2008年04月12日

イラクの新たな「内戦」(続き)

 昨日の続きですが、悩ましい部分があります。Cordesmanはマリキ政権がアメリカ軍をバスラの戦いの空爆などに引き摺り込んだと考えているようですが、安達さんの記事で注目すべき点は、Petraeusが上院で自ら作戦を立案しイラク政府に提言したと証言していることです。今回とりあげているコラムが3月30日付けですから、このあたりの意思決定プロセスは公開されていなかったのかもしれません。細かい点かもしれませんが、マリキ政権が主導権を握ってバスラの戦いを行ったとすると、全体として悲観的な情勢分析になる可能性が高いでしょう。

 端的に言えば、米軍はマリキ政権に幻想を抱いており、スンニー派の内部分裂に加担させられるという構図になります。この点に関しては留保しながら、コラムを読みました。また、バスラの戦いにおける軍事的なミスもPetraeusが認めているところなので、日本の報道が偏向しているというほどではないのでしょう。英空軍は出動しない予定だったのが、予想外にイラク軍が弱く、やむなく出撃したというのが実態のようで、あらかじめ陸と空の共同作戦を想定していたというのは、ひいきのひいき倒しになりかねないと思います。戦闘そのものに関しては、Petraeusもイラク軍を過大評価していた可能性があるのでしょう。

 今回の「寝言」の核心部分は、バスラの戦いの政治的な意味を知ることです。Cordesmanは、この点を明確に述べています。イラクイスラム最高評議会は南部のシーア派後ろ盾であり、イラク警察にも着実に影響力を拡大している。一連の軍事作戦は、サドルの大衆的な人気へ対抗し、10月1日に予定されている地方選挙の準備であった。彼は端的にこのように表現しています。

 これに続けてCordesmanは興味深い指摘をしています。アメリカ人の軍人・文官はともに、中央政府によって任命されたバスラやイラク南部の統治者は大衆的な指示の広がりを欠いている。もし、開かれた地方・および県の選挙が行われれば、ダワ党やイスラム最高評議会は地位を失うだろう。彼らは成長と政府サービスをこの地域にもたらすことに失敗しているからだ。

 さらに厳しい指摘が続きます。県レベルでどれほど南部の統治が悪いのか、バグダードからどれだけ南部にわずかな金額しかわたっていないのか、シーア派の地域ですらどれほど政府に関連したサービスが不足しているか、などの点について現実的な検討がない。無能と不正は党派あるいは宗派の問題ではない。ABCによる世論調査では昨年の夏にはシーア派住民の4分の3は中央政府を支持していたが、今月の結果では3分の2に低下した。さらに、住民では安全に移動できると感じているのは14%にすぎない。私があったアメリカ当局はサドルの支持範囲について意見が相違したものの、多くはサドルはバグダードで幅広い支持をえている。サドルのために開かれた大集会はそのことを示している。

 以上の指摘から、マリキとサドルの「内戦」は宗派的な要因よりも、民生の安定といった世俗的な問題が背景にあると考えます。治安が回復したとはいえ、イラク南部では住民のほとんどは不安をもっており、民生の安定という政権の正統性を確立できていないと考えざるをえないのでしょう。このような状況でバスラの戦いを実施したことは、果たしてイラクが国家として安定するために適切であったのかは大いに疑問が残ります。地方選挙を前に治安のよりいっそうの安定のためには必要であったのかもしれませんが、イラク軍の未熟さもあって市民の犠牲者も大きく、政治的にはリスクの大きい軍事行動だった可能性が高いでしょう。

 以上の情勢で、10月の地方選挙がどのように実施されるのかという点で多くの人々が懸念をもっているようです。Cordesmanは次の点を指摘しています。第1に、地元に根を張った政党の不在です。第2に、未だに決定されていない枠組みです。以上の点から、もし、10月の選挙が2005年の選挙のモデルにしたがうのなら、イラク人は主要な政党から出馬した候補者(その多くは有権者になじみのない名前)の長いリストから選ばざるをえず、地元を代表する人物を選ぶ余地がないと指摘しています。このことは、混乱したまま地方選挙を実施すれば、ますますイラクの民心が中央政府から離れてしまう可能性を示唆しています。

 以上は、マリキ政権に対する冷静な分析だと考えます。くどいようですが、Petraeusの下での増派はイラクの治安を大きく回復したと評価しております。増派の効果は主として米軍への攻撃の現象などから評価されていますが、イラクが国家として確立するためには治安の確保が第一でしょう。その点で増派は、もっと早く実施していればという悔恨はあるものの、イラクが国家として機能する基盤を堅固にしたと思います。その結果、占領統治の当初から指摘されていた民生の安定がよりウェートを増しているのが現状だと考えます。この点で、少なくとも現時点ではマリキ政権は十分な成果を収めておらず、様々な宗派や部族からなるイラク国内の統合を果たすには力量不足であるのでしょう。あえて楽観的なことを申し上げるなら、治安の回復という、早期に決着をみるべきもんだいではあったとはいえ、それがある程度の成果を収めた結果、イラクを国家として統合してゆくことのウェートが高まっているのが現状だと考えます。

 ここでCordesmanは再びバスラの戦いについて論じています。マリキは無能で不正も目立つが、サドルはアルカイダとの戦いでは様子見を決め込み、政治的影響力の行使という点では一貫性がない。バスラはシーア派内部で分断されている。どの勢力も犯罪的な集団としてみなされるだけの理由がある。また、バスラではシーア派の統治者よりもイランの影響がはるかに浸透している。イランの宗教的な準軍事的組織Al Qudsはバスラを誰が制するかということを考慮せずにシーア派の民兵に武器や資金を供与している。イラク中央政府はバスラを支配下に置くと主張する十分な理由がある。それは、平和的な理由ではなく、イラクの原油輸出というより現実的な観点からの理由である。暴力的な集団は正統性のある政府にとってかわるものではない。ただし、タイミングと戦術を考えると、バスラの戦いはイラクの国益へ貢献する戦闘であったかは明白ではない。

 以上の分析から、Cordesmanは、バスラの戦いがシーア派間の政治闘争を武力による闘争に深刻化させ、治安回復の成果を無にしかねないリスクをはらんでいると批判しています。また、米英の軍事的役割を再び拡大させる結果につながる可能性があると批判的に述べています。彼が、今のイラクに必要なこととして指摘しているのは、ダワ党による勝利とイスラム最高評議会が政治的な調整の大義を代表する、または公正な選挙につながるという保証がなくても正統な地方政府の創設です。 事実上、そのような結果は民主主義ではなく、ダーワとイスラム最高評議会による"Iraqracy"を支持となるかもしれないということです。

 結論部分は当初のマフディ軍には当然としてダワ党への幻想を戒める態度とは矛盾するように映るかもしれません。過度の単純化に陥る危険性はありますが、このコラムで幻想を戒めているのは、第1に、マリキ政権が正統であり、マフディ軍が悪であるという単純化によってシーア派内部の政治闘争が武力抗争へと発展しかねない過度の軍事行動でしょう。マリキ政権の問題は、民生の安定化でとても満足できるような手腕を発揮できていない点にあります。さらに重要なことは、ダワ党の多くの欠陥にもかかわらず、もっと露骨に言えば民主的か否かという問題以前に、まず地方政府を確立し、イラクが国家として統合されることがイラクの安定化にとって不可欠の前提であるということでしょう。

 マリキ政権を民主化の旗手や「善玉」として捉えるのはあまりにナイーブでしょう。その統治が先進国の民主化とほど遠いものであっても、統治能力を養成してゆくためにはイラク独自の「国づくり」を進めてゆくことが肝心であるという冷徹な観察だと思います。