2008年07月29日

錯覚いけない よく見るよろし

 日曜日に慌ててパーツを買いに出かけたのが、致命的でした。やはり価格が致命的でビックは却下でソフマップに。P35系のマザーボードが売り切れでがっくり。判断力の低下が災いして、新品のマザーを売却してP5Q-EとP5Q寺の違いがわからずに、店員に尋ねると、「ええと、ヒートシンクの違いぐらいですかね」との返事。つい安いほうを選択して失敗でした。ええ、素人にありがちなミスです。帰ってからチェックすると、DDR3にも非対応。3000円をケチったことを後悔しております。

 組み立ての前に「SP+メーカー」でXPのSP3対応のファイルをつくろうと悪戦苦闘。最新版ではbbieはいらないようでしたが、とりあえず、Hotfixをダウンロードしようとすると、エラーが頻発するので、SP3だけを適用したファイルを作成。しかしながら、出来上がったファイルをDVD-Rに書き込めないという致命的な問題が発生して、ほとんど疲れきってしまいました。どうもデルのパソコンはサウンドと光学式ドライブの書き込みは致命的な欠陥があるんじゃないのと思うぐらい、弱い。ここまでの作業で2時間を使ってしまい、翌日の準備がまるでできていないので、あたふたと諦めて、御仕事です。カワセミさんのアドバイスがなかったら、適当に組み立てて、途方にくれていたでしょう。いつも貴重なアドバイスをありがとうございます。アドバイスを生かしきれない自分にイライラしてしまいますが。

 それにしても、眠れずに、先週から一日あたりの睡眠時間が2−3時間で、正常な判断力を保つのが非常に苦痛にすら感じます。ふだんは若い連中が、「わからん」を連発してもわからせるまでひたすら説得しますが、「わかろうとしないからわからんのだ」と怒鳴ってしまう。どうも、睡眠時間の不足のせいで、根気までが失せている様子。こういうときは、意味もなく、『陸奥宗光』と『氷川清話』を読んでしまいます。市井の人が日々をすごすのにも、それなりの覚悟が必要なものですから。

 ぐったりした状態で天井を眺めながら、ぼんやりしていると、久々に「生きている死体」を体験します。うまく表現できませんが、昔から生きたまま、私を殺したいという願望が強いらしく、「死体」になった気でひたすらよけいなことを忘れようと。どうも、情報過多の社会では「私」ばかりが強くなって、私が「私」を殺しても、次から次へと妄念にとりつかれるようです。生きながら、「私」を殺すのにはまだまだ修行不足ですね。こんな状態ではなにも見えない。

 「自分探しの旅」というのは、私の理解を越える部分があります。人一倍、自意識が強かったせいか、他人と明らかに異なるという「私」があまりにも私自身に明瞭で、苦痛でした。この「私」を殺すことが一生の課題なのかなと思ったりした時期もあり、「死処」を探すというのは、あまりにも生々しい感覚で存在する「私」を殺すところにしかないのだろうと。「近代的自我」というのも今ひとつピンとこない。「前近代的自我」なるものをどのように体験するのだろうと。書物によって再現できるのであれば、古今東西、自我に苦しまなかった時代などあるのだろうかと。此岸と彼岸が一体になれないような人など語るに足らず。

 宗教的世界観が衰退していることは、彼岸の存在、すなわち個の不完全性を自覚する機縁が減ることを意味するのでしょう。しかるに、個の不完全性の自覚は、不完全なる個のうちでしかえられない感覚です。個々の機微は私の手に余りますが、私自身はすべてを見ようとせんと欲すれば、「私」を殺さざるをえず、しかるに「私」が死んでしまえば、ありとあらゆる知覚や認識が崩壊してしまう。そのぎりぎりのところとどう付き合ってゆくのか。あまり「余生」が長いとは思えませんが、答えを見つけようとあがきながら、くたばるのでしょう。


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2008年07月26日

遊びとしての"Do It Yourself"

 暑いせいなのか、調子が悪いのか、もともと性能が低いだけなのか、頭の中がまとまらない状態です。水曜の未明にエアコンのタイマーを2時間後に切れるように設定したら、エアコンが止まってから、だいたい1時間後に目が覚めてしまいました。温度計を見ると、室温が約30度。さすがに無理ですか。まったくもってどうでもいい話ですが、とうとう扇風機がお亡くなりになり(享年20歳)、「新人」がやってきまして、先代と比べて「軽薄短小」なつくりに不安を覚えましたが、モーター音が静かでびっくり。しかも、8000円ちょいでリモコンがついていて、意味がよくわかりませんが、なにやら便利なのか、よけいなことばかり充実しているのか微妙です。それにしても、扇風機の即効性には驚きました。汗だくになって帰ってきたところで、風量を「中」に設定して風を浴びていると、10分程度で体が冷えてきます。つい気もちがよくて30分も浴びていたら寒いぐらいでした。エアコンの設定温度も27度ぐらいにしないと、冷えすぎる感じです。それにしても、外へ出て温められ、室内で冷やされ、外でまた温められでは体もおかしくなりそうです。頭の方は、もともと……。言わぬが花というところでしょうか。なんとなく日本語が不自由な人の表現のような気もいたしますが。

 あれこれ考えるところがあるのですが、本当にとりとめがないので「寝言」にもなりません。今週、本を読んでも感想が浮かばず、ふと妙に記憶に残ったのが、仕事帰りにスーパーによったときのことです。ふと、ちょっと自分でもいやらしいなと思いますが、レジで前の人の中身を見ると、うなぎの蒲焼だけが入っていて、半額の札が貼ってありました。自分の嫌らしさをさらしますると、蒲焼の定価が580円で鹿児島県産となっていて、さらに半額ですから、290円なり。この時期はみんなうなぎを食べるんだな、それにしても安いなと思って翌日、売り場で見たら、同じ金額で中国産となっていました。見間違えたのか、ボケていたのかわかりませんが、ありゃまという感じ。他のスーパーで見ると、鹿児島県産のうなぎの蒲焼は1480円でこのぐらいだろうなと思いました。父上の話では昔は田舎の川でうなぎをとって小遣い稼ぎをしていたとのことで、養殖をしなければならないほど、人が増えてしまうと大変だわねと他人事のように思いました。うなぎも人気が出すぎると大変だなあと思います。

 食べ物の話となると、恥ずかしいことが多いですね。一番、恥ずかしかったのは、「天津飯」という料理があるのを知ったのが大学に入ってからでした。実は、実家で外食する先に中華料理店がなく、記憶が確かなら、ラーメンや餃子ですら、自宅で作ったものしか食べた記憶がないです。どんどん、とりとめがなくなってゆきますが、家で作った冷麺が死ぬほどまずくて(天上天下唯我独尊麺をいれても食べられないほどの殺人的まずさ。わからない方は『らんま1/2』31巻をどうぞ)、ブタのエサにもならない麺のひどさでした。我慢して二口目を食べようとしたものの、ゴムのような感覚に耐え切れず、留守だった父上を除く3人がギブアップ。慌てて母上が「熱いけれどこれで我慢して」と用意したのが、「きつねどん兵衛」でした。そんなわけで、高校卒業時までに食べたことがあった中華料理といえば、チャーハンにラーメン、酢豚、餃子、八宝菜(八宝斎(ハッピー)じゃないですよ)、春巻きぐらいでした。すべて冷凍食品ではなく、母上の手作りで、チャーハンに関しては一人暮らしをしてから、具を別途、炒めて準備しておくという実に素朴な工夫で、家では具に火が通り過ぎてしまったり、ご飯が水分が抜けすぎてしまうという欠点を大幅に改良しました。実家に帰った際にちゃっちゃと作ったチャーハンを食べて母上がびっくりしてました。意外とおいしかったようです。

 何の話だったか、忘れかけましたが、天津飯でした。実は、他の人が注文しているのを見て、天津飯が実在するというに驚きました。てっきり『ドラゴンボール』のキャラだと思っておりましたので。さすがに、このことは今まで秘密にしておりましたが、学力低下は「ゆとり教育」以前に発生していたのだと身をもって実感します。八宝菜をご飯にかけて「中華丼」(あるいは中華飯?)と呼ぶのも大学時代に知って、びっくり。世の中、いろいろ食べ物があるのだとびっくりしました。しかし、「自作」したのはほとんどが和食なので、中華は家ではほとんど食べないという具合です。

 話がうってかわりますが、「自作」と言えば、PC。ここ数日、パーツの検討に時間を使っています。それにしても、Nine Hundredを買ってしまう私もアレですが、日本限定モデルで内装までブラックというモデルがあるのにはびっくりです。本当に日本のユーザーは厳しいなあと。それにしても、無謀にもパソコンを自分で組み立てようとしてびっくりしたのが、台湾なしではパーツを揃えるのはほとんど不可能じゃないかということと、日本製の部品の評価が高いことです。小学生の頃にラジオを作ったときには、部品がどこで製造されているかなどということにはまるで感心がありませんでしたが、たぶん国産が多かったのでしょう。トランジスタやICはもとより、コンデンサ、抵抗器などを使いましたが、当時は輸入品がどれぐらいだったのでしょうか。まるで、とりとめがありませんが、自分でつくったラジオから放送が聴けたときには感動しました。もちろん、市販のラジオの音質には及びませんでしたが、いかにも素人がやったハンダ付けで微妙に広がっていたり、盛り上がりすぎている基盤なのに音が出るというのはちょっとした感動でした。PCの"do it yourself"ではそこまでの感動はないのかもしれませんが、少しだけこどもの頃に戻ったような気分です。BTOで調達すれば、はるかに手間が省けて、なおかつ、微妙に安いのでしょう。メーカーの保証もありますから、楽なものです。それでも、なんでこんなに熱中してしまうのかといえば、やはり自分の好みのものが作れるということが大きいのかもしれません。

 だんだん世の中が複雑になると、自分でなにかを作るという喜びはだんだんと減ってしまう感覚もあります。昔は、テレビの修理も私がやっておりましたが、現在の複雑なデジタル対応では手も足も出ないです。また、身の回りのものではなくても、仕事では社内や社会全体での分業、あるいは相互依存から独立して自分ひとりではなにもできない社会です。そんな時代に、既製のパーツを組み合わせるだけといってしまえばそれまでですが、PCを自作するというのも、ささやかな「遊び」なのかもしれません。
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2008年07月22日

大戦がない不幸と幸福

 カワセミさんのコメントについて考えているうちに、とりとめがなくなってしまいました。単に考えすぎという気もいたしますが。自分でも滑稽な感じがしますが、現在の国際政治・国際経済の「危機」が拡大したとしても、大枠としてアメリカの覇権が揺らぐという事態は考えにくい。データでつめてゆくのが「正道」でしょうが、政治学者の感覚というのはなかなかおもしろいです。

 われわれにとって一番不幸なのは、誤解を恐れずに思い切ったことをいいますと、あの戦争がじつは帝国主義時代の最後の戦争であって、あれ以後、帝国主義の戦争がなくなったということです。従来は、戦争が一つ終わってだいたい十五年か二十年たつと次の戦争があり、前の戦争で生じた貸借関係は、そこでもう一度リシャッフルされていました。ところが、今回は六十年にわたってリシャッフルがない(御厨貴『ニヒリズムの宰相 小泉純一郎論』PHP新書 2006年 17頁)。

 まあ、「寝言」だとぐだぐだと長くなりますが、感覚が優れた方だと、ちゃっちゃっと話が整理されるので感心してしまいます(本題の「宰相論」には同意できない部分もありますが)。「帝国主義の戦争」というのはわかりにくい部分もありますので、もっと単純に大国間戦争と書き換えたい気分はありますが。それはさておき(深入りすると脱線がひどくなりますので)、歴史認識問題から切り離すと、当面はアメリカの覇権、日本人の感覚でわかりやすくいえば、アメリカの「天下」が覆るような事態はほとんど想定する必要がないということでしょう。これを覆そうと思えば、アメリカに軍事的に正面から挑戦しなければならず、そのような利害対立を潜在的に含んでいるのは中国ぐらいでしょう。問題が顕在化するか否かは中国しだいではありますが。

 他方で、当面アメリカの国際政治・国際経済におけるプレゼンスは低下してゆくのでしょう。経済の面で違和感を感じるのは米中関係が米欧関係を代替してゆくというBergstenの情勢判断です。根拠がまるでないので「寝言」そのものですが、ユーロはドルを代替するのではなく、補完するのでしょう。FTあたりを見ていると、SWFの資金はドルからユーロにシフトしているようですが、ただちにユーロがドルを代替するのではなく、為替リスクの分散などからドル単独では「通貨の通貨」の役割を果たすのが難しくなっているということだろうとみております。経済の面でアメリカにとってプライオリティが高いのはイギリスを含むヨーロッパ諸国であって、中国がその役割を代替することは現在では蓋然性が低く、仮に、そのような時期がきたとしても、50年ぐらいの時間を要するのではと思います。イギリスのようにユーロ圏に属さない有力な通貨が存在するので表現が難しいのですが、中国の経済成長が著しいのは事実でしょうが、GDPではユーロ圏はアメリカにほぼ匹敵する規模で、中国がユーロ圏を経済の面で代替する可能性はかなり狭いという感覚があります。ドルの機能をユーロで補完するという現状に即した政策を採用しないまま、中国との「G2」というのは非現実的な印象があります。また、中国経済を考える際には、最近はあまり見かけなくなりましたが、"China gets old before rich."という視点も忘れてはならないと思います。

 安全保障の分野では「ジャイアンは昔ほど喧嘩が強くありません」と考える方もいらっしゃるようですが、軍事力という点ではアメリカのパワーは経済よりもはるかに「一極集中」ではないかと思います。問題はイラク情勢が明るくなる一方でアフガン情勢が厳しいという、表現が悪いかもしれませんが、「もぐら叩き」のような状態になっていて、アメリカの軍事力がイランを挟む東西で伸びきっていることでしょう。このような状態では、米軍の紛争抑止能力が低下するのは物理的現象と同じでしょう。イスラエルによるイラン攻撃が実行されれば、おそらくは一時的(とはいえ10年単位で考えるべき問題でしょうが)にせよ、紛争抑止能力の低下が明白になるでしょう。私は、米軍の存在意義は紛争が起きてから対応する能力と同等に抑止する能力にあると考えております。中東という「火薬庫」に火がつけば、アメリカの軍事力をもってしても、後手後手の対応にならざるをえず、アメリカの威信は大きく傷つくでしょう。これまた表現が悪いのですが、安全保障の面ではアメリカを補完することができるのはイギリスぐらいで、経済よりも問題は厳しいようにも感じます。

 そんなわけで、アフガニスタン本土への自衛隊の派遣を見送ったのは想定どおりですが、なんともいえない虚脱感を感じます。北朝鮮の核開発に限らず、アメリカの様々な「限界」が見えているなかで、アメリカとの「一体化」を進めるのは国内世論の説得に限定しても困難なことでしょう。他方で、アメリカの国際政治や国際経済での地位の低下にもかかわらず、その役割を代替する主体は見当たりません。米英主導の国際秩序から日本が利益をえているのにもかかわらず、それにみあう費用を負担していないという問題は1980年前後には顕在化していました。当時の「経済大国」というこの国の国際的なプレゼンスの向上という背景に対し、現在では「ジャパン・ナッシング」という低下という懸念と悲観が主流のようですが。この国の戦後における外交政策は高坂正堯先生が的確に表現されたように、平和的ではあるが、積極的に平和をつくりだす努力をしないという、この国の脆弱なパワーベースをある程度まで反映した政策であったがゆえに戦後の相当の期間において維持できたのでしょう。また、それは冷戦の正面がユーラシア大陸の西側であったという、この国にとって外生的な条件によるものであったことも、厳密な意味での論証は難しいのでしょうが、「平和的な政策」がそれなりに効果的であったと思います。

 しかし、冒頭で引用した御厨先生の大戦による「リシャッフル」がないもとでは、「平和的な政策」だけではこの国の安全と繁栄を長期にわたって維持することは困難だとも感じます。いささか自虐的な表現になりますが、極東に限定しても、この国が自ら秩序をつくりだすことは、中国の台頭がなくとも困難でしょう。長期的に見れば、米英中心の国際秩序の、主要ではないにしても、無視はできない補完勢力として生き残りを図るのがベストであろうと。ただし、アメリカの「迷走」が、単に政策の失敗だけにとどまらず、アメリカの経済的地位の低下や地域情勢の複雑化などの要因によって生じているならば、アメリカの補完勢力として生き残りを図るための努力は多くのリスクや犠牲をともなうでしょう。現状では、そのようなリスクや犠牲は国益に合致しないかのように日本人には映る状況が続くと見ております。私のようにペシミスティックに国際情勢を眺めている者でも、日米安保体制の崩壊というリスクは無視してもよいと考えております。しかしながら、抽象論にすぎませんが、困難な時期に努力を怠っていれば、日米同盟の信頼性は低下する一方になりかねないという危惧を抱いております。それは大戦というあまりに犠牲の大きい「リセットボタン」がなくても、「ある敗戦国の幸福な衰退史」を変える「好機」でもあり、「好機」を現実の成果とするためにはより長期的なコンセンサスの形成とそのための政治的リーダーシップがが不可欠であるという、いつもの「寝言」です。


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2008年07月17日

迷走するアメリカ

 想定どおりと申しますか、単なる怠惰さと申しますか、更新が滞っております。一日のうち、3分の1を睡眠に費やさないと、たちまち仕事の質が低下するという加齢とはこういうことかと実感する日々です。いきなり脱線ですが、自分のことぐらい「老化」という言葉を使ってもいいのかなと思いますが。昔は意外と生真面目でして、やるべきことが増えてくると睡眠時間を減らしていましたが、最近は逆に増やすようにしています。今日も、ある会合で昼食をいただきながら、食べ終わるのが一番、遅くて隣の方々にからかわれてしまいました。なかなか豪華なお料理でゆっくり味わってしまい、「おいしそうだね」と。図星でありまして、「家でもスローペース?」とからかわれて、素直に「はい」と答えました。「いやいや、マイペースが一番だよ。それが長生きの秘訣だから」と言われて、図々しくなったとはいえ、赤面してしまいました。

 そんな話はともかく、「拉致問題に話が集中していますが、核開発で再び北朝鮮が裏切れば、アメリカの日本国内における威信が大きく損なわれることを危惧しております」という私のリプライにカワセミさんのコメントが「それは現時点で底値ですのでさしたることもないかと思います」とあって考え込んでしまいました。私のリプライが北朝鮮の問題に偏りすぎていて、あまり自分でも考え、もとい「寝言」が整理できていないなと。簡単に書いてしまえば、アメリカの国際的なプレゼンスが向こう10年間ぐらいは低下し続けるという危惧があって、日本人が最も身近に感じるのは北朝鮮の核開発を抑止できるのか、拉致問題を解決できるのかというところだろうというアバウトな感覚です。もっと抽象的に表現すれば、これから10年程度は外交・安全保障・経済などの点においてアメリカの影響力が低下し続けるのではないかという感覚です。あまり根拠がないのですが、ペシミスティックな感覚で国際情勢を見ているなあという自分に気がついたというところです。

 曖昧な話が続きますが、以前、この「寝言」で「危機が収まったときに起こりうるであろうことよりも、危機の『マグニチュード』(最近ではガルですか)がまるでわからなくなります」と書きました。機械的に表現すれば、「マグニチュード」がわかるというのは、(1)金融危機によって生じる各国の金融機関の損失額や自己資本の毀損の程度が確定すること、(2)それに対応する政策手段と裏づけとなる資金が国際金融市場に参加しているプレーヤーに危機の終わりを実感させる程度に十分であること、(3)一国の枠組みでは対応できない場合、国際協調体制が機能する、あるいは協調を強制するだけの実力のある大国が存在することを国際金融市場に参加しているプレーヤーが革新できること、などです。素人目には、以上の点で「マグニチュード」がわかりません。

 また、今回の国際的な金融システム不安は国際通貨体制の変容をもたらす可能性とも書きました。これはあまり根拠がありませんが、1929年の世界恐慌からそれに続く国際的な決済システムの混乱や1971年のニクソンショック(金・ドル交換停止であいた)後の国際経済の混乱によって、代替する国際的な信用秩序が構築されるまでに10年単位での時間が必要でした。今回の金融危機は、前述のケースと大きく異なる部分も大きいと思いますが、ニクソンショックとの関係で行けば、ドルの信認の低下とその後のインフレーションという現象面に着目すれば、現代とも共通する点が少なくありません。今回の場合、米国債の信用が損なわれれば、国際通貨体制は根本から変化してゆかざるをえないと思います。

 『世界の論調批評』のこちらの記事で紹介されているBergsten[2008]を読むと、ちょっと驚くのは、EUというパートナーから中国をパートナーとすべしという認識です。まだ消化不良の部分が大きいのですが、アメリカが「パートナー」を選ぶだけの経済的なパワーであるというのは、ペシミスティックな私にはあまりに楽観的な現状認識のように感じます。経済レベルでも、アメリカの影響力は、それが一時的なものであるのか、不可逆的であるのかはわかりませんが、低下し、「パートナー」の選択肢ははるかに狭いように思います。また、既存の国際経済体制への中国の「挑戦」を警戒すること自体は理解できますが、他方で、アメリカ自身が国際的な金融システム不安の源になっているもとでは、アメリカの動かすことができる変数ははるかに狭いように思います。今回は経済的な側面に限定しましたが、ドルにとってかわる通貨はないとはいえ、現在の金融システム不安にアメリカ単独では対応できないという現実を考えると、外交や安全保障におけるアメリカの影響力の低下と切り離しても、アメリカの選択肢は狭いと感じます。

2008年07月14日

デブのPC自作チャレンジ 初期不良編

 思わず、PCケースのNine Hundredが通販で特価になっていたので、衝動買いをしてしまいました。日曜日に届いてびっくりです。まず、箱がでかい。ペリカン便のおじさんが重いから気をつけてくださいよと渡すときにふうふう言っていました。重量は本体のみで約8.4kgなのでそれほどでもないのですが、いざ家に置くとなると、これはけっこう大変だなあと思いました。早速、箱から取り出すと、さらにびっくり。購入する前に実物を見ておりましたが、いざ自分のものになるとちょっと高級すぎるぐらいです。おまけにサイドパネルがネジでしっかりしめるタイプで、デル製の簡単な操作で開閉するシャーシに慣れていたせいか、これはしょっちゅういじるのは無理だなと思いました。英語のマニュアル(もちろん日本語のマニュアルもありますが)では、"for Gamer"となっていて、たいした中身を乗せる気はないのに、M1A1の装甲を注文したようなものだと苦笑してしまいました。本を除くと、重いものは床に近いところにおくという素朴な「地震対策」をしておりますが、机の下におくと、ど迫力です。それにしても、ファンの数が多くてびっくりしました。

 で、いきなり自作するのはやはり怖いですから、電源の入らなくなったデルの旧式PCを解体して筐体だけ新しいものに移すつもりでした。まあ、自作の「予行演習」みたいな感じです。まずはボード類を外して、HDDやDVDドライブなどを外して、さあマザーボードを取り外そうかなというときに、「惨劇」が起きました。リベットのようなものでマザーボードが固定されているので、ドライバーでは外せないのです。こちらは4代目のPCですが、マザーボードを取り外すなどということは初めてなので、デル特有の固定の仕方なのか、他のメーカーも同じなのかはわかりませんが、事前の準備があまりに不足していました。迂闊に触れないので、慌てて元に戻しました。パラレルATAのケーブルを勢いでガンガン外してしまったので、フロッピーディスクドライブの差込みはどっちだったけという状態。HDDなどはわかりやすいのですが、フロッピーディスクドライブはちょっと厄介です。あとで自作PCのマニュアル本で確認しましたが、最初はあっていたかどうか。

 しかたなく、電源、正確にはスイッチの部分が異常な状態ですが、元通りにして、ボタンを押すと、やはり反応がありません。ダメだこりゃと思って放置していたら、なんと動いていてびっくり。慌てて、ディスプレイを切り替えると、BIOSのエラーが出ていて、素人には「?」でした。キーボードなどをとりつけていなかったのでやむをえず、電源をブッコ抜くという暴挙に。ボタンが反応しないので、どうにもなりません。もう一度、マニュアル本を見ながら、ケーブルの接続を確認して電源を入れると、BIOSエラー。嫌になりました。

 そんなこんなで日曜の昼から夜までエンドレスの作業に疲れてしまいました。途中、熱中しすぎて中腰で3時間近く作業していたら、腰まで痛む始末。ヘロヘロになって、ベッドに倒れこみたい気分です。
posted by Hache at 02:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 情報通信技術関連

2008年07月13日

人間は自然 私は天然?

 まだお盆まで1ヶ月ありますが、頭の状態は「夏休み」状態です。「寝言」どころじゃないという感じですので、更新がなかったら、へばっているんだなと思っていただければ、幸いです。言い訳になりますが、コメントを頂いても、反応が鈍くなると思います。カワセミさんから頂いたコメントで引用されていたサイトをすぐに覗いて勉強になりましたが、思考をまとめるのがつらい状態です。もっとも、PCを自作することを考えること自体は楽しく、初めてですから、あまり気合を入れずに遊びながら進めてゆきたいです。

 サミットとは直接の関連はありませんが、サミットそのものを論じた文章で失礼ながら関心が持てる論考が少ないなかで、雪斎先生の文章がさすがという感じでした。技術的には難しい印象ですが、原油価格の高騰や地球温暖化問題を島国の視点から捉えるというのは大切だなと思います。ツバルは他人事ではないかもしれないのですから。人間の進化と進歩をあえて区別するなら、やはり進歩の源泉は人間が自然を変えてゆく能力が発達することにあるのでしょう。都市部では人間の作為の結果ではない自然というのは限られた部分になってきています。他方で、進歩という人間の歩みにも限りがあることを意識するのが21世紀なのかもしれません。

 スケールが途端に落ちるのですが、最近、会社でも若い人が会社に適応できなくて安直にうつ病の診断書をほしがるそうです。他方で、深刻な人もいてうっかり「適応障害」と書いてしまうと、蚕の間接的な理由になりかねない場合もあってお医者さんも大変だなあと。前者はある意味、つわものでして、カウンセリングをしていると、「患者」の口が滑らかになると会社の悪口がどんどんでてくるそうです。先生とはいえ人間ですから、そんなに嫌ならやめてしまえと言いたいところのようですが、抑えて話を聞いてあげて診断書を出して休める状態になると、ケロッと「回復」するようです。しかし、「悪口」の内容を聞いていると、その程度のことも会社のなかで解決できないようでは失礼ながら先が見えてしまうなあと思いました。

 最近、感じるのは、世の中なんて自分の思い通りにならないし、それ以前に自分自身が自分の思ったとおりに動かすことが難しいと感じる方がマイノリティなのかもしれないということです。ちょっとあぶない「寝言」を口走ると、人間そのものが自然であり、極論すれば自分自身が自然だということです。他人を変えることはもちろん、自分自身を変えてゆくこと自体があらかじめ設定した意図どおりにゆくことなど、凡人からすれば稀なことです。こんなことを考えたところで利巧になるわけではありませんが、少なくとも、幸運に恵まれる準備にはなるのかもしれません。もちろん、幸運が一生、訪れない確率がはるかに高いのでしょうが。

 世の中が便利になりすぎたせいか、「かくありたい」ということと現実との乖離にだんだんと付き合うのが現代人にとっては難しくなっているような印象があります。20世紀はイデオロギーがそのような乖離と付き合うための便法をあたえるかに見えましたが、失敗に終わったのは今では明白でしょう。「水からの伝言」が話題になったときに感じたのは、子どもたちに法では律しきれない倫理なり規範を大人が設定することが難しくなっているんだなということでした。「人間も自然だ」というのではなにか行動を律することは難しいでしょうが、少なくとも、その時々にあわせて常識を積み重ねてゆく基本になるのではないかと。

そんなことを仕事の合間に考えている私は単なる天然?
posted by Hache at 03:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年07月09日

「オタク」商売の難しさ

 とうとう5年まえに買ったPCが動かなくなってしまいました。昨年、「Vista恐怖症」で慌ててセカンドマシンを準備しましたが、デュアルコアの驚くほどの性能にびっくりです。アンチウィルスソフトが常駐していようが、無闇にIE7でPDFファイルを読み込んでデータをいじくりながら、息抜きにゲームをしようが、まるで速度が落ちないです。結局、新しい方がメインになったのですが、今回の故障で家で1台しか確実に使えるPCがないというのはちょっと不安になります。ノート型はありますが、アンチウィルスソフトのパターンファイルを更新すると、2、3分は放置せざるをえない状態で、なかなか厳しいです。デスクトップとノートの両方を新調するのはさすがに苦しいので、どうしようと迷っておりました。

 そうこうしているうちに6月末でXPが出荷停止となって、もうないかなと思いつつ、「XP Professional」アップグレード版を探して、まずはビックカメラに行ったところ、ありゃま、買い溜めをしていたそうであっさりゲット。土日はどこもどっと混むという感じなので、平日の帰りに寄ったりすることが多いのですが、楽でした。予算がちょっと余ったので、グラボもPCI Express対応のものがほしいなあと物色したら、売り場の担当者にスペックと用途を説明したら、このあたりで十分ですかねとでてきたのがLEADTEKのGeforce8400(256MB)搭載のグラボ。ロープロファイル対応でないとちときついのでこんなものかなと。4,000円ちょっとの買い物だったので、このまま帰ろうかなと思いましたが、自作用のバーツコーナーだったこともあって、CPUやメモリーの価格表やPCケースの実物と電源などをしばし眺めておりました。

 さっき説明してくれた方がとても説明がわかりやすかったので、マザーボードの整理をしているところで、「お忙しいと思うんですが、ちょっとだけ相談にのって頂けませんか」と尋ねると、快諾してくれました。まずは、素人らしく、インテル系のP35とP45の違いがさっぱりなんですがと尋ねると、あっさりと「形式的にはPCI Express2.0に対応していることやメモリーが16GBまで搭載可能なことなどがありますね。あとは、Core2シリーズのアップグレードについてゆくにはP45の方がいいでしょう。でも、正直なところ大した差はありませんね。そのうちアーキテクチャーがまるで異なるCPUがでてくるはずですが、どちらも陳腐化しちゃいますから」とのこと。素人的にはインテル系にするのかAMDにするのかでまず迷うので、なるほどという感じです。今のメインがAMDなので、自作はインテル系でもいいかなと思いましたが、マザーボードがわけわかめだったので、助かりました。

 次は、電源とPCケースです。これは素人的な感覚ですが、PCや周辺機器のほとんどは、よほど安いものでない限り、物理的な故障がほとんどです。壊れた後に壊れやすそうな物理的形状であったり明らかに加工の段階で手抜きっぽい場合がほとんどで、雑誌に載っているほど安定性などはあまり気にならない感じがします。ネットでパラパラと大手販売店のサイトで商品を見て、メーカーのHPで個々の製品の説明を見ておりましたが、電源はENERMAXが気に入ってケースはANTECあたりが見た目もよさげ。しかし、素人判断なので見本がいくつかありましたので、早速、尋ねると、「そのあたりが定番ですね。電源だったらスカイテックあたりも安定しています。ここはケチらない方がよいですよ。電源の不具合だけは代替が利かないですし。ただ、複数、電源を用意しておけば対応できますが。あと、他のパーツはともかく、ケースはいくつも買うのが大変ですからね」と話してくれました。そんなに悪い判断をしていたわけでもなさそうです。とくにケースは意外なところで重要で、「私も過去15台ぐらい自作しましたが、不要になったパーツの処分で一番、困るのがケースなんです。これは中古の引き取りもないですし、役所に届けても1ヶ月に1回の頻度でしか回収に来ませんから」。自作マシーンが15台というのもびっくりしますが、「出口」まで考えてのアドバイスは感じ入りました。「高いものを買うときにはあまり迷わなくてもいいんですよ。まず、外れがないですから。明らかに安いものを買う場合も期待していないから簡単ですし。難しいのは微妙に安いものを買うときです。うまくゆけばお値打ち感がありますが、外れると痛いですからね」というあたりはなるほど自作の話を離れて消費者行動として納得してついつい別のことを尋ねたくなりますが、相手もお仕事ですから、抑えてPCの話に。

 次のポイントはキーボードとマウスとのことでしたが、こちらはメーカー製のものを使うことが少ないので、今でも十数年前のAptivaについていたキーボードがあるのし、マウスはいらないぐらいありますからと放すと、「昔のIBMのキーボードは本当によかったんです。今でも、中古で探している人がいるぐらいですよ」と教えてくれて、これまたびっくり。外部に露出しているパーツで壊れやすいのが中学時代からキーボードでこれは大切に扱っていましたが、物持ちのよさが意外なところで役に立つこともあるんだなと思いました。反則ですが、職場でも昔のPCを保管しているところから無理やりお願いしてキーボードだけIBMのものを使っております。職場でも自宅でもIBMのキーボード。これだけは譲れないです。使っていて本当に疲れないですから。

 そうはいっても、やはり性能を決めるのはマザーにCPU、そしてOS。もう一度、P45の見本のところでネット対戦型の3Dゲームをやりますかと尋ねられて、思わず首を横に振ってしまいました。「今のネットゲームはスキルよりもマシンの性能で決まりますから、そこまでのヘビーユーザーであれば、インテル系をお勧めしますね。ケースはNine Hundredあたりとは相性もいいですね」とのこと。でも、Core 2 Duo E8500はよさげですよねと漏らすと、「ベンチでは抜群なんですし、Core2系は一つのタスクをとことんやり込むには向いていますが、並行作業に意外ともろいこともあります。AMDはベンチマークで数字が出ないので雑誌ではボロボロに叩かれますが、タスクが多いときでも閾値寸前でもスピードが変わらないので、安定感は抜群です。今だったら、Phenom対応のマザーボードが史上最高といわれているんです」と言われて、意外でした。実は、クアッドコアまでは考えていなかったので(単にゲーマー御用達という程度のイメージですが)、PhenomもCore2 Quadも別の意味で「圏外」扱いしていました。AMDのマザーの見本で配線などのイメージを教えていただきましたが、素人でも扱えそうなぐらいシンプルでした。このあたりで閉店終了の音楽が流れ始めたので、流石に申し訳ない感じで、名刺を頂いて帰りました。Yさん、ありがとうございました。

 それにしても、話の内容は正真正銘の「オタク」でしたが、話がとても丁寧で、かつわかりやすくて勉強になりました。15万はかかるかなと見積もっていたのが、あっという間に想定していたスペックよりも高い状態で10万ちょっとに収まってしまいそうで、びっくりです。当初は、通常の家電量販店ではパーツを買わない予定でしたが、よき「オタク」に恵まれたおかげで、こちらとお付き合いするの方がよいかもと思いました。余計なお世話ですが、余計なものを買わせようとしないというのは、商売としては損かもしれないと思いましたが。ただ、長期的な取引を前提にすれば、信用をえるという点で合理的なのかもしれないとも。それにしても、こちらも楽しい会話でした。

 小売店の存在意義として古典的には単なる商行為だけでなく、商品に関する知識の提供やアフターサービスなどが挙げられますが、昨日はなるほどと実感しました。あまりにニッチの市場の話なので(もっともメーカー製のデスクトップ市場での日本人の購買行動は他国と比較してちょっと特異だという話もありますが)、一般化はできませんが、知識のスピルオーバーがあるため、量販店ではサービス水準が低下してしまうというのが素人的な見方です。最近ならば、消費者の側も一通りの知識をもっていますし、販売員が客に話しかけると、逃げてしまうという問題もあるのでしょう。他方で、いわゆる「家電のデジタル化」の進行とともに、顧客のニーズや支払能力に応じて適切なソリューションを提供できる能力が消費者にとって必要な時代だとも感じます。あれこれ理屈をこねていますが、Yさんのような「オタク」が報われるような競争環境というのは、やはり価格競争が主の状態ではなかなか実現しないと思います。価格にサービスの質なども反映するのが望ましいのですが、なかなかそうはならないのは昔から変わらないとも思います。


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2008年07月08日

七夕を後にして。Hacheです。

 こちらを拝見していると、なかなか物騒な話で、中東というのはまさに「近代」を迎えつつあるという感じです。しかしながら、「神権政治」と核という組み合わせは「縁なき衆生」には難しくもあり、他方で、ナショナリズムや宗教的情熱などがなくてはなかなか「力の論理」だけでは難しいのかもしれないと考えたりします。それにしても、「紳士」の側面と「ヤクザ」の側面が入り混じった、隠微な話でおもしろいのですが、やはりデブには高温多湿は敵なのよと投げてしまいそうになります。呆けた頭で、国際情勢というのは殺伐としているのがいいんだよという感じで、興味深いのですが、いかんせん、夏バテ。

週明け早々、職場で「寝言」をかまして安直に遊んでおりました。いや、もちろん、仕事はしておりますが。早速、『福田内閣メールマガジン』を引用して「世論操作」を図って楽しんでしまいました。これが実に楽しいです。

 先日、原油価格が140ドルを超え、またも史上最高値を更新しました。

 ガソリンや電気・ガスをはじめ、今月も値上げが相次ぎ、日々のやりくりなど皆さんのご苦労は増すばかりだと思います。また、漁業や農林業、運送業など、とりわけ中小・零細企業の経営に深刻な影響が出ています。特に離島など地域によっては、さらに厳しい状況にあると聞いています。

 一方で、当面の対応として、先週、中小企業の資金繰り対策をはじめとする緊急対策をとりまとめ、すでに可能なものから実施しています。今後とも、原油価格の動向などを注視しつつ、必要な対策を柔軟に講じていくつもりです。

 しかし、長期的に見れば、この問題を根本的に解決するためには、石油などの化石燃料に依存しない社会、すなわち「低炭素社会」を実現することが、何よりも重要です。

 その主役は、国民の皆さんです。社会全体を低炭素化していくためには、ライフスタイルの見直しも含めた、皆さん一人一人の「行動」が不可欠です。

『福田内閣メールマガジン』第38号より引用

 これを一文読むたびに、「大変ですな、フフン」と余計な一言を付け加えると、「なんかムカツク」とか「他人事みたいでバカにされているみたい」となって一言も価値判断を加えることなく、「印象操作」が完了です。ガソリン価格がガンガン上がっているときに「低炭素社会」かよという反応です。どうも、二代も続けて問題提示能力が低い政権が続いてしまうと、大変だなと。「ま、福田総理がおっしゃるにはお前みたいなデブは歩いて余計なエネルギーを使わずに体内にためすぎたエネルギーを使ってメタボ解消に励めよというのが『低炭素社会』というわけだ」と意味不明の解説をすると、神妙に納得されてがっくりしました。実は職場でコミュニケーションを図るためにメルマガでもと考えたのですが、ネーミングに悩んでふったネタでした。まさに、「ブーメラン現象」です。

 それにしても、今の20台は良くも悪くも屈託がないなあと。ネーミングを考えてねと話をふると、女性は「○ちゃんマガジン」なんて気軽に言ってくれるし、男連中は「福田さんがダメだからうちから総理を出して『○○内閣メールマガジン』で決まり!」なんて言ってくれて収拾がつきませんでした。ちょっとだけ恐怖感があるのは、最近の若い女性に気を許していると、出っ張ったお腹を指でツンツンされて、「このプリプリ感がいいのよ。養殖じゃなくて天然よ」といわれかねないあたりです。「天使の笑顔」で無邪気に地獄に突き落としてくれそうで実に悩ましい限りです。


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2008年07月07日

つらい夏バテと新聞社の「悩み」

 情けない話ですが、すっかり夏バテ状態です。正月にもぐったりして年賀状をサボってしまったので、暑中お見舞いでご挨拶と考えておりましたが、自分が参ってしまいました。暑いというだけならたいしたことはないのですが、たえがたいほどの湿度の高さにぐったりしてしまいます。この「寝言」もお越しいただいてる、100人ちょっと(さくらインターネットの管理画面では300人ほどの訪問者とでるのですが)の方に「生存報告」というところです。昨年も6月に入ってからぐったりした状態で、更新頻度が落ちているので、深い事情はありません。

 先週も仕事をしていたはずですが、なにをしたのかを覚えていないぐらい、バタバタしております。そんな仕事の合間に勤務先に来ていただいている外部の方とすっかり雑談に熱中してしまいます。最近は、「つまみ食い」に熱中している状態で、自分でもいかがなものかと。いろんな業種のことが話題になりましたが、新聞社の内部事情を伺っていてちょっと愕然としました。ネットでは叩かれることが多い新聞社では筆記試験の合格最低ラインを100点程度(曖昧な記憶にもとづいているので数字そのものは信用しないで下さいまし)下げたとか。「死神」にはドン引きしましたが(社名を書いているようなものか)、論調は異なるとはいえ、やはり侮れないとは思っておりますが、これは大変だなと。以前、別の方からも同じ話を聞いたので、マスコミ関係者ではやはり話題になっているのでしょう。

 私自身はマスメディアを就職先として考えたことはないのですが(嫌味ではなく、深い理由はないのですが、能力を別としても適性がなさそうという程度ですが)、報道関係といえば、「マスコミ研究会」など大学のサークルに1年生から参加して、勉強はできて当たり前、社会的関心を広げるというイメージでした。とある新聞社(ちと白々しいですが)の筆記試験を以前のままで実施してしまうと、筆記試験の段階で募集人員と同じ程度にまで絞れてしまうそうで、びっくりです。人気には変化がないそうで、こうなると「学力低下」が顕著なのはひょっとしたら相対的に「勉強ができる層」ではないのかと思えてきます。

 新聞社を志望する学生の大半が名門大学出身者で多くは私立の中高一貫校卒業者だそうです。むしろ、こちらで驚きましたが、最近は受験を意識して社会に関しては日本史・世界史しかやらないとのこと。地理軽視で教育されているので、筆記試験でも採用担当者が頭をかかえるほど地理ができないそうです。私は中学・高校と公立できたので、昔と変わったのか、そうでないのかは見当がつかないのですが、高校時代に共通一次試験で社会と理科が各2科目から1科目に削減される初年度だったために、このあたりが現在の「学力低下」の原点ではないかと考えておりましたが、私立もヤバイとは思いませんでした。それにしても、新聞記者になるのに世界の地理はもちろん、日本の地理までわからないとは……。もちろん、悪い方が話題になりやすいので優秀な若い人も少なくないと思いますが、なんとも頭の痛い話です。もっとも、私自身、高校時代に「現代社会」、「日本史」、「世界史」、「政治経済」しか履修していないので、地理の基礎が弱いとは感じております。

 さらに驚くのは、社会部に配属されると、当然ですが事件や事故の現場に取材に行くわけですが、疲れ果てた顔をして「なにも取材できませんでした」と答える若い人が少なくないそうで、ちと唖然としてしまいました。死刑囚への取材という「荒行」もあるそうで、なかなか厳しいなとは思いますが、若手の育成に苦労しているという点では新聞社も例外ではないんだなあとため息がでました。例によってとりとめがなくなってきますが、政治にせよ、経済にせよ、社会部に10年以上在籍した記者の方の話は抜群におもしろいです。ふと感じたのは、社会面というのは政治や経済の話が集約されてくるので、政治や経済のみに特化している方よりも事件の背景への理解が深い印象があります。ただ、某広域暴力団組長の写真を見せていただいたときには、衝撃でした。写真なので先入観のせいかもしれませんが、顔を見ただけで背筋に冷たいものが走りました。「血が通っていないように見えます」とひきつりながら感想を漏らしたら、「そう感じるでしょう。私はこういうところにも取材をしていますが、何度、行っても怖いです」と率直に答えていただきました。話がそれましたが、交通事故の取材ですら話をろくに聴き取れないようでは大変だなと。「下積み」ができない若手育成に苦労しているのは新聞社も例外ではないようです。

 こちらがお出しできる話題が少ないので、一昔前の『日経』左上の特集は読んではいけないという話をもちだしたら、ちと驚かれて、こちらが意外でした。ついでに、こんなサイトもありますよと紹介したところ、「ああ、知ってます」という返事でちょっとつまらないなあ。昔は、「同人誌」などと失礼なことを申し上げておりましたが、メジャーになっても、根本の「芸風」はお変わりないご様子で、夏バテでも見る「御三家」(実際は4箇所ですが)の一つであるのはこちらも変わらぬ日々です。


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2008年07月03日

NHKテレビ「フード・マイレージをへらせ!」

 ふう。情けないことに梅雨が明けたのかどうかも知らないうちに、既に体は夏バテ状態です。今週になって脳にも影響してきて、難しいことを考える気力が起きなくなってきました。もっとも、ふだんから知性とか「ロジカルシンキング」などとは無関係なのですが、体が弱ってくると、面倒なことはエロイ人にお願いという状態です。自分の調子を知るのにベストなのは若い人と話すことでしょうか。お説教ぽくなったり、同じことを繰り返していると、自分で相手が迷惑だなと気がついて、「寝言」もといよけいなことは話さないでおこうという気分になります。

 帰ってきてネットを見てもたいてい中途半端に論理的だったり、まるでついてゆけない話題が多いので、伊藤洋一さん煽りに負けてNHKの「フード・マイレージをへらせ! ニッポンの食卓大研究」という番組を見ました。「ちょっと面白いことが起きる」と書かれると、なんだろうと思って見事に釣られてしまいました。「ちょっと」どころかけっこうおもしろかったです。「フード・マイレージ」という言葉ははじめて耳にしました。厳密な定義はわかりませんが、どうも食糧を輸送する重量に輸送した距離を乗じた値で、正確な値は忘れてしまいましたが、韓国がアメリカとほぼ同じぐらいの値でちょっとびっくり。西欧諸国の3倍程度でしたか。日本はアメリカや韓国のさらに3倍でやはりこの国の食はすさまじいのおと感心してしまいました。

 番組では寿司から入っていましたが、そういえば最近は寿司を食べていないなあとちょっと羨ましい感じです。話がどんどんそれてゆきますが、この前、飲んだときに「実は回転寿司に入ったことがないんだよな」と漏らしてドン引きされてしまいました。カウンターのある寿司屋にこだわりがあるわけでもないのですが、一人では入りにくいですし、二人で寿司を食べるような関係(深読みしてもなにもでてきませんが)にある友人のほとんどがカウンターのある店にこだわるので、単に機会がないだけなのですが。番組がクイズ形式で進んで、寿司のネタでフード・マイレージが一番、大きいのはどれというのが第1問でしたが、そりゃあサバでしょうと。スーパーで見てもほとんどがノルウェー産なので、これは簡単だわねと思ったら、正解したのが伊藤さんだけでちょっと意外でした。もっとも、ご本人はクイズよりも寿司が食べたいと明言されていて、やはりかんべえさんより大物だなあと。意外とかんべえ師匠はオタク体質の上に妙に理屈っぽいからなあ。

 途中を端折ると、第5問で出演者がようやくお寿司を食べる機会に恵まれたのですが、駿河湾で深海魚が採れるとは恥ずかしながらはじめて知りました。げほうはおいしそうだなあと。確かに見た目があまりよくないのですが、映像で見た感じでは紹介されていた魚の中で一番、おいしそうでした。バタバタしているうちに今年の夏の予定を何も立てていない状態なのですが、久々に沼津にゆくのもよさげです。大学時代に両親は仕事の関係で沼津に転居しましたが、魚重食堂に入ったことがないので、一度は行ってみたいです。私は沼津時代は帰省でしか帰ったことがないのですが、両親とも静岡県がお気に入りですが、沼津がベストとのことで、結局、愛知県内にマンションを買ったのですが、沼津で一軒家が建てられないかと探したところ、意外と地価が高く(供給がすくないせいでしょうか)、断念したようです。高校時代の友だちの多くは沼津に親戚がいましたが、「沼津はいいよ」とたいていの人が言っていました。県内でも落ち着いた街というイメージがありますね。

 それにしても番組後半で紹介されていた京都府の伊根町の給食は私からすると、豪華料理のように思いました。アジの塩焼きにつみれ、水菜のサラダとこういう食事を毎日したいものだと思います。番組ではフード・マイレージを減らすために「地産地消」といった観点からイワシやアジなど日本近海で取れる魚を食べましょみたいな話が多かったのですが、今週だけで2回ほどアジの塩焼きを食べました。番組に異論を唱えるわけではありませんが、フード・マイレージには興味がないのですが、番組では安い魚とされているものが好きでして、貧乏な家で育った私には悪い時代ではないのかもしれないという「寝言」が浮かびました(伊藤洋一さんの獲得した「へしこ一年分」を譲っていただけましたら、伊藤師匠「賛歌」の「寝言」を毎日書いてしまうかも)。


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posted by Hache at 00:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言