2008年10月31日

百鬼夜行の「自由な社会」

 それにしても、病気をしていると、お医者さんとお話しする機会が増えて、喜ぶべきか悲しむべきか。冷静に考えると、とっても不幸せな状態なんですが、他方でこの程度の負担で済むというのもありがたいことでしょうか。患者というのはたちの悪いものでして、採血も慣れてきて、「痛くないので不思議です」と軽口を叩いたら、向こうが慌てて「たまたまでしょう」とあまり話したがらないので、なにかまずいことを言ったのかなと。あとで別の先生が「そういうことを言う患者がモンスター・ペイシャントになることが多いんで警戒されたんじゃないの?」と教えてくれて、なるほど。「モンスター・ペアレント」に「モンスター・ペイシャント」。世の中が百鬼夜行では軽口も叩けない、窮屈な時代です。しかし、思っていたより医療は大変だなあと。以下は、複数の医師から聞いた話ですが、面倒なので「時の最果て」流に会話調にしてあります。内容の真偽は私の記憶頼みですので、あまり信用なさらないように。

医師:最近は診断書も迂闊にかけなくてねえ。
:そ、そうですか?
医師:新入社員のために診断書を書くんだけれど、うっかり断言すると、入社後、使えないのが混ざっていたりすると、会社の弁護士がでてきて、この診断書はどういう所見なのだなんていいだす始末。
:ご、ご無体な話ですね。
医師:まあ、こちらも訴えられたらかなわないから、「就労できる可能性がある」なんて書くんだけれど、これじゃあ診断じゃないよ。
:まあ、どこの会社も社員教育が難しい時代ですからね。人事が責任逃れのために方便でやってるんでしょうかね。
医師:こちとらはたまらないよ。しかし、最近の若いのは本当にダメだなあ。この前なんて病気だという診断書を書いてくれって懇願されてね。どこも悪くないのに、そんなことは書けない。
:悪いのは頭かも……。
医師:おお、言いにくいことを言ってくれるなあ。その後、休暇をとったら、すぐに「回復」しやがった。会社に行くのが苦痛な病気って診断書でも書いてやればよかった。
:しゃれになってないですね。
医師:まあ、それにしても、産科は終わったなあ。
:例の東京の話ですか?
医師:あれは気の毒としか言いようがない。あれは笑えないが、笑って流すしかない話が多い。
:ほお。
医師:そういえば、まだ子持ちじゃなかったな。この手の話はピンとこないかもしれないな。
:それどころか相手もおりませんからね。
医師:それはともかく、陣痛で嫁が苦しんでいるのを見て、お産を止めろと怒った夫がいるんでね。近くじゃ評判だ。モンスター・ハズバンド。
:産みの苦しみという言葉は死語ですかね。世の中、右を向いても左を向いても正面を見ても碌なことがありませんな。
医師:なあにまだまだ甘い。なにがあっても動じないつもりだったが、さすがに、これにはびっくりした。産まれてきた子供が両親のどちらにも似ていない。目つきも悪い。こんなはずではない。出産以前の状態に戻せと産科医をどなりつけた夫がいたそうだ。
:……。ええと、ゲームだったらセーブしておいて思い通りにいかなかったら、リセットボタンを押せば済みますが、そんな感覚ですかね。
医師:ゲームは自分でやらないからわからないけれど、そう、そんな感じ。
:しかし、出産以前の状態に戻せちゃったら、医者じゃなくて救世主では?
医師:まあ、医師に100%を求められるだけでもおかしなことになるのに、奇跡を起こしてくれって言われちゃう時代だからね。教育の問題だな。
:でも、会社勤めがつらいとか、お産がつらいとか学校で教えることですかね?
医師:そういえば、バカ息子が医者になりたいなんて言っていて頭が痛いのよ。「先生」なんて呼ばれる職業に就いたら、碌なことがないって言ってるんだけどなあ。
:でも、国会議員なんていいじゃないですか。2、3年に1回就職活動さえ耐えれば、「九秒で入院」の世界ですから。
医師:うまいこというなあ。あと公務員もいいねえ。公立病院なんて議員様と職員様最優先だからねえ。
:そ、そうなんですか。知らなかった……。

 与太話を続けると、いくらでもできますが、まあすごい社会です。「自由」、「人権」、「法の支配」は万能ではないことを感じますね。もうちょっと、逝っちゃっていることを感じるのですが、さすがに私の頭では言語化することが不可能。現代文明への懐疑的な態度は、それだけではたいていは役には立ちませんが、思い上がりを抑える程度の効能はあるのでしょう。日曜日に、こんな論説を読みましたが、もはや、この国ではすぐれた俗人の頭脳は生まれてこないのかもしれません。 
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2008年10月28日

海を結ぶ同盟:最悪の状況での最良の選択肢

 いきなり週明けから疲れているのでしょうか。午前中は歩行が容易で夕方以降、むくみがひどくなります。周囲に病状を説明するのは難しいのですが、ワーファリンを投与しても、ただちに血栓が溶解するわけではなく、凝固作用を抑制しながら、血栓によって血流が止まっている静脈のバイパスができるのを待っているのが現段階です。血栓が溶解するのには、最低でも1年は見ておく必要があるそうですので、ワーファリンを毎日、飲む以外に特別な治療は特にありません。

 この数ヶ月はリーダーで読み込んで、興味を引いた記事のみ読む習慣がついております。なにげなく、 『世界の論調批評』の「アフガン情勢」(2008年10月13日(月)) という記事を拝読しておりましたところ、なぜか涙がこぼれました。記事自体は感傷や思い込みを排除した簡潔な情勢論ですが、このような冷徹な情勢分析に接することが他の媒体では皆無で、なんともいえない感慨を覚えました。今回の金融危機自体が既に途方もなく、恐るべき事態ですが、それが国際情勢、とりわけアメリカ中心の国際秩序にどのように影響を与えるのかという問題を考えて苦悶していたところ、このような分析に接することができること自体、最悪の事態のなかでの最良のことです。まことに厚かましく、仁義に反しますが、全文を引用いたします。

独シュピーゲル10月13日付で記者のSusanne Koelblが、暴力と汚職が拡大、政府がタリバンに立ち向かう能力を失っているアフガン情勢について報告しています。

コーブルは、アフガン情勢について、英軍司令官が「この戦争には勝てない」と明言、英大使も「アフガン政府は完全に人民の信頼を失った。アメリカの戦略は挫折した」と述べ、米軍のマレン統合参謀本部議長も、「来年の状況はもっと悪くなるだろう」と言ったことを紹介、

カルザイ大統領が以前から求めていたサウジ国王の仲介によるアフガン政府とタリバンの対話についても、両者の立場が離れ過ぎていて、具体的な成果は何も生まれなかった、と言っています。

そして、タリバンの指導層は数百人、戦闘員は5千人だが、1万6千人ほどの臨時戦闘員の多くはイデオロギーよりも援助物資の配分に関心があること、冬を控えて少なくとも5百万人が飢えに苦しんでいる一方で、限られた少数者は麻薬取引などで巨富を築いていること、アフガニスタンの現在のGDPの実に53%が麻薬関連だが、腐敗した閣僚や「麻薬王」が裁判を受けて罰せられた例は皆無であること、カルザイ大統領は、自分を支援する限り、これら利益を得る者を放置し、その人望は地に落ちていること、を挙げ、

そうした中で、米国だけが情勢のとめどない悪化を留めようと、2011年までに、2万名を増派する方針だが、過去、アフガニスタンは10万のアフガン政府軍と12万のソ連軍をもってしてもゲリラを制圧できなかった国だ、と指摘しています。
                        
サウジ国王仲介によるアフガン政府とタリバンの接触は、とりあえず失敗したようであり、また米国はこれから2万の兵を増強するとしていますが、イラクとは条件が全く異なるアフガニスタンで効果を上げられるとは到底思えません。それに金融危機の震源となったことで、米国の威信は地に落ちており、このことは外交、防衛にも必ず影響を及ぼすでしょう。被害の多い南部では、既にオランダ、カナダが撤収を決めていますが、比較的平穏な北部、西部に配備されているドイツ、イタリア、スペイン、北欧にもそのうち撤収論が出てくると思われます。今後注目されるのは、イギリスが米国を撤収へと説得出来るかでしょう。

 『シュピーゲル』の元記事を読んでおりませんので、まずアフガニスタン情勢に関する整理はこの記事を信用します。イラクの駐留米軍問題もわからない状態でアフガニスタン情勢をちまちまと見ていても、イラクよりひどいのではという感じでしたが、簡潔とはいえ、アフガニスタンの中央政府の統治が事実上、機能しておらず、各地域の治安情勢の濃淡と各国の対応が整理されています。まず、アフガンへの増派がイラクのような効果をもたらさないであろうという情勢分析が示されています。それにしても、アフガニスタンのGDPの53%が麻薬関連であるという指摘は、重大だと思います。イラクの場合、原油生産という国家の財政的基盤を支える産業を復活させるためにも、諸部族、諸宗派の統合と治安の回復は、それが非常に長期にわたる成果しか期待できないとはいえ、概ね、補完的な関係にあったといってよいのでしょう。他方で、アフガンの場合、中央政府が単に腐敗しているというだけでなく、治安の回復が単純にアフガニスタンという国を復興させることと結びつくことが困難な事情があることをうかがわせます。

 上記のことがすべてではないのでしょうが、イラクのマリキ政権とアフガニスタンのカルザイ政権の相違を浮き彫りにする補助線の一つなのでしょう。「イラクの新たな『内戦』」という「寝言」や「イラクの『内戦』の終わり?」という「寝言」でひどく粗い点描をしましたが、マリキ政権は統治能力の不足や不正などの欠点がありながらも、治安回復と民生安定という点では米軍の事実上の指揮下に入ることも甘受しました。もちろん、それがマリキ政権の基盤を強化するという打算があったことも否定できないでしょう。しかし、結果として、イラクの治安はかなりの程度、回復し、民生の安定の基礎を築くという一貫した行動になりました。残念ながら、アフガニスタンにおいては、カルザイ政権はそのような政治的意思の一貫性が欠けているようです。腐敗の程度もイラクの比ではなく、米軍の増派によってアフガニスタン情勢が改善する見込みは非常に低いのでしょう。また、NATO加盟国も部隊が駐留している地域によって濃淡が激しい状況では、南部では既に撤退し、そのうち、混乱が比較的、少ない地域においてもアフガニスタンにおいていかなる成果がえられるのかという見通しが立たない以上、撤退への動きが加速するというのはごく自然な感じです。

 この分析で目を引くのは、やはり「それに金融危機の震源となったことで、米国の威信は地に落ちており、このことは外交、防衛にも必ず影響を及ぼすでしょう」という分析です。月曜日の「寝言」では主として金融危機によってアメリカが安全保障の分野で資源(ヒト・モノ・カネ)の制約に直面して、最悪の場合、国際秩序を担保する能力と意思を失うのではないかという懸念を整理しきれないまま、「寝言」にしました。やや刺激が強すぎる表現でアメリカの覇権の安定性に関する疑義を提起しましたが、『世界の論調批評』ではより直截に金融危機の「震源」であったことがアメリカの外交・安全保障における影響力の低下を招くという見通しを示しています。やや深読みになりますが、アフガニスタン情勢では、大陸諸国への影響力の低下が大きいのでしょう。また、金融危機でアイスランドへのIMFによる融資が注目されていますが、ハンガリーやウクライナなど旧東欧諸国や旧ソ連圏の国へのIMFによる融資が検討されています。これらの諸国が今回の金融危機をへて西側陣営に留まるのか、離れてゆくのかは注視する必要があるでしょう。アフガニスタン情勢との関連は薄いのですが、欧州の一員として留まるのか否かはユーラシア大陸の西側におけるアメリカの影響力の評価に大きな影響を与えると思います。

 それにしても、アフガニスタンから米軍が撤退するという事態の可能性の指摘は大きいと思います。また、撤収をアメリカに勧めるというのがイギリスという観測も、やはり英米関係の特殊性をよく示していると思います。アフガニスタンからの撤退が実現すれば、アメリカが負っている負担を軽くするのでしょう。ただ、現状ではアフガニスタンからアメリカが撤収するのは難しく、アメリカの覇権の低下(それが一時的なものか今後の趨勢となるのかも予測がつきませんが)を和らげるための方策として実現可能性がどの程度あるのかは悩ましい点です。『世界の論調批評』で示されているのは、アフガニスタンからの撤退が、傷ついたアメリカの威信を回復する時間を与えるのかもしれないということなのかもしれません。


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2008年10月27日

「バターも大砲も」という時代の終わり

 お金に関する話をネットで見ると、まったりと職人的なお話をされているところはホッとしますね。他方で、「オピニオン」がメインのところはとうぶん読まないでしょうね。新聞を読んでいたら、噴出しそうになるので、間違っても朝食後にコーヒーを飲んでいるときには読めません。利下げの是非はまだしも、売手を批判するというのはちとびっくり。インターバンク市場で「闇金利」でもつくれってことかとちょっとだけドン引きしますが、まあ、「寝言」みたいなものかなと思えば、心地よく、二度寝しそうになりました。今週は理由もなくスルーしてしまいましたが、先月の『サンプロ』で日経平均が1万円を割るという予想が悲観的すぎるというのが「エコノミスト」という方たちのコンセンサスだったそうで、奇怪な世界があるものだとびっくりしました。後出しじゃんけんですが、その頃、株式市場について尋ねられたら、今回の危機は、アジア通貨危機よりも厳しいのだから、そのときよりも悲観的に見る方が普通ではと答えておりましたが、「エコノミスト」と呼ばれる方たちはつくづく不思議な人種だなあと思いましたです。

 そうはいっても、記事が役に立たないとはいえ、新聞の株式相場欄を見ると、悲しいものです。しみじみ変な高校生だったのですが(たしか浜松市から静岡市に引っ越してから『中日新聞』から『静岡新聞』に変わった記憶がありますが)、一面から政治面、経済面をなめまわすように読んでつまらないなあと思って毎日見ていたのが、なぜか株価のところ。経済にはまるで興味がありませんでしたが、株価とドル円は毎日、見ておりました。「円高不況」で、父上がこれまで何度も修羅場を見てきたが、今度ばかりはもうどうにもならんとしきりに話していたせいかもしれません。ふと、郵便局と関係があるのかしらんという会社名が気になって父上に尋ねたら、海運会社とのこと。このように書くと、かえって深読みされそうですが、株価の水準を覚えているのが少ないのと、その中で社名が連続している会社が少ないことが理由です。

 株価だけ見ると、父上の勤務先と同じぐらいなので、小さな会社なのと尋ねたら、びっくりした様子で、「うちと比較するなんてとんでもない!」という反応でした。いい大学に入って、そういう一流会社に勤務してくれたらなあというのが、父上の願望だったようです。それにしても、金融セクターがボロボロなのは当然としても(失礼!)、私が高校3年生ぐらいのときに見た水準よりも一流企業の株価が下がっているのを見ると、この先、どうなるんだろうと。いくらでも後付けの理由なら探せそうですが、しみじみ市場というのは極端にぶれやすいものだと思います。2003年に冬を越したのに、日本経済にとっては春が短すぎたような感じでしょうか。ドルを支えることに反対するつもりはありませんが、足元をしっかり固めておかないと、現時点ですら、金融危機が対岸の危機という感覚が残っているようにも見えますので、危険な感じがします。

 それでも日本人は「冬」に慣れている部分があるのかもしれませんが、2008年のFT500のナンバーツーになったペトロチャイナがあっという間に3,000億ドル超から1,000億ドル超まで時価総額が低下するのを見ると、市場経済のおそろしさを初めて体験する国は大変だろうなあと。露悪的に言えば、ホッとしますね。英米の海上覇権が衰えて、新興国、とりわけ中国が経済的に力をつけ、それだけならまだしも腕力をつけるとなると、「日米同盟と国際協調」から「国際協調と日米同盟」へとウェートをかえて、リスクをヘッジする必要が生じるでしょう。時間稼ぎにすぎないかもしれませんが、アメリカ発の金融危機でアメリカのダメージも大きいですが、新興国の方がダメージが大きいのかもしれない。このあたりは、楽観も悲観も排して見ておいた方がよさそうです。経済のみで覇権が移り変わることはありませんが、その社会が使いうる資源の範囲をみておけば、長期での観測を、高い精度では無理でしょうが、意義あるものにするでしょう。

 それにしても、しみじみブッシュ政権というのは「大砲もバターも」という時代だったのだなあと実感します。両者は通常はトレードオフの関係ですが、ブッシュ政権は意図せざる結果として、「大砲もバターも」という異常な事態を継続することができました。大学時代に読んだ中村隆英先生の『昭和経済史』の章だったか、節のタイトルが確か「大砲もバターも」だったような。高橋財政の時代のことですが、日本は公債の日銀引受で、アメリカは投資銀行やヘッジファンドのレバレッジでそのようなトレードオフが存在しないかのような時代を演出したというのは「寝言」の域を超えているかも。それにしても、次期大統領が直面するのは、おそらくは景気後退下になるのでしょうが、「バターか大砲か」という通常のトレードオフであり、所得の減少を考えれば、普通の発想ではバターに極端にブレる可能性が高いと思うのですが、そのような観測が的外れなのかどうかを見極めてゆく必要があるのでしょう。もし、大砲をケチる状態が長期間にわたって続いた場合、米軍の抑止力が本格的に低下するだけでなく、覇権そのものが衰退するリスクを評価しておく必要がでてくるでしょう。もっとも、この国がアメリカの覇権を補完する勢力として生き残れるのかは別の問題としてあるわけで、リスクをヘッジする前に見捨てられる可能性の方がはるかに高いのでしょうが。


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2008年10月26日

カネの稼ぎ方 使い方 失い方

 ずいぶん、ぶっとんだ「寝言」を書くと、この島国のことなどたいしたことがないような気分になります。それにしてもドル円・ユーロ円の値動きはすさまじい。今年の前半は、ドルがやばいというのでユーロに資金が流れましたが、やっぱりヨーロッパももっとヤバイとなって円に流れてきている。ただ、円高といっても実感がなく、海外で円をどのようにもっているのかは素人にはわからないのですが。相場の解説では、アメリカ、ヨーロッパと比較して金融危機による損害が相対的にマシであろう円に資金が流れているとのことですが、東京証券取引所では株価が盛大に下げていますね。日経平均はともかく、TOPIXまで800円をきりそうな流れで、カネの流れがなかなかつかめません。

 円高といっても、所詮は他の国・地域の通貨との交換比率にすぎないのですが、交易条件そのものをあらわすだけに、輸出が大変だとかと騒ぐ人がいる一方で、円が強いのだから活用せよと強気の方もいらっしゃるご様子。もっとも、国内は地銀や信金・信組、農林中金などしゃれにならない状態ですから、国全体としてはリスクをとるのは無理があるでしょう。とくに、信金・信組の長期債務などは市場で売買の対象にはならないがゆえに、地域内で中小企業が引き受けざるをえず、サブプライムローン関係の商品の問題がなくても苦しい状態なのに、まかり間違えば、ますます地方の衰退を招きかねない状態です。お気楽な批評を弄ぶ人たちとは異なって政府は対応するようですが、信組・信金は単に地元企業へ融資をしているだけでなく、債券を地元企業が引き受けているだけに、対応に苦慮するでしょう。このネットワークは、蛸足のような関係のようにも映りますが、乱暴に切ってしまうと、地域経済の再生に国が直接、関与せざるをえない局面になるリスクもあり、私自身、妙案はありません。

 他方で、これだけ円が強く、2007年末で対外純資産が250兆円にのぼる国の国際経済における存在感が薄いというのも珍しい光景です(正確なデータはこちら)。外貨準備が110兆円という変な国なだけにやむをえないのかもしれませんが、所詮はなりあがりの国で運用を覚える段階にきたときに、高ころびして、気がついたら、20年もしないうちに80兆円以上も医療と介護でかかるそうですから、あぶく銭みたいなものか。そう悲観する必要もなく、医療と介護は改革しようが改革しまいが、もう崩壊していますから(10年ぐらい前ですが、介護の現場の話でお年寄りが必死に風呂に入れようとする若い介護士の胸をさわり放題触って心が折れるなんて話をうんざりするぐらい聞きましたから)、そのうち、カネをだしてもサービスの供給が減るのでしょう。この分野はカネさえ出せば、自分の思うがままにサービスが受けられるという安直な感覚を集約して表現しているように感じます。頑張って金持ちになったものの、使い方がわからずに、いつの間にかなくなってしまうというのは、国レベルでは教養がないのでよくわかりませんが、個人レベルなら身の回りにもいくらでも例が転がっているような。塩野さんの著作だったかな、国際政治では畏怖されても、軽蔑されてはならないとありましたが、喧嘩に負けて喧嘩はアメリカ頼みで、金儲けで成功したものの、使い方がわからないというのでは軽蔑されるのも当然かなと。

 もっとも、700兆円を超える公的債務があるものの、公債の市場は事実上、「鎖国」みたいなものですから、20年かけて1960年代から1980年代にかけて蓄えてきた富を食いつぶしてゆくのも悪くはありません。そういえば、先月、若い世代が消費税率を20%にせよというので、ほおと思って尋ねると、今のままでは年金をもらえる気がしないとのことで、そりゃまあそうだなあ、しかし、この国はロシアみたいな国になっちまったなあなんて気楽な感想が浮かんだりします(りそな国有化の頃にはある大学教授は中国人の留学生が「日本で資本主義を学ぼうときました」と言ったのに対し、「日本は社会主義国だからお国で勉強しなさいと言って、相手が呆然としたなんて話もありますが)。冗談で、消費税率の引上げなんて簡単だよと話したら、そ、そうですかとひいていました。なに、まず自民党と民主党で密室談合で消費税率を20%に引き上げる合意を結ぶ。まず自民党が消費税率を5%引き上げる予算を組んで、解散する。ボロ負けしたら、3年ぐらいして民主党がやはり5%引き上げる予算を組んで、国民に信(笑)を問い、自民党に政権を譲る。もう1回、やれば、10年はかかるけれども、簡単に20%ぐらいはいける。これぞ、「キャッチ・オール・パーティ」ならぬ「キャッチボール・ポリティクス」といったら、バカにされたような表情をしていました。まあ、もちろん、悪い冗談のつもりでしたが、どこぞの新聞の社説で書かれると、ちょっと残念。『朝日』ごときが思いつく程度では修行が足りませんな。

 もっといっちゃっている「寝言」を書けば、そのうち、欧米もゼロ成長にゼロ金利と日本みたいになってくるんでしょうかね。なんとなく、経済危機を起こすのは民間部門であって、公的部門はそれに事後的に対応するしかなく、それとて規模によってはやれることは限られていることが忘れられてしまっているご様子。政府を擁護するわけではありませんが、市場がこれだけ規模も範囲も大きくなってしまうと、政府の影響力は小さくならざるをえないという簡単なことが忘れられてしまうようです。もっとひどいことを言えば、危機に際して、これをやったら、次はあれと「計画」が簡単に立てられるなら、もはや自由経済とはいえないのでは。俺の言うとおりにやらないから、こんなことになるんだなんて書いてあると、さぞかし利巧な方なんだろうなあと。「上から目線」で書けば、存在の不完全性、すなわち自然現象のように生きる者から見ると、なんともスケールの小さいところですら、「畏れ」という感覚を失った現代人がパニックに際して政府を「神」のごとき存在であることを求めて、そうでないことに腹を立てている様子は滑稽ですらあります。 

2008年10月25日

最後の努力

 最近は若い人にものを教えてもらうことが増えてきました。「彼はやればできる子なんですよ」という一言で、とりあえずは、「それで?」って感じ。「でも、やればの話で、たいていはいつまでもやらないから、けっきょくできない子なんだよなあ」とポツリと呟くので、なるほどと思いました。年の差を感じつつも、やはり人間というのは変わらないものらしい。そういえば、中学生や高校生のときに、とつぜん、廊下で呼び止められて、「お前みたいに努力すれば、もっと成績がいいはずだ!」と叫ばれて困ったことが2、3度ありました。言いにくいですが、だったら、あなたがやればと思うのですが、思っても言わない。言った途端に相手と同じ土俵に立つのが嫌で、一切、口にしたことはありません。嫌なガキですが、話していてうんざりするガキのほうが多くて、早く学校を出たいものだと、それだけが夢でした。ふと気がつくと、当時、あまり話さなかった子の多くは真実を知っていたのかもしれません。今日、話をした若い人は、誰しも、理想とはかけ離れた人生を歩んでいることを自覚しているものだと感じさせてくれました。

 話がぶっとびますが、小学生時代に最も影響を受けたのは『聖書』かもしれないと思ったりします。間違っても、クリスチャンではないのですが、人間が不完全な存在であるという感覚をあれほど植えつけてくれた書物はあまりないのかもしれません。もう『聖書』を読み返すこともほとんどなくなりましたが、存在が不完全であるということを語るためには「神」をもってくるのも方便だろうと。自らが不完全であることを語るためには、どうしても嘘をつかざるをえない。ルネサンス以降、嘘のつき方が上手になったものの、原点にあった不完全さへの自覚は衰え、フランス革命以降は「進歩」の感覚で麻痺させてしまった。不完全さの感覚は、迷信の産物にすぎず、迷信による盲目から人間を解放することで、人間は自らの運命を握ることができるはずだった。存在自体の不完全さは後景に押しやられ、認識の不完全さこそが問題であり、克服できる課題となった。私も、そういう近代以降の人間で、それが成功をある程度まで成功を収めたことは否定できません。こんな「寝言」が書けるのも、「進歩」のおかげですから。また、「進歩」が終わるわけではないでしょう。存在が不完全であるという問題を問わずに、認識が不完全であるという嘘もそれなりにはよくできている。それが仮に自己欺瞞にすぎないとしても、もはや、それなしには社会が成り立たないところまできてしまった。他方で、「進歩」思想がもたらした人間の復権のおかげで、人間は逃げ場を失ってしまった。その哀れな末路が日本社会であり、なにか事が起こるたびに、「責任者」探しに明け暮れている。別にこの国に限らないのでしょう。経済危機の「責任者」探しに欧米も明け暮れている。気が済むまでやればよろしいじゃあ、ありませんか。古代の人たちは、制約のない自由など放恣以外の何者でもないことを知っていた。だから、自由を守るために不自由を受け入れた。これとて、けっして長期にわたって成功したわけではありませんが。

 存在が不完全であるという事実を見るためには嘘をつく必要がある。不幸なことに、現代では「神」という嘘は難しくなり、「進歩」も自己中毒に陥っている。それに代わる嘘を提起するわけではありませんが。私自身といえば、理由はわからないけれども存在が不完全であるらしいという現実を自然現象でも見るように眺めているだけです。表現が悪いかもしれませんが、どうせ、いつ、どういう形にせよ死ぬんですから。みんなが生を見ているときに、私はぼんやりと死を見ている。嫌なガキだったのは、そのあたりかもしれません。勉強ができようが、できまいが、いつかは土に帰るんですから。今だってたいして変わりませんから。もちろん、俗人ですから、努力や進歩によってよりよい世の中が来るという話を誠心誠意、嘘をつく感覚で受け入れいるふりをしております。まあ、うっかり言ってしまうと、ひどい目にあうことぐらいは学習しました。もう少し、話を薄めても、謙虚だとか、傲慢だとか、人間不信だとかつまらないことしか言われないですし。あんたは薄情だという、言われれば納得する女性はいなかったな。生きていることに価値を見出すつもりも、それと同等のことでしかない無価値を見出すつもりもありませんしね。さらに、人間というのは、そこに価値を見出さずにはいられない不完全な存在なのだと思う程度には同情心はあります。もっとも、自然現象のように自分を見ているので、どこか冷たいと他人が感じるのはやむをないことだとは感じておりますが。そんな私でも神なしでこの自然現象を死まで見つめてやろうという妙な意地はあるのですが。もう一つは、近代以降に生まれた嘘が自家中毒に陥っているとはいえ、最後に放つであろう輝きを静かに見守りたいという気分もあります。経済危機なんて、その後にくる本来の混乱の前触れにすぎないのですから。
posted by Hache at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言

2008年10月23日

「規制」で窒息する?日本社会

 お、落合様!日本シリーズ連覇なんて欲張りなことは申しません。八百長はよろしくありませんが、お願いです。お願いの中身はわかりますよね?あなたの冷徹な采配こそが、私の命を、日本の運命を、そして世界の命運を握っているのですよ!!

 とまあ、足がむくんだ状態で帰宅した頃には勝っていました……。まあ、さすがに大丈夫だとは思うのですが(徐々に弱気に……)。ちなみに私の「ネガティブ・インディケータ」としての能力は、高校3年生のときに、母校の応援に1回戦以外、すべて参加して、応援した生徒の歓喜に包まれて、夏の甲子園に出場したものの、名古屋の河合塾の京大対策講座という実にくだらないものに悪友に誘われたおかげで甲子園にはゆけず、あえなく岡山の関西高校に1回戦で負けたという程度です(経緯の詳細は、こちらの「寝言」に記しております。……露骨に誘導するなって?まあ、「読んでダメになるブログ」ですので)。アンチ・ドラゴンズファンの方に置かれましては、過剰な期待をなさらないよう、お願い申し上げます?

 さて、今日の「寝言」です。ここ数日、痛ましい事故が起きております。10月17日には給食のパン(直径約10cm)を喉につまらせて、男の子が亡くなりました。心より、ご冥福をお祈りいたします。ちなみに、TBSではこの件に関し、学校の対応に関して動画(リンクが切れている可能性があります)を配信しました(変○『毎日新聞』は学校側の「公表」(学校側がメディア対策になれていなかったのでしょう)が遅れたことを批判する記事を配信しています)。きっと、今後は学校側の対応が問題になるのでしょう。『日本経済新聞』によると、文部科学省は緊急時の蘇生法を確認・徹底するとともに、給食を「よくかんで食べるよう」指導することを全国の教育委員会に求めるそうです。

 また、こちら(Yosyan先生の『新小児科医のつぶやき』 余計ですが、医療制度に関する『読売私案』なるものに「逃散有理」もとい「逃散有利」、「逃散無罪」というコメントがあって、笑いながらも、「医療崩壊」はもうどうにもならないかもと思いました。東京都の都立墨東病院も産科崩壊のようですが、『読売新聞』は私案をだしたと夕刊で誇らしげ)で初めて知ったのですが、お年寄りがデイサービスを受けていながら、外食先でイカのにぎり寿司を気管に詰まらせるという不幸な事故があったそうです。後遺症が残ったため、訴訟に発展しているそうです。あらためて窒息事故が多いことを実感いたします。

 上記の件とはなんの関係もありませんが、私の気のせいでしょうが、最近は、「責任者出て来い!」てな話が多いですなあ。私の子ども時代は悲惨なもので、中学にいたっては1クラス45人(実際には定員を超えているクラスがあったような気が)で13クラス(ピーク時には15クラスだったそうです)と人大杉でして、それはそれは粗略な扱いを受けたものです。図書室を設ける余裕などなく、廊下に本棚が並ぶ始末。現代ではまさに子宝でして、とっても手厚い保護を受けているようです。ちなみに、先生の一部はサラリーマン化していて、授業でやる気のない先生には授業中に板書をしている最中に、「サラリーマン教師、○ね」と罵声とともに、『3年B組金八先生』の影響で学校にロマンを求める女子生徒がみかんの皮を一斉に投げつけるというとんだハプニングも(給食の時間に集団でとっておいたそうです。くわばら、くわばら)。日教組がどうたらこうたら以前に、「でもしか先生」が生徒のターゲットになっていました。どっかの新聞が地裁の判決で、「ぶっ。弁護士資格を捨てろよ」と煽ったら、「廃業せよ」とマジ切れするなんて平和な話です(もう、この手の議論をする方のみをどこか無人島に集めて無制限一本勝負(事実上、両者が死ぬまで続きそうですが)やったらいいのにと思ったりして)。

 そんな泥臭い現実を離れて、今日の「寝言」です。ごく例外的な事例をおおげさに扱って、ばかげた規制が増えると、守られるべき規制が守られなくなる。どうでもいいところまで法で律しようとすると、人々は法自体を軽視するようになる。行き着く先は、明文化されない規範意識の崩壊でしょう。その出発点は、たいてい安っぽい「善意」であることが多い。あくまで一般論であって、現実とはなんの関係もありません。他意は一切ございません。

 「時の最果て」らしく、なんのとりとめもございませんが、『蒟蒻畑』で大活躍中の野田聖子連鎖販売取引擁護担当消費者行政担当大臣は、平成8年(1996年)4月11日の第136回衆議院商工委員会で消費者行政に関して、消費者保護だけでなく消費者の教育が必要というご趣旨の先駆的なご発言をされていたようです。野田委員(当時)のご発言に、森嶌昭夫参考人、堺次夫参考人がご意見を述べておられます。この件の詳細に関しましては国会会議議録検索システムを利用してコピーしただけですので、「続き」に載せておきます。なお、国会会議録検索システムの「FAQ」にあるデータベース著作権に抵触するとの指摘を受けた場合、ただちにこの「寝言」を削除することがあります。また、その他不適切な引用に当たる場合等に関しても同様の措置を講じる用意があります。以上の点に関し、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。なお、この記事に関してのみ、コメントおよびトラックバックは管理者の承認をへたもののみ、反映させていただきます。


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2008年10月22日

カネのかからない息抜き

 1ヶ月半ほどして、ようやくむくみが杖なしでも歩ける範囲に収まってきたので、筋力の回復をかねて杖なしの生活に入りつつあります。階段を上るときよりも下りるときの方が怖いので、可能な限り、下りはエレベーターやエスカレータを使うようにはして降りますが。10月初めのRI検査の結果では、肺に血栓がとんだものの、重篤な状態ではなく、ワーファリンを服用しながら、自然に融解するのを待てば大丈夫とのこと。足の血栓はかなりひどいようですが。ワーファリンを飲んでいる状態なので、血栓が新たにできたり、既にある血栓がひどくなるリスクはほとんどなく、足の血栓が溶けてしまうまでは時間がかかりそうですが、静脈なので、血栓ができて血流が止まっている静脈のバイパスが機能するのをじっくり待つ状態です。そこから、1年程度、血栓が融解するのを待つという、それなりに気の長い治療ですね。

 金融危機で日本経済はどうなるんですかという話を若い人が尋ねてくるので、金融危機がなくても景気は十分、悪いと答えています。日銀支店長会議とかもあるんですが、この3ヶ月ぐらいで郵便受けに入る、いわゆる「ピンクチラシ」が激減しておりまして、警察の規制が厳しいだけかもしれませんが、なくても済むサービスが削られているのだろうと想像しております。余談ですが、自民党のビラを初めて見てびっくり。やっぱり解散が近いんですかね(「国政報告」だそうですがなんだかなあ)。あとは、最近、分譲が始まったマンションの価格が2、3年前より1,000万円近く低くて、びっくり。今住んでいるところよりもはるかに便がよいのですが、ありえない価格です。不動産屋に勧められましたが、将来は静岡県に移住したいので、まったく興味がありません。あとは、貧乏人のひがみですが、地震の多い国で持ち家やマンションの購入に財産を使うのがもったいない気もしますし。両親の話を聞いていると、マンションを買っても管理費がバカにならないようで、なんとなくバカバカしい気がします。

 てなわけで、カネの話もあまりに続くとうんざりするので、昨日は竜王戦第1局の棋譜を並べてみましたが、不思議な感じ。まず、素人には一手損角換わりという戦形がわからないのですが、強い人の話では後手が飛車先の歩を突くのを選択できるんだよとのことですが、単純に飛車先の歩を伸ばす方がよいでしょというドさんぴんには難しすぎる。中継サイトで解説を読んでも、一日目の梅田望夫さんの話は金融危機から始まっていて、そんな話はどうでもいいでしょという感じ。それにしても、パリで第1局とは豪勢な棋戦だなあと。こういう時代には案外よいのかもしれません。個人的には貧乏旅行をしたときに、思ったほど日本で名が知られているブランドを身につけた人が歩いているわけではないんだなと思ったぐらいで、ロンドンもそうですが、とにかく時間の流れがゆったりしているのでホッとしました。将棋の方はよくわかりませんでしたが、穴熊と右玉という対照的な守備陣で、渡辺竜王の守備陣が固いのだけれども、6筋を焦点と睨んだ羽生名人の大局観がすばらしいとのことで、私の棋力ではそうなんでしょうねえというところでしょうか。まあ、経済が大変だとか、安保がきなくさいとか、そんなことばかり考えていると、気力が萎えてくるので、ありがたいです。

 ノーベル物理学賞や化学賞の話題でもよいのですが、クォークは昔、読んだ初心者向けの本が意味不明で猫に小判だったので、スルー。仕事で楕円関数論がわからないとダメなので、高校レベルからやり直しているのですが、この数年で数学全体の力が落ちているので、再度、高校レベルから大学学部レベルのテキストを読み返していると、空間をイメージする力が落ちているんだなあと気がつきます。テキストに書いてある数式やグラフを見ているだけではピンとこないので、「チラシの裏」まではゆきませんが、会議の連絡などの紙の裏にグラフを書いたりしていると、なるほど。昔は、込み入ったグラフは無理ですが、パッパと頭の中でイメージできたのが、老化するとどんどんダメになってきます。よって、簡単な話でもグラフというよりも「絵」ですが、目で見える形にすると、「ああ、そうか」という感じ。今週も他の業務で日曜も休めるかどうかという状態ですが、拘束されていない時間でリフレッシュしないと、廃人になりそうです。

 あ、日本語を間違えました。既に、廃人でしたね……。


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2008年10月20日

より開かれた「商人的な国際政治観」へ

 自分でも整理できていない「寝言」の極みの前に軽いネタ。軽いといってはなんですが、なにかと暗い世情では上海馬券王先生の文章が光ります。

 こちらを拝読しながら、懐かしさに浸ってしまいました。大学時代に北陸出身の方が、裏日本という言葉を使っていて、まるでピンとこないので、「表日本はどこなの?」とうっかり尋ねてしまった「KY」ぶりを発揮してしまい、あとで意味がようやくわかって、ひどく恥ずかしい思いをした記憶が蘇りました。それにしても、2006年のリーグ優勝、2007年の日本一でこれだけ日本と世界が滅茶苦茶になるのを見ると、「落合様、今年は許して!」となりそうです。中日の日本一にネットで喜びを表しても石つぶてを当てられるだけですし、翌年はもっと碌なことがなく、深部静脈血栓症にかかる始末。あれで落合監督が山井を交代させずに日本シリーズ初の完全試合など達成していたら、きっと私も日本も世界も心臓を直撃されていたであろうと確信しております。やはり、ギリギリのところで落合は世界と日本と私を救ったのだ!!

……。われながらつまらない「釣り針」ですな。

 所詮は元ファンですから、今年は阪神が叩きのめしてくれることを祈っております(嗚呼、全国のドラゴンズファンよ、裏切り者にふさわしい報いを)。『ウィキペディア』で見ていると、シャレにならんのですよ。1954年のリーグ優勝&日本一という「美しい」優勝時には翌年、保守合同と政変ではありますが、安定期の始まりだったのが、1972年の優勝時には田中内閣発足まではまだいいとして、翌年は変動相場制への移行ですから……。2006年のリーグ優勝(日本一ならず)、2007年のCS制覇&日本一のそれぞれの翌年には安倍、福田両政権が崩壊、麻生政権も不穏な感じ。国際金融は言うまでもなく、ここは秋華賞を思い切り外した上海馬券王先生のお力にすがるしかないのです(阪神が1勝1敗に戻してくれてホッとしました)。杞憂だと思うのですが、CS制覇&日本一なんて連続したら、世界の終わりではないかと。しかし、競馬で1000万円の配当って、わかっていないせいでしょうが、なんだか「根拠なき熱狂」のような。なにか「世も末」という終末思想にとりつかれそうです。

 それにしても、『ウォール街』というのは名作とは思えないのですが、身に沁みるセリフも多く、オリバー・ストーンのメッセージと思しきバドの父親カールの"Stop goin' for the easy buck and produce something with your life. Creat instead of living off the buying and selling of others."よりも印象に残るセリフがありましたね。バドの恋人役のダリアン(Darien)がゲッコーと決別するバドを見捨てて別れ際に吐くセリフ。

 You may find out one day that when you've had money and lost it, it's much worse than never having had it at all.

 手に入れたカネを失うことは、もともとまったくなかったときよりも惨めだって、いつかは気がつくわ。


 失うものがない身にはあまり縁がなさそうですが、そうではない人にとってはつらい時代になるのかもしれません。『ウィキペディア』で検索してみていたら、ダリアンを演じたダリル・ハンナはゴールデンラズベリー賞なる「裏アカデミー賞」の最低助演女優賞を受賞する栄誉に輝いたようで。正直なところ、最初に見たときから、このセリフをそうだよなとすんなり受け入れしまった私は救いようがないのかも。大学の恩師が都銀に就職する先輩や同級生に向かって、「人のカネを右から左に動かすだけの仕事をやりたがるとは……」と嘆いていて、他の事では尊敬しておりますが、そういうあなたは金融も含めて他人のあがりで食っているじゃありませんかと言ってはならない一言を言いそうになって、飲み込んだ覚えがあります。

 それにしても、北朝鮮では『読売』の怪しい情報もあって嫌な感じですね。地政学的リスクが極東に集中している現状を思い起こさせてくれます。こういうときにはラヂオ・プレスが確実な情報を提供してくれるのでしょう。それにしても、アメリカが事実上、戦時下の政権交代のリスクが高い状態で日本まで総選挙という博打をしようというのは理解しがたいのですが。


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2008年10月18日

アメリカの「金融再生」の芽?

 経済危機の現状と危機への対応策についてばかり「寝言」にしてきました。他方で、今回の金融危機の「震源地」となったアメリカでは、「危機の克服」が目立たないように進んでいるようです。始まりは、やはり2008年3月のベア・スターンズの破綻の危機だったようです。問題が明らかになってくることによって解決の道筋が見えてくる。CDSの扱いをどうするのかという点については私自身、お手上げでしたが、徐々に方向性が見えてきているのでしょう。


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2008年10月17日

将来を食いつぶす現在

 今回の金融危機でサブプライムローンの問題が私の頭の中でとてつもなく小さくなっていましたが、この問題をバカにしすぎていたのかもしれないと感じました。まず、いかれた「外道」にとっては投資信託など論外で、中身も知らずに忌み嫌っています。というのも、お金を預かった側は、失礼ながら所詮はサラリーマンで責任の範囲が限られて、どうせ他人のカネなどいい加減に扱うだろうという偏見で凝り固まっている。もっとひどいことを言えば、元本割れした時点で、商品を買ったときの担当者を変えられて、「困りましたね」なんてしたり顔で言いそうだなんてところまで偏見の目で見ております。そんなわけで、サブプライムローン関連の証券に特化した投資信託が販売されていたとはまったく知りませんでした。お昼を食べながら、世間話のついでに出てきたので、与太話のようなものですが、ネットで不特定多数の方が読める状態ですので、あくまで世間話ですとお断りしておきます。


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posted by Hache at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言