2008年07月26日

遊びとしての"Do It Yourself"

 暑いせいなのか、調子が悪いのか、もともと性能が低いだけなのか、頭の中がまとまらない状態です。水曜の未明にエアコンのタイマーを2時間後に切れるように設定したら、エアコンが止まってから、だいたい1時間後に目が覚めてしまいました。温度計を見ると、室温が約30度。さすがに無理ですか。まったくもってどうでもいい話ですが、とうとう扇風機がお亡くなりになり(享年20歳)、「新人」がやってきまして、先代と比べて「軽薄短小」なつくりに不安を覚えましたが、モーター音が静かでびっくり。しかも、8000円ちょいでリモコンがついていて、意味がよくわかりませんが、なにやら便利なのか、よけいなことばかり充実しているのか微妙です。それにしても、扇風機の即効性には驚きました。汗だくになって帰ってきたところで、風量を「中」に設定して風を浴びていると、10分程度で体が冷えてきます。つい気もちがよくて30分も浴びていたら寒いぐらいでした。エアコンの設定温度も27度ぐらいにしないと、冷えすぎる感じです。それにしても、外へ出て温められ、室内で冷やされ、外でまた温められでは体もおかしくなりそうです。頭の方は、もともと……。言わぬが花というところでしょうか。なんとなく日本語が不自由な人の表現のような気もいたしますが。

 あれこれ考えるところがあるのですが、本当にとりとめがないので「寝言」にもなりません。今週、本を読んでも感想が浮かばず、ふと妙に記憶に残ったのが、仕事帰りにスーパーによったときのことです。ふと、ちょっと自分でもいやらしいなと思いますが、レジで前の人の中身を見ると、うなぎの蒲焼だけが入っていて、半額の札が貼ってありました。自分の嫌らしさをさらしますると、蒲焼の定価が580円で鹿児島県産となっていて、さらに半額ですから、290円なり。この時期はみんなうなぎを食べるんだな、それにしても安いなと思って翌日、売り場で見たら、同じ金額で中国産となっていました。見間違えたのか、ボケていたのかわかりませんが、ありゃまという感じ。他のスーパーで見ると、鹿児島県産のうなぎの蒲焼は1480円でこのぐらいだろうなと思いました。父上の話では昔は田舎の川でうなぎをとって小遣い稼ぎをしていたとのことで、養殖をしなければならないほど、人が増えてしまうと大変だわねと他人事のように思いました。うなぎも人気が出すぎると大変だなあと思います。

 食べ物の話となると、恥ずかしいことが多いですね。一番、恥ずかしかったのは、「天津飯」という料理があるのを知ったのが大学に入ってからでした。実は、実家で外食する先に中華料理店がなく、記憶が確かなら、ラーメンや餃子ですら、自宅で作ったものしか食べた記憶がないです。どんどん、とりとめがなくなってゆきますが、家で作った冷麺が死ぬほどまずくて(天上天下唯我独尊麺をいれても食べられないほどの殺人的まずさ。わからない方は『らんま1/2』31巻をどうぞ)、ブタのエサにもならない麺のひどさでした。我慢して二口目を食べようとしたものの、ゴムのような感覚に耐え切れず、留守だった父上を除く3人がギブアップ。慌てて母上が「熱いけれどこれで我慢して」と用意したのが、「きつねどん兵衛」でした。そんなわけで、高校卒業時までに食べたことがあった中華料理といえば、チャーハンにラーメン、酢豚、餃子、八宝菜(八宝斎(ハッピー)じゃないですよ)、春巻きぐらいでした。すべて冷凍食品ではなく、母上の手作りで、チャーハンに関しては一人暮らしをしてから、具を別途、炒めて準備しておくという実に素朴な工夫で、家では具に火が通り過ぎてしまったり、ご飯が水分が抜けすぎてしまうという欠点を大幅に改良しました。実家に帰った際にちゃっちゃと作ったチャーハンを食べて母上がびっくりしてました。意外とおいしかったようです。

 何の話だったか、忘れかけましたが、天津飯でした。実は、他の人が注文しているのを見て、天津飯が実在するというに驚きました。てっきり『ドラゴンボール』のキャラだと思っておりましたので。さすがに、このことは今まで秘密にしておりましたが、学力低下は「ゆとり教育」以前に発生していたのだと身をもって実感します。八宝菜をご飯にかけて「中華丼」(あるいは中華飯?)と呼ぶのも大学時代に知って、びっくり。世の中、いろいろ食べ物があるのだとびっくりしました。しかし、「自作」したのはほとんどが和食なので、中華は家ではほとんど食べないという具合です。

 話がうってかわりますが、「自作」と言えば、PC。ここ数日、パーツの検討に時間を使っています。それにしても、Nine Hundredを買ってしまう私もアレですが、日本限定モデルで内装までブラックというモデルがあるのにはびっくりです。本当に日本のユーザーは厳しいなあと。それにしても、無謀にもパソコンを自分で組み立てようとしてびっくりしたのが、台湾なしではパーツを揃えるのはほとんど不可能じゃないかということと、日本製の部品の評価が高いことです。小学生の頃にラジオを作ったときには、部品がどこで製造されているかなどということにはまるで感心がありませんでしたが、たぶん国産が多かったのでしょう。トランジスタやICはもとより、コンデンサ、抵抗器などを使いましたが、当時は輸入品がどれぐらいだったのでしょうか。まるで、とりとめがありませんが、自分でつくったラジオから放送が聴けたときには感動しました。もちろん、市販のラジオの音質には及びませんでしたが、いかにも素人がやったハンダ付けで微妙に広がっていたり、盛り上がりすぎている基盤なのに音が出るというのはちょっとした感動でした。PCの"do it yourself"ではそこまでの感動はないのかもしれませんが、少しだけこどもの頃に戻ったような気分です。BTOで調達すれば、はるかに手間が省けて、なおかつ、微妙に安いのでしょう。メーカーの保証もありますから、楽なものです。それでも、なんでこんなに熱中してしまうのかといえば、やはり自分の好みのものが作れるということが大きいのかもしれません。

 だんだん世の中が複雑になると、自分でなにかを作るという喜びはだんだんと減ってしまう感覚もあります。昔は、テレビの修理も私がやっておりましたが、現在の複雑なデジタル対応では手も足も出ないです。また、身の回りのものではなくても、仕事では社内や社会全体での分業、あるいは相互依存から独立して自分ひとりではなにもできない社会です。そんな時代に、既製のパーツを組み合わせるだけといってしまえばそれまでですが、PCを自作するというのも、ささやかな「遊び」なのかもしれません。
posted by Hache at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言