっても、5年単位で、私はさらに気長に10年前後は不透明感がともなうでしょう。

 ここで問題になるのは、米軍の抑止力低下そのもの以上に、米軍の影響力が低下することを現状を変えようとする中共が読み間違えるリスクです。チベットの「反乱」が示しているように、中共は「獅子身中の虫」を抱えている以上、台湾海峡でこぶしを振り下ろすことは中国のナショナリズムの正統な「継承者」としての中共の地位を脅かすのかもしれません。中共が台湾海峡に、どのような形であれ、でてくる蓋然性が高いと見たほうがよいのでしょう。ただし、アメリカとの対決となれば、中共の選択肢はほとんどないといってよいでしょう。もちろん、そのような事態を避けながら、中共は台湾への圧力を強化してゆくのでしょうが、それが台湾の「独立」阻止ではなく、アグレッシブな形になる可能性が高いと思います。

 そのような攻勢をとどめるのは米軍の影響力ですが、プレゼンスの低下が生じてはいるものの、明白な戦争でなくても、台湾海峡に米軍が関与する確率を読み間違えると、台湾海峡で中共がアメリカの関与を招きかねない事態を惹起するでしょう。ひょっとしたら、イラク情勢が想定以上に好転した場合にも中共は台湾の事実上の併合を目指す可能性もあるのでしょう。

 私自身は、台湾海峡で深刻な紛争が生じる確率自体は、利害関係を有する国々が合理的であれば、相当、低いと見ております。問題は、この国でありまして、日銀総裁がどうたらこうたらとかガソリン税がどうたらこうたらも深刻ではありますが、それで国が滅ぶかといえば、致命的な自体ではないと思います。問題は、外交・安全保障政策を民主党が「政争の具」にするか否かです。私が敬愛する方は、「民主党に政権が転んでも、前原や長島がいるから大丈夫だ」とおっしゃっていましたが、彼らの見識ではなく党内での影響力という点で不安が残ります。

 これは民主党に限らないことですが、イラク戦争後の占領統治の不首尾によってアメリカを軽侮する傾向が少なからず存在するように感じます。10年単位の長期にわたるであろうイラク情勢に右往左往することなく、英米の側にあることがこの国の安全と繁栄の基盤であることが政争のなかで曖昧になってしまうことを恐れます。ひどい「寝言」ですが、外交・安全保障で致命的な誤りをしなければ、日銀総裁だの道路特定財源などはどうでもいい話です。イラク情勢は間断なく観察する一方で、決して感情を交えてはならず、一喜一憂する必要はないと思います。ただし、2009年の新大統領がどのような判断をするのかによって、この国が振り回されることも覚悟しておくべきでしょう。